I Love NY

【月刊紐育音楽通信 January 2020】

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

                     


 いよいよ時代は「20年代」に突入しました。10年単位で時代を切る言い方は90年代(1990年代)までは一般的でしたが、21世紀という新しいミレミアムを迎えて「00年代」、「10年代」という言い方は今一つしっくりとこなかったようですし、一般的に浸透しませんでした。「20年代」と言うと、まだまだ1920年代を彷彿とさせるものがありますが、私のような古い時代の人間でも、20年代の記憶やリアリティというものは持ち合わせていませんし、今後は新しい“20年代”、“30年代”という言い方が普及していくと思われます。

 しかし、アメリカでは既に10年単位で時代を語る感覚は、特に若い人達の間では薄らいでいると言われます。それは時代の進み方が20世紀とは桁違いに速く、10年で時代をくくる捉え方自体にリアリティがないため、と様々なメディアや論者は語っています。
 私自身にとっては、特に「60年代」と「70年代」というのは強烈なインパクトと記憶、そしてリアリティが今でもあると言えますが、確かに「00年代」や「10年代」というくくりは言葉の響きだけでなく、実際にもほとんどリアリティは感じられませんでしたし、「20年代」という言い方も言葉の響きとしては少々親近感も感じられますが、激動の時代の只中にいると、10年単位というくくりには、もうリアリティが感じられなくなっています。

 それよりも、やはり「2020年」という言葉と響きには、アメリカにおいても日本においても、期待と不安が入り乱れた様々な思いが交錯し、多くの人々にそれなりのリアリティと、それなりの影響を与えているのではないでしょうか。
 日本は何と言ってもオリンピックの年ですし、昨年「令和」という新しい時代を迎えて何かしらの期待感や明るさも漂っているのではないかと思われますが、アメリカにおいてははっきり言って“真っ暗”と言っても良い状況であると感じます(笑)。何しろ、その結果の行方は別として「大統領弾劾」という大事件(快挙?)が起きたまま突入した2020年です(アメリカにおける「大統領」という存在の大きさは「首相」の比ではなく、それは“敬意を集める国のリーダー”であり、国の「最高指揮官・司令官」であり、ある種「国王」にも通じる絶対性をも有しています)。
 更に今年の大統領選挙はトランプ再選が濃厚と言われることによる期待感(トランプ支持者側)と絶望感(反トランプ側)の完全な二分化を引き起こしていますし(もっとも、4年前は“まさかの”トランプ当選となりましたので、今回は逆の“まさか”が起こる可能性もゼロではないと言えます)、失業率は近年最低で雇用率は上がり景気も良いなどとメディアは伝えますが、富裕層にはリアリティがあっても、ミドルクラス以下には全くといって良いほどリアリティの無い不透明・不確実な状況が続いていると言えます。
 また、その理解・解釈によって対立が続く環境問題は、現実的には自然災害が激増する更に深刻な状況を迎えてきていますし、最近は他のニュースに振り回されて取り上げられる機会が減っている移民問題は実は全く好転しないどころか益々憂慮すべき事態を迎えています。

 そして実はこれがアメリカ(のみならず全世界)にとって2020年最大のリスクとなる可能性が高いと言われる中国との問題は、香港と台湾との問題も絡めて益々ヒステリックな状況となっていますし、それ以外にも問題は山ほどあって、四方八方に“暗く巨大な壁”が横たわっていると言えます。
 そんな状況ですから、暗く不安なニュースに振り回されていては、それだけで一日が終わってしまいますし、何も前に進みません。社会意識の低い人達は、景気が良くなっている(と言われている)のだからエンジョイすれば良いではないかと様々な問題に対して益々無関心となっていますが、逆に社会意識の強い人達の中にも「無関心」・「無視」というスタンスは徐々に広がり始めているとも言われています。
 これは、ここまでどん詰まりの状況になると、参加することやプロテストすることでは何も解決しないので、「無関心」と「無視」を徹底させて、ある種のボイコット運動や意識改革に発展させようという解釈や試みとも言われていますが、果たしてその行方はいかに、といったところでしょうか。

 いずれにせよ、2020年は“和”の意識は益々薄れ、良い意味でも悪い意味でも“身勝手さ”が益々強くなっていくのは確かかもしれません。
 新年早々、先行きの不安ばかりですが、どちらにどう転ぼうとも、皆さんのご健康と ご活躍を祈り、Happy 2020!


トピック:“神聖不可侵”のクリスマス・ソング

 遅ればせながらの話題ではありますが、2019年、皆さんはどんなクリスマスを過ごされたでしょうか。チャーチ・ミュージシャンとしても活動する自分としては、この時期は大変忙しく、また心温まる季節でもあるのですが、普段の生活レベルで言えば、クリスマス・シーズンはいかに人混みを避けるか、というのが課題の一つでもあります。  
 この時期にニューヨークに来られたことのある人には言わずもがなですが、マンハッタンの中心部というのは本当にまともに移動することもできない、観光客と買い物客でごった返した“人混みの嵐”となります。そんな人混みを見学して楽しむ観光客の人達は良いですが、日々の仕事に追われ、時間に追われている人間にとってはたまったものではありません。まあこの時期に仕事をしなければならないというのが哀れというか悲しむべき状況とも言えますし、本当は長期休暇を取って暖かい場所で過ごすのが理想ではあるのですが…。

 といった愚痴はさておき、今年のアメリカ音楽業界では、クリスマスは久々にいろいろな話題がありました。まずは、既に“クリスマス・シンガー”または“ホリデー・シーズン・シンガー”とのレッテルを貼られつつあるマライア・キャリーです。マライアは2014年から、彼女としては小規模なホールと言える、マンハッタンはアッパー・ウェストにあるビーコン・シアターでのクリスマス・コンサートが相変わらずソールドアウトで、この時期は毎年話題となりますが、今年は彼女の代表曲の一つと言える「恋人達のクリスマス(原題は「All I Want for Christmas Is You」ですから「クリスマスに欲しいのはあなただけ」といったところでしょうか)が、なんと25年という長い歳月を経て、アメリカで最も権威あるチャートとされるビルボードのHot 100でナンバー・ワンになるという出来事がありました。ちなみに今回晴れてナンバー・ワンとなったのは、本人によるニュー・リミックス/ニュー・アレンジでもなく、1994年にリリースされたオリジナル曲そのものそのままです。

 チャートのナンバー・ワンに到達するまでに長い時間がかかった曲というのはこれまでにもたくさんありました。しかし、25年というのは何とも気の長いというか気の遠くなるような話であり、快挙と言えば快挙ですし、話題性としても充分と言えました。
 実はそれよりも、今回の同曲のナンバー・ワンによって、マライアの同チャートでのナンバー・ワン曲数は計19曲となり、未来永劫記録が塗り替えられることはないであろうと思われていたビートルズの20曲に、あと1曲と迫る結果となったことの方が間違いなく快挙であると言われています。

 ちなみに、マライアと共に計18曲のナンバー・ワン曲を誇っていたアーティストにはエルヴィス・プレスリーとダイアナ・ロスがいます。ですが、プレスリーの場合は18曲中半数以上がHot 100というチャートが始まった1957年以前の別チャートによるナンバー・ワンであるため、それらを加算して18曲とすることには異論もあります。
 一方、ダイアナ・ロスに関してはソロ活動前のスプリームス(発音的には「サプリームス」に近いですし、「シュープリームス」では英語として全く通じません)のナンバー・ワン曲も含めての18曲ですから(更にはライオネル・リッチーとの共作/デュエット曲もあり)、こちらもやはり異論のあるところです。

