【STEP INFO】 夏の新しい風

この度の台風21号で被災された皆様、北海道を震源とする地震で被災された皆様へ

心よりお見舞い申し上げます。

 

今年の夏は地震、豪雨、台風と、立て続けに自然が猛威を振るいました。

そんな平成最後の夏が終わろうとしています。

 

皆さまにとってはどんな夏でしたでしょうか?

ステップ東京オフィスにとっては、新たなスタッフが増え、

変化の風が吹いた夏でありました。

 

7月初旬、制作部デスクに「片岡萌絵」

8月初旬、制作部に「アフシャル・イマン」

そして8月半ば、スタジオに・・・真新しい機材たちがやって来ました!!

 

ニューカマーをそれぞれ紹介したいと思います。

 

*片岡萌絵(写真左)→しっかり者の21歳!生粋の江戸っ子ちゃん。特技:逆立ち

 

*アフシャル・イマン(写真右)→日本生まれのイラン人、日本語・英語・ペルシャ語を話す

               トリリンガル。特技:ものまね

 

*スタジオ新機材たち(写真中央)→録音部スタッフがお盆休み返上で配置しました!

                大幅に機材を一新!見た目もスリムでスタイリッシュに!

                特技:完全無欠の音作り!

 

          

機材の詳しい内容は近々HPで公開していきます。

よりハイグレードな音をお届けすべく、新機材、新人スタッフともども

精一杯努める所存でございます!よろしくお願い致します。

と、少々固い始まりになりましたが、楽しく愉快なステップメルマガ!

 

9月号スタートです。

                           (フクイ)

「月刊紐育音楽通信 September 2018」

特別追悼トピック:「女王」よ永遠に

 ついに「女王」がこの世を去りました。彼女はソウルの女王とも呼ばれましたが、ソウルのみならず、ゴスペルを基盤とするアメリカ・ポピュラー音楽全体における女王とも言えました。さらに言えば、彼女は音楽のみならず、我々の時代・世代において、常に“意識の目覚め(または新たな意識)”を促してきた女王でもありました。

 それは一つには黒人さらには有色人種の意識改革でした。ゴスペルの女王と言われたマヘリア・ジャクソンがキング牧師の良き理解者・友人であり、50~60年代の公民権運動の真っ只中にあって、その意識・ムーヴメントにおける音楽面でのシンボル的存在であったのに対し、アリサ・フランクリン(ここでは日本語英語の「アレサ」ではなく、オリジナルの英語発音に近い「アリサ」と呼ばせていただきます)はそれに続く世代として、60年代後半からのブラック・パワー・ムーヴメントに代表される黒人の権利運動における、音楽面でのシンボル的存在の一人でもありました。

 更にこれはアメリカ国内でも知らない人が多いのですが、彼女は黒人だけでなく、インディアンなどと誤って呼ばれてきたネイティヴ・アメリカンの権利運動にも大変熱心な人でした。

 そしてもう一つ、彼女は人種の意識改革だけでなく、性別の意識改革、つまり女性の権利運動の先頭に立って闘い、歌ってきた人でもありました。大学教授で黒人活動家であったアンジェラ・デイヴィスが、当時カリフォルニア州知事であったレーガン元大統領による弾圧によって大学を不当解雇され、FBIの陰謀によって殺人共謀罪で不当逮捕された際、アンジェラの釈放と復権を先頭に立って呼びかけ、歌い続けたのもアリサでした(この時は、ジョン・レノンやミック・ジャガーもアリサと連帯して闘いました)。

 そんな彼女の生き方にとてつもないインパクトを受け、大きく影響された一人が、アリサが育ったデトロイト(生まれはメンフィス)の郊外で生まれ育ったマドンナでした。マドンナは先日、VMA(ヴィデオ・ミュージック・アワード)の受賞式のプレゼンターとして登場した際に、貧乏な無名時代の話をアリサに対する熱い思いとリスペクトを織り交ぜて披露しました。しかし、そんなマドンナのスピーチは「マドンナは自分のことばかり話して、アリサに対するリスペクトが足りない」などと、多くのアリサ・ファンや黒人達を中心とする様々な人々から批判を受けました。マドンナはアリサに対してリスペクトの足りない発言は何一つしていないにも関わらずです。

 これは一体どうしたことなのでしょう。そもそもマドンナは、VMAの年間最優秀ビデオ賞のプレゼンターとして依頼を受け、更に自分の活動の中でアリサと関係する逸話を紹介してほしいと依頼を受けて登場したのであって、アリサへのトリビュートを目的として登場したわけではありませんでした。その意味ではマドンナのスピーチは、いかにもマドンナらしく、マドンナにしかできない“マドンナ流”のアリサに対するトリビュートでした。

 ところが、批判する側はそんなことはお構いなし。そもそもマドンナ嫌いであることが明らかな批判者達は、今回のスピーチのみならず過去の言動やマドンナの存在そのものまで批判・中傷し、果ては何故アリサのトリビュートを白人にやらせるのだという人種差別的発言まで飛び出しました。それはあまりに一方的なリスペクトと盲目的なトリビュートの強要とも言え、アリサ以外(具体的にはマドンナ)の個に対する許容や尊重はみじんも感じられない嫌悪のみに満ちたものでした。

 きっと天国のアリサは、こうした醜い批判・中傷に呆れていると私は思います。思い出や逸話というのはその人にしか語れないものですし、誰がどう意見・批判しようと、アリサの音楽やスピリットはマドンナの中にも生き続けているのです。凄まじいバックラッシュに対するマドンナの返答は、これまた爽快でした。「(発言内容に対して)注意力が足りないし、すぐに決め付ける人達ばかり。もっとリスペクトを!」

