I Love NY

【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 October 2021」

※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 実は数日前に10日間の自宅隔離生活を終えたところです。かかるまい、かかることはない、と過信していたコロナに遂に感染・発症してしまい、まだ後遺症が続いているという状況です。

 原因は先月お伝えした黒人ゴスペル・チャーチでの仕事再開です。数度のリハーサルを経て9月第一週から再開したのですが、再開後僅か2週目にして牧師が感染し、重症化して入院(幸い10日間ほどで退院しました)。

 私もすぐにPCRテストを受けましたが結果は陰性。しかし、テストの3日後から発熱・咳・鼻水が始まり、更にその3日後には突然味覚と嗅覚が失われ、再度テストしたところ陽性と出ました。よって、最初のPCRテスト時にはまだ潜伏しており、テスト後に発症したのだと思われます。

 幸い、今は熱も下がり、咳・鼻水も止まり、隔離生活後の抗原テストの結果も陰性と出ました。引き続きの味覚・嗅覚の欠如以外は時折目眩や脱力感がある程度で、いたって軽症で元気であります。

 それにしても今回の教会では、牧師、ミュージシャン、クワイアー含め教会側スタッフは全員ワクチン接種。会衆は全員マスク着用マストで入室の際に体温チェックも行っていましたが、それでも感染は起こり得るということです。

 ただ、思えば牧師は宣教の間はマスクを外し、私はサックスを演奏する際は当然マスクを付けることができません。よって、その二人が感染したということで、やはりマスクが最も信頼できる感染予防策の一つであることは間違いないように思います。

 それにしても彼(牧師)と私の症状の違いには、いろいろと考えるところがあります。同じような状況下での感染でも、症状に個人差があることはもちろんですが、その理由を検証することは非常に難しいと言えます。スタッフは全員ワクチン接種済みと言っても接種カードなどの証明書は私も見ていないわけですが、そこに嘘があったかどうかは長年の信頼関係にも関わるため考えたくはありません。

 Covidに関しては人種と食生活による感染率の違いも度々指摘されていますが、そうした事柄や比較は差別や偏見にも成り得ますし、普段の個々の行動範囲も異なるため、非常に微妙で難しい問題です。私自身は免疫力と新陳代謝力が高く、更にワクチン接種のお陰で重症化を逃れたと思っていますが、それもはっきりと証明できる手立てはありません。

 ニューヨークを含め、アメリカでもワクチン接種が進み、マスク対応がしっかりと成されているところは状況はかなり好転していると言えます。しかし、それでも油断は禁物であると自ら反省しております。皆さんもどうぞ引き続きお気を付け下さい。

トピック1:音楽アーティスト達にも忍び寄る分断の兆し

 先日、ニューヨークに住むエリック・クラプトン大好きの友人が、わざわざテキサス州オースチンにまで行ってクラプトンのコンサートを観てきたとのことで、現地から興奮気味のテキストが届きました。彼はコンサート映像もいくつか送ってくれて、私もそのコンサートの一部を楽しませてもらうことができました。

 現在のクラプトン・バンドは、巨匠スティーヴ・ガッドの他にもう一人、元アース・ウィンド&ファイア(また日本ではドリカムのツアー)などでの活躍で知られるソニー・エモリーが加わったダブル・ドラムという強力なリズム・セクションとなっており、ギターも一時3人であったのが、現在は長年の相棒となっているドイル・ブラムホール2世のサポートのみで、以前よりもクラプトン自身のギターが前面に押し出されているとも言えます。

 音楽はもちろん最高ですし、観客の反応・興奮も素晴らしいのですが、現在のクラプトンのツアー活動の背景を知ると、非常に複雑な思いを抱きます。

 大型の音楽コンサートは全米規模でかなり回復してきていることは確かですが、そこには様々な規制・対応が行われていることはこれまでにも度々お話ししてきました。

 具体的には換気の良い会場の選択(主に野外・郊外)と入場制限(これは最近かなり少なくなってきました)という形になりますが、問題はワクチン接種とマスク着用です。

 ニューヨークなどでは、会場入場の際はワクチン接種の証明が必要となり、ワクチン非接種の人はマスク着用、または別エリアでの鑑賞、というのが一つのガイドラインとなっていますが、これは南部などでは全く行われていません。

 特にテキサス州とフロリダ州では、「自由」の名の下にワクチン接種確認とマスク着用を罪悪視する向きが強く、ニューヨークと南部は全く別の国、別の現実となっていると言えます。

 こうした状況は、社会に更に新たな歪みを生み出します。これまでは対応の度合いの違いこそあれど、パンデミックに対する対応が先決であったのが、今やそれが対応の度合い・違いという尺度によって個人間の対立という歪みをも生み出していると言えます。

 パンデミック発生後のこの約一年半あまりを見ると、音楽界・音楽業界の反応・対応はCovid対策に対して思ったより静かであったと言えます。

 もちろん今回のCovidによって多くの音楽アーティスト達も亡くなっていますし、特にそうした周辺での危機感や意識というのは極めて高くなったことは間違いありません。

 ワクチン開発と接種開始までは思ったよりも早かったのに、普及が思ったよりも進まない現状に対して、エルトン・ジョン、ドリー・パートン、ウィリー・ネルソン、オジー・オズボーン、アリス・クーパー、クイーンやジューダス・プリースト、デミ・ロヴァートなどといった数多くの有名音楽アーティスト達が接種を促すという活動も最近の動きとしては目立ってきています。

 しかしその一方で、政治の世界同様に、音楽界でもそれらに逆行または反対する動きが顕著になってきているのも事実です。

 このトピックでは、そうした逆行・反抗する動きを批判し、クラプトンの考え方を検証することを目的としていませんので、できる限り事実のみに目を向けるにとどめたいと思いますが、現実としては、クラプトンはワクチン接種(そしてワクチン接種確認)を批判し、聴衆に対する差別となるそうした規制を行う州では演奏しない、とまで公言し、結果的にトランプをサポートするレッド・ステート(赤い州:つまり共和党基盤の州)中心のツアーとなっています。

 だからと言って、今のクラプトンのコンサートを観に行く人がみんなトランプや共和党の支持者であるわけではありません。もちろん音楽は政治を超えたもの(であるべき)ですし、実際に私の友人はバイデンに投票したバリバリのリベラル派ですが、長年クラプトンの音楽を愛し、とにかく彼のライヴを観たい一心でテキサスまで出向いたわけです。

 クラプトン自身も、もちろんトランプ支持者というわけではありません(一般的な認識としては、むしろ逆)。よってクラプトンは、ロックダウンやワクチンに対する懸念について言及するや否や、トランプ支持者と批判されたことはとても辛かった、とも述べています。

 彼の場合は、ワクチン後の副作用が大きく出てしまったことが非常に大きかったようです。何でも、最初のワクチン接種後は約1週間寝込んでしまったそうで、指などの末梢神経に痛みや疼きなどの症状が出てしまったそうです。

 更に2回目のワクチン接種では3週間ほど腕が動かなくなってしまったそうで、一時は演奏活動断念という不安と恐怖にも苛まれたと言っています。

 これほどの副作用に悩まされた人というのは、私の周りでも聞きませんし、報道でもあまり報告はされていません。ですが、ワクチンの副作用というのは本当に人それぞれですから、決してあり得ないことではありません。

 「神の手」という異名まで取るクラプトンですから、手や腕の障害が彼に与えた不安・恐怖というのは察するに余りあります。

 しかし、そうした体験の結果として生じることになった、その後のクラプトンの対応や主張は、音楽業界関係者やファンのみならず、アーティスト達にも大きな影響を及ぼすことになりました。

 例えば、クラプトンを最高のヒーローとして尊敬するクイーンのブライアン・メイは、

「クラプトンは今も僕のヒーローだ。でも彼とは考え方が違う部分がたくさんある。彼は趣味のハンティングも認めるような人だし、ワクチン反対の主張にも賛成できない。

ワクチン接種が有効であることを示す証拠はたくさんあるし、全体的にみても非常に安全だと言える。もちろんどんな薬にも副作用はつきものさ。でも、反ワクチンという主張はどうかしてると思うし、ワクチンが人を殺すための陰謀だとまで言う人は狂っているとしか思えないね。」とかなり厳しい物言いをしています。

 実は私の周りにも、これまでクラプトンと共演したり、彼のバンドのメンバーとしてツアーを行ってきミュージシャン達が何人もいますが、その内の何人かは今回の一件で、「クラプトンからはまた誘われても絶対に参加しない」とか、「クラプトンとはもう二度と一緒に音楽をプレイしない」とまで言い切る人間がおり、私は反応に窮してしまいます。

 クラプトン自身も、「仲間のミュージシャンに連絡を取ろうとしても、連絡が取れない。メールも電話も返事すらもらえないんだ」と告白しています。

 今回のトピックは自分にとっては非常に深刻な話で、板挟みにもなるような事態であるため、私はこれ以上コメントすることができません。

 唯一言えるのは、一日も早くCovidの治療・予防の対策が更に進み、Covid自体は消滅することは無くても、インフルエンザ同様風邪の一種となって、規制がほぼ無くなることを祈るばかりということでしょう。

トピック2:パンデミック下で躍進した音楽ビジネスは?

 音楽業界において、今回のパンデミックによって最も深刻な打撃を被ったビジネス分野と言えば、真っ先に挙げられるのがやはり興業分野、つまりライヴ・ミュージックです。

 興業界というのは、単にアーティストと小屋(音楽ヴェニュー)と呼び屋(プロモーター)のみならず、広範囲な音楽関連業はもちろんのこと、その他設営、機材、照明、美術、運送、飲食関係、物販(マーチャンダイズ販売)など、実に多種多様な数多くのヴェンダー(下請け業者)達を抱える世界です。

 しかもその仕事の発注/受注は単発が基本であり、底辺を支えるスタッフ達の大半は保証の無いフリーランスという立場ですから、これまでの打撃・損害は計り知れません。

 音楽アーティスト達は率先してライヴ/ストリーミングに移行していき、小屋も呼び屋もこれに追従して行く形で、パンデミック下での新たな“興業”形態というものが確率されてはいきましたが、そうした形態においては上記のヴァンダー達が完全に抜け落ちる(不要となる)ことになり、彼らはほぼ手も足も出ないという悲惨な状況に陥ってきました。

 一方、このパンデミック状況で逆に躍進した音楽ビジネスと言えば、それはやはり、上記にも関わるストリーミング・ビジネスです。ダウンロード以上に単価が低く(または無料)設定されるストリーミングですので、アーティスト達への還元というレベルでは躍進などとは言えませんが、そのコンテンツの権利を保有する音楽出版やレコード会社は、このパンデミック下で着実に売り上げを伸ばしていきましたし、ストリーミングのプラットフォームを有し提供する企業というのは莫大な利益を生み出していきました。

 そういった話はこれまで本ニュースレターでも紹介してきましたが、最近になって全く別の音楽ビジネスの躍進ぶりが報道・報告されるようになっています。

 それは意外なことに「音楽教育ビジネス」であるのですが、この分野を中心に長年仕事をしてきた私としては、その動きにはいろいろと考えさせられる部分があります。

 思えば1980年代半ば、それまで紙媒体のみであったこの分野が、当時“ニュー・メディア”と呼ばれる新しい媒体を取り込んで発展し始めた頃に、私はこの世界に足を踏み入れました。

 私の子供時代からあった「ソノシート」(英語では「flexi disc」と呼ばれた塩化ビニール製の薄っぺらく柔らかいレコード)も当時は“ニュー・メディア”であったわけですが、80年代当時の“ニュー・メディア”はカセット(音声)やビデオ(映像)といったテープであり、それらを紙メディアと組み合わせたもの(教材)が次々と出版されました。