 これに対してマライアの場合は解釈的にも異論の無い19曲と言えますし、しかも一応まだバリバリの現役ですから、今後ナンバー・ワン曲を送り出して、ビートルズと並び、更にはビートルズを上回る可能性も残されています。
 ですが、音楽業界では“神聖不可侵”とも言えるビートルズですし、アメリカの音楽業界においても、既に少数とはなっていながらも、ビートルズ世代というのは長老・重鎮クラスにまだ残っています。よって、これはビートルズ・ファンのみならず、音楽業界内としても、あまり諸手を挙げて歓迎・祝福できる愉快で喜ばしい話とは言えないようです。

 そもそもマライアは、今回のチャート・ナンバー・ワン達成の前から、この自分自身の名曲の“広報宣伝”活動を活発に展開していました。テレビ・メディアへの出演、クリスマスやホリデイ・シーズン絡みの様々なイベントへの出演、そして極めつけは同曲の新ミュージック・ビデオの発表です。
 ご存じの方も多いでしょうが、同曲は1984年のリリースと共に2つのオフィシャル・ミュージック・ビデオが発表されました(その他にもリミックス・バージョンでのビデオや、ジャスティン・ビーバーとのデュエット時のビデオ等もありますが)。どちらもマライア自身のディレクションによる作品でしたが、特に最初のビデオは当時マライアが結婚していた元ソニー・ミュージック(元CBSレコード)のCEOとしてアメリカ音楽業界の帝王の一人(カサブランソニー・ミュージック・エンターテイメントを)と言われるトニー・モトーラもサンタクロース役で出演するホーム・ビデオ風の作りで、今のマライアにとってはあまり嬉しくない作品であると言われていました。

 ですから、同曲のリリース25周年として全く新しいミュージック・ビデオをリリースした意図は充分理解できますし、そのビデオ作品に続いて様々なメディアやイベントに出演して大々的なパブリシティを行ったのも当然と言えば当然です。ですが、その結果として25年後に同曲がナンバー・ワンに輝くというのは、あまりにもできすぎた話であり、できすぎたお膳立てである、というわけで、そうした中で今回の同チャート・ナンバー・ワンに対する不信・疑惑もささやかれました。

 今や大スター中の大スターであり、アメリカ音楽界における“女王様”として君臨し、誰も彼女に口を挟めるものはいないと言われ、音楽界における“トランプ級”の存在でもあるマライアですし、“豪腕”で知られるマライアと彼女のプロダクション・チームが巧みにメディア操作/チャート操作を行ったとしても何の不思議はありません。
 そもそもメディア操作というのは、今の音楽・芸能界のパブリシティにおける一つの手段ですし、ビジネス上のアドバンテージや金の動きといった部分を除けば、今やチャート自体の権威というものが完全に失墜している状況で、チャートの信頼性・信憑性をどうこう論議しても、それは大した意味もなく、やっかみにも聞こえがちです。
 実は同曲は昨年もクリスマス時期に同チャートで3位まで上昇したという経緯・伏線もありました。そのため、毎年この時期になるとチャートで上昇するこの名曲を、25年という節目を利用して一気にナンバー・ワンに上り詰めることを実現したマライア陣営の“戦略・手腕”は、実に見事であったと言うべきでしょう。

 クリスマス・ソングと言えば昨年と今年、もう一つ興味深い動きがありました。それは既存のクリスマス・ソングの名曲の放送禁止という措置です。
 具体的には昨年は「ベイビー、イッツ・コールド・アウトサイド」、そして今年は「イッツ・ビギニング・トゥ・ルック・ア・ロット・ライク・クリスマス」というクリスマス・シーズンには欠かせない代表的な名曲が立て続けに放送禁止となりました。
 ただし、放送禁止と言っても、現在はかつてのラジオ黄金時代とは違い、音楽が様々なメディアを通して流され、聴かれている世の中ですので、いわゆる全面放送禁止というわけではあいません。
 今の時代は放送に関しては、メディア・ブロードキャスティング・カンパニーという存在が、契約を結んでいる様々なメディアの企業・組織に対して音楽を供給するという形態が一般的になっていますが、今年の場合は、その大手メディア・ブロードキャスティング・カンパニーの一つであるMood Musicという会社が「イッツ・ビギニング・トゥ・ルック・ア・ロット・ライク・クリスマス」の放送禁止を発表しました。
 その結果、Mood Musicと契約しているストリーミング(パンドラ)、大型店舗(ターゲット)、ホテル(マリオット、ヒルトン、ハイアット)といった企業・組織に対しては同曲が供給されなくなり、それらを通しては同曲を耳にすることはできなくなったというわけです。

 このMood Musicは、2011年にケーブル・ラジオやインターネット・ラジオを通して商業ユースの音楽供給企業として歴史のあるMuzakを買収したことで知られています。  
1930年代のラジオ黄金時代において急成長したMuzakは、間もなくしてワーナー・ブラザーズに買収され、その後もオリジナル・コンテンツやテクノロジーの分野で発展し続けましたが、2009年に破産申請して2010年に倒産。その後、Mood Musicに買収されたという経緯を持ってます。
 ですが、商業ユースの音楽ビジネスにおいては長い歴史と豊富な経験・実績を持っており、それを受け継いだMood Musicは、上記のように大型企業に対する商業ユース音楽供給において巨大なシェアを誇っているので、その影響力は決して小さくはありません。

 今回、「イッツ・ビギニング・トゥ・ルック・ア・ロット・ライク・クリスマス」が放送禁止となった理由は、歌詞の中に「ピストル」という言葉が入っていたためでした。 
 トランプ政権下の政府や社会一般の動きとは全く逆に、リベラルなスタンスが際立ち、銃規制にも積極的である音楽業界サイドから、例えクリスマスの名曲であっても歌詞において銃を肯定的に扱う歌は放送を禁止するという、非常に明快な理念やロジックに基づいた対応であったとも言えました。
 しかし、ペリー・コモを始め、ビング・クロスビーやジョニー・マティスの名唱で知られ、毎年クリスマス・シーズンになると街中(店舗)やラジオからは必ずと言って良いほど流れてくる名曲が、一部の場所ではあっても消えてしまったというのは、何とも寂しい思いもあります。

 一方、昨年の「ベイビー、イッツ・コールド・アウトサイド」はもっと事情が複雑です。この曲の場合は、歌詞の内容が#Mee Tooムーブメントを中心とした女性の権利運動サイドからの批判を浴びて、アメリカの地方(オハイオ州クリーブランド)ラジオ局が放送禁止を発表し、続いてカナダのラジオ局も同調の動きに出ました。
 同曲は基本的に男女のデュエット曲で、クリスマス・ソングの中でもいわゆる“恋愛ソング”と言われる範疇に入るため、神聖なクリスマスに相応しい曲ではないと昔から批判や論争もあったいわく付きの曲でもあります。
 ですが、これまで実に膨大な数の有名アーティストのコンビによって歌われ続け、ざっと代表的なところを挙げると、ルイ・ジョーダンとエラ・フィッツジェラルド、ボブ・ホープとドリス・デイ、サミー・デイヴィスJrとカーメン・マクレエ、レイ・チャールズとベティ・カーター、ロッド・スチュアートとドリー・パートン、ボビー・コールドウェルとヴァネッサ・ウィリアムス、ジェイムス・テイラーとナタリー・コール、ウィリー・ネルソンとノーラ・ジョーンズ、シーロー・グリーンとクリスティーナ・アギュレラ、ダリアス・ラッカーとシェリル・クロウ等々、実に数多くの、そして意外な組み合わせのバージョンがリリースされてきました。

