I Love NY

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 August 2018

 ニューヨークも夏の真っ盛りで、各所の野外コンサートはどこも大変賑わっています。私は先日、ニューヨーク市郊外のジョーンズ・ビーチの野外シアターに、スラッシュ・メタルの帝王とも言えるバンド、スレイヤーのフェアウェル・ツアーのライヴに行ってきました。スレイヤーと言えば、1981年の結成以来、その過激な音楽スタイル、テーマ、歌詞、カヴァー・アート、ビデオなどが何度も批判に晒され、発売中止・公演中止だけでなく、裁判沙汰にもなってきましたし、特にアメリカではユダヤ系や保守系団体からの批判・反発は一際強く、「親が子供に最も聴いて欲しくないバンド」の一つとも言われてきました。

 そうしたこともあって、彼らのファンにはネオナチやKKKといった極右や、いわゆる暴走族やギャング組織といった連中が、“勘違いファン”となっているという側面もあります。そのため、今回のコンサートは警備も非常に厳戒で、アルコール飲料も会場脇の限定エリアのみで会場内には持ち込み厳禁という異例の形となりました。

 コンサートは、そんな“帝王”スレイヤーの最後のツアーの花道を飾るため、ラム・オブ・ゴッド、アンスラックス、テスタメント、ナパーム・デスの4バンドがオープニング・サポートを務めるという超豪華版になり、夕方5時から夜11時過ぎまでの6時間以上に渡るコンサートとなりました。さすがに長時間のヘッド・バンギングとモッシングで、翌日から数日間は体が思うように動きませんでしたが(苦笑)、彼等のほとんどが私と同世代ということもあって、その衰えることの無い過激なパフォーマンスに、ポジティヴなパワーをたくさんもらうことができました。

 スレイヤーは“悪魔信仰のバンド”などとも呼ばれてきましたが、リード・シンガー&ベースのトム・アラヤはカソリックのクリスチャンであり、大変な家族思いで、ツアーの合間で日が空くと帰宅する程の人です。しかも動物を愛し、自宅は牧場になっており、家ではカントリー音楽を聴いたり歌ったりしているというユニークな人物でもあります。

 ブラック・サバスに始まるメタル系や、過激なハードコア/パンク系バンドや音楽は常に世間やメディアからの批判の対象となってきましたが、実は歌詞をじっくり読むと、そこには個を束縛・弾圧するシステムや体制・社会・国家などに対するプロテストが溢れていますし、悪魔的な雰囲気や要素を一つのカンフル剤的な表現手段とした(もちろん、本当に悪魔信仰に根ざしたようなバンドもありますが…)アンチテーゼでもあると言えます。

 以前、ネオナチとの関連性について尋ねられたトム・アラヤは、「何で南米(チリ)出身の俺が白人至上主義のネオナチに成り得るんだよ!」と一笑に付していましたが、

表面的な表現に隠れた真のメッセージを感じ取らなければ、音楽の本質には辿り着けないことの一例であるとも言えます。 

 

トピック:アメリカを代表する“ミュージック・シティ”はどこ?

 

 数年前に、「アメリカで最も音楽的な町」というリストが出回ったことがありました。

そこで言う”音楽的”とは、町の全人口に対するミュージシャン/音楽アーティストの数の比率の高さで、音楽でもいわゆる音楽業界人は含まれまていませんでした。しかも、その町に“住んでいる”音楽アーティストの数ですので、音楽活動が盛んな場所とも必ずしもイコールではありません。

 そもそも、どこまでをミュージシャンや音楽アーティストと認識するのかという問題もありますし、アメリカの音楽シーンを理解する上で、それほど大きな意味を持つ調査結果ではないと言えましたが、それでも5000人以上の町を対象に計2000以上に渡るランキングを作成したのは大変な労力であったと言えますし、なるほどと思う部分もそれなりにはありました。

 まず、そのトップ15は以下の通りでした。

1.ビヴァリー・ヒルズ(カリフォルニア州)

2.サンフランシスコ(カリフォルニア州)

3.ナッシュヴィル(テネシー州)

4.ボストン(マサチューセッツ州)

5.アトランタ(ジョージア州)

6.シャーロッツヴィル(ヴァージニア州)

7.ワシントンDC

8.ミネアポリス(ミネソタ州)

9.ポートランド(オレゴン州)

10.バーリントン(ヴァーモント州)

11.ロサンゼルス(カリフォルニア州)

12.マッスル・ショールズ(アラバマ州)

13.シアトル(ワシントン州)

14.オースティン(テキサス州)

15.ブルーミントン(インディアナ州)

 一般的に音楽の盛んな町として知られる所もかなりある反面、あまり馴染みのない町もあるかと思いますが、例えばデイヴ・マシューズ・バンドが出てきたシャーロッツヴィルや、バーリントンやブルーミントンというのは大規模な大学都市ですので、バンド・シーンやミュージック・シーンも活発であるため、ミュージシャンの数も多いということのようです。

 一方で1位のビヴァリー・ヒルズは、明らかに音楽シーンではなく、住人としての音楽アーティストの数であることがよくわかりますが、南部のナッシュヴィルやアトランタやオースティン、中西部のミネアポリス、西部のサンフランシスコやシアトルなどは、これまで数多くの有名音楽アーティストや音楽ムーヴメントを生み出してきた町ですので、上位ランキングには説得力もあります。

 意外なところでは、マッスル・ショールズは60年代末から70年代にかけて数々の名盤が録音された歴史的なスタジオのあったところですが、今もこの地にはミュージシャンが多いということに少々驚いたりもします。

 意外と言えば、一般的に音楽の街とも言われるニューヨーク(38位)とシカゴ(79位)が、ベスト15にも入らないのも少々驚きかもしれません。ですが、前述のように、これはあくまでもミュージシャン人口の多さ・割合ですし、ニューヨークやシカゴは音楽やエンターテインメントに限らず、金融やその他様々なビジネスが盛んな大都市ですので、音楽しかもミュージシャン/音楽アーティストだけに限ると、その数や比率は実はそれほどでもないということがわかります。

 それでは、アメリカにおけるいわゆる一般的な音楽都市=ミュージック・シティと言えば、どのような都市になるでしょうか。

 この場合はやはり、ジャズが代表的なニューヨークやブルースが代表的なシカゴ(ブルース)がまず挙げられます。

 そして、前述のリストにある、カントリー音楽のメッカであるナッシュヴィル、豊かな音楽文化の歴史を持ち、特に近年はR&Bやヒップホップを中心に様々なミクスチャー音楽の拠点ともなっているアトランタ、“世界のライヴ音楽の首都”とも呼ばれ、ジャニス・ジョプリンやスティーヴィー・レイ・ヴォーンを生み出し、今や世界最大のエンタメ・イベントとなっているSXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)が開催されるオースティン、90年代のグランジ・シーンの拠点として知られるシアトル、60年代のヒッピー・ムーヴメントから70年代のベイ・エリア・サウンド、そしてスラッシュ系メタルなど多様な音楽性を誇ってきたサンフランシスコ、ニューヨークと並ぶ音楽産業の拠点であり、ロックからヒップホップまで多様な音楽を生み出し続けるロサンゼルス、プリンスの故郷であり、特にインディー・ロックとヒップホップが盛んであるミネアポリス、といったところが名を連ねることになります。

 更に、ジャズ発祥の地であるニューオーリンズ(ルイジアナ州。前述のリスト37位)、エルヴィス・プレスリーの故郷であり、ブルースやR&B音楽のメッカでもあるメンフィス(テネシー州。同リスト161位)、モータウン発祥の地であり、ゴスペルやR&Bからエミネムなどに代表されるヒップホップのメッカでもあるデトロイト(ミシガン州。同リスト54位)、ラテン・アメリカやカリビアン諸国の音楽の“港”であり、近年はいわゆるEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)のメッカとしてDJ天国とも言われるマイアミ(フロリダ州。同リスト26位)などが並ぶというのが妥当な線であると言えます。

 しかし、これらの都市もリアルタイム感と言いますか、現在進行形の音楽シーンやムーヴメントとは異なる部分も多々あり、いわゆる歴史的・観光名所的なミュージック・シティである所も多いと言えます。

 そうした中で、音楽ビジネスの規模的にトップに君臨するのは、ニューヨーカーの私としては残念ですが、ナッシュヴィルであると言わざるを得ません。実際にアメリカにおいてナッシュヴィルは、50年代頃から“ミュージック・シティ”という呼び名・愛称で呼ばれ、親しまれてもいます。

 音楽ビジネスや音楽制作活動の場としてニューヨークやロサンゼルスが全米でトップのミュージック・シティであったのは、80年代半ばくらいまででであったと言えます。それが衰退していった原因は、ご存知のように音楽テクノロジーの進化と、音楽スタイルの変化であると言えます。そのため、スタジオ・セッションが激減し、レコーディング・スタジオや音楽クラブ、コンサート・ホールなどが次々と消えていくことになりました。もちろん、その後も今日に至るまで、ニューヨークやロサンゼルスには今も巨大音楽ビジネスのヘッドクォーターや様々な音楽関連企業が存在していますが、70年代から80年代前半にかけての勢いは既に無いというのは事実です。

 ここで重要なポイントは、音楽ビジネスや音楽制作活動の場が“移った”わけではなく、“減った”ということです。

 代わって、音楽ビジネスや音楽制作活動の場として再び注目を集め、中心となっていったのが、音楽テクノロジーの進化にはそれほど熱心ではなく、音楽スタイルの変化にもそれほど左右されず、アメリカでは常に絶大な人気と豊かな歴史を誇るカントリー音楽とアメリカのクリスチャン・ミュージック(カントリー音楽は、その発祥から今に至るまで、アメリカのクリスチャン・ミュージックと密接に繋がる表裏一体の存在とも言えます)のメッカとして、昔からそのビジネス拠点となっていたナッシュビルでした。

 つまり簡単に言えば、ナッシュヴィルの音楽シーン自体はそれほど大きくは変わっておらず、他の都市が衰退していったわけです。もちろん、衰退していった他の都市からも、カントリー音楽とのコネクションを維持できる分野に関しては、次々とナッシュヴィルに移動・移転していったことも一つの事実ですが、やはり基盤・根幹となるカントリー音楽とアメリカのクリスチャン・ミュージックの巨大マーケットの力が、改めて注目され、再浮上していったと言えます。

 一つ印象的なのは、当時絶大な人気を誇っていたTOTOというロック・グループがありましたが、このバンド自体は元々はロサンゼルスの優れたスタジオ・ミュージシャン達の集まり(また、ロサンゼルスを拠点としていた著名な音楽家達の息子達)でもありました。TOTOのバンド結成は、自らの音楽を追求したい、という彼らの願いが第一ではありましたが、当時衰退しつつあるロサンゼルスのスタジオ・シーンも見据えていたことも事実と言われています。そうした中で、スタジオ・ワークを続けたいと希望していたこのバンドのベーシストがバンドを脱退してナッシュヴィルに移転した、というのも印象的な出来事でした。

 そのような訳で、ナッシュヴィルを全米最大のミュージック・シティと呼ぶことには、正直言って少々語弊があるのも確かです。何故ならそれは、白人層、または東海岸と西海岸を除いたアメリカ全域、または保守的なアメリカ人や共和党支持層において絶大な人気を誇るカントリー音楽とクリスチャン・ミュージックという分野が基本となっての全米最大と言えるからですが、それでも、そうした分野が基本となって最大になるということは、いかにこの分野がアメリカのコアとなっているかの証明でもあります。

 そうした中で最近、ナッシュヴィルだけがミュージック・シティではない、と反旗を翻す(?)記事が音楽業界においても注目されました。著者は音楽業界人でも音楽ライターでもなく、旅行をメインとするブロガーなのですが、旅行を専門分野としているだけに観光的視点も強いですが、それでもアメリカの“真のミュージック・シティ”を紹介すべく、中々コアでマニアックながらも鋭い視点を持った記事でしたので、最後に少々紹介したいと思います。

 まずは、以下がその記事において紹介された12のミュージック・シティとなります(ランキングではありませんので順位はありません)。

クラークスデイル(ミシシッピ州)

メイコン(ジョージア州)

マッスル・ショールズ(アラバマ州)

ジャクソンヴィル(フロリダ州)

シュレヴポート(ルイジアナ州)

リッチモンド(ヴァージニア州)

ザ・トライアングル(ノース・キャロライナ州)

クリーヴランド(オハイオ州)

ヘレナ(アーカンソー州)

オマハ(ネブラスカ州)

ブリストル(テネシー州)

ミネアポリス(ミネソタ州)

 マッスル・ショールズとミネアポリスは前述もしてますので、ここでは割愛しますが、

まず、クラークスデイルはブルースのグラウンド・ゼロ(爆心地・中心地)とも言われる所で、今もデルタ・ブルースの流れを受けつぐブルース・アーティスト達による、生きた(liveな)ブルース音楽を堪能できる町です。

 メイコンはアトランタに近い町ですが、リトル・リチャードやオーティス・レディング、そしてオールマン・ブラザースを始めとするサザン・ロックの故郷・拠点でもありました。歴史的要素・観光要素は強いですが、それでもこの地では地元ミュージシャン達を中心に様々なフェスティヴァルやライヴ・シーンが継続して生き続けています。

 ジャクソンヴィルは、70年代はサザン・ロックのもう一つのメッカでもあり、また、ジム・モリソンやトム・ペティなどが活動の拠点としていた地でもありますが、その後90年台のポップ・パンク・ブームの発信地の一つにもなるなど、今もユニークでクロスオーバーな音楽を発信し続けています。

 シュレヴポートは、ナッシュヴィルとは異なるもう一つのカントリー音楽の拠点で、40年代末から始まった有名なカントリー・ショーがあり、プレスリーやハンク・ウィリアムスなどを始め、大物カントリー・アーティストが次々と出演していました。そんな歴史もあって、今もこの町のバーやレストランでは常にカントリー音楽のライヴ演奏が繰り広げられています。

 リッチモンドは前述のシャーロッツヴィルの東隣の町ですが、シャーロッツヴィルよりもエッジの効いたエキセントリックなアーティストや音楽を生み出しているのが特色で、特に90年代以降、ラム・オブ・ゴッドやGWARなど、この地からパンクやメタル・シーンに登場したバンドの活躍ぶりは顕著であると言えます。今もこの町では各所のクラブやバーなどで全米制覇を目指すアーティストやバンド達が活動を続けています。

