「月刊紐育音楽通信 February 2019」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ)
1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、
音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの
企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムや
インタビュー記事の執筆などに携わる。
2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、
メタル・ベーシストとしても活動中。
最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

アメリカの2月はブラック・ヒストリー月間、つまりアフリカ系アメリカ人の歴史月間となります。これは、アフリカ系アメリカ人の奴隷解放を実現したリンカーン大統領の誕生日と、そのリンカーンにも大きな影響を与えた奴隷制廃止運動家であったフレデリック・ダグラスの誕生日が2月であることが大きな理由とされていますが、アメリカでは国民の祝日であるキング牧師の誕生日(1月15日)を起点に、アフリカ系アメリカ人の歴史を再確認・再評価する機運が高まっていくことになります。

私が毎週演奏しているゴスペル教会(俗に言うと黒人教会)でも、この月間は大変重要な位置を占めます。特に子供達に対して、通常の学校教育では軽視されがちなアフリカ系アメリカ人の偉大なる先人達の偉業・歴史について、牧師を筆頭に教会ぐるみで理解を高めるよう取り組むわけです。日本も同様かと思いますが、アメリカも自国の歴史を知らない子供・若者達が最近益々増えていることは間違いありません。よって、改めて自分達の歴史を知る・見直すきっかけとなるこの月間は大変重要であるわけです。

 ですが、この月間に関しては賛否両論もあります。白人サイドからの人種差別的な意見はもちろん根強くありますが、実は黒人サイドからも批判はあります。それは、黒人の歴史を特別視・限定期間化すること自体が差別に繋がるというもので、黒人の歴史はアメリカの歴史である、という認識のもと、俳優のモーガン・フリーマンやステイシー・ダッシュなどはそうした立場を取っています。

そうした意見は確かにもっともではありますが、トランプ政権となって人種的な反目・抗争が一層浮き彫りとなっている現状においては、この月間の意義は益々高くなっていると言えます。もちろん、フリーマン達の言うように、黒人の歴史がアメリカの歴史として正しく等しく認識されるようになれば、このような月間というものは必要無くなってくるはずです。このブラック・ヒストリー月間のみならず、ある一定の人種・性別・権利・運動などについての理解を促す”月間”または「なんとかデー」という特定の”日”というものは、この後のトピックでも扱う「女性の権利運動」も含め、必要が無くなる程の理解が得られるのが理想なのですが、そのためにはまだまだ時間がかかるというのが実情と言えます。

 アメリカという国はこうした”月間”や特定の”日”というものが非常に多いですが、それは人種・民族・宗教が雑多に且つ複雑に共存する中で、アメリカという国の大原則である(はずの)「平等」の現状に目を向ける一つの”チェック機能”や世間に対するアピールにもなっていると言えます。

トピック:音楽業界における女性の地位向上と躍進ぶり

 今年も1月第三週の週末に、女性の権利運動マーチである「ウィメンズ・マーチ」が各地で行われました。ご存じのようにこの運動/イベントは2017年、トランプの大統領就任式の翌日に場所を同じくしたワシントンDCで行われ、大きな注目を集めると共に運動/イベント自体も飛躍的に大きくなっていきました。2017年はワシントンDCで20万人以上が集まりましたが、翌2018年にはニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴなどの大都市でそれぞれ20万人以上を集めるようになり、今年は多数の地方都市でも予想以上の人数を集め、全米更には世界中に広がる大プロテスト・イベントとなりました。

「女性の敵、有色人種の敵、同性愛者の敵」というトランプに対するレッテルが貼り変えられる兆しは現状全くありませんので、このイベントも益々大きくパワフルになっています。

 冒頭でお話したブラック・ヒストリー月間に対して、1月は「女性月間」という印象も強くなっていますが、そうした中、音楽業界でもユニヴァーサル・ミュージック・グループが女性の大抜擢を行い、大きな注目を集めています。

 今回の起用はサウンド・トラック&スコア部門、クラシック音楽部門、そしてジャズ部門の3つで、まずはこれら3つの部門の統括責任者、続いてクラシック音楽とジャズ部門のインターナショナル・コミュニケーションとアーティスト戦略のトップ、更に同じくクラシック音楽とジャズ部門のアーティストとブランド・パートナーシップのトップに、それぞれ女性が就任することになりました。

