I Love NY

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 June 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

                                             

 ニューヨークの再開発は各地でとどまることを知りませんが、最近は単なる高層ビルではなく、周囲の景観を変えてしまうような奇怪・奇抜な建築が増えています。その中でも代表的なのは、新ワールド・トレード・センター・エリアのトランスポーテーション・ハブの外郭建築として建てられて「オキュラス」です。恐竜の骨を思わせるデザインは、9/11テロの残骸をイメージしたものであるとのことですが、建築アートというよりは単なる悪趣味なオブジェ、“メモリアル”というよりはまるで万博のテーマ館かテーマ・パークのランドマークのようです。

 次に目下マンハッタンの最新人気スポットとなりつつあるハドソン・ヤードにできた展望台「ヴェッセル」。その名の通り血管を思わせるデザインには趣味の悪さ、センスの無さを感じますが、そもそも既に他の高層ビルに囲まれ、更に今後高層建築が増えていく中で、僅か46メートルの奇怪なインスタレーションに登ってどこが絶景と言えるなのでしょうか。このハドソン・ヤードには更に「ザ・シェッド」と呼ばれる新しいイベント・スペースができましたが、ビル群の中に巨大なマットレスが立てかけられたような、このバランス感覚の無さは一体何なのでしょうか。

 そもそもハドソン・ヤードは「ハイライン」というチェルシー/ミート・パッキング・ディストリクトから北に延びる、廃線となった高架線を再利用したニューヨークらしい遊歩道の最終地点とつながることになるわけですが、このハドソン・ヤード自体が、「ハイライン」のコンセプトとは相容れない、いびつな人口都市スポット空間と言えます。

 このような辛辣な意見は、最近の再開発や新建築物に浮かれはしゃぐ巷の観光ガイドや観光ブログなどでの紹介記事とは正反対のものであると思いますが、敢えて言うなら、これらは古き良きニューヨークを愛する住人(本当の意味でのニューヨーカー)の“目”でもあると思います。

 そうした中、テロの記憶を刻む「9/11メモリアル」(「グラウンド・ゼロ」という呼び名は、テロ直後の凄惨な姿を言い表すもので、復興した今はもう使われるべきものではありません)に5月の末、打ち壊された大きな6つの石が置かれた「メモリアル・グレード」と呼ばれるエリア(グレードは「空き地」の意味)ができました。これは{ファースト・レスポンダーズ}と呼ばれる、テロ直後、最初に現場に飛び込んで救助活動を行いながらも、有害物質を吸い込んで病気になったり亡くなった人達を称えるもので、隣接するメモリアル建築のみならず、周囲の景観とも調和した、静かなメッセージを持った威厳のあるデザイン/コンセプトであると言えます。そしてこの“調和”こそが、今のニューヨーク、そしてアメリカに最も欠けているものに思えてなりません。

 

トピック:ウッドストックと新たな日本叩きの影

 

 マンハッタンから車で約3時間のところにウッドストックという町があります。ニューヨーク州北部のアルスター郡にある人口5~6千人程の小さな町で、キャツキルという山岳地帯・公園の麓に位置しています。避暑地・リゾート地として知られるウッドストックは、19世紀末の「ハドソン・リバー派」の画家たちの拠点となり、その後も様々なアーティスト達が集まり、移り住み、ミュージシャンではジミ・ヘンドリクスやボブ・ディランが住んでいたことでも知られています。

 このウッドストックという名前自体は「ウッドストック・フェスティバル」によって知らぬ人はいないほど有名になりましたが、実は「ウッドストック・フェスティバル」はウッドストックでは開催されていません。そもそもはウッドストックに暮らすアーティスト/ミュージシャン達が自分達のスタジオなどを建設するための資金集めとして同フェスティバルは計画されましたが、結局このウッドストックにはフェスティバルに適した場所が見つからず、ウッドストックの町自体も開催を断ったため、アルスター郡の西隣の郡であり、ウッドストックからは車で約1時間半程離れたサリヴァン郡のべセルという町で伝説のフェスティヴァルは開催されたわけです。

 よって、ウッドストックという名称は、既に一地方名を遥かに越えて、当時のヒッピー・ムーヴメントやサイケデリック・カルチャーの集大成、更には愛と平和の象徴として、単なるコンサート・イベントやフェスティバルではなく、アメリカの精神性やカルチャー(カウンター・カルチャーと言われてきましたが、もはや“カウンター”という言葉も必要ないかもしれません)を物語る偉大な“伝説”として、アメリカ人の心にしっかりと刻まれることになったわけです。

 このフェスティバルの共同プロモーターであったのがマイケル・ラングという人物です。ブルックリン出身の彼は1967年、22歳の時にフロリダに移り、翌68年には僅か23歳で「マイアミ・ポップ・フェスティヴァル」という2日間で延べ5万人規模の大コンサートを行い、ジミ・ヘンドリクスやフランク・ザッパ達を出演させましたが、2日目は大雨のため途中で中止となりました(ここからラングの波乱のプロモーター人生が始まっているとも言えます)。

 マイアミで大コンサートの実績を得たラングはニューヨークに戻り、時代を象徴する社会ムーヴメントと成り得る大コンサートの企画を更に推し進め、ウッドストックに着目します。しかし、前述のようにウッドストックでは開催不可となったため、隣の郡のベセルにある大牧場を借り受け、結果的にアーティー・コーンフェルド、ジョエル・ローゼンマン、ジョン・ロバーツを加えた4人による共同運営として世紀の大イベントを実現させます(この4人のオーガナイザーと牧場主の全員がユダヤ人であるというのも、この国の音楽事情を物語る興味深い点でもあります)。

 その辺りのいきさつは様々な形で本となっていますし、ここでは詳しく紹介しませんが、その中でも当時ニューヨーク州知事で後にフォード政権の副大統領となるネルソン・ロックフェラーがこのイベントの安全性を危惧して1万人の州兵を出動させようとしたのを説き伏せて回避させたこと(これに関してはロバーツの手腕)は一つの象徴的な出来事であったと言えますし、結果的にこのイベントを理由に郡が非常事態宣言を出した中でも大きな事件も起こらず、様々な面で大混乱のイベント(特に会場運営や天候の問題)となったにも関わらず、正に“愛と平和のイベント”を実現したことは“奇跡”として物語られているわけです。

 そうした中で、諸説・異論はありますが、イベントのメイン・コンセプト、つまり“愛と平和”という部分を推し進め、貫いたのはラングであったとされ、他の3人はもっとヴェンチャー・ビジネス的な視点を持っていたとされています(それによる4人の対立も様々な本に残されています)。

 お気楽なヒッピーでありながら独創性に満ちた起業家であり、実にタフなネゴシエーターであるラングは、このイベントの成果によって、アメリカでは(世界でも)知らぬ者はいないほどの豪腕・辣腕プロモーターとなりました。前述の“奇跡”も彼の“売り物”と言えますが、ウッドストック・フェスティヴァルもイベント自体は赤字となったものの、その記録を残したレコードと映画によって結果的には黒字に転じさせるというタフさ・強運さも彼の底力であると言えます。

 ウッドストック・フェスティヴァル自体はその後10周年の79年、20周年の89年にも行われましたが、ラングはオリジナルのコンセプトを継承した大規模なフェスティヴァルを、25周年の94年と30周年の99年に行うことになります。しかし、音楽的には評価されながらも、特に99年は69年以上に会場運営と天候に大きな問題が生じて観客が暴徒化し、暴行・レイプ・略奪・放火などが起きて軍が出動するという忌まわしい悲惨な結果となったことは、まだ記憶に新しいと思います。ラングもそれによって多大な損害を被ったと言われますし、何より「愛と平和の象徴たる(オリジナル)ウッドストックの時代は終わったと」いう評価・レッテルは否定できない結果となってしまったわけです。

 しかし、オリジナルから50年の時を経て、ウッドストックは不死鳥のように蘇りました…と見えました。アメリカ史上屈指の独裁強圧路線を走るトランプの時代を迎え、対立と憎悪ですさみ、疲れ果てつつあるアメリカを癒やし、人々の心に再び“愛と平和”を取り戻すべくあのウッドストックが50年のゴールデン・アニバーサリーとなる「ウッドストック50」として帰ってきた…と多くの人々は期待しました。しかし、その試みは資金提供者の撤退とそれに続くイベント制作会社の撤退で暗礁に乗り上げてしまったのです。常に問題が問題を呼ぶいわく付きのイベント、ウッドストックですが、今回は一体何が起こったのでしょうか。

 既にこれまでの報道でいきさつをご存じの人も多いでしょうが、今回の問題に関しては、その矛先が日本(正確には日本が母体の企業)に向けられている部分も大きく、大変センシティヴな問題もはらんでいるため、ここでは私見はできるだけ避け、アメリカのメディアにおける報道やアメリカ一般大衆のセンチメントという部分にフォーカスして話を進めたいと思います。

 まず、事の起こりは去る4月22日。予定されていたチケット販売が延期となり、しかも同イベントは、ニューヨーク州保険局からの開催許可もまだ得られていない、と報じられたことでした。ここでまず、フェスティバルの中止が危惧されたわけですが、主催者側はそれを否定。

 しかし、その後のアナウンスが待たれる中で、今度は一週間後の4月29日に、今回のウッドストック50に資金を提供する主要投資会社の一つである電通イージス・ネットワーク(以下DANに略)が突如、イベントの中止を発表しました。その声明には「我々はこのフェスティバルがウッドストックのブランド名に見合うイベントではなく、出演アーティスト達、パートナー達、観客の健康と安全を確保できないと判断しました」と記され、その理由の詳細に関するそれ以上のコメントは出ませんした。

 更にその2日後の5月1日には、今回のフェスティバルの制作を手がけるイベント制作会社のスーパーフライが撤退を表明。フェスティバルの最も有力な資金源が絶たれた現在、自分達の仕事を継続することは不可能になった、というのがその理由でした。

 金も人も失ったとあっては、ウッドストック50の開催はもう絶望的、と見るのは当然です。しかし、ラングはそれでも「新しい資金源も制作プロダクションも既に探しているし、直に見つかる」と豪語し、実際に5日後の5月6日はイベント会社のCIEエンターテインメントがウッドストック50のプロデュースを行うことが発表されました。

 更にラングは前述したオリジナルの69年の“奇跡”を例に、希望と努力を力強くアピールしましたが、立て続けの撤退には怒り心頭で、DANへの訴訟に踏み切りました。控訴内容はDANが今回のウッドストック50の銀行口座から約1700万ドルを不当に引き出したこと、4月22日のチケット発売を妨害したこと、そして了解同意なくイベントのキャンセルを企てたこと、となっていますが、更には既に出演者達へのギャラを全額支払ってきたDANは出演者達にウッドストック50への出演も断念させ、その穴埋めとして2020年の東京オリンピックへの出演を打診している、と言うのです。

 これらはあくまでも訴状内容ですから、真偽の程はまだわかりません。DANも契約違反やラングの虚偽を理由にフェスティバルを引き継ぐ権利やキャンセルする権利を出張して逆控訴を行いましたが、アメリカのメディア・サイドによる報道内容、そして音楽業界や音楽ファンまたは一般市民の感情面から言えば、DANの方が明らかに不利な状況にあります。

 その理由の一つは、DANがアメリカの会社ではなく日本の会社であるという点です。厳密に言えばDANはロンドンにヘッドクォーターがある国際メディア会社でCEOも日本人ではありません。元々は1966年にフランスで設立されたCARATというメディア・エージェンシーで、その後買収・分裂を経てイージス(Aegis)社となり、2013年に電通が買収して電通イージス・ネットワークとなり、その後もニューヨーク、ロンドン、マイアミ、シンガポールのメディア会社を次々と買収して巨大な多国籍メディア&デジタル・マーケティング・コミュニケーション会社となっています。

 しかし、アメリカでの報道においては常に「ジャパニーズ・カンパニー」、または「ジャパニーズ・デンツー」です。「デンツー」と言う名前はアメリカの一般社会においてはまだまだ浸透しておらず、音楽業界においても日本とのビジネスを行う人間か、ある程度の役職者以上でないと知りませんが、いずれにせよ常に“ジャパニーズ”として報道されるのですから、アメリカ人にとっての印象は極めてよろしくありませんし、しかも単にアメリカ音楽という面のみではなく、アメリカ人の魂・スピリットと密接につながるウッドストックとなれば尚更です。しかも、「その穴埋めとして2020年の東京オリンピックへの出演を打診」という部分が事実であったり、何らかの証拠が発覚でもしたら、ウッドストックの名によってアーティストを集めてアメリカ国外でのイベントに利用すると解釈され、ウッドストック、引いてはアメリカの音楽文化の名誉に関わることにもなりかねません。

 そうした危惧が高まる中、5月15日のニューヨーク最高裁の判決は形の上ではラング、つまりウッドストック50側の勝訴となり、DANにはウッドストック50をキャンセルする権利は無いとの判決が出ましたが、1700万ドルに関してはDANに返済義務は無し、とされました。これはラング側にとっては依然資金の調達が見込めないわけで、勝訴とは言え、現実的には引き続き困難な状況となるわけですが、何と2日後の17日にはアメリカの名門投資銀行であるオッペンハイマー・ホールディングスが新たな財務支援者となることがアナウンスされました。

 これで一応形の上ではウッドストック50のための金と人の目当てはついたわけですが、ラングとDANの間の訴訟は更に泥沼化する可能性が高まっています。

 実は今回の訴訟でラングが雇ったのが、マーク・コソヴィッツといういわく付きの弁護士です。彼はトランプ大統領の個人弁護士であった人物で、今もトランプ罷免の鍵を握る2016年大統領選におけるロシア介入疑惑に関する調査に当たってもトランプ側を代表し、ロシアのプーチン大統領と密接な関係を持つ人物やロシアの銀行の弁護人も務めているということで、これまで反トランプ側の人間からは脅迫状も送られてきているほどです。

 そんなコソヴィッツは、ニューヨーク最高裁の判決を受けて、DANに対して「非道な」「ゲリラ的」などという言葉を使って強く批判し、控訴による仲裁・調停を目指すことを発表しました。やはりラング側としては1700万ドルをDANが横領したとする認識は変えておらず、今後のフェスティバル運営のためにもDANによる返済にこだわっていると言えます。それに対してDANはニューヨーク最高裁の判決によってラング側の主張は既に退けられていることから、コソヴィッツの主張に真っ向から反対する声明を出しましたが、問題は金銭面に絞られてきたことから、どう決着するのかが気になるところです。

 そんな法廷闘争が行われる中、フェスティバル自体はまだチケット発売の目処も立っていませんし、ほとんどの出演アーティスト達は沈黙を守ったままです。そうした中、ウッドストック50とほぼ時を同じくして、オリジナル・ウッドストックが行われたベセルでは、リンゴ・スターのオールスター・バンド、サンタナ&ドゥービー・ブラザース、ジョン・フォガティといった有名アーティストを集めて50周年のゴールデン・アニバーサリー・イベントが行われることになっています。

 常に“難産”を経験してきたウッドストックではありますが、今回のように開催約3ヶ月前で法廷闘争にまでもつれ込んだドタバタ劇というのは異例というよりも異常と言わざるを得ませんし、それ以上に、今回の事件とその報道が日米関係に何らかの傷跡を残さないか、また、日本に対する風当たりが強くならないかも気になります。

 全ては今後の法廷闘争の結果次第ではありますが、今のアメリカにおける報道ぶりだと、判決に関わらず日本に対する印象が悪くなることは避けられないようにも感じられます。

 実は先日、私の恩師でもあり、長年のお付き合いである米3大レコード会社の元重役二人に今回の件についても話をする機会がありましたので、最後にその時の話も紹介して締めくくりたいと思います。

