【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 July 2022」


※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています。

去る5月の頭に、ニューヨークで5度目(日米通算で10度目)の引っ越しをしました。と言っても、かつて子供達を育てていた時期に住んでいたエリアですので、引っ越しとは言え、気持ち的には戻ってきたような気分もあります。
もともと私は定住指向の弱い遊牧民気質(?)なのですが、そもそもこのアメリカにおいては、どこに住もうが私は移民であるわけですし、この地には親戚も実家も故郷も持たない人間が定住の地を見つけるというのは中々容易なものではありません。
更に、別に国を追われてきたわけでもなし、国を棄ててきたわけでも帰れないわけでもないことが、逆に定住・永住の決意を薄めているのかもしれません。
ところがアメリカという国には、国を追われ、国を棄ててきたという背景を持つ移民とその子孫が実に多いということをいつも感じます。言わば、難民の子孫で形成された国と言っても良いかもしれません。

先日、私が姉(俗に言えば“soul sister”)と慕う人間が久々にNYに戻ってきて、今回の引っ越し先を訪ねてくれました。
彼女は長年国連の仕事に携わっており、特に難民に対する支援活動を中心にしているので、私と同様ニューヨークを拠点としながらも、定住・永住地を持たず、東南アジアやアフリカ諸国を中心に、迫害を受け、国を追われた人々との生活を続けています。そんなわけで再会早々、話は当然のごとくウクライナ難民のこととなりました。
長年、難民達を支援しながら、こうした難民をこれ以上生み出してはならない、と文字通り命を張って活動してきた彼女ですが、そんな彼女が「世の中は益々難民の世界になっていくと思う」と発言したことには驚き、改めて考えさせられました。
つまり、現在の政治システムに引き続き支配され、振り回される限り、闘争・紛争が一層激化することは避けられないし、ウクライナ難民に続く“難民予備軍”はわんさかいるし、香港・台湾からの“半難民的”な移民も既に続々と増え続けているし、難民の受け入れは欧米はもとより日本にとっても避けられない問題となるし、更には日本人が難民となる可能性も小松左京の小説の話では済まされなくなるかもしれない、というわけです。

「The World is a Ghetto」つまり「世界はゲットーだ」という有名な歌が70年代前半にありましたが、これに倣うならば「世界は難民だ」とでも言うような世の中がやって来るかもしれない…。

これはちょっと極端な見方とも言えますが、国家というシステムが肥大化して一層機構化(システム化)し、人間のレベルでは対処不能な状況にまで達し、AIテクノロジーの蔓延にも追い打ちをかけられ、「人民の人民による人民のための」などという原則や精神は既に形骸化している現在、膨大な数の難民発生を食い止める手立てが一層困難になっていることは間違いありません。
そのため、既存の国家は益々その既存システムでは対応できなくなり、変容または破綻していくわけですが、それによってノアの箱舟のような都合の良い救済的な乗り物ではなく、本当の意味での“宇宙船地球号”を作り出す必要に迫られるのかもしれません。
そんな話はSF的な妄想と言うこともできますが、かつてのSFが次々と現実化している今、フィクションとノンフィクションの境界線は益々希薄になっていると感じます。
もっともその一方で、真の“宇宙船地球号”を作る前に、乗り物自体が破壊され、消滅してしまうという危険性も充分にあるわけですが…。