 こんな一騒動も起きた故、アリサ最初のナンバー1ヒット曲にして最大のヒット曲とも言える「リスペクト」が、当時人種や女性の解放・権利運動の賛歌となったことの意味や意義は益々重要であると感じます。人種や国、性別や年齢、宗教や思想などを問わず全ての人に向けられなければならないリスペクト。しかし、今の時代は批判・中傷と攻撃・反撃ばかりで、この”リスペクト”が本当に足り無すぎるとしみじみ感じます(上記の批判者達も、どこかの国の大統領も…)。

 私はこれまでアリサの名唱・熱唱を何度も体験・目撃してきましたが、やはり最も印象深かったのは、2009年1月オバマ大統領就任式式典での祝唱でした。極寒の中、同じく出演・祝唱したビヨンセはリップシンク(アテレコ)によるパフォーマンスを行いましたが、アリサは声がかすれたり音程が外れたりしても、1931年に現在のアメリカ国歌が採用される前の国歌であった「My Country, ‘Tis of Thee」を力強く歌い上げました。まさか自分が生きている間に黒人の大統領が誕生するとは…そんな感慨・感激に溢れたアリサの歌は、彼女が常にその歌に込めていた“意識の目覚め”を強く促すものでした。

 常に真のリスペクトを促し、伝え続けてきたアリサの歌と心を、私はいつまでも”リスペクト”していきたいと思います。合掌。

 


トピック:アメリカ音楽業界のドル箱ビジネス「レジデンシー」

 レジデンシーという言葉は通常、「常勤・常駐」といった意味で使われます。これが音楽界、特にコンサートやイベント業界においては「コンサート・レジデンシー」や「クラブ・レジデンシー」といった言葉で使われています。つまりこれらは、コンサート・ホールやクラブなどでの常勤、簡単に言えば、一箇所のヴェニューにおける連続出演ということになります。つまり、毎月や毎週といった定期的な出演を行う「常連」と

も異なり、連続であってもヴェニューが変るツアーとも異なるわけです。
 出演するアーティストも「レジデンシー・アーティスト」や「レジデンシー・パフォーマー」などと呼ばれますが、その起源は1940~50年代のラスヴェガスにおけるショーと言われ、フランク・シナトラやエルヴィス・プレスリーはそのパイオニアの一人とも言われています。

 ラスヴェガスのショーというのは、音楽業界または音楽ビジネスにおいては特殊な位置にあるとも言えます。なにしろラスヴェガスという街自体が完全な観光目的の”人工都市”であるわけです。これはニューヨークやロサンジェルス、ナッシュヴィルとは大きく異なる点であり、通常の都市生活の中での興行ではなく、興行を目的とした都市での興行であるわけです。

 そのため、主催者側としては人選面で失敗しなければ、通常の都市よりも安定した、しかも桁違いに高額の収益が望めるわけですし、アーティストにとってもそれは同様です。

 ラスヴェガスのショーと言えば、シーザース・パレスが良く知られていると思いますが、その草分けとしては、1952年にオープンしたサンズ(Sand’s)がフランク・シナトラ一家(通称、ザ・ラット・パック)の出演、そしてシナトラ一家出演の映画「オーシャンズ11(オリジナル版)」の舞台の一つとなったこともあって有名であると言えます。しかし、ギャンブルでサンズと揉めたシナトラが新たな拠点としたのがシーザース・パレスであり、1966年にオープンしたこのカジノ・ホテルでは、更に音楽とスポーツのエンターテインメント(ボクシングやF1レースなど)に積極に取り組みんでいきました。

 特に1970年代のシーザース・パレスはそのピークにあったと言えますが、その後もラスヴェガスの音楽エンターテインメントの中核を担ってきたシーザース・パレスは、2003年に4千人以上収容のシアター「コロシアム」をオープンさせ、セリーヌ・ディオンをレジデンシー・アーティストとして迎え入れました。セリーヌのショーは内容を変えて今も続いているわけですが、数ヶ月から数年に渡る数百ショー以上の長期のレジデンシーとしては、エルトン・ジョン、ベット・ミドラー、シェール、ロッド・スチュアート、シャナイア・トゥェイン、マライア・ミャリーなど10人にも達しません。

 このシーザース・パレスの「コロシアム」の他には、プラネット・ハリウッドにおいて長期レジデンシーを勤めてきているブリットニー・スピアーズやジェニファー・ロペスなどもいますが、大型シアターでの長期レジデンシーというのは内容的にもスケジュール的にも、つまり主催者側にとってもアーティスト側にとっても様々な制限が発生するわけです。

 

 そうした中で数日間から数週間単位での百ショー以下の短期レジデンシーの需要も高まっていきました。例えば最近では、同じく​シーザース・パレスの「コロシアム」で昨年7月から約1週間づつに分けた変則的なレジデンシーを務めることになったザ・フー。もちろんこれは同シアターのレジデンシーとしては初のロック・バンドとなります。更にグウェン・ステファニーもこれに続くことになっており、これまたこれまでのラスヴェガスのレジデンシーの音楽傾向とは異なるラインナップと言えます。そして、パームス・カジノ・リゾートにおいて計16回のショーを行うことになったBlink-182。こちらもロック・バンドのレジデンシーという初の試みです。