 ザ・トライアングルというのは一つの町の名前ではなく、チャペル・ヒル、ローリー、ダーラムというノース・キャロライナの代表的な3都市を組み合わせた総称です。このエリアはジェイムズ・テイラーの活動でも有名ですが、カントリー色の強いロック系が多いのが特色で、ジェイムズ・テイラー以降も様々なアーティストやバンドが登場し、今もその音楽シーンは活発です。

 クリーヴランドは以前にもご紹介しましたが、ロックンロール発祥の地と言われ、ロックンロールの殿堂ミュージアムもありますが、クラブやホールなどのパフォーマンス・スペースも充実していることから、単に歴史的な側面だけでなく、今も中西部最大の音楽拠点の一つとして、ロックやR&Bからクラシックに至るまで、様々な若い才能がしのぎを削っていると言えます。

 ヘレナは、もう一つのブルース音楽の宝庫とも呼べる町で、40年代初頭から始まった「キング・ビスケット・タイム」というラジオ番組にちなんだキング・ビスケット・ブルース・フェスティヴァルが毎年行われています。かつて、ビートルズがアメリカ・ツアーの合間にこの地を訪れてブルース音楽を堪能したことでも知られています。

 オマハに限らずネブラスカ州というのは音楽との関連が希薄に思えますが、実はフォーク系音楽に関しては30年代から脈々と息づいている文化があります。それを基盤にしつつ、様々なインディ・バンドが活発な活動を続けています。

 カントリー音楽と言えばナッシュヴィルと言われますが、実はこのブリストルこそがカントリー音楽発祥の地なのです。カントリー音楽の初レコーディングと言われる1927年のブリストル・セッションは今や伝説ですが、“発祥の地”に目を付けた資本や基金が次々とこの地に進出してミュージアムや音楽関連施設を建設し、常に多数のパフォーマンスが行われ、カントリー音楽のルーツから現在を味わうことができます。

 

 今回は少々駆け足でアメリカのミュージック・シティを紹介しましたが、アメリカはその土地だけでなく、その音楽シーンや音楽文化自体も“巨大”であることを感じて頂ければ幸いです。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信July 2018

アメリカは7月4日に独立記念日を迎えます。様々な式典を始め、スポーツ・イベントでも常に国歌「星条旗」を斉唱するアメリカですが、独立記念日のこの日に関しては、国歌よりも多く歌われ、ある種、“独立記念日における国歌”のような歌があります。それが「ゴッド・ブレス・アメリカ」です。

 第二の国歌とも言われるこの曲の作曲者はアーヴィング・バーリン。「ホワイト・クリスマス」の作曲者としてご存知の方も多いと思いますし、ミュージカル好きの方であれば「イースター・パレード」や「ショーほど素敵な商売はない」、ジャズの詳しい方であれば「アレクザンダーズ・ラグタイム・バンド」の作曲者であることをご存知の方もおられるでしょう。

 ガーシュインから“アメリカのシューベルト”などと呼ばれたアーヴィング・バーリンはロシア生まれ(現ベラルーシ)のユダヤ人です。5歳の時に、ロシアによる宗教弾圧・ユダヤ人迫害を逃れ、家族に連れられてアメリカにやってきました。しかも家を焼かれた彼ら家族はバラバラになって祖国を抜け出し、アメリカでようやく再会したと言います。

 その後、ニューヨークのチャイナタウンでカフェのウェイターと同時に店の専属歌手としても歌いながら生計を立てていた彼は、徐々にヒット曲を生み出していき、30歳であった1918年、軍の企画・主催によるミュージカル作品の劇中歌の一つとしてこの歌を作曲します。この年はバーリンが移民としてアメリカにやってきた25年後であり、めでたくアメリカの市民権を得た年でもありました。

 しかし、肝心のこの曲はそのミュージカル作品には採用されずお蔵入り。その後20年経った1938年、当時の人気歌手であったケイト・スミスによってラジオ番組の中で歌われ、爆発的な大ヒットとなります。

 米英戦争時の砲撃を背景に作詞され、軍事色の強い国歌「星条旗」と異なり、この 「ゴッド・ブレス・アメリカ」は美しい自然に恵まれたアメリカという新たな母国を愛する心と、その国を守り、よき方向へと導いてほしい、と神に願い・祈る、シンプルでありながらも力強い歌詞が感動的です。そこには、迫害を逃れてこの国に来た思い、新しい母国に対する愛情と希望、そして絶え間なくこの国に忍び寄る様々な“悪”には屈しないという勇気と信仰などが溢れ、移民の国アメリカとしてのアイデンティティーが強く感じられます。かく言う私もこの歌が大好きで、式典やスポーツ・イベントなどで歌われる際は、思わず声を張り上げて歌い、思わず胸も熱くなります。

 今年はバーリンがこの名曲を作曲して100年、この曲が世に出てからは80年という記念すべき年となります。アメリカが益々混迷の一途をたどっている現状において、この曲の持つ意味や願いは益々重要になっていると言えます。それはこの曲が排他的な自尊心や虚栄心を高揚させるような愛国歌ではなく、移民の国アメリカにおいて、この国を愛する移民によって作られた曲であるからです。

 この名曲「ゴッド・ブレス・アメリカ」の背景を理解して、アメリカの誕生日を心からお祝いしたいと思う今年の独立記念日です。

 

 

トピック1:

 

 企業においても個人においても、アメリカでは「破産」というものが決して珍しいものではありません。それは、“この世の終わり”または“破滅”とは決してイコールとはなりませんし、現状の財産や権利を一端放棄した上での再スタート、つまり“リセット”と捉える見方が一般的です。

 しかし、そんなアメリカにおいても、今年5月のギブソン破産申請のニュースは大きな話題となり、動揺を与えました。ご存知のように、ギブソンはフェンダーと共にアメリカが世界に誇る楽器メーカーの最高峰であるだけでなく、20世紀以降、欧米の音楽ヒストリーを支えてきた点で楽器メーカー以上の存在であり、ギブソンの歴史自体が20世紀以降の欧米の音楽ヒストリーの一つであるとも言えるからです。

 ギブソンの楽器をトレード・マークとするミュージシャン達は列挙に暇がありませんが、敢えて数人の名前を挙げるならば、チャック・ベリー、B.B.キング、エルヴィス・プレスリー、ジミー・ペイジ(レッド・ゼッペリン)、キース・リチャーズ(ローリング・ストーンズ)などがその代表選手と言えるかと思います。

 

 ここでは1902年に設立されたギブソンの歴史について詳しく語ることはしませんが、ギブソン・ギターと言えば、一般的にはギブソンのイメージを形成し、ギブソンとイコールで語られることも多いレス・ポール・モデルがその代表格と言えます。ですが、このレス・ポール・モデルの登場は1950年代になってからのことであり、ギブソンのエレクトリック・ギター&ベースが世に出たのも1930年代に入ってからのことです。

 そうしたギブソンの発展と共に1950年代以降の音楽シーンはロックの時代に入っていき、ギブソンは音楽シーンにおいて極めて重要な位置を担っていくわけですが、実はエレクトリック以前の“アコースティック時代”(アコースティック・ギター、マンドリン、バンジョーなど)にこそ、ギブソンが特にアメリカ音楽において大きな位置を占めることになった理由があります。

 この約30年間のアコースティック時代というのは、その後のエレクトリック時代、更には今日のアメリカの音楽シーンを形成する基盤となった時代と言えます。それは音楽的に言えばカントリーでありブルースであり、基本的には前者は白人音楽、後者は黒人音楽と言えますが、実は公民権運動前の“差別の時代”にあってもこれら2つの音楽は、信仰(または希望や絶望)と労働(ワーク・ソング)を歌った民衆の音楽(フォーク・ミュージック)としてそれぞれに影響を与え合い、またある意味で混在し、アメリカの豊かなルーツ・ミュージックを形成することになっていったわけです。そして。それらの音楽演奏の発展を支え続けた最大規模の楽器メーカーが、まぎれも無くギブソンであったということは忘れてはならない点であると言えます。

 

 そうした“アメリカ音楽の心”の一部を担うギブソンが破産申請をしたというニュースは、楽器業界のみならず、そして音楽業界のみならず、アメリカ人にとって大変大きなインパクトを与えたことは間違いありません。そのため、「アメリカが誇るギブソン・ブランド自体がこの世から消えるのか?」とか、「もう我々はギブソン・ギターを手にすることができなくなるのか?」などという大袈裟で不安を煽るようなマスメディア報道も見受けられました。しかし、楽器業界や音楽業界においては逆に冷静というか、むしろ今回の破産申請をギブソン再生・復活の大きなチャンス、とポジティヴに捉える見方が大勢を占めているように思えます。

 その理由としては、破産は“リセット”ということを裏付けるように、アメリカにおいては破産救済法がしっかりと存在・機能し、様々な救済オプションが用意されているということがあります。また、アメリカは投資と買収がビジネスの根底にある国ですので、例え経営は変れど、ある程度の有名ブランドは名前が消えることはまずあり得ないとも言えます(例えば、ギブソンと並ぶフェンダーも、60年代から80年代までの約20年間、CBS社に売却されていました)。

 更にアメリカの企業においてはクレディターと呼ばれる債権者の存在も極めて大きいと言えます。ギブソンの場合は現状約5億ドルの負債を抱えていると言われますが、今回の破産申請を受けて、同社の経営維持のために既存の債権者だけでも既に1億3500万ドルの新たな貸付を行っており、今後新たな債権者も増える見込みですので、ギブソンは新たな貸付のために破産申請をしたのでは?といった疑いや噂話まであるくらいです。

 

 もう一つギブソンにとって明るい話題は、今回の破産申請後の債務再構成という再建プロセスにおいて、これまでギブソンが特にアメリカ以外で拡大させていたオーディオ機器などの開発製造販売部門を一掃し、本来の楽器製造事業に専念することになったということです。

 ギブソンはカラマズー工場閉鎖の2年後となる1986年から、ヘンリー・ジェスコヴィッツがギブソンの再建を進めて大きな成果を上げていきました。私も一度ジェスコヴィッツと名刺交換をしたこともありましたが、この人は言うまでもなく大変有能な事業家で、その経営手腕は実に見事であると言えました。例えば、ギブソンの黄金時代に製造・販売されながらも長年埋もれていたかつての名器達のリイッシューを次々と行ったり、エピフォン・ブランドを使って廉価版の低価格楽器販売によって若者層にアピールして市場を拡大するなど、音楽特に楽器演奏を取り巻く状況としては厳しかった中でも、ギブソンは新たな黄金時代を迎えるかのような勢いを取り戻していきました。

 しかし、ギブソンはその後楽器以外にも徐々にビジネスを広げていき、特に2000年代に入ってからはプロ・オーディオ部門を立ち上げ、ティアックやフィリップスのエレクトロニクス部門を買収したり、オンキョーとパートナーシップを結ぶなど、本業の楽器以外の部門を拡張させ、アメリカ国外でのビジネスにも積極的になっていきました。しかし、それはギブソンという大看板には相応しいビジネスであるとは言えず、時代の推移を見誤った判断であったというネガティヴな評価がされることにもなりました。

 よって、今回の“事件”によってギブソンがシェイプアップし、初心に戻って栄光のヒストリーを再建していくであろうことを、みんなが期待しているということは間違いないと思います。

 

 90年代以降、アメリカにおける楽器人口は激減したと言われます。それはダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックの興隆により、若者達が時間と忍耐が必要とされる楽器演奏を楽しむよりも、お手軽でお洒落なダンスやパーティを一層楽しむようになったことが大きな要因の一つとも言われていますが、それでも前述の“アメリカ音楽の心”は消えることなく、アメリカの誇る文化として現代の若者達に様々な側面から影響を与えていると言えます。

 これまでにも度々お伝えしている最近のアメリカのルーツ志向・アコースティック指向と共に、ギブソンが再び音楽シーンの中心、更には若者文化の中心に舞い戻ってくるのか。この先のギブソンの舵取りが大変注目されます。

【I Love NY】月刊紐育音楽通信 June 2018

 アメリカはメモリアル・デーを迎えると、ニューヨーク並びに北東部は夏を迎えることになりますが、依然気温の寒暖は激しく、雨も多い毎日が続いています。先日、十代前半の子供達と話していた時に、彼等がニューヨークの雨期(レイニー・シーズン)がどうのという話を始めたので、「ちょっと待ってくれよ。ニューヨークには雨期なんてないよ」と言ったところ、子供達は「でも5~6月は雨ばかりだよ」と言うので、なるほどと思いました。
そもそも、梅雨と地震が無いのがニューヨークの良さでもあり、長く厳しい冬がニューヨークの辛いところでもあったわけですが、それも今や一昔前の話となっている感があります。世界各地で異常気象や気候の変化は続いているわけですが、これだけ雨が多く、冬の吹雪も少なくなり、日々天候の変化が著しい中で育ってきている子供達には、これがニューヨークの気候であるわけです。私自身、日本から来られる人に、「ニューヨークは気候的にいつがベストですか?」と聞かれると夏に入る前の春と冬に入る前の秋がベストであるといつも答えていましたが、今や5月は花粉シーズンで雨も多く、6月はそれを受けたまま夏に突入してしまい、9月はまだ暑く、10月は冬並に寒くなったりもしますので、最近は特に返答に困ってしまいます。言われてみれば、昔は秋のニューヨークを題材にした歌がいろいろとありましたが、それも今や歌詞の内容にあるような秋の風情を感じることは難しくなってきました。昨今の気候変動によって春と秋は益々短くなり、暑い夏と寒い冬が長く、その間に雨期という、あまり嬉しくない状況の中、若い世代や子供達の季節感というのも、徐々に変わってきていることを感じます。

