【I Love NY】月刊紐育音楽通信 September 2017
私の住むクイーンズ区のロング・アイランド・シティ(マンハッタン島東側のイースト・リヴァーを渡ってすぐの町)の北側にアストリアという町があります。
ここは1600年代半ばの入植後、1800年 代初頭から栄え始めた古い町ですが、
音楽面においては、スタインウェイがピアノ会社をこの地でスタートさせたことがよく知られており、 ミュージシャンでは何と言ってもトニー・ベネットとシンディ・ローパー(どちらもイタリア系)の出身地であることが有名です。
アストリア は元々南イタリアやシシリー島からの移民の多い町でもありますが、イタリア系以上に多いのがギリシア系移民で、こちらの代表的なミュージシャンはマリア・カラスであると言えます。
現在のアストリアは、ギリシア系を中心にイタリア系、ブラ ジル系、中東系など様々な
コミュニティが混在する多様性に満ちた町ですが、
実はこのアストリアにはニューヨークでは数少ないギリシア系の ネオナチ・グループも存在するということはあまり知られていません。
アストリアのあるクイーンズ区を東に進むとロング・アイラ ンドというエリアになりますが、
この東端にハンプトンというセレブや大富豪達の邸宅や別送・避暑地として知られるエリアがあります。
近辺 にはワイナリーもたくさんあり、私も時折足を伸ばしますが、
このエリアの中にハンプトン・ベイという町があり、
そこはニューヨークのKKKの本拠地でもあります。
少し前の話ですが、ハンプトン・ベイの駅のトイレでKKKの勧誘のチラシを見つけたり、
ショッピング・モールのトイレで黒人/ユダヤ人/アジ ア人/スパニッシュ排斥の
チラシを見た時は私も驚愕しました。
このようにアメリカは、例えニューヨークであっても人種差別の“影”は
依然存在していますが、それがトランプが大統領になって以後、“影”が実体となり、
裏の世界から表舞台に公然と現れるように なりました。
それが先日のシャーロッツビルの暴動・惨事となり、更にトランプの対応の悪さで
白人至上主義者達は一層勢いづき、アメリカ (南部)連合国に関わる彫像などの
撤去問題や歴史評価も絡み、アメリカは今様々なレベルでの対立・分裂に
見舞われていると言えます。
去る8月28日はキング牧師の有名な演説とワシントン大行進の54周年記念日でした。
あれから半世紀以上が過ぎましたが、キング牧師の“夢”はどこに向 かうのでしょうか。
トピック:70代 “ピース&ラヴ世代”の逆襲
スーパー・ボウルのハーフ・タイム・ショーを手厳しく批判 したカルロス・サンタナが、
逆に若いファンや一部のメディアから批判中傷を受けてしまったことは以前本稿でも紹介しました。
問題となった のは昨年2016年のスーパー・ボウルで、
場所はサンフランシスコ・フォーティナ イナーズ(49ers)の本拠地である、
サンフランシスコの南東サンノゼの隣町サ ンタ・クラーラにあるリーヴァイス(Gパン・メーカー)・スタジアムでした。
この時の出演者はコールドプレイ、ビヨンセ、ブルーノ・ マーズでしたが、
ビヨンセは3年前の2013年 に、ブルーノ・マーズは2年前の2014年 にヘッドライナーとして、ハーフタイム・ショーに出演しており、2016年のヘッ ドライナーはコールドプレイで、
ビヨンセとブルーノ・マーズはゲスト出演扱いであったとは言 え、
僅か2~3年後の再出 演はあまりに視聴率優先主義で、
いくらなんでも偏りすぎだろうという批判が方々から噴出しました。
更にこの時のビヨンセはかつての過激派黒人運動ブラック・ パンサーを
意識した衣装と振り付けで、これも更に論議を呼び、
タカ派・保守派として知られるジュリアーニ元ニューヨーク市長からは
「けしからん」と批判されるオマケも付きました。
この時のサンタナはスーパー・ボウルの名プレイを編集した ビデオ・クリップにおいて
演奏シーンの映像での参加となりましたが、イベント後にフェイスブック上でNFLと
放映局のCBSに対し、
「世界中で人気のある地元を代表するバンド(例えばサンフランシスコであれば、ジャーニー、メガデス、スティーヴ・ミラー、ドゥービー・ ブラザースなど)をフィーチャーすべきだし、本物のライヴ・バンド、本物のライヴ・ボーカルで、聴衆にライヴの感動を与えるべきだ」と
きっぱりとクレームをつけたのです。
この“ライヴ”(つまりアテレコ/アフレコではなく)とい うのは、
明らかにビヨンセを始めとする最近のリップシンク・パフォーマンスを痛烈に批判しており、
中高年層のミュージシャンや業界人、 ファンを中心に大きな支持を得たのですが、
逆に若者層からは「ダンスのできないサンタナにはリップシンクの重要性は理解できない」
などと 批判され、果ては「サンタナは自分が出演したいだけ」、
「サンタナの時代はもう終わった」、「サンタナって誰?」などと敬意のかけらも無 い批判を
若者達から浴びることになってしまいました。
そんな経緯があったわけですが、ミュージシャンであれば、
