【I Love NY】月刊紐育音楽通信 December 2016

 「ブリグジット(Brexit)」に続き、またしても自分の予想や期待は外れてしまいました。
もちろんこれは私だけではありません。ほとんどのニューヨーカーは、今回の大統領選の結果に
唖然・呆然とし、消沈・悲嘆し、この先の4年間を憂慮していることは間違いありません。
ニューヨーカーに最も嫌われるニューヨーク出身の大統領、というのも何ともおかしな
図式ですが、何しろマンハッタンとブロンクスにおいてはトランプの得票率は10%にも
満たなかったのですから、ニューヨークが他のアメリカ諸州といかに異なるかが
わかっていただけると思いますし、ロバート・デニーロが「これは911テロに続くショックだ」
と嘆いたのも頷けます。
 あの悪夢の11月8日以降、ニューヨーク、特にマンハッタンではかつてないプロテストが
巻き起こりました。私は12日と13日の土日はCM撮影の仕事でマンハッタン内を車で
動いていましたが、長年ニューヨークに住んでいて、あれほどの規模のプロテスターによる
デモに出会うのは初めてでした。思えば911テロ後のアフガニスタン侵攻、
そしてイラク戦争の時も大規模なデモが行われましたが、今回の場合は地元・身内での
出来事ですから、プロテスター達の思い・パワーは半端ではありませんでした(私も車の
クラクションでデモに“参加”しました)。
 とは言え、どんなに抗議を行っても、大統領というのはアメリカ合州国の最高指令官
であり、大統領を信頼し、敬意を表し、サポートするのがアメリカ国民の務めでもあります。
理解と葛藤の狭間で、ニューヨーカーにとってはあまりに大きな試練が課せられることに
なったと言えるでしょう。時代は逆行・混乱するかもしれませんが、向かうべきゴールは
揺るぐことはありません。そう信じて、この先の4年間を注視しつつ、自分達の進むべき道を
進んでいきたいと思う今日この頃です。
 

トピック:来るべきスマート・スピーカーの時代


 私のアナログ指向・ビンテージ指向は歳と共に強まっていくように思います。
元々、楽器に関してはあたらしいものが好きではなく、ビンテージでなければ気が乗らず(?)
フィットしないタチなので、長年の愛器であるサックスは1930年代と1920年代のものですし、
趣味のアコギも昨年末に憧れのギルドのアコースティック・ギター(1974年製)を手に入れてしまいました。
 オーディオ機器に関しては、特に再びレコード(アナログ盤)を聴くようになってから
アナログ指向が再燃し、やはり昔から憧れていたトーレンスのビンテージ・レコード・
プレイヤーに手を出してしまう始末。オートマチックを排したマニュアル操作と安定した
ベルト・ドライブ、そして独自のフローティング・サスペンション・システムがサウンド以外
でも満足感を与えてくれます。
 ですが、再生装置は端末のスピーカーが重要であることは言うまでもありません。今は
レコーディング・エンジニアの友人からもらい受けたヤマハのNS10を使っていますが、
ご存じのようにこれはモニター・スピーカーですし、部屋が広ければしっかりとしたフロア・
スピーカーが欲しいところです(70年代の格子デザインのサンスイ・スピーカーなどに
そそられています)。

 思えば私が子供の頃、家にあったのは家具のように重厚なセパレート型ステレオでした。
その後、音楽好き・オーディオ好きであった叔父の影響でコンポーネント・ステレオにハマり、
独立してからは住宅事情もあってシステム・コンポ〜ミニ・コンポへの移行を余儀なくされて
いったわけですが、これは日本に限らずアメリカの都市部においてもよく見られた傾向・流れ
であると言えます。
 また、家や部屋の中に占める音楽再生装置のスペースが縮小していったのは、単に住宅事情や
インテリアのコンパクト化・シンプル化のみならず、ライフスタイル自体の変化という面も
無視できないと言えます。
 しかし、無駄を省いてコンパクトにシンプルになっていくことで失われたものもあると
言えます。音というのはウェイヴであるわけですから、例え人間の可聴範囲には届かないと
言われても、ウェイヴはボディとマインドに届く、と私は思っています。
 とまあ、そんな戯れ言とは逆の方向に時代は進んでいることは確かなわけで、
ストリーミング時代を迎えて、音楽再生装置はラップトップやスマホ、卓上スピーカーや
ヘッドフォンに“占拠”される形になっていきました。ところがそうした中で、今再び、
家や部屋にフォーカスされた音楽再生装置が話題になってきていると言われています。

