【I Love NY】月刊紐育音楽通信 December 2017

今年もロックフェラー・センターのクリスマス・ツリーが点灯され、
各所でホリデイ・シーズンの装飾が施され、街はクリスマスに向けて、
華やかに鮮やかに彩り始めています。
 タイムズ・スクエアには、なんとナッシュビルから本場の
カントリー・ミュージックを体験できるシアター・レストランが登場しました。
ロックの街、ジャズの街、ヒップホップの街、サルサの街、ゴスペルの街と
様々な“顔”を持つニューヨークに、新たにアメリカが誇る伝統音楽の“顔”が加わりました。
 来年で60周 年を迎えるグラミー賞。1月28日 に行われる同賞の受賞式は、
なんと15年ぶりにニューヨークに戻ってマジソン・スクエア・ガーデンでの
開催となります(ホストはジェイムズ・コーデン)。
 有名無実の旧時代法と言われていたニューヨーク市の「キャバレー法」が
廃止となりました。これはキャバレー営業の許可無くしては、公共の場での
ダンス・パフォーマンスを禁止した法律ですが、有名 無実であったとは言え、
これでニューヨーク市内におけるダンス・パフォーマンスの場が拡大することは必至で、
様々なダンス・ムーブメント が活発化していくことが期待されています。
 10月 から11月末まで行われていたブルース・スプリングスティーンの
ブロードウェイ・ ショー(ソロ・パフォーマンス)は、好評につき来年2月頭まで
延長となり、更に先 日、来年6月末まで延長されるとの発表がありました。
マジソン・スクエア・ガーデ ンでのショーを続けるビリー・ジョエルと共に、
ニューヨークとニュージャージーを代表する両巨頭がマンハッタンの夜を熱くしています。
 相変わらず、というか益々対立と不安が強まるご時世ですが、ホリデイ・シーズン
くらいは明るい話題からニュース・レターをスタートしたいと思います。

トピック:アメリカ音楽界を根底から揺さぶるセクハラ騒動

 それにしても大変な状況となってきました。アメリカ中で吹き荒れるセクハラ
告発・糾弾は、トランプ批判や税制改革をも吹き飛ばしてしまっているような勢いで、
その嵐は映画界から始まり、政界、ス ポーツ界、放送業界、音楽界などに次々と
広がり続けており、「実は私も」という#MeeTooの ハッシュタグはアメリカを超えて
爆発的に全世界に広がり、巷では「今日は誰がセクハラった?(セクハラれた?)」が
毎日の挨拶代わりと なってきているほどです。

な にしろ、ビル・コスビー(コメディアン)、チャーリー・ローズや
マット・ロウアー(TVジャー ナリスト)、ケヴィン・スペイシー(俳優)などといった、
それぞれの分野でアメリカを代表する看板的なスター達が、お茶の間から完全に
消えてしまうわけです。アメリカの一般的な市民の反応としては、驚きなどという
レベルを通り越して、ショックで呆然としていると言っても過 言ではありません。

 映画プロデューサーのハーヴィー・ワインスタインやブラッ ド・ラトナーの
セクハラ・スキャンダルに関しては、しばらくトップ記事として紹介されているので、
ここでは詳しくは述べませんが、被害者として名乗りを上げた女優達の豪華な(?)
顔ぶれには誰もが驚かされています。しかも話はこれで終わることが無く、ハリウッドも
これをきっかけとして、彼等に続く加害者や被害者が後を絶ちません。 

 もちろん、こうした“魔女狩り”的な動きには老若男女を問わず様々な批判もあります。
特にエンタメ界では、力のある人間が野望を持つ(野望を持たない場合もあるでしょうが)
異性(同姓の場合もあ り)に近づいて“ある種の交換条件を求める”、またはその逆で、
野望を持つ人間が力のある異性(これも同姓の場合もあり)に近づいて“ある種の
交換条件を手に入れる”、という図式は今でも日常茶飯事です。その結果として栄光を
手に入れた人がいるとすれば、それはある種の目的意識や合意同意のもとでの行為の結果、
または一つの“成果・達成”であり、それを数年または数十年経って今更改めてセクハラとして
告発・糾弾するのはおかしいのではないか、という意見・論法が中心です。

 また、セクハラ自体はどこまでがセクハラと判断されるのか、という問題もあります。
例えば言葉や手が触れたという行為に関しては、その度合いはまちまちですし、
加害者と被害者の意識によってもその見解・理解は異なります。
 しかし、ハラスメントというのは、被害者がハラスメントで あると感じることから
話が始まりますし、被害者がハラスメントであると感じれば、それはやはりハラスメント
であるわけです。特に、それが 性的な要素のものである場合、加害者には
弁解の余地はありません。 

 この問題の大前提としては、理由はどうあれ「セクハラ行為 は許されない」
ということであり、この先セクハラ行為を強要または許容するような関係や風習、
そして社会は完全に消え去らなければならない、ということだと思います。
そのためには、加害者側においても、被害者側においても、性的なアプローチや
駆け引きというものを絶対悪と する認識が必要であると言えます。
 それは大前提なのですが、それでも今回のセクハラ告発・糾弾は、今の様々な業界、
特にエンタメ界においては、現在に至っている業界内の力関係やパワーの図式や
構造というものを根底から揺るがし、転覆させる可能性も持っています。