 言うまでもなく、教育の基本はマンツーマン、つまり対面式による一対一のインタラクティヴなものです。よって、紙というメディアは教材としては大変有効ですが、その教材を伝え教える人がいない場合、つまり紙メディア単体としては情報量・伝達量が極めて限定的になります。

 そこで、音声や映像を補助的に組み合わせることによって、受け手に対して伝え教える情報量・伝達量とそのクオリティは格段と上がっていきました。

 その後、テープはディスク(CDやDVD)へと移行していき、収録時間や容量、製造コストの面の問題が解決されることによって、音声のみの媒体は消えていき、映像メディアが基本または前提となっていきました。

 これに続くのがダウンロード、そしてストリーミングとなるわけで、紙やディスク媒体の教育・教則ソフト自体は衰退の一途を辿っていきましたが、ダウンロードやストリーミングも音楽鑑賞ソフト同様、販売単価の劇的な下落による収支的な問題が大きく横たわり、更にはYouTubeの登場と普及にも圧され、テープやディスク時代のニュー・メディア・ソフトほどの躍進とはなりませんでした。

 ただ、そうは言ってもアメリカの場合は、広い国土とその流通システム/購買習慣によって、日本よりは数倍、当初からダウンロードやストリーミングの有料・課金に対する理解は高かったと言えます。

 アメリカは広い国土故に全国小売り流通販売の限界という事情があるため、かつては通信販売という巨大市場が存在しました。これが今のネット販売/オンライン販売に移行されているわけですが、更には極めて顧客フレンドリーな返品・返金システムも一般化し、それが今も続いているという背景もあります。

 そうした中で、急速に発展していったダウンロードやストリーミングに対して、ユーザーは新たなメディアの有料・課金に関してもある一定の理解を示して“試し買い”し、送り手も段階的な有料化などの手法を使ってユーザー・フレンドリーなアプローチを行っていったと言えます。

 その一方で、音楽教育の場合は昔ながらの方法、つまり対面式を好む層もかなりの数に上ります。特に音楽レベルや演奏レベルが上がり、専門教育の度合いが高まるにつれて、対面式や一対一のインタラクティヴ性はマストとなっていきます。

 その点、アメリカという国は小学生から専門学校・大学に至るまで、また各地域のコミュニティ・レベルにおいても、実に豊かで質の良い音楽教育のプログラムが提供されていると感じます。

 私自身、長年ニューヨーク市内の音楽教室で子供達(時には大人も)に教えてきましたし、ボストンのバークリー音楽院では一時期、教材やプログラムの制作スタッフとしても参加しましたが、どのようなレベルにおいてもそれぞれがしっかりとしたシステム/プログラムを持ち、スタッフも生徒も常に高いモチベーションを保っていることにはいつも関心させられました。

 ところが、ここでも昨年のパンデミック発生によって大きな変化が起こります。学校には行けない、対面は不可、という状況の中で音楽教育の現場もストリーミング配信やZOOMなどを使った授業へと移行していくわけですが、それでもその足場は揺らぎ始めます。

 新たなコンテンツやプラットフォームを持つ、音楽教育専門外の企業がこのビジネスに参入しており、ユーザー/生徒を次々と獲得し始めている、というわけです。

 そうした例の一つとして今回取り上げるのは、フィンランドの新興会社Yousician(YouとMusicianの造語)です。

 創業は既に10年程前ですが、アクティヴ・ユーザーはパンデミックに入って約1400万人から約2000万人に増えているとのことです。

 Yousisianの場合は、フィンランドという地域性と国自体の規模もあり、英語圏を中心としたグローバルな展開の必要性があったということも背景にありますが、それにしても彼らの躍進ぶりには目を見張るものがあります。

 Yousicianのユニークな点は、前述のように、音楽ましてや音楽教育とは全く無縁であった創始者によって運営されていることです。

 これは音楽教育という分野においては極めて珍しいことであると言えます。この分野においては、創始者のみならず、全てのスタッフに音楽教育の学位と経験が求められることはいたって常識と言えるからです。

 ところが彼らは非ミュージシャン、非音楽教育専門家であることがイノヴェーションの始まりと言い、そこにポテンシャルがあると言います。つまりは、専門的になり過ぎないことで、より広範囲な、また潜在的なユーザー獲得の可能性があるというわけです。

 彼らは当初、自分達の子供が楽しんで使えるような子供向けの音楽アプリの開発からスタートしたと言います。その次はギター・チューニング・アプリの開発に取り組み、自分達の身の回りや生活レベルでの音楽学習・音楽体験という分野に目を向けました。

 そうしたスタンス/ポリシーは、現在の音楽学習ストリーミング配信においても変わりません。

 「私達のユーザーは、楽器を手に入れてもうまくいかなかった人達、また楽器を手に入れようと思ったけど、それが果たせなかった人達なのです」とYousicianのCEOは語っています。

 音楽学校にまで通うほどの意欲・熱意はない。でも音楽や楽器を何らかの形で学習したい。しかもCovidによるパンデミックが収束しない状況なのでリモートで行いたい。

 そういった層が益々増えている中で、Yousicianのプラットフォームやシステムは彼らのニーズにピタリとはまるようです。

 今後は更なるテクノロジー(特に5G)の発展・普及によって、練習セッションやバーチャル・バンド演奏といった形態、更には大物アーティストを起用したマスター・クラス的なスタイルも導入されていくということで、これは正しく今までは願っても叶わなかった夢が実現するイノベーションになると言えそうです。

【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 September 2021」

※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています
Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 

かれこれ12年程続けてきた、ハーレムやブロンクスの黒人ゴスペル教会でのチャーチ・ミュージシャンとしての仕事がパッタリと止まってしまったのは、もちろん昨年3月のパンデミック発生時のことです。

 当時私が演奏していた教会では、お年寄りを中心に、副牧師も含めて何人もの方々が次々とコロナで倒れて亡くなり、当初はその対応でリモートでの再開どころの話ではありませんでした。

 その後、その教会は基本的には牧師とオルガン奏者の2名のみ(時には、クワイア・メンバーが1名加わる)が教会内からストリーミング配信を始め、信者は皆自宅のコンピュータで礼拝に“参加”するという形になりました。

 結果、オルガン奏者以外のミュージシャンは全て一時解雇という形になり、サックスとベースを担当し、時にはクワイアにも参加していた私も当然のことながら、仕事は完全に消え去りました。

 特にアメリカでは教会内におけるクラスター感染があちこちで取り上げられていましたし、サックスというマスクのできない楽器という問題もあり、私自身はこの仕事はもう断念すべきと覚悟を決めていました。

 それがつい先日、長年一緒に教会でプレイしてきたオルガン奏者が牧師となって自分の教会を新たに立ち上げることになり、是非ミュージシャンとして参加してほしいとの依頼を受けました。

 彼とは兄弟同然の親しい間柄ですし、彼の新たな出発を祝い、手伝ってあげたいと思い、まずは教会内でのリハーサルに出かけてきました。

 ミュージシャンは自分を含めて5人で全員ワクチン接種済み。ミュージシャン牧師の礼拝ということもあり、祭壇はステージのようなセッティングで、個別ブースの無い一発録りのスタジオ・レコーディングかスタジオ・セッションのように、お互いの距離も充分に保たれています。

 メンバー一人一人にはミニ・ミキサーが用意され、演奏は全てヘッドフォンを付けて自らモニター調整し、サウンド・エンジニアとのコンタクトも極力避けられるようになっています(これは、いわゆるメガ・チャーチと呼ばれる大きな教会ではよく行われている方法でもあります)。

 前述のように、サックスを演奏する際はさすがにマスクは付けられませんが、ベースをプレイするときはマスク着用。他のミュージシャン達も、そしてもちろん会衆もマスク着用で、ワクチン未接種者は入り口で簡易テストを行う予定です。

 夏とは言え、半袖では寒いくらいの冷房を効かせ、換気システムもしっかりしています。取りあえず、考え得る可能な対応はほとんど施してはいますが、もちろんそれで100%安全という保証はありません。

 これも前述のように、黒人教会でのコロナ犠牲者というのは本当に数が多く、彼らはその恐ろしさ・危険性を痛感していますが、それでも礼拝が始まると、叫び、泣き、踊り出し、ハグし合い、時には倒れ失神する、といった黒人ゴスペル教会ならではの感情や行動を抑えることは難しくなります。

 約1年半ぶりに訪れた機会に感謝しつつ、全てが無事進むことを祈る今日この頃です。   

 

トピック1:“ロック界の悪魔”が“政界の悪魔達”を糾弾!?

 

 火を噴き、血反吐を吐きながら、長年最高のロックンロールを提供してきた今年72歳となる KISSのジーン・シモンズは、これまでもパンデミックの中で人々に対して感染予防のための警告を声高に発信してきました。

 またKISSはパンデミック以降、昨年末のドバイでの年末コンサートから最近のフェアウェル・ツアー再開に至るまで、十二分な予算規模を支えに、バンド・メンバー、スタッフ、観客全てに対して常に徹底した感染予防対策を行ってきた、音楽界における“COVID予防対策最優良バンド”の一つとも言えました。

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【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 August 2021」

※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています
Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 

 スポーツは究極的には自分との闘いと言われます。一人の人間(またはグループ/チーム)が、国や栄誉のためではなく、自らの限界と対峙しながら闘い抜く姿は美しく、感動を呼び起こします。商業主義に陥り、政治に振り回されても、やはりアスレチックの世界の一つの頂点であるオリンピック・ゲームを観てしまう理由の一つは、そんなところにあるように感じます。

 舞踊一家に育った自分は、そんなオリンピックの中でも、やはりダンスの要素があるものが好きで、夏期は体操、冬期はフィギュア・スケートが一番楽しみな競技です。ただ、どちらの競技も選手の低年齢化・小型化とアクロバティックな技の応酬という方向が強まり、ダンスの要素は薄れるばかりという感は否めません。

 自分が初めて観たオリンピックは前回の東京オリンピック(1964年)でしたが、この時は女優並の容姿と優雅な演技で人気話題となったベラ・チャフラフスカ(旧チェコスロヴァキア)という選手がいて、自分も幼いながらすっかり魅了されたことを今でもよく覚えています。

 しかし、これは音楽でも同じことが言えますが、技つまりテクニックというのは、あるレベルを超えると、単なるテクニックを超越し、それだけでアートの領域に入っていくと感じます。史上最多のメダル獲得者であり、自他共に「GOAT(Greatest Of All Time=史上最高)と認めるシモーン・バイルスは正にこのレベルであると言えますし、その超人的なテクニックは常にオーラに満ち溢れ、更に人間的な魅力も加わり、彼女のパフォーマンスは、人間が“自らの体で生み出すアート”の世界に到達していると感じます。

 よって、今回のシモーンの競技棄権・欠場という“大事件”は、私には大坂なおみ以上のインパクトがありました。しかも、前回のリオ・オリンピック後に発覚したスポーツ界前代未聞の性的虐待事件に対しても、その被害者として実に力強く毅然とした態度を取り続け、虐待を受けた被害者の“生き残り”として唯一東京オリンピックに参加することになったシモーンです。そんな彼女に対する応援と信頼は、特にここアメリカでは絶大であったと言えますが、やはり彼女も一人の人間。勝手に超人扱いしていた反省・責任と共に、これもスポーツの宿命・ドラマの一つなのだということを改めて思い知らされました。

 しかし、嬉しいことにシモーンの後を受けたスーニー(スニーサ)・リーが新女王の座を獲得したことは、ある意味でシモーン以上の感動・希望と大きな意味があったと言えます。スーニーは体操個人総合においてアジア系アメリカ人としては初のオリンピック金メダルを獲得したわけですが、彼女自身はモン族(Hmong)系アメリカ人初のオリンピック選手です。

