【I love NY】「月刊紐育音楽通信 March 2021」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

          

 

 

 私には長年の友/コンパニオン(同伴者)である小犬がいます。彼は大の恐がり屋で怯えやすく、とても繊細というか非常に神経質で気難しく、他の人間はもちろん、他の犬にも決して馴染めないのが悩みの種です。

 それは彼が虐待されていた家庭から引き取られた犬であること、それが故に私が過保護に育てすぎたことが原因で、私自身も反省していますが、やはり犬にもそれぞれ持って生まれ、そして育った環境によって形成された個性・特性というものがあります。

 公園などを散歩していて、他の犬が親しげに近づいてきても吠えてしまいますので、ドッグランなどはもっての外ですし、常に人気(ひとけ)というか犬気?の無い場所を歩かねばなりません。ヴェテリナリー(獣医)でも待合室で他の犬と一緒に待つことができないので、いつも外で待たねばなりません。グルーミングも暴れて怪我をした経験があるので、いつも自分で彼のグルーミングをしています。

 アメリカでもニューヨークは特に犬を飼う人が多く、犬のオーナー達は犬同士を遊ばせ、オーナー同士もコミュニケートすることを好みますし、犬も人間同様、ソーシャル(社交的)であることが、良い犬の目安・評価になっていると言えます。

 ニューヨーク市でも犬は外ではリーシュ(リード)を付けることが義務づけられていますが、実際には公園内だけでなくストリートでもリーシュ無しの犬を良く見かけます。それは、その犬が“ソーシャル”で決して他人に危害を加えないということを証明(というか公言)しているわけですが、そんな犬が近づいてきたら私の友/コンパニオンはたちまちパニックしてしまいます。

 よって、世間から見れば私の友/コンパニオンは完全な落伍者(落伍犬)であり、私自身も犬をしつけられないダメな人間という烙印を押されがちです。

 そんな彼と私を心配し、友人の何人かは犬の矯正トレーニング・コースやセラピー施設・病院などを勧めますが、私はそれが正しい解決法だとは思っていません。

 「そもそも犬はソーシャルな動物なんだから」とも良く言われますが、私はそれも正しいとは思っていません。

 どんな犬にも唯一無二の個性・特性があり、それを“矯正”するというのは簡単なことではありませんし、果たしてそれがその犬にとって必要なことなのか、結果的に幸せにつながるのかは、非常に判断が難しいところです。

 これは人間でも同じ事です。自閉症やADHD、躁鬱気質や分裂気質、自律神経失調症(という病名は実はアメリカではほとんど使われることがありません)、果ては同性愛まで矯正するというセラピストやドクターがアメリカにはたくさんいます。

 しかし、先天的な問題や育った環境によってもたらさえるその人の性格・特質を、罪を犯した犯罪者を更生させるがごとく矯正しようという発想(先天的な問題すらも“罪”と解釈する人達もいますが)は正しいと言えるのでしょうか。

 それが他人に危害を加えることにならなくても、社会に適用できるべく矯正することは必要なのでしょうか。

 理想論かもしれませんが、“世間に歓迎されない”性格・性質を排除して矯正するのではなく、周囲がその“違い”を寛容に受け入れることが大切だと私は思っています。

 世の中は相変わらず人種差別や宗教差別、職業差別、そして最近はコロナ差別などもはびこり、“違い”を理解できない、受け入れられない人々が、“違い”を持つ人々を傷つけ続けています。

 そうした傷というのは、怪我や病気で受けた傷よりも何倍も重い、ということを傷つける人達は理解できないようです。

 私の友/コンパニオンである彼は、私と二人でいれば、外にいるときとは信じられないほど落ち着いて、物静かで、のんびりとくつろいでいます。そんな彼に「犬はもっとソーシャルな動物なんだよ」などと言うことは私にはできません。

 

 

 

トピック:暴かれるアメリカの音楽史~ビリー・ホリデイという存在

 

 またまた古い話から始まることをご勘弁下さい。それは私がまだ小学生の頃。当時私はモータウン、特にスープリームスとジャクソン5が大好きで、ダイアナ・ロスが憧れの女神であったのですが、そんな彼女が1970年にソロ活動をスタートさせて2年ほどが経ち、遂に映画デビューを果たすことになりました。何でもビリー・ホリデイという偉大なジャズ・シンガーの役を演じるというのです。

 当時、この「ビリー・ホリデイ物語」という映画は日本では公開されず、私は2枚組のサントラ盤を買って聞きましたが、これがジャズか…という程度で、ダイアナの魅力はあまり感じられませんでした。

 

  しかし、この映画はアメリカではヒットして大変話題になりました。そのサントラ盤は彼女にとって初の全米チャート・ナンバー・ワン・アルバムとなりましたし、受賞は逃しましたがアカデミー賞の主演女優賞にもノミネートされました。

 既にビリー・ホリデイの死から10年以上が経っていましたが、この映画とサントラ盤によって、ダイアナだけではなく、ビリー・ホリデイの人気も再燃したと言われています。

 

 そんなわけで、私はその映画を機にビリー・ホリデイ本人の歌にも接するようになりました。しかし、これも何度聴いても今ひとつ。気だるい、暗い、覇気が無い…。

 しかし、「奇妙な果実(Strange Fruit)」という奇妙な曲名が気になりました。

 

 70年代当時から、ビリー・ホリデイという存在の大きさは圧倒的であったと言えます。特にフランク・シナトラやジャニス・ジョップリン、バーバラ・ストライザンドなどがビリーを大絶賛し、また多大な影響を受けていたということは、ジャズに限らない幅広い音楽分野にまで彼女の存在を知らしめることになったと言えます。

 

 ビリーはエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンといった、ビリーよりも少し若いシンガー達と共にジャズ・ボーカルの頂点とも評されてきましたが、彼女の歌はあまりに独特ですし、音楽としてはジャズであっても、その存在感はあまりに強烈で、一つのジャンルなどには収まりきりません。

 

 10歳の時に強姦され、何度も養護・矯正施設に入れられ、売春で稼いでいた母親と共に売春容疑でも逮捕され、酒とドラッグ漬けの毎日となり、何人もの男達に利用され続け、同性愛にもひたり、ドラッグによって度々逮捕されては復帰し、最後は声も出ず、歌詞も覚えられず、酒とドラッグによる合併症で世を去る…という、あまりに悲惨で壮絶で波乱に満ちた人生を歩んだということは、これまでもよく知られています。

 

 そんなビリーの映像作品は、ドキュメンタリー作品を除くと、前述のダイアナ・ロスによる映画化と、2014年にオン・ブロードウェイに登場したミュージカル作品「Lady Day at Emerson’s Bar & Grill」というトニー賞受賞作品があります。

