【I Love NY】月刊紐育音楽通信 January 2016

 昨年末にアコギを手に入れました。私の中学時代のヒーローの一人でありながら、もう再び出会うことはないだろうと思っていたジョン・デンバーの音楽に再会し、当時彼が愛用していたギルドのアコースティック・ギターがどうしても欲しくなりました。
50年代設立のギルドはマーチンやギブソンほどの歴史も人気もありませんが、当初は工場閉鎖になったエピフォンの職人達を雇い入れ、その名の通り徹底した職人気質を貫いていました。
有名どころではポール・サイモンやリッチー・ヘイヴンスなどが愛用していましたし、ジャンボ・サイズのF-50は、ジョン・デンバーのトレード・マークにもなっていました。

私にとってF-50は憧れのジョン・デンバーが使用していた憧れのギターでしたが、私の体にはジャンボ・サイズは大きすぎるので、今回手に入れたのはF-50よりも小ぶりなセミ・ジャンボとも言える廉価版的なF-47。
細かい傷も多く、数カ所クラック・リペアもされてはいますが、私がジョン・デンバーにはまっていた1974年製造のビンテージです。

アメリカの誇るアコギと言えばマーチンとギブソンが頂点ですが、ギルドのギターは実にソリッドでありながらも独特の柔らかさと伸びやかなサウンドを持ち、マーチンやギブソンとは明らかに異なる個性を持っていました。
ギルドはその後フェンダーに買収され、その後他のメーカー同様に中国製の低価格モデルも作り始めましたが、最近は全てアメリカ製の復刻モデルも作り続けています。
しかし、素材(特にマホガニー)はもちろん、当時の職人気質とこだわり、そしてそれらを許容・維持し続けることが可能であったプロダクションは現代とは違います。
このギターがこの世に生まれて40年以上。
私がこのギターに憧れて40年以上。今回の出会いまでには長い年月がかかりましたが、これも音楽の喜びの一つであると感じます。

トピック:ストリーミングは音楽業界を制覇したのか?


 

 去る2015年12月24日のクリスマス・イヴの真夜中、つまりクリスマスの日が明けると同時に、遂にビートルズがそのカタログを全てのオンデマンド・ストリーミング・サービスにおいて解禁しました。
この噂は2015年の初めからリークされて話題にはなっていましたが、解禁前の解禁発表のアナウンスに、アメリカの音楽界は大騒ぎとなったようです。
いや、私には大騒ぎを通り越して、少々はしゃぎすぎであるようにも思えます。
特に音楽系メディアはどこもかしこもこのニュースでもちきりですが、その取り上げ方・持ち上げ方は尋常ではなく、”ビートルズが再び世界(音楽業界)を変える”という論調です。
そこで今回は、Rolling Stone誌とBillboard誌の記事を中心にして、米音楽メディアの反応を見てみたいと思います。

まずRolling Stone誌は、今回のビートルズのストリーミング解禁を以下のように紹介し、盛り上げています。
「今回のビートルズのストリーミング参入に対してスラッカー・ラジオのシニア・バイス・プレジデントであり、元ワーナー・ブラザース・レコードのデジタル音楽のエグゼクティヴであるジャック・イスキスなどは“ストリーミングのとてつもなく大きな批准”と呼んでいる。」
「ベンチャー投資家で、長年ビートルズのレーベルであったEMIとアップルの音楽部門の元エグゼクティヴであったアレックス・ルークは、“間違いなく完璧なタイミング”と言う。“ビートルズのデジタル音楽サービスは、クリスマス・プレゼントとしてクリスマス・ツリーの下に並ぶiPadやiPhone、その他様々なスマホやラップトップなどに後押しされて、クリスマスにブームを巻き起こし、デジタル・サービスは一丸となって最高潮に達するはずだ”」

同誌では、一応アンチ・ストリーミングの動きも紹介しています。
「ラジオヘッドのトム・ヨークやジョアンナ・ニューサムなどは、アーティストがストリーミングから受け取れる印税の低さに不満を表明しているし、テイラー・スウィフトやアデルなどはこの2年間ほど、そのメガヒット・アルバムのストリーミング販売を差し控えている。」
そして、上記のストリーミング推進派に対する反論として、テイラー・スウィフトやアデルのスタッフのコメントも紹介しています。
「“単にビジネス的視点から見たストリーミングの浮き沈みについて述べたところで何がわかると言うのか?”」
「“ビートルズの13枚のアルバムを、ストリーミングの話の中心にするのはおかしい。それはストリーミングの一つの現状であって、未来に対する承認ではない。”」

これに対して、Billboard誌では今回のビートルズのストリーミング解禁を以下のように位置づけています。
「ストリーミング・ビジネスは、現代のポピュラー界の大スター達から非難されるか無視されてきたが、遂に史上最大のアーティスト(ビートルズ)がそのフォーマットを取り入れることになった。」
「彼等(ビートルズ)の音楽が木曜日(クリスマス・イヴ)、ストリーミング・サービスのホストとしてデジタル音楽を変えるといっても過言ではないだろう。更に言えば、テイラー・スウィフトやアデルは仲間はずれとなっているように見える。」