 このモン族(東南アジアのMon族とは別)というのはネイティヴ・チャイニーズとも言われる少数民族ですが、元々国家というものを持たない移動型の民族で、稲作をアジア全域に伝え(古代中国から日本に稲作を伝えたのは彼らであるという説もあります)、精霊信仰、食文化など日本との共通点も多いと言えます(日本人とはDNAが非常に似通っているそうです)。

 長年、少数民族として苦難の歴史を歩んできた彼らは、ベトナム戦争でアメリカ軍に協力して利用されたため、アメリカ敗戦後は各地の共産系国家や勢力によって弾圧・虐殺され、多数の難民がアメリカに移住することになりました。現在モン族系は中国、ベトナム、ラオスに次ぎ、アメリカ国内で人口約35万人いるとされていますが、アジア系アメリカ人と言うには特殊且つあまりに厳しい境遇であったため、アメリカにおける“アジア系の最底辺層”と指摘する人もいます。

 2008年にはクリント・イーストウッド監督・主演の「グラン・トリノ」という映画で取り上げられもしましたが、昨年5月に起きたジョージ・フロイド殺害事件で、主犯の白人警官デレク・ショーヴィンが黒人のフロイドを殺害するのを傍観していて起訴されたアジア系警官がモン族系であり、更にショーヴィン夫人(ショーヴィン逮捕直前に離婚)もモン族系であったことから、モン族系は事件後暴徒化した抗議デモの標的にもなり、破壊・略奪・放火の被害も受けるというあまりに気の毒且つ厳しい状況に立たされていました。

 そうした背景もあって、スーニーの金メダルというのは、アジア系初の快挙というよりも、モン族系の人達にとっては、アメリカにおける存在意義をアピールし、遂に自分達の未来が切り開かれたとも言える歴史的な大事件であったと言えます。

 ですが、スーニーはまだ18歳。今後モン族の将来、アジア系の未来を背負わされることにもなりかねず、逆にトランプ系の白人社会からはヘイトの標的にされる可能性も大です。既にスポーツ・エージェントやマスコミ、大企業の“餌食”となりつつある状況でもありますが、周囲に振り回されず、自分の心と体を充分にケアして、シモーンや大坂なおみのような悲劇を繰り返すことのないよう祈るばかりです。

 

 

 

トピック:“パンデミック後”のアメリカ音楽業界の動きについて(その1)

      ~インディ系はストリーミング時代に生き残れるか~

 

 アメリカは失業率は通常通りに戻り、雇用は記録的に拡大し、株価も史上空前、などとマスコミは報道し続け、コロナからの脱却と再開に成功した、というポジティヴというよりもあまりに楽観視しすぎる思考や判断が多くの人々の間に渦巻いています。

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【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 July 2021」

※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています
Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 

先日、今回のパンデミック以降初めて、ニューヨーク市内で外食をしました。なんと、約1年3ヶ月ぶりの外食です。

 え?そんなに?と驚かれるかもしれませんが、元々自炊が基本の私には、外食というのはビジネス・ミーティングか友人や仕事仲間との会食(主に「飲み会」や音楽イベント前後の飲食など)に限られていましたし、パンデミックによってビジネスもプライベートも長らくリモートが基本となりましたから、アウトドア・ダイニングが可能になったり、店内の規制が少し緩んでも、敢えて外食をしようとは思いませんでした。

 「ニューヨーク市内」と言いましたが、市外のアウト

ドア・ダイニングでは昨年も何度か外食をしました。やはり市内と市外では感染者・死者の数が驚異的に異なりましたし、今回のウイルスによって身の周りで6人の命が失われた自分としては、恐怖感・危機感がトラウマのように残り、密でなかったとしても室内で他人と飲食を共にすることには躊躇がありました。

 先日の久々の会食は長年の仕事仲間とのビジネス・ミーティングでしたが、店内ではなく広々としたパティオ(つまりアウトドア・ダイニング)のあるメキシコ料理店でした。最初に口にしたフローズン・マルガリータの美味しさは、本当に久々の開放感を伴い、そして自分がここまで生き延びてこられたことへの安堵と感謝で一杯で、何とも格別でした。

 そんな喜びの中で、このパンデミックを通して、飲食店の対

 

応も大きく変わったことも改めて実感しました。テーブルの配置や人の距離感ということもありますが、やはり最も印象的であったのは、QRコードを利用してメニューの確認とオンライン・オーダー、そして会計支払いまでを全て自分の携帯で行うという方法です。

 既にパンデミック以前からこうした方法を採用する店もありましたが、印刷または手書きされたメニューを他人と手で触れあって共有する必要が無く、注文も人(ウェイター/ウェイトレス)を介さないという点で、これはウイルス対策にはうってつけであると言えます。

 もちろん料理や飲み物はウェイター/ウェイレスが運んできますし、彼らから「料理の味はどう?」と離れた距離から尋ねられもしますが、彼らとのコミュニケーションは圧倒的に減ります。それを安心と感じるか、寂しいと感じるかは人それぞれですが、この先のウイルスの変異・感染具合と、AIテクノロジーの発展・普及具合によっては、それらが更にエスカレートしていく可能性は非常に高いと言えます。

 注文から支払いまで全て携帯で対応・処理するだけでなく、料理は回転寿司のようなシステムか、AIロボットが運んでくる。こんなSF小説のような光景が現実となる日は、私が生きている間にもやってくるのかもしれません。

 戦後まだ十数年。東京の下町的な商店街で生まれ、商店・出店(でみせ)・屋台に囲まれた人情溢れるコミュニティで育った自分の記憶が、まるで200年くらい昔のことのように思えてしまいました。

 

トピック:アメリカにおけるライヴ音楽“再開”の進み具合を見る

 7月4日の独立記念日には、成人人口の7割のワクチン接種を達成し、“ウイルスからの独立”を目指す、というバイデン大統領の目標は、残念ながら達成することはできませんでした。

(さらに…)

【I love NY】月刊紐育音楽通信 Jun 2021

※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています
Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 毎年5月のアメリカはAAPI(エイジアン&パシフィック・アメリカン)伝統遺産月間であることをお伝えしましたが、今年からはバイデン政権によって「メンタル・ヘルス・アウェアネス月間」が同じく5月に新たに制定されました。アメリカは近年、「心の問題・心の病」に関する理解・認識が格段に進み、そのケアの必要性が問われ、学校から企業・団体、そして様々な場において対応が進んでいます。

 これはパンデミックによる影響、つまり心的な疲労を強いられる状況となって益々活発になってきていますし、音楽界においては特にアーティスト側からの発信によって、音楽業界の内外に存在する大きなトピックとして扱われてきていると言えます。

 しかし、誰の目から見てもスポーツ界の対応が遅れているのは明らかと言えます。特にスポーツというのは、ある意味で“マッチョな”イメージが強く、タフさ強靱さが問われやすいので、“健全な精神は健全な肉体に宿る”を逆手に取ったような論理が横行し、心の部分は無視されがちで、ニュースにもなりにくいと言えます。

 実はつい数日前、友人でもある有名なヘヴィメタル系ギタリストと話した時に、彼はこう語っていました。「俺達のステージってのは本当にタフだ。大体約90分間のステージをハイテンションでぶっ通しで突っ走るから、終わった後はいつもボロボロさ。そりゃあ昔は酒とドラッグで持ち上げてステージの後にパーティもしたよ。でも実際には心身共にすっかり消耗し切ってるんだ。話もできないし歩けないこともあるし、ツアー・バスに戻ってぶっ倒れたように寝るしかなくて、気がついたら次の日、次のツアー場所に着いてたりね。でも、テニス選手ってのは肉体的にも精神的にも俺達のステージより遙かにタフだと思う。しかもゲームの後は勝っても負けても記者会見なんて、ヤツらはほとんど超人だよ!俺には絶対真似できないし、したくもない。もしも負けた時に意地の悪い質問をするようなクズ野郎がいたら、俺なら間違いなくその場でそいつを叩きのめすね!」物言いは過激ですが、実に正直な気持ち・意見であると私は同感します。

 現在ドラマーでありレコーディング・エンジニアでもある私の娘は、実は高校生の時までジュニア・テニスの選手でした。USTA(全米テニス協会)に所属し、州の内外を試合でツアーし、USオープンの時はボール・ガールも務め、私は娘のドライバー件ヘルパー的役割を務めてもいました。

 時代的にはヴィーナス&セリーナ姉妹が差別・バッシングを受けながらも大活躍していた頃であり、世代的には大坂選手よりももっと前になりますが、当時は(恐らく今も)テニスというのはほとんど白人至上主義のような世界でした。一緒にツアーを回っていた選手達は、裕福な家庭の白人に加えて、ロシアや東欧から子供に夢を託してやってきた白人達がほとんど。白人でない対戦相手との試合というのは稀で、そんな時は思わず試合後に少し会話してお互いに励まし合ったりもしたものでした。

 選手やコーチ達は皆フレンドリーでしたが、選手の親達、審判、協会・大会関係者達の中には明らかに非白人の参加・活躍を快く思っていない連中もいて、黒人中心であるバスケットボールの世界で過ごしてきた息子のマイノリティ感覚や環境とはあまりに大きく異なることにショックを受けました。

 心の問題・病と人種偏見・差別。このとてつもなく大きな問題を抱えながら、一つの世界の頂点に立つ23歳の若き女性の重荷やプレッシャーというのは想像を絶するものであり、当事者の事情や背景を理解しない安易な基準・評価や比較は禁物であることは間違いありません。


今月のトピック:トピック:パンデミックを吹き飛ばすパンク・ロックの躍動 


 パンデミック後の再開具合は州によって大きく異なりますが、ニューヨークも気分的には“コロナはほぼ収束”という感じになってきています。レストランを始め、店舗入店の規制は次々と緩和され、学校も新学期の9月から平常通りとなり、そして何よりも嬉しいのはライヴ/コンサートの復活です。インディから大物まで、ライヴ/コンサートやツアーのブッキングは、早いところでは7~8月から、遅いところでも秋からは続々と始まっており、年内には音楽業界“完全復活”という勢いになってきています。もちろん話はそんなに簡単ではないのですが、それでも今はあらゆるミュージシャンや音楽関係者が再開に向けた準備に入っているとも言えます。 (さらに…)

【I love NY】「月刊紐育音楽通信 May 2021」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

     

 

 青森と緯度が同じニューヨークは、4月の半ばから5月の頭にかけてが桜の季節となります。街のあちこちで染井吉野、枝垂れ桜、八重桜など、少しずつ時期がずれながら満開となり、ニューヨーカーの目を楽しませてくれます。

 さすがに花見ができるような桜並木となると、市内各区のボタニカル・ガーデンや大きな公園に行かなくてはなりませんが、一本単位であれば、最近は街の中でも随分と桜の木が増えてきました。

 それはここ5~10年のことであると思いますが、ニューヨーク市内の歩道に無数にある植え込み部分において桜の木が目に付くようになってきました。特に新しい建物や再開発区では、周辺の歩道を舗装し直すため、歩道の一部となる植え込み部分に桜の苗木を植えるところが年々増えてきました。更には、庭のある家では桜の苗木を植える人も増え、街を歩いたり車で走っていると、ぽつりぽつりと桜を見かけるのです。

 また、最近はこの時期、つぼみの付いた桜の枝の束売りが人気で、大きなマーケットでも販売しているため、そうした店の周辺の通りでは桜の枝の束を抱えて歩く人の姿をよく見かけます。