 どちらもそれぞれに見応えのある素晴らしい作品であったと言えますが、先日、新たな解釈と問題提起を試みた、センセーショナルなビリー・ホリデイの伝記映画が登場しました。

 タイトルは「The United States vs Billy Holiday」。アメリカ対ビリー・ホリデイという何とも物騒なタイトルですが、パンデミック故に劇場公開を断念し、去る2月26日からHuluで配信され始めました。

 

 ビリー・ホリデイのストーリーと言えば、扱われるテーマ/内容は、ドラッグに溺れ、葛藤・格闘するビリー・ホリデイというのが定石でもありましたし、実際にそれがこれまで世に出たビリー・ホリデイ・ストーリー全てに通じる骨子であるとも言えました。

 今回の新しい作品でもその点はしっかり扱われているのですが、それ以上にフォーカスされている最大のポイントは、前述の奇妙なタイトル、「奇妙な果実」なのです。

 

 この「奇妙な果実」という作品は、ニューヨーク在住の作詞・作曲家であったルイス・アレン(これはペン・ネームで、実はコミュニストであったユダヤ人)が当時新聞に掲載された黒人のリンチ死体の写真に衝撃を受けて作った曲とされています(今回の映画ではビリーが疑似体験または幻覚体験する形で、そのシーンが登場します)。

 歌詞を読めばおわかりになりますが、この「奇妙な果実」というのは木にぶら下がった、黒人のリンチ死体のことであり、それは人種差別に対する強烈なプロテスト・ソングというか告発曲であったわけです。

 ビリー・ホリデイは後になってこの曲を歌い始めたわけですが、その歌詞のインパクトとビリーの真に迫る歌唱によって、この曲はビリーにとって欠かせないレパートリーとなり、ビリーの代名詞のようにも扱われていきました。

 つまり、ビリーは人種差別に対する自身のステートメントまたは心の叫びとして、この曲を歌い続けたわけです。

 

 と、ここまではこれまでの世間一般の理解であり、これまでのビリーの伝記作品でも必ず取り扱われてきた事柄なわけです。

 しかし今回は、黒人のみならず白人のファンも多く持ち、強い影響力と大きな人気を有していたビリーがこの「奇妙な果実」というプロテスト・ソングを歌うことを阻止し、ビリーのドラッグ問題をネタや口実にして、ビリーの歌手生命をも破壊しようと工作したのがアメリカ政府(具体的にはFBI)であった、というのがこの映画が訴えた“告発”であると言えます。

 

 映画の中では、ビリーに近づく黒人のFBI偽装潜入捜査官(黒人)の上司として登場するのが、この告発と糾弾の矛先であるハリー・アンスリンガーというアメリカ財務省管轄である麻薬捜査・取締局のトップとして君臨した男です。

 アンスリンガーは5人の歴代大統領の下で麻薬捜査を率い、麻薬撲滅に生涯を捧げた功労者として、特に5人目となったケネディ大統領からは敬意と信頼を得たと言われています。

 しかし、彼は実は根っからの人種差別主義者で、麻薬捜査・取締の名の元に黒人に対する不当で悪質な弾圧を行っていた、というのが、黒人女性として初めてピューリッツァー賞のドラマ部門を受賞したスーザン=ロリ・パークスによる今回の脚本の基盤となっています。

 

 アメリカ司法省の捜査局は、ビリーが「奇妙な果実」を歌い始める数年前の1935年にFBI(アメリカ連邦捜査局)に改称されましたが、FBI初代長官のエドガー・フーヴァーは、司法省の捜査局時代から数えると、約48年間も国家捜査機関のトップに君臨していました。

 フーヴァーは特にFBI長官になって以降その権力を乱用し、公然と不正な捜査を強行していました。マフィアからは賄賂を受け、歴代大統領を脅迫するにまで至り、しかも悪質な人種差別主義者として有色人種を毛嫌いし、キング牧師やマルコムXの暗殺をも仕組んでいたという疑惑が、死後、様々な証言や書籍・映画などによっても明らかになっています。

 そのフーヴァーの下で麻薬捜査を率いていたアンスリンガーが、麻薬捜査の名の下にビリー・ホリデイを徹底的にマークし、弾圧し、死に追いやった、という解釈であるわけですから、これは最近のアメリカで特に問題視されているシステミック・レイシズム(組織的な差別)の最悪のパターンと言える国家レベルでの差別・弾圧を告発した映画でもあると言えるわけです。

 

 そんな衝撃的な内容の作品である「The United States vs Billy Holiday」ですが、脚本のパークスが書き上げ、ディレクターのリー・ダニエルズが描き出す世界を、リアリティ感たっぷりに表現・体現しているのが、今回ビリーを演じたアンドラ・デイの正に体当たりで鬼気迫る演技と歌であると言えます。

 彼女はスティーヴィー・ワンダーに認められたというエピソードもあって、シンガーとしては既に誰からもその実力を認めてられていると言えますが、今回の場合は、ビリー・ホリデイを彷彿させるどころか、ビリーそのものではないかと思わせるような歌いっぷりが感動を超えて驚愕であると言えます。

 声のトーンや、ヴィブラートやフレイジングなどといったテクニック的な面はもちろんのこと、ビリー・ホリデイの独壇場とも言えるジワジワと押し寄せてくる深い情感をも自分のものとしているのですから、思わず身震いするほどでもあります。

 しかも、ドラッグで身体が蝕まれて声も荒れていく様や、曲によって、またその日その時その場の状況によって変化する微妙な情感をも表現している点は見事と言うしかありません。

 

 この映画におけるアンドラの歌と演技は方々で絶賛の嵐を巻き起こしており、早速、映画公開の二日後に開催されたゴールデン・グローヴ賞では映画演技賞ドラマ部門において主演女優賞を獲得しましたし、4月25日に開催され、3月15日にはノミネーションが発表されるアカデミー賞においても、既に主演女優賞の呼び声が高くなっています。

 

 先日、オプラ・ウィンフリーによるインタビュー映像も観ましたが、オプラはアンドラもいる前で、ディレクターのリー・ダニエルズに対してジョーク交じりで「アンドラは本当にヘロインやってないの?」と尋ねて一同は爆笑していました。

 それほど、アンドラの演技はヤバすぎるほどに迫真と言えますし、何でも麻薬中毒者の映像を見たり、経験談を聞いたり、果ては注射の際の腕の縛り方なども学んだということです。更に、普通だったら絶対に断るヌード・シーンにもスタッフや出演者全てを信頼して取り組んだというのですから、彼女のド根性は実に見上げたものであると言えます。

 

