【I Love NY】月刊紐育音楽通信 October 2016

 先日のニューヨークはマンハッタンのチェルシー地区での爆発事件はアメリカよりも
日本の方が過剰に報道されたようです。もちろん現場に居合わせた人達は恐怖におののき、
怪我をされた人達は辛い思いをされているのに、こんな言い方は
大変申し訳なくはありますが、ほとんどのニューヨーカーの反応は至って冷静であった
と言えます(大騒ぎしているトランプというニューヨーカーもいますが)。
 これも不遜な言い方かもしれませんが、先日のような規模のテロ的犯罪はある程度想定内
であったとも言えますし、ニューヨーカーであるならば、 誰もがある程度は覚悟している
こととも言えるかと思います。何しろ我々ニューヨーカーは日々武装した警官や兵士達に
守られて生活しているわけです。大げさに言えば、いつテロに遭って死んでもおかしくない
という状況の中で生活し、ある程度の覚悟は持っている(または持たざるを得ない)わけで、
それが故に逆に警備が厳重で警官や兵士が周りにいた方が安心したりもするという
おかしな感覚もあります。
 さらに、911のテロを経験している我々は、ちょっとやそっとのテロ行為などには
屈しないというかへこたれない強さも持っていると思いますし、大騒ぎすることは
自信の無さや弱さの 表れであるという感覚もあるように思います。
 
 それが証拠に、先日の爆発事件の後の対応・対処・復旧の早さは実に見事であったと
言えますし、それが益々我々ニューヨーカーの自信や強さにつながっているようにも感じます。
 今はテロの話題よりも、ニューヨーク特にマンハッタン内で言えば国連総会であり、
アメリカ全土的に言えば何と言っても大統領選であると言えます。私達にとっては
目先の事件よりも、この先の指針・方向性・行き先こそが重要であり、逆に言えば
それほど現在の状況は経済的にも文化的にも、そして人種的にも階層的にも格差や
対立・分裂が極めて深刻化していると言わざるを得ません。
 
 大した変革は期待できずにもうしばらく耐え忍ぶか、無謀・無策なショック療法で
自滅するか。ヒラリーとトランプに関してはこんな悲観的な評価・ 対比によって
語られもしますが、我々はリーダー任せで変革を期待するだけではなく、
自分達自身も変革していかなければならない瀬戸際に立たされていると強く感じます。

トピック:コバルト・ミュージックの野望と音楽業界の変革


 うっかりものの私は時折携帯を忘れて出かけることがありますが、
そうなるとどうなるかというのはご想像の通り。携帯など存在しない時代に生まれ育った
私は、携帯というものに100%依存する感覚や意識というものを未だ持ち得ていない
(または、持ちたくない)と言えますが、今の時代、特に 都市生活においては
携帯が無ければ”全てが止まってしまう”ということは否定できない事実のようです。
 
 心の奥底では、実はこの”全てが止まってしまう”という感覚が結構好きで、
時折意図的に携帯を忘れて、携帯に支配されない解放感を楽しんだりもするのですが、
結果は人様にいろいろと迷惑をかけ、自分自身の仕事も停滞して問題も起こったりし、
様々なツケを支払うということになります。それはつまりお金(収入)の問題とも
密接に繋がっているわけで、その心配が無くなったらいつか私も携帯を捨ててみたいと
思ってはいるのですが(実際 にアメリカのセレブの中には個人の携帯を持たない人達が
多くいます)、やはりそのレベルには中々到達できないようです(苦笑)。

 さて、私のつまらない願望に関する話はこのくらいにして、今回はまず2013年の
5月から話をスタートさせましょう。この月に、今は亡きプリンスはコバルト・ミュージック・
グループとレコード契約を交わしました。契約はプリンスのみならず、彼自身の
マネージメント下にある他のアーティス トのリリースも含めてコバルト・ミュージックが
手掛けることになったのです。
 プリンスが著作権・所有権などをめぐってワーナーと対立を繰り返してきたことは
有名な話ですし、以前本稿でもご紹介したと思います。それ故にプリンスは自ら
インディーな活動を展開させていったわけですが、そんなプリンスがまた”性懲りも無く
”第三者の企業と契約をするということに、当時様々メディアや業界関係の多くが
批判的な見方や失望を表明していました。
 しかし、そこはさすがプリンス。彼の意図と狙い、そしてこのコバルト・ミュージック
という存在はこれまでの音楽業界の常識や実情、そして狙いとは別のところにあったのです。