 我が家でも毎年桜の枝の束を花瓶に入れて、自宅内でささやかな花見をしていますが、ニューヨークでも大分桜が一般化してきたように感じます。

 そんな桜の季節が終わる5月は「エイジアン・パシフィック・アメリカン・ヘリテージ・マンス」となります。これは要するにアジア系アメリカ人と太平洋諸島の人々(こちらではAsian American and Pacific Islandersを略して通称「AAPI」と呼びます)の「伝統遺産月間」というわけで、2月のアフリカン・アメリカン・ヒストリー・マンス(通称ブラック・ヒストリー月間)」に連なるマイノリティーに対するリスペクトと歴史文化紹介・理解のための月間と言えます。

 この二つ以外にも、9月は「ヒスパニック・ラティーノ伝統遺産月間」、11月は「ネイティヴ・アメリカン(アメリカン・インディアン)伝統遺産月間」がありますが、黒人の2月、ヒスパニックの9月に比べれば、アジア系とネイティヴ系は極めて地味な存在と言えます。恐らくアメリカ人でも知っている人は少数で、当事者達でも知らない人がいるくらいです。

 アジア系が5月である理由は、ジョン万次郎のアメリカ渡米です。後に日系アメリカ人となる日本人の渡米・移住は江戸幕府による海外渡航解禁後の1860年代後半から始まったとされていますが、その20年以上前となる1843年5月7日、ジョン万次郎がマサチューセッツ州ニューベッドフォードの港に降り立った日を記念にしているわけです。

 この「アジア/太平洋系アメリカ人伝統遺産月間」は1978年、当時の大統領ジミー・カーター氏によって「月間」として正式に調印・制定されましたが、そこに至るまでには、後にクリントン大統領の商務長官、ブッシュ(息子)大統領の運輸長官を務め、日系アメリカ人としては初の閣僚となった故ノーマン・ミネタ(峯田)氏の尽力があったと言われています。

 そうしたこの「AAPI伝統遺産月間」が今年は方々で大いに注目されています。それはまさしく最近のアジア系差別事件があるためですが、それでもアメリカにおけるアジア系に対する理解が高まればありがたいことです。

 先日は、アジア系に対するヘイト・クライム対策法案も上院において一人(人種差別主義で知られるトランプ派議員)を除く満場一致で可決されましたが、この法案を主導したのは、福島県生まれ育ちで、日系のみならずアジア系としてアメリカ史上初の女性上院議員となったメイジー・ケイコ・ヒロノ(広野)氏です。

 アメリカにおいては、まだまだ本当に数少ないマイノリティであるこうした日系アメリカ人達の活動が、今後益々実を結ぶことを願ってやみません。

 

 

 

トピック:続・アメリカ音楽業界の中における「エイジアン」の存在~“日系”の観点から

 

 日本人や日系アメリカ人にとって1979年と1980年というのは、ちょっとした“事件”とも言えるムーブメントが起きた年であったと言えます。つまり、アメリカ音楽またはアメリカ音楽業界の中で、日本の音楽というものがにわかに注目を集めたからです。

 

 その先駆であり元祖であるのは、間違いなく坂本九さんです。1961年にリリースされた「上を向いて歩こう」は、翌年ヨーロッパでも紹介されて「Sukiyaki」という曲名で人気を得ましたが、その時はアメリカではほとんど話題になりませんでした。

 ところが、偶然坂本九のオリジナル盤を手に入れたアメリカの地方ラジオ局のDJがこの曲をオンエアするやいなや注目を集め始めて人気が広がり、1963年にシングル盤が発売され、発売後約1ヶ月半程で全米チャート・ナンバー1まで上り詰め、約1ヶ月近くもトップを守り続けたのです。

 日本語の歌詞・歌のままで全米ナンバー1になったというのは、これは“事件”以外の何物でも無く、後にも先にも日本人アーティストによるこのような快挙はありません。   

 しかし、それは海を越えた“極東の島”から輸出された“事件”であり、アメリカ国内のポピュラー音楽界において、アメリカ人アーティストから日本音楽の影響が英語によって発信された“事件”というのは、1979~1980年と言えると思います。

 

 それは具体的には、1979年にデビュー・アルバムがリリースされたLAの日系3世達によるバンド「HIROSHIMA」。そして、1978年に「Boogiue Oogie Oogie(邦題「今夜はブギ・ウギ・ウギ」)」が空前の大ヒットを記録した女性2人によるグループ「A Taste of Honey」が1980年にリリースした上記「Sukiyaki」の英語カヴァー曲です。

 前者は日本でも話題にはなりましたが、琴や尺八、和太鼓を取れ入れたサウンドは、当時“和風フュージョン”などとゲテモノ視されていた感もありました。

 一方、後者は来日してオリジネーターの坂本九さんと共演も果たしましたので、50歳後半以上の方で覚えておられる方もいるかと思います。

 

 当時リアルタイムでこの両者にハマってしまった私にとっても、これは本当に大きな“事件”であり、逆輸入的なカルチャー・ショックを受けたとも言えました。

 何しろ、前者はバンド名自体が恐ろしくインパクトがあり(実は、このグループのリーダーであるダン・クラモトは、バンド結成前はカリフォルニア大学におけるアジア系アメリカ人研究の中心的ポジションにおり、反戦・反原爆・反差別のスタンスも強く持っていたと言われています)、和楽器が自然な形でジャズ/フュージョン・サウンドの中に溶け込んでおり、それでいて歌は完璧にアメリカンなネイティヴ英語(日系3世ですから当然ですが)、しかも日本的なだけでなく、サルサやR&B/ファンクの要素も平然とミックスされていたわけです。

 

 一方の後者は、HIROSHIMAの琴奏者ジューン・クラモト(彼女は同グループで唯一の日系3世ではない日本生まれ)がゲスト参加して彼女の琴が全編にフューチャーされ、それまでディスコ・クイーン的存在だったリーダー&シンガーのジャニス=マリー・ジョンソンの歌は、繊細で情感たっぷりでまるで別人かと思うほどでした。

 更に驚愕したのは、アメリカの人気長寿音楽TV番組「Soul Train」にA Taste of Honeyが出演してこの曲を披露した時です。それまでベースとギターを弾きながら歌い踊るのがトレードマークでもあった彼女達は、なんと日本の着物を着付け、ベースのジャニス=マリーは扇子を手に日本舞踊のように踊りながら歌い、ギターのヘイゼル・ペインは琴を演奏したのです(但し、「Soul Train」はアテレコが基本ですから、彼女が実際にどれだけ琴を演奏できたかは不明です)。

 この音楽TV番組は、黒人を中心とした若者達が演奏中にステージの周りで踊るのも特徴でしたが(番組最後のライン・ダンスも見ものでした)、この時はステージ脇の付帯的なセットでチーク・ダンスを踊るダンサーが僅かにいたくらいで、ほとんどはステージの前でじっくりと聴き入っていました。

 

 前者はクルセイダーズのウェイン・ヘンダーソン、後者はジョージ・デュークという当時のジャズ・フュージョン・シーンの頂点にいた二人(共に黒人で既に故人)がプロデュースを行ったということもエポック・メイキングであったと言えますが、この二つの“出来事”は単にその時限りで終わることもありませんでした。

 HIROSHIMAは結成40年を過ぎた今も活動中で、ゴールド・ディスクやグラミー賞ノミネートの経験も何度かあり、クインシー・ジョーンズにも認められてアルバムをリリースしたり、マイルス・デイヴィスの前座を務めたこともあります。

 また、特に90年代以降のヒップホップの世界において、彼等の音源をサンプルとして利用したり、それらを模倣したサウンドを作ることも一つの流行となりました。

 

 A Taste of Honeyの「Sukiyaki」によって、この曲の“第二波”とも言うべきカヴァー/リメイクが次々と世に出て、メアリー・J.・ブライジ、ウィル・スミス、スヌープ・ドッグ、セレーナといった大物達も英語歌詞バージョンを取り上げることになったことも見逃せません。

 A Taste of Honey自体は80年代前半で活動を終え、リーダーのジャニス=マリーはもう「Boogie Oogie Oogie」を歌うことも無いようですが、今も「Sukiyaki」だけは、まるで自分がこの曲を後世に伝えていかなければ、とでも思っているかのように歌い続けています。

 彼女はかつて日本人と黒人のハーフと言われたこともありましたが、実際にはネイティヴ・アメリカンと黒人とのハーフです。ですが日本が大好きで、日本舞踊が大好きで(日本舞踊も日本人から習ったそうです)、坂本九(「人生で出会った最高の人」とまで言っています)と「上を向いて歩こう」という曲が子供の頃から大好きだった彼女は、大事なイベント(例えばLAのリトル東京で行われた東日本大震災救援寄付コンサート時など)では、今も扇子を手に着物を着て歌い踊っています。

 そして、嬉しいことに彼女のことを、最近益々指摘・糾弾されることの多い“文化的不理解/略奪/不適格”などと呼ぶ人は、まだアメリカにはいないようです。

 

 その意味では、彼等のレガシーはしっかりと維持・継承されていると言えます。しかし、これは当事者達(HIROSHIMAとジャニス=マリー本人達)のレベル、または当事者達と直接関連するレベルでの維持・継承であり、そこから次の世代への継承というのは現状においてはほとんど見られません。

 でもそれは、見られないのではなく、見えにくいだけかもしれません。なぜなら、アメリカのあちこち(特にカリフォルニアやハワイ)では日本人や日系アメリカ人、また日本文化の影響を大きく受けた日系以外のアメリカ人の新しい世代が新たな音楽に取り組んでいることは確かですが、それらがメディアに公平に取り上げられ、評価されることはまだまだ数少ないと言えるからです。

 

 これは、HIROSHIMAやジャニス=マリーといった当事者達にとっても同様と言えるでしょう。彼等がここまで活動を継続してきた中で、どれだけの努力と不当な扱いがあったかは計り知れません。

 実際に、そのレコード・セールス面や彼等が与えた影響からすれば、HIROSHIMAがグラミー賞の幾つかの部門で受賞する資格が充分にあることは明らかですし、このパンデミック状況は別として、彼等にはコンサートや大型フェスティバルなど、もっとたくさんの演奏の機会が与えられてしかるべきとも言えます。

 彼等自身はそのことに対して声を上げることはありませんが、私を含めアジア系の音楽業界人や彼等のファンにとっては、彼等が極めて過小評価されていることは明らかであると感じられます。

 

 一方、ジャニス=マリーがA Taste of Honeyで「Sukiyaki」の歌詞を英語化してレコーディングしたいと提案した際には、周囲の人々ほぼ全員が反対したそうです。 

 しかし、彼女は自分の音楽出版社を通じて、「上を向いて歩こう」を作詞した永六輔さんにコンタクトを取り、歌詞の英訳許可を尋ねたところ、永さんは快い返事と共に3種類の英訳歌詞案を送ってきてくれたそうです。

 そして、それらを元にリライトし、デモ・テープを作ったところ、当時契約していたレコード会社(キャピトル・レコード)の副社長は、「黒人は誰も日本の音楽など聴きたくもない」と言い放って完全拒否。それに対してジャニス=マリーは、「私は黒人だし、子供の時から聴いてるわよ!」と啖呵を切ったというのですから根性が入っています。  

 そんなやり取りを経て、この曲は何とかレコーディングにまでこぎ着けましたが、マスターをディスク・カットする際、レコード会社は強攻策に出てこの曲を削除してしまったそうで、またしても発売直前に大もめ。長時間の協議の上、何とか日の目を見ることになりましたが、当然レコード会社はシングル化にも大反対。それも押し切ってシングル発売された同曲は、「Boogie Oogie Oogie」ほどの空前のヒット曲とはなりませんでしたが、それでも全米チャート3位となったのですから、正にこの曲はジャニス=マリーの情熱と執念の固まりのような曲と言っても良いのかもしれません。