 そんな見所一杯の「The United States vs Billy Holiday」ですが、この作品によって、いよいよ音楽界においても、人種偏見・差別によって偽られ、でっち上げられた歴史や隠された事実が明るみに出る動きが活発になってくると思われます。

 その衝撃はあまりに大きいと予想されますし、今後様々な歪みや問題も引き起こすと思われます。しかし、その対価を支払ってもまだ余りあるほど、有色人種、特に黒人達はこのアメリカの音楽界においても搾取され、弾圧され、都合の良いように扱われてきたわけです。

 私自身は暴露本には一切興味がありませんが、例えばこんな私でも25年以上アメリカの音楽ビジネスに身を置いてきた中で、信じられないような秘話や醜聞は山ほど聞いています。

 そういった話を暴露し、単に金や地位名声のために利用するということはあまりに醜悪ですが、その中には“知らされなければならない事実”というものも数多くあると言えます。

 今回の映画で行われた告発は、間違いなくその一つであると思いますし、音楽界、そして世の中全体のポイジティヴなリアクションにも期待していきたいと思います。

【STEP INFO】チョコレート

まだまだ寒い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか~。

 

2月の楽しみといえば、バレンタインのチョコレート。

「本命チョコ」「友チョコ」等いろいろあるようですが・・・

わたしはここ数年、「自分チョコ」を楽しみにしています!!

自分へのご褒美に、普段食べないような高価なチョコレートを購入♪

ここ最近では一粒400円~600円くらいが相場です!!なんだかキラキラして見える・・・

チョコレートがショウケースいっぱいに並ぶのを見るだけでも幸せを感じます。

今年はデパートの混雑を避け、通販で購入しようと思います!

また、チョコレートに含まれるカカオポリフェノールには強い抗酸化力で酸化を抑える効果があると関心が高まっております。摂取による、血圧低下・動脈硬化予防・アレルギーの改善等の健康効果も話題です。

年に一度のイベントですから、普段よりちょっと敷居の高い高価なチョコレートを味わってみてはいかがでしょうか~。

 

それでは、2月のメルマガスタートです!

(いいだ)

【Shop in Tenma】つくもうどん 天神橋店

今月は大阪天満からShop in Temmaをお送りします!
さて、今日ご紹介するお店は地下鉄扇町駅4番出口より
歩いて徒歩3分の所に店を構える「つくもうどん 天神橋店」さんです!
天神橋筋商店街の4丁目交差点から6丁目方面へ歩くとすぐに外観が見えてきます。

STEP社員も御用達のお店です。
特にランチ帯を逃したスタッフへの駈け込み寺になっているという情報も…。
さて、早速メニューのご紹介へ行きましょう。


・鶏卵カレーうどん690円
・釜玉うどん350円
・肉玉うどん620円
・とり天うどん460円 等々
なんといってもこの安さ!!メニューによってはワンコインで食べれます。

そんな豊富なメニューの中から今回私が注文したのはコチラ↓↓


とり天鶏卵カレーうどん 白ご飯セット 900円

どうでしょう!!この迫力・ボリューム!!
鶏卵カレーうどんの上に大きなとり天がなんと、1個2個3個も乗っております!!
その隣には白くそびえ立つ山…。そう!!白ご飯!!
カレーうどんからのカレーライス??そんなのいいんですか??いや、いいんです!!
うどんを食べ終わった後は、カレーライスにしていいんです!!
というより、したくなります!!(これめちゃくちゃお腹いっぱいになります…)

せっかくおもいっきりズルズルッと食べたいのに白いワイシャツ・Tシャツで挑戦すると、
カレーうどんの返り討ちに合い、大事なお洋服に黄色いシミが…。
そんな方にも大丈夫!前掛けも用意してくださるのでズルズルッと行っちゃって下さい!!

弊社天満スタジオからも近くなのでMA作業の前に
ちょっと小腹を満たしたいなぁという方にもオススメです!

「つくもうどん天神橋店」

【住所】大阪市北区天神橋4-7-31
【営業時間】11:00~21:00(L.O.20:30)
【定休日】不定休
※新型コロナウイルス感染拡大により、営業時間・定休日が異なる場合が御座います。
事前に店舗にご確認くださいませ。

(稲垣)

 

 

 

【MUSIC】Ivy to Fraudulent Game

約半年前に入社しました、メディアコミュニケーション部の池田です。

たしかダウンタウンの松本人志さんだったと思いますが、
美容室で聞かれる「休みの日は何して過ごしていますか?」という質問がこまる、
と仰っていたのをふと思いだしました。
こまる理由は、「休みによって違うから」。

わたしも松本さんと同意見で、たしかに会話のキッカケを作ろうと
非常にありがたいことですが、ついつい「えーーっと・・・」と考え込んでしまう。
美容師さんも「まじめに考えられても、ちょっと聞いただけやのに」
と、こまってしまう。
お互い悪気がなく、気遣いあってのことなのに
そこで会話が止まるのはもったいないですよね。

だから、わたしはすぐに答えられないときは
「ちなみに〇〇さんはインドア派ですか?アウトドア派ですか?」と
聞くようにしています。

余談はさておき・・私が今回オススメしたい音楽について。

今回紹介するのは2010年から活動している4人組ロックバンド
「Ivy to Fraudulent Game」(略称はIvy)。
「アイヴィー トゥー フロウジュレント ゲーム」と読みます。

これは「水泡」という曲ですが、この曲に代表されるように
Ivy to Fraudulent Gameは日本語歌詞がメインです。

絶望や不安と向かい合う世界観が魅力的だな~と個人的には思っています。

「不安」とダイレクトに訴えるのではなく
Ivy to Fraudulent は口語より少し堅い言葉で歌い上げています。

飼い慣らせこの不安をこの歌で
飼い虚栄に手を噛まれたって
掻き鳴らせ音楽をこの不安で
掻き消してしまえよ罵声も怒号も

この「革命」という曲でも不安が歌われていますが、
決して不安を「超えていけ」と言わずに
「飼い慣らす」と歌っています。

これほど先の見えない時代だから、どんな歌を聴いても不安は拭えないし。
すぐそこに不安はありますよね。
そんな誰もが感じる感情を、文章としても成立する日本語で拾い、
綺麗な声で歌いあげる寺口さんの歌声も、
曲に彩りを添える楽器隊も、全部が全部大切にしたい音で、
出会えてよかったと思っているバンドです!
ぜひ出会ってください!