 更に、レディ・ガガはMGMのパーク・シアターにて今年12月から74回のショーを行うことになっており、まだ噂ではありますがブルーノ・マーズも予定されているとのことです。また、前述のプラネット・ハリウッドではバックストリート・ボーイズもレジデンシーを務めるとのことですが、何と言っても最近のアナウンスで驚きであったのは、来年4月からMGMのパーク・シアターにてエアロスミスがレジデンシーを務めるというニュースです。ザ・フーに続きエアロスミスということで、今後ロック・バンド/ロック・アーティストのレジデンシーも増えていくことは間違い無いと言えるでしょう。

​ ​

​ また、ラスヴェガスのショー・ビジネスではクラブ・シーンの盛況ぶりも見逃せなくなってきており、ここ数年目覚しいレストラン/ホテル展開を行っているハッカサン・グループが仕切り、様々なカジノ・リゾート・ホテル内のクラブを巡回する形で、カルヴィン・ハリスやスティーヴ・アオキといった人気DJ達をレジデンシーに迎えたショーを展開することになっています。

​ こうしたレジデンシーの新たな動きは、ラスヴェガスならではのものと言えますが、極めて異例でスペシャルなケースながら、ニューヨークでもMSG(マディソン・スクエア・ガーデン)におけるビリー・ジョエルのレジデンシー・ショーがあります。これは2014年1月からスタートし、今も続いている長ロングランのコンサート・レジデンシーで、先日7月に100回公演記念を迎え、MSGのオーナーとクオモ・ニューヨーク州知事から表彰されることになりました。しかも、その100回記念公演では、なんとボスことブルース・スプリングスティーンが飛び入りし、二人で一緒にボスの名曲「ボーン・トゥ・ラン」と「テンス・アヴェニュー・フリーズアウト」を歌うという大ハプニングまで飛び出しました。

 ビリー・ジョエルのMSGでの長期コンサート・レジデンシーは、彼の名曲「ニューヨークの想い」に代表されるように、彼のホームタウンであるニューヨークならではのイベントですが、今後はこうした形のご当地/地元コンサート・レジデンシーも他都市でも増えてくると思われます。

 その筆頭の一人が前述のブルース・スプリングスティーンでもありますが、ボスが既に昨年10月からブロードウェイのシアターにて、「スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ」という独り舞台のショーを続けていることはご存知の方も多いと思います。当初は約1ヵ月半ほどの公演予定であったのが、大人気でこの夏、更にはこの年末まで延期され、結果的に長期のコンサート・レジデンシーとなっています。

 ブロードウェイのミュージカルは、ある程度のロングランが前提となるため、ある意味でレジデンシー・パフォーマンスと言えますが、そうしたシアターにおけるロングラン・スタイルを踏襲して、大人気を博しているのがこのコンサート・レジデンシーとも言えます。

​ しかも、このショーは先日録画収録され、今年の年末、ボスのブロードウェイ・ショー最終公演日にNetflixで放映されることになっています。最近は映画産業もNetflixを始めとするオンライン・ストリーミング配信会社に押されており、今回も映画やケーブル・テレビ放映ではなくNetflixでの放映となった点も新しい動きであると言えます。

 ちなみ、ボスは来年2月から6月まで「Eストリート・バンド・オン・ブロードウェイ」として自分のバンドと共に“復帰”することになっています。ラスヴェガスに続いて、ニューヨークのブロードウェイのシアターも新たなコンサート・レジデンシーの拠点となっていく可能性は極めて高いと言えるでしょう。

【Shop in Azabu】「DUMBO DOUGHNUTS AND COFFEE 」

 

時代はインスタ映え・・・

 

SNSを中心に、とにかく近年「写真映え」というものがはやっていますね。

街のいたるところに「フォトジェ」や「インスタ映え」という言葉が見られます。

 

ということで!!

本日私も時代に乗って「映え」を経験すべく

ベリー可愛いお店を麻布十番でみつけたのでご紹介します。

 

「DUMBO DOUGHNUTS AND COFFEE 」

 

 

麻布十番の1番出口から徒歩1分。

店内はフォトジェニックなピンクとグレーの配色で、

可愛い…(震)

 

 

私は「マシュマロチョコレートラテ」というドーナツと

「アイスカフェラテ」を注文。

ホットにするとハートのラテアートをしてもらえるみたいです。

 

 

…ではなぜ私が「アイス」を選んだか…

それはただこの日が暑かったわけではなく…

「インスタ映え」の写真を撮る為…!!

 

 

 

カップの上にドーナツを乗せたこの写真こそ、インスタ映え…!!

か、可愛い…!!

 

それからそれからソレカラ!!

DUMBOは見た目だけでなく味もおいしい…!!

 

 

 

このドーナツ、ホームメイドにこだわってお店で丹念にこねあげられたDUMBO秘伝の生地は、表面はサクッと中はモチッと。

両手で持ちたくなるボリューミーな見た目とは裏腹に、少量ずつ揚げた出来立てのドーナツは、優しい甘みであっさりとしているのが特徴。

常時10種類以上の上品なグレーズソースによって彩られた、大人の味わいのリッチなNYCドーナツです。

もう響きさえ可愛い。可愛い。

 

コーヒーは、京都ARABICAから直接仕入れるオリジナルブレンドのコーヒー豆をはじめとしたコーヒー&エスプレッソメニューが豊富。

コーヒー豆の味をしっかりと感じられる、濃くて力強い味わいのコーヒー…!!

 

 

可愛くて美味しいなんて最&高じゃないですか…?