 二人とも大の親日派であり(一人は夫人が日系アメリカ人)、音楽業界の中でも際だったリベラル派と言え、既に一線を退いたことからも以前よりもストレートな意見を述べてくれるようになっていますが、一人は「ラングは興行界のトランプのような男だ。百戦錬磨の手強い男だし、財界・政界にまで強力なコネクションを持っている。今回雇った弁護士もそのいい例だ。その一方でウッドストックというのはアメリカ人にとって一つの“ソウル”なんだ。ラングとウッドストックを敵に回してしまったのはまずい。デンツーには気の毒だが、相手が悪すぎる」と同情し、もう一人は「デンツーの撤退時のアナウンスは良くなかった。ウッドストックというのはアメリカでも屈指の“問題児”なんだ。99年の悪夢もあるし、今回の50周年が問題だらけであることもみんなわかっていた。だからこそ対応はもっと慎重にならなければならないんだ」と辛口の意見を述べました。

 もちろん、冷静且つ客観的に見ればDANの判断・決定は充分理解できるし、それ自体は責められるべきでは無いが、ポピュリズムとアメリカ第一主義が大勢を占める今のアメリカの世相が、そうした冷静で客観的な視点を持ち得るかということには、二人共大きな疑問を呈し、今後のDANそして日本への風当たりを心配していました。

 この問題はまた追ってお伝えする機会を持ちたいと思います。

 

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 May 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

             

 

次々と偉大な才能が世を去るニュースが届けられる中、先日はまた、アメリカの一時代を代表するアイコンの一人が世を去りました。映画「二人でお茶を」、「知りすぎていた男」などで有名な大女優ドリス・デイです。彼女は既に1974年に引退を表明し、その後は表舞台に出る機会も非常に限られていましたので、既に死去していると思っていた人も多かったようですし、その存在・功績に対して死亡記事は小さかったと言えます。

 ほとんどの記事は“映画女優ドリス・デイ”の死去を伝えるものでしたが、実は彼女はれっきとしたジャズ・シンガーであり、引退後は動物愛護運動に心血を注いだ人でした。彼女の実質的なデビューは18歳、「センチメンタル・ジャーニー」の大ヒット曲で知られるビッグバンド、レス・ブラウン楽団の専属歌手に起用された時であり、その大ヒット曲を歌ったのが他ならぬドリス・デイであったわけです。その後もシンガーとして、また映画女優として映画劇中において、素晴らしい歌声を聴かせてくれましたが(映画「知りすぎていた男」の劇中で歌った「ケ・エラ・セラ」はあまりにも有名ですね)、こちらも先日亡くなった名指揮者でありジャズ・ピアニストであったアンドレ・プレヴィンのトリオとレコーディングした粋なジャズ・アルバムも残しています。

 彼女は当時、ハリウッドにおいて“隣りの女の子”または“全ての男性が結婚すべき女性”というイメージで大人気を博し、マリリン・モンローやエリザベス・テイラーなどとは異なるスター像を生み出したと言えますが、シンガーとしても暖かな歌声と繊細なヴィブラートと飾らない素直な表現で、白人女性ジャズ・ボーカルの一つのスタイルを築いたとも言えますし、当時若きポール・マッカートニーやポール・サイモンなどが彼女の歌声と存在に憧れたということもよく知られています。

 などと書くと、まるで50~60年代当時を知っているように思われるかもしれませんが、私にとってドリス・デイはリアル・タイムではなく、私の両親が彼女のファンであったことで知っていたくらいで、随分と後になって、私自身が取り組む動物愛護運動の先駆者・大先輩として彼女を改めて知った次第なのです。これも後になって知ったことですが、彼女は女優時代から“ビヴァリー・ヒルズの野犬捕獲員”としても知られていたそうで、近所で捨てられ野放しになっていた犬猫を拾ってきては自宅で世話をしていたとのことで、彼女の豪邸には常に無数の犬猫がいたと言われています。  

 そうした動物への愛着が結果的に女優/シンガーとしての仕事への情熱を上回ることになり、彼女は「ドリス・デイ動物基金」という非営利団体を設立し、動物への虐待に対する活動を展開していきます。現在は当然のこととされている飼い犬・飼い猫の去勢・避妊手術は彼女の功績の一つとしてアメリカでは知られていますし、現在は廃止のための法制定が進んでいる化粧品開発のための動物実験や、悪質なペット販売、食肉のための馬の輸出などに関しても彼女は先駆的な活動家であり功績者でした。

 そうした活動にも関わらず、彼女の死に対する他の動物愛護団体からの追悼が少なかったのは少々寂しいところですが、自分の夢を実現させ、自分の信念を貫き、多大な功績を残して97歳の生涯を静かにひっそりと閉じたドリス・デイの人生は、私にとってもやはり憧れであると言えます。

 

 

トピック:AIは音楽業界に大変革をもたらすか(後編)

 

 前回は、「音楽というものが人間の感情表現を基盤としつつも、その作編曲の手法自体はしっかりとしたセオリーに基づいている」という考え方に対する“異論”として、ジャズにおける例をいくつか紹介しましたが、そうした例はジャズに限らず、ロックにおいてもたくさんあります。

 特にロックにおいては、“展開予想不可能”な意外性や“躁鬱気質的”な展開の他に、厳密に言えばミス/間違いとも言えるファジーさ・いい加減さが、ある種の“驚き”や“ショック”、またはロックならではの“ワイルドさ”や“過激さ”を生み出す大きな要素になっていると言えます。

 AIがこうした要素を生み出せないかというと決してそうではありませんが、それは解析/認識/学習に基づいた意図的・意識的なものであって、“アクシデント”によるものではありません。

 この“アクシデント”というのが、実は音楽においては重要な要素ともいえるわけですが、この“アクシデント”をあたかも本当のアクシデントのようにAIが生み出すことは、“技術的には”可能であるそうです。しかし、それを受け取る(聴き取る)人間がどう感じるかは人によって異なるところですし、技術のみをもって実現可能と言いきることはできないと思われます。

 

 さて、それでは前回の続編となる今回の本題に入っていきましょう。

 まず前回、音楽分野の中でも作編曲という作業自体がAIに向いており、自動化も容易である、という意見や解釈を紹介しましたが、これは私達にとって身近な、明確なテーマやコンセプトを持った業務目的の音楽制作については特に顕著であるとされています。

 つまり、クライアントやディレクター、プロデューサーが求める音楽を、AIはより的確且つ迅速に提供することがき、しかも結果的には安価で入手したり制作したりすることが可能になるというわけです。

 

 それでは実際に、近い将来(10年も先の話ではないかもしれません)における音楽制作会社の制作業務というものを少しイメージしてみましょう。

 例えばCM音楽制作においては、クライアント/代理店/制作会社の関係や仕事の進め方というのは、その準備段階または最初の段階においてはそれ程変らないと思われます。

 つまり、ミーティングは引き続き従来通り行われ、制作プロジェクトの方針や方向性、内容やコンセプトについて話し合いがなされていくわけですが、異なる点はそこに常にAIとAIシステムに入力(学習)させるオペレーターが存在して、得られた意見や情報、まとまった意見や情報を随時AIに供給して学習させていくことになります。

 そして最も大きな変化はそこから先で、これまでのような音源のリサーチや検索、そしてメインの制作・編集(レコーディング、エディットなど)は全てAI中心になるという点です。

 その結果、それらのためのプロダクションはこれまで行われてきた形では不要となり、基本的に作編曲者もミュージシャンもエンジニアも必要無くなる、または“人間主導”ではなくなるわけです。

 

 例えば近未来の音楽制作会社には、ミーティング・ルームとエンジニア・ルームの二つしか必要無くなり、その両方がAIによって制御・管理されることになります。

 エンジニア・ルームはこれまでのミキシング・ルームやエディティング・ルームを含むレコーディング・スタジオと同じ機能を持つことになりますが、そこで仕事をする人間はAIへの情報・データ供給とAIによる“制作”作業を“アシストする”オペレーターであって、メインのオペレーターでもなければエンジニアでもありません。

 つまり、人間にはクリエイティヴィティは不要とされ、事務能力に近いオペレーション能力の高さが要求されるわけです。

 

 しかも、AIの“制作”作業はある段階(具体的には情報供給後)からは人間のアシストも必要としなくなります。

 これは、いわゆるディープ・ラーニング(Deep Learning=深層学習)というもので、AIが学習したデータを自動的に“識別”し、要求されるベストな音源を自動的に“抽出”していく、というもので、従来の機械の学習に必要であった人間による定義付け(つまり、何に着目して識別/抽出すればよいかのガイドライン)は必要なく、AIが自分自身で学習していくわけです。

 このディープ・ラーニングという新技術が、これまでのコンピュータも含めた機械の学習能力から飛躍的に進歩しているところで、人間にとっては一層の脅威となります。

 例えば、人間は犬と猫の違いは容易に見分けることができますが、犬と狼の赤ん坊や、猫とライオンの赤ん坊の違いを見た目ですぐに判断することは難しいと言えます。ですが、AIはディープ・ラーニングによって非常に細かい部分まで画像を識別/認識できるため、その違いを容易に判断できるというわけです。

 

 これは画像のみならず音声に関しても同様で、AIはクライアントやディレクターの希望にマッチするサンプル音声(音楽)を簡単に素早く、且つ的確に提示してくれるので、クオリティは上がり、時間の短縮にもなりますし、特に文字や言葉では表しにくかった音楽という分野においては非常に高い効果が望めることになります。

 つまりこれまで、「こんな感じ/あんな感じ」という曖昧な形でしか表現できなかった部分が、AIによるディープ・ラ-ニングによって驚くほどクリアになりますし、選択・起用した作編曲家やミュージシャンの結果に満足できなかったり、何か物足りなさや食い違いがあったりすることが、圧倒的に減っていきます。

 

 例えば、“誰それのような音楽/演奏”を求めたときに、AIは前回ご紹介した「バッハAI Doodle」のごとく、いかなる音型パターンにおいても“誰それそのもの”の音楽/演奏を生み出せてしまうわけです。

 もちろん、これには著作権という問題も関わってきます。現状、AIが生み出す音楽には著作権は発生しないとされているため、今後AI制作物の著作権に関するガイドライン作りも急務となってくると思われますが、技術としてはもうそこまで来ていることは確かです。

 

 更に前述の制作業務の話に戻しますと、もう一つこれまでと画期的に異なる点は、エンジニア・ルームには脳波測定装置があり、これもAIによって制御・管理され、AIが作り出した音源や映像をプレイバック/プレビューし、それらに反応するクライアントやディレクター達の脳波を測定して読み取り、“最も理想的な”または“最も満足し得る”音源に修正して完成させることが可能になる、というわけです。

 

 皆さんはこんな光景をどう思われるでしょうか? こんなプロダクションに満足できますか? 私は絶対にできませんが(笑)、そんな人間の憂慮や抵抗などには同情も容赦もせず、AIの研究・開発は恐るべきスピードで日夜進められていると言えます。

 ウルトラ警備隊の腕時計型テレビ電話や、SF映画ではお馴染みの液晶タッチ・パネルや空中3次元ディスプレイでさえも既に現実化している今、「いやいや、未来の絵空事だ」などと抵抗(?)する余裕は、残念ながら私達には既に残されていないと言えます。

 

 AIの凄いところ、または恐ろしいところは、修練や専門知識や豊かな経験を持った人間を必要としないところです。つまり人間は考えたり悩んだりすることなく、AIに任せてAIがより良い仕事ができるよう見守りさえすれば、誰でも音楽を創造(というよりも“生成”と言うのが的確かもしれません)できるというわけです。

 AIを利用することで、経験者や熟練者、専門家に限らず“誰でも”短時間で音楽を生み出すことができるのは、ある意味で素晴らしいことかもしれません。特に子供やアマチュアの音楽愛好家というレベルにおける音楽マーケットの拡大には非常に大きな効果があるでしょう。また、心身両面での医療現場においてもAI音楽の果たす(果たせる)役割は極めて大きいと言えるでしょう。

 アメリカにおいても、マスメディアの大勢はAIの登場・普及に好意的ですし、音楽業界も大きく進歩・発展していくであろうと予想・楽観視しています。しかし、本当にそうなのでしょうか。そもそも、修練や専門知識や経験に価値を見出せない世界における進歩・発展とは何なのでしょうか。

 

 私たちはこの問題を考えるとき、音楽や音楽制作、音楽産業・音楽業界というものを十把一絡(じっぱひとからげ)にして考えてはならないことが大事であると思います。  

 ご存知のように、音楽には純粋にアーティスティックな部分と、商業・産業的な部分、そして教育的な部分など様々な分野/側面が存在します。それぞれにはそれぞれの目標や目的、価値観や倫理観といったものが存在しますので、大切なのはこのAIという“新種の知能”を、各分野がどのように、どの程度取り入れるべきか、ということをしっかりと考えていかなければならないことであると思います。そうでないと、その結末は本当にアーサー・C・クラークの小説の世界(特に「2001年宇宙の旅」の「Hal 9000」のごとく)のようになりかねません。

 

 マスメディアは正に“マス”(Mass Communication=大量/大衆伝達)でありますし、大衆の興味を集め、大勢の動きを扇動することに傾きがちで、取り扱う案件の当事者・当該組織・業界のこの先に対する責任を負っていません。つまり、そうした責任を負っているのはマスコミや一般大衆ではなく“私達自身”であり、私達音楽人(アーティストも音楽業界人も音楽教育関係者も全て含めた“音楽”に携わる人間)こそがこの問題について、自分達自身の問題プラス将来を担う世代の問題として対応・対処していかなければならないと思います。

 

 前述の話と重複する部分もありますが、メロディやハーモニーの変動を数値化してAIにディープ・ラーニングさせ、それらを反映させることにより、生み出された音楽によって聴く人間の感情の起伏をコントロールすることは可能である、とのことです。

 したがって、音楽を聴く人間にどのように感じさせたいのか、またはどのような感情を引き起こすために聴かせたい音楽か、というコンセプトを明確にできれば、音楽の基本となるあらゆる要素(メロディー、スケ-ル、コード/ハーモニー、リズムなど)はAIによって作成可能となる、とのことです。  

 しかし、特定の音楽療法・医療などを除いて、聴く側の感情を制御・強制するような音楽というのは、音楽のあるべき姿とは言えないのではないでしょうか。音楽は聴く人によって感想や印象、好みも影響力も異なる、という“グレー”なところが音楽の面白さでもあり素晴らしさとも言えるのではないでしょうか。

 つまり、音楽は生み出す側の意図通りに聴く必要は無く、聴く側の自由意志に尊重される、ということが音楽の“フリーダム”である。そんな確信を益々強く持つ今日この頃です。

 
 

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 April 2019

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 ニューヨークの狭いアパートに住んでいますと、中々大型のオーディオ・システムで音楽を楽しむというわけにはいきません。結果的に、近年主流のブックシェルフ・タイプのスピーカー(現在主流のスピーカーはスマート・スピーカーとなりますが)ということになるのですが、長年親しんできたヤマハのモニター・スピーカーNS-10Mの音に最近は何故か物足りなさというか、ある種の“疲れ”のようなものも感じ、何か趣向の異なるサウンドを求めるようになりました。

