【I Love NY】月刊紐育音楽通信 January 2017

 サンクス・ギヴィングからクリスマスにかけてのホリデイ・シーズンに久々に
映画館で映画を2本見ました。
1本はディズニーの新作「モアナと伝説の海」で、
もう1本は遠藤周作原作・マーティン・スコセッシ監督の「沈黙」です。
 前者は、ディズニーとしては「ムーラン」以来の”戦う女の子”(声の主役はハワイ出身の15歳の女の子が大抜擢)を主人公に自然回帰をテーマとした意欲的な作品で、
音楽は今最も話題のミュージカル「ハミルトン」の主演/脚本/作曲により
“時の人”となっているリン-マニュエル・ミランダであることも話題です。
 また、映像は実写感またはヴァーチャル感を強く押し出した新機軸の
CGであることも注目されます。
 巷では半神半人のもう一人の主人公マウイを始め、
劇中に登場するポリネシア系の人々の容姿が肥満過ぎるという批判もあり、
その批判は全く正しいと思いますが、
そのテーマ性はこれまでの西洋的なストーリーからは脱却した母なる自然(=海)への回帰と敬意を促すものとして大いに注目されると思いますし、
ヴィーガンである私としてはモアナのペットが、
特にポリネシアでは主食ともいえる豚とニワトリであったことが、
特に子供達にとって一つの意識変革をもたらすファクターにもなっていることに
嬉しくなりました。
 一方、後者の「沈黙」は私の敬愛する遠藤周作氏の代表作であり、
それを何とスコセッシが手掛けたという、ハリウッドにおいては革命的な作品と言えます。
もちろん緊張感に満ち満ちた重苦しい作品ではありますが、
同時に信仰の力と希望に満ち溢れた力強い作品でもあります。
 個人的な話で恐縮ですが、私は母方が先祖代々クリスチャンで、
かつては隠れキリシタンであったため、先祖の一部は拷問・処刑されたと聞いています。
よって、「沈黙」のストーリーは私の祖先の歴史の一部とも重なっているわけで、
私はこの映画を終始涙無しに観続けることができませんでした。
 今の日本の人達にとって、この小説・映画がどのくらいの説得力を
持つのかはわかりませんし、アメリカでも若い世代にはむしろ敬遠されるかもしれません。
実際に、今回ニューヨークでもロードショーは2館のみで、
観客は圧倒的に中高年層でした。
ですが、遠藤周作氏が伝えたかったこと、スコセッシが伝えたかったことは、あまりに力強く、永遠であると私は信じています。
 

トピック:「2016年 アメリカ音楽業界の総括レビュー」


 

  年末になると、どこの世界・業界でも一年を振り返る“総括”が語られますが、
音楽界も様々なメディアで「2016年の音楽界総括」が語られています。
  本稿では2016年も引続きアメリカ音楽界の様々な動きについて
幅広く取り上げてきたつもりではありますが、やはりストリーミング界の動きに
振り回された1年であったという感は否めません。
 実際に、音楽業界紙(誌)では常に、やれSpotifyだ、やれPandoraだと
ストリーミング界の話題ばかりがメインになっていましたし、
正直飽き飽きという部分もありました。
  つまり、話題となるニュースのほとんどは新しいテクノロジーの、
それも権利や競争に関する部分の話ばかりで、
クリエイティヴな面や音楽の中身に関する話は本当に少なかったと言えますし、
そうした音楽のファンダメンタルに関する話は、
有名アーティストが亡くなった時ばかり、というのも何とも寂しいものがありました。
 新しいテクノロジーは進化・浸透・普及し、ビヨンセやブルーノ・マーズやテイラー・スウィフトなどが動けば、常にメディアは盛り上がりますが、
肝心の音楽の中身が何とも薄いと感じるのは私だけでしょうか。