トピック1:止まることなくオープンし続けるニューヨークの新ライヴ・ハウス

 前回、ニューヨークはタイムズ・スクエアの名物人気ライヴ・ハウス「B.B.Kings」の閉店についてお話しましたが、閉店の感傷に浸る間もなく、新しいミュージック・ヴェニューは次々とオープンしています。カントリー音楽の聖地ナッシュヴィルにあるグランド・オール・オープリーのニューヨーク版キャバレー・スタイル(ディナー・ショー・スタイル)の店がタイムズ・スクエアに登場したことは以前にもお話ししましたが、閉店した「B.B.Kings」も経営していたブルーノート・エンターテインメント・グループが、ソニー・コーポレーションとのパートナーシップによって、元パラマウント・ホテルの地下に「Sony Hall」という、500席(立ち見の場合は1000人)キャパの新ホールをオープンさせました。
 この「Sony Hall」は閉店した「B.B.Kings」とほぼ同サイズのホールで、やはりディナー&バー・スタイルのクラシックなジャズ・クラブ・タイプと言え、更には出演アーティストのラインナップも「B.B.Kings」を踏襲している感もありますが、一番の違い・特徴は、そもそもは1930~40年代にボードヴィル・スタイルのレビューで大人気を博した「ダイアモンド・ホースシュー」という歴史あるサパー・クラブのデザイン&レイアウトに、その名の通りネーミング・ライツを持つソニーによって最新テクノロジーを生かしたディスプレイが導入されたことです。

 この21世紀のテクノロジーと戦前のクラシックなクラブという新旧の融合が、ニューヨークの音楽シーンに、また新たな“音楽の名所”を誕生させることになったと言えます。更にマンハッタンはダウンタウンに目を向ければ、大型ハリケーン「サンディ」による大被害の後、長らく改装工事中であったサウス・ストリート・シーポートのピア17が新装オープンし、そのルーフトップがその名も「The Rooftop」として2400席(立ち見3400人収容)の多目的ステージとなり、特に夏場はメジャー・アーティストの音楽コンサートの新名所となることが挙げられます。まずは8月1日のこけら落としは、大人気コメディアンのエイミー・シューマーがショーを行い、翌2日からはこれまた大人気バンドのキング・オブ・レオンが登場することになっていますが、それらに続いて、ダイアナ・ロス、グラディス・ナイト、マイケル・マクドナルド、スティング、スラッシュなどといった超大物アーティスト達も続々登場することになっています。しかもこのルーフトップからは、エンパイア・ステート・ビル、ワン・ワールド(新ワールド・センター・ビル)、ブルックリン・ブリッジ、そして自由の女神全てが見渡せるわけで、“ゴージャスなルーフトップでゴージャスなコンサートを鑑賞”という贅沢さが売りになっています。よって、この豪華で斬新なミュージック・ヴェニューの登場によって、ダウンタウンはミッドタウンと並ぶニューヨークのミュージック・シーンの拠点としても今後益々注目を集めていくことは間違いないでしょう。

トピック2:ニューヨーク市交通局主催の音楽ストリート・パフォーマンス

 前々回はニューヨークのストリート・パフォーマンス事情、中でも地下鉄におけるパフォーマンスについてお話ししましたが、今回は先日、毎年恒例のオーディションが行われたニューヨークの(交通公社)であるMTA主催の地下鉄構内パフォーマンスについてもご紹介したいと思います。これはMTAのアート&デザイン部門によって運営される「ミュージック・アンダー・ニューヨーク・プログラム」と呼ばれるもので、実は30年以上の歴史があります。
基本的には地下鉄構内のパフォーマンスですが、MTAが指定・提供する人通りの多い駅構内やターミナル内の30箇所をパフォーマンス・スペースとし、パフォーマンスにあたってはMTA側から出演アーティストの名前が入ったバナーも用意されます。このプログラムでは、現在300組以上の様々なジャンルのアーティストたちのパフォーマンスをフィーチャーしており、2週間単位のパフォーマンスにより、年間では7,000回以上のパフォーマンスを提供している非常に大きなプログラムです。今年5月のオーディションには300組以上の申し込みがあり、その中から最終的には20組強のパフォーマー達が選ばれることになっています。一見、通常の地下鉄パフォーマンスの選抜版・ハイクオリティー版という感じもしますが、もちろん演奏レベル的には質の高さが求められるものの、あくまでもMTAサイドが自分達の音楽プログラムや文化事業、更に大きく言えば広報宣伝活動の一環としてオーディションを行い、パフォーマーを選ぶわけですので、一概にはレベルの差を言うことはできません。応募者はそれぞれ5分間のパフォーマンスを審査員達の前で披露するわけですが、30人の審査員はMTAの同プログラムのスタッフを始め、音楽業界のプロフェッショナル達、ニューヨーク市の文化機関のメンバー達となり、演奏クオリティーと共に交通機関と言う環境下において“適正なパフォーマンス”という観点での判断がなされます。よって、当然のことながら、あまり音量の大きなパフォーマンスは敬遠されますし、クラシック系の室内楽やアコースティック系のパフォーマンスなどが多くなり、更にプログラム全体としてのバランスや多様性を考慮した選択がなされています。そのようなわけで、その音楽内容には好き嫌いや賛否両論が出てきますが、とは言え市の公共交通機関がこのようなプログラムを長年実施し、ミュージシャン達をバックアップし、彼らの演奏活動を奨励しているのは素晴らしい事であると言えます。

トピック3:ブルックリンの図書館が楽器レンタルを開始

 その蔵書の数や充実度は別として、アメリカは普段の生活レベルにおいてライブラリー(図書館)との接点が非常に密であると言えます。何しろ、子供の頃から、学校におけるプロジェクト(研究課題の発表)の準備と言えば図書館に行って資料を探すと言うのが常ですし、今では一般市民の読書率はかなり下がっているとは言え、普段の読書(本)も図書館でレンタルするというのはまだまだ一般的な方法であるといえます。図書館はリサーチや読書に限らず、音楽鑑賞や映画鑑賞などに関しても非常に有効な場であり、場所によってはかなりのCDやビデオDVDコレクションもあります。そうした中で、いかなる分野においてもニューヨーク市の中で最先端を行くと言われるブルックリンが、またまた興味深い初の公共レンタル・システムを導入しました。それが図書館による楽器の貸し出しです。これはアマチュアから熟練したミュージシャンに至るまで、楽器演奏を始めようと思ったり、自分自身の音楽教育を向上させたいと思いながらも、経済的に楽器購入が容易ではない人達に向けての新しい公共サービスです。貸与する楽器はヴァイオリン、アコースティック・ギター、ウクレレ、電子キーボード、ドラム・パッド、譜面スタンドといったところで、レンタル期間は通常2ヶ月単位となりています。
こうした楽器機材は図書館に行けば陳列されていてすぐに借りられるわけではなく、Eメールでレンタル申請を行い、希望する楽器機材の空きが出た段階で連絡をもらい、レンタル契約を行うという少々時間と手間のかかるものではありますが、それでも楽器機材がタダで2カ月間使用できるというのは市民にとっては嬉しい公共サービスであると言えます。ちなみにこのサービスは、ブルックリンの公共図書館と同地にあるブルックリン音楽院とのパートナーシップによって実現したプログラムで、楽器レンタルの先には同音楽院でのレッスン受講や割引・奨学金制度なども用意されています。それにしても楽器レンタル、つまり楽器演奏の奨励を公共サービスと考えるところにニューヨーク、厳密にはブルックリンの音楽に対する深い理解と積極的な姿勢というものを強く感じます。つまり、楽器演奏そして音楽というものを単なる娯楽や余暇のみとは考えず、市民生活における大切な文化活動の一部、または文化そのものと捉えている点が評価される点であると思います。これはブルックリンやニューヨークのみならず、アメリカという国全体において認識されている一つの概念・理解であるとも言えます。すべては公共自治体とそれぞれの音楽教育機関の予算次第ではありますが、今後こうしたサービスがニューヨーク市全域に広がっていく可能性は非常に高いと思われます。

トピック4:フォーク・ブーム(再人気)の到来

 ニューヨークのライブシーンにおいてここ数年、特に若者達の間で目立って増えてきていると感じられるのがカントリー系やブルーグラス系です。これは人種的に言えば基本的には白人系なのですが、カントリーやブルーグラスはフォーク・ミュージックの一部であるという見地に立てば、黒人系においてはカントリーブルースも一つのフォーク・ミュージックと解釈されますし、更に人種や国を超えて様々なフォーク・ミュージックが注目されてきているという一つの事実も見えてきます。そこにはアコースティック指向・回帰という動きも見えてきますし、ルーツ指向・回帰という点も見えてきます。楽器の電気化・電子化と共に、特にポピュラー音楽系においては音量の増大化が進み、音楽の場(ミュージック・ヴェニュー)が肥大化・密集化していき、更にはダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックの興隆・流行によって、遂には楽器自体が不要無要となっていったこの20年ほどの動きの中で、アコースティック楽器やルーツ系音楽に再び注目が集まってきたことは至って自然な動きであると見ることもできます。
 そうした中で、今年で10年目となったブルックリンのフォーク・フェスティバルが益々注目を集めてきている事も興味深いと言えます。このフェスティバルは10年前にジャロピー・シアター&スクール・オブ・ミュージックというブルックリンの小さなミュージック・ヴェニューとの提携によってスタートしましたが、出演者・参加者は年々増え続け、規模も会場も大きくなっていきました。今年は4月の上旬に行われ、40組のパフォーマー達が三日間に渡って演奏を繰り広げましたが、今年の出演者達は白人系が中心と言えるカントリー系・ブルーグラス系といった白人系、黒人系が中心と言えるアコースティック・ブルース系、またはそうしたアメリカン・フォーク・ミュージックに限らず、メキシコ、アルゼンチン、インド、モロッコ、スペイン(フラメンコ)、アイルランド、ドミニカなど様々な国や地域や民族のフォーク・ミュージックが披露されました。フォークと言えば、60年代におけるギター弾き語りスタイルや、反戦ソングなどをイメージしがちですが、それは長く豊かなフォーク・ミュージックの歴史における単なる1ページでしかありません。いわばフォーク・ミュージックは、様々な民族、ひいては人類全体の定住・移住とその生活を背景とした、まさに民衆の音楽と言えることを、このフェスティバルは体現しているとも言えます。

【I Love NY】月刊紐育音楽通信 May 2018

天候的には中々春らしくならないニューヨークですし、気温の変化は激しく、そもそも日本に比べて四季のバランスが偏っている(つまり、夏と冬が長く、春と秋は短い)ニューヨークですので、ワシントンDCのみならず、近年は益々ニューヨークでも春の風物詩の一つとなりつつある桜の花見も、満開の期間は僅かであり、またタイミングも読みにくいため、今一つ注目度や盛り上がりに欠けるものがあります。

 とは言え、春の兆しを感じれば、多少肌寒くても薄着で我慢しながら(?)日光浴をするのがニューヨーカーとも言えますし、ニューヨーク市内の公園は週末のみならず、平日の日中も人で溢れています。

 マンハッタンを代表する公園と言えばセントラル・パークですが、広さは圧倒的に小さくはなりますが、ミッドタウンのド真ん中に位置するブライアント・パークは、実はセントラル・パークよりも歴史の古い公園です。四方を摩天楼に囲まれた公園内にある広場は冬場はスケート・リンクとなり、冬場以外は映画、ミュージカル、クラシック音楽のコンサート、ジャズ演奏なども行われ、周辺に居住・勤務するニューヨーカー達がランチや趣味など思い思いにくつろぐ憩いの場であるわけですが、この公園に隣接した名所にニューヨーク公共図書館があります(市内に数多くある市立・公立図書館とは別の独立法人による私立図書館です)。

 ここは正面玄関前の2頭のライオン像とその建築様式(ボザール建築)で有名で、膨大な蔵書自体に関しては一般的にはそれほどの関心度はありませんが、実はこの図書館内には「くまのプーさん」のオリジナルの人形達という意外な展示物があります。

 「くまのプーさん」は、作者A.A.ミルンが自分の息子クリストファー・ロビンと息子が大事にしていた人形達を主人公に仕立てたファンタジー・ストーリーであることはよく知られていますが、その息子が実際に所有していた人形達が、この図書館に保管されているのです。保管・展示と言っても大袈裟なものではなく、地下にある子供の蔵書&読書スペースの一角に、プーさん、コブタくん、ティガー、イーヨ、カンガ達が仲良く並んでガラス・ケースの中に収まっているだけです。しかし、これは私を含め、「くまのプーさん」で育ったような“プーさんファン”にはたまらない展示物であると言えますし、すっかり擦り切れてボロボロになった“本物のキャラ達”と対面できるのは何とも感慨深く、心癒されるものがあります。

 

 

 

トピック1:タイムズ・スクエアの名物ライヴ・ハウス「B.B.Kings」閉店

 

 ライヴ・ハウスの閉店は、ニューヨーク特にマンハッタンにおいては珍しいことでも驚くべきことでもありません。何しろ家賃は常に目を見張るほど高騰し続けているわけですから、マンハッタンでは大型CDショップは消滅し、本屋も風前の灯となり、人気レストランでさえも一寸先は闇と言っても良い情況であるわけです。

 ダンス・ミュージックやクラブが若者カルチャーの主流となり、音楽鑑賞自体もダウンロードやストリーミングが主流となることによって、ライヴ・ミュージックは益々退潮の一途を辿っていきましたが、それでも中高年齢層や観光客をうまく取り込んだミュージック・クラブは何とか生き残っていると言えました。

 

 そうした中で最近、ライヴ・ミュージック自体が活性化とまではいきませんが、少しずつ復調の兆しも見せてきていたことは事実でした。それなのに、“中高年齢層や観光客をうまく取り込んだミュージック・クラブ”の典型とも言える名物人気ライヴ・ハウス「B.B.Kings」の閉店は、音楽関係者の間でも少なからずショックを与えています。

 「B.B.Kings」はタイムズ・スクエアは42丁目のど真ん中にあるという最高の立地条件と、懐メロ系音楽&バンドをラインナップの中心にしつつ、新進・中堅・隠れた実力派アーティストなどのコアな音楽ファン向けのブッキングも取り入れ、また観光客を惹きつける企画、という多角的なアプローチで常に満員状態であったべニューでした。もちろん場所が場所ですので、以前から家賃高騰で移転・閉店の噂はありましたが、それでも「なんとか維持できるだろう」と楽観視もされていました。それが遂に不安が現実となってしまったというわけです。

 