 

 

 

 

 

ドーナツを頬張りながらさっき撮った写真を見返していたら

隣でブラックコーヒーを飲むちょっと大人でお洒落な彼が

「ほら、これも可愛いよ」と見せてきたスマホ画面に

インスタ映えの写真を一生懸命撮る私が写っていて

「ちょっとー!いつ撮ったのー!」とか言いながらも

こっそり私の写真を撮っていた彼にボンババボンする

以上、甘いインスタ映え(妄想)デートは猛暑によってどろどろに溶けて消えたので

この日は一人で行きました。笑

 

が、一人でも入りやすくて店員さんも親切…!!

ドーナツはお持ち帰りもできますので(入れ物も可愛い…!!)

ぜひぜひ行ってみてくださいっっ!!

 

 

(片岡)

 

 

【DUMBO DOUGHNUTS AND COFFEE】

[住所]

東京都港区麻布十番2-17-6 1F

[TEL] 

03-6435-0176

[営業時間] 

9:00 – 19:00(年中無休)

[定休日]

年中無休

【MUSIC】鈴木真海子&雀斑freckles

初めまして。
約半年前に入社いたしました、ラジオ班の藤澤です。

私はふらっと出かけるのが好きで、
よく缶ビールを飲みながら海や川を眺めております。
本日は、私がそんな時によく聞いている音楽をご紹介したいと思います。

まずは、女性ラップデュオchelmicoのメンバー「鈴木真海子」さん!
chelmicoは、2014年にRachelとともに結成され、
先月8月8日にワーナーミュージック・ジャパンのレーベル
「unBORDE」からメジャーデビューを果たしました。
もちろん「chelmico」の音楽も好きなのですが、
今回オススメしたいのは、鈴木真海子さんのソロ作品です。

ほらもう、かわいい。MVには本人が出演しています。
この曲は、ソロep「deep green」に収録されており、
DJ・トラックメイカーのTOSHIKI HAYASHI(%C)さんがリミックスを手がけた一曲です。

「ずっと好きだったRIP SLYMEとレーベルメイトだ!!」と
Twitterで喜ぶ姿もかわいい22歳。
好きなものはラジオを聴くことととお笑い鑑賞らしいです。

いろんな人たちとコラボしていまして、
こちらは、星野源さんの「アイデア」にも参加しているトラックメイカーのSTUTS、
そしてTOKYO HEALTH CLUBのMC・SIKK-Oとコラボした一曲!

 

3人は以前からライブ会場で顔を合わせる機会が多く、
自然な流れで楽曲制作が始まったそうです!

湘南・江ノ島をデートしているMVなんですが、MVがアップされたのが去年の年末。
服装を見てみると、完全に冬。なのにタイトルは「summer situation」。
寒空の海辺で夏の日を回想するような…ノスタルジックな映像、曲ですね。
それがいいんですよねー。早く夏になって欲しいなと思わせてくれます。

と思ってるうちに今年も夏が終わりに近づいていますけどね。

この曲は「ALLSEASON EP.」に収録されており、
去年の12月に7インチレコードで数量限定で販売されました。
各配信サイトで展開されていますので、ぜひ。

あと先日8月24日に京都METROで行われた
「BIG ROMANTIC LIVE」シャムキャッツ×雀斑frecklesという
イベントに行ってきたのですが、
台湾のバンド・雀斑freckles(フレックルズ) がすごく良かったので
ご紹介させていただきます。

ボーカル・ギター・キーボード担当のbenben(林以樂)と、
ベース担当のウェイボー(偉博)、ボーカル・ギター担当のウェイアン(偉安)、
そしてドラム担当のツァイプー(菜圃)の4人組!
2005年に台湾の大きな音楽祭で審査員賞を受賞したのち、
ラジオのプロモーションだけで噂が噂を呼び、
当時のインディーズバンドとしては異例のセールスを記録。
にもかかわらず、2008年、バンドは突如解散を宣言することに…。

しかし、2014年。
再結成を発表し、2017年には10年ぶりとなるアルバムをリリース!
今、国内外で話題となっている台湾のシティポップバンドです!

日本語と英語と中国語を交えたMCで盛り上がりました!
「freckles」は、日本語にすると「そばかす」。
benbenさんがMCで照れながら「そばかす~~」と言っていてかわいかったです。

ライブは最高でして、お酒がすすみました。
案の定、鴨川沿いでくつろいでから帰りました。

みなさまもぜひ一度聴いてみてくださいませ。

(藤澤)

【After Word】土と風と火

9月ですね

9月はSeptember

September といえばEarth, Wind, and Fireの名曲ですね

なんですかこのビデオエフェクトは

たまりませんね

 

さて、サビで繰り返される「Ba de ya」という言葉の意味は何なのか、ずっと気になっていたので調べてみました。

 

諸説ありまして、アラブ首長国連邦のアルフジャイラという海岸線上の国にある、世界最古のモスク「バディアモスク」という説、伝説の魔法使いの託宣であるという説、メンバーの娘の名前であるという説などなど (*託宣=神が人にのり移ったり夢に現れたりして意思を告げること。)

伝説の魔法使いの託宣なんてブードゥー的な感じがしてワクワクじゃないですか

 

しかし最も有力な説は、「単なる衝動的なかけ声」というもの

 

えええええ意味とかなかったのぉ~!!!!!

気になってたのにぃ~!!!状態ですね

 

スキャットですね

ですよね

「Ba de ya」ですもんね

 

なんだか井上陽水の「少年時代」の ”風あざみ” がノリで出てきた言葉というのを知った時に似た気持ちですね。

 

Earth, Wind, and Fireのバンドリーダーであったモーリス・ホワイトは2016年に亡くなってしまいましたが、9月がやってくるたびに思い出す名曲を残してくれました。

偉大です

 

まだまだ残暑が続きますが、ディスコ気分で頑張って行きましょう!