 演奏においてはゴスペルとヘヴィ・メタルという非常に激しい音楽を常にプレイしている私ですが、自宅で聴く音楽はもっぱらクラシック音楽と、昔のカントリー音楽やR&Bやジャズ・ボーカル、ブラジル音楽といったところが中心となり、試聴頻度の点で断トツなのは何と言ってもJ.S.バッハとなります。特に宗教音楽系のカンタータやモテットなどは毎日一度は聴いていると言えますし、日曜日のゴスペル教会での演奏の前には常にバッハのロ短調ミサ曲を聴いてから礼拝に望んでいるのですが、そんな自分がたどり着いたスピーカーがTANNOY(タンノイ)でした。

 私のような1970年代のオーディオ・ブームの中で育った人間にとっては、やはりTANNOYとJBL(更には、JBLを創設したジェイムズ・B・ランシングが一時身売りしたアルテック)というのはある種双璧・二大巨頭であり、また憧れのスピーカーでもありました。まあ、最近のブックシェルフ・タイプのスピーカーに、かつての本格型スピーカーのようなクオリティを求めることはできませんが、それでも手に入れたTANNOYには音の“温かみ”や“深み”が感じられ、もっと感覚的に言うならば、独特の“音の香り”がしました。音域・音質的に言えば中低域の柔らかな膨らみ、とも言え、更に具体的に言うと、バッハの通奏低音、特にチェロやチェンバロの低音部の響きは格段に違いました。

 当時(今も?)は、TANNOYはクラシック、JBLはジャズと言われていました。確かにそれぞれのサウンドの方向性はそうした音楽にフィットしていた(している)のは確かであると言えますが、当時よく言われていた「TANNOYでジャズを聴くのは邪道」などという評価には首を傾げたくなります。これも最近のブックシェルフ・タイプですと、そうした対比も薄らいできているとは思いますが、要は自分の耳が何を、どういう音・サウンドを求めているかであると思いますし、実際に私の耳には小さなTANNOYのスピーカーから流れるジャズもとても心地良いものに感じられました。

 「原音再生」または「原音に忠実」という言葉もよく聞かれましたが、そもそもアナログ電気信号またはデジタル信号に変換された音情報のメディア再生を経て、再生機から伝わる信号を物理振動に変換させたスピーカーの音が生の声や楽器の響きと全く同じ“原音”のままであるわけはありません。ジェイムズ・B・ランシング(JBL)も、ガイ・ルパート・ファウンテン(TANNOY)も、彼らのスピーカー作りの過程においては彼等ならではの音に対する思いや理想、そして“心地良さ”があったわけですし、それらが彼らが生み出したスピーカーの音の“クセ”にもなっていたわけです。よって、好き嫌い・良し悪しというのは、私たちがそんな彼等のこだわりの音と“共鳴”できるか次第なのではないでしょうか。

トピック:「AIは音楽業界に大変革をもたらすか」 

 Googleの検索ページの​デザインは、祝日や記念日などに​合わせて​デザイン​が変ることは皆さんもよくご存知であると思います。これは正しくは​Google Doodleと呼ばれるもので、ドゥードゥルというのは「いたずら書き」の意味ですが、実際の​Google Doodleについてはいたずら書きというような些細なものではなく、重要な人物や業績について再認識したり新発見できる大変意義のあるものであると言えます。

 このGoogle Doodleは、使用している言語によって表示内容も異なり、またカスタマイズもできるわけですが、私自身は何もカスタマイズせず、単に英語版のGoogle Doodleによって届く情報を日々楽しんでいると言えます。​

 英語版と言っても紹介内容は極めてグローバルですので、日本人・日系人も意外と多く、最近ですと​、点字ブロックを考案・普及させた三宅​精一、日系人強制収容所の不当性を訴えてアメリカ国家と裁判闘争を行ったフレッド・コレマツ、日系人の人権運動家としてマルコムXとも連帯・共闘したユリ・コウチヤマ、カップ・ヌードルの開発者で日清食品の創業者である安藤百福(ももふく)、水彩画の絵本や挿絵で知られるいわさきちひろ、日本が誇る国際的オペラ歌手の先駆である三浦環(たまき)、アンテナの発明者である科学者・実業家の八木秀次(ひでつぐ)、ウルトラマンでお馴染みの円谷英二、江戸時代の国学者でヘレン・ケラーが敬愛し続けた塙保己一(はなわ・ほきいち)、日本画の技法を取り入れた油彩画でヨーロッパ画壇において絶賛を浴びた“フランスの画家”である藤田嗣治(つぐはる。またはレオナール・フジタ)、統計解析の先駆でモデル選択の標準的手法となる独自の情報量基準(AIC)を世に広めた赤池弘次など、教科書では教えないような、また日本人でも見過ごしがちな、真にグローバルな偉大な才能を紹介し続けていますし、音楽/アート系では美空ひばりやデザイナーの石岡瑛子なども登場しています。

 そんな興味深いGoogle Doodleが去る3月21日、J.S.バッハのセレブレーションを行いました。3月21日はバッハの誕生日ですが、これは正確にはユリウス暦(シーザー、つまりカエサルが制定したローマ暦)での話で、現在の西暦にすると3月31日であったと言われています。バッハが生まれたのは1685年ですから、今年は324周年ということで、それほど節目の年というわけでもありませんが、実は今回のGoogle Doodleにおけるバッハ・セレブレーションは、バッハその人というよりもバッハの音楽を最新のテクノロジーに変換してわかりやすく楽しく紹介したものと言えました。

 通常、Google Doodleは紹介する人物やテーマのデザインをクリックすると、その人物やテーマに関する紹介ページに飛んで、テキストやYouTube映像などが楽しめるようになっていますが、今回の場合はバッハのアレンジ法を気軽に楽しめるソフトがローディングできるようになっています。そのコンテンツ自体は至ってシンプルなものですが、そのソフトのプログラミング自体は中々革新的であると言えます。

 簡単に言いますと、自分自身で好きなメロディを2小節(4分音符計8音)入力すると、千曲を越えるバッハの作品群の中から306曲を分析したAIが4声にハーモナイズしてくれるというもので、しかも入力するごとに毎回異なるハーモナイズを行ってくれというものです。

 また、ハーモナイズといっても単に入力した8音に対する和声の組み合わせではなく、バッハならではの通奏低音によるハーモナイズを基礎とした対位法的ポリフォニーと和声的ホモフォニーを、たった2小節の中で垣間見せてくれる点も非常によくできたものであると言えました。よって、どんな音符を入力してもバッハの曲に聞え、例え入力したメロディが旋律的・コード進行的に違和感のあるものであってもバッハ的なサウンドに“つじつま合わせ”をしてしまう、という中々の優れものであるのです。
しかも、MIDIで自分のコンピュータとリンクさせて自分の曲作りにも利用できるというわけで、これはAIを利用したアレンジや曲作りの初歩中の初歩でありながらも、AIによる音楽制作というものを実にしっかりと体験させてくれるものと言えました。

 今回のこのGoogleによる「バッハAI Doodle」は、同社のAI機械学習機能探求のためのリサーチ・プロジェクトであるマジェンタ(Magenta)というチームと、​その学習機能をWEBブラウザー上で実際に活用するためのプロジェクトである同社のPAIRというチームの共同作業によって実現したものであるとのことですが、前者のマジェンタで今回のGoogle Doodleの目玉とも言うべき「ココネット」(Coconet)というAIモデルの開発に携わった中心人物はアンナ・フアンという中国系アメリカ人女性とのことです。(その他にも、GoogleのAIプロジェクトには多数の中国系アメリカ人が携わっています)

 そもそも音楽におけるAIモデルは、​ハリウッドの映画音楽作曲家であるドリュー・シルヴァースタインが設立したAmperによる「Amper Music」が、AIを利用した音楽サービスの先駆の一つでもあったわけですが、そこに“音楽の専門知識が無くても短時間で作編曲を楽しむことができるサービス”を提供した今回のGoogle Doodleの成果は非常に大きいと言われていますし、今回の場合は特に、巨匠音楽家の作品を“真似た”作編曲が可能というのが特徴と言えます。

 現在AIモデルには、上記以外にもSONYコンピュータ・サイエンス研究所​によるAIソフト、「Flow Machines」を始め、様々な企業、機関、大学などにおいて研究・開発が進められていますが、そもそもはAIは、これまで既に機械によるオートメーション化やコンピュータ制御などによって管理されてきた様々な生産業やサービス業などで、より人間感覚に近く、且つ信頼できる高度な作業が可能になることが注目されてきました。例えばつい先日、マクドナルドがイスラエルのIT企業を買収し、本格的にAIを取り入れていくことを発表しましたが、食品産業の動きも非常に活発であると言えます。

 近い将来、AIが人類の知能を超えることは間違いないと言われてきましたが、そうした中で創造的な能力を要する分野に関しては、AIが人間の代用となる、または人間を超えることは不可能であろうとも言われてきました。しかし最近、アートやエンターテインメンといった創造性が要求される分野においてもAI研究は驚くべきスピードで進み、大きな成果を生み出してきているのは見逃せない事実でもあります。

 アート、エンターテインメント系の中でも特に音楽分野については、ある意味で作編曲という作業自体がAIに向いており、自動化も容易である、という意見や解釈があります。これは、音楽というものが人間の感情表現を基盤としつつも、その作編曲の手法自体はしっかりとしたセオリーに基づいている、というのがその根拠でもあるます。

 音楽は通常、メロディ(旋律)、スケール(調)、コードまたはハーモニー(和音)という3つの要素によって構成されていると解釈されており、そこにリズム(拍)が加わり、その要素・構成はある意味で“階層化”されていると共に、相対的な関係性を持っていると言えるわけです。例えば、メロディが決まればスケールやコード進行が導き出され、それらとの関係によってリズムも決められていきます(または、その逆もしかりです)。つまり、それらの各要素と関係性には全てセオリーがあり、人類が音楽を生み出して以来、“音楽的なパターン”というものはダーウィンの進化論のごとく、変化・分化・進化し、自然淘汰または自然選択されるがごとく適応され、蓄積されてきたと言えるわけですので、それらをデータ化・自動化するのは技術的には可能である、というわけです。

 音楽には感情、気分、ムードというものがありますが、そういった要素と実際の音楽的手法となるコードやメロディーやハーモニーやリズムとの対比・関係性についても、過去のデータが膨大に残されているわけです。したがって、人間のある一つの感情の動きを明確化した上でデータ(音)を入力していけば、感情と音の関係性についてのセオリー部分もAIによる実行は可能となりますし、微妙な感情の動きについてはそうした過去のデータのみならず、人間の脳波を実際に直接計測して推定することによってモデル化することも可能になってくる、というわけです。

 もちろんこれは一つの考察・論法であって、絶対的なものでもなければ100%正しいものというわけでもありません。例えば、「音楽というものが人間の感情表現を基盤としつつも、その作編曲の手法自体はしっかりとしたセオリーに基づいている」という考え方には異論もあります。例を挙げるならば、音楽を相関関係的に捉える考え方や音楽的手法に真っ向から反対し、ハーモニーとメロディとリズム、作曲者と演奏者、アンサンブルとソロなど、それらすべてにおける一定の相関関係や従属的関係を否定し、それぞれ個々が独立した自由で平等な絶対的存在としての共存を主張し続けたオーネット・コールマン提唱の「ハーモロディクス」などは、依然AIには分析・対応不可能なものであると言えますし、例えば音楽的気分が目まぐるしく変化し、その先の展開予想がつかないような音楽(例えば、自身の“躁鬱気質”を類稀な音楽アートに昇華させたチャールズ・ミンガスの音楽など)に関しては、AIは模倣・再現はできても、想像(イマジネーション)しながら創造することはできないと言えます。

 つまり現時点においては、AIはこれまでの経験値をもとにしているため、革新的で独創的な音楽、鳥肌が立つような未経験の感動や戦慄を生み出すような音楽をクリエイトすることは難しく(但しこれもこの先、AI研究開発がどう進んでいくかによっては未知数ですが)、いわゆるBGM的な、または聴きやすさ・心地良さ・リラックスといった明確な感情表現や心理状態を生み出し、充足させる音楽との相性がベストであると言えるようです。

 BGM的な音楽というのは、リラックスという人間の感情の中でも最も個体差が少なく、また、ある一定方向の心理状態に向けた人間の感情を引き起こすことを目的としているため、前述のように過去の膨大なデータを活用しやすく、また人間の脳を読み取ることにおいても、AIが人間の“リラックス度”を読み取りやすい、というわけです。
 そしてこれは、単にBGMに限らず、実は私達にとって身近である、明確なテーマやコンセプトを持った業務目的の音楽制作についても同様であると言えるようです。

というわけで、今回のテーマは長くなってしまいましたので、今月はここまでとし、次回は私達の仕事でもある“業務目的の音楽制作”におけるAIの発展と今後の可能性という身近で具体的な話題を中心にして進めていきたいと思います。。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 March 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 先日、赤ちゃんを連れた若いアフリカ系アメリカ人女性が、ニューヨークの地下鉄の階段から転落して死亡(赤ちゃんは無事)するというショッキングな事件がありました。転落の原因については、その後異なる見解も報道されましたが、赤ちゃんを抱きかかえ、荷物を持った状態で転落して死亡したことは事実です。

1904年の開業以降、追加・継ぎ足しによってインフラが脆弱且つ老朽化しきっているニューヨークの地下鉄は、その運行状態の酷さ(様々な故障トラブルによる徐行・停車、早朝深夜・週末を中心とした運休、路線の急遽変更など)は世界でもトップ・クラスであると言えます。先日は、高架線部分の路線からがれきが落下し、高架線下の車両が破壊されるという恐ろしい事件も起き、市民の不安は益々高まっています。

今回の転落死亡事件も地下鉄の駅設備の不備や粗末さを物語っており、特に妊婦や乳幼児を連れた母親、老人や身障者に対する対応は、僅かな駅を除いてほとんでされていないのが現状です。

修理や改築・改善も日々続けられてはいますが、一層進む老朽化と次々に発生するトラブルに追いつけないというのが現状で、運行状態や設備の問題は益々酷くなる一方です。それにも関わらず、運賃の値上げが行われることになり、市民の怒りは頂点に達しつつあると言えるでしょう。

結局全ては金の問題であり、予算が足りないというのが毎度の言い訳なのですが、その反面、地下鉄運営側(バスや列車も含めたMTAというニューヨーク州都市交通局)の役員・幹部、そして評議員達が受け取っている巨額報酬については、いつまで経っても改善の余地が無いようです。  

そんな状況に真っ向から異を唱え、ニューヨーク市内の公共交通を全面的に改革するプランを出したのが、最近人気が高まっているコーリー・ジョンソンという37歳の若き市議会議長です。彼は次のニューヨーク市長にも目されている人物ですが、とにかく弁の切れ味が鋭い行動派で、恐れることなく問題を斬っていくことで市民の信頼を集めていますが、今回はニューヨーク市の公共交通の運営を、現在のMTAというニューヨーク州都市交通局からBAT(Big Apple Transit)というニューヨーク市の運営組織に切り替えるプランを発表して大きな話題を呼びました。特に注目を集めたのはMTAの評議員の問題で、現在23人いるMTAの評議員は全員ニューヨーク市ではないニューヨーク州北部に住んでいるということで、ニューヨーク市に住んでもいない人間達にニューヨーク市の公共交通を任せていいのか、と主張してニューヨーカー達からは拍手喝采を浴びました。  

ところがこれにはニューヨーク州を代表するクオモ州知事が反発し、「市で管理したいのならやればいい。その代わり州は金を出さん(予算援助しない)」という子供じみた発言をして、州と市の関係は更に険悪になってきています。そもそも現在のクオモ州知事とデブラジオ市長も犬猿の仲ですが、州も市もどちらも自分たちの利害と支持者を最優先として対応していくので常に対立・衝突は避けられないのですが、市民としては何でもいいから一日も早くまともな公共交通を実現してくれ、と願うばかりと言えるでしょう。