(池田)

【I love NY】「月刊紐育音楽通信 February 2021」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

          

 

 アメリカはどこも居酒屋ブーム、などと言うと大袈裟かもしれませんが、「Izakaya」

は既に英語化し、アメリカ人の食習慣には全く馴染まなかった“一品を複数の人間で小皿に分け合う”という行為も抵抗感が無くなるどころかトレンドのように解釈され、果ては食事の最後はラーメンや蕎麦で“しめる”という若者が増えている有様となれば、これは決して誇張ではないと思います。

 そもそもアメリカにおいて「居酒屋文化」というものは日本人駐在員や移住者などの間で存在していた程度のもので、若い世代の日系人達になると既に異文化と理解されていたと言えます。

 それが主に中国系を中心としたアジア系人口の増加と、それに伴うアジア文化への注目度が増す中で 居酒屋も認知されるようになってきたという説もありますが、例えばマンハッタンやブルックリンの「Izakaya」が多くの白人の若者達で溢れていることは、やはりアメリカ自体の食文化に変動が起きている証拠であると感じます。

 コロナとトランプのせいでアジア系に対する偏見・差別は助長され、アジア系に対する憎悪犯罪はかつてないほどに増加していますが、それでも食文化に関するアジア志向(そして嗜好)は止まるどころか伸び続けていると言えます。

 「Izakaya」でのドリンクの一番人気はやはり日本酒です。今の日本では日本酒よりも人気が高いと言われる焼酎は、アメリカではスピリッツ系に属するわけですが、アメリカはこのスピリッツ系が非常に豊富で、クオリティの高さはもちろんのこと、皆それぞれにこだわりをもっているので、アメリカにおける焼酎人気は思ったほど上がっていません。

 それに対して日本酒は、かつてrice wineなどとも呼ばれていたこともあり、ワイン好きの人にファンが 非常に多いことでも知られていますが、かつては「サキ」と発音されていたのが、最近はきちんと「サケ」と発音されるようにもなっています。

 しかも最近は精米歩合の%を驚異的に下げたものやスパークリング系など、これまでの日本酒のイメージを打ち破る銘柄が次々と登場してきていることも後押しとなり、アメリカ人の日本酒人口は増える一方です。

 また、アメリカ人には生酒・生原酒が好きな人が多いのも特徴です。私達日本人にとっては、少々アルコール度が高くて強めに感じることもある生酒・生原酒ですが、アルコール分解力の高い多くのアメリカ人にとっては、その芳醇な味わいがたまらないようです。

 音楽業界においても、老若男女問わず日本酒好きの人に出会うことは非常に多いと言えますが、一般的に最もよく知られているのは、ラスヴェガスのレジデンシーDJとして、世界で最も稼ぎ、最もソーシャル・ネットワークのフォロワーが多いDJと言われるスティーヴ・アオキと、フー・ファイターズのデイヴ・グロールかもしれません。何しろ彼等は有名な日本酒酒造と提携して自分のブランドの日本酒まで発売しているのですから、その愛好ぶりは半端ではありません。

 スティーヴ・アオキは日系人で、日本食レストランの巨大チェーン「ベニハナ」の故ロッキー青木の息子ですから、日本酒好きで自分のブランドを持っても驚くことはありませんが、デイヴ・グロールは、上記の精米歩合の%を徹底的に下げた斬新な日本酒で知られる人気・話題の酒造とのコラボまで実現したのですから、これはちょっとしたニュースであると言えます。

 但しこのフー・ファイターズ印の特別日本酒、日本発売のみでアメリカでは発売せずということですので、アメリカの日本酒ファンにとっては非常に残念なところです。

 

トピック:音楽の持つパワーを再認識させてくれた大統領就任式

 

 「世直し」はまだ始まったばかりですし、社会も経済も政治も「修復」にはまだまだ程遠い状況ですが、それでも大統領就任式が無事済んだことには、安堵の言葉しかありません。

 なにしろ、それまでの緊張状態は半端なものではありませんでした。

 特にブルー・ステートと呼ばれる民主党基盤の州や市、エリアに暮らす人達が抱いた(過去形ではなく、まだ現在進行形と言えますが)恐怖心を同様に感じることは、同じアメリカ人でも難しいかもしれません。

 それほど1月6日の米議会議事堂襲撃という国内テロ事件は衝撃的でしたし、比較すべきではありませんが、2001年9月11日の同時多発テロに匹敵する戦慄を覚えたといっても過言では無いと思います。

 しかも、これは始まりであり、約2週間後の大統領就任式までに次なる暴動・襲撃・テロがいくつも控えているとの情報が流れ、また当局からも注意警戒勧告が出たわけですから、特に反トランプでバイデン新大統領を歓迎する市民が抱いた心配・恐怖は計り知れなかった(これもまだ現在進行形)と 言えます。

 

 前述したように、まだ先のことはわかりません。期待や希望はあっても全く楽観視できませんが、それでも音楽界が社会に対して再び元気にポジティヴに反応し始めたことは、やはり明るいニュースと言えるでしょう。

 しかもこれからのアメリカは、やはり女性が益々主役となって世の中を動かしていくことは間違いないと感じます。

 それはカマラ・ハリスという副大統領が誕生したという事実だけでなく、今回の就任式全体を覆う、ポジティヴで力強いムードとヴァイブを動かしていたのが、全て女性であったとも言えるからです。

 

 今回の就任式で、ハリス副大統領以上に輝いていた女性は、バイデン大統領夫人で         ファースト・レディ となったドクター・ジル・バイデン、国歌斉唱のパフォーマンスを行ったレディ・ガガとジェニファー・ロペス、そして大統領宣誓の後に詩を朗読したアマンダ・ゴーマンの4人と言えます。

 ドクター・ジル・バイデンは主役の一人でもあるので別格として、音楽以外の面から先に触れておくと、弱冠22歳の詩人、アマンダ・ゴーマンの存在感と視の内容と朗読のパフォーマンスは、あまりにも圧巻で鳥肌ものと言えました。

 その詩の内容と起用された経緯(ドクター・ジル・バイデンの推薦)などは様々なニュースで報道されていますのでここでは取り上げませんが、その朗読パフォーマンスには、正直言ってバイデン新大統領のみならず、歴代大統領の演説パフォーマンスを凌ぐほどの説得力とインパクトがありました。

 とは言え彼女は詩人ですし、希望と未来を謳い上げる主旨・内容は同じでも、その求心力や、人心を捉える語法・話術、そして醸し出されるオーラというものは、政治家よりもローマ法王やダライラマ、キング牧師といった宗教関係者に近いという印象も受けます。

 とにもかくにもこのアマンダ・ゴーマンの名前を私達はしっかりと記憶すべきでしょう。       なぜなら15年後に彼女がアメリカの大統領となる可能性(本人も既に出馬を示唆)は、         もはや冗談や誇張というレベルではなくなってきているからです。

 

 さて、本題の就任式における音楽パフォーマンスですが、ガガとジェイローのパフォーマンスは、オバマの時のアレサ・フランクリンの魂を揺さぶる感動や、ビヨンセのカリスマ性とは異なりましたが、この時代・この状況に相応しい感動的なものでした。