(イマン)

【STEP INFO】西日本豪雨による災害のお見舞い

この度の西日本豪雨により被災された皆様ならびにそのご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

被災地の皆様のご無事と一日も早い復旧をお祈り申し上げます。

株式会社ステップ

【MUSIC】バレーボウイズ、京都界隈のあれこれ vol.2

ラジオ班杉本です。
暑い日々が過ごしますが、お元気でお過ごしでしょうか?

暑い盛りを迎えると共に、京都界隈のバンドからステキな音源が届きましたので、
ここで紹介させていただきたいと思います。
まずはこのメルマガで時々紹介させていただいております 
バレーボウイズ

ノスタルジックで歌謡ライクなメロディと歌のハーモニー、
哀愁を帯びたギターで青春の響きを“合唱”のスタイルで聴かせる、
京都精華大学の学園祭「木野祭」出演のために2015年に結成された男女混成グループ。
昨年「FUJI ROCK FESTIVAL 2017」ROOKIE A GO-GOに初出演し、
11月8日には1stアルバム「バレーボウイズ」をリリース。
以降、全国各地で精力的にライブ活動を行い、代表曲「卒業」は、
某コンビニエンスストアの店内放送でも流れ、
聴いたことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。

そんな「バレーボウイズ」、先日7月4日にNEWアルバム『なつやすみ’18 猛暑』を発表。
バレーボウイズのアンセムとなっている「アサヤケ」や先述の「卒業」、
独特のコーラスワークがひかる「フラッシュバック」を含む計8曲入り。
胸を打つメロディ、口ずさみたくなるフレーズ、
思わず踊りたくなるようなリズム、ニヤッとしてしまう「あの」感じ。
様々な要素がぎゅっと詰め込まれた1枚となっています。

今年の夏は様々なイベント・フェスに出演。
「なつやすみ’18 猛暑」リリースワンマンツアーも決定しています。
8月19日(日) 東京・下北沢Basement Bar
8月22日(水)大阪・心斎橋LIVE HOUSE Pangea
ぜひ今年の夏も「バレーボウイズ」にご注目ください。

続いてご紹介するのは「スーパーノア

2004年結成。京都を中心に活動開始。全国各地にてライブ活動を精力的に行い、
千原兄弟のコントライブ「ラブ」に楽曲が全面的に使用されるなど、
コアな音楽ファンから支持を得つつ…何と昨年初のフルアルバム『TIME』を発表。
何ともノンビリした気質のバンドですが、息長く良質の音楽を生み出し続けています。
前作『TIME』に収録の↓2曲…。


そんな「スーパーノア」、7月8日にmini album『素晴らしい時間』を発表しました。

中性的で柔らかいボーカルに、絡み合う独特のリフ、グッドメロディーの奥に
垣間見えるオルタナティヴかつアグレッシヴな気配。一音一音にワクワクします。
今作『素晴らしい時間』は、これまで彼らが培ってきた要素はそのままに、
さらに実験的で、ポジティヴな進化を遂げた革新的な1枚となっています。
リリースツアーも決定しています。

9月28日(金)大阪・心斎橋 Pangea
10月21日(日)名古屋・鶴舞 KDハポン
12月7日(金)東京・下北沢ERA

まだまだ他にも京都には胸躍る音楽が脈々と息づいています。
ぜひチェックしていただければ幸いです。

【Shop In Tanimachi】きたかぜとたいよう

こんにちは!今日は天満ではなくステップのTanimachi Studioがある
谷町四丁目付近のお店を紹介したいと思います!
お店の名前は「きたかぜとたいよう」というカレー屋さんです!
夏になるとスパイスのきいたカレーをよく食べたくなるんですよね~

 

外観はこのような感じ。
すごく可愛いですよね~!イソップ童話の「北風と太陽」の絵本の世界観のままです!

店内はカウンター席とテーブル席があり、ひとりでも気兼ねなく入れますよ♪
通常メニューから期間限定のメニューまであってどれがよいか迷うのですが……

こちらの合掛けにしました……!

天使のエビとオマール海老出汁のカレーとマトンコルマ夏野菜カレーです!
噛みそう!!!
注文のときは「コレとコレ」と指でさすのが精一杯でした。

辛いものが好きだけど、得意ではない私でも最後までおいしい!が止まらないカレーでした!
エビのうまみがたっぷりなカレーとココナッツの甘み?深み?野菜がたっぷり!な笑みがこぼれる2種でした~

トッピングのトマトも人参も、箸休めとして素晴らしい効果を発揮してくれます。

オクラのピクルスがとてもおいしくてこれだけでもたくさん食べたいくらいです!

期間限定で鯵と夏野菜の冷や汁カレーもあるそうで!
カレー?冷や汁?なんて気になるの……


次回はぜひこちらをいただきたいと思います!!

