【I Love NY】月刊紐育音楽通信 March 2017

 個人的にはほとんど興味が無くなっているグラミー賞ではありますが、
賞の行方もさることながら、この授賞式のイベント自体が依然現在の音楽業界の動向や
方向性を示す一つのショーケースとなっていることは間違いありません。
 よって、ノミネートや受賞者のみならず、今年は誰が司会を務めるのか、
誰が、または誰と誰が共演パフォーマンスを行うのか、
誰がその過去の功績を表彰されたり追悼されたりするのか、
などといった点も興味深い点であると言えます。
 今回の授賞式後の報道では、
「今年は“政治”と“追悼”が一層前面に押し出された授賞式であった」
という論調が目立ちました。
なにしろ、私達はこの恐るべきトランプ時代を迎えたわけですから、
そのことは充分に予想されましたし、そもそもグラミーもアカデミーも、
“表向きは反体制”であると言えます。

 今回のグラミー賞授賞式での様々な発言は、
“音楽文化とその基盤となるフリーダムは決して国家権力には屈しない”という
力強さと逞しさが溢れていましたが、抗議・抵抗はもちろん必要なのですが、
その先のビジョンが見えてきませんし、
どこを向いても分裂・対立・抗争は一層激化するばかりです。
 なにしろ嘘を「代替的事実」などと称し、
目的遂行のためには侮辱・脅迫も厭わないエゴイスティックな政権ですので、
音楽業界、特にアーティスト達のプロテストは今後も一層激化していくことでしょう。
 いまや反トランプ・ムーヴメントを代表する娯楽TV番組と言える
「サタデイ・ナイト・ライヴ」の爆笑寸劇は、私も毎週楽しみにはしていますが、
それにしても権力サイドも反権力サイドも“更に過激に”“更に低レベルに”と
エスカレートしていく状況には、一層の不安と危機感も募らせてしまう今日頃と言えます。

トピック:2017年の音業界において最もパワーを持つ人物は?


先日2月発売のビルボード誌において、
「2017年パワー100リスト(2017年の音業界においてパワーを持つベスト100人のリスト)」
が発表されました。
まずは、そのベスト12までを見てみましょう。

1.ダニエル・エク:スポティファイの共同創始者、会長&CEO
※ストリーミング音楽配信の最大手、スポティファイのCEO。
同社は2006年にスウェーデンで創設し、
2016年には1億人を越える月間ユーザーと4千万人を越える有料サブスクライバーを抱える。

2. ルシアン・グレインジ:ユニバーーサル・ミュージック・グループの会長&CEO
※ソニー・ミュージック・エンターテインメントに移った全CEOダグ・モリスの後任者。
元々はユニバーサルUK、そしてユニバーサル・インターナショナルの会長&CEO。
その大胆なコスト削減や巧みな買収(EMIなど)・売却で実績を挙げ、
ユニバーサル快進撃の牽引車となっている。

3. マイケル・ラピーノ:ライヴ・ネイションの社長&CEO
※米大手ラジオ局を経て、2005年に興行最大手のライヴ・ネイションの社長&CEOに就任。
ライヴ・ネイションとチケット販売最大手のチケット・マスターとの合併を実現。

4. エディ・キュー、ジミー・アイオヴィーン、ロバート・コンダーク:アップル・ミュージック
※アップル・ミュージックの3巨頭と言われる中枢的存在。
特にジミー・アイオヴィーンはユニバーサル傘下のインタースコープ・レコードを経て、
ドクター・ドレーと組み、アップルの音楽事業を事実上牛耳っていると言える。

5. ロブ・ストリンガー:SME傘下コロンビア・レコードの会長&CEO
※SME(ソニー・ミュージック・エンターテインメント)の前身である米CBSレコード入社後、多くのヒットを手掛け、特に最近はアデル、ビヨンセの大ヒットに貢献。
今年4月には、SMEのCEOに昇格することになっている。
ちなみに兄のハワード・ストリンガーも以前SMEのCEO。

6. アーヴィング・エイゾフ:エイゾフMSGエンターテインメントのCEO
※興行最大手ライブ・ネイションの元会長で、
アーティスト・マネージメントの最有力会社フロント・ライン・マネージメント・グループの元会長&CEO。
イーグルスのマネージャーとして活躍し、
その後ヴァン・ヘイレン、ジャーニー、スティーリー・ダン、フリートウッド・マック、
マルーン5、クリスティーヌ・アギレラ、
ニール・ダイアモンドなどを手掛けてきたアーティスト・マネージメントのドン的存在。

