【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 September 2022」


※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています。

コロナ以降、初めてコンサートでモッシングを楽しみました。
再結成したレイジ・アゲンスト・ザ・マシーン。ニューヨークはマジソン・スクエア・ガーデンでの4デイズ。実際にはボーカルのザック・デ・ラ・ロッチャがツアー早々に怪我をしたため、3デイズとなり、その後のツアーは全てキャンセル&延期となりました。
というわけで、立つことができないザックはスタッフ2人抱きかかえられてステージに登場し、ステージ・モニターの前に座ったままで全曲を演じきるという異例のステージ。座ったままでも観客を煽って最高潮に盛り上げる彼のパフォーマンスには完全に脱帽でしたが、それに応える観客の盛り上がりも中々凄いものがありました。60を過ぎてモッシングに参加しているような阿呆は周囲にはほとんど見当たりませんでしたが(笑)、一応自分は怪我をしないように、体をぶつけ合うモッシングではなく、押しくらまんじゅう状態の中でモッシングを楽しみました。やはりレイジの大ファンである30台半ばの息子と一緒に行きましたので、自分が倒れたら彼が救ってくれるだろうという安心感(?)もありましたが。
それはともかく、もちろんマスクなどはしていませんし、人との接触どころか汗(時には血!)も触れあう中でのコンサート観戦には、やっとコロナを抜け出したんだ!というような感慨もありました。
コンサート最後の曲はお決まりの「キリング・イン・ザ・ネーム」。歌詞が過激過ぎてアルバムの歌詞カードには載せられなかったいわく付きの曲でもありますが、毎回、曲の終わりにメンバー達と観客が一体となって「マザー・フxxカー!!」と絶叫することで、これ以上の興奮は無いとも言えます。

しかも今回は、絶叫の後の大歓声が会場内全体に反響してフィードバック効果まで起こすという凄まじさで、70年代からマジソン・スクエア・ガーデンでのコンサートを楽しんできた自分にとってもこんな経験は初めてのことでした。
怪我を負っていたザックはほとんど限界であったようで、アンコールもありませんでしたが、観客は大満足して元気百倍になって会場を後にしていたようでした。
こんな状況は、日本ではまだまだであると思いますが、一日も早く、音楽で盛り上がり、発散し、音楽が元気を与えてくれる状況にも戻れることを切に祈るばかりです。