暑くて暑くて仕方のない夏ですが、せっかくの夏!!おいしいものを食べて、元気に楽しく乗り越えましょ~
アイス何個食べても許されますよ~

【住所】

大阪府大阪市中央区鎗屋町1-3-7 昭和ビル 1F

営業時間:11:00~15:00(短いので注意!!)
定休日:土曜日・日曜日

(ナカガワ)

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 August 2018

 ニューヨークも夏の真っ盛りで、各所の野外コンサートはどこも大変賑わっています。私は先日、ニューヨーク市郊外のジョーンズ・ビーチの野外シアターに、スラッシュ・メタルの帝王とも言えるバンド、スレイヤーのフェアウェル・ツアーのライヴに行ってきました。スレイヤーと言えば、1981年の結成以来、その過激な音楽スタイル、テーマ、歌詞、カヴァー・アート、ビデオなどが何度も批判に晒され、発売中止・公演中止だけでなく、裁判沙汰にもなってきましたし、特にアメリカではユダヤ系や保守系団体からの批判・反発は一際強く、「親が子供に最も聴いて欲しくないバンド」の一つとも言われてきました。

 そうしたこともあって、彼らのファンにはネオナチやKKKといった極右や、いわゆる暴走族やギャング組織といった連中が、“勘違いファン”となっているという側面もあります。そのため、今回のコンサートは警備も非常に厳戒で、アルコール飲料も会場脇の限定エリアのみで会場内には持ち込み厳禁という異例の形となりました。

 コンサートは、そんな“帝王”スレイヤーの最後のツアーの花道を飾るため、ラム・オブ・ゴッド、アンスラックス、テスタメント、ナパーム・デスの4バンドがオープニング・サポートを務めるという超豪華版になり、夕方5時から夜11時過ぎまでの6時間以上に渡るコンサートとなりました。さすがに長時間のヘッド・バンギングとモッシングで、翌日から数日間は体が思うように動きませんでしたが(苦笑)、彼等のほとんどが私と同世代ということもあって、その衰えることの無い過激なパフォーマンスに、ポジティヴなパワーをたくさんもらうことができました。

 スレイヤーは“悪魔信仰のバンド”などとも呼ばれてきましたが、リード・シンガー&ベースのトム・アラヤはカソリックのクリスチャンであり、大変な家族思いで、ツアーの合間で日が空くと帰宅する程の人です。しかも動物を愛し、自宅は牧場になっており、家ではカントリー音楽を聴いたり歌ったりしているというユニークな人物でもあります。

 ブラック・サバスに始まるメタル系や、過激なハードコア/パンク系バンドや音楽は常に世間やメディアからの批判の対象となってきましたが、実は歌詞をじっくり読むと、そこには個を束縛・弾圧するシステムや体制・社会・国家などに対するプロテストが溢れていますし、悪魔的な雰囲気や要素を一つのカンフル剤的な表現手段とした(もちろん、本当に悪魔信仰に根ざしたようなバンドもありますが…)アンチテーゼでもあると言えます。

 以前、ネオナチとの関連性について尋ねられたトム・アラヤは、「何で南米(チリ)出身の俺が白人至上主義のネオナチに成り得るんだよ!」と一笑に付していましたが、

表面的な表現に隠れた真のメッセージを感じ取らなければ、音楽の本質には辿り着けないことの一例であるとも言えます。 

 

トピック:アメリカを代表する“ミュージック・シティ”はどこ?

 

 数年前に、「アメリカで最も音楽的な町」というリストが出回ったことがありました。

そこで言う”音楽的”とは、町の全人口に対するミュージシャン/音楽アーティストの数の比率の高さで、音楽でもいわゆる音楽業界人は含まれまていませんでした。しかも、その町に“住んでいる”音楽アーティストの数ですので、音楽活動が盛んな場所とも必ずしもイコールではありません。

 そもそも、どこまでをミュージシャンや音楽アーティストと認識するのかという問題もありますし、アメリカの音楽シーンを理解する上で、それほど大きな意味を持つ調査結果ではないと言えましたが、それでも5000人以上の町を対象に計2000以上に渡るランキングを作成したのは大変な労力であったと言えますし、なるほどと思う部分もそれなりにはありました。

 まず、そのトップ15は以下の通りでした。

1.ビヴァリー・ヒルズ(カリフォルニア州)

2.サンフランシスコ(カリフォルニア州)

3.ナッシュヴィル(テネシー州)

4.ボストン(マサチューセッツ州)

5.アトランタ(ジョージア州)

6.シャーロッツヴィル(ヴァージニア州)

7.ワシントンDC

8.ミネアポリス(ミネソタ州)

9.ポートランド(オレゴン州)

10.バーリントン(ヴァーモント州)

11.ロサンゼルス(カリフォルニア州)

12.マッスル・ショールズ(アラバマ州)

13.シアトル(ワシントン州)

14.オースティン(テキサス州)

15.ブルーミントン(インディアナ州)

 一般的に音楽の盛んな町として知られる所もかなりある反面、あまり馴染みのない町もあるかと思いますが、例えばデイヴ・マシューズ・バンドが出てきたシャーロッツヴィルや、バーリントンやブルーミントンというのは大規模な大学都市ですので、バンド・シーンやミュージック・シーンも活発であるため、ミュージシャンの数も多いということのようです。

 一方で1位のビヴァリー・ヒルズは、明らかに音楽シーンではなく、住人としての音楽アーティストの数であることがよくわかりますが、南部のナッシュヴィルやアトランタやオースティン、中西部のミネアポリス、西部のサンフランシスコやシアトルなどは、これまで数多くの有名音楽アーティストや音楽ムーヴメントを生み出してきた町ですので、上位ランキングには説得力もあります。

 意外なところでは、マッスル・ショールズは60年代末から70年代にかけて数々の名盤が録音された歴史的なスタジオのあったところですが、今もこの地にはミュージシャンが多いということに少々驚いたりもします。