トピック:音楽界を震撼させる超ビッグ・アーティスト達の醜聞

 前回は音楽業界における女性の地位向上と躍進ぶりについて、その一部をお話しました。また前回では「1月は「女性月間」という印象も強くなっています」ともお話しましたが、実際にはこの3月が「女性月間」とされ、第一四半期は「ブラック・ヒストリー月間」を挟んで女性の地位向上や権利運動に対する注目度が上がり、ある意味で社会のマイノリティに対する認識・評価を新たにする風潮が強まっています。

 そうした中で、3月を迎える前後のアメリカ音楽界は、この「女性月間」に後押しされるような動きも加わり、衝撃的な醜聞に震撼したと言えるかもしれません。「震撼」というのは少々大袈裟なニュース・メディア的物言いで、実際には醜聞の劣悪さに「当惑・困惑」していると言うのが正しいかもしれません。その主人公は既に皆さんもご存じかと思いますが、R・ケリーとマイケル・ジャクソンです。しかも、この二人に関しては、いわゆる女性に対するセクハラ/性的暴行ではなく、少女・少年に対するものということで、更に醜悪ぶりは倍増と言えます。

 まずR・ケリーに関しては、事態はほとんど泥沼の“戦争”状態になっているとも言えます。ケリーの歌手、ソングライター、プロデューサーとしての才能には、誰もが敬意を払い、異を唱えることは無いとも言えます。マイケル・ジョーダン主演の映画「スペース・ジャム」のサントラ曲として大ヒットした「アイ・ビリーヴ・アイ・キャン・フライ」は、その年のグラミー賞4部門にノミネートされ、2部門を受賞した名曲であり、アメリカのポピュラー・ミュージック史上永遠不滅の名作の一つであると言えます。  

しかし、素顔のケリーに関しては昔から問題・噂・醜聞に包まれていました。そもそも彼はデビュー当時からセックスを題材にした極めてストレートな歌詞で知られ(「セックス・ミー」や「やみつきボディ」などというタイトルの曲もありました)、わずか22歳にして飛行機事故で亡くなったアリーヤとの婚姻では年齢詐欺を行い(当時アリーヤは15歳)、その後もケリーの周りには常に未成年の少女達が取り巻いているという話は、昔から多くのアーティスト達や音楽関係者達の間では語られていました。  

更にアリーヤと分かれて間もなくして、またしても未成年(15歳)の少女と交際し、グループ性行為を強要し続けて裁判となり、その後も別の未成年少女達から同様な犯罪によって訴えられてきたものの、全て無罪や示談となってきました。  

2008年には当時14歳の少女との性行為や排泄を収録したビデオ・テープが流失したことに端を発してまたも裁判となり、今度こそは有罪かと思いきや、これもケリーと少女双方の否定で、またもや無罪放免となりました。    

しかし、ここ最近益々活発になっている「#MeToo」や「#Time’s Up」といったハッシュタグによる運動の後押しもあって、昨年はケリーの楽曲ボイコットを訴えるハッシュタグ「#MuteKelly」が注目を集め、遂に今年の1月には、アメリカのケーブルTV局によってケリーの被害者達や彼の“悪事”を伝える関係者50人以上の証言を集めたドキュメンタリー番組が3夜連続で放映され、ケリーによる少女達への性的暴行や彼自身が率いていると言われる“セックス・カルト”組織の実態などが暴露されることになりました。これには検察も即座に反応し、ケリーは2月末に性的暴行容疑で逮捕されることになりましたが、彼は全面的に無実を訴え、わずか2日間の拘留後、100万ドルの保釈金で一旦釈放されたわけです。  

ここまではアメリカにおいては“ありがち”な展開であるとも言えますが、ケリーは釈放後10日ほどしてCBSのニュース番組に出演し、涙を流しながら無罪を主張し、立ち上がって激昂して叫び、暴れ出すのではないかという状態のケリーをパブリシストが出てきてなだめる、というド迫力・ド緊張のインタビューとなりました。しかも、続いては現在ケリーと交際中のガール・フレンドという二人の女性も同じ番組でインタビューを受け、一人は号泣してFワードを交えながらケリーの無罪を主張し、更には自分達の父親を「ケリーと無理矢理交際させた」とか「それにもかかわらず、今度は金目当てでケリーを非難している」などと発言して視聴者を驚愕させました。  

その直後には上記女性の父親が「娘をケリーに紹介したことは無い」、「娘はケリーに洗脳されている」などと弁明発言し、何が何やらわからぬ泥沼状態となっています。当人達の発言の真偽の程については、ここでは触れませんし、裁判の行方を見守るしかありませんが、今回の事件には様々な疑問が生まれています。その代表的なものは「なぜケリーはここまで逮捕されなかったのか」、「なぜ被害者の女性達はここまで黙っていたのか」であると言えますが、その答えとしては、スターを特別視・別格視する音楽界の悪しき風潮・構図と、アフリカ系アメリカ人女性達の社会的地位の低さ、が極めて大きな位置を占め、問題になっていると言えます。  

前者はこの後お話するマイケル・ジャクソンに関しても同様ですが、後者はケリーの問題、そしてアフリカ系アメリカ人女性が被害者の場合のセクハラ/性的暴行問題においては非常に深刻です。上記のドキュメンタリー番組の中で、「被害者が白人であったら、もっと大騒ぎになっていただろう」というコメントがありましたが、これはアメリカ社会においては紛れもない真実であると思います。つまり、社会的地位や収入において、全体的・平均的にはいまだに白人女性よりも圧倒的に低いアフリカ系アメリカ人女性は、裁判に踏み切るための経済的余裕や援助・サポートも白人女性よりも圧倒的に少なく、特に経済的には現状を維持することに精一杯であり、裁判沙汰となることのリスクを避ける傾向が強い(避けざるを得ない)、というのは否定できない側面であると言えます。  その意味では、今回のケリーの大騒動は、アメリカ音楽業界はもちろんのこと、アフリカ系アメリカ人女性達にとってとてつもないインパクトを与え、これまで白人主導で進んできた「#MeToo」や「#Time’s Up」運動を、アフリカ系アメリカ人、そして更に多種多様な人種を巻き込んで一層広げていく大きなきっかけになることは間違いないであろうと思われます。  

さて、次はR・ケリーよりも更に深刻な面が取り沙汰されるマイケル・ジャクソンですが、マイケルの場合もアメリカのケーブルTV局によるドキュメンタリー番組の放映によって、予想以上の波紋を広げつつあります。番組は、既に30代となっている、当時7歳と10歳の少年であった2人が当時マイケルから受けていたと言われるセクハラ/性的暴行についてフォーカスしたもので、ことはスーパースターの同性愛・少年偏愛であるだけに一層衝撃的であると言えます。しかも非難・糾弾されている対象が既に故人であるというのも、事態を一層センシティヴにしています。  

ケリーとは異なりますが、マイケルに関してもその醜聞は昔からありました。簡単に言えばケリーの少女偏愛に対してマイケルの少年偏愛と言えるわけですが、マイケルの場合、話は80年代の半ばから始まっているわけです。  

事の起こりは1986年、マイケルの有名なペプシCMの撮影時からと言われています。このCMに採用された子役の一人が、今回のドキュメンタリー番組の“主人公”の一人であるわけです。このCM撮影をきっかけにマイケルはこの子役の少年に接近し、“ギフト責め”や少年の家族とのバケーション旅行へと発展し、ついには少年と“ベッドを共にする”に至ったと言われています。  

それから7年近く経った1993年、上記とは異なる4人の少年への性的いたずらの疑惑で、ロサンゼルス市警はマイケルに対する調査に乗り出しました。しかし、LA市警は証拠をつかめず、4人の内の一人の家族がマイケルに対して訴訟に踏み切ったものの、残る3人は証言を拒否したため起訴とはなりませんでした。しかも、訴訟となった案件の裁判において、マイケル側の証人に立ったのが、上記ドキュメンタリー番組のもう一人の“主人公”であったといのが、今回の話を更に複雑にしています。  更にこの時の少年の証言が、その後のマイケルの性癖に関する“隠れ蓑”のようにもなってきました。つまり、“ベッドを共にする”というのは性行為ではなく、単に“添い寝をする”というものであると言われたわけです。  

ところがその年の暮れに、今度はマイケルの姉のラトーヤによる爆弾発言が飛び出しました。彼等の母親がマイケルから被害を受けたという少年の家族に示談金を支払っていたことを暴露することにより、マイケルの少年偏愛を認めたわけです。更には彼等兄弟は両親からアビュースを受けていたことも告白。これらには彼等の母親が否認・反発し、ラトーヤはジャクソン・ファミリーから半ば追放されると共に、ジャクソン・ファミリー自体も泥沼関係へと向かっていきます。  

それから約10年がたった2003年、マイケルの児童偏愛にフォーカスしたドキュメンタリー番組が放映され、それをきっかけにマイケルに対する犯罪捜査が再び始まります。その結果、マイケルのテーマ・パーク的豪邸「ネヴァーランド」に地元サンタ・バーバラ郡警察による強制家宅捜査が入り、マイケルは逮捕されて10の罪状が言い渡されます。マイケルは300万ドルの保釈金で釈放され、裁判はその1年3ヶ月後の2005年2月末から始まりましたが、6月にはマイケルはまたしても全て無罪放免となりました(この時も1993年の裁判でマイケル側の証人となった元少年が再び証人となっています)。  

そしてそれからちょうど4年後の2009年6月にマイケルはこの世を去るわけですが、実は今回のドキュメンタリー番組の伏線とも言えるアクションとして、このドキュメンタリー番組の主人公となる2人の元少年は、それぞれにマイケルの財団を相手に訴訟を起こしましたが、どちらも一昨年の2017年に却下されています。つまり、内一人はこれまでマイケルの証人として証言台に立っていたわけですから、マイケルの死後にマイケルを“裏切った”または“かつての自らの証言を虚偽とした”ということで、マイケルをサポートするサイドからは「嘘つき」、「金目当ての訴訟」と猛烈な批判を受けることになります。よって、今回のドキュメンタリー番組は彼等2人による“リベンジ・マッチ”と取ることもできるわけで、何しろその赤裸々な内容はここに記すのも臆されるほど醜悪なものですし、「マイケルのレガシーは完全に変わった」、「この作品を観た後にはマイケルの音楽を二度と聴きたくはなくなるかもしれない」とまで論評するメディアがあることも確かに頷けます。  

その証拠に、今回のドキュメンタリー番組の波紋は世界中に広がり始め、ニュージーランドやカナダのラジオ局ではマイケルの楽曲のオンエアを禁止するところまで出始めています。これが本国アメリカにおいて、今後どのような措置が取られていくのかはまだわかりません。沈静化に向かうだろうという意見もあれば、最終的にマイケルの楽曲は全て市場から消え去るだろうという意見もあり、ケリーのケースと同様、世間のみならずファンの間でも意見は真っ二つに割れています。ただ、間違いなく言えるのは、マイケルに関しては今後裁判よりも音楽業界/音楽産業がどう対処・対応していくのか、ということが問われてくると思います。もっとはっきり言えば、音楽業界/音楽産業はマイケルのこの問題に対して何か動くのか(動くことができるのか)どうか、ということですが、今の「#MeToo」や「#Time’s Up」運動の盛り上がりから言えば、今後の進展次第では、動かなければ音楽業界/音楽産業自体が足下をすくわれかねない事態になる可能性もあります。  

ここで最後に、先程述べた「スターを特別視・別格視する音楽界の悪しき風潮・構図」について再度お話しましょう。もちろんスターを特別視・別格視するのは音楽界に限ったことではなく、映画界やミュージカル界、演劇界などいわゆるエンタメの世界ではどこでもある話です。しかし、その中でも音楽界が特に問題視されるのは、今も続く「専属契約アーティスト」というシステムです。昔は映画界にも「専属契約アーティスト」というものはありました。例えばMGMなどはその代表ですし、それが故にMGMは他に類を見ない程の黄金時代を形成しました(映画「ザッツ・エンターテインメント」をご覧になれば、そのことが良くおわかりいただけるでしょう)。  

しかし、そうした時代は既に終わりました。専属契約アーティストを基盤にするビジネスというのは、別の言い方をするならば、専属契約アーティストが、契約する会社とその従業員、更にその関連会社やスタッフに至るまでの全ての人々の生活に対して“責任を負っている”、ということです。つまり、専属アーティストは社員/スタッフを喰わし、社員/スタッフは専属アーティストに喰わしてもらっている、というわけです。この「喰わす/喰わしてもらっている」という依存関係は巨大な産業においては一層、双方にとって切り離せない癒着・しがらみとなり、一方では専属アーティスト達へのプレッシャーや専属アーティストの“商品化”、もう一方では社員/スタッフ達の甘えや怠慢、金銭感覚のズレ・欠如を生み出している、というのは昔から方々で指摘されてきたことでもあります。  

アカデミー賞受賞男優のケヴィン・スペイシーは、セクハラ/性的暴行疑惑によって映画業界から追放されました。まだ判決の出ていない“疑惑”であっても映画界はスペイシーをバッサリと切り捨てたわけです。しかし、音楽業界・音楽産業は R・ケリーやマイケルを切り捨てられるのでしょうか。事件の真相と共に、アメリカ音楽界の動きにも注視したいと思います。

「月刊紐育音楽通信 February 2019」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ)
1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、
音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの
企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムや
インタビュー記事の執筆などに携わる。
2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、
メタル・ベーシストとしても活動中。
最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

アメリカの2月はブラック・ヒストリー月間、つまりアフリカ系アメリカ人の歴史月間となります。これは、アフリカ系アメリカ人の奴隷解放を実現したリンカーン大統領の誕生日と、そのリンカーンにも大きな影響を与えた奴隷制廃止運動家であったフレデリック・ダグラスの誕生日が2月であることが大きな理由とされていますが、アメリカでは国民の祝日であるキング牧師の誕生日(1月15日)を起点に、アフリカ系アメリカ人の歴史を再確認・再評価する機運が高まっていくことになります。

私が毎週演奏しているゴスペル教会(俗に言うと黒人教会)でも、この月間は大変重要な位置を占めます。特に子供達に対して、通常の学校教育では軽視されがちなアフリカ系アメリカ人の偉大なる先人達の偉業・歴史について、牧師を筆頭に教会ぐるみで理解を高めるよう取り組むわけです。日本も同様かと思いますが、アメリカも自国の歴史を知らない子供・若者達が最近益々増えていることは間違いありません。よって、改めて自分達の歴史を知る・見直すきっかけとなるこの月間は大変重要であるわけです。

 ですが、この月間に関しては賛否両論もあります。白人サイドからの人種差別的な意見はもちろん根強くありますが、実は黒人サイドからも批判はあります。それは、黒人の歴史を特別視・限定期間化すること自体が差別に繋がるというもので、黒人の歴史はアメリカの歴史である、という認識のもと、俳優のモーガン・フリーマンやステイシー・ダッシュなどはそうした立場を取っています。

そうした意見は確かにもっともではありますが、トランプ政権となって人種的な反目・抗争が一層浮き彫りとなっている現状においては、この月間の意義は益々高くなっていると言えます。もちろん、フリーマン達の言うように、黒人の歴史がアメリカの歴史として正しく等しく認識されるようになれば、このような月間というものは必要無くなってくるはずです。このブラック・ヒストリー月間のみならず、ある一定の人種・性別・権利・運動などについての理解を促す”月間”または「なんとかデー」という特定の”日”というものは、この後のトピックでも扱う「女性の権利運動」も含め、必要が無くなる程の理解が得られるのが理想なのですが、そのためにはまだまだ時間がかかるというのが実情と言えます。