 

 こうしたいわゆる“先駆者達”の取り組みの行方や成果が未だ実を結んでいるとは思えない状況の中、それらとは全く異なるアプローチによる動きも出てきていると言えます。

 それはまずイギリスからですが、リナ・サワヤマの登場は、最近のアジア系差別の問題と直接結びついて強烈なインパクトを与えています。

 彼女は日本生まれで5歳の時ロンドンに移住しています。音楽活動と同時にケンブリッジ大学で政治学や心理学を学んだという“才女”ですが、自ら「クイーア」と公言する彼女の「STFU」と言う曲(Shut The Fxxk Upの略!)は、歌詞もビデオもあまりに強烈です。何しろアジア系女性に対してステレオタイプな差別意識しか持ち得ない白人男性に対して「黙りやがれ!」と怒りをぶつけているのですから。

 欧米に住んだことのあるアジア系女性ならば誰でも一度は経験があると思われる、こうした不当な扱いに力強く「ノー(No)」を突きつけたこの作品には、アジア系コミュニティのみならず方々で拍手喝采が起きているようですが、あまりにアグレッシヴ過ぎる、逆に“キャンセル・カルチャー度”を高めてしまっている、といった批判もあるようです。

 ですが私は、この曲はこの曲として、彼女の本領は、彼女を高く評価しているエルトン・ジョンとのデュエット曲「Chosen Family」にあると感じます。この曲での彼女の堂々とした歌いっぷりは、レディ・ガガを思わせる部分もありますが、好みは別としてサー(Sir)・エルトン・ジョンを前にこれほどの存在感を見せつけてくれる“英語で歌う日系シンガー”を私は他に知りません。

 

 また前述のように、彼女の場合はLGBTQという括りの中で、これまで最も取り上げられにくく、理解されにくかったQ、つまりクイーアであることを敢えて主張している点も特筆すべきでしょう。

 つまり、LGBTというのは男性か女性という従来の姓を基本・前提にした解釈・区分けになるわけですが、Qというのは、そうした従来の性という解釈・区分けすら存在しないわけです。これは正に新時代の感覚であると思いますし、エルトンが強く共感しているのも非常に頷けます。

 

 リナ・サワヤマのアメリカ上陸は本当に楽しみですし、今後の動向に目が離せませんが、アメリカにおいてもまだ数は少なく、リナ・サワヤマのインパクトと話題性には及びませんが、メディアの注目を集め始めている音楽アーティストが徐々に出てきていると言えます。

 例えば、ニューヨークではなくLAですが、R&B/ヒップヒップ系のシンガー&ソングライターであるジェネイ・アイコは、最近益々注目度が増してきています。既に様々な大物R&B/ヒップヒップ系アーティスト達の作品にゲストとしてフューチャーされ、彼女自身の作品においてもそうしたアーティスト達をフューチャーしてコラボし、共にツアーも行っており、また、グラミー賞を始め数々の賞でも受賞・ノミネートされていますので、特にこの分野におけるアジア系アーティストとしては傑出した存在であると言えます。

 むしろ彼女の場合はアジア系という括りで語られることが少ないですが、娘には日本名(ナミコ)を付けるなど、彼女の意識の中には日本人の部分が強くあることが感じられます。

 また、母はスペイン&カリブ系の日系アメリカ人で、父はネイティヴ・アメリカンと黒人とドイツ系の混血であるアメリカ人ということもあり、音楽的にも様々なバックグラウンドや影響を持っている点が、アジア系という括りや、アジア系に対する理解自体を広げることにも役立っているように思います。

 

 ニューヨークでは、日本生まれで日本人の母親を持つ日系アメリカ人ミツキ・ミヤワキ(「Mitski」の名前で活動中)が非常に注目されます。

 音楽的にはポップス、それも明快で躍動的・ダンサブルなものではなく、常にどこかに憂いを秘めたような影のあるポップスと言えるかもしれません。

 欧米でちょっと一癖あって個性的な様々なポップス系アーティストと共に、中島みゆきや松任谷由実も大好きというところが、それを物語っているようにも感じます。

 まだセールス的・人気的には前述の二人には及びませんし、メジャーな受賞歴もありませんが、彼女の作品やツアーは、メディア/批評家達の間ではすこぶる高いと言えます。

 彼女の場合は「自分は半日本人で半アメリカ人で、そのどちらかだけではない」と自分のアイデンティティ表明をはっきりしており、音楽性にもそれは充分に感じられます。

その音楽やキャラクターは、恐らく日本人から見たら日本人には思われず、アメリカ人と思われるのかもしれませんが、アメリカ人から見れば彼女の音楽やキャラは間違いなく彼等にとって異質で、日本的・アジア的と受け取られると言えます。

 例えば彼女の繊細で微妙なニュアンスを持った歌声と歌詞は、アメリカ人のアーティストの中に見出すことが難しい大きな特徴であり魅力であると思いますが、それが逆にアメリカの若い世代には大いに受けて支持されてきているということが、私のような古い世代のアジア系にとっては驚きであると共に、嬉しさでもあり、希望でもありとも言えます。

 

【I love NY】「月刊紐育音楽通信 April 2021」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

     

今日もワクチン。明日もワクチン。アメリカは日々ワクチンのニュースばかりという感じです。今日は何万人分、明日は何万人分、今日はこのエリア、明日はこのエリア、次の資格者はこれこれ、といった具合に、ニューヨーク州知事から届くニュースも日々ワクチンのことばかりです。

 我が家では、大学のアスレチック・コーチ&講師として選手・生徒達と対面対応している息子が真っ先にワクチンを接種し、続いて教職として間もなく対面授業が始まる私のパートナーの順番となり、娘はレコーディング・スタジオでの次のプロダクションのためにワクチン接種が義務づけられる、といった具合で、ワクチン接種に遅れを取っているのは私のみという状況です。

 そもそも自分の免疫力を高めることを最重要と考え、インフルエンザも含めてワクチンというものをあまり歓迎・信頼していない私ですが、世の中は、ワクチン非接種者は社会生活もできなくなる、というばかりの勢いで、今回ばかりは私の抵抗も無駄に終わりそうです。

 バイデン大統領はワクチンの普及に懸命で、7月4日の独立記念日までには全国民がワクチン接種を終え、完全にバック・トゥ・ノーマルな独立記念日を祝う、ということを至上命令のごとく推進しているようにも見えます。

 もちろん医療現場や感染の危険度が高い人達、また感染による症状悪化の恐れがある人達にはワクチンはマストです。しかし、その反面で一般レベルではマスクも対人距離もどんどん崩れていっているのはどうしたものでしょう。

 インフルエンザもそうですが、アメリカ人にはワクチン信仰が強い人達が非常に多いと感じます。ワクチンは治療薬ではないのに、「ワクチンを打てばもう大丈夫!」とでも言わんばかりです。

 もちろん私はQアノンのように、「ワクチン接種によって5Gのマイクロチップが埋め込まれてマインド・コントロールされる」などというSF小説まがいの陰謀説を信じることは決してありません。ですが、ウイルスもワクチンに対抗して変異していきますから、これは結局“いたちごっこ”の図式となっていくわけで、ワクチンによって“いたちごっこ”はスローになっても、完全に止まることは無いと言えます。

 ウイルスを生物と考えるかには様々な異論・反論もあるようですが、ウイルスと人間との共生関係から見れば、今回のウイルスはインフルエンザ化していくのが自然な流れであって、あまりに早急かつ過剰なワクチン接種によるウイルス撲滅は、人間の身体にも必ず何らかの副作用や変化を引き起こすと思えてなりません。

 それはまるで、トランプを追い出すことはできても、“トランプ・ウイルス”を駆逐することは不可能であることとも共通点があるようにも思えてしまう、というのは考えすぎでしょうか。

 

トピック:アメリカ音楽業界の中における「エイジアン」の存在

 

 「エイリアン」の誤植ではなく「エンジアン」です。などとボケたことを言っている場合ではありませんが、私達アジア人は今、世界の話題の渦中にいると言えるようです。

 渦中と言ってもそれらは全く嬉しくない話題であり、その一つは、正に地獄のような様相を呈しているミャンマーの情勢であり、もう一つはアメリカを中心に世界のあちこちで野放しとなり激増しているアジア系に対する差別です。

 

 「今までアメリカで差別を受けたことってあります?」こんな質問を私はこれまで日本の親しい友人や仲間から何度か受けたことがあります。その度に私は「ノー」と答えてきました。

 思えば70年代後半に私がアメリカに来た当時は人種的な理由で何度か嫌な目にも会いました。編入した高校にはアジア系は私一人しかいませんでしたので、不正確な発音や日本語的な発音をよくバカにされていじめられました(そのトラウマで私は今でも和製英語や日本語的な発音には拒否反応を示してしまいます)。

 でも、それらはこのアメリカ大陸にネイティヴとして暮らしてきた人々や、奴隷として連れてこられた人々とその子孫達が長年受けてきた差別・虐待から見れば大したことではないし、我慢し、無視すれば良いことと思っていたのです。

 

 しかしそれが昨年、路上で面と向かってRacial Slur(人種的中傷)を食らわされるというアクシデントがあり、怒りよりも唖然とし、自分の立場・立ち位置を見つめ直すきっかけとなりました。

 なにしろ、その男はあからさまに移民を嫌悪し、トランプと全く同じ言葉を使ってアジア人である私を罵倒してきたのですから。

 

 思えば90年代前半にアメリカの音楽業界の中に入って以降、自分と同じアジア系と出会う機会は非常に少なかったと言えます。

 アメリカ在住の日本人ミュージシャンとの仕事を別とすれば、例えば普段の仕事の中で出会う日本人を含めたアジア系と言えば、ジャズやクラシックのミュージシャン達、レコーディング・スタジオのアシスタント達といったところでしたし、彼等は若く、実に才能豊かでありながらも、決して前面には出てこない目立たない存在であるとも言えました。

 これが所謂“業界内”ということになると更に顕著であると言えます。インディペンデント系は別ですが、特に大手音楽系企業で働く管理職クラスのアジア系にはほとんどお目に掛かったこともありませんでした。

 

 実際にアメリカの音楽アーティストでアジア系の有名どころとなると、ズービン・メータ(インド)とヨーヨー・マ(中国)を筆頭に、五嶋みどり、内田光子、鈴木雅明など世界的に知られる日本人アーティストも多いクラシック界を除けば、極めて希少であると言えます。

 

 例えばロック界の有名どころでは、昨年10月に亡くなったエディ・ヴァン・ヘイレンは母方がインドネシア系と言われ、スマッシング・パンプキンズのベーシストであるジェイムズ・イハ(日本名:井葉吉伸)は日系3世ですが、彼等がアジア系であることも知らない人は多く、その点を取り上げられることも少ないと言えます。

 

 彼等よりも世代は若くなりますが、ジェイ・Zとのコラボでも知られ、2度のグラミー賞も受賞しているリンキン・パークは、マイク・シノダ(日本名:篠田賢治)とジョー・ハーンという二人のアジア系メンバーがいることでも知られています。

 

 この二人の“立ち位置”というのは、私には実に印象的に見えるのですが、まずマイク・シノダは所謂フロントマンです。

 彼は日系3世で日本語も話せませんが、日系1世である祖父母の家族が第二次大戦中、強制収容所に収容されたこともあり、日系としての意識や日本に対する思いは強いようで、アメリカの日系コミュニティやスマトラ沖地震の被害に対する援助・寄付なども行っています(ということはアメリカ本国であまり知られていませんが)。