トピック:音楽とヘルス ケア・テクノロジーとの連携
一体、アメリカ社会の“震度”はどこまで大きくなっていくのでしょう。
音楽界も更に大きく揺れ、ウクライナ問題までもが忘れ去られそうな勢いです。
去る6月、わずか2日間の間にアメリカの最高裁が下した決定・判決(銃規制に関するニューヨーク州法に対する違憲判決と、中絶権を認めた過去判決の破棄と中絶禁止の合法化)は、これまで以上のマグニチュードとなって、特に音楽界の数多くのアーティスト達が激しく反応(批判)しています。
しかし、ネガティヴな物言いに聞こえてしまうかもしれませんが、この二つに関する論議自体は、かみ合うことの無い平行線のままであると言わざるを得ません。
なぜなら、銃所持に関しては憲法で認められた権利であるため、改憲にまで言及しない限り、厳密な意味での規制や禁止は実現し得ませんし、中絶に関してはイエスかノーかの二者択一しか無く、保守的なアメリカ人の宗教観が変化し、政治がそれを利用することをやめない限り、妥協点というものは全く見い出せないからです。
よって、これらのトピックは例え音楽界も深く関わっている状況であっても、今はここまでとし、それよりももっと建設的で未来のある話題にフォーカスしていきたいと思います。
そこで今回は、最近いくつかの音楽系メディアで紹介されたトピックの中でもあまり目立たず、強い関心を持たれるには至っていないながらも、非常に興味深いと思われた記事をご紹介したいと思います。
以下は、それらいくつかの記事をまとめた要約となります。

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音楽には癒やし(ヒーリング)の力があることが長年に渡って謳われてきましたし、失ったものへの対処を促したり、古い記憶を呼び覚ますことに役立つ可能性についても指摘されています。
そうした中で、ある野心的な医療の新規事業が、世界最大の音楽会社の協力を得て、極めて臨床的な目的で音楽を使用したトリートメントを実践していくことになりました。
メイン州ポートランドを拠点とするMedRhythms社は、2015年に設立された医療の新興企業であり、音楽とヘルスケア・テクノロジーを組み合わせて、神経系の損傷や疾患のある患者の歩行能力を向上させています。
この7月には2500万ドルの資金調達を得るなど急成長を遂げており、既にその技術はアメリカ全国の主要な大病院で試験的に実施されているMedRhythms社ですが、同社は音楽業界におけるトップ企業の一つであるユニバーサル・ミュージック・グループ(以下UMG)とのライセンス契約を締結し、パートナー関係を結びました。
これによって、同社のプラットフォームはUMG社とリンクし、同社のサービスを受ける患者はUMG社の膨大なカタログの一部にアクセスできるようになります。
「MedRhythms社が行っているのは、純粋に神経科学のレンズを通して音楽を見るような枠組みと、その実例を生み出すことです」とMedRhythms社の共同創始者兼CEOであるブライアン・ハリス氏は語っています。
「音楽は私達の脳に大きな影響を与えます。年齢、文化、能力、障害に関係なく、ほとんど全ての人の脳は音楽に対して同じように反応するのです。大まかに言えば、私たち人間が好きな音楽を受動的に聴いている時、音楽は私達の体の動きや言語、注意力などを司る脳の動きに関与してきます。音楽のように私たちの脳を魅了する刺激というのは、地球上には他にありません。」
MedRhythms社の研究の基礎は、いわゆる聴覚運動同調と呼ばれる、人の聴覚と運動系(モーター・システム)との間での潜在意識の繋がりに由来しているとのことです。
一般的に、人は曲のビートに合わせて頭を振ったり、足踏みしたりしますが、神経障害や脳卒中やパーキンソン病などの病気を患っている人は、運動系自体が損傷していることが多くあります。

しかし、聴覚と運動系との繋がりがあるため、音楽は運動系をより効果的に活性化する強力な外部刺激として機能します。
こうしたプロセスは、歳をとっても脳が適応して学習できるようにすることに役立つ可能性もあります。
例えば実際の治療の中で、MedRhythms社の患者は靴にセンサーを接続し、ヘッドフォンを付け、同社のアプリで音楽を聴きます。
アプリのプログラムは患者の歩行を追跡し、アルゴリズムがリズムに応じて音楽を変更できるようにします。
患者は音楽と向き合いながら歩き、それに応じて速度が速くなったり遅くなったりするわけです。
とは言え、MedRhythms社の治療が成功するかは100%確実ではありません。
患者にはある程度の歩行が可能でなくてはなりませんし、治療がその人にとってどれほど効果的であるかについての確かな保証もありませんが、これまでのところ説得力のある結果が得られています。
 MedRhythms社の治療は、特に脳卒中の患者において顕著な改善を示し、成功を収めているとのことです。
最も顕著な例は、脳卒中を患ってから20年後までに歩行の大幅な改善が見られたということです。
ちなみに、MedRhythms社のプラットフォームの音楽は厳密に医療目的で使用されるため、同社とUMG社は、FDA(米国食品医薬品局)に準拠した初めての「処方音楽ライセンス」と呼ばれるものを開発することになりました。