7. マーティン・バンディアー:ソニー/ATVの会長&CEO
※音楽出版(著作権)業界のドン的存在。
友人と作った音楽出版社SBKからスタートし、EMI音楽出版を運営後、
2007年にソニー/ATV音楽出版のCEOに就任。
現在同社は、世界最大の音楽出版社。

8. ステファン・クーパー:ワーナー・ミュージック・グループのCEO
※シーグラムのエドガー・ブロンフマンJr、
そしてウクライナ出身の大富豪レオナルド・ブラバトニクが引き入れたリオ・コーエンの
時代の後、2011年CEOに就任。
クーパーは元MGMの副会長でもあるが、
ユニバーサルとSMEに比べて一歩後退している
ワーナー・ミュージックの今後の躍進の鍵を握る。

9. ロブ・ライト、ダリル・イートン、ミッチ・ローズ、リック・ロスキン:CAAの幹部
※CAA(クリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシー)は、
俳優・監督・アーティスト・プロデューサーなどの代理業務を行う
アメリカで最大手のエージェンシー。
映画関係が特に有名でハリウッドの4大エージェンシーの一つとされる。
その中でロブ・ライトは音楽部門の責任者であり、
レディ・ガガ、ビヨンセ、マライア・キャリーなど有名クライアントを多数抱える。

10. ダグ・モリス:SME(ソニー・ミュージック・エンターテインメント)のCEO
※アトランティック・レコード社長〜MCAレコード社長を経て、
ユニバーサルによるMCA買収によってユニバーサルのCEOとなったが、
前述のロブ・ストリンガーの昇格によって同社会長に就任。

11. コーラン・キャプショウ:レッド・ライト・マネージメントの創始者
※1991年にデイヴ・マシューズ・バンドのマネージメントとして同社を設立。
その後フェイス・ヒル、ティム・マッグロウ、アリシア・キーズを始め、
100以上のアーティストを抱える大アーティスト・マネージメントに成長。
レコード会社も所有。

12. ジェフ・ベゾス、スティーヴ・ブーム:アマゾンの創始者&CEOと副社長

 
 その順位に対する異論はありますが、いずれにせよ、
これらは現在の音楽業界におけるパワー・ゲームの現状を捉えた
信頼できる一つの評価であり、業界(ここではビルボード誌)が
現在のパワー・ゲームをどう見ているかを示したものと言えます。
 相変わらず3大レコード会社を中心とした
“老舗ブランド”や“名物的人物”が名を連ねてはいますが、
これらの中で特に注目されるのは、
やはりトップのスポティファイのダニエル・エクと、
「アレクサ」で次代を創る(または時代を変える)と言われる
12位のアマゾンのジェフ・ベゾスではないでしょうか。
 ご存知のようにベゾスはEコマースで世界を制覇しましたが、
ブルー・オリジンという民間宇宙旅行会社(現在はまだ民間宇宙飛行“開発”会社)も
経営する他、ワシントン・ポストを買収するなど、
理系・文系両面において才能・手腕を遺憾なく発揮している人物であり、
今後彼が音楽界にもたらす影響は極めて大きいと予想されます。

 トップのスポティファイとエクに関しては
改めてここで解説する必要も無いと思いますが、
実はつい先日、エクの上記リスト・トップ君臨を証明するかのようなニュースが
発表されました。
 既にニューヨークではチェルシー・エリアにオフィスを
構えているスポティファイですが、
何と来年からマンハッタンのダウンタウンに全世界で最大のオペレーションを行う
オフィスを構えることになりました。
 しかも入居するビルは新ワールド・トレード・センター(展望台のある「ワン・ワールド」ではなく、74階建ての「ワールド・トレード・センター4」となります)ということで、
ニューヨーク州のクオモ知事が、スポティファイの15年間の同ビルとの賃貸契約も含めて1100万ドルの寄付・出資をスポティファイに対して行うと発表しました。
 これは、スポティファイがニューヨークの新オフィス設立に当たって、
既にチェルシーのオフィスで働く800人強の従業員に加えて、
約1000の職務ポジションを増設するというニューヨークの雇用拡大に
大きく貢献することを受けての州のサポートであるとも言えます。