 巷のニュースではまだ音楽界のセクハラ・スキャンダルはそれほど大きくは
取り上げられていませんが、音楽界・音楽業界における今回の問題への不安・恐怖は、
ある意味でどの業界よりも大きいと言え ます。音楽界は、来るべき嵐(または大審判)を前に、
誰もが口を閉ざして恐れ慄いている、といったところではないでしょうか。
 何しろ、音楽界・音楽業界におけるこれまでの悪しき風習というのは、他の業界に
比べて圧倒的な数を誇るだけでなく、実に広範囲に渡っているため、一つ紐を解けば
とんでもない規模に広がる危険性を 孕んでいるわけです。しかし、そうした実情に対して、
その告発・糾弾の件数と度合いは、逆に圧倒的に少ないという状況にあるわけです。

 現在、音楽界においてはラッセル・シモンズとRケリーのセクハラ告発・糾弾が
最も話題となっており、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ のメンバー達の
セクハラ容疑やバックストリート・ボーイズのニック・カーターのレイプ容疑も
話題になっているという状況です。
 前々回の本稿でも少しお話しましたケシャの問題や、更に遡って2年ほど前に
セクハラ・スキャンダルを告白したジュエルなどはタイミングが前過ぎて、
今回の大騒動には繋がっていないと言えますが、前述の#MeeTooに自らの体験を語った
シェリル・クロウのツイートは多くのフォロワーや共感者を生んで、
ソーシャル・メディア・サイドからの大きな動きにもなっています。そうした動きは
アメリカ国内のみならず、例えばバブリーな音楽大国スウェーデンにおいても、
アーティストからオフィスで働く人まで、音楽業界内の約2000人の女性達が、
ソーシャル・メディアを通して様々な記名・匿名での告発を行うというアクションに
広がっているようです。

 音楽界では映画界などと少々異なり、現在のところ大物系よりもインディー系に
おいての告発・糾弾が目に付いていることも特徴的です。
 例えばロサンゼルスのプロデューサーであるガスランプ・キラーや、
インディ系ロック・バンドのリアル・エステート、またブルックリンの
インディ・レーベルであるキャプチャー・トラックなどが、立て続けにセクハラ告発・
糾弾のニュースに登場してきました。

 しかし、音楽界におけるスキャンダルはこうしたインディ系レベルのみでは
終わらないことは明らかです。何しろ、告発・糾弾される可能性のある“予備軍”は、
過去から現在に至る大手レコード会社の重役やプロデューサー達、そうしたレコード会社との
契約を取り付けるパブリシスト達、そして大物アーティスト達に至るまで無数に
存在するわけですから、例えばグラミー賞の栄誉に輝く大スターや、そうしたスター達を
生み出した大手レコード会社の超大物プロデューサーなど、 あっと驚く人達が今後
告発・糾弾されるという可能性は、誰も否定できません。次は誰が標的となるかは
全く予想もつかず、少しでも身に覚え のある人達は戦々恐々としているといったところです。

 ご存じのように、レコード・ディールを取り付けるがために これまで行われてきた
様々な事実が次々と明るみに出始めれば、音楽界が大揺れに揺れることは必死です。
極端な例で言えば、マライア・キャリーは元CBSレコードの社長であり元夫である
トミー・モトーラを告発するのか、 ダイアナ・ロスはモータウンの総帥であり
元愛人とも言われるベリー・ゴーディJrを 糾弾するのか、といったレベルの話に
まで広がるわけです。
 もちろん、成功した者同士はお互いの身を守るために、またスキャンダルによる
リスクを避けるために、そうした事実を明るみに出すことを避け、隠そうとしますし、
敢えてタブーを破ろうという人は少ないでしょう。しかし、ここまで起きてきている
告発・糾弾の数々の始まりや経緯を見ていると、どこから事実が明るみに出てくるかは
全く予想がつきません。

 そうした中で先日、かつては“セックス・シンボル”とも呼ばれた往年の名シンガー、
トム・ジョーンズが、今回映画界で起きているワインスタインを始めとするセクハラ行為は、
音楽界でも常に起きて いるし、ジョーンズ自身も初期の若い頃に数回被害を受けたことがあり、
「女性に対して行われていること(セクハラ行為)は男性に対しても 行われているんだよ」と
語っていたことは中々ショッキングでした。

 音楽界のセクハラ問題は、今後音楽業界内での告発だけにとどまらない可能性もあります。
例えばかつて「グルーピー」なるものが存在し、特にロックやポップス系の人気アーティストや
バンドの楽屋、 そして宿泊ホテルには、常にグルーピー達が集まっているのが見かけられた
ものでした。今は女性の意識や地位向上という点からも、またセキュリティ上の問題からも、
こうした女性達はほとんど見かけられなくなりましたが、かつてそういった若い女性達に
囲まれていたアーティス トやバンド達は、誰もが少なからず標的と成る
可能性も持っているわけです。

 音楽界においては、これまで犯罪まがいの事件や、犯罪事件そのもの、そして
悲惨な事故死や自殺などが常に話題となってきて、ハラスメント・レベルの行為は
あまり取り上げられること無く、また話題になることも少なかったと言えます。
 確かに、音楽界というのは、エンタメ系の中でも特に過激な要素や側面を
内包していると言えるわけですし、セクハラ行為に関してもある程度黙認または見逃したり
無視するような風潮もありました。し かしそれは決して許されることではなく、
いかなる犠牲を払っても、そうした行為は撤廃・一掃し、“セクシャル”ということに
関する人々の 意識を変えていかなければならないことは明らかです。
 アメリカはトランプの時代となり、また一つ大きな変革のための“踏み絵”を
突きつけられていると言えるでしょう。

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