 アメリカは先週、日本の正月にも相当する一年で最大のホリデイ、サンクスギヴィング・
デーとそのホリデイ・ウィークエンドを迎えましたが、サンクスギヴィング・デーというのは
11月の第4週木曜日と決まっていて、その翌日がブラック・フライデーと呼ばれて大安売りの
日となっています。最近は、その週末開けの月曜日がサイバー・マンデーと呼ばれて
オンライン・ショッピングの大安売り日になっており、何とか少しでも物を買わせようという
メーカーの商戦・商法は益々激化しているわけですが(今年のブラック・フライデーの
全米売り上げは減少しましたが、サイバー・マンデーの売り上げは史上最高であったそう
です)、今年のサンクスギヴィング商戦では、ストリーミング対応のスマート・スピーカーと
呼ばれる自宅用音楽再生システムが人気商品の一つとして注目されていました。
 現在、このスマート・スピーカーは、電子商取引とクラウド・コンピューティング会社
としては最高峰のアマゾン(Amazon)と、多国籍テクノロジー企業としては最高峰の
グーグル(Google)という2つの企業が火花を散らす状況となっていますが、値段は
どちらも$150前後と、比較的お求めやすく、場所も取らないことから、一家に一つという状況が
目前に迫りつつある、というのがマスコミの予想のようです。

 アマゾンのスマート・スピーカーは「アマゾン・エコー」、グーグルは「グーグル・ホーム」
という商品がその代表となっていますが、これらは音楽再生機能よりも音楽操作機能の方が
目玉・話題となっていると言えます。この“操作”の核となっているのが
IPA(Intelligent Personal Assistant)。つまり、アップルのSIRIに代表される音声分析機能、
または自然言語処理機能というわけです。
 まず、「アマゾン・エコー」におけるAPIは、Alexa(アレクサ)またはEcho(エコー)と
呼ばれ、現在は英語とドイツ語対応のみとなっていますが、このAlexa搭載により、操作性が
飛躍的な進歩、というか新しい次元に到達したことは間違いありません。
なにしろ操作するために、このスマート・スピーカーの目の前にいる必要はないわけで、
またスマホなど他のディバイスの操作を中断することもなく、スマート・スピーカーを
操作できてしまうわけです。これは昔あったSF小説やテレビ・映画の世界に近いとも
言えますし、今話題のAI(Artificial Intelligent)の初歩的バージョンまたは基本機能の一つと
言うこともできます。例えば、スマホでテキストを打ったりしながら、
「アレクサ、プレイ!」と言って自分の聴きたい曲を言えば、曲名をタイプしたり画面上で
操作したりする必要もないというわけです。

 このAPIテクノロジーを推進しているのはグーグルの「グーグル・ホーム」(Google Assistant)も
同様ですし、ご存じアップルのSIRIも近々スマート・スピーカーに参入すると
言われていますが、このテクノロジーは明らかに自宅のステレオやコンピュータ上でiTunesを
操作するよりも遙かに簡単なわけで、オーディオおたくや音楽マニアが依然アドバンテージを
有していた音楽鑑賞の世界を、いとも簡単に変革してしまうだけでなく、もっと手軽にもっと
気楽に音楽の楽しみを得ることもできると言えます。
 もちろんAPIというのはまだまだ発展途上のテクノロジーですし、例えばスマホを
使っていてもSIRIなどのおかしな(おばかな)変換機能にはストレスを感じることも
多々あります。ですが、スクリーンとキーボードから離れる時間が多くなるというのは
フィジカルな面(健康面)においても歓迎すべきことと言えるのではないでしょうか。
APIの発展・浸透によって、人間は更にバカになる、という人もいますが、手と言葉が
益々分離して、二つの操作が同時進行していくことで、これまで使われていなかった脳の部分の活性化を促すことにもなる、という説もあるほどです。

 「音楽再生機能よりも音楽操作機能の方が目玉・話題」と前述しましたが、スマート・
スピーカーのサウンド・クオリティに関しては、これまでの様々なコンポ・オーディオ・
システムの域まで到達しているとは言い難く、この点は今後の開発が期待されるところでも
あります。ただし、このスマート・スピーカー自体が半モバイル的で、自宅の好きなところ、
例えばリビング・ルームであったり書斎であったりキッチンであったりベッドルームで
あったり、どこにでも移動してセット可能、というコンセプトであることから、従来の
据え置き型オーディオ・システムによる音響・音場作りといったサウンド・クオリティ指向は
極めて希薄で、ある意味ではその対局にあるデバイスであるとも言えます。
 