その結果、同社の製品はFDAからも画期的なデバイスと承認されことになりました。
このMedRhythms社とUMG社とのパートナーシップは、音楽業界においては実にユニークであると言えます。
「要するにこれは、基本的に処方のサブスクリプションであると言えます」と、UMG社のデジタル戦略担当エグゼクティブであり副社長であるマイケル・ナッシュ氏は述べています。
「サブスクリプションのプラットフォーム全体に関しても言えることですが、これは私達にとって通常のパートナーシップからはかなり離れた実験的なものと言えます。アメリカでFDA承認の処方音楽プラットフォームのライセンスを取得したというのは、私達が初めてであり、それはとても重要なことであると思います」
両社のパートナーシップも、いわゆるライセンス契約を超越しています。
UMG社は、MedRhythms社と緊密に連携して音楽​​データを提供し、MedRhythms社が製品を消費者に提供する際には、自社のマーケティング・リソースを提供します。
患者はパブリック・ドメインの音楽のみならず、UMG社がライセンスを持つ音楽も取得することができますし、MedRhythms社のハリス氏によると、患者が聴いている音楽を楽しむことができると、治療は遙かに効果的となり、UMG社の豊富なカタログによってそれが容易になる、という調査報告も出ているとのことです。

実はこれまで、音楽業界の企業がフィットネスのプラットフォームと提携したり、瞑想アプリを通した健康管理やエコ・システム方面での成功例がいくつかありますが、
今回のUMG社の取り組みは、そうしたアイディアを一層拡大したもの、と言うこともできます。
特にMedRhythms社のようなメディカル系企業に音楽コンテンツを提供することは、そうしたアイディアを一層進めることになるでしょうし、より臨床的な医療部門におけるキャッシュ・フローを拡大・活性化することになると思われます。
現状の医療分野全体において、音楽の必要性がいかに限られているかということを考えると、このビジネスは他の収入源と比較すれば、ニッチなものとなる可​​能性が高いですが、それでも将来の展望については、かなり有望視されていると言えます。
世界のデジタル・ヘルス市場というのは、約1,000億ドルの価値があると言われており、今回のパンデミックによって更に急成長を遂げています。
ある市場調査会社のレポートによれば、今後5年間で約4,560億ドルの価値に跳ね上がると予測されてもいます。
また、別のレポートによれば、デジタル・コンテンツによる治療/トリートメントに関する市場自体は現在、約30億ドルの価値とされていますが、2026年までには約130億ドルの価値に跳ね上がる可能性を持っている、とも予測されています。
「明らかにこれは純粋な音楽市場ではありませんが、ゲームや様々なソーシャル・メディアと共に、健康に関する分野は今後一層大きな関心を集めるようになる重要なものであると思います」とUMG社のナッシュ氏は言います。
「私達は、そうした分野での競争において優位性を得るために、早期に市場に参入したいと考えています。MedRhythms社とのパートナーシップはまだ初期の段階ですが、例えいくつかのミスを犯したとしても、機会を逃してイノベーションのチャンスを失うことの方を私達は心配しています」

いかがでしたでしょうか。いかにもアメリカらしい、将来の展望と可能性、そしてそのための投資を重要視する姿勢がありありと感じられますが、ユニバーサルに続いて、ソニーやワーナーといった音楽系ビッグ3の残る大企業も、既に様々な他分野・他業種との提携ビジネスを進めています。

今は音楽が音楽だけでは生き残れない時代を迎えているとも言われますし、音楽アーティストの価値というものも、生み出された作品の著作権収入でしか評価されないという傾向を強めていることには本当に危機感を感じますが、そうした流れはもはや誰にも止められないところにまで来ていると言えそうです。

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