 アメリカという国はこうした”月間”や特定の”日”というものが非常に多いですが、それは人種・民族・宗教が雑多に且つ複雑に共存する中で、アメリカという国の大原則である(はずの)「平等」の現状に目を向ける一つの”チェック機能”や世間に対するアピールにもなっていると言えます。

トピック:音楽業界における女性の地位向上と躍進ぶり

 今年も1月第三週の週末に、女性の権利運動マーチである「ウィメンズ・マーチ」が各地で行われました。ご存じのようにこの運動/イベントは2017年、トランプの大統領就任式の翌日に場所を同じくしたワシントンDCで行われ、大きな注目を集めると共に運動/イベント自体も飛躍的に大きくなっていきました。2017年はワシントンDCで20万人以上が集まりましたが、翌2018年にはニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴなどの大都市でそれぞれ20万人以上を集めるようになり、今年は多数の地方都市でも予想以上の人数を集め、全米更には世界中に広がる大プロテスト・イベントとなりました。

「女性の敵、有色人種の敵、同性愛者の敵」というトランプに対するレッテルが貼り変えられる兆しは現状全くありませんので、このイベントも益々大きくパワフルになっています。

 冒頭でお話したブラック・ヒストリー月間に対して、1月は「女性月間」という印象も強くなっていますが、そうした中、音楽業界でもユニヴァーサル・ミュージック・グループが女性の大抜擢を行い、大きな注目を集めています。

 今回の起用はサウンド・トラック&スコア部門、クラシック音楽部門、そしてジャズ部門の3つで、まずはこれら3つの部門の統括責任者、続いてクラシック音楽とジャズ部門のインターナショナル・コミュニケーションとアーティスト戦略のトップ、更に同じくクラシック音楽とジャズ部門のアーティストとブランド・パートナーシップのトップに、それぞれ女性が就任することになりました。

 彼女達はいずれも、これまでドイツ・グラモフォンやデッカといったクラシック音楽の名門レーベル、そしてブルーノートやヴァーヴといったジャズの名門レーベルの復興と刷新に大きな貢献を果たしてきた人達ですので、今回抜擢されたのが結果的に3人揃って女性だっただけ、という意見もありますが、特に最近アメリカにおいてクラシック音楽とジャズの女性リスナーが急増しているという背景もあり、そうしたマーケットに向けて一層積極的なアプローチを行うための人選であることは間違いないとも言われます。

 実際に、同社のクラシックとジャズ部門のプレジデント&CEOであるディック・スタイナーは、「彼女たちの抜擢が我々のビジネスに劇的な進化をもたらせてくれると共に、我々のレーベルやアーティスト達にとって様々な新しい機会をももたらせてくれるはずです」と力強く語っています。

 この「劇的な進化」と「新たな機会」というのは、まさにこれからのクラシック音楽やジャズにとって非常に重要な要素であり、またそれらを巧みに実現することによって、前述のドイツ・グラモフォンやデッカ、またブルーノートやヴァーヴといった“クラシックな”名門レーベルは現代の“ヒップな”レーベルとしても認識・再評価されるようになってきていると言えます。例えばドイツ・グラモフォンは昨年創立120周年を迎え、様々な記念リイッシューが行われましたが、同時に新しいアーティストの発掘や企画作品の開発、そして新たな市場の開拓にも非常に積極的で、それらを推進してきたのが、今回大抜擢された3人の女性達でもあるわけです。

 更に、ユニヴァーサルがユニークなところは、クラシック音楽とジャズを一つの大きな部門の中で運営しているという点です。歴史ある白人音楽のクラシック音楽に対して、“後発”の黒人音楽であるジャズは、長い間地位も評価も低い扱いを受けてきました。もちろん1930年以降のスイング・ジャズを中心とするコマーシャリズムと、1950・60年代の名門ジャズ・レーベルの登場などによって、その地位・評価は飛躍的に上がっていきましたが、音楽業界内においては未だに古い体質や偏見・反目、優劣意識というものが残っていることは否定できません。しかし、それらを組織の上から改善・再編し、接点や共通点を見いだしていくことによって、お互いのジャンルにおける活性剤となっていると共に、クリエイティヴな交流やミクスチャー(以前の音楽用語で言えば“フュージョン”)をも生み出すに至っているというのは、大きく評価できる点であると言えます。

 実はこうしたアプローチをユニヴァーサルのようなメガ企業が行う前から取り組んできたのが、ドイツのECMレコードであるとも言えます。ご存じの方々には改めて説明の必要もありませんが、キース・ジャレットの作品群が最も有名なECMは1969年の創設以来、ドイツと北欧圏を拠点に、ヨーロッパのみならず、南米、アジアまでにもアンテナを張り、いわゆるスタンダードなジャズ、または「“後発”の黒人音楽」と認識されてきた“熱い”ジャズに対して、“汗”を感じさせず、既存の枠組みには収まらない現代の音楽としてのジャズを発信し続けてきた革新的・画期的なレーベルです。そして1984年にはいち早くクラシック音楽や現代音楽の分野に乗り出した「ニュー・シリーズ」をスタートさせ、キース・ジャレットを始めとするECMの既存アーティスト達も巻き込み、更にはクラシック界の超巨匠ピアニスト、アンドラーシュ・シフまでが続々と作品をリリースするようになるなど、クラシック音楽とジャズの間を自由自在に飛び回る活動を展開してきました。

 ユニヴァーサルの場合は、ECMほどのこだわりを持ったアーティスティックなコンセプトは持たず、そこはメガ企業ならではのコマーシャリズムをもって、マスな市場にアピールできる聴きやすいクラシック音楽やジャズの新機軸や、両者のオーバー・ジャンルやミクスチャーを展開していると言えます。特にクラシック音楽においては、ビジュアル系に走りがち、との批判もありますが、これまでのクラシック音楽のイメージを吹き飛ばすほどのインパクトの強い容姿と音楽性を持った若手アーティスト達と契約し、話題性のある作品のリリースに取り組んでいます。

 今回のユニヴァーサルの大抜擢は、音楽的に見ればクラシック音楽とジャズの分野における新たな取り組みが期待されるところですが、ビジネス的に見れば、サウンド・トラック&スコア部門も含まれていることが、実は最も注目すべき点と言えます。

 サントラと言うと一見音楽業界においては地味な世界にも見えますが、何しろディズニー映画や、巷に溢れる大人気・大ヒット映画作品の音楽とそのスコアを抱えていることで、レコード会社に取っては正にドル箱的な存在であるわけです。

 今回サウンド・トラック&スコア部門、クラシック音楽部門、そしてジャズ部門の3部門の統括責任者に起用されたホリー・アダムスは、これまでアカデミー賞受賞の映画音楽(つまりサントラ)を手がけ、話題のディスニー作品のサントラ・リリースを手がけてきた人です。つまり、彼女もその世界では大変実績のある人であるわけですが、それでもある意味でレコード会社のセールスをリードするこの巨大なサントラ&スコア部門の責任者に女性が選ばれたということは、これまでで考えれば画期的な人事であると言えます。

 前述のプレジデント&CEOであるディック・スタイナーは、自社のアーティスト達と映画・テレビ産業との新たなパートナーシップが生み出されていくことにも非常に期待している、とも語っていましたが、最近はNetflixなどを筆頭に、映画とテレビを打ち負かすほどのマーケット展開を実現している映像ストリーミング配信業界の大躍進もありますので、実際にビジネス的には、クラシック音楽やジャズよりも、この部分の方が大きいことは間違いないと言えます。 

 こうした女性達の大躍進に冷ややかな反応を見せたり、やっかみ気味になる男性達もいますが、レコード業界/音楽業界もまだまだ保守的で、見えないところでのセクハラや差別は実に多いのが実情です。去年は三姉妹の人気ポップ・ロック・グループ、ハイムが男性アーティストの10分の1のギャラしか支払っていなかったエージェントを訴えるという、信じられない事実が明るみに出た事件が話題となりましたが、女性アーティストに対する契約金やギャラの安さというのは、一昔前には当然のごとく行われていましたし、今でもそうした悪習は至る所で残っていると言えます。

 そんな中、1月末は「シー・ロックス・アワード(She Rocks Award)」という授賞式が「ウィメンズ・マーチ」の翌週末にアナハイムで行われました。今年で7回目を迎えるこの授賞式は、女性国際音楽ネットワーク(WiMN)がホストとなって行われていますが、同時期にアナハイムで毎年行われている楽器業界最大のトレード・ショーであるNAMMショーの一イベントという形で行われており、NAMM(ナショナル・アソシエーション・オブ・ミュージック・マーチャント)や数多くの楽器メーカー、つまり楽器業界が後押しする形で行われています。よって、単にアーティストのみならず、レコード業界やオーディオ業界、楽器業界などで活躍する女性達が対象となり、正に国際音楽ネットワークにおける女性達の功績を称え、世間にアピールする形になっています。

 表面的にはやはり有名アーティスト達が注目を集め、これまでにはチャカ・カーン、シーラE、バングルス、ジェニファー・バトゥン、エスペランザ・スポルディング、リタ・フォード、ロニー・スペクター、パット・ベネター、メリッサ・エスリッジ、B-52sなどが受賞し、今年はメイシー・グレイやリサ・ローブなどが受賞しましたが、実は受賞者の半数近くはいわゆる音楽業界の裏方さん達。例えば楽器メーカーやオーディオ・メーカーのエグゼクティヴや開発者、レコーディング・スタジオのマネージャーやエンジニア、音楽学校の運営者、ライヴハウスのマネージャーなどで、中にはラジオのパーソナリティや女の子向けのミュージック・キャンプの運営者などもいて、実に多岐に渡っています(嬉しいことに、上記の受賞者にはかつて私が一緒に仕事をしていた仲間・同僚も含まれています)。つまり、単に有名な女性アーティストのみならず、音楽業界における様々な分野・職種に対して分け隔てなくスポットを当てている点が素晴らしいことであると思います。

 音楽業界のみならず、真の女性の地位向上というのは表舞台に立つ有名人達だけでなく、実はそうした有名人や、消費者とも言うべきファンやユーザー、更にその予備軍となるべき若者・子供達を裏で支える人達をきちんと評価してこそ実現していくものであると感じます。

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(稲垣)

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 December 2018」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

ここ数ヶ月、立て続けにロサンゼルス側主導のプロダクションが相次ぎ、それらに協力する形で参加していましたが、映像も音楽もプロダクションはやはりLA側主導が数的には依然多く、特に日本とはニューヨークよりも距離的に近いこともあって、日本からの特に大規模なプロダクションはLAの方が勝っているという状況は変らないようです。

 NYとLAというのは昔から何かと比較され、ある種ライバル関係にあり(東京と大阪のような感じでしょうか)、一般的にNYの人間はLAが嫌い、LAの人間はNYが嫌い、とも言われてきました。因みに私はNYもLAも(東京も大阪も)大好きですが、それでも仕事でLA側とやりとりする際は、ライバル意識というか、ちょっと肩肘を張ったようなプライドのような意識が両サイドに見え隠れするということも否定できないと思います。

 それが最近は何かこれまでとはちょっと違った意識が芽生えているように感じるのですが、それは恐らく、政治・司法とテロと自然災害という、特にNYとLAにとってはネガティヴでアゲンストな状況から生まれてきている一種の同情や同朋意識のようなセンチメントであると感じられます。

 政治に関して大変大雑把に言えば、現在のアメリカは党派的には、東海岸と西海岸はブルー(=民主党)、中西部と南部はレッド(=共和党)であると言えますが、その中でもNYとLA(更にはCA州=カリフォルニア州)はある種、ブルーまたは反トランプの牙城・拠点であると言えますし、司法もそこに同調している形になりますので、実際にトランプも何かにつけてNYやLAを目の敵にしています。

 テロと自然災害については共通点ではなく、NYの9/11テロと今も続く緊張と警戒態勢、LA(正確にはCA州)の自然災害、というそれぞれの事情がお互いの同情心を呼び起こしているように感じます。例えば今回もLA側のスタッフがNYに来ると、NY側の人間としてはまずCA州の自然災害(火災)について心配し気遣う、というのが一つの礼儀や心遣いのようにもなってきています。

 テロや災害を肯定視できるものは何もありませんが、それでも結果的に西と東の連帯感が強まっているというのは良いことではないかと感じます。逆に相手が中西部や南部の人間ですと、これまでにあったような、ちょっと見下げたような目線や態度に加えて、最近は特に「こいつはやはりトランプ・サポーターだろうか?…」といったような注視・危険視するような思いや態度がNYやLAの人間には多く見られる(また、その逆もあり)、というのがやはり本音的な部分であると思いますが、これも中西部や南部において頻繁に続発するテロや災害によって、気配りや同情心、助け合いの意識が、アメリカを蝕む偏見・憎悪・対立に歯止めをかける一つのブレーキにもなっているように感じます。

 そのような形で連帯感が生まれるというのは理想的なことでは全くありませんし、テロや災害の犠牲者達には本当に申し訳ない限りですが、人類は結局その繰り返しである、ということも感じざるを得ません。

 

トピック:「ファイナル」、「フェアウェル」というビジネス

 

 最近の音楽業界において最も儲かるビジネス、特に巨大マネーが動くビジネス、というのはアーティストのファイナル・ツアー/フェアウェル・ツアーと伝記映画であるとよく言われています。どちらも人気・評価の極めて高いビッグなアーティストであることが前提になりますし、前者は音楽の中でも興行業界、後者はどちらかというと映画業界という、そもそもビッグ・マネーが動く業界であることは確かですが、それでも最近の上記ビジネスの安定度・信頼性というのは一際高まっていると言えます。

  伝記映画については、ご存知のようにクイーン(厳密にはフレディ・マーキュリー)の「ボヘミアン・ラプソディ」が記録的なセールスを生み出しており、これにエルトン・ジョンの「ロケットマン」が続くのではないか、とも言われる状況ですが、“ネタ”自体は非常に限られていると言えますし、伝記映画自体アーティストにとっては“本業”ではなく、また本人の没後に制作・公開されるケースが圧倒的ですので、本人の意思とは無関係であるとも言えます。

 そこで今回は前者のファイナル・ツアー/フェアウェル・ツアーについて取り上げてみたいと思います。

 

 主に中高年層をターゲットとした大物アーティストの興行が安定しているというのは、以前にもお伝えした通りで状況は変っていないと言えます。日本でも同様かと思いますが、収入の安定した中高年層は高額チケットへの出費を惜しまない人が多いため、料金設定も高めとなりますし、更にVIPチケットなどの特典付きチケットに対する興味・関心も高いため、彼等をターゲットとした興行は売上も安定します。それに比べると若者層は当然収入も低く、その反面、一般的にはファッションや飲食費・交際費などの出費対象オプションも多くなります。更に最近の若者層は携帯電話関連への出費が圧倒的に増え、音楽に関してはストリーミング中心でコンサートなどにお金をかけない傾向が強いため、一部の超大物系アーティスト達を除くと、興行界にとってはあまり魅力ある層とは言えない、というわけです。

 

