【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 September 2021」

※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています
Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 

かれこれ12年程続けてきた、ハーレムやブロンクスの黒人ゴスペル教会でのチャーチ・ミュージシャンとしての仕事がパッタリと止まってしまったのは、もちろん昨年3月のパンデミック発生時のことです。

 当時私が演奏していた教会では、お年寄りを中心に、副牧師も含めて何人もの方々が次々とコロナで倒れて亡くなり、当初はその対応でリモートでの再開どころの話ではありませんでした。

 その後、その教会は基本的には牧師とオルガン奏者の2名のみ(時には、クワイア・メンバーが1名加わる)が教会内からストリーミング配信を始め、信者は皆自宅のコンピュータで礼拝に“参加”するという形になりました。

 結果、オルガン奏者以外のミュージシャンは全て一時解雇という形になり、サックスとベースを担当し、時にはクワイアにも参加していた私も当然のことながら、仕事は完全に消え去りました。

 特にアメリカでは教会内におけるクラスター感染があちこちで取り上げられていましたし、サックスというマスクのできない楽器という問題もあり、私自身はこの仕事はもう断念すべきと覚悟を決めていました。

 それがつい先日、長年一緒に教会でプレイしてきたオルガン奏者が牧師となって自分の教会を新たに立ち上げることになり、是非ミュージシャンとして参加してほしいとの依頼を受けました。

 彼とは兄弟同然の親しい間柄ですし、彼の新たな出発を祝い、手伝ってあげたいと思い、まずは教会内でのリハーサルに出かけてきました。

 ミュージシャンは自分を含めて5人で全員ワクチン接種済み。ミュージシャン牧師の礼拝ということもあり、祭壇はステージのようなセッティングで、個別ブースの無い一発録りのスタジオ・レコーディングかスタジオ・セッションのように、お互いの距離も充分に保たれています。

 メンバー一人一人にはミニ・ミキサーが用意され、演奏は全てヘッドフォンを付けて自らモニター調整し、サウンド・エンジニアとのコンタクトも極力避けられるようになっています(これは、いわゆるメガ・チャーチと呼ばれる大きな教会ではよく行われている方法でもあります)。

 前述のように、サックスを演奏する際はさすがにマスクは付けられませんが、ベースをプレイするときはマスク着用。他のミュージシャン達も、そしてもちろん会衆もマスク着用で、ワクチン未接種者は入り口で簡易テストを行う予定です。

 夏とは言え、半袖では寒いくらいの冷房を効かせ、換気システムもしっかりしています。取りあえず、考え得る可能な対応はほとんど施してはいますが、もちろんそれで100%安全という保証はありません。

 これも前述のように、黒人教会でのコロナ犠牲者というのは本当に数が多く、彼らはその恐ろしさ・危険性を痛感していますが、それでも礼拝が始まると、叫び、泣き、踊り出し、ハグし合い、時には倒れ失神する、といった黒人ゴスペル教会ならではの感情や行動を抑えることは難しくなります。

 約1年半ぶりに訪れた機会に感謝しつつ、全てが無事進むことを祈る今日この頃です。   

 

トピック1:“ロック界の悪魔”が“政界の悪魔達”を糾弾!?

 

 火を噴き、血反吐を吐きながら、長年最高のロックンロールを提供してきた今年72歳となる KISSのジーン・シモンズは、これまでもパンデミックの中で人々に対して感染予防のための警告を声高に発信してきました。

 またKISSはパンデミック以降、昨年末のドバイでの年末コンサートから最近のフェアウェル・ツアー再開に至るまで、十二分な予算規模を支えに、バンド・メンバー、スタッフ、観客全てに対して常に徹底した感染予防対策を行ってきた、音楽界における“COVID予防対策最優良バンド”の一つとも言えました。

 

しかし、そんな彼らの取り組みにもかかわらず、ギターのポール・スタンレーに続いて、シモンズ自身、つまりバンドを率いる大黒柱が共にCOVIDの検査で陽性となってしまいました。

 これはパンデミックによって中断していたファイナル・ツアーがようやく再開となったのもつかの間、またもや延期となったことによるファンの残念無念以上に、コロナ対策の難しさが改めて表面化したという点で、音楽業界に与えるインパクトも大きいと言わざるを得ません。

 

 つまり、いくら自分達が意識を強く持ち、厳しく対応しても、周囲が無理解な中で活動・行動すれば、結果的にそれは意味がなくなってしまうと言えるからです。

 幸い、スタンレーもシモンズも症状は軽く、今は元気でいるそうで、シモンズは「医師と科学にすべてを判断してもらう」とも述べていますが、音楽界(特にライヴ)の再開にとって、今回の結果は深刻な問題点を示していると言えます。

 

 そうした中で、“ロック界の悪魔”ことシモンズは、“政界の悪魔達”を厳しく糾弾

し始めました。

 シモンズは名指しこそはしませんでしたが、特に共和党主導の2つの州の政治指導者と、ブラジルの大統領に対して徹底的な批判を行いました。

 「奴らは自分達の国や州の人々が健康であるかどうかではなく、人々の命を救うことでもなく、自分達の再選に焦点を当てているんだ」

 「俺がどれほど激怒しているかわかるか?特にテキサスとフロリダのある特定の政党(共和党)の邪悪で自己中心的で頭の悪い政治家どものことだ!」

 