その落とし前は音楽でつけるべく(?)、サンタナは去る7月末にファンクR&Bの元祖と
言うべきアイズレー・ブラザーズ(現在はロナルドとアーニーの2人のみ)とタッグを組み、
ビリー・ホリデイ、マディ・ウォータース(作曲はウィーリー・ ディクソン)、
カーティス・メイフィールド、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダーを始めとする往年の
名曲をカヴァーした実に中身 の濃いアルバムを発表しました。
タイトル名はずばり「パワー・オブ・ピース」
常に平和を 愛し、平和の力を信じるサンタナらしいタイトルですが、
この作品は彼がメキシコからアメリカに移住してきた10代の頃によく聴いていたという
アイズレー・ブラザーズとの共演ということで、彼自身の 作品というよりも、
アイズレー・ブラザーズ(特に看板ボーカルのロナルド)に捧げた作品という印象が強いと
言えます。よって、そこにはサ ンタナのアーティストとしての主張・表現というよりも、
ロナルドのボーカルをもっと今の世代の人達にも再認識してもらいたいという献身的 な
姿勢が色濃く表れています。
この作品はレコーディングもオールド・スタイルで、一発録 りを基本にオーバーダブは
ボーカルなど最小限にとどめ、収録されなかった曲も含めて16曲 をたった4日間で
録り終えたそうです。よって、作品全体にはライヴ感が目一杯に溢 れており、
多少のズレや甘さよりも勢いや流れを重視するスタイルを取っていますし、
これこそが正にサンタナが前述のスーパー・ボウル騒動 で発言していた
“本物のライヴ・ミュージック”のエッセンスと言えますし、それをスタジオ・レコーディングにおいて体現したサンタナの “音楽の落とし前”
であるとも言えます。
ロナルドは76歳、 サンタナは70歳ですが、
音楽に年齢など関係無いことは言うまでもありません。
もちろんボーカルは最も“フィジカルな楽器”ですから、
体の衰えはストレートに声に反映されますし、あの艶やかでパンチのあるロナルドの声 は
全盛期に比べれば落ちていることは事実ですが、深みと重厚なパワーは逆に全盛期に
比べて一層迫ってくるものがあります。
この「パワ・オブ・ピース」という作品は、サンタナとロナ ルド・アイズレーの健在ぶりを
見せつけただけでなく、世界中で混沌と対立が激化する現代社会、
特にドラスティックな変化を迎えて葛藤・対 立・分裂するアメリカという国に、
もう一度ポジティブなスピリットを与えたいという思いが満ち溢れています。
それはロナルドの
「このアルバムが世界へ向けて愛と平和と希望のスピリットを届けてくれることを願っている」
という言葉からも明らかですし、トランプ大統領誕生後に渇望されていた音楽界からの
音楽によるメッセージが、いよいよ本格的に発信され始めた証とも言えると思います。
この作品と時をほぼ同じくして、やはりドラスティックな変 化を迎えたイギリスからは、
何とミック・ジャガーが「Gotta Get A Grip / England Lost」という強烈なメッセージを
伝える2曲 を、しかもミック自身の誕生日(74歳)に合わせて発表したことは注目されます。
ミック・ジャガーという人は、どちらかというとこれまで政治的・社会的な言動を
表立って行うアーティストではありませんでしたが、
「England Lost」ではサッカーの試合のことを歌いつつもイギリスのEU脱退を皮肉り、
「Gotta Get A Grip」では現在の狂った混沌状態を批判しながらも、
「冷静さを保て」、「ぶっ叩け」と鼓舞する強烈なメッセージ・ ソングになっています。
この米英を代表する70代 のスーパー・アーティスト達のリリースに続けとばかりに、
9月のアルバム・リリー スは、特に50年代・60年 代・70年代を代表する
大物アーティスト達の作品が目白押しとなっています。
そも そも9月というのは新作リリースが集中する時期でもありますが、
今回はそのライン ナップがこれまでとは明らかに異なります。
ということで、まずは9月にニュー・アルバムを発売する主要な著名アーティスト達を
以下に紹介してみたいと思い ます。
スティーヴン・スティルス&ジュディ・コリンズ:スティルス は1945年生まれ。
72歳。 フォーク・ロックのバッファロー・スプリングフィールドの元メンバーで、
現在もフォーク・ロックのCS&N(ク ロスビー、スティルス&ナッシュ)のメンバーであり、
ソロ・アーティストでもある。前述の2バ ンドで2度ロックの殿堂入り。
コリンズは1939年 生まれ。
78歳。50~60年代のフォークの歌姫であり、女性シンガー・ソングライターの元祖的存在。
スティルスの元恋人であり、クリントン元大統領夫妻の娘チェルシーの名前は、
コリンズの歌った曲「チェルシーの朝」(ジョニ・ミッチェル作曲)から 取られている。
新作アルバム名は「Everybody Knows」
デヴィッド・クロスビー:1941年生まれ。76歳。