 まず、ガガは基本的に力強い熱唱が売りでもあるわけですが、そんな彼女の歌唱の力強さは、悪夢の後の門出に相応しく、未来をポジティヴに捉え、気持ち高揚させるのにピッタリであったと言えます。

 アメリカ人アーティストは国歌も自分流に歌い回すことが多いですが、ガガもいかにも彼女らしいフレージング(歌い回し)を連発し、その存在感もしっかりと誇示していました。

 

 一方のジェイローですが、実は私自身は彼女のパフォーマンスの方が感慨深く、胸を熱くするものを 感じました。

 彼女が歌ったのは国歌ではなくいわゆる愛国歌という範疇に入りますし、メドレー形式で歌った最初の歌は、小さな子供が最初に覚えるような素朴な曲で、2曲目はポピュラー曲に近いような親しみを持った曲で、どちらも国歌のような仰々しさはありません。   

 ですが、メッセージ性という点においては、メドレーで歌ったこの2曲の歌詞は国歌以上の意味合いを 持っており、それらを声を張り上げるような熱唱でもなく、派手なパフォーマンスもなく、短い時間の中で巧みに組み合わせてじっくりと歌い上げ、しかも曲間にはアメリカ国旗に忠誠を誓う一節をスペイン語で挟み込むという、入念に仕上げられた構成が感動を生み出していました。

 

 もう1人、今回の就任式では大人気カントリー・シンガーのガース・ブルックスが、新大統領の演説の 後に「アメイジング・グレイス」を披露しましたが、やはり上記二人のパフォーマンスの影に隠れてしまった感もありました。

 ですが、このブルックスの登場・存在というのは、実は今回の就任式では非常に大きな意味合いがあったと言えます。

 それは、アメリカ音楽の真髄の一つとして白人層を中心に絶大な人気を誇るカントリー音楽界からの 出演であり、またその中でも絶大な人気を誇るブルックスであり、しかも彼は長年に渡る共和党支持者であるということで、彼は今回の就任式の中で、ある意味音楽や文化を超えた役割を担っていたわけです。

 その意味でも、彼の存在と歌唱は静かな感動を呼び起こし、アメリカ人としてのアイデンティティを呼び覚ますことにも一役買ったと言えます。

 

 そうした久々に見応え聴き応えのある大統領就任式の後の夜には、新大統領の下に新たなスタートを切るアメリカを祝う特別番組「Celebrating America」が放映され、多数の音楽アーティスト達が出演して素晴らしいパフォーマンスを披露しました。

 この特別番組のタイトルは「celebrating」つまり祝うことになりますが、厳密には単なるお祝いではなく、今回のウイルスによって命を失った40万以上(現時点では既に46万人以上)のアメリカ人を追悼し、パンデミックの始まりから今に至るまで休むことなく働き続けている医療・教育他様々な分野におけるエッセンシャル・ワーカー達を称え、感謝するという主旨・目的を強く打ち出していました。

 

 そうした人々を「ヒーロー」と呼ぶことは、いかにもアメリカ的な発想ではあると言えますが、実際にこのパンデミック状況の中で、自らを犠牲にして、私達をウイルスから守ってケアしてくれる医療従事者、食に困っている人々を助けるフード・パントリー(食料配給所)で働く人々やそれらの食を 生産・供給する人々、この危機的状況の中で子供達の教育を維持すべく働き続ける教師を始めとする  教育従事者、食料品や生活日用品など私達に必要な生活物資を日夜運び続けてくれる搬送業務者達は、 他の誰よりも(少なくとも政治家の何百倍も)私達を救ってくれているヒーロー(「英雄」というよりも「勇敢な偉人」という意味合いが強い)であるわけですから、今回の番組作りは多くのアメリカ人に  とっては「お祝い」よりも「感謝」と「励まし」であったと言えます。

 

 番組自体はトム・ハンクスをメイン・ホストとしつつ、カリーム・アブドゥル=ジャバー、エヴァ・ロンゴリア、ケリー・ワシントン、リン=マニュエル・ミランダといった様々な分野の有名人達が登場して語り、間にこの厳しい状況に打ち勝つべく取り組み続ける人々を映し出すという手法は非常に好感が持て、また勇気を与えられるものでもありました。

 よって、ブルース・スプリングスティーン、ジョン・ボン・ジョビ、ジョン・レジェンド、ティム・マッグロウ、ヨーヨー・マ、ルイス・フォンジ、ヨランダ・アダムス、ケイティ・ペリー、デミ・ロヴァート、ジャスティン・ティンバーブレイク、フー・ファイターズといった様々なジャンルの錚々たる豪華アーティスト達による音楽パフォーマンスはこの番組の「主役」ではなく、その主旨・目的を支え、ブーストし、人々の萎え落ちた気持ちに対して、時に優しく寄り添い、時に力強く励ますという形になっており、これこそ音楽のあるべき姿であるとも感じられました。

 

 それぞれのパフォーマンスは、それぞれの思いが溢れ、どれも非常に印象的なものでしたが、私自身はそうした中でも、ゴスペル界の大スターであるヨランダ・アダムスと、ロックが失いつつある プリミティヴなパワーを毎度炸裂させてくれるフー・ファイターズのパフォーマンスが深い余韻と感動を与えてくれたと言えます。

 今回の出演アーティスト達のパフォーマンスには様々な感情が満ちあふれていましたが、      レナード・コーエンの名曲をアカペラで歌い上げたヨランダの感情は、失われた命に対する悲しみ・嘆き(grief)と慰めでした。この鎮魂歌に涙が止まらなかった人は私だけではないと思います。

 一方のフー・ファイターズは、2003年リリースという比較的古い曲「Times Like These」を披露しましたが、曲を始める前のデイヴ・グロールの語りがこれまた印象的でした。

 最近ネットで話題になっている若き幼稚園教師からの紹介で登場した彼は、この教師と、やはり教師であるドクター・ジル・バイデンを引き合いに出しながら、35年間公立学校の教師を務めた彼自身の母親の思い出について語り、教育の大切さと教育者達に力強いエールを送り、その思いを歌詞に乗せて激しくロックしました。

「​キミ​が再び愛する​という​ことを学ぶのはこ​ういう​時​なんだよ​​​」

 

 音楽が再びパワーを持って帰ってきた。

そんな思いを強くした今回の大統領就任式でした。

【STEP INFO】冬ごもり

新型コロナウィルス感染拡大による非常事態宣言が発出され
テレワークで巣ごもりになりがちな今日この頃。
寒い冬が明けるのを待ち望んでいます。

桜の咲く季節には、新型コロナウィルスも収まって、久しぶり!なんて
お会いできる事を夢見ています。

個人的に言うと目黒川、都立大学の呑川緑道など桜のスポットがたくさんありますので
久しぶりにのんびり歩いてみたいなーなんて。
しばらくは我慢が続きますが、気持ちだけは前を向いて行きましょ!