 ちなみに、この“意外な組み合わせ”の理由としては、歌詞の危なさから、歌う二人の危ない関係を連想させない少々ミスマッチな組み合わせが必要なため、という説もあるくらいですが、実際にこの歌の“危険度”は、ある意味で「イッツ・ビギニング・トゥ・ルック・ア・ロット・ライク・クリスマス」の比ではありません。
 そもそも歌う男女はオオカミとネズミに例えられ、簡単に言えば、デートの後に二人はオオカミの家に立ち寄り、遅くなったので帰らねばと思い迷うネズミを、オオカミがあの手この手で引き留めて口説こうとするという内容の歌であるわけです。
 「外は寒いし」と誘いをかけるオオカミの巧妙な歌詞(セリフ)も女性にとっては眉をひそめるものと言えるでしょうが、ネズミの言い訳も本心がどこにあるのかわからない曖昧な部分もあり、特に#Mee Tooムーヴメント側からは、「男性の家にいるという絶対的に不利な状況下で女性の揺れる心を描くというのは女性の地位をおとしめるもの」、「同意の下でのレイプという言い訳を容認しかねない」など、その批判はかなりエスカレートしました。しかも歌の最後の方では、ネズミが「私の飲み物に何か入れた?」とオオカミに尋ねる部分があり、これはレイプの常套手段であると糾弾されました。

 確かに1940年代半ばに書かれたこの歌詞の内容が、今の時代には全くそぐわないものであることは間違いないと言えます。今や#Mee Tooムーヴメントが多くの男性達を恐怖に陥れている(?)アメリカも、いわゆる女性の権利運動やウーマンリブ運動が盛んになるまでは、女性の地位は極めて低く、音楽の世界、中でも歌詞において女性を単に性的な対象・存在と見なす、男性側からの身勝手で差別的な視点が主流であり容認されてきました。
 それは現代においても根強く残って様々な問題や事件、悲劇を生み出し続けているというのが#Mee Tooムーブメントの主張の根底にあるわけですし、今後このようなケースは音楽、映画、演劇、文学など様々なアート&エンターテイメントの分野で噴出してくることは必死であると言えます。

 ちなみに、この曲に関しては今年のクリスマス・シーズンにジョン・レジェンドがケリー・クラークソンを相手役に迎えて、危ない部分の歌詞を変更する新バージョンを発表して話題になりました。
 つまりこれは、単に送信するメディア・サイドによる規制ではなく、アーティスト・サイド(しかも男女両サイドから)が自主的に規制・調整を行ったケースとして特筆すべき点があると言えます。
 しかしそうした試みも、前述の銃規制の観点から放送禁止とした措置も、トランプ・サポーターを始めとする保守勢力からは、“愚かなリベラル達によるアメリカ文化の破壊行為”と目の敵にされて、ここでも激しい対立の構図を生み出してしまっています。
 何をやっても国が二分されていがみ合うという今のアメリカの図式は、まだまだ当分続いていきそうです。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 December 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある   



 アメリカはホリデイ・シーズンを迎え、各地でコンサートや音楽イベントが盛大に繰り広げられていますが、この時期ニューヨークを代表する音楽系のショー/イベントとしては、やはりラジオ・シティ・ミュージック・ホールの「クリスマス・スペクタキュラー」(特に女性ダンサー「ロケッツ」によるラインダンス)とロックフェラー・センターの巨大クリスマス・ツリーの点灯式というのが観光客向けの2大イベントと言えるでしょう。

 ですが正直言いますと、私の周りのニューヨーカー達(アメリカ人)で、これらのイベントを観に行ったという人はほとんど皆無です(笑)。強いて言えば、子供の頃に連れて行ってもらった記憶がある、という程度で、特に音楽業界の人間で上記のショー/イベントに出向くというのは仕事目的のみと言っても過言ではありません。

 特にロックフェラー・センターのクリスマス・ツリー点灯式は零下の夜の野外イベントですから、集まるのはやはり観光客ばかりということになってきます。また、このイベントは出演者側にとっても厳しいパフォーマンス環境となるのは当然で、今年出演のジョン・レジェンドを始め、生のスタジオ・ライヴを巨大スクリーンに映し出すという方法を取るパターンが増えてきているようです。

 実は笑い話としてアーティスト/ミュージシャン内では話されることもあるのですが、アーティスト/ミュージシャンにとってアメリカにおける2大“拷問”音楽イベントと言えるのは、このロックフェラー・センターのクリスマス・ツリー点灯式でのパフォーマンスと、4年に一回、1月にワシントンDCのUSキャピトル(連邦議会議事堂)の前(野外)で行われる大統領就任式典におけるパフォーマンスであるという話があります。これは本当にその通りであると思いますし、極寒の中でのパフォーマンスというのは、パフォーマーにとっても、楽器(声も含め)にとっても実に過酷なものと言わざるを得ません。

 2009年、オバマ前大統領の1期目就任式典に出演したヨーヨー・マやイツァーク・パールマン達や、2013年の2期目の就任式典に出演したビヨンセが、リップシンクによるパフォーマンスを披露して、随分とメディアに叩かれましたが、パフォーマンスを行う側から言えば、彼等が取った方法はベストとは言えなくても、責めることはできません(その一方で、1期目就任式典において“生”で熱唱したアレサ・フランクリンには頭が下がる思いです)。

 そんなわけで聴き手の側でも、これらのイベントにおけるパフォーマンスは余程の理由(パフォーマーの支持者・大ファンなど)が無い限り、地元の人間にとってはテレビ観戦するのが一番と言われるのも頷けますが、そうは言ってもパフォーマンスはやはり“生”に接するのが一番であることは間違いありません。私自身、今年のホリデイ・シーズンも可能な限り足を運んで、“生”のパフォーマンスを楽しむようにしていますが、先日のサンクスギヴィング(感謝祭)の連休では、ヘヴィ・メタルのクラブでクラウド・サーフィンやモッシングも楽しんできました。ですが、大汗をかいてクラブを出た時の寒さはさすがに身に堪えました。冬のライヴはパフォーマンスだけでなく、パフォーマンスの後も考えなければいけないと、いい歳をして思い知らされた次第でした。

 

トピック:チケット販売の大変革(取り締まり)は実現するか

 アメリカにおける興行ビジネス、特にチケット販売ビジネスの問題については、これまで何度かご紹介してきました。これまで不法・違法とされてきたチケット転売というものが、ある一定の範囲内ではあっても適法・正当なものとなり、金さえ出せば買えないチケットはない、逆に言えば、転売業者による独占で正規チケットが中々手に入らない、という事態を招いていることは、今や誰もが認める状況であると言えます。

 そうした中で先日、アメリカの下院議会の一組織であるエネルギー・商業委員会が、Live Nation、AEG、StubHub、Vivid Seats、TicketNetwork、Tickets.comといったアメリカのコンサート・ライブ/イベント発券業界に対して新たな調査開始を通告しました。その理由は、同委員会が“現状における一次及び二次チケット市場で発生する可能性のある不公正な行為について懸念している”というもので、同委員会はそうしたチケット市場を牛耳っているとも言える上記の企業に対して、懸念事項に関する文書や情報・資料の提出、そして説明会などを要求することになったというわけです。