 意外と言えば、一般的に音楽の街とも言われるニューヨーク(38位)とシカゴ(79位)が、ベスト15にも入らないのも少々驚きかもしれません。ですが、前述のように、これはあくまでもミュージシャン人口の多さ・割合ですし、ニューヨークやシカゴは音楽やエンターテインメントに限らず、金融やその他様々なビジネスが盛んな大都市ですので、音楽しかもミュージシャン/音楽アーティストだけに限ると、その数や比率は実はそれほどでもないということがわかります。

 それでは、アメリカにおけるいわゆる一般的な音楽都市=ミュージック・シティと言えば、どのような都市になるでしょうか。

 この場合はやはり、ジャズが代表的なニューヨークやブルースが代表的なシカゴ(ブルース)がまず挙げられます。

 そして、前述のリストにある、カントリー音楽のメッカであるナッシュヴィル、豊かな音楽文化の歴史を持ち、特に近年はR&Bやヒップホップを中心に様々なミクスチャー音楽の拠点ともなっているアトランタ、“世界のライヴ音楽の首都”とも呼ばれ、ジャニス・ジョプリンやスティーヴィー・レイ・ヴォーンを生み出し、今や世界最大のエンタメ・イベントとなっているSXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)が開催されるオースティン、90年代のグランジ・シーンの拠点として知られるシアトル、60年代のヒッピー・ムーヴメントから70年代のベイ・エリア・サウンド、そしてスラッシュ系メタルなど多様な音楽性を誇ってきたサンフランシスコ、ニューヨークと並ぶ音楽産業の拠点であり、ロックからヒップホップまで多様な音楽を生み出し続けるロサンゼルス、プリンスの故郷であり、特にインディー・ロックとヒップホップが盛んであるミネアポリス、といったところが名を連ねることになります。

 更に、ジャズ発祥の地であるニューオーリンズ(ルイジアナ州。前述のリスト37位)、エルヴィス・プレスリーの故郷であり、ブルースやR&B音楽のメッカでもあるメンフィス(テネシー州。同リスト161位)、モータウン発祥の地であり、ゴスペルやR&Bからエミネムなどに代表されるヒップホップのメッカでもあるデトロイト(ミシガン州。同リスト54位)、ラテン・アメリカやカリビアン諸国の音楽の“港”であり、近年はいわゆるEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)のメッカとしてDJ天国とも言われるマイアミ(フロリダ州。同リスト26位)などが並ぶというのが妥当な線であると言えます。

 しかし、これらの都市もリアルタイム感と言いますか、現在進行形の音楽シーンやムーヴメントとは異なる部分も多々あり、いわゆる歴史的・観光名所的なミュージック・シティである所も多いと言えます。

 そうした中で、音楽ビジネスの規模的にトップに君臨するのは、ニューヨーカーの私としては残念ですが、ナッシュヴィルであると言わざるを得ません。実際にアメリカにおいてナッシュヴィルは、50年代頃から“ミュージック・シティ”という呼び名・愛称で呼ばれ、親しまれてもいます。

 音楽ビジネスや音楽制作活動の場としてニューヨークやロサンゼルスが全米でトップのミュージック・シティであったのは、80年代半ばくらいまででであったと言えます。それが衰退していった原因は、ご存知のように音楽テクノロジーの進化と、音楽スタイルの変化であると言えます。そのため、スタジオ・セッションが激減し、レコーディング・スタジオや音楽クラブ、コンサート・ホールなどが次々と消えていくことになりました。もちろん、その後も今日に至るまで、ニューヨークやロサンゼルスには今も巨大音楽ビジネスのヘッドクォーターや様々な音楽関連企業が存在していますが、70年代から80年代前半にかけての勢いは既に無いというのは事実です。

 ここで重要なポイントは、音楽ビジネスや音楽制作活動の場が“移った”わけではなく、“減った”ということです。

 代わって、音楽ビジネスや音楽制作活動の場として再び注目を集め、中心となっていったのが、音楽テクノロジーの進化にはそれほど熱心ではなく、音楽スタイルの変化にもそれほど左右されず、アメリカでは常に絶大な人気と豊かな歴史を誇るカントリー音楽とアメリカのクリスチャン・ミュージック(カントリー音楽は、その発祥から今に至るまで、アメリカのクリスチャン・ミュージックと密接に繋がる表裏一体の存在とも言えます)のメッカとして、昔からそのビジネス拠点となっていたナッシュビルでした。

 つまり簡単に言えば、ナッシュヴィルの音楽シーン自体はそれほど大きくは変わっておらず、他の都市が衰退していったわけです。もちろん、衰退していった他の都市からも、カントリー音楽とのコネクションを維持できる分野に関しては、次々とナッシュヴィルに移動・移転していったことも一つの事実ですが、やはり基盤・根幹となるカントリー音楽とアメリカのクリスチャン・ミュージックの巨大マーケットの力が、改めて注目され、再浮上していったと言えます。

 一つ印象的なのは、当時絶大な人気を誇っていたTOTOというロック・グループがありましたが、このバンド自体は元々はロサンゼルスの優れたスタジオ・ミュージシャン達の集まり(また、ロサンゼルスを拠点としていた著名な音楽家達の息子達)でもありました。TOTOのバンド結成は、自らの音楽を追求したい、という彼らの願いが第一ではありましたが、当時衰退しつつあるロサンゼルスのスタジオ・シーンも見据えていたことも事実と言われています。そうした中で、スタジオ・ワークを続けたいと希望していたこのバンドのベーシストがバンドを脱退してナッシュヴィルに移転した、というのも印象的な出来事でした。