さて、弊社独自のリモートMAのシステムが大変好評を得ております。
東京・大阪どこでもシステムを確立しておりますので、
まだご使用になられていない方は、お気軽に各スタッフまでお声がけ下さい!

それでは今月のメルマガスタートです!

(柏原)

【MUSIC】PEOPLE 1

おはようございます。
メディアコミュニケーション部の佐々木です。

芸能業界や音楽業界では、その日初めて会う人とは時間帯に関係なく
「おはようございます。」と挨拶するのが、一般的なのですが、
なぜ、「おはようございます。」なのか、
「こんにちは」「こんばんは」は使わないのか。
気になったので調べてみると
・唯一敬語で言える挨拶だから
・1日のどんな時間帯でも「おはようございます」という挨拶を使う歌舞伎界から。
・業界の人は深夜の仕事もあり時間が不定期なため、夜でも寝起きの人が多いので
「おはようございます」になった。
・始まるその時間からが一日のスタートだと考え「おはようございます」となった。
などいろいろな説があり、挨拶が時間帯に関係なく「おはようございます」になったのか
そのルーツはよくわかっていないそうです。

僕が、今回紹介したいバンドもルーツが不明、謎多きバンドです。
バンド名は「PEOPLE 1」(ピープルワン)。

2019年末に突如現れ、SNSを中心に話題を呼び、
発表している5本のミュージックビデオが
総再生回数400万回(12月20日現在)を超え、注目を浴びているバンド。

僕は、このバンドをたまたまYouTubeで知って、
気になって調べてみると本当に情報が全くない。
ホームページも無く、わかっているのは
Vocal,Guitar, Bass, Other「Deu」、Vocal,Guitar,「Ito」、Drums 「Takeuchi」の
3ピースバンドということだけ。


メンバーの詳細やライブ経歴も不明。
「Deu」さんはギターもベースもという事になるのですが、
ライブではどのよう演奏するのか。
これからのライブでの体制も気になるところです。

そんな彼らのMVを少し載せておきます。

再生回数が1番多い”常夜燈”
(このMVを見るときは、スマホで見ることをオススメします。)

次は僕が彼らに出会ったMVであり、一番好きな曲”フロップニク”


“BUTTER COOKIES”

それぞれが全く違うアプローチの曲で、中毒性がある。
次にどんな曲を出すのかわからない
そんなわくわく感も与えてくれる
僕的に、これから大注目のバンドです。

PEOPLE 1
Twitter → https://twitter.com/PPP_PEOPLE1
Instagram → https://www.instagram.com/ppppeople1/
YouTubeチャンネル ↓
https://www.youtube.com/channel/UCLDLOuvdOfw6X2pLs1xSL0g

 

(佐々木)

【Shop in Azabu】お弁当 ぎん香

新年早々緊急事態宣言が発令された東京では
夜だけでなく、ランチにもなかなか出かけられない状況にあります。

ここで皆様にご紹介したいのが……

「お弁当 ぎん香(か)」です。



 

一番人気の「鯖・壺焼き鳥弁当」 1100円 

 

魚好きの私が一番おすすめするのはこちらの「鮭・さば弁当」1100円

 

「銀ダラ・豚みそ焼き弁当 」お値段なんと2600円!

 

まだ他にも沢山の種類の組み合わせがあります!

決して安価ではありませんが、
釜で焚いているごはんは、冷めても絶品。
付け合わせの煮物やお野菜(なぜかこのブロッコリーが大変美味しい)にも
是非感動してください!

麻布十番駅から300m、近郊であれば3000円以上の注文で配達可能。
デリバリーでは「くるめし」をはじめ、ファインダイン、お弁当デリ、Uber Eatsでも注文できます。

大勢での外食を控えたい今、
お弁当宅配サービスを利用してみてはいかがでしょうか?

 

店名:「お弁当 ぎん香」住所:東京都港区麻布十番3-3-7 1F
電話:03-6453-7885
営業時間:【月〜日】9:30~15:00、16:30~21:00

(山中)

【I love NY】月刊紐育音楽通信 January 2021

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

               

一般的な物言いやカテゴライズというのは好みませんが、それでもアメリカ人というのは我慢強いなあと思うことが多々あります。「我慢」「辛抱」というのはある意味日本人に顕著な特質や美徳?の一つのようにも感じていましたし、アメリカ人が我慢強いということを意外に思う日本人も多いでしょう。しかし、”Be patient”という言葉は日常においてよく使われますし、我慢強く待ち続けるアメリカ人の姿というのは、日常のあちこちで見かけられます。

 しかし、アメリカ人と日本人とでは、我慢の意味合いや我慢しなければならない、または我慢すべき状況というものが異なることは確かだと思います。

 アメリカ人またはアメリカ社会における「我慢」とは、半ば「諦め」にも近い意味合いがあり、自分ではどうすることもできない状況(所謂、不可抗力)においてが中心と言うこともできます。

 例えば、空港で天候によるフライトの遅れに対して怒り、航空会社の従業員に当たり散らしている日本人を時折見かけますが、アメリカ人の場合はほとんどこういった態度や発想というのは見られませんし、そういった態度は逆にその人自身の人格を貶めることにもなります。

 そしてここでもう一つ重要なのは“God is at work”または“God is working”という、ある種宗教的基盤に支えられた、信頼に転じるような諦めです。つまり、自分ではどうにもならないことは“神の御手に委ねられている”わけで、そうした場合は“全てを任せて待つ(天命を待つ)”という発想になります。

 しかし、これが自分の「権利」という部分に関わってきますと、アメリカ人は決して我慢しませんし、自分に与えられている権利が阻止・阻害されると、これはもう手が付けられないくらい抵抗・反抗します。そもそも「人様」「お他人様」「お客様」といった階級社会の遺産のような自己謙遜、いわんや自己卑下的な発想の全く無いアメリカ人には、どんな問題が起きても、それは自分の責任において回避・解決すべきと考える人が多いので、その部分を他者からとやかく言われたり強制または否定されると、日本人には想像を絶する抵抗に会うことがよくあります。

 今のアメリカのコロナ状況、日本人には想像も理解もできないマスク着用や対人距離確保の義務、そして家族・友人などの集いや教会などでの集会の禁止といった規制・禁止に対する激しい抵抗は、正にそうした表れであると言えます。