 今回の動きの目的はもちろん、イベント・チケット販売市場において消費者を保護するためのものですが、その伏線として、コンピュータ・ソフトウェアを使用してチケットを購入することを禁止した「オンライン・チケット販売改善法」というものがあります。これは原語(英語)では「Better On-line Ticket Sales Act of 2016」というもので、通称「ボッツ・アクト(BOTS Act)」と呼ばれており、約3年前の2016年12月に当時のオバマ大統領によって調印されて発動されました。これは、簡単に言うと「チケット・ボット(BOT)」と呼ばれるテクノロジーを使って、個人や組織がチケットをまとめて購入・転売することを阻止・禁止するための法案で、正規チケット発券・販売サイトのためのセキュリティ対策とも言えました。

 具体的に言いますと、チケット・ボットとは、Ticketmasterなどのチケット・ベンダーが販売する正規チケットを自動検索・購入できるソフトウェア・プログラムです。チケット・ブローカーと呼ばれる転売(業)者&組織は、このチケット・ボットを利用すると、自動的に且つ瞬時にチケット検索と購入が可能になり、同時に数百や数千もの取引(購入)が実行できるわけです。つまり、人間が手動で行う何百・何千倍も早く、超高速で瞬時に膨大な数のチケットを一括検索・購入でき、しかも通常はパスワードなどのセキュリティ機能があるものをもスルーできてしまうという、中々優れものでありながらも恐ろしいソフトなわけです。

 但し、問題はこのチケット・ボットを使って転売を行う個人や組織のみというわけでなく、そこにはチケット・ボットを利用した転売行為が生まれてきた背景というものもあります。

 上記の「ボッツ・アクト」と呼ばれる法案が通過する少し前のことでしたが、ニューヨークの司法長官がチケット販売の現状を調査した際に、市場で販売されるチケットの内、一般の人が購入可能となっているのは全体の46%のチケットのみで、残る54%が内部の者や会員、また特別のクレジット・カードなどをもった優遇者達の手に渡っているという驚くべき結果が発表されました。要するに、一般人が購入できるチケットというのは、全体のチケット販売数の半数にも満たないというわけで、この一般への供給量の半減(以上)という状況が、転売・再販チケットの高額化という結果をもたらしたとも言えるわけです。

 そのため、正規料金の1.5倍などというのは良い方で、2倍、3倍から10倍も高くなる状況が出てきてしまったわけですが、そうした事態の中で、転売・再販業者が、圧倒的な供給量の低さに対する需要の高さにフォーカスし、チケット・ボットというソフトを使って、できるだけ多くのチケットを即座に購入するという事態が生まれたと言われています。

 購買者から見れば、チケット・ボットを使った転売・再販チケットは、それまでのいわゆる“ダフ屋”による超高額な転売・再販チケットよりは圧倒的に安いわけですから歓迎すべきものとも言えるのですが、やはりこれは不正・不法行為であることには変わりなく、正規のチケット販売業者にとっては大きな打撃となったとされています。

 一例を挙げますと、現在もブロードウェイで一番人気の「ハミルトン」というミュージカルがあります。これは、アメリカ建国の父の一人であるアレクサンダー・ハミルトンの生涯をヒップホップの音楽で綴ったミュージカル作品で、ハミルトンを含めた歴史上の白人達を有色人種が演じるという、異色・斬新とも言える解釈と演出を施した、ブロードウェイのミュージカル史上に輝く最高傑作の一つとも言われています。興業成績もダントツに素晴らしく、批評家達の評価も絶大で、2016年にはトニー賞史上最多のノミネート記録を達成して、結局11部門も受賞した他、グラミー賞でもミュージカル・シアター・アルバム賞を受賞しました。

 そんな評価・評判もあって、このミュージカルはとにかくチケットが取れないことで有名で、しばらくの間、通常$200前後のチケットが$1000も$2000もするという、異常な事態となっていました。

 そうした中で、プレステージ社というイベント・コーディネーション会社が、アメリカ最大のチケット業者と言えるTicketmasterが販売するハミルトンのチケットの約40%をチケット・ボットを使用して買い占めて転売・再販したということで、Ticketmasterがプレステージ社に対して訴訟を起こしました。

 つまりこれは、「ボッツ・アクト」で定められたオンライン・チケット販売法に違反した行為とみなされ、そうした違反行為を受けた者は訴訟を行う権利が「ボッツ・アクト」によって国(合州国連邦)レベルで認められ、例えば違法行為を受けたチケット業者が複数となる場合は、州がチケット業者に変わって集団訴訟を起こす権利も与えられるようになったわけです。

 

 少々話がややこしくなってきましたが、要は現在、チケット・ボットというソフトウェア/テクノロジーを利用した転売・再販チケットというものが大きな問題となって、チケット・ブローカー(転売(業)者&組織)達がやり玉に挙がっているわけですが、その元凶は、正規チケット業者による富裕層や手堅い高収入を狙った特待・優遇措置が現在の問題を引き起こしているとも言えるわけです。

 よって、チケット転売・再販側だけを取り締まればそれで良いのか、という問題が大きく横たわっています。法によって守られてチケットの料と量をコントロールできる正規チケット業者と、違法ではあるが明らかに安価なチケットを購入可能にしている転売・再販チケット業者。どちらを取るかと言われれば、チケット購入者側の心情としては安い方になると思いますが、業界の統制やマーケットの維持、そして利潤の集中(または拡散の防止)を目指す側からすれば、チケット転売・再販というビジネスは、足元をすくわれる危険な存在と言えるわけです。

 実は「ボッツ・アクト」の推進・施行についてはGoogleも深く関わっていると言われています。また先日、オークション・サイトのeBayが、同社のチケット販売部門であるオンライン再販チケット・サイトStubHubを同業ライバル会社とも言えるViagogoに売却するというニュースも、エネルギー・商業委員会による調査開始通告の直後というタイミングでもあったため、中々興味深い(疑惑を呼ぶ?)動きであると言えます。

 昔から国を問わず、アルコール販売と興行というのはマフィアの領域とされてきましたし、今もその構図は表には見えないレベルで残っていると言えます(ニューヨークでは更にタクシー業界というのがマフィアの領域でした。これについては何故ニューヨークではUber(ウーバー)が他州よりも高額なのかという理由・背景の一つにもなっています)。

 現在の再販・転売チケット・システムが出来上がる以前は、私自身もよくイタリアン・マフィアが運営するブローカーからチケットを購入したりしていました。しかし、80年代以降チャイニーズ・マフィアの勢力に押され、更に現在トランプの顧問弁護士として逮捕・監獄行きも噂されるジュリアーニ元ニューヨーク市長が市長時代の90年代末にマフィアを事実上表舞台から一掃したことで、イタリアン・マフィアはビジネス的にも地理的にも益々ニューヨークの外に追いやられていったと言われます。

 しかし、マフィアというのはそもそも裏舞台から表舞台を操作する組織・集団ですから、彼らは場所や形態を変えて生き残り続けていますし、興行収益の大部分を担うチケット販売に関しても、様々な形態を取って関わり続けていると言えます。