 シモンズはこれまで度々、政治面についても歯に衣を着せぬ発言を繰り広げて騒がせてきましたが、一般的な理解としては、これまでの彼は民主党嫌い・リベラル嫌いで、どちらかというと共和党の保守派・右派の側に立った発言をするアーティストでした。

 しかし、今回シモンズはそうした共和党保守派・右派のコロナ対策に相当腹を立てているようで、これまで同調・支持・支援していた側の人間達に対して容赦ない批判を繰り広げ始めました。

 

 シモンズはただ単に激怒するだけでなく、ファンのみならず全ての人々に向けての発言も忘れません。

 「どうか愚かな政治家ではなく、常にCDC(Centers for Disease Control and Prevention:アメリカ疾病予防管理センター)と医師の話を聞いてくれ!」

 「このパンデミックの状況において、アメリカ人が科学者よりも政治家の話を聞いていることは、本当に気が狂ったことだ!」

 

 シモンズの怒りの矛先は、上記の“邪悪な政界の悪魔達”のみならず、彼らの言葉を鵜呑みにして、“アメリカの自由”を主張する愚かな人間達にも容赦なく向けられます。

 「『それは自分の体であり、自分の選択の問題だ』などと言う考えは本当に馬鹿げている。それはお前の選択なんかじゃない。赤信号でも無視して突っ込んでいくのはお前の選択なのか?それで人を傷つけたとしても、それはお前の体の問題なのか?お前には赤信号で通り抜ける権利なんてないんだ!」

 「『それは言論の自由だ』などと言う奴らがいるが、例えば映画館でいきなり立ち上がってどこにも火の気は無いのに火事だ!などと叫ぶ権利はお前にはない!それは言論の自由などではなく、暴動への煽動と呼ばれるものだ」

 

 シモンズはこれまで、パンデミックが収束するまで、1年以上はマスクを着用するようファンに促してきましたが、この終わりの見えないウイルス・サイクルから抜け出すためには、ワクチン接種の義務が必要であるという主張を変えていません。

 「そうあるべきだし、そうした義務が個人の権利の侵害になるとは思わない」

 それに抵抗する理由を“個人の自由”とする多くのアメリカ人の発想にも、シモンズは声を荒げます。

 「なんの自由だ? 他のみんなを感染させる自由か? 既に70万人近いアメリカ人がCOVIDのために死んでいるんだぞ!もうそれ(ワクチン)は法律で義務化すべきだ。他の人を危険にさらす自由などあるわけがない。俺達にはレストランや建物内で喫煙する権利がないが、その理由をわかっているか? それはお前の健康なんかじゃない。他の人を危険にさらすことになるからだ」

 陽性となったスタンリー自身も以前から、「このパンデミックについて、自己中心的で政治的に動機付けられたマスクやワクチンの誤情報と“クソ情報”を、俺達は十分すぎるほど持ってしまっている」と世間の動向を批判し、「“俺の自由”と“俺の権利”が他の多くの人々を侵害するなんてまっぴらだ!」とツイートしていました。

 

 シモンズも指摘していますが、現在、テキサス州とフロリダ州の共和党知事が、COVIDの爆発的な感染拡大と重症患者の急増によって、それぞれの州のICU(集中治療室)が深刻な不足に直面しているにもかかわらず、マスク義務やその他の潜在的に命を救う措置を禁止するという最近の動きも、非常に憂慮すべき深刻な問題となっています。

 

 例えば、フロリダ州知事が学校におけるマスク義務化の命令を禁止する知事命令を出した後、わずか一週間でマイアミ州内の2つの郡が4,000人以上となる学生の感染と500件以上のCOVID対応に関連する刑事事件を報告しましたが、この呆れるような惨状にはさすがにフロリダ州の裁判官が「知事の命令はその権限を越えている」との判決を下しました。

 

 狂信的とも言えるアメリカの保守系右派キリスト教徒の間では、「神はコロナを打ち負かす」「神は我々をコロナから救う」「マスクやワクチンは神に対する冒涜」などと言って、医師や科学者、教師達を糾弾する風潮が広がっていますが、KISSファンや悪魔崇拝主義者達の中には、シモンズの発言を聞いて、「神こそが悪だ」、「悪魔こそがこの世を救う!」と大喜びしている人達もいるようです(昔の日本の有名な漫画にもあったような話ですね…苦笑)。

 “ロック界の悪魔”ジーン・シモンズの怒りは、地上に広がる狂気・狂騒を鎮める手助けとなるでしょうか。

 

 

トピック2:アリーヤの“復活”に見る知的所有権/音楽的財産のあり方

 

 多くの人は、自分の青春時代に共感した愛唱歌というものを持っているものです。それはサウンドももちろんのことですが、歌詞のリアリティや同世代感覚といった部分によるところが非常に強く、社会学者達などは、それらによって「何々世代(ジェネレーション)」と分類・分析したりもします。