 そもそも今の中高年層というのは、特に1960年代以降、音楽がカルチャーの中心として文化を支えてきた中で育ってきた世代ですので、音楽に対する理解度・依存度が圧倒的に高く、市場としてはとてつもなく魅力的であると言えます。既に50台も半ばを過ぎ、自分達のライフスタイルが確立し、若者層ほど世間の動きや流行には左右されず、自分達が好きなもの(音楽)には出費を惜しまない彼等は、今も自分達のヒーローやフェイヴァリット・アーティスト達を熱心に支え続けていると言えるわけです。

 一方当事者であるアーティスト達も50台半ばを過ぎ、自分達の人生というか活動方針を再考し始めます。引き続きレコーディングは継続していきますが、特にこの広大な大陸を横断したり周り続けるアメリカ・ツアーというのは大変な体力を要する仕事でもあるわけですし(特に大型ツアーの場合は、一度に全地域を回りきるのは大変困難ですので、first leg、second legといったようにツアーを何回かに分けて行うのが一般的でもあります)、そこにワールド・ツアーが加われば、いつまでも体が続くものではありません。

 そこで順番としては、まず一番労力を要するワールド・ツアーから削減・縮小していくことになるわけですが、ビジネス的にはそれを“ファイナル・ツアー”として打ち出すことによって、それを「見逃せない」と思うファンを掴むことになり、非常に大きなアドバンテージとなるわけです。

 つまり、アーティストとファンの高齢化によって、ツアーの終焉というのは必然となっていきますし、いつまでも生涯現役としてツアーを続け、次第にアーティストも衰え、集客数並びに売上も落ちていく形を取るよりも、潔く(?)区切りを付けて、そこにビジネス・チャンスを得る、というのが特に最近の興行スタイルのトレンドと言えるのかもしれません。

 

 このファイナル・ツアーやフェアウェル・ツアーという形式を誰が始めたのかは特定できませんし、昔からあるにはあったことでしたが、これだけ多数の大物アーティスト達が「ファイナル」や「フェアウェル」を掲げて最後のツアーを行っているのは、特にここ数年において顕著なことであると言えます。

 それは特に60年代から70年代にかけて人気を博したアーティスト達が、そろそろ引退時期に差し掛かっているということが一番の理由ですが、音楽業界において、アーティスト達にも一つの定年基準または定年指向というものが生じてきたと言えるのではないか、といった少々シニカルで辛口の意見や分析もメディア内にはあるようです。 

 

 まず、現在ファイナルまたはフェアウェルのツアー中、またはツアー終了直後、またはツアー開始間近の大物アーティスト達を見てみたいと思います。

 ポール・サイモン

 ジョーン・バエズ

 エルトン・ジョン

 オジー・オズボーン

 キッス

 スレイヤー

 アニタ・ベイカー

 レイナード・スキナード

 ソフト・セル

 モス・デフ

 

 ジャンルは様々であり、年齢も実は結構な開きやバラツキがありますが、年齢に関しては個人差があることですから、基本的にはそれ以上の意味は無いと言えます。

 その中でも超大物の数人・数組について更に触れてみたいと思いますが、まず同い年(1941年生まれ、77歳)のポール・サイモンとジョーン・バエズは、完全なファイナル&フェアウェル、つまりシンガー・ソングライター活動からの完全な引退となります。この二人はアメリカにとって、そして特にニューヨークにとって、一つの時代を象徴する偉大なアーティストですから、ファンやメディアの反応は一際大きいと言えます。

 

 ポール・サイモンは前々回にもご紹介したように、ニューヨーク市クイーンズ出身のアーティストです。クイーンズの中流ユダヤ人家庭の中で育ったそのリベラルな庶民感覚は音楽の中に色濃く現れており、サイモン&ガーファンクル時代からニューヨーク市にちなんだ題名や歌詞も多く、本当にニューヨークを代表するトップ中のトップ・アーティストであると言えます。それだけに、引退表明後から先日9月22日地元でのツアー最終日まで続いたメディアの取り上げ方は敬意・賞賛と愛惜の念に溢れたものでした。彼の場合は昔から子供のための音楽教育普及振興運動に深く携わっていますが、今後も彼のそうした慈善運動家としての活動は変らないようです。

 

 一方のジョーン・バエズはニューヨーク市スタテン・アイランドの出身。その長く、常に意欲的な活動は、特に最近の「#MeToo」ムーヴメントを始めとする女性の権利運動の側からも再注目・再評価されてきており、ここにきて益々女性アーティストの代表として敬われているだけに、彼女の引退にはとても残念な思いがあります。本人曰く、引退は極めて肉体的な問題(表現手段としての声域・声量の減退)であるとのことで、これは誰にも手助けのできない彼女自身の問題ですので仕方がありませんが、元々社会派としての立場を明確にしてきた彼女は、引退後も、社会・政治に対して様々なアピールを続けていくことは間違いようです。

 

 エルトン・ジョンとオジー・オズボーンはどちらもイギリス人ながら、ある意味で本国以上にアメリカで愛され、活動し、評価されてきたアーティストであると言えます。しかし、彼らの場合は引退ではなく、あくまでもツアー活動の終了のようです。つまり、今後もアルバム制作は続けていくようですし、特にエルトンは元々多才でミュージカルや様々な分野でも活躍してきた人ですので、今後もそうしたツアー以外の音楽活動が衰えることはないと見られています。

 

 オジーの場合は2017年のブラック・サバスのファイナル・ツアーと活動終焉に続く彼自身のファイナル・ツアーであるだけに、ファンは寂しさを一層つのらせますが、何しろ問題児の多いロック界の中でもダントツに破天荒で素行不良のオジーですから、ツアー引退後も何をしでかすかは全く予想がつきません。しかもはっきり言ってしまえば、既にシンガーというよりもロック界のパフォーマー、更に言えばエンターテイナーにも匹敵するほどのアピール度とインパクトを持ち、シンボル/アイコン化しているオジーですので、ツアー引退自体や、ファンやメディアによるその捉え方については、他のアーティストとはかなりの温度差があると言えます。

 

 ポール・サイモンとジョーン・バエズのファイナル/フェアウェルは正真正銘の本音、エルトン・ジョンとオジー・オズボーンのファイナルは限定的なファイナル/フェウアウェルでビジネス的な“戦略”も感じられますが、エルトンとオジー以上に、もうこれはビジネス以外の何物でもないのではないか、と思えてしまうのが、最後に紹介するキッスとスレイヤーです。

 私自身はキッスもスレイヤーも長年の大ファンですし、特にキッスは1977年の「Rock & Roll Over」ツアーを初体験としてこれまで数多くのコンサートに足を運び、今回の「End of the World」ツアーと命名されたファイナル・ツアーも真っ先にチケットを購入しましたし、スレイヤーに関しても先日のファイナル・ツアーでは久々にモッシング&ヘッド・バンギングを楽しんできた、いわばファイナルという言葉や“商法”に乗せられている典型的なファンの一人と言えます(更にキッスのジーン・シモンズとスレイヤーのトム・アラヤは自分にとってのベース・ヒーローでもあります)。それでもこの2バンドのファイナル/フェアウェルのワールド・ツアーには、並々ならぬ戦略的な意図・狙いを感じないわけにはいきません。

 

 なにしろキッスは2000年に解散宣言をし、その年から2001年にかけてフェアウェル・ツアーを行ったにも関わらず、あっさりと解散を撤回し、2003年にはエアロスミスとの豪華ツアーを行った“前科”もあります(ちなみに、私はその両方も観に行きました)。

 その膨大且つ多岐に渡るマーチャンダイズやコレクターズ・アイテムといった販売戦略から、映画やコミックなどでの露出に至るまで、彼等は音楽以外でのビジネス・センスに関しても実に巧みなバンドであると言えますが、そんな彼等にはファイナル/フェアウェルという言葉も一つの大きなビジネス・チャンスであるように感じられます。

 

 スレイヤーに関しては長年に渡る過激なステージ・パフォーマンスとハードなツアーにメンバー達の体は様々な支障を来しているということは事実であるとは思いますが、それでもまだ50歳台後半の彼らがこのまま演奏活動に終止符を打つとは到底考えられません。実際に彼等はツアー活動からの引退は表明しましたが、これが単に大規模ツアーに関する終了であるのか、またバンド自体の解散となるのかは明らかにしていません。

 

 キッスもスレイヤーも、いわゆるイメージ戦略に長けたバンドですし、アイコンというよりも一つのブランドにもなっているようなモンスター・バンドですので、そのブランドが簡単に消え去ることは無いと思われます。

 ファンもその辺りはお見通しであると言えますし、単に連続集中型のワールド・ツアーはもう行わないだけで、国内や一部海外といったレベルでは今後もツアーを継続していくのではないか、または、しばらくすれば再開・再結成してワールド・ツアーに繰り出するのではないか、という“疑い(または希望?)を強く抱いていると思いますし、「どうせ、奴らはすぐに戻ってくるさ」くらいの気持ちで、ファイナル/フェアウェルを楽しんでしまおうというノリが感じられます。

 前述のキッスの“前科”の際もそうでしたが、ファイナルや解散宣言を撤回したからと言って、嘘つき呼ばわりするような杓子定規さや了見の狭さは全く無く、むしろ再開・再結成を喜んで楽しもうというのが“アメリカ流”と言えるかもしれません。何しろ、「武士」もおらず、「二言」もありのお国柄ですので(笑)。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 November 2018

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ)
1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。
2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。
最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 最近は天気の注意報・警報や、誘拐事件といった情報の即時伝達・交換が必要な緊急事件に加えて、テロなど国家の緊急時に関しても携帯電話にテキストで警告が入るようになりましたが、そんな矢先に「コロンバス・サークルのタイム・ワーナー・ビルで不審物。周辺住民は避難せよ」という警報が入り驚かされました。そのテキストの直後、今度は最近正にその“周辺住民”となった友人から「避難しろと言われてアパートに入れないんだけれど、どうすればいいんだろうか」との連絡が入り、取り合えずセントラル・パークに避難するようアドバイスをしました。

 

 セントラル・パークの入り口周辺には、同様にビルから追い出された人々が大勢集まっていましたが、不安な表情の人々よりも、避難訓練でもしているかのように呆れ顔の人々や笑みを浮かべている人々が多かったのが何とも違和感を覚えました。9/11のテロを経験し(とは言え、もうその記憶・経験の無い若者も増えてきているわけですが)、常に銃を装備した警備に守られているニューヨーカーの神経は、かなり麻痺してきているのかもしれません。
 事件の顛末と真相は皆さんもニュースでお聞きであると思いますが、いよいよアメリカも国内テロの時代に入ってきたと感じます。中間選挙の結果がどうあれ、トランプがどうなろうと、両サイドの怒りと憎しみに満ちた非難・対立・攻撃合戦は激化する一方と言えますが、アメリカ人はあのような大統領を選んだのですから、その代償はしっかりと払わねばなりません。

 

 それにしても、トランプは次々とアメリカの“膿”を先頭に立って自ら見せ付けてくれます。それはアメリカが建前の影で育む結果となった温床とも言うべき、タブー視されてきた本音とも言えますし、今のままでは決して前に進めない根の深い壁であるとも言えます。その点において、トランプは間違いなくアメリカ史上類稀な大統領であり、最大の“功績者”であるとも言えるでしょう。よって、問題はトランプではなく、それらを乗り越えられる良心と叡智が我々には本当にあるのか、であると感じます。

 

トピック:K-POP(BTS)の快挙とチャートの意義・信頼性

 

 来るぞ来るぞと言われていたK-POP旋風が、いよいよアメリカに上陸した感があります。日本の皆さんの方がよくご存知かもしれませんが、人気グループBTSが、ビルボード誌のアルバム部門であるトップ200で、5月に続いて去る9月もナンバー・ワンとなったことは、アジアの音楽としては史上初であり、今後のアメリカの音楽シーンに大きな影響を与える画期的な事件であると言えます。

 

 なにしろ、ビルボード誌のチャートにおけるアジア発の音楽に関しては、アルバム部門では過去に前例が無く、シングル部門のトップ100では、1963年に1位という驚くべき快挙を成し遂げた坂本九の「スキヤキ・ソング(上を向いて歩こう)」がありますが、それ以外では100位までにチャートインしたのは、ピンク・レディー(37位)、松田聖子(54位)、同じく坂本九の「チャイナ・ナイト」(58位)、YMO(60位)、横倉祐(81位)などごく僅かで、チャートを賑わすほどのインパクトはありませんでした(ちなみに、宇多田ヒカルや倖田來未はチャート圏外でした)。
 その後、日本の歌手(特に宇多田ヒカル)やK-POPのグループがアメリカ進出を果たして全米1位またはベストテンに入ったというニュースもありましたが、それらは全て同誌チャートのワールド・ミュージック部門でのことでしたので、本命・本丸のトップ200で2度に渡って1位の栄光に輝くというのは、やはり快挙と言えるでしょう。

 

 しかも、一発ヒットも多数あるトップ100と違い、アルバムのトップ200というのは、その価値・評価も数倍上がります。それはアルバム作品としての完成度やインパクト、そしてキャッチーさの度合いなどももちろん大きく問われますが、それ以前にアルバム全体を通して英語という言語によって勝負し、ネイティヴ並の英語でネイティヴ達を抑えて勝ち取った、という点も非常に重要です。正直、これまで特に日本のポップスに関してはそこが大きな問題でした。日本人の耳には流暢な英語に聞えても、アメリカ人にはほとんどわからない(歌詞を聞き取れない)、ということは多々ありましたし、録音物のお披露目、つまりパフォーマンスの場や、対メディア対応(取材やインタビュー)などにおいては全て英語での対応ができない、というのが大きなネックになってきたわけです。

 

 もちろんこれまで、英語圏以外のアーティスト達による英語の歌がチャートインしたことはたくさんありました。スペイン語訛り、フランス語訛り、ドイツ語訛り、など決してネイティブの英語ではないアーティストや曲もあったわけですが、それらはある程度英語圏において“訛り”として認識・理解されているという背景もあります。しかし、日本人の英語に関しては、RとLやGとZの発音の違いやTHの発音など、英語のベーシックにおける決定的なディスアドバンテージがあり、歌詞を聞き取れないどころか意味が異なったり、おかしな意味(または意味不明)となることが多く、これはアメリカ市場においては受け入れられない決定的な要素にもなってきました。

 

 これに対して最近の韓国(そして中国もしかり)の音楽においては、若い人達の英語力は驚くほど向上しており、ネイティブと聞き間違えることもあるほどになってきています。この点で、K-POPや中国の音楽は今後極めて大きなポテンシャルを持っていると言えるでしょう。

 

 今回のBTSの快挙の理由や背景の一つとしては、今の時代に即したその積極的なメディア戦略の巧みさ、という点を多くのアメリカの音楽業界人達やメディアが語っています。それは具体的にはソーシャル・メディア/ソーシャル・ネットワークの活用ということになるのですが、BTSとしてのグループ・アカウントを重視して、積極的にファン獲得・拡大を狙ってきたそのセンスと手腕は見事と言えるでしょう。好き嫌いや良し悪しの問題はともかくとして、今の時代はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を有効に利用することはマストと言えますし、欧米アーティスト達と同様にSNSを最大限活用するというスタンスは、今後BTSに続くグループ(または個人でも)にとっても必要不可欠であると言えます。

 

 もう一つ、BTSの成功の一つとしてアメリカの音楽業界人達やメディアが語っているのは、その歌詞の内容という点です。彼等の歌詞にはアメリカのアーティスト達ほどの強さやインパクトはないものの、それでもメッセージというものが強く込められています。BTSの正式グループ名である「防弾少年団」という名の通り、そこには自分達の音楽、更には自分達のアイデンティティーそのものをも守り抜くという強い意志が込められていることは良く知られています。この複雑で歪んだ現代社会、善悪の区別すら崩壊している世の中の現実において、若者達が感じているプレッシャーや焦燥感・空虚感、そして偏見や差別、更にはパーソナルなメンタル・ケア的部分についてもBTSの歌詞は触れてきているので、聴き手の若者達はそうしたメッセージに強く共感し、BTSに代弁者としての姿も投影していると言えます。