 これまでにも度々紹介してきましたが、ニューヨークのダウンタウンは、
2001年のテロからの復興後、本当に大きく変わっています。
2012年のハリケーン・サンディによって再び壊滅的な大被害も受けましたが、
現在の復興ぶりというか再開発ぶりには目を見張るものがあります。
 観光客の印象・視点としては、ニューヨークと言えばやはり
タイムズ・スクエアを中心とするミッドタウンということになると思います。
これに対して元々はニューヨークの中心であったダウンタウンは「金融街」として
ビジネス・エリアと認識されていましたが、今やダウンタウンは金融のみならず、
様々な業種が入り交じり、ビジネス的にも、居住エリア的も、
そしてエンターテインメントや食事・ショッピングなど観光的にも
再びニューヨークの中心(正確には、ミッドタウンと共に二つの中心)となってきており、
その開発のスピードは高まり、範囲も更に広がっています。
 よって、今後「金融街」という呼び名も消えてしまうかもしれませんし、
ニューヨーク州としては、今後の音楽ビジネスの鍵を握るとも言える
スポティファイの誘致は、願ったり叶ったりであると言えるわけです。
(この件に関しては、ニューヨーク市、つまりデブラジオ市長の動きが鈍い点が逆に失望感も与えています)

 クオモ州知事は、昨年11月の大統領選挙の後、トランプの差別主義に対する危惧と、
全米各地で続々と発生している様々なタイプのヘイト・クライム抑止のために、
反トランプ主義を明言し、
「人種・宗教・性・貧富の差に関わらず、
(自由の女神)を象徴とするニューヨーク州は、あらゆる人々を受け入れ、
尊重・保護し、そのために闘う」
と表明し、ニューヨーカーを中心に大喝采を浴びた人気知事でもあります。
 また、その前からレディ・ガガと共同でニューヨークの性犯罪撲滅のための
キャンペーンを行ったり、音楽界との繋がりも密接で、
今やポスト・トランプの次期大統領候補としても話題になっている人物でもあります。

 そんなクオモ州知事は今回のスポティファイ誘致に合わせて、
自分のスポティファイ・プレイリストも公表しました。
これは州知事ならではのご当地ソングやご当地アーティスト達が勢揃いという
セレクションになっていますし、対外的なアピール色や
人気取りの傾向が強いという見方もありますが、
ビリー・ジョエルの大ファンで知られる州知事にしては
思わぬ若手アーティストが入っていたり、かなり渋い選曲もあったり、
彼の信念が歌詞に反映されているような歌も多かったりで、
何と言っても明らかにトランプに対するアンチテーゼと言えるレッド・ゼッペリンの
「移民の歌」も入っているのは中々笑えます。

 いずれにせよ、ニューヨークの“ハート”や“スピリット”
そして大衆心理をうまく掴んでいるとも言える新旧の選曲は中々であると思うので、
以下に曲名のみご紹介しておきます。
 
“Work for the Working Man” by Bon Jovi
“New York State of Mind” by Billy Joel
“Riders on the Storm” by The Doors
“Proud Mary” by Tina Turner
“Sunday Papers” by Joe Jackson
“Cheek to Cheek” by Tony Bennett and Lady Gaga
“Hold On” by the Alabama Shakes
“Water is Wide” by Pete Seeger
‘Take Me to the River” by Levon Helm
“Downtown Train” by Tom Waits
“Rock ‘n’ Roll” by Lou Reed
“America” by Simon and Garfunkel
“Empire State of Mind” Jay Z and Alicia Keys
“Talkin’ New York” by Bob Dylan
“Rockaway Beach” by the Ramones
“The 59th St. Bridge Song” by Simon and Garfunkel
“Gimme Shelter” by the Rolling Stones
“Don’t Stop Believing” by Journey
“I and Love and You” by the Avett Brothers
“Rock and Roll Girls” by John Fogerty
“Erie Canal” by Bruce Springsteen
“The Downeaster Alexa” by Billy Joel
“New York Minute” by Don Henley
“Simply the Best” by Tina Turner
“Immigrant Song” by Led Zeppelin
“Angel of Harlem” by U2
“Walk This Way” by Aerosmith
“Satisfaction” by the Rolling Stones
“24K Magic” by Bruno Mars
“Waiting on a Friend” by the Rolling Stones
“Grenade” by Bruno Mars
“Born This Way” by Lady Gaga
“Til it Happens to You” by Lady Gaga
“Signed, Sealed, Delivered” by Stevie Wonder
“Piano Man” by Billy Joel
“We Didn’t Start the Fire” by Billy Joel

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