フォー ク・カントリー・ロック・バンドのザ・バースの元メンバーで、
フォーク・ロックのCS&Nそ してCSN&Y(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)の
メンバー として知られる。ヒッピー・ムーブメントの代表的ミュージシャンでもある。
前述の2バ ンドで2度ロックの殿堂入り。
新作アルバム名は「Sky Trails」。
ニール・ヤング:1945年 生まれ。71歳。カナダ出身のシンガー・ソングライター。
フォーク・ロックのバッ ファロー・スプリングフィールドと
CSN&Y(クロスビー、スティルス、 ナッシュ&ヤング)の元メンバー。
ソロ活動では自身のバンド、クレイジー・ホースを率いて有名。
バッファロー・スプリングフィールドとソ ロ活動で2度ロックの殿堂入り。
新作アルバム名は「Hitchhiker」。
ヴァン・モリソン:1945年 生まれの72歳。
イギリス(北アイルランド)出身のロック/ブルース/ブルー・ア イド・ソウルの
代表的シンガー・ソング・ライター。ロックの殿堂入り。イギリスでは勲章も受章。
新作アルバム名は「Roll with the Punches」。
クリス・ヒルマン:1944年 生まれ。72歳。
フォーク・カントリー・ロック・バンドのザ・バースの元メンバー。
新作アルバム名は「Bidin’ My Time」。
リンゴ・スター:1940年 生まれ。77歳。ビートルズのドラマー。
1989年 からは自身のオールスター・バンドを率いて精力的に活動を続けている。
新作アルバム名は「Give More Love」。
キャット・スティーヴンス:1948年生まれ。69歳。ロンド ン出身のシンガー・ソングライター。
60年台後半から70年代にかけてフォーク・ポップスの分野で爆発的なヒットを続けた後、
イスラム教に改宗 して名前をユスフ・イスラムに改め
(ちなみに、キャット・スティーヴンスも芸名)、事前運動家として活動していたが、2006年に音楽界に復帰。
新作アルバム名は「The Laughing Apple」。
ラスティ・ヤング:1946年 生まれ。71歳。
バッファロー・スプリングスフィールドのマネージャーとして活動 した後、
フォーク・カントリー・ロックのバンド、ポコを結成。
マルチ・インストゥルメント奏者だが、特にスティール・ギターの名手。
新作アルバム名は「Waitin’ for the Sun」。
リオン・ラッセル:1942年 生まれ。2016年死去(享年74歳)。
アメリカン・ルーツ音楽を基盤としながらもジャンルを超越したアメリカを代表する
国民的シンガー・ソングライター&ミュージシャン。ロッ クの殿堂(サイドメン)入り。
新作は最後のスタジオ作品でアルバム名は「On A Distant Shore」。
ランディ・ニューマン:1943年生まれ。73歳。
数多く の映画音楽も手掛けてアカデミー賞も受賞しているシンガー・ソングライター。
独特のユーモアを持ったポップな曲風で知られる。ロックの殿堂入り。
新作アルバム名は「Dark Matter」(8月発売))
9月は更に、上記アーティスト達よりも若い世代となるマイケル・マクドナルド、
ジョーン・オズボーン、ディキシー・チックス、リヴィング・カラー、フー・ファイターズなどの
新作リリースも加わるのですが、やはり70歳を超 える50年代・60年代・70年代の
大物アーティスト達の作品がこれほどずらりと並ぶのは異例のことと言えますし、
何とも圧巻です。
上記アーティストの新作アルバムは、
サンタナ&アイズ レー・ブラザーズやミック・ジャガーの作品程、
現状に対するストレートな批判やメッセージをこめたものとは言えない部分がありますが、
そ れでもアーティストによってアルバム名や曲名、そして歌詞の中には現状に
対するそれぞれの思いやメッセージが込められていることは間違い ありません。
また、上記新作の多くはトランプ大統領誕生後程無くして制作がスタートしていることも、
社会の動きに対する彼等の“音楽的な返答”という面も色濃くあります。
そして何よりも、上記新作の巨匠アーティスト達をリアル・ タイムで知っている人で
あれば言わずもがなですが、彼等の基本姿勢は「ピース&ラヴ」であり、
彼等は「フラワー・チャイルド(武器ではな く花を)」なのです。
そこにあからさまな政権批判・現状批判が無くても、
あらゆる憎悪・対立・攻撃・衝突・抗争などといった要素や姿勢は一切受け入れない彼等の
スタンスは徹底しています。
しかも彼等はベトナム戦争という悪夢・狂気を潜り抜けて戦ってきた世代です。
そんな彼 等が今一度愛する母国アメリカのために、そして世界中の兄弟姉妹達のために、自分達の音楽をもって立ち上がった、と言うのは少々大袈裟で しょうか。
私はそうは思いませんし、そんな彼らに続くのは、これからの世界を動かしていく若者達であると思います。
70代 の反戦・平和世代の“逆襲”に喜びつつ、続く若い世代の“返答”が楽しみな
2017年 の秋と言えます。