 

 一方のジョー・ハーンは両親が韓国から移住した韓国系2世ですが、彼も韓国語は話せません。彼はマイク・シノダと違ってDJとして常にステージ後方にいて、バンド全体を見渡しています。

 しかし、実は彼こそがリンキン・パークの強烈なミクスチャー・サウンドの中枢的役割を担っており、彼等のほとんどのPVのディレクションも手掛けている、というのは重要な点です。演奏でもビデオでも彼が目立つことはありませんが、全てをオーガナイズする総合プロデューサー的な存在であると言えます。

 

 ポピュラー音楽の世界で言えば、何と言ってもノラ・ジョーンズ(インド系。父親は世界的に有名なシタール奏者のラヴィ・シャンカール)がグラミー賞を9回受賞ということもあって、最も有名であると言えますが、そんな彼女でもアジア系であることが強調されることはほとんどありません(ただ、同じくインド系のカマラ・ハリスが副大統領になったので、今後は変わってくるかもしれませんが)。

 

 思えば私自身、アメリカに移って最初に仕事をしたアジア系の音楽アーティストは、今やプログレ界のレジェンド・バンドとも言えるドリーム・シアターのベーシスト、ジョン・マイアングでした。

 1985年の結成以後、今も不動のメンバーとして活躍中の彼は、ジョー・ハーンと同様、両親が韓国から移住した韓国系2世ですが、彼も韓国語は話しません。

 

 当時彼の名前は日本ではジョン・ミュングと表記されており、私はその名前から彼の名字が「明」であると推測しました。

 私は彼の風貌と極めて物静かな物腰などから、バンド・メンバーの中では彼に最も親近感を感じ、仕事の休憩中に彼と雑談をしたりもしたのですが、話の流れで私は彼に「キミのラスト・ネームはチャイニーズ・キャラクター(漢字)で書けば「明」だよね?」と尋ねたところ、彼は和やかな笑顔を崩すことなく、「そうだと思うけど、なんでそんなことを聞くんだい?」と返してきたのです。彼は怒っているわけでも困惑しているわけでもありませんでしたが、何か彼のバックグラウンド(それがどのようなものであったかは私にはわかりませんが)やスタンスまでもがスッと感じられたようでもあり、まるで「そんなことはこの国で生きる僕らにとってはどうでもいいことなんだよ」とでも言われているようで、私は思わず話題を変えてしまいました。

 

 そんなことがあって以降、私自身もこの業界の中で生きていくにあたって、「日本人・アジア系」という部分を表に出すことはほとんどありませんでした。自分は“アメリカの音楽業界の人間である”という気持ちで、アメリカ人と同化する(はっきり言えば白人と同化する)ということを無意識のうちに行っていたと言えますし、そのことが今まで問題や悩みとなることもほとんどありませんでした。

 しかし、前述の人種的中傷・罵倒に遭遇したことは、ある意味自分の無意識を意識に変える手助けにもなったと言えます。

 

 そのことを考えると、BTSの登場というのは何と象徴的で、何という伏線となっていたのかと感慨深くも感じます。

 以前にもお話したかと思いますが、私自身はBTSのファンでもなければ、彼等の音楽やダンスに熱中することもありません。

 はっきり言ってしまえば、彼等の歌とダンスはアメリカの流行に追従した物真似であり、そのパフォーマンスに目新しさはほとんど感じられません。

 

 しかし、あのどこから見ても欧米人とは異なる、100%アジア系(100%韓国系と言うべきなのでしょうか)の容姿と雰囲気を持つ彼等が繰り広げるパフォーマンス(これはこれで極めてレベルの高いものであると言えますが)は、どのアメリカ人アーティストにも出せない、あまりにアジア的な圧倒的存在感を生み出している、と言えます。

 そして、それがこれほどまでにアメリカの若者達を熱狂させるということは、あまりにも驚きであり、痛快であるとも言えるのです。

 

 そんなわけで、毎年個人的には不平不満と文句批判だらけのグラミー賞ですが、今年は彼等がノミネートされた最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞の行方と、昨年8月末のMTVビデオ・ミュージック・アワード同様、今回も韓国からの中継で行うライヴ・パフォーマンスを見届けることにしました。

 

 BTSはアメリカにおいては2017年以降、ビルボード・ミュージック・アワードやアメリカン・ミュージック・アワードでもいくつかの賞を受賞していますが、昨年2020年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでは、前年2019年(計2部門受賞)に続くベスト・グループ賞連続受賞に加えてベスト・ポップ賞まで受賞(他計4部門受賞)したとあって、今回のグラミー賞はいけると思っていたのですが、私の読みは甘かったようです。

 

 チャートを制覇し、売り上げ的にも全米でトップ・クラスを誇るBTSが今回グラミー賞受賞を逃したことには、ファンやメディアのみならず、アメリカ国内でも方々からグラミー賞の人種偏見を批判・糾弾する声が上がりました。

 そうした意見・主張を否定できる説得力ある釈明は難しいと思われますし、何しろ一般投票ではなく、旧態依然とした保守的な全米レコード協会会員による賞制度であるグラミー賞に、審査の公平性・透明性など望めるわけがありません。

 それでもBTSはグラミー賞に単独アーティストとしてノミネートされ、パフォーマンスも繰り広げました。ここに至るまでの時間は本当に長かったと言えますし、今はその大きな一歩を評価すべきかもしれませんが(BTS自身も今回の結果を肯定的にとらえよう、と語ったようですが)、忍耐と静観の時代はもう終わりを告げ始めているとも感じます。 

 

 事を荒立てないのはアジア人の美徳、などとも言われますが、アメリカの歴史や文化から見れば、それは決して間違った見方ではないと思われます。

 もちろんアメリカにおけるアジア系の人々には、民族・部族もろとも大量虐殺されたり、強制連行されて数世代も奴隷として扱われてきたという歴史はありません。また、白人~黒人間と同様な激しい差別と闘争の歴史もありません。

 むしろ、従順と言われようと、無感情・無愛想と言われようと、アジア系そしてアジア系アメリカ人達は、アメリカという国にしっかりと自分達の地盤を築いてきたと言えます。

 しかし、最近の激増するアジア人差別に対しては、その地盤を更に強固にしていく必要が生まれてきているだけでなく、これまでと同様の対応では自分達の身を守ることすら難しくなってきていると言えます。

 それは非アジア系によるアジア系への一層の理解を促すためだけでなく、アジア系自身の意識変革も求められているように感じます。

 そうした状況の中で、BTSを筆頭とするアメリカにおけるKポップ旋風、またはエイジアン・ミュージック旋風は今後どういった方向に向かっていくでしょうか。

 音楽が常に社会の波から大きな影響を受け、また音楽が社会の波をも生み出していくこのアメリカという国において、BTSの人気は単なる一過性のブームでは片付けられない状況になってきているとも感じます。

 マンガ/アニメ・カルチャーや食文化カルチャーに続くような形で、アメリカにおいて益々注目を集めているアジア系音楽カルチャーが、負のパワーに負けず、正の変革をもたらすことを切に祈るばかりです。

※アメリカは10年単位で国勢調査を行っており、2020年の結果はまだ全て好評されていませんが、アジア系の人口比率は2000年:全体の4.2%、2010年:5.6%と伸び続けており、10%を超えて現在横ばい中の黒人の人口比率と並ぶのは時間の問題と言われています。一方、減少傾向でもまだ70%以上を占める白人は、10年以内には過半数を切り、代わって白人以外の有色人種が過半数を占めるのは必至と言われています。

【I love NY】「月刊紐育音楽通信 March 2021」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

          

 

 

 私には長年の友/コンパニオン(同伴者)である小犬がいます。彼は大の恐がり屋で怯えやすく、とても繊細というか非常に神経質で気難しく、他の人間はもちろん、他の犬にも決して馴染めないのが悩みの種です。

 それは彼が虐待されていた家庭から引き取られた犬であること、それが故に私が過保護に育てすぎたことが原因で、私自身も反省していますが、やはり犬にもそれぞれ持って生まれ、そして育った環境によって形成された個性・特性というものがあります。

 公園などを散歩していて、他の犬が親しげに近づいてきても吠えてしまいますので、ドッグランなどはもっての外ですし、常に人気(ひとけ)というか犬気?の無い場所を歩かねばなりません。ヴェテリナリー(獣医)でも待合室で他の犬と一緒に待つことができないので、いつも外で待たねばなりません。グルーミングも暴れて怪我をした経験があるので、いつも自分で彼のグルーミングをしています。

 アメリカでもニューヨークは特に犬を飼う人が多く、犬のオーナー達は犬同士を遊ばせ、オーナー同士もコミュニケートすることを好みますし、犬も人間同様、ソーシャル(社交的)であることが、良い犬の目安・評価になっていると言えます。

 ニューヨーク市でも犬は外ではリーシュ(リード)を付けることが義務づけられていますが、実際には公園内だけでなくストリートでもリーシュ無しの犬を良く見かけます。それは、その犬が“ソーシャル”で決して他人に危害を加えないということを証明(というか公言)しているわけですが、そんな犬が近づいてきたら私の友/コンパニオンはたちまちパニックしてしまいます。

 よって、世間から見れば私の友/コンパニオンは完全な落伍者(落伍犬)であり、私自身も犬をしつけられないダメな人間という烙印を押されがちです。

 そんな彼と私を心配し、友人の何人かは犬の矯正トレーニング・コースやセラピー施設・病院などを勧めますが、私はそれが正しい解決法だとは思っていません。

 「そもそも犬はソーシャルな動物なんだから」とも良く言われますが、私はそれも正しいとは思っていません。

 どんな犬にも唯一無二の個性・特性があり、それを“矯正”するというのは簡単なことではありませんし、果たしてそれがその犬にとって必要なことなのか、結果的に幸せにつながるのかは、非常に判断が難しいところです。

 これは人間でも同じ事です。自閉症やADHD、躁鬱気質や分裂気質、自律神経失調症(という病名は実はアメリカではほとんど使われることがありません)、果ては同性愛まで矯正するというセラピストやドクターがアメリカにはたくさんいます。

 しかし、先天的な問題や育った環境によってもたらさえるその人の性格・特質を、罪を犯した犯罪者を更生させるがごとく矯正しようという発想(先天的な問題すらも“罪”と解釈する人達もいますが)は正しいと言えるのでしょうか。

 それが他人に危害を加えることにならなくても、社会に適用できるべく矯正することは必要なのでしょうか。

 理想論かもしれませんが、“世間に歓迎されない”性格・性質を排除して矯正するのではなく、周囲がその“違い”を寛容に受け入れることが大切だと私は思っています。

 世の中は相変わらず人種差別や宗教差別、職業差別、そして最近はコロナ差別などもはびこり、“違い”を理解できない、受け入れられない人々が、“違い”を持つ人々を傷つけ続けています。

 そうした傷というのは、怪我や病気で受けた傷よりも何倍も重い、ということを傷つける人達は理解できないようです。

 私の友/コンパニオンである彼は、私と二人でいれば、外にいるときとは信じられないほど落ち着いて、物静かで、のんびりとくつろいでいます。そんな彼に「犬はもっとソーシャルな動物なんだよ」などと言うことは私にはできません。

 

 

 

トピック:暴かれるアメリカの音楽史~ビリー・ホリデイという存在

 

 またまた古い話から始まることをご勘弁下さい。それは私がまだ小学生の頃。当時私はモータウン、特にスープリームスとジャクソン5が大好きで、ダイアナ・ロスが憧れの女神であったのですが、そんな彼女が1970年にソロ活動をスタートさせて2年ほどが経ち、遂に映画デビューを果たすことになりました。何でもビリー・ホリデイという偉大なジャズ・シンガーの役を演じるというのです。