 私自身もこれまで観客としてはもちろんのこと、プロデュースやマネージメントしていたアーティストが何度か出演し、長きに渡ってその表も裏も体験してきただけに、今回の閉店には何とも寂しい思いがあります。

 しかも、全ての料金がニューヨーク(マンハッタン)の中でもダントツに高いタイムズ・スクエアにあって、「B.B.Kings」のミュージック・チャージは大半が$50前後という良心的と言えるものでした。ウェイターやウェイトレスを始めとする従業員の数も決して少なくは無く、待たされることが当たり前のニューヨークにおいても、そのサービスは決して悪くはありませんでした。しかし考えてみれば、こうしたクオリティの維持も、残念ながら今の不動産状況から考えれば、あまり現実に即した合理的・経済的なものとは言えなかったのかもしれません。

 偉大なるその店名の主であるB.B.キングは既に3年前にこの世を去りましたが、B.B.に次ぐ伝説的な巨匠ブルース・ギタリストと言えるバディ・ガイが「B.B.Kings」の最後のステージを飾ることになりました。

 

 

トピック2:音楽もの・アーティストものが目白押しのミュージカル

 

 アメリカ3大ネットワークのテレビ局が、1日1回限りのスタジオ・“ライブ”・ミュージカルの放映を始めたことは、以前にもお話しましたが、その後も、この試みは続いており、今年はイースター(キリスト教におけるイエス・キリストの復活祭)の日となった4月1日の夜に「ジーザス・クライスト・スーパースター」が上演・放映されました。

 このミュージカルは、基本的に音楽を伴わない台詞のみというのは無く、歌(音楽)が全てという、ミュージカル史上最も音楽的なミュージカルとも言えますし、1971年の初演前にまずは音楽のみのレコード版が発売され、ディープ・パープルのイアン・ギランがイエス役を務めたことも当時大きな話題となりました。

 

 ストーリーはイエスと彼を裏切ったユダの愛憎劇を中心としたイエスの最後の7日間をテーマにしたものですが、イエスの7日間の生涯というよりも、主役はユダとも言えるほど彼の存在感が圧倒的で、苦悩するイエスと共に、ユダのイエスに対する批判や失望という新解釈が加えられたため、初演から常に保守・原理主義的なキリスト教徒やユダヤ教徒の間では批判や抗議行動が起こってきた問題のミュージカルと言えます。

 今回のテレビ・ミュージカル版では更に、非白人がイエス・キリストやユダを始めとする使徒達を演じる快挙となったため、それも更に論争を巻き起すことにもなりました。しかもトランプ政権下で政治的にも宗教的にも偏った保守右派が再び台頭している今のご時勢ですから、何とも残念な批判酷評(というか誹謗中傷)もいろいろとあり、有名人・著名人・一部のメディアも含めて「黒人のイエスや刺青をした使徒などは受け入れられない(観るに耐えない)」といった声も上がり、それらには白人至上主義者のみならず多くの保守派キリスト教徒達から賛同・賞賛の声も上がるなど、相変わらずの分裂・対立ぶりも見せています。

 

 主演は既にグラミー賞10冠に輝き、実力的には圧倒的な評価を受けているジョン・レジェンド。彼はマーティン・ルーサー・キングJrに率いられたアラバマ州セルマからモンゴメリーへの行進(いわゆる「血の日曜日事件」)をテーマにした映画「グローリー/明日への行進」の主題歌でアカデミー賞を、そしてプロデューサーを務めた舞台「Jitney」でトニー賞を受賞していますので、もしも今回のミュージカルでエミー賞を受賞すれば、何とショービジネス界の4大アワードを制覇することになります。

 出演者は他にも中々豪華且つ興味深く、ヘロデ王には、アリス・クーパー。イスカリオテのユダには、これまで数回トニー賞にもノミネートされている若手実力派のブランドン・ヴィクター・ディクソン。マグダラのマリアには、これまで数回グラミー賞にノミネートされている若手実力派シンガー・ソングライターのサラ・バレリスが本格的なミュージカル初挑戦となりました。

 レジェントの熱演とアリス・クーパーの“怪演”は大きな賞賛を受けましたが、特に最近、歴史的にも宗教的にも、そして女性の権利運動が盛んな今の世相的にも益々再評価が高まっているマグダラのマリアを見事に演じ表現したバレリスは、今後益々注目の存在となりそうです。

 

 そうした中で、テレビ業界のみならず本家ミュージカル界でも音楽系・音楽アーティスト系の新作プログラムが続々と登場してきました。中でもドナ・サマーとシェールのミュージカルは今年一番の話題作とも言えそうな勢いです。

 この二人はどちらもアメリカのポピュラー音楽を代表するアイコン的なクイーンでありディーヴァであると言えますし、しかもどちらも声の存在感は圧倒的です。地声の凄さではアレサ・フランクリンやチャカ・カーンも敵わないと言われるドナ・サマー(ドナ本人は子供時代、自分の声は警察のサイレンみたいで嫌いだったそうですが)。見た目のインパクトに圧倒されがちですが、実はドスの効いた凄みのある声も誰にも真似のできないシェール。文字通り唯一無二のクイーン/ディーヴァと言える2人のミュージカル作品は今、アメリカの音楽業界においても大変話題となっています。

 

 ドナ・サマーは言わずと知れたディスコ・クイーン。シェールも98年に世界的な大ヒットとなった「Believe」ではグラミー賞の最優秀ダンス・レコーディング賞も受賞し、新しいタイプのディスコ・クイーンとしても君臨するようになったと言えます。どちらも強烈なパブリック・イメージを持ちながらも、それらに縛られること無く、素のまま地のままに生きてきた力強い女性達ですし、それぞれに様々な葛藤を乗り越えてきた人間であるのも興味深い点です。

 

 ボストン生まれで黒人教会育ちのドナは、10歳の時に通っていた黒人教会で歌い始めたのがきっかけという、黒人シンガーとしては典型的なパターンとも言えますが、プロとしてはミュージカル「ヘアー」のドイツ公演に参加後約8年間ドイツを拠点に活動し(故にドイツ語堪能)、最初の夫はオーストリア人で、その死去まで良きパートナーであった再婚の夫も白人(ドナと共演活動も行っていたニューヨークのバンド、Brooklyn Dreamsのメンバー)ということで、その後の活動や私生活は“典型的”とは言えない興味深い点が多々あります。

 “ディスコ・クイーン、ドナ”は、ドイツ時代に出会ったジョルジオ・モロダーによってビジネス的・プロダクション的に作り上げられたものですが、ドナとモロダーの関係には一つの理想的なシンガーとプロデューサーの関係を見ることもできます。それはアイディア・戦略だけではない本当の意味での共同制作と良い信頼関係とも言えます。

 ドナは単なるシンガーではなく、優れたソングライターでもあり、彼女のヒット曲の多くは実は彼女自身の作品でした。ちなみに、ドナ自作自演の代表曲の一つに彼女のメジャー・デビュー曲となった「Love To Love You Baby(愛の誘惑)」がありますが、曲中で囁くような歌声と共に喘ぎ悶え続け、23回のオルガスムが訪れる(どうやって数えたのか…)とも言われたこの曲は、元々他のシンガーのためのデモ曲としてドナがレコーディングしたものが、結局ドナ自身の作品として発売されることになり、しかもそれによってセックス・シンボル的なレッテルまで貼られることになりました。敬虔なクリスチャンであるドナは、そのことに罪悪感を感じ、ある時期から約25年間、この曲を自分のコンサートでは取り上げないという“封印”を行ったわけですが、これにはドナ自身の長年に渡る葛藤があったと言えます。

 そんなドナのドイツからの“出戻りアメリカン・ドリーム人生”を、3人のドナが登場して歌い踊るという新ミュージカル「Summer」は、昨年11月にサンディエゴでプレミア公演が行われ、いよいよ4月からニューヨーク・デビューとなります。

 

 一方のシェールは、60年代からソロ活動をスタートさせていますが、10台からのデビューでしたので、実は年齢はドナよりも2歳上なだけです。

 ネイティヴ・アメリカン、ドイツ系、アイルランド系、アルメニア系の血が流れ、実にエキゾチックな顔立ちのシェールはソニー・ボノとのコンビで60年代後半には次々と大ヒット曲を連発し、70年代前半はTV番組「ソニー&シェール・ショー」で更に爆発的な人気を得ていきました。しかし、この栄光の時代は、マス・メディアの中心にあって極めてパブリック・イメージが重視され、またそれに束縛された点で、シェールにとっては本領を発揮できない葛藤の時期でもあったようです。よって、ソニーとの離婚・独立以降が、いよいよシェールの本領発揮となる真の“女王誕生ストーリー”とも言えます。

 とは言え、ボノとの離婚後のシェールの人生は正に波乱万丈と言えるものでした。先日亡くなったサザン・ロックの帝王とも言えるグレッグ・オールマンとの再婚は大変話題にはなりましたが、シェールのみによるTVショーやソロ・アルバムの商業的不成功と、常に各方面からの批判にさらされてきました。

 それらをはねのけながら、また浮き静みしながらも、何度も何度もカムバックを果たしてはヒット曲を出したり、ある意味音楽界以上に映画界において評価・成功を勝ち得たり、といった不屈の精神力と活動が、現在のシェールに対する(特に女性から)圧倒的な人気・支持になっていると言えます。

 しかも、アーティストとしての活動以外にも、戦没者や退役軍人達、難病の子供達、AIDS患者や犠牲者に対する基金の設立・運営、LGBTQの権利活動や最近ではトランプとその政権に対する激しい批判など、慈善運動や権利活動家としての側面も、彼女の人間的魅力を一層強めています。

 そんなシェールの伝記ミュージカル「The Sher Show」は、まずはシカゴにて6月中旬から1ヶ月開演され、その後いよいよ11月にニューヨークにやってきます。

 

 

 

 

 

 

【I Love NY】月刊紐育音楽通信 April 2018

 去る3月24日(土)に行われた「マーチ・フォー・アワ・ライブス(私たちの命のための行進)」は
アメリカ史上歴史に残るデモンストレーションとなりました。
一部のメディアは、ワシントンDCで の参加者のほとんどはリベラル派の大人達で、
子供達はごく僅か(10%未満)で あったとも報道していましたが、
確かにワシントンDCではそういう見方はできます。
そもそもワシントンDC在住であればともかく、広大なアメリカ国内において、
高校生(または高校生以下)達が自力でワシントンDCにやってくるというのは物理的・金銭的に
どれだけ大変なことか。
しかも銃保持賛成派の親や学校からの反対や規制・処罰などもある中での参加なわけですから、
全体数の10%未満であったとしても、それは大いに評価すべきことと思います。
また、子供達の自発 性よりもハリウッドのセレブを含めたリベラル派の大人達の後押しについて
批判するメディアもありましたが、これもそもそもお金も選挙権 も無い子供達なのですから、
財力・権力のある大人達がサポートしなければ何も前には進みません。

 先日のマーチはワシントンDCが中心でしたが、その他私の周辺で知り得る限りでも
ニューヨーク(マンハッタン、ク イーンズ、ロング・アイランド)、ニュージャージー、ボストンなど、
中心部のみならず郊外の小さな町においても、マーチは子供達と彼らを サポートする親や教師達を中心に大いに盛り上がりました。
各地それぞれに立派で感動的なスピーチがありましたが、
私はやはりワシントンDCでのキング牧師の孫娘のスピーチが大変感動的でした。
まだ9歳の彼女は、祖父キング牧師のスピーチを引用し、
「私にも夢がある」と銃の無い世界への 夢を語りました。
これにはメディアにみならず、リベラル派の大人達さえも「そんなことは絶対不可能だ」と、
しばし絶句したと言えます。
しかし、彼女の夢は子供じみた、馬鹿げたものなのでしょうか。私にはそうは思えません。

 先日、引退した元最高裁判事の一人が、憲法の一部であり国民の武器所有権を保証する
修正第二条の廃止を呼びかけたことは中々ショッキングでした。
もちろんトランプはすぐさま「廃止は絶対に無い」 とカウンターを浴びせましたが、
そう言っていられるのは、彼の首がまだつながっている間のことでしょう。
更にその後の世論調査では、修正第二条を廃止すべきという意見が、何と25%になりました。
たった25%? いえ、銃規制を語ること自体がタブーの国で、修正第二条の廃止に賛同する声が
四分の一にも達したということは実は快挙であると言えます。

 まだまだ時間はかかるでしょうが、いよいよアメリカは大き く動き始めていると言えます。

 

 

トピック1:ニューヨークのストリート・パフォーマンス

 

 ニューヨーク観光の楽しみの一つ、またはニューヨークの文化を代表するものの一つに
ストリート・パフォーマンスがあることは昔からよく知られています。
確かにストリートにおいて、これほどの数の、そしてこれほどバラエティ豊かなパフォーマンスが
繰り広げられる街は、世界中どこに行っても他には無いといえるでしょう。

 ニューヨークにおけるストリート・パーフォーマンスの場所は、
その名の通りストリートつまり路上と、地下鉄の駅構内や車内というのが非常にポピュラーです。
特に極寒のニューヨークの冬においては、ストリートでパフォーマンスを行うというのは
狂気の沙汰というか命取りにもなりかねませんので、冬場は地下鉄の駅構内での
パフォーマ ンスが圧倒的になります。

 地下鉄の駅構内の場合、その多くは駅の改札口付近の人通りの多いエリア、
そしてマンハッタンを中心としたニューヨーク市内計24本の地下鉄線の乗り換え移動の際に
利用される地下接続通路内、そしてプラットフォーム上ということになりますが、
地下鉄の車内でもパフォーマンスはよく行われます。

 日本のような常時満員電車状況ですと、
車内でのパフォーマ ンスは信じられないかもしれませんが、
ニューヨークの場合は車内が身動き一つできない寿司詰めになるということは滅多にありませんし
(と は言え、最近益々悪化というか末期的状況を呈しているニューヨークの地下鉄の運航状況においては、そういうケースも段々増えてきていま す)ある程度混雑した車内においても、
パフォーマー達は巧みに(時に強引に)スペースを作ってパフォーマンスを繰り広げます。