 そのような訳で、ナッシュヴィルを全米最大のミュージック・シティと呼ぶことには、正直言って少々語弊があるのも確かです。何故ならそれは、白人層、または東海岸と西海岸を除いたアメリカ全域、または保守的なアメリカ人や共和党支持層において絶大な人気を誇るカントリー音楽とクリスチャン・ミュージックという分野が基本となっての全米最大と言えるからですが、それでも、そうした分野が基本となって最大になるということは、いかにこの分野がアメリカのコアとなっているかの証明でもあります。

 そうした中で最近、ナッシュヴィルだけがミュージック・シティではない、と反旗を翻す(?)記事が音楽業界においても注目されました。著者は音楽業界人でも音楽ライターでもなく、旅行をメインとするブロガーなのですが、旅行を専門分野としているだけに観光的視点も強いですが、それでもアメリカの“真のミュージック・シティ”を紹介すべく、中々コアでマニアックながらも鋭い視点を持った記事でしたので、最後に少々紹介したいと思います。

 まずは、以下がその記事において紹介された12のミュージック・シティとなります(ランキングではありませんので順位はありません)。

クラークスデイル(ミシシッピ州)

メイコン(ジョージア州)

マッスル・ショールズ(アラバマ州)

ジャクソンヴィル(フロリダ州)

シュレヴポート(ルイジアナ州)

リッチモンド(ヴァージニア州)

ザ・トライアングル(ノース・キャロライナ州)

クリーヴランド(オハイオ州)

ヘレナ(アーカンソー州)

オマハ(ネブラスカ州)

ブリストル(テネシー州)

ミネアポリス(ミネソタ州)

 マッスル・ショールズとミネアポリスは前述もしてますので、ここでは割愛しますが、

まず、クラークスデイルはブルースのグラウンド・ゼロ(爆心地・中心地)とも言われる所で、今もデルタ・ブルースの流れを受けつぐブルース・アーティスト達による、生きた(liveな)ブルース音楽を堪能できる町です。

 メイコンはアトランタに近い町ですが、リトル・リチャードやオーティス・レディング、そしてオールマン・ブラザースを始めとするサザン・ロックの故郷・拠点でもありました。歴史的要素・観光要素は強いですが、それでもこの地では地元ミュージシャン達を中心に様々なフェスティヴァルやライヴ・シーンが継続して生き続けています。

 ジャクソンヴィルは、70年代はサザン・ロックのもう一つのメッカでもあり、また、ジム・モリソンやトム・ペティなどが活動の拠点としていた地でもありますが、その後90年台のポップ・パンク・ブームの発信地の一つにもなるなど、今もユニークでクロスオーバーな音楽を発信し続けています。

 シュレヴポートは、ナッシュヴィルとは異なるもう一つのカントリー音楽の拠点で、40年代末から始まった有名なカントリー・ショーがあり、プレスリーやハンク・ウィリアムスなどを始め、大物カントリー・アーティストが次々と出演していました。そんな歴史もあって、今もこの町のバーやレストランでは常にカントリー音楽のライヴ演奏が繰り広げられています。

 リッチモンドは前述のシャーロッツヴィルの東隣の町ですが、シャーロッツヴィルよりもエッジの効いたエキセントリックなアーティストや音楽を生み出しているのが特色で、特に90年代以降、ラム・オブ・ゴッドやGWARなど、この地からパンクやメタル・シーンに登場したバンドの活躍ぶりは顕著であると言えます。今もこの町では各所のクラブやバーなどで全米制覇を目指すアーティストやバンド達が活動を続けています。

 ザ・トライアングルというのは一つの町の名前ではなく、チャペル・ヒル、ローリー、ダーラムというノース・キャロライナの代表的な3都市を組み合わせた総称です。このエリアはジェイムズ・テイラーの活動でも有名ですが、カントリー色の強いロック系が多いのが特色で、ジェイムズ・テイラー以降も様々なアーティストやバンドが登場し、今もその音楽シーンは活発です。

 クリーヴランドは以前にもご紹介しましたが、ロックンロール発祥の地と言われ、ロックンロールの殿堂ミュージアムもありますが、クラブやホールなどのパフォーマンス・スペースも充実していることから、単に歴史的な側面だけでなく、今も中西部最大の音楽拠点の一つとして、ロックやR&Bからクラシックに至るまで、様々な若い才能がしのぎを削っていると言えます。

 ヘレナは、もう一つのブルース音楽の宝庫とも呼べる町で、40年代初頭から始まった「キング・ビスケット・タイム」というラジオ番組にちなんだキング・ビスケット・ブルース・フェスティヴァルが毎年行われています。かつて、ビートルズがアメリカ・ツアーの合間にこの地を訪れてブルース音楽を堪能したことでも知られています。

 オマハに限らずネブラスカ州というのは音楽との関連が希薄に思えますが、実はフォーク系音楽に関しては30年代から脈々と息づいている文化があります。それを基盤にしつつ、様々なインディ・バンドが活発な活動を続けています。

 カントリー音楽と言えばナッシュヴィルと言われますが、実はこのブリストルこそがカントリー音楽発祥の地なのです。カントリー音楽の初レコーディングと言われる1927年のブリストル・セッションは今や伝説ですが、“発祥の地”に目を付けた資本や基金が次々とこの地に進出してミュージアムや音楽関連施設を建設し、常に多数のパフォーマンスが行われ、カントリー音楽のルーツから現在を味わうことができます。

 

 今回は少々駆け足でアメリカのミュージック・シティを紹介しましたが、アメリカはその土地だけでなく、その音楽シーンや音楽文化自体も“巨大”であることを感じて頂ければ幸いです。