 当時、この「ビリー・ホリデイ物語」という映画は日本では公開されず、私は2枚組のサントラ盤を買って聞きましたが、これがジャズか…という程度で、ダイアナの魅力はあまり感じられませんでした。

 

  しかし、この映画はアメリカではヒットして大変話題になりました。そのサントラ盤は彼女にとって初の全米チャート・ナンバー・ワン・アルバムとなりましたし、受賞は逃しましたがアカデミー賞の主演女優賞にもノミネートされました。

 既にビリー・ホリデイの死から10年以上が経っていましたが、この映画とサントラ盤によって、ダイアナだけではなく、ビリー・ホリデイの人気も再燃したと言われています。

 

 そんなわけで、私はその映画を機にビリー・ホリデイ本人の歌にも接するようになりました。しかし、これも何度聴いても今ひとつ。気だるい、暗い、覇気が無い…。

 しかし、「奇妙な果実(Strange Fruit)」という奇妙な曲名が気になりました。

 

 70年代当時から、ビリー・ホリデイという存在の大きさは圧倒的であったと言えます。特にフランク・シナトラやジャニス・ジョップリン、バーバラ・ストライザンドなどがビリーを大絶賛し、また多大な影響を受けていたということは、ジャズに限らない幅広い音楽分野にまで彼女の存在を知らしめることになったと言えます。

 

 ビリーはエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンといった、ビリーよりも少し若いシンガー達と共にジャズ・ボーカルの頂点とも評されてきましたが、彼女の歌はあまりに独特ですし、音楽としてはジャズであっても、その存在感はあまりに強烈で、一つのジャンルなどには収まりきりません。

 

 10歳の時に強姦され、何度も養護・矯正施設に入れられ、売春で稼いでいた母親と共に売春容疑でも逮捕され、酒とドラッグ漬けの毎日となり、何人もの男達に利用され続け、同性愛にもひたり、ドラッグによって度々逮捕されては復帰し、最後は声も出ず、歌詞も覚えられず、酒とドラッグによる合併症で世を去る…という、あまりに悲惨で壮絶で波乱に満ちた人生を歩んだということは、これまでもよく知られています。

 

 そんなビリーの映像作品は、ドキュメンタリー作品を除くと、前述のダイアナ・ロスによる映画化と、2014年にオン・ブロードウェイに登場したミュージカル作品「Lady Day at Emerson’s Bar & Grill」というトニー賞受賞作品があります。

 どちらもそれぞれに見応えのある素晴らしい作品であったと言えますが、先日、新たな解釈と問題提起を試みた、センセーショナルなビリー・ホリデイの伝記映画が登場しました。

 タイトルは「The United States vs Billy Holiday」。アメリカ対ビリー・ホリデイという何とも物騒なタイトルですが、パンデミック故に劇場公開を断念し、去る2月26日からHuluで配信され始めました。

 

 ビリー・ホリデイのストーリーと言えば、扱われるテーマ/内容は、ドラッグに溺れ、葛藤・格闘するビリー・ホリデイというのが定石でもありましたし、実際にそれがこれまで世に出たビリー・ホリデイ・ストーリー全てに通じる骨子であるとも言えました。

 今回の新しい作品でもその点はしっかり扱われているのですが、それ以上にフォーカスされている最大のポイントは、前述の奇妙なタイトル、「奇妙な果実」なのです。

 

 この「奇妙な果実」という作品は、ニューヨーク在住の作詞・作曲家であったルイス・アレン(これはペン・ネームで、実はコミュニストであったユダヤ人)が当時新聞に掲載された黒人のリンチ死体の写真に衝撃を受けて作った曲とされています(今回の映画ではビリーが疑似体験または幻覚体験する形で、そのシーンが登場します)。

 歌詞を読めばおわかりになりますが、この「奇妙な果実」というのは木にぶら下がった、黒人のリンチ死体のことであり、それは人種差別に対する強烈なプロテスト・ソングというか告発曲であったわけです。

 ビリー・ホリデイは後になってこの曲を歌い始めたわけですが、その歌詞のインパクトとビリーの真に迫る歌唱によって、この曲はビリーにとって欠かせないレパートリーとなり、ビリーの代名詞のようにも扱われていきました。

 つまり、ビリーは人種差別に対する自身のステートメントまたは心の叫びとして、この曲を歌い続けたわけです。

 

 と、ここまではこれまでの世間一般の理解であり、これまでのビリーの伝記作品でも必ず取り扱われてきた事柄なわけです。

 しかし今回は、黒人のみならず白人のファンも多く持ち、強い影響力と大きな人気を有していたビリーがこの「奇妙な果実」というプロテスト・ソングを歌うことを阻止し、ビリーのドラッグ問題をネタや口実にして、ビリーの歌手生命をも破壊しようと工作したのがアメリカ政府(具体的にはFBI)であった、というのがこの映画が訴えた“告発”であると言えます。

 

 映画の中では、ビリーに近づく黒人のFBI偽装潜入捜査官(黒人)の上司として登場するのが、この告発と糾弾の矛先であるハリー・アンスリンガーというアメリカ財務省管轄である麻薬捜査・取締局のトップとして君臨した男です。

 アンスリンガーは5人の歴代大統領の下で麻薬捜査を率い、麻薬撲滅に生涯を捧げた功労者として、特に5人目となったケネディ大統領からは敬意と信頼を得たと言われています。

 しかし、彼は実は根っからの人種差別主義者で、麻薬捜査・取締の名の元に黒人に対する不当で悪質な弾圧を行っていた、というのが、黒人女性として初めてピューリッツァー賞のドラマ部門を受賞したスーザン=ロリ・パークスによる今回の脚本の基盤となっています。

 

 アメリカ司法省の捜査局は、ビリーが「奇妙な果実」を歌い始める数年前の1935年にFBI(アメリカ連邦捜査局)に改称されましたが、FBI初代長官のエドガー・フーヴァーは、司法省の捜査局時代から数えると、約48年間も国家捜査機関のトップに君臨していました。

 フーヴァーは特にFBI長官になって以降その権力を乱用し、公然と不正な捜査を強行していました。マフィアからは賄賂を受け、歴代大統領を脅迫するにまで至り、しかも悪質な人種差別主義者として有色人種を毛嫌いし、キング牧師やマルコムXの暗殺をも仕組んでいたという疑惑が、死後、様々な証言や書籍・映画などによっても明らかになっています。

 そのフーヴァーの下で麻薬捜査を率いていたアンスリンガーが、麻薬捜査の名の下にビリー・ホリデイを徹底的にマークし、弾圧し、死に追いやった、という解釈であるわけですから、これは最近のアメリカで特に問題視されているシステミック・レイシズム(組織的な差別)の最悪のパターンと言える国家レベルでの差別・弾圧を告発した映画でもあると言えるわけです。

 

 そんな衝撃的な内容の作品である「The United States vs Billy Holiday」ですが、脚本のパークスが書き上げ、ディレクターのリー・ダニエルズが描き出す世界を、リアリティ感たっぷりに表現・体現しているのが、今回ビリーを演じたアンドラ・デイの正に体当たりで鬼気迫る演技と歌であると言えます。

 彼女はスティーヴィー・ワンダーに認められたというエピソードもあって、シンガーとしては既に誰からもその実力を認めてられていると言えますが、今回の場合は、ビリー・ホリデイを彷彿させるどころか、ビリーそのものではないかと思わせるような歌いっぷりが感動を超えて驚愕であると言えます。

 声のトーンや、ヴィブラートやフレイジングなどといったテクニック的な面はもちろんのこと、ビリー・ホリデイの独壇場とも言えるジワジワと押し寄せてくる深い情感をも自分のものとしているのですから、思わず身震いするほどでもあります。

 しかも、ドラッグで身体が蝕まれて声も荒れていく様や、曲によって、またその日その時その場の状況によって変化する微妙な情感をも表現している点は見事と言うしかありません。

 

 この映画におけるアンドラの歌と演技は方々で絶賛の嵐を巻き起こしており、早速、映画公開の二日後に開催されたゴールデン・グローヴ賞では映画演技賞ドラマ部門において主演女優賞を獲得しましたし、4月25日に開催され、3月15日にはノミネーションが発表されるアカデミー賞においても、既に主演女優賞の呼び声が高くなっています。

 

 先日、オプラ・ウィンフリーによるインタビュー映像も観ましたが、オプラはアンドラもいる前で、ディレクターのリー・ダニエルズに対してジョーク交じりで「アンドラは本当にヘロインやってないの?」と尋ねて一同は爆笑していました。

 それほど、アンドラの演技はヤバすぎるほどに迫真と言えますし、何でも麻薬中毒者の映像を見たり、経験談を聞いたり、果ては注射の際の腕の縛り方なども学んだということです。更に、普通だったら絶対に断るヌード・シーンにもスタッフや出演者全てを信頼して取り組んだというのですから、彼女のド根性は実に見上げたものであると言えます。

 

 そんな見所一杯の「The United States vs Billy Holiday」ですが、この作品によって、いよいよ音楽界においても、人種偏見・差別によって偽られ、でっち上げられた歴史や隠された事実が明るみに出る動きが活発になってくると思われます。

 その衝撃はあまりに大きいと予想されますし、今後様々な歪みや問題も引き起こすと思われます。しかし、その対価を支払ってもまだ余りあるほど、有色人種、特に黒人達はこのアメリカの音楽界においても搾取され、弾圧され、都合の良いように扱われてきたわけです。

 私自身は暴露本には一切興味がありませんが、例えばこんな私でも25年以上アメリカの音楽ビジネスに身を置いてきた中で、信じられないような秘話や醜聞は山ほど聞いています。

 そういった話を暴露し、単に金や地位名声のために利用するということはあまりに醜悪ですが、その中には“知らされなければならない事実”というものも数多くあると言えます。

 今回の映画で行われた告発は、間違いなくその一つであると思いますし、音楽界、そして世の中全体のポイジティヴなリアクションにも期待していきたいと思います。

【I love NY】「月刊紐育音楽通信 February 2021」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

          

 

 アメリカはどこも居酒屋ブーム、などと言うと大袈裟かもしれませんが、「Izakaya」

は既に英語化し、アメリカ人の食習慣には全く馴染まなかった“一品を複数の人間で小皿に分け合う”という行為も抵抗感が無くなるどころかトレンドのように解釈され、果ては食事の最後はラーメンや蕎麦で“しめる”という若者が増えている有様となれば、これは決して誇張ではないと思います。

 そもそもアメリカにおいて「居酒屋文化」というものは日本人駐在員や移住者などの間で存在していた程度のもので、若い世代の日系人達になると既に異文化と理解されていたと言えます。

 それが主に中国系を中心としたアジア系人口の増加と、それに伴うアジア文化への注目度が増す中で 居酒屋も認知されるようになってきたという説もありますが、例えばマンハッタンやブルックリンの「Izakaya」が多くの白人の若者達で溢れていることは、やはりアメリカ自体の食文化に変動が起きている証拠であると感じます。

 コロナとトランプのせいでアジア系に対する偏見・差別は助長され、アジア系に対する憎悪犯罪はかつてないほどに増加していますが、それでも食文化に関するアジア志向(そして嗜好)は止まるどころか伸び続けていると言えます。

 「Izakaya」でのドリンクの一番人気はやはり日本酒です。今の日本では日本酒よりも人気が高いと言われる焼酎は、アメリカではスピリッツ系に属するわけですが、アメリカはこのスピリッツ系が非常に豊富で、クオリティの高さはもちろんのこと、皆それぞれにこだわりをもっているので、アメリカにおける焼酎人気は思ったほど上がっていません。