 今回は、チケットの正規販売と転売・再販に関する少々複雑な話となりましたが、国の対応がどうあれ、企業の戦略がどうあれ、またマフィアの存在がどうあれ、購買者としては少しでも求めやすい料金で入手しやすいチケット購入が実現することが最重要ですので、それを願いながら、今回の行政レベルの介入と業者の対応を注視してみたいと思っています。

 この法案は、セキュリティ対策、アクセス制御システム、またはチケット発行者がイベントチケットの購入制限を実施するため、またはオンラインの整合性を維持するために使用するチケット販売者の別の制御手段を回避しようとしている当事者を罰するために設計されましたチケット購入注文ルール。誰かが上記の意図に違反してチケットを販売したことが判明した場合、その人は訴追することができます。

 この法律は、連邦取引委員会がBOTS行為の違反が発生したと信じる理由がある場合に行動する権限を与えます。州はまた、複数のチケット所有者に代わって集団訴訟を起こす権利を有します。

 

 BOTS法は米国の法律に署名された立法行為でしたが、オンラインチケット再販市場がチケットの調達を報告する方法にさまざまな変更を加えました。

 主な変更点は次のとおりです。

 Googleは、有料広告プラットフォームを使用するセカンダリチケット再販業者に、プライマリチケット販売者ではないことを開示することを要求しています。 StubHub、Viagogo、Seatwaveなどは、2018年2月現在、これに準拠していました。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 November 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 

 

 

最近私は非常に悩んでいます。Amazonのサービスを利用し続けるべきか、やめるべきか…。いやこれはくだらない話のようで実はくだらない話ではないのです。つまりこれは、最近アメリカで大きな問題として取り上げられているプラスチック製品や容器の使用のように、単に使用をやめたり分別ごみを徹底させるというような話ではなく、自分の音楽ライフのみならず、ライフそのものに関わってくる問題もであるからです。

 私自身は現在、Amazonプライムの会員であることでAmazon Musicの特典(プライムに指定されているAmazon Music音源の無料ダウンロード/ストリーミング)やプライム商品の送料無料というサービスの“恩恵”を受けています。また、音楽関連のみならず、いわゆる生活必需品の類に至るまで、Amazonのオンライン・ショッピングというのは本当に便利なサービスであることは間違いありませんが、実はAmazonの触手はオンライン上の販売やサービスという世界とは別の分野にまで伸び、様々な面から人々の生活に大きな影響を及ぼしています。

 先月のニュース・レーターでも少し触れましたが、Amazonというのは今や流通業界を制しているだけでなく、データ・ビジネスの世界をも制しているわけですが、更に国や行政、軍ともつながることで、政治や一般社会のレベルにまでその影響力を広げてきているのは、まだ気づいていない人も多い重要な事実であると言えます。

 現時点において、この問題のコアな部分というのは、AmazonがICE(移民税関捜査局)に対して自社の顔認識テクノロジー(ソフトウェア)を提供しているという点です。つまり、現在のアメリカを二分する要因の一つにもなっている不法移民の摘発と強制退去に関してAmazonは“多大な貢献”を果たしているというわけで、サンフランシスコ市議会では市当局による顔認証監視技術の利用を禁止する条例案が可決しましたし、先日は400人近いミュージシャン達による抗議行動も行われました。

 Amazonはそれ以前から、プライバシーの問題に関する疑惑がありました。それはスマート・スピーカーとも呼ばれるAmazonのAI搭載スピーカーEcho(エコー)のユーザー達に起きたトラブルという形で話題沸騰したわけですが、このAI部分であるAlexa(アレクサ)が、プライバシーの侵害というよりも、結果的に個人情報の監視と盗用に一役買うという恐ろしい事態を招いたわけです。当のAmazonは中国内からのハッキング行為を理由にこの事件について弁明しましたが、何でも気軽に話せる“お相手”と思っていたAlexaの“ご乱心”(Hal 9000を思わせる異常な誤動作)に多くのユーザーは青ざめ、実はAmazon自体がAlexaを通して個人情報を監視・盗用しているのではないか、という疑惑も出てきたわけです。

 もう一つは、ニューヨークのロング・アイランド・シティに建設予定であったAmazonの第二本社に関する騒動です。ここは実は私が住んでいるエリアなのですが、もしもAmazonの第二本社ができると、地価が急上昇して多くの地元民が追い出される結果となりますし、Amazon移転による公共交通機関の大混雑と整備の必要性(つまり莫大な金がかかる)、そしてニューヨーク市や州による地元市民のための再開発費予算がAmazonへの助成金や税優遇措置によって大幅に削られる結果にもなります。そのため、この移転計画は地元の猛反発を食らって結果的には撤退となりましたが、Amazonは地元行政を抱き込んで引き続き移転の実現を画策していると言われています。

「今、中国よりも危険なのはAmazon」こんな意見も巷ではあちらこちらで聞かれます。

さて、皆さんはAmazonとどう付き合われますか?

 

 

トピック:ドリー・パートンはアメリカを癒せるか?

 

 アメリカは11月の第一月曜日の翌日火曜日が「エレクション・デー」、つまり選挙日です。よって、10月は選挙と政界絡みの話題が一層賑やかになりましたが、先日は故プリンスの地元ミネアポリスにおけるトランプの再選キャンペーン中に「パープル・レイン」が使用されたことにプリンスの財団が強く抗議したというニュースがありました。

 プリンスは2006年大統領選の6か月少しほど前に亡くなりましたが、選挙戦から大統領就任後もプリンスの財団はトランプに対してプリンスの一切の楽曲の使用不許可を通告し、昨年はプリンスの弁護団がトランプに対して公式・法的な手紙も出していました。ですが、法規などまるで気にしない(つまり無法者)トランプですから、性懲りもなくプリンスの曲を使っていたようです。

 

 2016年の大統領選時の本ニュー・レターでもお伝えしましたが、トランプはアメリカ史上で最も有名ミュージシャン達に嫌われている大統領と言え、逆に彼を支持する有名ミュージシャンというのは数える程しかいません。

 どこを向いてもアンチ・トランプだらけの有名ミュージシャン達の中でも特に目立っているのは、ニール・ヤング、リアナ、ジョン・レジェンド(とパートナーのクリッシー・テイガン)、エルトン・ジョン、ファレル・ウィリアムス、テイラー・スウィフト、セリーナ・ゴメス、スヌープ・ドッグ、エミネム、ブルース・スプリングスティーンなどといったところではないでしょうか。

 中でもジョン・レジェンドとクリッシー・テイガンに関してはトランプ自身も目の敵にしており、ことあるごとにツイッターで非難を浴びせていますが、不思議なことにトランプが毛嫌いしているジェイZとビヨンセは、トランプを非難しつつもあまり相手にはしていないようで、まだこれといった“直接対決”は実現していません。

 

 トランプにとっては”A級戦犯”とも言える上記有名ミュージシャン達に続いて、“B級戦犯”的存在とも言えるのがポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン財団、ローリング・ストーンズ、ポール・ロジャース(フリー)、クイーン、(特にブライアン・メイ)、エアロスミス(特にスティーヴン・タイラー)、ガンズ&ローゼズ(特にアクセル)、R.E.M.(特にマイケル・スタイプ)、アデル、シャナイア・トゥウェイン、ルチアーノ・パヴァロッティなどと言ったところで、彼等は楽曲不使用を中心にトランプに対するノーを公表し続けています。