 車内でのパフォーマンスの場合は“身軽さ”と“コンパクト さ”がマストですので、
アカペラ・シンガー(ゴスペルからオペラまで)や、ラッパー、
アコースティック・ギターの弾き語りなどが多いです が、意外と多いのがメキシコ系のマリアッチです。本場のマリアッチは本来大編成で演奏されるものですが、地下鉄車内のマリアッチ演奏は
大体ギターとアコーディオンとベースによるトリオ編成を多く見かけます。
ベースはハンディさの面からもアンプのいらないアコースティックと なり、
つまりベーシストは大きなアップライト・ベースを担いで車内に入ってくるわけです。
彼等は主に朝の通勤時間に演奏することが多いので、混雑している車内に僅かなスペースを
見つけては演奏を始めます。
一駅の移動中にきっちり1曲 を歌い終え、次の駅に停車してドアが開くと、
すぐさま隣りの車両や反対側の車両に飛び移っていく彼等の身のこなしは、
その音楽以上に軽やかと言えます。

 ストリート・パフォーマンスにはダンスや手品など、音楽以外のパフォーマンスも多く見られますが、
車内でのダンス・パフォーマンスというのも、実はかなり見応えがあります。
大半のニューヨークの 地下鉄の場合ドアから入ってすぐ目の前のスタンディング・エリアに
天井と床とを繋ぐ手すりバーがありますが、これがパフォーマンスの “道具”にもなります。
つまり、このバーに捕まり、バーを利用し回転したり宙返りをするなどのダンス・パフォーマンスを
行うわけです。
ダンスの種類はやはりヒップホップ系が圧倒的ですが、
バーを使うため通常の路上パフォーマンスよりも、かなりアクロバチックなパフォー マンスとなります。

 ですが、ダンスの場合は一駅の移動中という短い時間ですと 少々物足りなさがあります。
よって、このアクロバティックなヒップホップ・ダンス・パフォーマンスのメッカは、
複数の駅を通過するエクス プレス(急行)のラインとなり、
最も代表的なラインはミッドタウンとハーレムを行き来するAラ イン(デューク・エリントンの名曲「A列車で行こう」で有名)やDラインと言えます。
私は日曜日のチャーチでの演奏のために、これらのラインをよく利用す るのですが、
パフォーマー達はスペースがあると車内の床を転げまわって回転したり、
時には客の座っている目の前(頭上)の手すりまで利用 して回転したりもするので、
思わず顔を蹴られそうにもなり、中々スリリングです(笑)。
ですが、最近ハーレムは地下鉄を利用して向かう観 光客も更に増えてきましたし、
お洒落なレストランやバーなども増えてきたため、ハーレムに向かうラインはどこも
一層混雑してきているの で、パフォーマーにとっては段々やりにくい状況になっていると言えます。

 音楽系パフォーマンスに話を戻し、場所を車内からプラット フォームや駅構内の通路などに
移すとパフォーマンスの種類は正に何でもありの状況になっていきます。

 クラシック音楽のバイオリンやチェロやフルートなどのソロ 演奏からアンサンブルまで、
ジャズ系のサックスやトランペットのソロから小編成のジャズ・バンドまで、
ブルース/ロック/ジャズ系などあ りとあらゆるスタイルのギター・ソロやベース・ソロやバンド演奏、
インドのシタールやタブラほか様々な民族楽器演奏、スネア・ドラムのみ やドラム・セット、
パーカッションなどのソロやアンサンブル、胡弓などの中国系楽器、
バケツ類を使ったドラム・パフォーマンス、
DJ(即席自前ブースをセッティングし、ラッパーやダンサー付きの場合もあり)、
スポーク ン・ワード(朗読)などなど、とにかく何でもありです。

 よって、例えばバッハの無伴奏チェロ・ソナタの隣りでは ラッパーが過激なライムを自作自演し、
その向こうでは中国音楽が悠々と奏でられ、
反対側ではアフリカン・パーカッションの競演(狂演?) が繰り広げられる、といったカオス的状況も
見られたりするわけですが、パフォーマー達は皆、相手の邪魔をしないレベルできちんと
距離を保 つ礼儀を心得ています。

 通勤・通学などの忙しい人通りの中でのパフォーマンスですから、
通行の邪魔にならないかと思われるかもしれませんし、アンプの使用も含めて音量が
かなり大きいパフォーマンスもありますので、地下鉄利用客からのクレームもあるのではと
思われるかもしれませんが、実はトラブルはそれほど多くは見受けられません。
例えばニューヨークの レストランやバーなどは大声で話さないと聞えないほど賑やか(というか喧しい)ところも多いですし、そもそもアメリカ人の騒音レベルに対する許容度・我慢度は
日本人とは大きく異なります。
よって、よほどの轟音・爆音でない限り、見過ごす(聴き過ごす)というか楽しんでしま うのが
“ニューヨーク流”でもあると言えますし、実際に良いパフォーマンスがあると、
通りすがりの地下鉄利用客達が踊りだして一緒に楽しんでいる光景にもよく出くわします。

 ストリート・パフォーマンスに関しては昔からいろいろとレギュレーションも変ってきましたが、
特に最近はパフォーマンス自体に比較的寛容であるだけでなく、
しっかりとしたガイドラインと許可申請 (または規制)も行われていますので、
それもトラブルが起こらない大きな要因になっていると言えます。

 現在、ストリート・パフォーマンスに関しては特設ステー ジの設営を伴うイベント、
広告宣伝・販促を目的としたパフォーマンス、公園内やその周囲でのパフォーマンス、
フェリーのターミナル駅構内 を除き、パフォーマンス自体の許可申請は必要ありません。
必要があるのは「サウンド・デバイス」と呼ばれる大音量のスピーカーや拡声器な どの
機材に関する使用許諾(ニューヨーク市警に申請)で、現在一日$45ですが、
これは通常のストリート・パフォーマンスに関しては適用されませんし、
ある程度の大音量によるストリート・パフォーマンスでも申請してい る人はほとんどいません。

 それよりも、特に地下鉄の駅構内・通路・車内でのパフォー マンスの場合は、
MTAというニューヨーク市を中心にニューヨークの地下鉄・鉄 道・バスなどの公共輸送を運営する
交通局(交通公社)のレギュレーションが最も重要になってきます。

 とは言えMTAの レギュレーションとしては、運行サービスや乗客の妨げとなる行為を禁じる。
という規定のみですので、パフォーマンス自体に関する具体的な規 定や禁止事項が
あるわけではありません。
よって、そこは各パフォーマーの判断次第となってきます。

 また、MTA施設内での広告宣伝活動や販売活動は禁じられていますが、
実際にはパフォーマー達は自分達のCDやDVDなどをパフォーマンスの間、
目立たない程度にそばに置いて販売していますので、これ も曖昧というか、
いい加減な部分でもあります。

 とは言え、MTA施設内ではテロ対策やホームレス対策もあって、
常にMTAの警官やニューヨーク市警 の警官が巡回していますし、一度違反行為で捕まると、
ブラックリストに乗って、それ以降のパフォーマンスに支障を来たしてしまいますので、
パフォーマー達もそこは慎重に、うまく対応していると言えます。

 さて、肝心要のパフォーマンスのクオリティに関してですが、
これもホームレスの人達による日銭稼ぎのパフォーマンスから、ニューヨークならではとも言える、
驚くべき隠れた才能や超プロ級パ フォーマンスまで、正にピンキリです。

 大きく分ければ、①ホームレスによるパフォーマンス、②ス トリート・パフォーマンスを活動のメインとするパフォーマー、そして③ライヴ活動などを基本としながらストリート・パフォーマンスも行う パフォーマーという3タイプになると思いますが、やはり③の中で素晴らしいパ フォーマンスと出会ったときはラッキーですし、感動もひとしおです。
また、②には意外な発見や楽しさがあるものも多く、③とは異なる ニューヨークらしさを感じることができます。

 ③に関しては、様々なパターンがあり、本人と話してみると 実はすごい経歴の持ち主だったり、
既にライヴやシアターなどで精力的に活動していて、
それなりに注目も集めているパフォーマーも少なくあ りません。

 実は最近、ニューヨークの地下鉄でパフォーマンスを続けて いる女性シンガーが、
人気TV番組「アメリカン・アイドル」のニューヨークでの オーディションに合格し、
ハリウッドでの本選に出場することになったというニュースがニューヨークの様々な
ニュース・メディアで紹介され て話題になりました。
彼女はアマリア・ワッティというブルックリン在住の28歳の カリブ系アメリカ人シンガーですが、
ベビー・シッターなどの仕事で稼ぎながら、グリニッジ・ヴィレッジやロウワー・イーストのクラブ(ラ イヴ・ハウス)で演奏し、以前このニュースレターでも紹介しました「アフロパンク・フェスティバル」(ブルックリン)のコンペに出場した り、テニスのUSオープン(クイーンズ)の会場でもパフォーマンスの機会を得たりして活動の機会を広げていました。

 ちょっとエリカ・バドゥーやエイミー・ワインハウスなどを思わせる、
かなりユニークな声をもった素晴らしいシンガーですが、
現在、同番組の審査員を務めているライオネル・リッチーは「キミのレンジ、サウンド、ユニークさは、僕ら審査員が求めていたものだ」と絶賛していましたし、
同審査員のケイティ・ペリーも「もっとあなたの歌を聴きたい」と励まし、
この先のメジャー・デビューも期待されています。

 こんなことが普通に起きるのもニューヨークであり、アメリ カン・ドリームであり、ストリート・パフォーマンスの楽しさと言えるでしょう。

【I Love NY】月刊紐育音楽通信 March 2018

放たれた弾丸は1100発 以上。
いくら憲法において身を守るための武器の所有が認められていると言っても、
こんな大量の射撃が可能な兵器を民間人が所有できるというのはどういうことなのでしょう。

そのラスヴェガスの大量射殺事件から約4ヵ月半 後の今年のバレンタイン・デー。
フロリダの高校で起こった大量射殺事件で使用された武器は、
ラスヴェガスの時に使用されたものの一つであ るAR-15というれっきとした“戦争兵器”であり、
それを所持して虐殺を行っ たのは19歳でしかも精神的に問題のある少年でした。

こんなことが起こる国・許される国が世界において偉大な国家になり得るわけがありません。
しかし、相変わらずほとんどの政治家達は沈黙を守るどころか、“改善”にさえ抵抗しています。
共和党も民 主党も政治家達は皆、自分の地位・保身と票・資金(献金)にばかり目を向け、
この国の子供達の未来を真剣に考えようともしません。しかし、今回はついに子供達自身が動き始めました。
惨劇の起きた高校の生徒達を中心に、今アメリカ全国の高校では銃規制実現のためのムーブメントが起き始めています。
もうこんな状況はたくさんだ。大人達の都合で犠牲になるのは自分たちじゃないか。大人達は銃よりも子供達を愛すべきだと。

果たしてそれを大人たちが支援していくことができるでしょうか…。
そしてアメリカ最大のタブーの一つである「銃」を規制することができでしょうか…。
多少の規制は可能でしょう。しかし、止まることのない射殺 事件を防ぐためには、
アメリカの“銃神話”・“銃宗教”を崩さなければなりませんし、
そのためには、はっきり言えば国民の銃所持の権利を保護している憲法を改正するしか道はありません。
よって、結論としては非常に難しいでしょう。しかし、トランプを始め今の政治家達の時代はもうすぐ終わりますし、
彼らには未来はありません。未来は彼らのためにあるのではなく、未来は若者達のためにあるのです。
その若者達の意識が変り、 改革を求めている。アメリカは益々激動の時代に突入していきそうです。

 

トピック1:AIに 支配されるチケット販売

先日、ある超大物アーティストのチケット購入を試みました。
チケット発売日当日、既に自分のアカウントのあるチケット・サイトにログインし、
発売開始と同時に購入可能チケットが表示されるという仕組みになっていました。
いよいよ時間は秒読みに入り、緊張感が高まりました。3、2、1、0!となってコンピュータのモニターに表示されたのは、
「申し訳ありませんが、ご希望のチケットはございません」
‥これは一体どうしたことでしょう。発売開始後0.1秒以内にチケット完売?
悔しさというか怒りさえ込み上げてきましたが(笑)、
残念 ながら、これが現在の大物メジャー・アーティストのコンサート・チケット販売状況と言えます。

何故このようなことが起きるのか。
それは以前にも本稿でお 話したこともある「チケット転売」というこれまで不法行為であったことが、
一部の業者には公認され、しかもそのサービスを一般の個人も利用できるようになったということがあります。
言葉は悪いですが、“公認ダフ屋”と言ってもよい業者・業界が勢力を広げ、
しかもプロモーター側との癒着により、チケットを独占するに至っているわけです。
プロモーターと言えば聞えは良いですが、“興行”という言葉に約しますと、
その響きが懐かしい世代には“いかがわしさ”も感じられると思いますが、
実際にアメリカにおいて(またはアメリカこそ) “興行”を牛耳ってきたのはマフィアであるわけです
(この他にも、実は今でもマフィアに仕切られている業界というのはいろいろとあります)

もちろん、大物メジャー・アーティストのコンサート・チケットを買うのが困難であったのは今も昔も変わりませんし、
私も若い頃はどうしても行きたいコンサートのチケットを“非公認ダフ屋”(つまりマフィア系の組織)から購入したこともありました。
しかし、今は闇の部分・影の部分であったことが表面化し、“カタギの”人間や企業・組織(または、“カタギの”人間や企業・組織を装ったマフィア)が大手を振って公然とチケット買占めや転売を行える状況となってしまっていることが、昔とは違う状況と言えます。

更に昔と全く異なるのはテクノロジーです。
最近何かと話題 に上がるAI(アーティフィシャル・インテリジェンス)ですが、
チケット販売業界 でも既にAIの導入は盛んに行われています。
 AIと 言うとロボットなどを想像しがちですが、AIは進化したコンピュータ・プログラム またはソフトウェアと言い換えられますので、
別に人間型のロボットが導入されているわけではありません。

つまり、進化したコンピュータ・プログラムによって、発売後0.1秒以内に、
ほぼ全ての販売チケットを一斉に買い占めるシステムが可能になっており、その結果が先日の私の惨敗(?)にもなっているわけです。