 私自身は今回のパンデミック以降、教会や各種集会、コンサートなどでの集まりはもちろんのこと、家族の集まりも全て我慢しています。独立している子供達とは、サンクスギヴィングもクリスマスも正月も、全てZOOMで行い、間近では一切接触していませんし、外出は犬の散歩と最低限必要な食材・日用品の買い物のみです。

 それは自分が感染したくないというよりも、自分が感染源になってはいけないし、これ以上感染を広げてはいけない、という意識の表れですし、アメリカ人にも同様な考えを持って生活を続けている人達はたくさんいますが(特にニューヨークでは)、それでもパンデミック以降の自分の生活ぶりを改めて見つめてみると、一般的なアメリカ人との意識の差は歴然で、自分は「つくづく日本人だな」とも感じてしまいます。

 アメリカのコロナ状況と対応に関しては様々な意見や分析があると思いますが、少なくともアメリカでは規制・禁止が完全に裏目に出てしまっていることは間違いありませんし、ここでも政治・社会両面での対立は深まるばかりです。

「折衷」「妥協」といった、これまたアメリカ人には理解しにくいアイディアにこそ解決の糸口があるように思うのですが、白か黒かの二元論に陥りがちなアメリカ人そしてアメリカという国自体の膠着状態は、依然改善の兆しが見られません。

 

 

 

トピック:KISSの“激烈”2020年サヨナラ・ショーが語るもの

 

 予想はしていても、やはりこれだけ音楽イベントのないクリスマス~年末シーズンというのは改めて事の重大さを物語っており、経済的にも、そして精神的にも益々大きな打撃となっています。

 言うまでも無く、ミュージシャンを始め、音楽業界全体にとってこのクリスマス~年末のシーズンというのは最大の稼ぎ時であり、最も人と金が動く時期でもあります。

 正月特に元旦というものを祝う習慣の無いアメリカにおいては、クリスマスに続く年末、特に大晦日であるニュー・イヤーズ・イヴが新年に対するお祝い気分のピークとなり、最大のイベント日となります。

 新たな年を迎えてから「明けましておめでとう」と祝う日本に対して、アメリカでは年末の時点から「Happy New Year」と言って新たな年の幸福を祈願するのは興味深い対比であるとも言えますが、とにかくニュー・イヤーズ・イヴは“みんなで集まって騒いでパーティ”というのが、この国のお決まりパターンであり、エンタメ系特に音楽業界のビジネス需要は一気に高まるのが通例です。

 

 しかし、今年の世の中の静けさは季節感を失ってしまうほどのものであったと言えます。もちろん、小さなグループでパーティをする人達はたくさんいたようですし、私のアパートの前にあるホテルでも、大晦日の日は人の出入りがここ最近では見られないほどの多さでした(とは言え、例年に比べれば何倍も少なめですが)。

 しかし、小さなパーティで演奏するミュージシャン達から、ラジオ・シティ・ミュージック・ホールの恒例イベント「クリスマス・スペクタキュラー」やタイムズ・スクエアでのカウントダウンといった大イベントに至るまで、大小あらゆる規模で動いていた音楽の需要は、リアルな現場においては全く無くなってしまいました。

 

 そこで登場するのが既に今の世の中における音楽パフォーマンスの主流となっているライヴ・ストリーミングです。

 ただし、当初主流であった自宅からのソロ・パフォーマンスに関しては視聴者側でも大分飽きが来ていることも確かですし、それだけではない試みがかなり増えてきていると言えます。

 それは以前このニュース・レターでもご紹介したようなミュージシャンとクルーと音楽ヴェニューが集まって限定的に行う無観客ライヴ、または対人距離を確保した一部観客入りのライヴのストリーミングです。

 この試みは徐々に浸透・拡大しており、有料ストリーミング・ライヴの収益見込みによって予算を確保できるミュージシャンの場合は、このスタイルが益々増えてきています。

 

 また、ライヴ・ストリーミングは場所・距離を問いませんし、通常であればスケジュールや移動によって困難なパフォーマンスが、どこでも誰に対しても可能となりますので、逆にそれがライヴ・ストリーミングならではのアドバンテージやスペシャリティといった“売り”にもなってきます。

 例えば、Blue Noteでは今回の年末年始に興味深いライヴ・ストリーミング・パフォーマンスを行いました。例年のBlue Note New Yorkでは、年末と年始は全米でトップ・クラスの知名度を誇る人気大物ミュージシャンがブッキングされますが、今年はニュー・イヤーズ・イヴつまり大晦日にHiromiこと上原ひろみが日本からストリーミング・ライヴを行い、ニュー・イヤーズ・デイつまり元旦にはウクレレの若き巨匠ジェイク・シマブクロがハワイのBlue Noteからストリーミング・ライヴを行いました。

 どちらも通常の年末年始であれば考えられないブッキングですが、逆に“遠隔”故のスペシャリティと、明るい2021年を祈願するにもふさわしい音楽ということで、話題となっていました。

 

 しかし、この“遠隔”というスペシャリティを最大限に活かし、有料ストリーミング・ライヴによる高収益を見込んで、パンデミック以降としては恐らく最大規模のストリーミング・ライヴとなったのが、ニュー・イヤーズ・イヴにUAE(アラブ首長国連邦)の大都市ドバイで行われたKISSのコンサート「Kiss 2020 Goodbye」であったと言えます。

 なにしろ、ドバイにあるリゾート・ホテル「アトランティス」のビーチ・エリアに全長約250フィート(約76メートル)の特設ステージを組んでの大コンサートですから、ステージの規模はいわゆるアリーナ級と言えます。

 広い観客スペースにはウイルス・テストを受けて陰性が確認された少数の観客が充分な対人距離を取って鑑賞するのみですが、何とその後ろにはステージと向かい合うようにアトランティスの巨大ホテルが建っており、ステージに面した部屋の宿泊客は客室のバルコニーからコンサート鑑賞が可能となりました。それでも観客のトータル数は約3000人ほどですから、これはかなりの超VIP対応と言えるでしょう。

 

 ステージ機材はこの日のイベントのためにアメリカから輸送され、コンサートのクルーも世界各国から400人以上が集結という、このパンデミック下においてはあり得ない程の数と規模でした。

 映像プロダクションは遠隔操作の無人カメラを中心にしつつも、ステージ前にはハンディ・カメラのカメラマンも加わり、計50台以上のビデオ・カメラを駆使した360度マルチ・アングルを実現。そのプロダクション規模の大きさ故に、逆にウイルスの安全対策も心配になってしまいます。

 しかし、今回のプロダクションでは、ステージ機材の搬送から当日のオンステージに至るまで、何と約80万ドル(約8200万円)がウイルス安全対策のために費やされたというのですから、これも驚きです。

 KISSのメンバー達は、それぞれ別々のキャビンに隔離されたフライトでドバイに向かい、到着後は日々テストを受け、個々のメンバーと行動を共にするのは常に2~3人までという徹底ぶり。