 

 実は私はこの点が、今やメディア社会の大前提ともなっている前述のSNS云々よりも極めて大きな点であると感じています。ご存知のように、アメリカという国においてはメッセージや主張というものがある意味大前提となりますし、それは音楽も同様です。つまり、この国においてはノンポリや無関心(言葉は古いですが“シラケ”も)というのは人々の共感を得ることができません。その主張の度合いやプロテストの有無は人それぞれですが、一般的に人気を得るアーティストというのは、自分自身を強くアピールし、自分達の身の回りに対して、また社会に向けて、力強くポジティヴなメッセージとアティチュードを示していく必要があります。特に最近の若い音楽アーティスト達は、セクハラや暴力、性差別や人種差別、貧困、薬物・麻薬・アルコールなどの依存症や中毒、メンタル面での葛藤・プレッシャーや精神障害など、といった問題に非常に敏感であり、またそうした問題を抱える当事者達をプロテクトする極めて力強いメッセージを発信しています。

 

 そうした点に若い聴衆が強く反応するというのは、今の社会がいかに病んでいるかの証明でもあるわけですが、特に日本との違いを強く感じるのはドラッグに関してです。
日本では麻薬依存・中毒、または麻薬に手を出したというだけでも非難・糾弾され、排除されがちですが、アメリカにおいては、非難・糾弾されるべきは麻薬そのものであって人ではありません。つまり、人は“被害者”であり、言い換えれば「罪を憎んで人を憎まず」という意識・理解の大前提があるわけです。よって、麻薬に関しては手を出したことの罪よりも、麻薬を絶つ意思とプロセス、つまり更正・復帰の方に力点が置かれ、人々もそれについて同情・支援するという形になっていくわけです。

 

 そうした現代のアメリカの世相を反映する精神構造またはセンティメントに根ざしたこの社会において、BTSはアメリカから見ればある種アジア的な“穏やかで優しい”主張とメッセージが感じられ、韓国系やアジア系の若者以外にも大きな共感と影響を与えていると言えるようです。

 

 こうしたポジティヴな面に対し、残念なニュースも伝わっています。これも日本の方が大きく報道されているかもしれませんが、今回の一連のBTSのトップ200ナンバー・ワン獲得には、ファンによる意図的な操作があったというものです。

 

 現在、ビルボード誌のチャートのランキングにおいてもストリーミングの再生回数は極めて大きな位置を占めていますが、BTSのファン達は音楽配信サービスのアカウント数を意図的に増やし、SNSを通してアメリカ内外のファンに呼びかけて、それらのアカウントを一斉に再生させる操作を行った、というものです。

 

 これを「不正」と呼ぶか、ファン達による「サポート」や「マーケッティング戦略」と呼ぶかは意見の分かれるところですが、要はこうした行為が可能であるところが、ストリーミングというメディアがメインとなった現在における、チャート自体の信頼性の失墜とも言えます。レコードやCDの時代は形あるメディアの製造・販売がチャートを左右していたわけですが、形無い音楽データの再生回数によって信頼度の高いチャートを運営するというのは、それ自体が至難の業であると言えます。

 

 実際に韓国や中国ではこうした“操作”は日常化しており、「不正操作」を請け負う「不正業者」によって「不正ビジネス化」しているとのことで、アメリカにおいてもこうした操作が頻繁に行われるようになる可能性は十分にあります(既に頻繁に行われているとの噂もありますが)。ですが、アメリカにおいては既にチャート自体の権威が落ちているということも事実です。チャート操作というのは、実はレコードやCDの時代でもあるにはありました。しかし、それはビルボード(加えてキャッシュボックス誌)のチャートというものが音楽業界において揺ぎ無い権威を持っていた時代のことです。

 

 私自身はビルボード誌のトップ100(実際には「トップ40」というラジオ番組)を毎週チェックして育った人間ですので、チャートを全面的に否定するつもりはありませんし、チャートの良さ、面白さというのもあると思います。ですが、前述しましたように音楽がストリーミングの世界となった今、ネット上における音楽データの扱いというのは、あまりに不安定で信頼性が無く、あらゆる手を使って操作を行おうという輩がたくさんいて、実際にそれが可能であるという点に、チャート自体に消え行く運命を感じざるを得ません。

 

 いずれにせよ、今回のBTSの快挙に関してチャート操作が不正に行われたかを証明する手立てはありませんし、事実は闇の中であるとも言えますが、仮に不正な操作が事実であったとしても、BTSを始めとするK-POPに関してはアメリカでも益々市民権を得ていくであろうと、私のみならず多くのアメリカ音楽業界人達が感じていることは間違いありません。
 少なくとも、BTSのみならず、ポストBTSを狙ってアメリカの音楽業界(特にプロデューサー、レコード会社、マネージメント会社、プロモーターなど)は、既にこの魅力的な新しい音楽分野に強い興味を持ち、触手を伸ばし始めています。

 

 韓国のK-POPでも、中国でも、また日本でも、アメリカ進出と成功のカギは、やはり時代に即したテーマと若者が共感し得るメッセージ性、そして積極的でオープンなSNSの利用である、というのは疑いようの無い事実であると思います(日本においては、もう一つ「語学(英語)」が重要となりますが)。

 

 今やアメリカを始めとする様々な国において、音楽はサブカルチャーを超え、カルチャーそのものになっていることは間違いないでしょう。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 October 2018

9月最終週のニューヨーク、ミッドタウンの東側はクリスマス・シーズン大渋滞に悩まされます。理由はもちろん毎年恒例の国連年次総会です。国連本部がニューヨークにある以上仕方がありませんが、それでも交通渋滞の酷さは世界でも屈指のこの都市に世界各国の首脳が集まってくるというのは、どう考えても運営上無理があります。

 各交差点に警官が立って交通整理を行いますが、それでも車はほとんど動けず歩いた方が早いという状況の中、唯一渋滞を尻目に走り抜ける車両があります。各国首脳達の車列です。国によって異なりますが、車列には必ずニューヨーク市警やSPの車が随行し、車列を先導するだけでなく車列に近づく車があれば容赦なく威嚇もします。

 実は私、仕事に困っていた時代に国連総会時の車列ドライバーを務めたことがありました。車列は日本の総理車列で大渋滞の中、ニューヨーク市警に先導されての運転というのは実に爽快。しかし、一転して極度の緊張状態での運転になるのは、総理一行ニューヨーク発着時のJFK空港~マンハッタン間の車列移動です。総理や大臣をはじめ閣僚や報道官達が全員一斉に専用機で発着するので車列は十数台となり、警備はニューヨーク市警やSPの車両に加え前後と脇に白バイが数台ずつ加わります。

 この車列移動というのは、決して前後の車両との車間を空けず、他の車両の割り込みを許さないというのが最大の“使命”となります。空港~マンハッタンへの移動は高速道路が主体ですが、やはり時速70~90kmで前の車との車間をピッタリ詰めて走るというのは中々緊張しますし、車列も十台以上となると後半は列も崩れがちになります。

 「割り込んでくる車はぶつけても構いません。我々が責任を負います。でも前後の車は政府の方々が乗っている車両にはぶつけないでください」という国連担当者からの指示には唖然としました。今は移民の方々が多いタクシードライバーも当時は気性の荒い退役軍人達も多かったし、車列に割り込めば渋滞を抜けられると思って強引に割り込んでくる“無法者”もいました。車列ドライバーもある意味で“無法者”ですが(笑)。後方は警備も手薄になるので自分で幅寄せや威嚇して追い出さねばなりません。

 なんとも映画のような話ですが、警察が自分達を守り、しかもルール無用の運転がOKとなるのですからこれは正に“警察権力に守られた暴走族”と言っても決して過言ではありません。この期間中、ストリートで待機しているドライバー達に寿司の出前まであったことは、当時の自民党政権ならではの金銭感覚の麻痺した大振る舞いであったかもしれません。

 

 

トピック:音楽アーティストに見る“ニューヨーカー”事情

 

 先月の通信の中で「ビリー・ジョエル MSGでの長期コンサート・レジデンシーは、彼の名曲「ニューヨークの想い」に代表されるように彼のホームタウンであるニューヨークならではのイベントですが」という部分がありました。その通信を書き終えた後、久々に古い友人と食事した際、ビリー・ジョエルの話になったとき友人はこう言いました。「ビリー・ジョエルはニューヨークの代名詞のように言われて、MSG(マディソン・スクエア・ガーデン)やシェイ・スタジアム(MLBニューヨーク・メッツの元本拠地で、現シティ・フィールド)をホームグラウンドのようにしてるけど、彼はニューヨーカーではなくてアイランダーなんだよ」。加えてこんなジョークも披露しました。「もしかしたらタイトルのState of Mindというのは、心の状態という本来の意味に加えてニューヨーク州(State)ということもひっかけているのかもね(笑)」

 何事に関しても辛口で皮肉屋である彼はブルックリナイト(ブルックリン生まれ育ち)でそのことを誇りにもしていますが、確かに彼の言うことは事実です。何故なら、ビリー・ジョエルはニューヨーク市ブロンクスの生まれですが、生後間もなくしてニューヨーク郊外のロング・アイランドに移ってプロ・デビューするまで過ごし、現在も同地の在住です(彼のデビュー・アルバム「コールド・スプリング・ハーバー」は彼の故郷に近いロング・アイランドの町の名前にちなんでいます)。つまり彼は本来、ニューヨーカーの範疇には入らないニューヨーク郊外の人間なのです。

 

 一般的にニューヨーカーというのは狭義ではマンハッタン、広義ではニューヨーク市内に生まれ育った者のことを言います。アイランダーというのはニューヨーク市郊外のロング・アイランドに生まれ育った者のことを言います。プロ・アイスホッケーNHLのニューヨーク・アイランダーズはそこから命名されています。「別に俺はニューヨーカーではないから、どうでもいいけどね」と友人は斜に構えてうそぶきますが、こうした意見や感覚というのはどこでもあることで例えば東京でも23区とそれ以外の山の手と下町といった対比(対立?)もあるかと思います。ほとんどはどうでも良い話とも言えますが、とは言っても土地に対する想いというのは、その人のメンタリティにも大きく影響するし作品のテイストを左右する要素にもなります。また、それが聴き手に対しても一つのイメージを植えつけていくことにもなります。

 ビリー・ジョエルの出身がどうあれ名曲「ニューヨークの想い」の評価を下げる要素にはならないと私は思います。逆に言えばニューヨーク郊外育ちのビリー・ジョエルが書き下ろしたニューヨーク賛歌がニューヨーカー以外の人達にも大きなシンパシーを感じさせることになったとも言えるのではないでしょうか。

 

 このように常に曲の題材にもなってきたニューヨークですが、今回はニューヨークをもう少し掘り下げ、音楽界における“ニューヨーカー”の実情を少し突っ込んで眺めてみたいと思います。

 まずは、今年あるオンライン・メディアで発表された「ニューヨークが誇るニューヨーカーの音楽アーティスト20」というのがあります。それをご紹介しましょう。このリストには順位はなかったので、ここでもアーティストの出身地のみを記すことにします。

 

トニー・ベネット(ニューヨーク市クイーンズ)

メアリー・J.ブライジ(ニューヨーク市ブロンクス)

マライア・キャリー(ニューヨーク郊外ロングアイランド)

アーロン・コープランド(ニューヨーク市ブルックリン)

ニール・ダイアモンド(ニューヨーク市ブルックリン)

P.ディディ(ニューヨーク市マンハッタン、ハーレム)

レディ・ガガ(ニューヨーク市マンハッタン)

ジョージ・ガーシュイン(ニューヨーク市ブルックリン)

ジェイ-Z(ニューヨーク市ブルックリン)

ビリー・ジョエル(ニューヨーク郊外ロングアイランド)

アリシア・キーズ(ニューヨーク市マンハッタン)

キャロル・キング(ニューヨーク市ブルックリン)

キッス(ニューヨーク市ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス)

シンディ・ローパー(ニューヨーク市クイーンズ)

ジェニファー・ロペス(ニューヨーク市ブロンクス)

ラモーンズ(ニューヨーク市クイーンズ)

ルー・リード(ニューヨーク市ブルックリン)

ソニー・ロリンズ(ニューヨーク市マンハッタン、ハーレム)

ポール・サイモン(ニューヨーク市クイーンズ)

バーバラ・ストライザンド(ニューヨーク市ブルックリン)

ジェイ-Z.(ニューヨーク市ブルックリン)

 

 その選択には異論もあると思いますが、それでも幅広いジャンルと年代を網羅している点においては悪くない選考である思います。このリストの説明文にも基本的にニューヨーク市内生まれでできる限り長くニューヨーク市内を生活・活動の拠点とし一般的にもミスターまたはミス“ニューヨーク”というイメージを持ち“ニューヨークの誇り(プライド)”を有している、というのが選考基準となっているようです。

 このリストではニューヨーク郊外のアーティストとしてビリー・ジョエルと共にマライア・キャリーが選ばれています。その他はすべてニューヨーク市内、つまり文字通り“ニューヨーカー”と呼べるアーティスト達です。この18アーティストは一見出身地もバラバラのように見えますが、実はいくつかの共通点・共通項があり、それらがニューヨークの音楽ムーヴメントを形成してきた事は決して無視できません。

 

 その最も特徴的な共通点・共通項というのは「ユダヤ人」という事です。ユダヤ人という呼称に関してはいくつかの解釈がありますが、基本的にユダヤ人というのは人種や国・土地による分類ではなくユダヤ教徒=ジューイッシュまたは、宗教的ではなく普段の生活の中で親や先祖からのユダヤ教の伝統を受け継ぐ人達という宗教的な呼び名です。例えば、このリストには漏れていましたが、やはりニューヨークを代表するアーティストのサミー・デイヴィスJr.はユダヤ教徒に改宗したので伝統的ではなくても「ユダヤ人」でした。

 

 ニューヨークのみならずアメリカという国はユダヤ人達による多大な貢献によって音楽だけでなくアート、エンタメ全般にわたる豊かな文化が築き上げられているという点は決して無視できません。中でも特にユダヤ人の多いニューヨークは、ユダヤ人コミュニティを中心とし、アーティストが生まれ育ち、様々な音楽ムーヴメントを形成していきました。その代表的エリアと言えるのがブルックリンとクイーンズです。前者はマンハッタンからブルックリンに架かる3つの橋の袂を中心としてダウンタウンからその周辺まで広がっており、後者はフォレスト・ヒルズからキュー・ガーデンという閑静な住宅地になります。

 上記のアーティストで言うと前者は古くはジョージ・ガーシュインやアーロン・コープランド、60年代以降はニール・ダイアモンド、バーバラ・ストライザンド、ルー・リード、またイスラエル生まれながらブルックリンのユダヤ人コミュニティに移ってきたキッスのジーン・シモンズが挙げられます。