私がまだ日本におりました中学生時代は、まだ「チケットぴあ」などもありませんでしたし、
チケット購入はコンサートの行われる会場か、プロモーターのオフィスか、
または東京ではヤマハや山野楽器といった一部のミュージック・ショップに限られていました。
チケットの前売り開始は基本的に週末でしたが時には平日で あることもあったので、
私は時には学校をさぼって、よく早朝や前の晩から徹夜でチケット購入者の列に並んでチケットを購入したものでしたが、
こんな前時代的な話は今や思い出話というよりも笑い話であると思います。
ですが、そういった“体力勝負”的なチケット購入であれば、まだ“勝ち目”もあったわけですが、
今やAIが相手となってしまっては、勝ち目など全く無くなってしまったと言えます。

さらにタチが悪いことに(?)、昔はチケット購入に失敗すれば、それは基本的には断念せざるを得なっかったのが、
現在は転売サイトが山ほどあるため、チケットが買えないということはないわけです。
但し、転売やオークションの場合は料金が通常よりも下がることはありませんから、
言ってみれば懐次第で常に“敗者復活“の機会が与えられていると言えます。

これは“ゲーム”としてはある意味おもしろいという部分もありますし実際に若者を中心に、
このシステムでの転売やオークション・チケットの購入を楽しんでいる層もいるようです。
つまり、転売やオークションの場合値段が上がりすぎると、買い手が敬遠することになります。
しかし売り手はできるだけ高い値段で売りたいわけですから、
最初はかなり高額の値を付けて転売することも多いのですが、 買い手の反応によっては途中で、
または公演日近くにはかなり料金を下げてくることも多いわけです。
この辺のネット上での売り手と買い手との“駆け引き”というのは正に一種のマネー・ゲームですので、これまでのチケット購入には無い“楽しさ”もあるというのは、ある意味で頷ける部分でもあります。

この転売サイトというのは、オフィスも従業員もいらない、ある意味で“ヴァーチャル・ワールド”と言えます。
当初は個人間の転売・オーク ションをメインにしていましたが、チケット自体は転売サイトが管理するのではなく、
最終的には売買される個人間で送受信されるシステムですので、
転売サイト側による支出というのは、コンピュータ・プログラム、つまりAIの 開発費・維持費がメインとなるわけです。
また、今やチケットはすっかりデータ送信によるプリントアウトのペラペラ・チケットとなっていますから
(もちろん、会場のボックスオフィスで購入したチケットは今も昔ながらのハード・コピー・チ ケットではありますが)、
転売サイトはチケットを所有しないどころか、単にデータのやりとりを中継しているというだけなわけです。
扱うチケットがデータとなるわけですから、どこの転売サイトに行っても同じチケットが転売されるという結果になりますし、
そのシステムは言ってみれば“物”としての商品の存在しないオークション・サイトのようなものです。
転売サイトの普及は、実際のコンサートにも大きな影響と言いますか、これまでにはなかったような変化や現象を引き起こしています。

 

まず、プロモーター・サイドによるチケット完売という公式アナウンスというのは、
チケットが全てファン達に購入されて売り切れたわけではなくなりました。
つまり、チケットが完売したとしても、それは単に転売サイトに買い占められている状態であるわけです。
その結果として、チケット販売サイトではチケットは売り切れているのに、実際にコンサートに行ったら空席が目立った、
という異常な現象も当初はよく起こっていました。最近は関係者への“バラ巻 き”や“叩き売り”などもあって、
チケット売り切れのコンサートに空席が目立つことは少なくなってきましたが、
それでも純粋なファンだけではない観衆が多く混じっていることは、別の異常な現象と言えます。

更に、異常な現象となっているのは、クレジット・カード会社による優先予約システムの導入です。
例えば通常のクレジット・カード所有者のための優先予約システムなどというのは対したアドバンテージもありませんが、
各クレジット・カードのゴ-ルド・カードやプラチナム・カード所有者を対象にした優先予約はかなり優遇・優先されたものと言えます。
今はどこもかしこも“VIP”や“優先・優遇”が決まり文句・売り文句のごとく横行していますが、
これも購買者の“足元”しか見ていない、儲けのみを追求したいびつなビジネス・スタイルであると言えます
(これもキャピタリズムと言えばそれまでですが…)。
高額所得者や企業を対象としたチケット販売戦略は、本当の ファン達にとってはほとんど意味が無く、
金持ちが喜ぶだけならまだしも、企業のエグゼクティヴ達や企業そのものによる“接待”に費やされるケースが圧倒的に増える結果となっているわけです。

以前は野球やフットボールなど、スポーツ観戦チケットにおいてはそうしたスタイルや現象・傾向が多く見られましたし、
特にここ数年、スタジアムなどが改装・改築される際には、
どこもこうした“VIP”や“優先・優遇”指向にしっかりと対応できる観客席の構造を取り入れる傾向にあります。
それが故に、フットボールを筆頭に、バスケットボールやアイス・ホッケー、
そして今では野球すらも庶民が観に行って楽しめるスポーツではなくなってしまっているという現状があるわけです。

そうした流れに続いて、音楽もここ最近は特に大物メジャー・アーティストのコンサートが、
そうした“社交的な”場として利用されており、ヴェニュー(会場)側でもVIP席はもちろんのこと、VIP専用の飲食販売スペースやラウンジ、クラブなどのスペースを取り入れるところが次々と増えています。
VIP席 自体は悪いことではないと思いますし、席にカテゴリーと料金差があるのは当然です。
また、出演アーティストと一緒に写真が撮れる、などと いった熱心なファン向けの特典付き高額VIPチケットは、
それを楽しみにするファンがいるわけですから、それはそれで良いとは思います。しかし、クレジット・カードでの差別化や、
企業向けの優遇販促など、本当に好きなファン達がチケットを買えないような、
ファンを軽視したチケット販売は益々エスカレートしていくことは、結果的にコンサートという娯楽、更には音楽文化をも壊しかねないと危惧されます。

【I Love NY】月刊紐育音楽通信 January 2018

混乱と対立の2017年 が終わり、更なる混乱と対立が予想される2018年がやってきました。こんな時こそ、周囲に振り回されず、自分の進むべき道をしっかりと見極めて取り組んでいきたいものです。2018年が皆様にとって平和と祝福に満ちた良い年となりますよう祈っております。

 トピック:2017年 アメリカ音楽界の物故者を振り返る

年の初めから昨年の物故者の話というのは明るい話題ではありませんが、毎年一つの時代を築き、また時代を動かしてきた偉大なる才能が世を 去っていく中で、2017年というのは、最近の中でも特に印象的であり、時代の移り変わりと大いなる遺産を感じる年であったと言えます。ご存知のようにアメリカは今、政治的にも経済的にも社会的にも大きな変革の時期を迎えようとしており、世界の中におけるアメリカの位置付けも大きく変ろうとしています。そうした時代の動きに対して、音楽も敏感に反応し、連動しているというのは当然であると言えますし、これからの時代において、音楽がどのように変化していくのか、という点には興味が尽きないと言えます。そして、音楽は流行ではなくカルチャーであり、特に縦横のつながりが密接なアメリカにおいては、偉大なる才能が次々と世を去っていくことが、これからの音楽にどのような影響を与えていくのか、ということも重要な点であると思います。2017年のアメリカ音楽界における物故者のトップと言えば、やはりチャック・ベリーと ファッツ・ドミノにつきると言えます。何故ならこの二人は、ロックンロールの創始者として、アメリカ・ポピュラー音楽に計り知れない影響 を与えた“超級”の偉大なるアーティストであるからです。

ロックンロールという音楽自体が、R&Bのみならずブルース、ジャズ、ゴ スペルといったアメリカの黒人音楽すべてをルーツに持っているわけですが、その意味でこの二人はアメリカのルーツ系黒人音楽すべての架け橋となって、現代の主流となるアメリカのポピュラー音楽の基盤を作り上げた“父親達”である、と言えるわけです。よって、この二人が1986年から始まった「ロックンロールの殿堂」の第一回目殿 堂入り受賞者10人の中の2名 でもあったことは、まったくもって正しい選択・評価であったとも言えます。この10人というのは他に、ジェリー・リー・ルイス、リトル・リチャード、エヴァ リー・ブラザーズ、エルビス・プレスリー、バディ・ホリー、レイ・チャールズ、サム・クック、ジェイムズ・ブラウンが名を連ねるわけですが、チャック・ベリーとファッツ・ドミノの死去によって、現在存命なのはジェリー・リー・ルイス、リトル・リチャード、ドン・エヴァリー の3人のみとなりました。よって、世を去った7人の存在というのは、既にアメリカ・ポピュラー音楽の歴史における最初の1ページとして過去のものとなってはいますが、それでも現代のアメリ カ・ポピュラー音楽の全てが、彼等の存在無くしては語れないことは間違いありませんし。その死によって彼等の存在や音楽が、例えて言うならば全米で使用される教科書(アメリカにはそのようなものはありませんが)における最重 要トピックの一つとして、これまで以上にこれからの若い世代や音楽に影響を与えていくことも間違いないと言えます。

2016年は、プリンス、グレン・フライ、デヴィッド・ボウイ、レナード・コーエンといった超大物アーティストの死去に、多くのファンが悲しんだと言えますが、2017年 においてアメリカ全土に衝撃と悲しみを与えることになった、アメリカがこよなく愛した国民的ミュージシャン/アーティストと言えば、グレ ン・キャンベルとグレッグ・オールマンとトム・ペティの3人であると思います。これには異論もあるとは思いますし、特にグレン・キャンベルとトム・ペティは、白人以外のファンは極めて少なく、乱暴な言い方ではあります が、白人社会における国民的な音楽アイコンであったとも言えます。それでもアメリカ全体として見た場合、この2人の存在がとてつもなく大きかったことは間違いありません。グレン・キャンベルに関しては、以前このニュース・レターで最後のツアー(ニューヨーク公演)の様子や最後のアルバムのことなども紹介し ましたので重複は避けますが、非白人ながらカントリー音楽を聴いて育った私には正にヒーローと言える人でしたし、私が楽器を手にして音楽 を始めるきっかけとなったのもグレンでした。

なにしろ彼はカントリー界の大スターというだけでなく、かつてはビーチ・ボーイズのオリジナル・メンバーであり、超一流のスタジオ・ ミュージシャンでもあった人なので、彼の死去の知らせには、ある意味でファン以上に数多くのミュージシャンやアーティスト達、特にグレ ン・キャンベルとは親交の深かったアリス・クーパーを始めとするロック系アーティスト達から追悼の意が捧げられたことは印象的でした。彼は保守派の政治家達とも付き合いが深く、スタンスとしてはかなり右寄りの保守派でしたし、不倫やドラッグ問題で散々世間に叩かれ、波乱 万丈の人生を歩んだ人でもありますが、それでも最後はみんなに愛される”憎めない 人”であったと言えます。そのあまりにも早すぎた死去のニュースで、全米の様々なメディアは一色となったトム・ペティですが、彼はある意味でブルース・スプリング スティーンやニール・ヤングよりも幅広い世代に強い影響力を持つ”メッセージ・ ロッカー”であったと言えます。更に彼の場合は、自分のバンドであるザ・ハートブレイカーズと共にボブ・ディランのバック・バンドを務めたことや、ディランにジョージ・ ハリソンも加えたバンド(トラヴェリング・ウィルベリーズ)での活動も、その人気・評価を不動のものにすることにつながったと言えます。

彼には多数のヒット曲があり、中でも最大のヒット曲となった「フリー・フォーリン」は、全米のロック、ポップス系ラジオ局で最も頻繁に流れる曲の一つであると言えますが、彼の死後、こ の曲のオンエア頻度は更に上がり、一向に落ちる兆しは見えないように感じます。そんな二人に対して、グレッグ・オールマンはどこかこの二人を足したところもある、やはりアメリカの国民的ミュージシャン/アーティスト でした。彼の場合もドラッグの問題は大きく、またシェールと電撃結婚するなど、以前は本当にやんちゃな”お 騒がせ男”であったわけですが、歳を取ってからの彼は、アメリカが誇るギタリスト の一人、デュエイン・オールマン(「デュアン」とは発音しません)の弟として、これまたアメリカの国民的ロック・バンドであるオールマ ン・ブラザーズ・バンド(以下オールマンズ)を死の3年前まで率い、ロック界にとてつもないオーラを発してきました。トム・ペティのようなメッセージ色は希薄でしたが、歳を取ってもデュエインの弟的な“誰かが面倒を見てあげなければならない”ような雰囲気と、その南部コテコテの人柄はみんなに愛されていました。

実は私は以前、カーク・ウェストという長年のオールマンズのツアー・マネージャーに連れられて、オールマンズの地元であるジョージア州メ イコンのオールマンズ想い出の場所をいろいろと訪ねたことがありました。例えば、オールマンズの初期に彼等が共同生活をしていたビッグ・ハウスという家や、当時まだ金の無い彼等に食事をサービスしていたソウ ル・フード・レストラン(当時から店主であった黒人のルイーズおばさんにもお会いしました)など、いろいろなところに案内してもらえたことは、感動的でしたし、デュエインとベースのベリー・オクリーがオートバイ事故で亡くなった現場や、彼等のお墓参りには胸が締め付けられました。主にマッシュルームをドラッグとして常用していた彼等は、精神的にも不安定で、一つ屋根の下でメンバー間のいざこざも多かったそうです が、そんな中でグレッグの存在は、みんなの仲をつなぐ癒し(というか、みんなの弟分)のような存在であったという話には心が温まったもの でした。

オールマンズやグレッグのライヴは何度観たかわかりませんが、どこを取っても100% 彼の人柄そのもののような大きくて温かくてレイドバックしたパワフルな彼の音楽は、単にサザン・ロックという範疇には納まらず、正にアメ リカン・ロックの王道の一つであったと言えます。実は2017年は、オールマンズのもう一人のオリジナル・メンバーであったドラ マーのブッチ・トラックスもグレッグの死の4ヶ月前に亡くなっています。彼の甥は デュエインの再来とも言われ、エリック・クラプトンのバンドにも起用され、今やアメリカを代表する偉大なギタリストの一人として極めて評価の高いデレク・トラックスであるわけですが、ブッチの場合は拳銃で頭を打ち抜いての自殺であったことは本当に辛いニュースでした。