 

 そうした中で先日、「ドリー・パートンはアメリカを癒せるか」という面白い記事を見つけました。カントリー音楽のみならず、アメリカ音楽界を代表するアイコン的な元祖ディーヴァ&女王の一人であり、アメリカの国民的大スターとして、日本で言えば美空ひばり級の人気・地位・評価を誇るドリーですが、彼女こそが、南北戦争以来と言われるほどに分断され、反目・憎悪と攻撃的な姿勢・論争に満ち溢れた今のアメリカを、その音楽と人間性または存在感によって癒すことができるのではないかという内容でした。

 

 そもそもこの記事の発端となったのは、ニューヨークのローカルFM局であるWNYCのポッドキャスト(インターネット・ラジオ)・プログラムとして去る10月15日から12月8日まで週一でスタートしたトーク番組で、10月末の時点で既に3つのエピソードが配信されています。プロデューサー兼ホストのジャド・アブムラドはレバノン移民のアメリカ人ですが、ドリー・パートンと同じくテネシー州の出身で、アメリカの社会・世相を反映した切り口の鋭いラジオ番組をプロデュース(そしてホスト)することで知られています。

 今回のドリー・パートンの番組でも、彼自身によるドリーへのインタビューを軸に、ゲストも交えながら自らコメント・分析し、話の前後で、過去のドリーのインタビューやレコード、コンサート、テレビ番組などの音源も実に手際よくカットアップしてつなぎ合わせ、1時間近いプログラムを全く飽きさせずに仕上げています。

 

 番組の作りも実に印象的で興味深いと言えますし、ドリー・パートンの功績よりも、その実像をアメリカの社会や動きと対比させながらくっきりと浮かび上がらせる手法は見事と言えますが、やはり最も印象的なのは、ドリー・パートンという稀有なミュージシャンその人であると言えます。

 ドリーはジョークのセンスにも非常に長けた人で、相手のジョークや突っ込みを一層のジョークで笑い飛ばすことでも知られています。とにかく明るく陽気で優しいお姉さん(かなり過去)⇒おばさん(少し過去)⇒お婆さん(現在)というイメージで、これまでも特定の個人やグループを傷つけることも怒らせることもなく(狂った性差別主義者から脅迫されたことなどはありましたが)、50年以上その強烈なキャラを維持し、愛されてきたことは驚くべきことです。

 

 また、彼女はファン層の広さにおいてもダントツで、そのグラマラスな容姿やキャラからLGBTQコミュニティでも非常に高い支持を集めている一方で、ゴリゴリの保守派・原理派クリスチャンのおばさん達にも愛され、フェミニストのキツいお姉さんたちからも一目置かれている一方で、トラック野郎や炭鉱労働者などのマッチョな男達からも愛されるという点は、マリリン・モンローとレディ・ガガが合体?したような振れの大きさとでも言うのか、他に類を見ないユニークな存在と言えます。

 しかも、ドリーの面白さは、そうした幅広い層の全てに対して愛情を持ちつつも、特定のグループとは同調・共闘はしない(逆の言い方をするならば、相手を攻撃しない)という、全てに関してある一定の距離を置いているとも言える点で、そこには本来アメリカの美徳でもあった個人(尊重)主義が貫かれているという見方もできます。

 

 シンガー/パフォーマーとしてのインパクトが強い彼女ですが、実は彼女自身はシンガーである前に作曲家として活躍・成功したシンガー・ソングライターです。

 これは私自身、今回のラジオ番組で再認識したことですが、彼女の初期の曲というのは、彼女自身が「Sad Ass Songs」(「悲しい歌」に「Ass=ケツ(尻)」という言葉を挟むことで汚っぽく強調しているスラング。彼女はちょっと汚いスラングをよく使うのですが、それも逆に親しまれている点でもあります)と呼んでいるように、ひどい話の悲しい歌というのが数多くあります。

 それは、女性ならではの心の痛み、古い女性観から来る女性の行動(主に性行動)に対する偏見・非難、女性(妻)に対する家庭内暴力、男(夫)に騙されること・男(夫)を騙すことによる苦痛、を告白・代弁するといったかなり生々しい内容です。そうした中の頂点の一つとして、未婚の若い女性が妊娠したことで相手の彼氏や自分の家族にも見放され、最後は孤独な状況の中で陣痛が起きて死産を迎えるという、あまりにも悲惨な曲もあります(これはラジオ番組中、ドリー自身が最もお気に入りの曲と語っていました)。

 この曲はその後、ナンシー・シナトラやマリアンヌ・フェイスフルなどにも歌われましたが、発表された1970年当時はラジオで放送禁止にもなりました。しかし、こんな悲惨で物議を醸す歌を歌っても、そのイメージが崩れることなく、明るいキャラを維持しているというのは本当に驚きでもありますし、それは恐らく彼女の深い人間性に根差しているようにも思えます。

 

 今回の記事、そして上記の話を含めたドリーのラジオ番組を聴いていて感じたのは、彼女のシンパシーや社会意識というのは、最近話題となっているような様々な問題よりももっと世の中の根底・底辺にあるという点です。

 アメリカでは多くの人達が知る有名な話ですが、ドリーはテネシーの片田舎で12人兄弟の4番目として生まれ育ち、幼少の頃は一部屋しかない“掘っ立て小屋”で暮らす極貧生活であったそうです(その家の写真が昔、彼女のアルバムのカバーに使われたこともありました)。

 厳しい冬を前にお母さんが端切れを縫い合わせてコートを作ってくれて、学校ではみんなに馬鹿にされても、彼女自身はそのコートを誇りに思う、という涙ものの話も有名ですが(これは彼女の代表曲の一つにもなっています)、そうした極貧時代の辛かった経験が、逆に彼女の優しさと芯の強さの基盤となっているようです。

 ドリーの慈善活動に関しては彼女自身が設立したドリーウッド基金による取り組みがよく知られていますが、彼女自身の経験がバックグラウンドとなっていることもあり、その対象は識字率の向上であったり、景気の落ち込んだ地域の雇用促進であったり、常に忘れられ、切り捨てられそうになっている社会の底辺に生きる人々に向けられています。

 彼女は保守か革新かと問われれば、間違いなく保守に属する人であると言えます。ですが、彼女の保守というのは世に言うところの政治的スタンスとしての保守ではなく、アメリカの良心、というよりも人間としての良心を保ち守る、という意味での保守と言えます。

 自分がかつて徹底的に弱者であったことから弱者を絶対に見捨てないという強い信念と行動(音楽においても、慈善活動においても)が彼女の“保守”であり、この極端なまでのピラミッド社会(つまり底辺の数が圧倒的に多い)であるアメリカにおいて、彼女の活動は保守も革新も、右も左も、誰もが支持する結果となっていることも特筆すべきことでしょう。

 

 ドリーはカントリー音楽界を代表する白人のアーティストですが、パティ・ラベルや故マイケル・ジャクソンを始めとする数多くの黒人アーティスト達との交友でもよく知られ、故ホイットニー・ヒューストンがドリーの曲をお気に入りのレパートリーにしていたこともよく知られています(映画「ボディ・ガード」で歌われた「I Will Always Love You」)。

 ドリーは私生活においては二十歳の時に結婚(相手は道路舗装業を営んでいた一般人)して以来、今もおしどり夫婦であり続けています。子供はありませんが、マイリー・サイラスの名付け親であるなど、多くの人達から母親的な存在ともされてきましたが、容姿ではなく中からにじみ出る彼女の母性というのは、若いころ幼い妹や弟たちの母親代わりを務めてきたことから来ているとも言われます。