 彼女達はいずれも、これまでドイツ・グラモフォンやデッカといったクラシック音楽の名門レーベル、そしてブルーノートやヴァーヴといったジャズの名門レーベルの復興と刷新に大きな貢献を果たしてきた人達ですので、今回抜擢されたのが結果的に3人揃って女性だっただけ、という意見もありますが、特に最近アメリカにおいてクラシック音楽とジャズの女性リスナーが急増しているという背景もあり、そうしたマーケットに向けて一層積極的なアプローチを行うための人選であることは間違いないとも言われます。

 実際に、同社のクラシックとジャズ部門のプレジデント&CEOであるディック・スタイナーは、「彼女たちの抜擢が我々のビジネスに劇的な進化をもたらせてくれると共に、我々のレーベルやアーティスト達にとって様々な新しい機会をももたらせてくれるはずです」と力強く語っています。

 この「劇的な進化」と「新たな機会」というのは、まさにこれからのクラシック音楽やジャズにとって非常に重要な要素であり、またそれらを巧みに実現することによって、前述のドイツ・グラモフォンやデッカ、またブルーノートやヴァーヴといった“クラシックな”名門レーベルは現代の“ヒップな”レーベルとしても認識・再評価されるようになってきていると言えます。例えばドイツ・グラモフォンは昨年創立120周年を迎え、様々な記念リイッシューが行われましたが、同時に新しいアーティストの発掘や企画作品の開発、そして新たな市場の開拓にも非常に積極的で、それらを推進してきたのが、今回大抜擢された3人の女性達でもあるわけです。

 更に、ユニヴァーサルがユニークなところは、クラシック音楽とジャズを一つの大きな部門の中で運営しているという点です。歴史ある白人音楽のクラシック音楽に対して、“後発”の黒人音楽であるジャズは、長い間地位も評価も低い扱いを受けてきました。もちろん1930年以降のスイング・ジャズを中心とするコマーシャリズムと、1950・60年代の名門ジャズ・レーベルの登場などによって、その地位・評価は飛躍的に上がっていきましたが、音楽業界内においては未だに古い体質や偏見・反目、優劣意識というものが残っていることは否定できません。しかし、それらを組織の上から改善・再編し、接点や共通点を見いだしていくことによって、お互いのジャンルにおける活性剤となっていると共に、クリエイティヴな交流やミクスチャー(以前の音楽用語で言えば“フュージョン”)をも生み出すに至っているというのは、大きく評価できる点であると言えます。

 実はこうしたアプローチをユニヴァーサルのようなメガ企業が行う前から取り組んできたのが、ドイツのECMレコードであるとも言えます。ご存じの方々には改めて説明の必要もありませんが、キース・ジャレットの作品群が最も有名なECMは1969年の創設以来、ドイツと北欧圏を拠点に、ヨーロッパのみならず、南米、アジアまでにもアンテナを張り、いわゆるスタンダードなジャズ、または「“後発”の黒人音楽」と認識されてきた“熱い”ジャズに対して、“汗”を感じさせず、既存の枠組みには収まらない現代の音楽としてのジャズを発信し続けてきた革新的・画期的なレーベルです。そして1984年にはいち早くクラシック音楽や現代音楽の分野に乗り出した「ニュー・シリーズ」をスタートさせ、キース・ジャレットを始めとするECMの既存アーティスト達も巻き込み、更にはクラシック界の超巨匠ピアニスト、アンドラーシュ・シフまでが続々と作品をリリースするようになるなど、クラシック音楽とジャズの間を自由自在に飛び回る活動を展開してきました。

 ユニヴァーサルの場合は、ECMほどのこだわりを持ったアーティスティックなコンセプトは持たず、そこはメガ企業ならではのコマーシャリズムをもって、マスな市場にアピールできる聴きやすいクラシック音楽やジャズの新機軸や、両者のオーバー・ジャンルやミクスチャーを展開していると言えます。特にクラシック音楽においては、ビジュアル系に走りがち、との批判もありますが、これまでのクラシック音楽のイメージを吹き飛ばすほどのインパクトの強い容姿と音楽性を持った若手アーティスト達と契約し、話題性のある作品のリリースに取り組んでいます。

 今回のユニヴァーサルの大抜擢は、音楽的に見ればクラシック音楽とジャズの分野における新たな取り組みが期待されるところですが、ビジネス的に見れば、サウンド・トラック&スコア部門も含まれていることが、実は最も注目すべき点と言えます。