  とは言え、2016年はアメリカの音楽業界にとっては明るい年であったと言われています。
中でもビルボード誌が「2016年は、2009年以来最高の年であった」と
論評していたのは印象的でした。
  ビルボード誌の論評は、RIAA(アメリカ・レコード協会)のレポートを
元にしているのですが、何と言っても目を見張るのは、
第1〜3四半期(つまり、1〜9月)におけるアメリカのトータル・アルバム消費数が
4億以上に達したということです。
 これは、例えば2013年度全体のトータル・アルバム消費数とほぼ同じ数字でもありますし、2016年度全体の数字はまだ出ていませんが、
それでもこの7年間の内で最高の消費数と収益を達成した2009年を、
消費数においては越えることは間違いないことから、
2009年以来最も力強い勢いを示した年と言えるわけで、
かつてのレコードやCD全盛期の勢いを思わせるとも言えるわけです。
  更に細かく分析しますと、現在数字が公表されている最新データである
2016年第3四半期のみの消費数は、2015年 の第3四半期の消費数よりも
5% 以上の伸びを見せていますし、完全に上昇気流に乗って、
これに続く2017年も更に記録を達成することは間違い無いと言われています。
 
 2016年のトータル・アルバム消費数のデータで興味深い点は、
レコード業界自体の復活という点です。
 現在、アメリカにおいてはユニバーサル、ソニー、ワーナーが
三大大手のレコード業界御三家と言えるわけですが、
全体の消費数の中でこの3社が占める割合は何と85% 近くに達し(その内、圧倒的な強さを誇っていたユニバーサルは34.7%と少し後退し、逆にソニーは28.4%、ワーナーは21.7% と伸びを見せています)その他の独立系またはインディー系は15%にも満たない結果となっています。
  かつては、独立系またはアーティスト主導のレコード会社・レーベルが勢力を伸ばしていき、レコード会社の時代は終わったとの声が、
業界全体を包んでいましたが、デジタル・ダウンロードからストリーミングという
新しいテクノロジーの時代を迎え、そのプラットフォームや土台を支える上でも、再びメジャー主導で 音楽業界が動くようになってきていることは一つの事実のようです。

  ちなみに、RIPPの中間発表における2016年 のトータル・アルバム消費数のベスト5は、
ドレイクの「Views」、アデルの「25」、ビヨンセの「レモネード」、リアナの「Anti」、 そしてジャスティン・ビーバーの「Purpose」という順になっていますが、
8位にプリンスのベスト・アルバム、
そして9位 に現在話題沸騰のミュージカル「ハミルトン」(観覧に訪れたマイク・ペンス次期副大統領に対して、主役が舞台上からトランプ新政権に対する懸念と抗議のメッセージを伝えたことでも大きな話題となりました)のサントラが入っているのは注目に値します。

  さて、このトータル・アルバム消費数ですが、これは当然の事ながら、
単にCD売り上げ数でけでなく、「TEA」と呼ばれるTrack Equivalent Albumsと、
「SEA」 と呼ばれるStream Equivalent Albumsの数字も含まれたも のとなっています。
 ちなみに、「equivalent」というのは「同等、同価 値、同量」といった意味で、
メディア自体にレコードやCDのような固体・形の無い
ダウンロードやストリーミングに対して付けられた言い方ですが、
この二つはダウンロードとストリーミングという異なる形態に合わせて、
異なる計算方法を取っており、実はこの計算方法が本当に適切であるのかという論議もあります。
 まず「TEA」は、同じアルバムから10個の
デジタル・トラックをダウンロードすることによって、
1枚のアルバムに相当すると見なされて計算されます。
 一方の「SEA」は、1500回のソング・ ストリーミングによって、1枚のアルバム・セールスと見なされます。

 皆さんご存知のように、ビルボード誌には「Billboard 200」という
アメリカの音楽業界において絶対的な権威と信頼を誇っている、
週間売り上げ上位200位のアルバムとシングルの人気ランキング・チャートがありますが、
ビルボード誌は2014年の12月から、この二つの集計を「Billboard 200」に
取り入れて加算することになって大きな話題となりました。
 正直言って、その対応は遅すぎであると一部からは言われていましたが、
それでも、これによって名目共にダウンロードとストリーミングが、
業界のランキング・チャートにしっかりと反映されることになったのは間違いありません。