 

 私自身も70年代からドリーのファンでしたが、この人の圧倒的なカリスマ的存在感と、それでいて温かで優しい包容力溢れる隣のお姉さん(当時)的な親しみやすさというのは、膨大な数のスター達の中でも全くもって唯一無二のものであり、極めてユニークであるとも言えます。

 また、彼女はアメリカのスター達の中では珍しく完全なノンポリであり、政治的な発言は決してしない人でもあるので、その意味でも益々左右両極化が進み、中道でさえも引き裂かれつつある今の荒れ果てたアメリカを、音楽によって癒すことのできる”切り札”となるかもしれない、という今回のラジオ番組や記事における意見は中々面白いと感じました。

 もしかするとドリー・パートンが2020年の大統領に?いや、そんなことはあり得ないと思いますが(笑)、トランプが大統領ということ自体があり得ないことでもあるので、今のアメリカであり得ないことは何もない、と言えるのかもしれません。

 なにしろ映画俳優が大統領(ロナルド・レーガン)になる国ですから、そろそろミュージシャンが大統領になってもおかしくはないかもしれませんね(ジェイZやカニエ・ウェストはその座を狙っているとも言われていますが…)。

 

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 November 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

             

 

 最近私は非常に悩んでいます。Amazonのサービスを利用し続けるべきか、やめるべきか…。いやこれはくだらない話のようで実はくだらない話ではないのです。つまりこれは、最近アメリカで大きな問題として取り上げられているプラスチック製品や容器の使用のように、単に使用をやめたり分別ごみを徹底させるというような話ではなく、自分の音楽ライフのみならず、ライフそのものに関わってくる問題もであるからです。

 私自身は現在、Amazonプライムの会員であることでAmazon Musicの特典(プライムに指定されているAmazon Music音源の無料ダウンロード/ストリーミング)やプライム商品の送料無料というサービスの“恩恵”を受けています。また、音楽関連のみならず、いわゆる生活必需品の類に至るまで、Amazonのオンライン・ショッピングというのは本当に便利なサービスであることは間違いありませんが、実はAmazonの触手はオンライン上の販売やサービスという世界とは別の分野にまで伸び、様々な面から人々の生活に大きな影響を及ぼしています。

 先月のニュース・レーターでも少し触れましたが、Amazonというのは今や流通業界を制しているだけでなく、データ・ビジネスの世界をも制しているわけですが、更に国や行政、軍ともつながることで、政治や一般社会のレベルにまでその影響力を広げてきているのは、まだ気づいていない人も多い重要な事実であると言えます。

 現時点において、この問題のコアな部分というのは、AmazonがICE(移民税関捜査局)に対して自社の顔認識テクノロジー(ソフトウェア)を提供しているという点です。つまり、現在のアメリカを二分する要因の一つにもなっている不法移民の摘発と強制退去に関してAmazonは“多大な貢献”を果たしているというわけで、サンフランシスコ市議会では市当局による顔認証監視技術の利用を禁止する条例案が可決しましたし、先日は400人近いミュージシャン達による抗議行動も行われました。

 Amazonはそれ以前から、プライバシーの問題に関する疑惑がありました。それはスマート・スピーカーとも呼ばれるAmazonのAI搭載スピーカーEcho(エコー)のユーザー達に起きたトラブルという形で話題沸騰したわけですが、このAI部分であるAlexa(アレクサ)が、プライバシーの侵害というよりも、結果的に個人情報の監視と盗用に一役買うという恐ろしい事態を招いたわけです。当のAmazonは中国内からのハッキング行為を理由にこの事件について弁明しましたが、何でも気軽に話せる“お相手”と思っていたAlexaの“ご乱心”(Hal 9000を思わせる異常な誤動作)に多くのユーザーは青ざめ、実はAmazon自体がAlexaを通して個人情報を監視・盗用しているのではないか、という疑惑も出てきたわけです。

 もう一つは、ニューヨークのロング・アイランド・シティに建設予定であったAmazonの第二本社に関する騒動です。ここは実は私が住んでいるエリアなのですが、もしもAmazonの第二本社ができると、地価が急上昇して多くの地元民が追い出される結果となりますし、Amazon移転による公共交通機関の大混雑と整備の必要性(つまり莫大な金がかかる)、そしてニューヨーク市や州による地元市民のための再開発費予算がAmazonへの助成金や税優遇措置によって大幅に削られる結果にもなります。そのため、この移転計画は地元の猛反発を食らって結果的には撤退となりましたが、Amazonは地元行政を抱き込んで引き続き移転の実現を画策していると言われています。

「今、中国よりも危険なのはAmazon」こんな意見も巷ではあちらこちらで聞かれます。

さて、皆さんはAmazonとどう付き合われますか?

 

 

トピック:ドリー・パートンはアメリカを癒せるか?

 

 アメリカは11月の第一月曜日の翌日火曜日が「エレクション・デー」、つまり選挙日です。よって、10月は選挙と政界絡みの話題が一層賑やかになりましたが、先日は故プリンスの地元ミネアポリスにおけるトランプの再選キャンペーン中に「パープル・レイン」が使用されたことにプリンスの財団が強く抗議したというニュースがありました。

 プリンスは2006年大統領選の6か月少しほど前に亡くなりましたが、選挙戦から大統領就任後もプリンスの財団はトランプに対してプリンスの一切の楽曲の使用不許可を通告し、昨年はプリンスの弁護団がトランプに対して公式・法的な手紙も出していました。ですが、法規などまるで気にしない(つまり無法者)トランプですから、性懲りもなくプリンスの曲を使っていたようです。

 

 2016年の大統領選時の本ニュー・レターでもお伝えしましたが、トランプはアメリカ史上で最も有名ミュージシャン達に嫌われている大統領と言え、逆に彼を支持する有名ミュージシャンというのは数える程しかいません。

 どこを向いてもアンチ・トランプだらけの有名ミュージシャン達の中でも特に目立っているのは、ニール・ヤング、リアナ、ジョン・レジェンド(とパートナーのクリッシー・テイガン)、エルトン・ジョン、ファレル・ウィリアムス、テイラー・スウィフト、セリーナ・ゴメス、スヌープ・ドッグ、エミネム、ブルース・スプリングスティーンなどといったところではないでしょうか。

 中でもジョン・レジェンドとクリッシー・テイガンに関してはトランプ自身も目の敵にしており、ことあるごとにツイッターで非難を浴びせていますが、不思議なことにトランプが毛嫌いしているジェイZとビヨンセは、トランプを非難しつつもあまり相手にはしていないようで、まだこれといった“直接対決”は実現していません。

 

 トランプにとっては”A級戦犯”とも言える上記有名ミュージシャン達に続いて、“B級戦犯”的存在とも言えるのがポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン財団、ローリング・ストーンズ、ポール・ロジャース(フリー)、クイーン、(特にブライアン・メイ)、エアロスミス(特にスティーヴン・タイラー)、ガンズ&ローゼズ(特にアクセル)、R.E.M.(特にマイケル・スタイプ)、アデル、シャナイア・トゥウェイン、ルチアーノ・パヴァロッティなどと言ったところで、彼等は楽曲不使用を中心にトランプに対するノーを公表し続けています。