 これに対しニューヨーク市の中では特に人種的に雑多なクイーンズの中にあって、非常に大きなユダヤ人コミュニティを持つフォレスト・ヒルズからキュー・ガーデンの出身者にはポール・サイモン、キャロル・キング、ラモーンズが挙げられます。(選外ですがスティーリー・ダン、特に亡くなったウォルター・ベッカー)。ニュージャージー出身ながら相棒(ウォルター・ベッカー)を通して、この豊かなユダヤ人コミュニティでの体験を味わったスティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンは以前、ポール・サイモンをこのユダヤ人コミュニティーが生み出した音楽アーティストの代表・シンボルとして語っていました。、当のポール・サイモン自身もそのことを否定はしていません。また、パンクという反社会的とも言えるスタンスを全面に打ち出して一世を風靡したラモーンズは、このユダヤ人コミュニティのダーク部分、あるいはアンチテーゼとして登場してきたという意見は一般的です。

 ロックにおいてはキッスも別の意味で当時のユダヤ人コミュニティーが生んだ代表的なアーティストであると言えます。歌舞伎の影響も受けたあの毒々しいメイクはもちろん彼等のアイディアですが、そこにはまだWASP(白人、アングル・サクソン、清教徒系キリスト教徒)一色であった当時のハードロック界において出自を隠すための“戦略”(メンバー達の個人名も全て“ユダヤ色”を隠した変名です)であったことは今や誰もが知るところです。

 

 今回はユダヤ人をフォーカスしてニューヨークのアーティスト事情を紹介しましたが、上記リストのその他のアーティストでは、ソニー・ロリンズ、ジェイ-Z、P.ディディ、メアリー・J.ブライジは、ニューヨーク市内のアフリカ系アメリカ人コミュニティの出身でエリアについては、人種的な側面が強いと言えます。また、そのことはブロンクスのプエルトリカン・コミュティ出身であるジェニファー・ロペスについても同様です。他には、トニー・ベネットとシンディ・ローパーがクイーンズはアストリアのイタリア系コミュニティ出身であることも人種とエリアを物語っています。

 

 そうした中で、従来の宗教や人種のみで分類されずある意味で“人種の坩堝”(正確には決して混ざってはいないので“人種のサラダ・ボール”)と言われてきたニューヨークの中でいかにも現代のニューヨーカーらしいのが、レディ・ガガとアリシア・キーズであると私は感じます。

 ガガはアッパー・ウェスト・サイドの裕福な家庭で生まれ育ったお嬢さん。キーズはミッドタウン・ウェストのヘルズ・キッチン(“地獄の厨房”)というかつては治安の最悪なエリアの生まれ育ちです。いずれもマンハッタンの中では昔から人種的な多様性とミクスチャーがあった西側のエリアで生まれ育ったアーティスト達です。ガガはイタリア(シシリア)系、キーズはアフリカ系アメリカ人(ジャマイカ/プエルトリコ系)とアイルランド系イタリア人(シシリー系)とのハーフです。いずれも特定の人種的部分のみを強く感じさせない点も特徴です。実際に彼女達の音楽的バックグラウンドは、自分の人種的ルーツに踏みとどまることなく実に多種多様・雑多であり、またルーツというものを感じさせないほどに極めてユニークです。それでも彼女達はニューヨーク出身であることを誇りに思っている生粋のニューヨーカーでまたその生き方や存在はニューヨークを強く感じさせてくれるものであると言えるでしょう。

「月刊紐育音楽通信 September 2018」

特別追悼トピック:「女王」よ永遠に

 ついに「女王」がこの世を去りました。彼女はソウルの女王とも呼ばれましたが、ソウルのみならず、ゴスペルを基盤とするアメリカ・ポピュラー音楽全体における女王とも言えました。さらに言えば、彼女は音楽のみならず、我々の時代・世代において、常に“意識の目覚め(または新たな意識)”を促してきた女王でもありました。

 それは一つには黒人さらには有色人種の意識改革でした。ゴスペルの女王と言われたマヘリア・ジャクソンがキング牧師の良き理解者・友人であり、50~60年代の公民権運動の真っ只中にあって、その意識・ムーヴメントにおける音楽面でのシンボル的存在であったのに対し、アリサ・フランクリン(ここでは日本語英語の「アレサ」ではなく、オリジナルの英語発音に近い「アリサ」と呼ばせていただきます)はそれに続く世代として、60年代後半からのブラック・パワー・ムーヴメントに代表される黒人の権利運動における、音楽面でのシンボル的存在の一人でもありました。

 更にこれはアメリカ国内でも知らない人が多いのですが、彼女は黒人だけでなく、インディアンなどと誤って呼ばれてきたネイティヴ・アメリカンの権利運動にも大変熱心な人でした。

 そしてもう一つ、彼女は人種の意識改革だけでなく、性別の意識改革、つまり女性の権利運動の先頭に立って闘い、歌ってきた人でもありました。大学教授で黒人活動家であったアンジェラ・デイヴィスが、当時カリフォルニア州知事であったレーガン元大統領による弾圧によって大学を不当解雇され、FBIの陰謀によって殺人共謀罪で不当逮捕された際、アンジェラの釈放と復権を先頭に立って呼びかけ、歌い続けたのもアリサでした(この時は、ジョン・レノンやミック・ジャガーもアリサと連帯して闘いました)。

 そんな彼女の生き方にとてつもないインパクトを受け、大きく影響された一人が、アリサが育ったデトロイト(生まれはメンフィス)の郊外で生まれ育ったマドンナでした。マドンナは先日、VMA(ヴィデオ・ミュージック・アワード)の受賞式のプレゼンターとして登場した際に、貧乏な無名時代の話をアリサに対する熱い思いとリスペクトを織り交ぜて披露しました。しかし、そんなマドンナのスピーチは「マドンナは自分のことばかり話して、アリサに対するリスペクトが足りない」などと、多くのアリサ・ファンや黒人達を中心とする様々な人々から批判を受けました。マドンナはアリサに対してリスペクトの足りない発言は何一つしていないにも関わらずです。

 これは一体どうしたことなのでしょう。そもそもマドンナは、VMAの年間最優秀ビデオ賞のプレゼンターとして依頼を受け、更に自分の活動の中でアリサと関係する逸話を紹介してほしいと依頼を受けて登場したのであって、アリサへのトリビュートを目的として登場したわけではありませんでした。その意味ではマドンナのスピーチは、いかにもマドンナらしく、マドンナにしかできない“マドンナ流”のアリサに対するトリビュートでした。

 ところが、批判する側はそんなことはお構いなし。そもそもマドンナ嫌いであることが明らかな批判者達は、今回のスピーチのみならず過去の言動やマドンナの存在そのものまで批判・中傷し、果ては何故アリサのトリビュートを白人にやらせるのだという人種差別的発言まで飛び出しました。それはあまりに一方的なリスペクトと盲目的なトリビュートの強要とも言え、アリサ以外(具体的にはマドンナ)の個に対する許容や尊重はみじんも感じられない嫌悪のみに満ちたものでした。

 きっと天国のアリサは、こうした醜い批判・中傷に呆れていると私は思います。思い出や逸話というのはその人にしか語れないものですし、誰がどう意見・批判しようと、アリサの音楽やスピリットはマドンナの中にも生き続けているのです。凄まじいバックラッシュに対するマドンナの返答は、これまた爽快でした。「(発言内容に対して)注意力が足りないし、すぐに決め付ける人達ばかり。もっとリスペクトを!」

 こんな一騒動も起きた故、アリサ最初のナンバー1ヒット曲にして最大のヒット曲とも言える「リスペクト」が、当時人種や女性の解放・権利運動の賛歌となったことの意味や意義は益々重要であると感じます。人種や国、性別や年齢、宗教や思想などを問わず全ての人に向けられなければならないリスペクト。しかし、今の時代は批判・中傷と攻撃・反撃ばかりで、この”リスペクト”が本当に足り無すぎるとしみじみ感じます(上記の批判者達も、どこかの国の大統領も…)。

 私はこれまでアリサの名唱・熱唱を何度も体験・目撃してきましたが、やはり最も印象深かったのは、2009年1月オバマ大統領就任式式典での祝唱でした。極寒の中、同じく出演・祝唱したビヨンセはリップシンク(アテレコ)によるパフォーマンスを行いましたが、アリサは声がかすれたり音程が外れたりしても、1931年に現在のアメリカ国歌が採用される前の国歌であった「My Country, ‘Tis of Thee」を力強く歌い上げました。まさか自分が生きている間に黒人の大統領が誕生するとは…そんな感慨・感激に溢れたアリサの歌は、彼女が常にその歌に込めていた“意識の目覚め”を強く促すものでした。

 常に真のリスペクトを促し、伝え続けてきたアリサの歌と心を、私はいつまでも”リスペクト”していきたいと思います。合掌。

 


トピック:アメリカ音楽業界のドル箱ビジネス「レジデンシー」

 レジデンシーという言葉は通常、「常勤・常駐」といった意味で使われます。これが音楽界、特にコンサートやイベント業界においては「コンサート・レジデンシー」や「クラブ・レジデンシー」といった言葉で使われています。つまりこれらは、コンサート・ホールやクラブなどでの常勤、簡単に言えば、一箇所のヴェニューにおける連続出演ということになります。つまり、毎月や毎週といった定期的な出演を行う「常連」と

も異なり、連続であってもヴェニューが変るツアーとも異なるわけです。
 出演するアーティストも「レジデンシー・アーティスト」や「レジデンシー・パフォーマー」などと呼ばれますが、その起源は1940~50年代のラスヴェガスにおけるショーと言われ、フランク・シナトラやエルヴィス・プレスリーはそのパイオニアの一人とも言われています。

 ラスヴェガスのショーというのは、音楽業界または音楽ビジネスにおいては特殊な位置にあるとも言えます。なにしろラスヴェガスという街自体が完全な観光目的の”人工都市”であるわけです。これはニューヨークやロサンジェルス、ナッシュヴィルとは大きく異なる点であり、通常の都市生活の中での興行ではなく、興行を目的とした都市での興行であるわけです。

 そのため、主催者側としては人選面で失敗しなければ、通常の都市よりも安定した、しかも桁違いに高額の収益が望めるわけですし、アーティストにとってもそれは同様です。

 ラスヴェガスのショーと言えば、シーザース・パレスが良く知られていると思いますが、その草分けとしては、1952年にオープンしたサンズ(Sand’s)がフランク・シナトラ一家(通称、ザ・ラット・パック)の出演、そしてシナトラ一家出演の映画「オーシャンズ11(オリジナル版)」の舞台の一つとなったこともあって有名であると言えます。しかし、ギャンブルでサンズと揉めたシナトラが新たな拠点としたのがシーザース・パレスであり、1966年にオープンしたこのカジノ・ホテルでは、更に音楽とスポーツのエンターテインメント(ボクシングやF1レースなど)に積極に取り組みんでいきました。

 特に1970年代のシーザース・パレスはそのピークにあったと言えますが、その後もラスヴェガスの音楽エンターテインメントの中核を担ってきたシーザース・パレスは、2003年に4千人以上収容のシアター「コロシアム」をオープンさせ、セリーヌ・ディオンをレジデンシー・アーティストとして迎え入れました。セリーヌのショーは内容を変えて今も続いているわけですが、数ヶ月から数年に渡る数百ショー以上の長期のレジデンシーとしては、エルトン・ジョン、ベット・ミドラー、シェール、ロッド・スチュアート、シャナイア・トゥェイン、マライア・ミャリーなど10人にも達しません。

 このシーザース・パレスの「コロシアム」の他には、プラネット・ハリウッドにおいて長期レジデンシーを勤めてきているブリットニー・スピアーズやジェニファー・ロペスなどもいますが、大型シアターでの長期レジデンシーというのは内容的にもスケジュール的にも、つまり主催者側にとってもアーティスト側にとっても様々な制限が発生するわけです。

 

 そうした中で数日間から数週間単位での百ショー以下の短期レジデンシーの需要も高まっていきました。例えば最近では、同じく​シーザース・パレスの「コロシアム」で昨年7月から約1週間づつに分けた変則的なレジデンシーを務めることになったザ・フー。もちろんこれは同シアターのレジデンシーとしては初のロック・バンドとなります。更にグウェン・ステファニーもこれに続くことになっており、これまたこれまでのラスヴェガスのレジデンシーの音楽傾向とは異なるラインナップと言えます。そして、パームス・カジノ・リゾートにおいて計16回のショーを行うことになったBlink-182。こちらもロック・バンドのレジデンシーという初の試みです。

 更に、レディ・ガガはMGMのパーク・シアターにて今年12月から74回のショーを行うことになっており、まだ噂ではありますがブルーノ・マーズも予定されているとのことです。また、前述のプラネット・ハリウッドではバックストリート・ボーイズもレジデンシーを務めるとのことですが、何と言っても最近のアナウンスで驚きであったのは、来年4月からMGMのパーク・シアターにてエアロスミスがレジデンシーを務めるというニュースです。ザ・フーに続きエアロスミスということで、今後ロック・バンド/ロック・アーティストのレジデンシーも増えていくことは間違い無いと言えるでしょう。

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​ また、ラスヴェガスのショー・ビジネスではクラブ・シーンの盛況ぶりも見逃せなくなってきており、ここ数年目覚しいレストラン/ホテル展開を行っているハッカサン・グループが仕切り、様々なカジノ・リゾート・ホテル内のクラブを巡回する形で、カルヴィン・ハリスやスティーヴ・アオキといった人気DJ達をレジデンシーに迎えたショーを展開することになっています。

​ こうしたレジデンシーの新たな動きは、ラスヴェガスならではのものと言えますが、極めて異例でスペシャルなケースながら、ニューヨークでもMSG(マディソン・スクエア・ガーデン)におけるビリー・ジョエルのレジデンシー・ショーがあります。これは2014年1月からスタートし、今も続いている長ロングランのコンサート・レジデンシーで、先日7月に100回公演記念を迎え、MSGのオーナーとクオモ・ニューヨーク州知事から表彰されることになりました。しかも、その100回記念公演では、なんとボスことブルース・スプリングスティーンが飛び入りし、二人で一緒にボスの名曲「ボーン・トゥ・ラン」と「テンス・アヴェニュー・フリーズアウト」を歌うという大ハプニングまで飛び出しました。

 ビリー・ジョエルのMSGでの長期コンサート・レジデンシーは、彼の名曲「ニューヨークの想い」に代表されるように、彼のホームタウンであるニューヨークならではのイベントですが、今後はこうした形のご当地/地元コンサート・レジデンシーも他都市でも増えてくると思われます。

 その筆頭の一人が前述のブルース・スプリングスティーンでもありますが、ボスが既に昨年10月からブロードウェイのシアターにて、「スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ」という独り舞台のショーを続けていることはご存知の方も多いと思います。当初は約1ヵ月半ほどの公演予定であったのが、大人気でこの夏、更にはこの年末まで延期され、結果的に長期のコンサート・レジデンシーとなっています。

 ブロードウェイのミュージカルは、ある程度のロングランが前提となるため、ある意味でレジデンシー・パフォーマンスと言えますが、そうしたシアターにおけるロングラン・スタイルを踏襲して、大人気を博しているのがこのコンサート・レジデンシーとも言えます。

​ しかも、このショーは先日録画収録され、今年の年末、ボスのブロードウェイ・ショー最終公演日にNetflixで放映されることになっています。最近は映画産業もNetflixを始めとするオンライン・ストリーミング配信会社に押されており、今回も映画やケーブル・テレビ放映ではなくNetflixでの放映となった点も新しい動きであると言えます。

 ちなみ、ボスは来年2月から6月まで「Eストリート・バンド・オン・ブロードウェイ」として自分のバンドと共に“復帰”することになっています。ラスヴェガスに続いて、ニューヨークのブロードウェイのシアターも新たなコンサート・レジデンシーの拠点となっていく可能性は極めて高いと言えるでしょう。