 

 今の30~40歳台前半のアメリカ人で、アリーヤというシンガーの存在感を特別のものと感じる人は非常に多いと言われます。アリーヤはいわゆる黒人R&Bシンガーと言われますが、ファンの人種は非常にヴァラエティ豊かであり、特に女性ファンが多かった

とも言われます。

 R&Bというのは、基本的にストレートな愛(特に肉体的な)について語るものが主流であり、特に黒人アーティスト達の歌詞にはその傾向が強く、叫びをも内包したパワフルなものが多いことは一つの事実であると言えます。

 しかし、R&B音楽自体の多様化によって、フィジカルな愛についてのストレートな表現を敬遠する人というのもアメリカには女性を中心に数多くおり、そんな彼らの心を見事に捉えたのがアーリヤであった、という見方もあります。

 

 アーリヤの歌詞は、愛を歌っても、ストレートとは対局の微妙で揺れ動くような心情を表しており、その歌声も決して声を張り上げることなく、異性に媚びたりすることもなく、常にクールでありながら、何か包むような優しさを持ったものと言えました。

 しかし、私生活においては未成年(15歳)のままR.ケリーと結婚したことはファンのみならず音楽界に衝撃を与え、2001年には飛行機墜落事故で亡くなるという悲劇によって、ファン達は立ち直ることができないほどのショックを味わったと言えます。

 

 ご存じかとは思いますが、上記の結婚はアリーヤの意志ではなかったとする意見・理解も数多くあります。

 現在、暴行・強姦・人身売買など9件にのぼる性的犯罪で起訴され拘留中であるR.ケリーが、アリーヤの偽身分証明書(年齢偽証)を取得するために州の役人に賄賂を贈ったことは疑いような無い事実となり、R.ケリーはその件でも起訴されています。

 この違法結婚については、今後も証人は出てくるものの、当人であるアリーヤは死去し、もう一人は獄中の重要犯罪人であり変質者であるということで、事実が明らかになることはないかもしれません。

 

 そうした背景を経て、アリーヤの死後、彼女の音楽的遺産もR.ケリーによって妨げられてきたとする証言も数多くあります。

 さらに、アリーヤのレコーディング・マスターを管理していたとされるアリーヤの叔父(元々は弁護士であったのが、音楽プロデューサーに転身したと言われています)の存在と対応にもグレーな部分が多く、またアリーヤの音楽的遺産を所有するのは彼女の母親ということも、問題を一層複雑にしていました。

 何故アリーヤの音楽はラジオでオンエアされないのか、CDやビデオは売られないのか。ダウンロードやストリーミングできないのか。

 すべてが闇の中のごとく、明確な理由が判明しない中で、事情を知らないファン達は、ただただ我慢し、ストレスを感じるだけだったと言えます。

 

 そうした背景を経て、R.ケリーの犯罪に対する起訴が進む中、上記アリーヤの叔父は

この8月初めに、彼のレーベルBlackground Recordsが、ブレイクアウトの配給会社でありレコード・レーベルであるエンパイアと配給契約を結び、アリーヤの最後の2枚のアルバム(1996年の「On in a Million」と2001年の「Aaliyah」)といくつかの秘蔵シングルが遂に日の目を見ることになったと発表しました。

 20年もアリーヤの音楽を待ち続けていたファン達は、遂に彼女の音楽が“解放”され、自分が青春時代に共感した愛唱歌を現在の音楽視聴スタイル(ストリーミング)で聴くことを大いに喜んだことはもちろんですし、音楽界全体としてもアリーヤの“復活”は、このパンデミック状況において、実に喜ばしい大二ユースとなりました。

 

 しかし、そんなニュースから間もなくして、アリーヤの音楽的遺産を所有する彼女の母親とその兄弟が、今回の待望の再リリースは「アリーヤの音楽を透明で完全な形の会計なしにリリースするための不謹慎な努力」であるとの声明を発表し、業界の空気は一瞬凍てつきました。

 但し、その声明では今回のリリースを停止するための法的装置を講じることについては触れておらず、これが今後どういった、またどこまでの権利闘争に発展するのかはまだ全く未知数であると言えます。

 

 アメリカは、著作権といった知的財産の保護には非常に厳しく、他国に比べればしっかりと整備されているとも言えますが、特にメジャーなアーティストになればなるほど、その財産規模は膨大となりますので、それが遺産となった際は必ずといって良いほど問題が起き、訴訟・法廷闘争となるケースは実に多いと言えます。

 受け手(ファン)が常に音楽を求め、送り手が(故人も生前は)受け手への露出を望むことは当然のことであると言えます。

 しかしそれに対して、知的財産は守られなければとは言え、送り手と受け手を脇に追いやってしまうような訴訟・闘争は実に不幸な現実であると言えます。

 パブリック・ドメインだけではなく、没後の著作権所有について、業界は現実・現状に即した公平な判断のための取り組み・対応を可能にすべく、もっと積極的に協議すべきであるというのが、心ある音楽ファンと業界人の願いでもあると言えるのではないでしょうか。

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