 ビルボード誌のチャートというのは1945年から始まりましたが、
週間アルバム・チャートとなったのは1956年からのことです。
 一時、時代の流れを反映して「ステレオLPチャート」と「モノLPチャー ト」とに
分かれたり、チャート数が拡大されたりして、現在の200位となったのは1967年からです(現在の「Billboard 200」という呼び名になったのは1992年からです)。
 ビルボード誌のチャートは、いわゆる週間“小売”チャートですので、
アメリカで販売されていない輸入盤は対象となりませんし、
かつては通販などの流通によるセールスは計上されないこともありました(現在は改善されて 計上)。
 また、ビルボード誌のチャートは、
実はニールセンの売り上げデータから集計されており(元々はビルボード誌独自の集計方法を取っていましたが、1991年から ニールセンのデータを採用し始めました)、
約1万4千の小売店舗によるデータ提供という古いスタイルを取っています。
 ちなみに、レコード会社が発表するセールス数というのは、
総元締めのRIAAと同様、出荷数をベースにしているため、
ニールセンの売り上げデータとの間には差異もあります。

 さて、話は戻ってRIPPの発表ですが、
上記のトータル・アルバム消費数に対してダウンロードとストリーミングに
限定した曲別のランキングも発表されています。
  これらのランキングを見ると、ランキングされたアーティスト達のファンというのが、
どのような音楽リスニング・スタイルを取っているのか?
ということも見えてきて、中々興味深いものもあります。
  まずダウンロード曲のランキングですが、
こちらのトップはトータル・アルバム消費数のトップ10にも
ランキングされていないジャスティン・ティンバーブレイク(「Can’t Stop the Feeling!」)。
続く2位のFlo Rida(「My House」) と3位のルーカス・グラハム(「7 Years」)もトータル・アルバム消費数のトップ10にはランキングされておらず、
ダウンロードならではの動きを見せています(ちなみに4位 はドレイクの「One Dance」、5位 はジャスティン・ビーバーの「Love Yourself」、7位はリアナ&ドレイクの「Work」)。

  次にストリーミングのランキングでは、
これもトータル・アルバム消費数のトップ10にはランキングされていない
デザイナー(Desiigner)の「Panda」がダントツです。
 2位から5位にかけてはリアナ&ドレイク(「Work」)、
ドレイク(「One Dance」)、ジャスティン・ビーバー(「Sorry」)などが続き、
ダウンロードやストリーミング、を中心に全体的な強さを見せて います。
  その一方で、アデルとビヨンセはいずれもダウンロード曲とストリーミング曲のベスト10にはランキングされておらず、
これらのアーティスト達に関しては、今もCDを購入する人が多くいることを証明していると言えます。

 2016年は、ついに音楽業界がストリーミングで金を稼げるようになった、
と言われた年でもありました。
 1998年から1999年 にかけてピークであったCD販売は、その後急激に落ち落ち込み、
2009年には半減するにまで至ったわけですが、
丁度それと入れ替わるように活発な動きを見せ始めたダウンロード、
そしてストリーミングがマーケットを拡大していき、
落ち込んだ全体の売り上げは2010年以降停滞し、
2016年は全体としても上昇に転じたということは、
確かに音楽業界全体にとって明るい大きなニュースであると言えます。
  そうした中で、21世紀に入って“Death of the Album(アルバムの死)”とまで言われる現状において、
今もビルボード誌の週間“アルバム・チャート”である「Billboard 200」が
絶対的な権威と信頼を保ち続け、RIAAは今も“トータル・アルバム消費数”を
売上・評価の拠り所にしているというのは、
どうにも旧時代的であるように感じます。
 2016年の明るいニュースに支えられて、
2017年の期待と希望が現実化し、音楽業界が再び黄金時代を迎えていくには、
ビルボード誌やRIAAのような“権威的存在”ももっと変化していかなければならないと感じます。

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