 それに対して日本酒は、かつてrice wineなどとも呼ばれていたこともあり、ワイン好きの人にファンが 非常に多いことでも知られていますが、かつては「サキ」と発音されていたのが、最近はきちんと「サケ」と発音されるようにもなっています。

 しかも最近は精米歩合の%を驚異的に下げたものやスパークリング系など、これまでの日本酒のイメージを打ち破る銘柄が次々と登場してきていることも後押しとなり、アメリカ人の日本酒人口は増える一方です。

 また、アメリカ人には生酒・生原酒が好きな人が多いのも特徴です。私達日本人にとっては、少々アルコール度が高くて強めに感じることもある生酒・生原酒ですが、アルコール分解力の高い多くのアメリカ人にとっては、その芳醇な味わいがたまらないようです。

 音楽業界においても、老若男女問わず日本酒好きの人に出会うことは非常に多いと言えますが、一般的に最もよく知られているのは、ラスヴェガスのレジデンシーDJとして、世界で最も稼ぎ、最もソーシャル・ネットワークのフォロワーが多いDJと言われるスティーヴ・アオキと、フー・ファイターズのデイヴ・グロールかもしれません。何しろ彼等は有名な日本酒酒造と提携して自分のブランドの日本酒まで発売しているのですから、その愛好ぶりは半端ではありません。

 スティーヴ・アオキは日系人で、日本食レストランの巨大チェーン「ベニハナ」の故ロッキー青木の息子ですから、日本酒好きで自分のブランドを持っても驚くことはありませんが、デイヴ・グロールは、上記の精米歩合の%を徹底的に下げた斬新な日本酒で知られる人気・話題の酒造とのコラボまで実現したのですから、これはちょっとしたニュースであると言えます。

 但しこのフー・ファイターズ印の特別日本酒、日本発売のみでアメリカでは発売せずということですので、アメリカの日本酒ファンにとっては非常に残念なところです。

 

トピック:音楽の持つパワーを再認識させてくれた大統領就任式

 

 「世直し」はまだ始まったばかりですし、社会も経済も政治も「修復」にはまだまだ程遠い状況ですが、それでも大統領就任式が無事済んだことには、安堵の言葉しかありません。

 なにしろ、それまでの緊張状態は半端なものではありませんでした。

 特にブルー・ステートと呼ばれる民主党基盤の州や市、エリアに暮らす人達が抱いた(過去形ではなく、まだ現在進行形と言えますが)恐怖心を同様に感じることは、同じアメリカ人でも難しいかもしれません。

 それほど1月6日の米議会議事堂襲撃という国内テロ事件は衝撃的でしたし、比較すべきではありませんが、2001年9月11日の同時多発テロに匹敵する戦慄を覚えたといっても過言では無いと思います。

 しかも、これは始まりであり、約2週間後の大統領就任式までに次なる暴動・襲撃・テロがいくつも控えているとの情報が流れ、また当局からも注意警戒勧告が出たわけですから、特に反トランプでバイデン新大統領を歓迎する市民が抱いた心配・恐怖は計り知れなかった(これもまだ現在進行形)と 言えます。

 

 前述したように、まだ先のことはわかりません。期待や希望はあっても全く楽観視できませんが、それでも音楽界が社会に対して再び元気にポジティヴに反応し始めたことは、やはり明るいニュースと言えるでしょう。

 しかもこれからのアメリカは、やはり女性が益々主役となって世の中を動かしていくことは間違いないと感じます。

 それはカマラ・ハリスという副大統領が誕生したという事実だけでなく、今回の就任式全体を覆う、ポジティヴで力強いムードとヴァイブを動かしていたのが、全て女性であったとも言えるからです。

 

 今回の就任式で、ハリス副大統領以上に輝いていた女性は、バイデン大統領夫人で         ファースト・レディ となったドクター・ジル・バイデン、国歌斉唱のパフォーマンスを行ったレディ・ガガとジェニファー・ロペス、そして大統領宣誓の後に詩を朗読したアマンダ・ゴーマンの4人と言えます。

 ドクター・ジル・バイデンは主役の一人でもあるので別格として、音楽以外の面から先に触れておくと、弱冠22歳の詩人、アマンダ・ゴーマンの存在感と視の内容と朗読のパフォーマンスは、あまりにも圧巻で鳥肌ものと言えました。

 その詩の内容と起用された経緯(ドクター・ジル・バイデンの推薦)などは様々なニュースで報道されていますのでここでは取り上げませんが、その朗読パフォーマンスには、正直言ってバイデン新大統領のみならず、歴代大統領の演説パフォーマンスを凌ぐほどの説得力とインパクトがありました。

 とは言え彼女は詩人ですし、希望と未来を謳い上げる主旨・内容は同じでも、その求心力や、人心を捉える語法・話術、そして醸し出されるオーラというものは、政治家よりもローマ法王やダライラマ、キング牧師といった宗教関係者に近いという印象も受けます。

 とにもかくにもこのアマンダ・ゴーマンの名前を私達はしっかりと記憶すべきでしょう。       なぜなら15年後に彼女がアメリカの大統領となる可能性(本人も既に出馬を示唆)は、         もはや冗談や誇張というレベルではなくなってきているからです。

 

 さて、本題の就任式における音楽パフォーマンスですが、ガガとジェイローのパフォーマンスは、オバマの時のアレサ・フランクリンの魂を揺さぶる感動や、ビヨンセのカリスマ性とは異なりましたが、この時代・この状況に相応しい感動的なものでした。

 まず、ガガは基本的に力強い熱唱が売りでもあるわけですが、そんな彼女の歌唱の力強さは、悪夢の後の門出に相応しく、未来をポジティヴに捉え、気持ち高揚させるのにピッタリであったと言えます。

 アメリカ人アーティストは国歌も自分流に歌い回すことが多いですが、ガガもいかにも彼女らしいフレージング(歌い回し)を連発し、その存在感もしっかりと誇示していました。

 

 一方のジェイローですが、実は私自身は彼女のパフォーマンスの方が感慨深く、胸を熱くするものを 感じました。

 彼女が歌ったのは国歌ではなくいわゆる愛国歌という範疇に入りますし、メドレー形式で歌った最初の歌は、小さな子供が最初に覚えるような素朴な曲で、2曲目はポピュラー曲に近いような親しみを持った曲で、どちらも国歌のような仰々しさはありません。   

 ですが、メッセージ性という点においては、メドレーで歌ったこの2曲の歌詞は国歌以上の意味合いを 持っており、それらを声を張り上げるような熱唱でもなく、派手なパフォーマンスもなく、短い時間の中で巧みに組み合わせてじっくりと歌い上げ、しかも曲間にはアメリカ国旗に忠誠を誓う一節をスペイン語で挟み込むという、入念に仕上げられた構成が感動を生み出していました。

 

 もう1人、今回の就任式では大人気カントリー・シンガーのガース・ブルックスが、新大統領の演説の 後に「アメイジング・グレイス」を披露しましたが、やはり上記二人のパフォーマンスの影に隠れてしまった感もありました。

 ですが、このブルックスの登場・存在というのは、実は今回の就任式では非常に大きな意味合いがあったと言えます。

 それは、アメリカ音楽の真髄の一つとして白人層を中心に絶大な人気を誇るカントリー音楽界からの 出演であり、またその中でも絶大な人気を誇るブルックスであり、しかも彼は長年に渡る共和党支持者であるということで、彼は今回の就任式の中で、ある意味音楽や文化を超えた役割を担っていたわけです。

 その意味でも、彼の存在と歌唱は静かな感動を呼び起こし、アメリカ人としてのアイデンティティを呼び覚ますことにも一役買ったと言えます。

 

 そうした久々に見応え聴き応えのある大統領就任式の後の夜には、新大統領の下に新たなスタートを切るアメリカを祝う特別番組「Celebrating America」が放映され、多数の音楽アーティスト達が出演して素晴らしいパフォーマンスを披露しました。

 この特別番組のタイトルは「celebrating」つまり祝うことになりますが、厳密には単なるお祝いではなく、今回のウイルスによって命を失った40万以上(現時点では既に46万人以上)のアメリカ人を追悼し、パンデミックの始まりから今に至るまで休むことなく働き続けている医療・教育他様々な分野におけるエッセンシャル・ワーカー達を称え、感謝するという主旨・目的を強く打ち出していました。

 

 そうした人々を「ヒーロー」と呼ぶことは、いかにもアメリカ的な発想ではあると言えますが、実際にこのパンデミック状況の中で、自らを犠牲にして、私達をウイルスから守ってケアしてくれる医療従事者、食に困っている人々を助けるフード・パントリー(食料配給所)で働く人々やそれらの食を 生産・供給する人々、この危機的状況の中で子供達の教育を維持すべく働き続ける教師を始めとする  教育従事者、食料品や生活日用品など私達に必要な生活物資を日夜運び続けてくれる搬送業務者達は、 他の誰よりも(少なくとも政治家の何百倍も)私達を救ってくれているヒーロー(「英雄」というよりも「勇敢な偉人」という意味合いが強い)であるわけですから、今回の番組作りは多くのアメリカ人に  とっては「お祝い」よりも「感謝」と「励まし」であったと言えます。

 

 番組自体はトム・ハンクスをメイン・ホストとしつつ、カリーム・アブドゥル=ジャバー、エヴァ・ロンゴリア、ケリー・ワシントン、リン=マニュエル・ミランダといった様々な分野の有名人達が登場して語り、間にこの厳しい状況に打ち勝つべく取り組み続ける人々を映し出すという手法は非常に好感が持て、また勇気を与えられるものでもありました。

 よって、ブルース・スプリングスティーン、ジョン・ボン・ジョビ、ジョン・レジェンド、ティム・マッグロウ、ヨーヨー・マ、ルイス・フォンジ、ヨランダ・アダムス、ケイティ・ペリー、デミ・ロヴァート、ジャスティン・ティンバーブレイク、フー・ファイターズといった様々なジャンルの錚々たる豪華アーティスト達による音楽パフォーマンスはこの番組の「主役」ではなく、その主旨・目的を支え、ブーストし、人々の萎え落ちた気持ちに対して、時に優しく寄り添い、時に力強く励ますという形になっており、これこそ音楽のあるべき姿であるとも感じられました。

 

 それぞれのパフォーマンスは、それぞれの思いが溢れ、どれも非常に印象的なものでしたが、私自身はそうした中でも、ゴスペル界の大スターであるヨランダ・アダムスと、ロックが失いつつある プリミティヴなパワーを毎度炸裂させてくれるフー・ファイターズのパフォーマンスが深い余韻と感動を与えてくれたと言えます。

 今回の出演アーティスト達のパフォーマンスには様々な感情が満ちあふれていましたが、      レナード・コーエンの名曲をアカペラで歌い上げたヨランダの感情は、失われた命に対する悲しみ・嘆き(grief)と慰めでした。この鎮魂歌に涙が止まらなかった人は私だけではないと思います。

 一方のフー・ファイターズは、2003年リリースという比較的古い曲「Times Like These」を披露しましたが、曲を始める前のデイヴ・グロールの語りがこれまた印象的でした。

 最近ネットで話題になっている若き幼稚園教師からの紹介で登場した彼は、この教師と、やはり教師であるドクター・ジル・バイデンを引き合いに出しながら、35年間公立学校の教師を務めた彼自身の母親の思い出について語り、教育の大切さと教育者達に力強いエールを送り、その思いを歌詞に乗せて激しくロックしました。

「​キミ​が再び愛する​という​ことを学ぶのはこ​ういう​時​なんだよ​​​」

 

 音楽が再びパワーを持って帰ってきた。

そんな思いを強くした今回の大統領就任式でした。