私自身はテイラー・スウィフトやアデルのファンではありませんが、ここまで言い切るのはあまり関心しません。
何故なら、ストリーミングはLP/CDよりはもちろんのこと、ダウンロードよりも露出頻度の高いポテンシャルを持ったメディアではありますが、依然収益の少なさをアーティスト・サイドに妥協させることで成り立っているビジネス・モデルであることは否めませんし、既にある程度成功したアーティストや、既にある程度のカタログを持っているアーティスト達には妥協の余地がありますが、これからのアーティスト達にとっては、現状の収益率のままでは、かつてのLP/CD時代に比べると決して明るい未来とは言えないビジネス・モデルであるわけです。

よって、そこにアンチ・ストリーミング派の大きな主張・論拠の一つがあるわけで、それをビートルズのストリーミング解禁をもって、アンチ派をマイノリティまたは“仲間はずれ”扱いするのは、至って業界中心的な主張・論法であると言わざるを得ません。
もう一つ重要なのは、今は音楽メディアやリスニング習慣というのは非常に多様化しており、かつてのLPやCDのように絶対的なメディアというのは存在しなくなっているということです。
例えば以前にも紹介しましたように、若者の間でのアナログ/LP回帰志向は一部では益々強まっていますが、もちろんそれも世の中全体の動き・流行ではなく、多様化の一部であるわけです。
したがって、“ビートルズの13枚のアルバムをストリーミング話の中心にするのはおかしい”というのは確かに尤もな意見であると言えます。
そうはいっても、この1〜2年のストリーミング・サービスの躍進ぶりには目を見張るものがあります。
Rolling Stone誌も指摘しているように、
「ここ数年で、レコード・ビジネスはCD販売からダウンロード、そしてストリーミングへと以降していった。Spotify、YouTube、その他ストリーミング・ビジネスからの収入は、2012年には6億ドル弱であったのが、2014年には11億ドル近くにまで跳ね上がった。」
というのは紛れもない事実ですし、そうした状況の中、ビートルズのストリーミング解禁には、むしろ時間がかかりすぎたという意見も紹介しています。
「“なぜこれほどまでに時間が掛かったのか?”ファーザー・ジョン・ミスティのマネージャー、テリー・マクブライドは、“何故彼等が去年のこの時期に(解禁)しなかったのか驚いている”と語る。“去年の今頃に行わなかったことで、彼等は恐らく 何千万ドルも失ったはずだ。これまでビートルズを(ストリーミングで)聴けなかったビートルズ・ファンは、何百万人もいたはずだ。これはいろいろなレベルで甚大な損失だと言える”」

Rolling Stone誌は更に、
「これまで彼等は新しいテクノロジーが登場すると、それが彼らにとって有益であるかが確かになるまで待ち続けてきた。例えば、CDは80年代初頭に登場したが、ビートルズのCDは87年まで登場することはなかった。iTunesのミュージック・ストアがオープンしたのは2003年であったが、ビートルズは2010年にアップルと取引するまでダウンロード販売を行わなかった。」
とも述べていますが、Billboard誌は少々異なる意見を述べています。
「今回のビートルズのストリーミング解禁のタイミングは、これまでよりも良かったと言える。確かにダウンロード販売に関しては2010年まで行われなかったことは長すぎたという異論もあるし、それはアメリカにおいてダウンロード販売がピークを迎える僅か2年前のことだった。しかし、今回のストリーミング・サブスクリプション・サービスへの参入は、まだストリーミング全盛時代の初期段階にある。」
Billboard誌では、アンチ・ストリーミング派(特にテイラー・スウィフト)の論拠についてもう少し述べています。
「金銭(収入)面の理由というのが、ストリーミング・サービスについてのアーティスト達(特に反対派)の判断を導くことになっているが、テイラー・スウィフトがSpotifyをボイコットしているのは、彼女がSpotifyの広告サポート・サービスと無制限に聴ける料金が、音楽を正しく評価していないと信じているからだ。他のアーティスト達は、ストリーミング・サービスでエクスクルーシヴにした場合の見返りを求めているが、テイラー・スウィフトの場合は単なる金銭面の理由ではないように見える。」
つまり、テイラー・スウィフトやアデルの場合、既に巨万の富を得ている彼女達自身としては、金銭(収入)自体が最重要問題なのではなく、それよりも低収入・低い収益分配率という発想、そしてそれを業界のスタンダードとして根付かせてしまうことによる音楽市場の、そして音楽文化の危機というものを重要視しているとも言えるわけです。
特に、既にある程度成功したアーティストや、既にある程度のカタログを持っているアーティスト達ではなく、これからのアーティスト達にとって危機的な状況となるビジネス・モデルに対して、アンチ・ストリーミング派は断固として反対しているとも言えます。