 スウェーデン人のウィラード・アードリッツによってロンドンで設立された
コバルト・ミュージックは、2000年に音楽出版管理会社としてスタートしました。
つまり著作権を抱えるのではなく、音楽作品の版権管理を請け負うというビジネス形態
であったわけです。ただし、コバルト・ミュージックは2011年以降、レーベル・サービスや
隣接権に関するサービスも手掛けるようになり、アーティスト達と正面切ってぶつからない、
または”煙たがられない”範囲での権利ビジネスも手がけていました。
 そして、このコバルト・ミュージックの嗅覚の鋭いところは、アーティスト達の活動や
著作権収入を向上させるために、当時うなぎ登りの勢いとなってきたオンライン・ポータルを
発展・拡大させていったのです。このアーティスト・フレンドリーな姿勢・思想は
あっという間に様々なアーティスト達に歓迎され、2015年には約8000の
アーティスト達による60万曲のカタログを抱えるという、全英ではナンバーワンであり、
全米ではSony ATVに次いで第2位のインディペンデント系音楽出版の
トップ・カンパニーとなったのです。

 このコバルト・ミュージックは2001年にはニューヨークも拠点として、
インディペンデント系の音楽出版として躍進していったわけですが、
やはり前述のレーベル・サービスや隣接権に関するビジネス展開を始めてから
一層注目を集めるようになり、特に2011年に
AWAL(アーティスト・ ウィズアウト・ア・レーベル)を買収することによって、
AWALのデジタル・ネットワークのパートナーであるiTunes、Amazon、 Spotify、
Deezer、Nokia、Rhapsodyなどにアクセス可能となったことが決定的なアドバンテージに
なったと言えます。
 その結果、コバルト・ミュージックは大物アーティスト達からも注目されることとなり、
ポール・マッカートニー、ボブ・ディラン、ボブ・マーリー、ジョン・デンバー、
ベック、グウェン・ステファニ、ケリー・クラークソンなどの楽曲(音楽出版権)を
カタログに加えることになり、前述のよ うにプリンスとの契約も実現することになりました。

 1996年のワーナーとの決別後、プリンスはインディーとして自主制作を進めながら、
メジャーとは包括契約や年間契約ではなく、作品単位の契約 によってリリースするという
手法を続けていたわけですが、ビジネスに関しても希有な才能とセンスを持つプリンスが
パートナーとして選んだのが、こ のコバルト・ミュージックであったわけです。
 プリンスとコバルト・ミュージックとの契約発表当時、コバルト・ミュージックは
自社こそがプリンスにとって最適なレーベルであると自信を持って コメントしていました。
「今回の契約によって、これまでプリンスがレーベルというものに対して望んできた
柔軟性と自由さをプリンスに提供することができると思います。
コバルト・ミュージックはこれまで、高度且つ多様なサービスを提供してきましたので、
プリンスの作品ごとに適したサービスや環境を整えることが可能であると言えます。
それによって、プリンスと彼のファミリーのアーティスト達の作品を、
これまで以上に世界に発信すること ができるわけです」

 コバルト・ミュージックの特徴は、アーティストの確保(拘束)や楽曲を始めとする
様々な権利所有ではなく、アーティスト自身が自分の作品や権利をきちんと保有している
状態を維持しながら、音楽作品の版権管理を請け負うという形で様々なリリース形式を
打ち出していくところにあると言えます。
そしてこれが特に権利に対して意識の高い様々なアーティスト達に歓迎される
結果となりました。
 コバルト・ミュージックは更に2014年、グローバルな著作権管理会社である
AMRA(American Mechanical Rights Agency)を買収し、いわゆる欧米以外の国々に
積極的にアプローチすることになり、マーケットを一気に拡大していきました。
この頃から、更にインベスター・サイドの注目度は高まり、その資本力は激増していったと
言われています。

 そんなコバルト・ミュージックが、今度はマルチ・プラットフォーム会社である
Awesomeness TVとパートナーシップ契約を交わしたと先日発表を行いました。
このAwesomeness TVというのは、テレビ(NBC)・映画(ユニバーサル)・
通信(AT&T)の大会社を複数抱える世界有数の巨大メディア複合企業コムキャスト社と、
雑誌(コスモポリタン、エスクァイア、マリ・クレールなど)・新聞(サンフランシスコ・
クロニクルなど)・メディア(ESPNなど)・通信・ 不動産など多くの媒体を抱える
やはり巨大複合メディア企業のハースト社、そして世界最大の電気通信事業者である
ヴェライゾン社がオーナーであり、9万以上のYouTube の人気チャンネルを抱える
マルチ・プラットフォームのメディア会社です。
 アメリカは最近、テレビ番組のアカデミー賞であるエミー賞の受賞者や
受賞番組からもわかるように、既存のテレビ・メディアは益々衰退し、 YouTubeの番組や
YouTubeの番組から登場したスター達が大きな人気・注目を集めているわけですが、
その仕掛け人というか中核をなして いるのが、このAwesomeness TVというわけです。
 Awesomeness TVは映画界への進出にも取り組んでいきましたが、そうした動きを察知して、
2013年にはドリームワークスがこのAwesomeness TVを買収しました
(ドリームワークスの配給元はユニバーサル・ピクチャーズですから、
つまりコムキャスト傘下となるわけです)。Awesomeness TVは、2014年に
ユニバーサル・ミュージックともパートナーシップ契約を結んでいたのですが、
その契約期限が切れた矢先のコバルト・ミュー ジックとの契約となったわけです。