上記のデュエインとベリー・オークリーの死から立ち直って蘇り、長年活動を続けたオールマンズですが、グレッグとブッチを失った今、彼等 がオールマンズとして復帰する可能性はほとんどゼロとなってしまいました。そうした中で、ここ数年南部のみならず、アメリカの各地からサザン・テイストの強い若いロック・バンドが出てきていることは非常に興味深 いと言えますし、彼等の死は更にそうした動きを後押しすることにもなるであろうと思われます。その他に大物系としては、ブルース・ハープのジェイムズ・コットン、カントリー界の大スターでありながらソングライターとしても優れた才能を発揮したメル・ティリス、ジェイムズ・ブラウンのファンク・リズムを生み出したと言えるドラマーのクライド・スタブルフィールド(私は以前、彼 のドラム・ビデオをプロデュースさせていただきました)、
ロックにおけるストリングのアレンジと言えばこの人、と言えるポール・バックマスター(エルトン・ ジョン、デヴィッド・ボウイ、ローリング・ストーンズ、グレイトフル・デッド、ボンジョビ、ガンズ&ローゼズ他無数!)、ゴスペル・シン ガーながらジャズ・シンガーとしても女優としても名声を得たデラ・リース、セシル・テイラーやアルバート・アイラーのドラマーとして活躍し、リズムやビートよりもパルスを重視したドラミングで全く新しいジャズ・ドラムの世界を生み出したサニー・マレイ、A&Mやブルー・サムといった個性豊かなアーティストを抱えるレーベルからスタートし、ワーナーを経てユニヴァーサル・ジャズの重役となり、その間、バーバラ・ストライザンド、マイケル・フランクス、スタッフ、アル・ ジャロウ、ジョージ・ベンソン、ランディ・クロフォード、マイルス・デイヴィス、ナタリー・コール、アニタ・ベイカー他、多種多様でありながら実に個性的なアーティスト達の代表作を手がけた大プロデューサーのトミー・リピューマ、といった巨匠達も、単に一つの時代を生み出 したというだけでなく、恐らく今後これほどの個性的な才能は出てこないのでは、と思うほどの存在であったと言えます。

その一方で、弟のアンガス・ヤングほどの個性や注目度はありませんでしたが、常に強烈なリフを生み続け、アンガスとの鉄壁なギター・コン ビでAC/DCのもう一つの顔であったマルコム・ヤング、ミュージシャンの中の ミュージシャンによるバンドとして、様々なジャンルのミュージシャン達からリスペクトされているスティーリー・ダンのウォルター・ベッ カー、バンドの看板はボーカルのピーター・ウルフでしたが、バンド・リーダー&ギタリストとして、ブルース色の強いアメリカンなロックン ロールを聴かせてくれたJ・ガイルス・バンドのJ(ジェローム)・ガイルス、ギターの概念を完璧に塗り替え、イギリス人ながらアメリカ人 ギタリスト達にも強烈なインパクトを与え続けたアラン・ホールワーズなどは、一つの時代の終わりというには若すぎる死でしたし、以前にも お話したクリス・コーネルとチェスター・ベニントンの自殺は本当に衝撃的でした。

2017年はジャズ系も多くの偉大なアーティスト達を失いました。特にジェリ・アレン、ラリー・コリエル、ジョー・アバークロンビー、アル・ジャロウ、アーサー・ブライス、デイヴ・バレンティンといったあまりに個性的な才能達のあまりにも早すぎる死は本当に悔やまれます。まだまだ2017年のアメリカ音楽界における物故者は、重要な人や、個人的な思い 入れの強い人などもまだまだいますが、今回の故人追悼の最後として、音楽界における日米の架け橋となり、アメリカ音楽界では極めて高い評 価と尊敬を集めてきた、ローランドの創始者、梯(かけはし)郁太郎さんのことに触れさせていただきたいと思います。

アメリカにいる私などよりご存じの方は多いとは思いますし、改めてその偉業を紹介する必要は無いとは思いますが、梯さんはローランドやBOSSの創業者であり、MIDIの 生みの親でもあり、DTMの提唱者(「ミュージくん」や「ミュージ郎」といったDTMパッケージ)であった、日本が世界に誇る電子楽器・楽器関連機器・音楽インター フェース・音楽ソフトのパイオニアであった方です。バークリー音楽院からは名誉博士号を受け、音楽界の偉大な才能を称えるハリウッドのロックウォークにも殿堂入りして手形が残され、テクニ カル・グラミー賞では日本人として初の個人受賞もされています。梯さんが手がけた代表的な名器としては、「TR-808(“ヤオヤ”と呼ばれたド ラム・マシーン)」、「TB-303(ベース・シンセサイザー)、「Jupiter-8(アナログ・ポリフォニック・シンセ)」、「MC-8(デジタル・シーケンサーの元祖)」などがあり、アメリカの音楽界ではその名を知 らない人はいないとも言えます。

4月に亡くなった直後には、ニューヨーク・タイムスでも大きな追悼記事がフィーチャーさ れ、音楽誌はもちろんのこと、様々な一般メディアでもその死と偉業は大きく取り上げられました。モーグ・シンセサイザーのロバート・モー グ博士と同様、音楽電子機器に“命”を吹き込み、音楽のため、ミュージシャンのために尽くされた本当に偉大な方であったと思います。梯さんのご冥福を心からお祈りすると共に、梯さんに続くような型破りな才能が、また日本から登場することを待ち望みたいと思います。

 

【I Love NY】月刊紐育音楽通信 December 2017

今年もロックフェラー・センターのクリスマス・ツリーが点灯され、
各所でホリデイ・シーズンの装飾が施され、街はクリスマスに向けて、
華やかに鮮やかに彩り始めています。
 タイムズ・スクエアには、なんとナッシュビルから本場の
カントリー・ミュージックを体験できるシアター・レストランが登場しました。
ロックの街、ジャズの街、ヒップホップの街、サルサの街、ゴスペルの街と
様々な“顔”を持つニューヨークに、新たにアメリカが誇る伝統音楽の“顔”が加わりました。
 来年で60周 年を迎えるグラミー賞。1月28日 に行われる同賞の受賞式は、
なんと15年ぶりにニューヨークに戻ってマジソン・スクエア・ガーデンでの
開催となります(ホストはジェイムズ・コーデン)。
 有名無実の旧時代法と言われていたニューヨーク市の「キャバレー法」が
廃止となりました。これはキャバレー営業の許可無くしては、公共の場での
ダンス・パフォーマンスを禁止した法律ですが、有名 無実であったとは言え、
これでニューヨーク市内におけるダンス・パフォーマンスの場が拡大することは必至で、
様々なダンス・ムーブメント が活発化していくことが期待されています。
 10月 から11月末まで行われていたブルース・スプリングスティーンの
ブロードウェイ・ ショー(ソロ・パフォーマンス)は、好評につき来年2月頭まで
延長となり、更に先 日、来年6月末まで延長されるとの発表がありました。
マジソン・スクエア・ガーデ ンでのショーを続けるビリー・ジョエルと共に、
ニューヨークとニュージャージーを代表する両巨頭がマンハッタンの夜を熱くしています。
 相変わらず、というか益々対立と不安が強まるご時世ですが、ホリデイ・シーズン
くらいは明るい話題からニュース・レターをスタートしたいと思います。

トピック:アメリカ音楽界を根底から揺さぶるセクハラ騒動

 それにしても大変な状況となってきました。アメリカ中で吹き荒れるセクハラ
告発・糾弾は、トランプ批判や税制改革をも吹き飛ばしてしまっているような勢いで、
その嵐は映画界から始まり、政界、ス ポーツ界、放送業界、音楽界などに次々と
広がり続けており、「実は私も」という#MeeTooの ハッシュタグはアメリカを超えて
爆発的に全世界に広がり、巷では「今日は誰がセクハラった?(セクハラれた?)」が
毎日の挨拶代わりと なってきているほどです。

な にしろ、ビル・コスビー(コメディアン)、チャーリー・ローズや
マット・ロウアー(TVジャー ナリスト)、ケヴィン・スペイシー(俳優)などといった、
それぞれの分野でアメリカを代表する看板的なスター達が、お茶の間から完全に
消えてしまうわけです。アメリカの一般的な市民の反応としては、驚きなどという
レベルを通り越して、ショックで呆然としていると言っても過 言ではありません。

 映画プロデューサーのハーヴィー・ワインスタインやブラッ ド・ラトナーの
セクハラ・スキャンダルに関しては、しばらくトップ記事として紹介されているので、
ここでは詳しくは述べませんが、被害者として名乗りを上げた女優達の豪華な(?)
顔ぶれには誰もが驚かされています。しかも話はこれで終わることが無く、ハリウッドも
これをきっかけとして、彼等に続く加害者や被害者が後を絶ちません。 

 もちろん、こうした“魔女狩り”的な動きには老若男女を問わず様々な批判もあります。
特にエンタメ界では、力のある人間が野望を持つ(野望を持たない場合もあるでしょうが)
異性(同姓の場合もあ り)に近づいて“ある種の交換条件を求める”、またはその逆で、
野望を持つ人間が力のある異性(これも同姓の場合もあり)に近づいて“ある種の
交換条件を手に入れる”、という図式は今でも日常茶飯事です。その結果として栄光を
手に入れた人がいるとすれば、それはある種の目的意識や合意同意のもとでの行為の結果、
または一つの“成果・達成”であり、それを数年または数十年経って今更改めてセクハラとして
告発・糾弾するのはおかしいのではないか、という意見・論法が中心です。

 また、セクハラ自体はどこまでがセクハラと判断されるのか、という問題もあります。
例えば言葉や手が触れたという行為に関しては、その度合いはまちまちですし、
加害者と被害者の意識によってもその見解・理解は異なります。
 しかし、ハラスメントというのは、被害者がハラスメントで あると感じることから
話が始まりますし、被害者がハラスメントであると感じれば、それはやはりハラスメント
であるわけです。特に、それが 性的な要素のものである場合、加害者には
弁解の余地はありません。 

 この問題の大前提としては、理由はどうあれ「セクハラ行為 は許されない」
ということであり、この先セクハラ行為を強要または許容するような関係や風習、
そして社会は完全に消え去らなければならない、ということだと思います。
そのためには、加害者側においても、被害者側においても、性的なアプローチや
駆け引きというものを絶対悪と する認識が必要であると言えます。
 それは大前提なのですが、それでも今回のセクハラ告発・糾弾は、今の様々な業界、
特にエンタメ界においては、現在に至っている業界内の力関係やパワーの図式や
構造というものを根底から揺るがし、転覆させる可能性も持っています。

 巷のニュースではまだ音楽界のセクハラ・スキャンダルはそれほど大きくは
取り上げられていませんが、音楽界・音楽業界における今回の問題への不安・恐怖は、
ある意味でどの業界よりも大きいと言え ます。音楽界は、来るべき嵐(または大審判)を前に、
誰もが口を閉ざして恐れ慄いている、といったところではないでしょうか。
 何しろ、音楽界・音楽業界におけるこれまでの悪しき風習というのは、他の業界に
比べて圧倒的な数を誇るだけでなく、実に広範囲に渡っているため、一つ紐を解けば
とんでもない規模に広がる危険性を 孕んでいるわけです。しかし、そうした実情に対して、
その告発・糾弾の件数と度合いは、逆に圧倒的に少ないという状況にあるわけです。

 現在、音楽界においてはラッセル・シモンズとRケリーのセクハラ告発・糾弾が
最も話題となっており、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ のメンバー達の
セクハラ容疑やバックストリート・ボーイズのニック・カーターのレイプ容疑も
話題になっているという状況です。
 前々回の本稿でも少しお話しましたケシャの問題や、更に遡って2年ほど前に
セクハラ・スキャンダルを告白したジュエルなどはタイミングが前過ぎて、
今回の大騒動には繋がっていないと言えますが、前述の#MeeTooに自らの体験を語った
シェリル・クロウのツイートは多くのフォロワーや共感者を生んで、
ソーシャル・メディア・サイドからの大きな動きにもなっています。そうした動きは
アメリカ国内のみならず、例えばバブリーな音楽大国スウェーデンにおいても、
アーティストからオフィスで働く人まで、音楽業界内の約2000人の女性達が、
ソーシャル・メディアを通して様々な記名・匿名での告発を行うというアクションに
広がっているようです。

 音楽界では映画界などと少々異なり、現在のところ大物系よりもインディー系に
おいての告発・糾弾が目に付いていることも特徴的です。
 例えばロサンゼルスのプロデューサーであるガスランプ・キラーや、
インディ系ロック・バンドのリアル・エステート、またブルックリンの
インディ・レーベルであるキャプチャー・トラックなどが、立て続けにセクハラ告発・
糾弾のニュースに登場してきました。

 しかし、音楽界におけるスキャンダルはこうしたインディ系レベルのみでは
終わらないことは明らかです。何しろ、告発・糾弾される可能性のある“予備軍”は、
過去から現在に至る大手レコード会社の重役やプロデューサー達、そうしたレコード会社との
契約を取り付けるパブリシスト達、そして大物アーティスト達に至るまで無数に
存在するわけですから、例えばグラミー賞の栄誉に輝く大スターや、そうしたスター達を
生み出した大手レコード会社の超大物プロデューサーなど、 あっと驚く人達が今後
告発・糾弾されるという可能性は、誰も否定できません。次は誰が標的となるかは
全く予想もつかず、少しでも身に覚え のある人達は戦々恐々としているといったところです。

 ご存じのように、レコード・ディールを取り付けるがために これまで行われてきた
様々な事実が次々と明るみに出始めれば、音楽界が大揺れに揺れることは必死です。
極端な例で言えば、マライア・キャリーは元CBSレコードの社長であり元夫である
トミー・モトーラを告発するのか、 ダイアナ・ロスはモータウンの総帥であり
元愛人とも言われるベリー・ゴーディJrを 糾弾するのか、といったレベルの話に
まで広がるわけです。
 もちろん、成功した者同士はお互いの身を守るために、またスキャンダルによる
リスクを避けるために、そうした事実を明るみに出すことを避け、隠そうとしますし、
敢えてタブーを破ろうという人は少ないでしょう。しかし、ここまで起きてきている
告発・糾弾の数々の始まりや経緯を見ていると、どこから事実が明るみに出てくるかは
全く予想がつきません。