 このスマート・スピーカーは、2020年までには音楽ビジネスにおいて極めて重要な部分を
担うことになると言われています。あるテクノロジ−・コンサルタントによれば、
2020年までには販売台数は現在の500倍も伸びるということですし、約20億ドルの売り上げが
見込まれているとのことです。
 ちなみに、「アマゾン・エコー」のAlexaはニュースや天気予報にも対応可能ですし、
現在アメリカではタクシーに代わる交通手段となっているUber(ウーバー)のカー・サービスを
手配する時にも利用できます。一方の「グーグル・ホーム」のGoogle Assistantは、
グーグル・カレンダーなどを始めとするグーグルお得意の様々な個人アシスタント機能でフルに
活用できるようになっています。
 スマホは和製英語で本来はSmartphone(スマートフォン)ですが、これを引っかけて、
Smart Home(スマート・ホーム)テクノロジーというのが、このデバイスのモットーとも
なっており、今後は一層、様々な家庭用電気製品とのリンクを進めていき、自宅内は全て
キーボードやスクリーン不要で音声のみ、という万人にとって手間暇・面倒のいらない簡易な
ライフスタイルを目指していると言われています。

 最後に、「アマゾン・エコー」と「グーグル・ホーム」個々の特徴やスペックについて、
もう少し紹介しておきましょう。

 「アマゾン・エコー」の魅力は手軽な音楽鑑賞にあり、TuneInやiHeartRadioといった
地上波ラジオや、Pandoraといったオンライン・ラジオ、更にSpotifyの曲やプレイリストを
再生できるようになっています。アマゾンのユーザーは、アマゾンで入手した音楽を
ライブラリー化して聴くこともできますし、最近利用者が増えているAmazon Primeという
ワンランク上のサービス利用者は、僅かな月額でAmazon Musicの膨大なセレクションを自由に
鑑賞できるというわけです。
 ちなみに、「アマゾン・エコー」はApple MusicやGoogle Playの再生やダウンロードには
対応していませんが、ブルートゥース(Bluetooth)との接続を通せば、それらにアクセスすることは
可能になっています。
 前述のように、「アマゾン・エコー」のサウンド・クオリティは、そのサイズから考えれば
良くできているとは言えますが、まだまだオーディオ・ファイルの再生向きとは言えませんし、
サウンド・クオリティを求める場合は、「アマゾン・エコー・ドット(Amazon Echo Dot)」という
別ディバイスを通して、手持ちの別スピーカーやステレオ・システムと接続できるという状況です。

 一方の「グーグル・ホーム」は、やはりその企業色ゆえ、インターネットを通しての
情報ゲットには最も優れており、特にそのAI機能に関しては最も“スマート”であると言われ、
実際にAPI機能はSIRIやアマゾンのAlexaよりも優れているようです。
 もう一つの魅力は“見た目”です。アマゾンの「アマゾン・エコー」は、お世辞にもクールな
形状であるとは言えませんが、「グーグル・ホーム」は見た目にも可愛く個性的であると
言えます。
 「グーグル・ホーム」は、自社のGoogle PlayやYouTube Musicはもちろんのこと、Spotify、
Pandora、IHeartRadioの再生が可能です。
 「アマゾン・エコー」との違いに関しては、スピーカーが別になっていますので、別の部屋に
セットして、ボイス・コマンドや「グーグル・ホーム」のアプリを使ってコントロールする
ことが可能な点があげられます。
 また、「グーグル・ホーム」のAPI機能であるGoogle Assistantでもカレンダーや
スケジュール、また前述のUberのカー・サービス手配が利用できます。
ただし、それらがどれだけ便利で実用性があるかどうかは、ユーザーが自分自身の生活において
どれだけグーグルのソフト/アプリによってオーガナイズしているか(グーグルのソフト/
アプリの様々な機能に頼っているか)によると言えます。

 さて、こうして見てみると劣勢に回っているようにも思えるアップルのSIRIですが、
もちろんこちらも負けてはおらず、ご存知のようにiPhoneだけでなく、
従来のアップル・コンピュータ、そしてApple WatchやApplle TVにおいてもSIRIは
取り入れられており、今後更に発展し、便利になっていくことは間違いありません。
しかし、音楽鑑賞という面で言えば、SIRIの問題は前述のディバイスのように、
スピーカー(スマート・スピーカー)にはまだ組み込まれていないという点です。
これは今後益々大きなディスアドバンテージとなっていくでしょうから、
アップルがこれを放置するはずはありません。現在のマーケットを見渡せば、APIとしては
圧倒的な市場シェアを誇り、認知されているSIRIですので、SIRIが取り込まれて
パワーアップしたスピーカーが登場すれば、音楽鑑賞の世界はもちろんのこと、ゲーム分野に
おいても大きな変革をもたらすことは必至であると言えるでしょう。

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