 その他のスタッフ達は少数のグループに分けられ、行動はグループ単位となり、別のグループと接することは無いように管理され、日々のテストと除菌・消毒作業が徹底されたとのことで、こうした対応にはKISSのメンバー達もSNS上でその対応ぶりに感嘆し、感謝・賞賛していた程でした。

 

 そもそもKISSは2019年1月から「END OF THE ROAD WORLD TOUR」と題したフェアウェル・ツアーを行っていましたが、今回のパンデミックによって2020年3月にツアーは全て一旦キャンセルとなりました。よって、この「Kiss 2020 Goodbye」はバンドにとってもフェアウェル・ツアー中断以来初のショーとなるわけです。

 私は2019年3月のニューヨークはマジソン・スクエア・ガーデンでのショーに足を運びましたが、この「Kiss 2020 Goodbye」でもセット・リストやステージ機材・設営など、大枠としては「END OF THE ROAD WORLD TOUR」のショーを基本にして構成されていると言えました。

 しかし決定的に異なるのは、“最悪であった2020年の締めくくりに、最大・最高・最強のクールなショーを実現する”というバンド(KISS)とプロモーター(ここ数年、アリシア・キーズ、ブラッド・ペイズリー、アンドレア・ボチェッリ、フー・ファイターズといった大物アーティストによるスペシャル・コンサートを開催しているLandmarks Live)とスタッフ達の意気込み、そしてその気合いを表すかのような“激烈”とでも言うべき花火と火炎のパイロ・テクニクス・ショーであったという点です。

 なにしろこのパイロ・テクニクス部分の費用だけで約100万ドル(約1億円強)を超えたというのですから、驚きを超えて唖然呆然となってしまいます。

 これは長年に渡るKISSのド派手なショーの中でも最大規模と言えますし、パンデミック以後行われてきたストリーミング・ライブ・コンサートとは一線も二線も画す特別で異例のものでしたし、世界的なパンデミックの中での大規模なロック・ショー開催というだけでなく、正に歴史に残るショーであったと言えるでしょう。

 

 このパイロ・ディスプレイの数に関しては史上最大であったということで、ショーの最後、カウントダウンの直前にはギネス・ブック公認の表彰式というおまけまで付いていました。

 そして最大の見物は、この表彰式の後のカウントダウンから始まりました。

 曲はお馴染みのKISSのアンコール・ナンバーにして、アメリカの国民的ロック名曲と言える「Rock and Roll All Nite」。この最大の盛り上がりに合わせて、ステージの周りは正に花火と火炎放射の乱舞となり、モニターを通して見ていても熱が伝わってくるほどでした。

 私自身、これほどの規模の花火というのは見たことがありませんし、それに加えて噴射される火炎と、巻き上がる白煙と黒煙の凄まじさは、まるで爆破テロや戦争のようでもありました。

 当然、曲のエンディングでは花火と火炎は更に激化し、曲が終わった直後の爆裂は、ステージにも火が付いて吹き飛んだかとも思わせるほどでした。

 

 今回の有料ストリーミング・ライブはドバイ時間での年明けカウントダウンとなりましたので、他の国ではそれぞれ時差も生じます。例えばドバイの年越し時はニューヨークではまだ31日の午後3時となりますが、今回はそれぞれの国・エリアの年越し時間に合わせたストリーミング視聴設定ができるというのも嬉しいオプションでした。

 鑑賞料は約40ドルから約1000ドル。ストリーミング視聴者は約25万人を見込んでいたそうです。私はもちろん40ドルの最安値料金でストリーミング鑑賞しましたが、それでもこれだけの内容とサービスで40ドルならば、ストリーミングであっても安いと私は感じました。

 

 もちろん今回のイベント自体、そして金の使い方にはすぐに批判も出てきました。この悲惨なパンデミックの状況下、あまりに多くの人々が命を失い、経済的危機に瀕している中で、これだけの金があればもっと多くの人々を救えるはず、というのが批判の中心を成していました。

 確かにそれはその通りですし、不遜・不埒であるという意見も否定はできません。しかし、それを言うならば州や市、そして国民・市民に対して充分で適切な援助と情報提供を怠ったトランプ政権は断罪ものと言えますし、所謂「GAFA」と呼ばれるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのビッグ4を始めとする巨大テック産業や金融業などの億万長者達の資産は、このパンデミックで更に激増しているわけですし、KISSの数百万ドル程度とは比較になりません。

 それよりも、この鬱積・消沈しきった状況を吹っ飛ばそうというシンプルな思いや、この最悪で悲惨な2020年にサヨナラしてケリを付け、明るく希望のある新年を取り戻そうというポジティヴな意気込みを強烈に後押しするという気持ち、そして、未だ先の見えない絶望的状況にある音楽界に何か大きな光を当てなければという思い。そうしたポジティヴな面を評価・尊重すべき、と私自身は感じています。

 

 KISSのポール・スタンレーは、音楽ライヴ・パフォーマンスが完全に停滞し、ストリーミングのみが唯一の方法となり始めた頃から「絶対にKISSは小規模なことはやらない」と断言していましたが、今回は正にそのことを証明したと言えます。

 これは単なる年明けの乱痴気パーティではなく、危機に瀕している音楽業界に対する希望の大きな象徴的イベントとして、「音楽業界に希望をもたらすために、最悪だった2020年を希望を持って終えるために、俺達はこれをやってのける必要があるんだ」とまで言っていました。

 そんなポールの言葉は説得力もあると思いますので、以下に抜粋してご紹介したいと思います。

 「2020年は一部の人にとっては不便程度だったかもしれない。でもそれ以外のほとんどの人達にとっては完全な荒廃だったんだ。俺たちはそんな状況にケリを入れなきゃならない。(KISSのメンバー達が常にステージで着用している)8インチのヒールでね。」

 「ここにいる俺達はみんな2020年を耐え抜き、生き残った。痛手を受けなかった人なんて誰一人いやしない。経済、健康、そして命..。俺達全てが苦しみ、苦しめられた。そして、その2020年が終わりを迎える。トンネルの向こうには光が見え始めたが、まだまだ油断は禁物だ。でも、俺達はまずはこの2020年を乗り越えた。だから俺達はそれを祝ってもいいだろう」

 「これはワールドワイドのパーティなんかじゃない。これは俺達にとって、スポーツではなく楽器を手にした音楽によるオリンピックみたいなものなのさ」

 

 今回のプロダクションの全ては映像に収録されているとのことで、今年5月にはドキュメンタリー作品としても公開予定であるそうです。ただし、それは映像配信とドライブイン・シアターのみである可能性はまだ高いと言えます。