 そうした中で先日、かつては“セックス・シンボル”とも呼ばれた往年の名シンガー、
トム・ジョーンズが、今回映画界で起きているワインスタインを始めとするセクハラ行為は、
音楽界でも常に起きて いるし、ジョーンズ自身も初期の若い頃に数回被害を受けたことがあり、
「女性に対して行われていること(セクハラ行為)は男性に対しても 行われているんだよ」と
語っていたことは中々ショッキングでした。

 音楽界のセクハラ問題は、今後音楽業界内での告発だけにとどまらない可能性もあります。
例えばかつて「グルーピー」なるものが存在し、特にロックやポップス系の人気アーティストや
バンドの楽屋、 そして宿泊ホテルには、常にグルーピー達が集まっているのが見かけられた
ものでした。今は女性の意識や地位向上という点からも、またセキュリティ上の問題からも、
こうした女性達はほとんど見かけられなくなりましたが、かつてそういった若い女性達に
囲まれていたアーティス トやバンド達は、誰もが少なからず標的と成る
可能性も持っているわけです。

 音楽界においては、これまで犯罪まがいの事件や、犯罪事件そのもの、そして
悲惨な事故死や自殺などが常に話題となってきて、ハラスメント・レベルの行為は
あまり取り上げられること無く、また話題になることも少なかったと言えます。
 確かに、音楽界というのは、エンタメ系の中でも特に過激な要素や側面を
内包していると言えるわけですし、セクハラ行為に関してもある程度黙認または見逃したり
無視するような風潮もありました。し かしそれは決して許されることではなく、
いかなる犠牲を払っても、そうした行為は撤廃・一掃し、“セクシャル”ということに
関する人々の 意識を変えていかなければならないことは明らかです。
 アメリカはトランプの時代となり、また一つ大きな変革のための“踏み絵”を
突きつけられていると言えるでしょう。

【I Love NY】月刊紐育音楽通信 November 2017

次から次へと起こる天災と様々な犯罪事件。
アメリカはすっかりネガティヴ・ヴァイブに満たされるているように感じます。
世の中はどこを見ても嫌悪・憎悪と対立・分裂のニュースばかり。
「ラヴ」と「ピース」は「ヘイト」に押しつぶされそうになっています。

 

 カリフォルニアの山火事は報道以上に深刻なようです。
実際に、アメリカでは人気のナパ/ソノマのメジャー・ワイナリーも含め、
数多くのワイナリーが所によっては壊滅的な被害を受け、今年の収穫は終わっていたものの、
火事の後の煙による被害で、今年のワインは出荷できないワイナリーが続出するであろうとの話もあります。
更に来年の栽培・収穫が絶望的であるのはもちろんのこと、
2~3年またはそれ以上復興に時間が掛かるという説もあって、
カリフォルニア・ワインの状況は悲観的です。

 2017年 はフランス、イタリア、スペインといったヨーロッパの代表的なワイン産出国も
天候が悪く、不作の年と言われており、ワインの値段は高騰すると言われています。

 

 ラスヴェガスは先日の乱射事件後、観光客も戻って平常通りという報道ですが、
その傷はあまりに深い一方で銃規制は相変わらず絶望的で、
先日は全米ライフル協会の後押しで、州ごとに管理されている銃許可の範囲を取り払い、
人目に付かなければ他州どこにでも持ち運ぶことを可能にする法律が制定されるという話が出て、ニューヨークでは 猛反発が沸き起こっています。

 そんな中で、ラスヴェガスで襲撃されたカントリー・コンサートに出演していた
カントリー・ミュージシャンの一人が、銃規制を呼びかけるコメントを出して話題になりました。
カントリーに限らず、 アメリカでは全国ツアーを回る多くのメジャーなバンドは、
今でもツアー・バスを利用することが多いのですが、
このツアー・バスには当然セキュリティ・ガードも乗っていて、
セキュリティ・ガードのみならず、バスの車内には銃が搭載されていることは少なくありません。
しかし、 今回の乱射事件の場合は、セキュリティもバスに搭載していた銃も全く役に立たず、
単に逃げ惑って犠牲を許すだけの結果となってしまいました。
そうした状況を受けて、襲撃直前に出演していたこのカントリー・ミュージシャンは、
これまで銃規制反対派であったことを反省し、銃による暴力から身を守るために銃を持つことには意味も無く有効でも無い、と呼びかけたのです。
事件後に「カントリー・ミュージックのファンはほとんどが共和党支持者で
銃所持賛成派だから、今回の乱射事件の犠牲者に対しては同情の余地などは無い」などというトンデモ発言をしたCBSの重役が解雇されましたが、
確かに保守派・銃所持賛成派が主流と言えるカントリー・ミュージック・サイドからの
銃規制発言は、これまでとは違う流れを生み出す希望もあると言えます。

 

 

トピック:人気深夜トーク/バラエティTV番組に見るアメリカのショーマンシップ

 

 先日、招待を受けて久々にアメリカの人気TV番組の公開収録に観客として参加させてもらいました。
そんなわけで、今回はその話をトピックとしてご紹介したいと思います。

 今回観客として参加させてもらった番組は5シーズン目に入ったNBCの
「レイト・ナイト・ショー」で、司会はセス・マイヤーズです。
マイヤーズは今、アメリカのメジャー・ネットワークや独立系チャンネルで放映されている
様々な人気深夜トーク/バラエティ番組の中で、
CBSの「ザ・レイト・ショー」のスティーヴン・コルベアと共に、
トーク/バラエティヴ番組における反トランプ の急先鋒とも言える人気司会者で、
マイヤーズの前の時間帯に放映される「ザ・トゥナイト・ショー」の
ジミー・ファロンと共に同局土曜日の 超人気コメディ/バラエティ番組である
「サタデイ・ナイト・ライヴ」の出身でもあります。

 

 この深夜のトーク/バラエティ番組ですが、現在のメジャーな人気番組としては、
CBSのコルベアの「ザ・レイト・ショー」の後に放映される、
イギリス出身のコメディアン&アクターのジェームス・コーデンがホストの
「ザ・レイト・レイト・ショー」(番組内で、自ら運転する車の中にセレブを交えてカラオケで一緒に歌う「カー・プール・カラオケ」のコーナーが大人気)、そして後発ながら、
CBSとNBCに対抗してABCが2003年から起用しているジミー・キンメルの
「ジミー・キンメル・ライヴ!」、大手ネットワークではないTBSですが、
以前はNBCの「ザ・トゥナイト・ショー」や「レイト・ナイト・ショー」のホストを務めていた
コナン・ブライエンの「コナン」などが代表的です。

 

 さて、話は戻ってマイヤーズですが、彼はコメディアン&アクターのファロンと違って脚本家でもあるので、あまり破綻した所が無く、コメディアンというよりも、
どちらかというと折り目正しい司会者タイプですが、政治コメンテーターという側面もあって、
コルベアほど辛辣・強烈ではないものの、そのトランプ批判には中々鋭いものがあります。

 

 アメリカの深夜トーク/バラエティ番組というのは基本的に公開収録のスタイルを
取っていますが、生中継ではなく、同日放映前の録画となります。
例えばマイヤーズの「レイト・ナイト・ショー」は平日夜12時半過ぎからの放映となりますが、
録画は夜6時半から約1時間かけて行われることになります。

 私は同番組出演ミュージシャンの招待で行ったので、収録の始まる直前まで
バンドの楽屋にいましたが、音楽におけるレコーディングや、
CM・映画・テレビ・ビデオ作品の撮影などと違い、
全ては極めて短時間の中で分刻みで進んでいくので、全てが見事にオーガナイズされ、
バックステージのスタッフ達の動きも実にきびきびとしていて、側にいるだけでも心地よい緊張感を感じます。

 

 ご存知の方も多いと思いますが、NBCの収録スタジオというのは、
有名な巨大クリスマス・ツリーの目の前のロック・フェラー・プラザ・ビルの中にあり、
観光客向けにはスタジオ・ツアーもあり、屋上はトップ・オブ・ザ・ロックという展望台になっています。

 「レイト・ナイト・ショー」の収録はスタジオ8Gというスタジオで行われています。
収録スタジオはテレビで見ると広く感じますが、実は歴史的な古いビルということもあり、
このスタジオに限らずNBCの各スタジオというのは意外と小さいのです。

 私は随分と前にも別番組の公開録画に参加したことがありますし、
また私にとってはサックスの師匠でもある元タワー・オブ・パワーのメンバーで
「サタデー・ナイト・ライヴ」の音楽監督を長らく務めているレニー・ピケットにスタジオ内を
案内してもらったこともありますが、いつも思うのはNBCのスタジオというのは
劇場のバックステージのように狭く迷路のようで、更に歴史と風格を感じさせる独特の雰囲気があるということです。

 

 平日のトーク/バラエティ番組は当然毎日日替わりのプログラムで、
スタジオ現場のスケジュールは毎日猛スピードで進んでいきます。

 例えば今回の「レイト・ナイト・ショー」の場合は、スタッフ達は朝早くから
スタジオ入りしますが、マイヤーズは午後にスタジオ入りして番組内容の詳細に至るまでの
ミーティングを行い、全スタッフがスタジオに入ってテスト・ランを行うのは夕方4時です。

 約1時間のリハーサルの後、最終チェックとダメ出しをして本番が始まるのが6時半ですから、リハから本番スタートまでの2時間半の緊張間というのはご想像いただけるかと思います。

 リハーサル後、その日の観客がスタジオに入るわけですが、
その間マイヤーズは着替えとメイクアップをしつつ脚本の最終確認を行い、
ゲストのプロフィールを再読してその日のトピックを確認し、
脚本家との最終打ち合わせを行い、その日のゲスト達の楽屋を訪ねて打ち合わせをし、
本番5分前の6時25分には再びスタジオにやってきて観客達に挨拶をします。

 その前に番組のディレクターが観客達に様々な質問(どこから来たのか?海外から の参加者は?隣の彼女との関係は?結婚して何年?長年の結婚生活の秘訣は?などなど)を投げかけてジョークを交えながら笑いで場を盛り上げ、更に収録時の注意事項など様々な説明を行って簡単なリハーサル(拍手や笑い声)も行うのですが、それらが終わった直後にマイヤーズと直接対面して観客のボルテージも一気に上がり、盛り上がった状態で本番に突入するというわけです。

 

 放映時間はコマーシャルを含めて約1時間ですが、内容的には他の深夜トーク/バラエティ番組同様非常にシンプルです。
まずはマイヤーズによる様々な時事ネタ・コメント(ここで トランプ批判が炸裂します)があり、
2人のゲストとのトークが続き、最後はその日のミュージック・ゲストによる演奏という構成です。

 この日のゲストは、アメリカの人気テレビ番組「LAW & ORDER:性犯罪特捜班」の
主役刑事の一人であるマリシュカ・ハージテイ(彼女はマリリン・モンローに続くセックス・シンボルと呼ばれた往年の女優ジェーン・マンスフィールドの娘)と、コメディからシリアスなドラマまで
幅広くこなし、映画版「スタートレック」への出演、そして最近ではテレビ版「エクソシスト」の
シーズン2の主演にも抜擢され、現在アメリカで最も人気のあるアジア系俳優の一人と言える
ジョン・ チョーという中々豪華な顔ぶれでした。

 

 最後のミュージック・ゲストは、今年リリースした2作目のアルバムがビルボードの
ブルース・チャートでトップに躍り出て、一躍注目の的となり始めている
白人女性ブルース・ミュージシャン、ZZワードでしたが、
彼女のバンドのセッティングのための待ち時間、何とマイヤーズは観客席にやってきて、
観客達からの質疑応答を受け始めたのには少々驚きました。

 ステージの進行を興味深く見つめる観客に対して、
単に待ち時間となっていたマイヤーズにとっては時間つぶしという意見もありますが、
例えそうであっても、マイヤーズとの直接のやりとりに観客達は大喜びし、
スタジオ内は一気に打ち解けた雰囲気になりました。

 更にお見事であったのは、観客からの最後の質問です。
観客の一人が「最近、世論調査で国民の46%が、メディアのニュースは偽造・でっち上げであると思っている、との結果が出ましたが、あなたはどう思いますか?」との質問を投げかけたのですが、
マイヤーズは、「世論調査の信憑性という問題はあるし、全国民の46%という数字が正確であるとは思わないけど、残念ながらそのように思っている人達はとても多いと思うよ。僕らメディア側の人間は、そうした誤解に対して一所懸命対応していかなければいけないね。僕もこれからもフェイク・ニュースを伝え続けて貢献するつもりだよ!」と
トランプのお決まりフレーズを逆手に取ったジョークをぶちかまして場内は大爆笑。
すかさずマイヤーズは「さあ、みんなでミュージック・ゲストを迎えよう!」と言って
ZZワードを紹介。観客の盛り上がりと歓声は最高潮となりました。

 マイヤーズの知性とユーモアと機転には本当に脱帽でしたが、
私はそこにアメリカのショー・ビジネス魂というかエンターテイナー魂、つまり、
そうした業界のプロとしての自信とプライドというものも感じました。

 

 ところでもう一つ、関心というか少々驚いたのは、
マイヤーズはモニターやカメラなどを使ったテレ・プロンプターを使わないという点です。
そうしたテクノロジーは一切使わず、スタッフがカメラの前に
手書きのキュー・カードを持ってマイヤーズに見せるのです。

 これにはマイヤーズへの質疑応答の時も観客から質問が出ました。
マイヤーズは苦笑いしながら、自分がオールド・スタイルであるということを認めつつ、
「でも、(モニターやカメラなどを使ったテレ・プロンプターは)万が一機械のトラブルなどが
あった場合には大変なことになるし、その意味でも人間同士が行うのが最も安心で安全で、
フレキシブルな対応ができるんだよ。 彼(キュー・カードを出すスタッフ)は僕がこのショーを始めたときからのナンバー・ワン・ガイなんだ」と言ってそのスタッフを紹介し、観客からの拍手喝采も受けていました。

 こうしたアナログな面も保ちつつ、マイヤーズのショーは観客と一体になって毎日のショーを生み出していくわけです。

 久々に、そして改めてアメリカのテレビマン達の意識の高さと機動力と底力を感じた人気テレビ・ショーの公開収録でした。