 サントラと言うと一見音楽業界においては地味な世界にも見えますが、何しろディズニー映画や、巷に溢れる大人気・大ヒット映画作品の音楽とそのスコアを抱えていることで、レコード会社に取っては正にドル箱的な存在であるわけです。

 今回サウンド・トラック&スコア部門、クラシック音楽部門、そしてジャズ部門の3部門の統括責任者に起用されたホリー・アダムスは、これまでアカデミー賞受賞の映画音楽(つまりサントラ)を手がけ、話題のディスニー作品のサントラ・リリースを手がけてきた人です。つまり、彼女もその世界では大変実績のある人であるわけですが、それでもある意味でレコード会社のセールスをリードするこの巨大なサントラ&スコア部門の責任者に女性が選ばれたということは、これまでで考えれば画期的な人事であると言えます。

 前述のプレジデント&CEOであるディック・スタイナーは、自社のアーティスト達と映画・テレビ産業との新たなパートナーシップが生み出されていくことにも非常に期待している、とも語っていましたが、最近はNetflixなどを筆頭に、映画とテレビを打ち負かすほどのマーケット展開を実現している映像ストリーミング配信業界の大躍進もありますので、実際にビジネス的には、クラシック音楽やジャズよりも、この部分の方が大きいことは間違いないと言えます。 

 こうした女性達の大躍進に冷ややかな反応を見せたり、やっかみ気味になる男性達もいますが、レコード業界/音楽業界もまだまだ保守的で、見えないところでのセクハラや差別は実に多いのが実情です。去年は三姉妹の人気ポップ・ロック・グループ、ハイムが男性アーティストの10分の1のギャラしか支払っていなかったエージェントを訴えるという、信じられない事実が明るみに出た事件が話題となりましたが、女性アーティストに対する契約金やギャラの安さというのは、一昔前には当然のごとく行われていましたし、今でもそうした悪習は至る所で残っていると言えます。

 そんな中、1月末は「シー・ロックス・アワード(She Rocks Award)」という授賞式が「ウィメンズ・マーチ」の翌週末にアナハイムで行われました。今年で7回目を迎えるこの授賞式は、女性国際音楽ネットワーク(WiMN)がホストとなって行われていますが、同時期にアナハイムで毎年行われている楽器業界最大のトレード・ショーであるNAMMショーの一イベントという形で行われており、NAMM(ナショナル・アソシエーション・オブ・ミュージック・マーチャント)や数多くの楽器メーカー、つまり楽器業界が後押しする形で行われています。よって、単にアーティストのみならず、レコード業界やオーディオ業界、楽器業界などで活躍する女性達が対象となり、正に国際音楽ネットワークにおける女性達の功績を称え、世間にアピールする形になっています。

 表面的にはやはり有名アーティスト達が注目を集め、これまでにはチャカ・カーン、シーラE、バングルス、ジェニファー・バトゥン、エスペランザ・スポルディング、リタ・フォード、ロニー・スペクター、パット・ベネター、メリッサ・エスリッジ、B-52sなどが受賞し、今年はメイシー・グレイやリサ・ローブなどが受賞しましたが、実は受賞者の半数近くはいわゆる音楽業界の裏方さん達。例えば楽器メーカーやオーディオ・メーカーのエグゼクティヴや開発者、レコーディング・スタジオのマネージャーやエンジニア、音楽学校の運営者、ライヴハウスのマネージャーなどで、中にはラジオのパーソナリティや女の子向けのミュージック・キャンプの運営者などもいて、実に多岐に渡っています(嬉しいことに、上記の受賞者にはかつて私が一緒に仕事をしていた仲間・同僚も含まれています)。つまり、単に有名な女性アーティストのみならず、音楽業界における様々な分野・職種に対して分け隔てなくスポットを当てている点が素晴らしいことであると思います。

 音楽業界のみならず、真の女性の地位向上というのは表舞台に立つ有名人達だけでなく、実はそうした有名人や、消費者とも言うべきファンやユーザー、更にその予備軍となるべき若者・子供達を裏で支える人達をきちんと評価してこそ実現していくものであると感じます。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
今月もお読みいただきありがとうございました。
次の配信は3月上旬の予定です。

お問い合わせ、配信停止希望はコチラ≫≫≫
(稲垣)

記事一覧