よって、今後ストリーミング会社の課金システムや印税算出方法自体の見直しも当然必要になってくるはずですが、ストリーミングの普及によって、ダウンロード以上にレコード会社の存在意義は益々無くなり、1アーティスト1レコード会社(レーベル)とでも言うべき状況が浸透していくと言われています。
事実、既にアメリカにおいては、アーティストのストリーミング対応をサポートする、つまり、レコード会社(レーベル)立ち上げとストリーミング収入の徴収など(場合によっては楽曲管理も)を目的とした、新たな音楽エージェントが次々と登場してきているようです。

話は少々逸れますが、Billboard誌の記事では以下のようなコメントもあります。
「ちなみにビートルズの場合、2016年のストリーミングのサブスクリプション・サービスによる支払いは、恐らくメジャーな映画やテレビ番組での使用に関するシンクロ・フィーよりも下回るだろう。」
これはビートルズの場合の話ですので、新進のアーティストにとってはあまり縁のない話に思えますが、見方を変え、発想を変えれば、今後自分達の音楽の発表の場を広告やテレビ・映画などの分野に移行していくというオプションも出てくるわけで、そういった業界が音楽のスポンサーとして再浮上してくる可能性もあると言えます(この動きは既に見え始めています)。
これは更に、楽曲の権利自体を分割したり、期間限定にするなど、著作権管理のシステムが複雑化していく可能性も孕んでいると言えます(システムが複雑化すれば仲介業が栄えます。または、仲介業者はシステムを複雑化しようとしまう、というのは金融や不動産などを始め、世の常でもあります)

「ビートルズのカタログは、既にPandoraやSiriusXM Radio、その他オンラインや地上波など、録音物の再生に当たって許諾を必要としない非インタラクティヴ・サービス
では可能になっていたが、今回の解禁で、Spotify、Apple Music、Rhapsody(そしてイギリスではNapster)、Deezer、Google Play Music、Tidal、Microsoft Groove、Slackerでのストリーミング・サービスが可能となった。」
とBillboard誌も述べているように、とにもかくにもストリーミングはビートルズの参入で新時代を迎えることになる、というのは間違いないようですし、そのサブスクリプション・システム自体にも変化やバリエーションが生じてくると思われます。
もちろん、まだまだ事態・状況は流動的ですし、ビートルズのストリーミング解禁・参入によって全てのレールが整備されたわけでもありません。
逆に言えば、ストリーミング・ビジネスのプラットフォームを(アーティストにとっても良い方法に)再編するきっかけになるかもしれない、という楽観的な推測も可能であると思います。
また、ストリーミングの普及によって、音楽リスニングというスタイル自体にも益々大きな変化が起こり、周辺機器を含めた新テクノロジーの開発・発展にも拍車がかかることは間違いないでしょう。

ちなみに、私自身は全くもってストリーミング派ではありませんし、外出時にヘッドフォンで音楽を聴くということもしなくなりました。
私の場合は、長年大音量(というか爆音?)で耳を傷めてきた障害もあって、なるべくヘッドフォンは使わないようにしているため、インイヤー・ヘッドフォンなどは厳禁でもあります。
仕事ではレコーディング・スタジオにおいてクローズド・タイプのヘッドフォンも使用しますが、自宅ではオープン・タイプのものしか使用していません。
音は耳で聴くものではなく、体で聴く(感じる)ものであるという主義の古い人間である自分は、音の振動や共鳴、音の流れ方・伝わり方に興味がありますが、これは決してマニアックでマイナー&オタクな指向と言う訳ではなく、私を含めたミドル・エージ以上の音楽ファンには最近目立ち始めている傾向であると思います。
また前述のように、若者、特にヒップスターと呼ばれる時代の流行や大勢に常に反抗している連中の間ではアナログ/LP指向や、旧テクノロジーの見直しも一層目立ってきていると言えます。

私の友人でもある、ある有名なスタジオ・エンジニアが興味深いコメントをしていましたので、最後に紹介したいと思います。
「ストリーミング音源の音質が悪いことは誰の耳にも明らかなんだ。悪いと言う言葉に抵抗があるなら、極めて人工的で意図的であると言ってもいい。もちろん、今もあらゆるレベルでストリーミング音源の音質向上の開発・努力は続けられているが、それはかつての原音再生または原音に忠実なサウンドという高音質指向とは全く別次元の世界の話だ。はっきり言えば、ストリーミング音源の音質向上というのは、ある意味でイコライジングに近い人工的な音質操作でしかない。なにしろ、その再生方法自体が、ヘッドフォン特にインイヤー・ヘッドフォンという音響・音場というコンセプトを無視した(または、そういったコンセプトが介在できない)ハードウェアそのものだけで完結しているのだから」

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