 今回のコバルト・ミュージックとAwesomeness TVとのパートナーシップ契約は、
音楽業界の新たな革命をもたらすとも言われています。かたや既存のレコード会社や
アーティスト・マネージメントというビ ジネス形態を打ち破ったコバルト・ミュージックと、
かたや既存のテレビ・メディアや番組制作という概念を打ち破ったYouTubeの
人気番組・ チャンネルを抱えるAwesomeness TVが手を組んだというわけです。
 今回の契約に関して、前述のコバルト・ミュージックの創始者でありCEOである
ウィラード・アードリッツは、「Awesomeness TVと我々コバルト・ミュージックは、
”クリエイター第一主義”という同じ”サービス(提供)哲学”を持っている」と語っており、
お互いに”似通った DNA”を持っているとまで言っています。また、
「これまでAwesomeness TVは、新たな才能を発掘する能力を証明してきたし、
未来の音楽を担う今の若者達に対するユニークな理解力も有している」とも語り、
「我々は、 Awesomeness TVと手を組み、特に今日のビデオ・クリエーター達に
フォーカスすることにより、音楽業界の新たな分裂をも引き起こすことになるだろう」
とまで言っています。
 アードリッツはまた、「今後もストリーミングは成長し続けていくことになるし、
若いクリエイター達が収益を得る機会を増やしていくだけでなく、 伝統的な
音楽モデル以外の職業というものまで生み出し、拡張していくことにもなるだろう。
そして、これこそがAwesomeness TVと共にクリエイトしていくものであり、
それはつまり、”音楽アーティスト”というものに関する新たな定義でもあるんだ」
と豪語しています。
 これまでの伝統的な音楽ビジネスの中で我々にもたらされ続けている極めて制限された
”遺産”というものの上で、クリアでスマートでアーティスト・フレンドリーな
解決策を見いだして変革していくこと。それが今日の”デジタル・ワールド”の中で、
クリエイター達が自分たちの仕事や職業とい うものをコントロールしていくことになる、
と彼等は意気込んでいるようですし、こうした姿勢や思想が若者達に
歓迎されないわけがありません。

 一方のAwesomeness TVの創始者でありCEOであるブライアン・ロビンスは、
「音楽というのは、我々Awesomeness TVの視聴者にとって極めて重要であり、
我々のコンテンツ・ストラテジーにおいても最重要な部分である」と語り、
「今回のパートナーシップによって、アー ティスト達が自分達のビジネスを容易に且つ
独立性をもって築き上げていける”ツール”を与えることになるはずだし、その素晴らしい
音楽とビデオ・ プログラミングによって、彼等のファン達と一層密に関わっていくことも
可能になる」とも語っています。

 前述のように、コバルト・ミュージックもAwesomeness TVも、これまでのような
欧米大物アーティスト一辺倒の姿勢からは距離を置いた独自の視点と嗅覚を持っていることも
一つの特徴です。例えば今回のパート ナーシップを記念するベネフィット・イベントとして、
LA出身でメキシコ、ブラジル、アルゼンチンを股にかけるLos 5というインディー・バンドをAwesomeness TVの番組に登場させるのも、一つの表れであると言えます。
 アーティスト達によるフル・コントロールとオーナーシップ、そして音楽とビデオにおける
クリエイティヴな産物から生み出される収入の実現を目指すコバルト・ミュージックと
Awesomeness TVですが、そのメディア自体のディバイスは、視聴レベルにおいても、
またビジネス・レベルにおいても、それは間違いなく”携帯”であると言えます。
 今の若者達は、音楽メディアを聴き、映像メディアを観るのも
携帯が主体となっているわけです。この先の”視聴者”というのは、
益々”携帯第一主 義者”となっていくであろうと推測・判断し、
そのためのプラットフォーム作りに力を入れている姿勢も、今回パートナーとして手を組んだ
両社の特徴 であり、アドバンテージになっている点であると言えるでしょう。
 時代は益々”携帯第一主義”となっていくようです。時折携帯を忘れる
(忘れたがる)ようでは、益々時代に取り残されていくのかもしれません(苦笑)。

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