トピック:TikTokからKwaiへ ~中国に占領され続けるアメリカ音楽界~

「弊社との契約にあたっては、アーティスト側がTikTokのアカウントを保有し、弊社との提携によって映像を投稿し続けていくことが条件となる」
契約するレコード会社からこんな条件を突きつけられた若いアーティスト達の話を何度か聞きました。程度の差はあれど、こういった条件は、今や普通になりつつあるようです。
レコード会社サイドでは迅速で効果的な対応ができず、これまでのソーシャル・メディア以上に個人のプライベート性が高いTikTok故、レコード会社側はアーティスト側の対応に頼るしかないというのも確かにわかります。しかし、そこに頼ってアーティストのビデオ投稿をコントロールしようというのは、少々話が異なると言えます。
また、TikTokは今もアメリカの音楽アーティスト達にとっては賛否両論で、積極的に取り組む人もいれば、無視し続ける人も多くいます。
本当は自分の音楽制作や活動に専念したいのに、こうしたソーシャル・メディア対応をしなければ今の世の中では通用しないという危機感や強迫観念もあって、仕方なく対応している音楽アーティストが大多数とも言える状況で、レコード会社の“お任せ”対応は、憂慮されて当然であるとも言えます。
ご存じのように、TikTokは2018年、中国本土から飛び出して世界中に広がり始めた段階から様々な論議や批判が起きていました。
元々は2016年に中国国内の市場でリリースされ、TikTokの運営会社であるByteDanceがサービスを始めました。
しかしその翌2017年、上海を拠点にして、カリフォルニアにオフィスを構える中国系のソーシャル・メディア・サービス会社musical.lyを買収・合併し、そのプラットフォームを利用してアメリカの若者層をターゲットにし始めたことによって、様々な問題が起こっていきました。
まずは、この買収・合併に関してはアメリカ政府の承認を得ていなかったことが発覚。しかし、一端開かれた扉を規制することは難しく、翌2018年にこの買収・合併が正式に認可されるまでには既に圧倒的な数のユーザーを得たわけです。更に正式合併によって、TikTokとmusical.lyそれぞれでのアカウントとデータが1つのアプリに統合され、ユーザーは1つのプラットフォームで動画投稿をすることができるようになり、TikTokとmusical.lyそれぞれの人気機能が組み合わされただけでなく、新機能の追加されて、その人気には益々拍車がかかりました。
日本のJSASRACも合併後のTikTokと提携・協力関係を結び、ソフトバンクやAvexなどがByteDanceへの出資・提携を行い始め、ダウンロード数はYouTubeをも超えることになったのはご存じの通りです。
しかし、中国では、国家の要請があれば企業や個人は企業情報を含めたあらゆる情報を提供しなければならないという法律あがるため、アメリカはTikTokの市場拡大に神経をとがらせました。
当時のトランプ政権の国務長官だったポンペオは、「アメリカ人の個人情報が中国共産党の手に渡ってしまうことになる」と警鐘を鳴らし、まずは2019年末にアメリカの軍関係者に対するTikTokの使用が禁止されました。
それに続いて当時の大統領であったトランプが2020年8月、ByteDanceに対してTikTokのアメリカでの事業を売却することを大統領令を発動して命じたわけですが、この後はかなりのバタバタ劇が続きました。
一端はマイクロソフトがByteDanceの買収に動きましたが、当のByteDanceに却下され、しびれを切らしたアメリカの商務省がTikTokの新規ダウンロードを禁止すると発表しましたが、トランプは浮上していた提携案を支持して、商務省の禁止措置を延期に。
今度は連邦裁判所が商務省によるTikTokの禁止措置は不適当ということで見送りにしたため、解決策が見いだせないまま、すべてがグズグズと進行し、そうこうするうちに2021年にはバイデン政権が誕生し、連邦裁判所の解釈を尊重して、トランプの大統領令を撤回したわけです。
そうしたドタバタ劇の中、トランプとバイデンが大統領の座を争っている最中の2020年5月には、なんとディズニーのストリーミング部門のトップがTikTokのCEO(最高経営責任者)に就任し、ByteDanceのCOO(最高執行責任者)にも就任することになり、これによって、アメリカ人の大半は、TikTokはアメリカの企業になったと勘違いしてしまったわけです(今でもそう思っている人がほとんどでしょう…)。
しかし、ディズニーの介入は単に利用されただけとも言われているように、実際には僅か2ヶ月ほどでディズニー幹部によるTikTokとByteDanceの座は失われ、ぞの経営責任・執行責任は再び中国人の手に戻されました。
そうした経緯を経た今、アメリカにおいてはTikTokを規制するという動きは既に現実的では無くなっています。なにしろ、アメリカにおけるTikTokの普及は、もう誰にも止められるところにまで来ていると言えるからです。
更にこの9月、ワーナー・チャペル・ミュージックが動画共有アプリ並びにそのプラットフォーム (および TIKTOK のライバル) KUAISHOU とライセンス契約を締結したとのニュースが入りました。
北京に本社を置く KUAISHOUは、一日平均のユーザー数ではTikTokに次ぐ二番目に多いショート・ビデオ・プラットフォームで、ライヴ・ストリーミングのプラットフォームとしても世界で二番目の規模であると言われています。
このKUAISHOUは、「Kwai」 という海外バージョンを通じて、中国以外で1億8千 万人以上の月間アクティブ・ユーザーを抱えると報告されており、特に南米t当七時亜では圧倒的な人気を誇っているとのことです。
実はこのKUAISHOUは、以前は中国国内ではTikTokよりも人気の高い動画アプリであったとのことですが、その後TikTokにトップの座を奪われたという経緯があります。
しかし、昨年には香港取引市場で上場し、テンセントが筆頭株主として出資しているほか、アリババの創業者であり、揺れ動く中国情勢の中で最も話題の一人にもなっているジャック・マーも出資しているとのことです。
前述のように、中郷では動画共有のみならずライヴ・ストリーミングとしても人気が高い他、Eコマースにおいても大躍進を遂げていることから、この先KwaiがTikTokを追い越すのは時間の問題とも言われているようです。
そうした状況の中、ワーナーがKUAISHOUに目をつけて、Kwaiの欧米展開を積極的に行い始めたのは、当然と言えば当然かもしれません。
実はワーナーは、ワーナー・ミュージック・グループとして昨年8月にKUAISHOUとのグローバル・ライセンス契約を既に結んでいるので、今回のワーナー・チャペルとしての契約は、ワーナーが音楽事業において、いよいよKUAISHOU(厳密にはKwai)と手を組み、ワーナー・チャペルの音楽をKUAISHOUのプラットフォームで利用できる(つまり、KUAISHOUのユーザー・ベースにワーナーのコンテンツを提供する)ように取り組み始めたということであると言えます。
今回の提携について、ワーナー・サイドの担当幹部は、「Kwai の熱心なユーザーベースと才能のある音楽クリエーターに曲のカタログを提供できることを非常に誇りに思います。」と延べ、一方のKUAISHOU側の責任者は、「私たちは常に革新的な音楽会社との提携を検討しており、今回のワーナー・チャペルとの契約により、何百万人ものユーザーが新しい音楽にアクセスし、人々がKuaishouのプラットフォームをフル活用して自分自身を表現できるようになることを嬉しく思います」と述べています。
今回のワーナーに続いて、アメリカの大手音楽業界はもちろんのこと、インデペンデントなレベルにおいても、益々中国のプラットフォームの上で音楽活動または音楽ビジネス活動が展開されていくことは必至と言えますし、このままだと、将来的にアメリカの音楽は、単なるコンテンツ提供というレベルになっていく可能性すらあると言えます。

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