 

 そうした中で先日、「ドリー・パートンはアメリカを癒せるか」という面白い記事を見つけました。カントリー音楽のみならず、アメリカ音楽界を代表するアイコン的な元祖ディーヴァ&女王の一人であり、アメリカの国民的大スターとして、日本で言えば美空ひばり級の人気・地位・評価を誇るドリーですが、彼女こそが、南北戦争以来と言われるほどに分断され、反目・憎悪と攻撃的な姿勢・論争に満ち溢れた今のアメリカを、その音楽と人間性または存在感によって癒すことができるのではないかという内容でした。

 

 そもそもこの記事の発端となったのは、ニューヨークのローカルFM局であるWNYCのポッドキャスト(インターネット・ラジオ)・プログラムとして去る10月15日から12月8日まで週一でスタートしたトーク番組で、10月末の時点で既に3つのエピソードが配信されています。プロデューサー兼ホストのジャド・アブムラドはレバノン移民のアメリカ人ですが、ドリー・パートンと同じくテネシー州の出身で、アメリカの社会・世相を反映した切り口の鋭いラジオ番組をプロデュース(そしてホスト)することで知られています。

 今回のドリー・パートンの番組でも、彼自身によるドリーへのインタビューを軸に、ゲストも交えながら自らコメント・分析し、話の前後で、過去のドリーのインタビューやレコード、コンサート、テレビ番組などの音源も実に手際よくカットアップしてつなぎ合わせ、1時間近いプログラムを全く飽きさせずに仕上げています。

 

 番組の作りも実に印象的で興味深いと言えますし、ドリー・パートンの功績よりも、その実像をアメリカの社会や動きと対比させながらくっきりと浮かび上がらせる手法は見事と言えますが、やはり最も印象的なのは、ドリー・パートンという稀有なミュージシャンその人であると言えます。

 ドリーはジョークのセンスにも非常に長けた人で、相手のジョークや突っ込みを一層のジョークで笑い飛ばすことでも知られています。とにかく明るく陽気で優しいお姉さん(かなり過去)⇒おばさん(少し過去)⇒お婆さん(現在)というイメージで、これまでも特定の個人やグループを傷つけることも怒らせることもなく(狂った性差別主義者から脅迫されたことなどはありましたが)、50年以上その強烈なキャラを維持し、愛されてきたことは驚くべきことです。

 

 また、彼女はファン層の広さにおいてもダントツで、そのグラマラスな容姿やキャラからLGBTQコミュニティでも非常に高い支持を集めている一方で、ゴリゴリの保守派・原理派クリスチャンのおばさん達にも愛され、フェミニストのキツいお姉さんたちからも一目置かれている一方で、トラック野郎や炭鉱労働者などのマッチョな男達からも愛されるという点は、マリリン・モンローとレディ・ガガが合体?したような振れの大きさとでも言うのか、他に類を見ないユニークな存在と言えます。

 しかも、ドリーの面白さは、そうした幅広い層の全てに対して愛情を持ちつつも、特定のグループとは同調・共闘はしない(逆の言い方をするならば、相手を攻撃しない)という、全てに関してある一定の距離を置いているとも言える点で、そこには本来アメリカの美徳でもあった個人(尊重)主義が貫かれているという見方もできます。

 

 シンガー/パフォーマーとしてのインパクトが強い彼女ですが、実は彼女自身はシンガーである前に作曲家として活躍・成功したシンガー・ソングライターです。

 これは私自身、今回のラジオ番組で再認識したことですが、彼女の初期の曲というのは、彼女自身が「Sad Ass Songs」(「悲しい歌」に「Ass=ケツ(尻)」という言葉を挟むことで汚っぽく強調しているスラング。彼女はちょっと汚いスラングをよく使うのですが、それも逆に親しまれている点でもあります)と呼んでいるように、ひどい話の悲しい歌というのが数多くあります。

 それは、女性ならではの心の痛み、古い女性観から来る女性の行動(主に性行動)に対する偏見・非難、女性(妻)に対する家庭内暴力、男(夫)に騙されること・男(夫)を騙すことによる苦痛、を告白・代弁するといったかなり生々しい内容です。そうした中の頂点の一つとして、未婚の若い女性が妊娠したことで相手の彼氏や自分の家族にも見放され、最後は孤独な状況の中で陣痛が起きて死産を迎えるという、あまりにも悲惨な曲もあります(これはラジオ番組中、ドリー自身が最もお気に入りの曲と語っていました)。

 この曲はその後、ナンシー・シナトラやマリアンヌ・フェイスフルなどにも歌われましたが、発表された1970年当時はラジオで放送禁止にもなりました。しかし、こんな悲惨で物議を醸す歌を歌っても、そのイメージが崩れることなく、明るいキャラを維持しているというのは本当に驚きでもありますし、それは恐らく彼女の深い人間性に根差しているようにも思えます。

 

 今回の記事、そして上記の話を含めたドリーのラジオ番組を聴いていて感じたのは、彼女のシンパシーや社会意識というのは、最近話題となっているような様々な問題よりももっと世の中の根底・底辺にあるという点です。

 アメリカでは多くの人達が知る有名な話ですが、ドリーはテネシーの片田舎で12人兄弟の4番目として生まれ育ち、幼少の頃は一部屋しかない“掘っ立て小屋”で暮らす極貧生活であったそうです(その家の写真が昔、彼女のアルバムのカバーに使われたこともありました)。

 厳しい冬を前にお母さんが端切れを縫い合わせてコートを作ってくれて、学校ではみんなに馬鹿にされても、彼女自身はそのコートを誇りに思う、という涙ものの話も有名ですが(これは彼女の代表曲の一つにもなっています)、そうした極貧時代の辛かった経験が、逆に彼女の優しさと芯の強さの基盤となっているようです。

 ドリーの慈善活動に関しては彼女自身が設立したドリーウッド基金による取り組みがよく知られていますが、彼女自身の経験がバックグラウンドとなっていることもあり、その対象は識字率の向上であったり、景気の落ち込んだ地域の雇用促進であったり、常に忘れられ、切り捨てられそうになっている社会の底辺に生きる人々に向けられています。

 彼女は保守か革新かと問われれば、間違いなく保守に属する人であると言えます。ですが、彼女の保守というのは世に言うところの政治的スタンスとしての保守ではなく、アメリカの良心、というよりも人間としての良心を保ち守る、という意味での保守と言えます。

 自分がかつて徹底的に弱者であったことから弱者を絶対に見捨てないという強い信念と行動(音楽においても、慈善活動においても)が彼女の“保守”であり、この極端なまでのピラミッド社会(つまり底辺の数が圧倒的に多い)であるアメリカにおいて、彼女の活動は保守も革新も、右も左も、誰もが支持する結果となっていることも特筆すべきことでしょう。

 

 ドリーはカントリー音楽界を代表する白人のアーティストですが、パティ・ラベルや故マイケル・ジャクソンを始めとする数多くの黒人アーティスト達との交友でもよく知られ、故ホイットニー・ヒューストンがドリーの曲をお気に入りのレパートリーにしていたこともよく知られています(映画「ボディ・ガード」で歌われた「I Will Always Love You」)。

 ドリーは私生活においては二十歳の時に結婚(相手は道路舗装業を営んでいた一般人)して以来、今もおしどり夫婦であり続けています。子供はありませんが、マイリー・サイラスの名付け親であるなど、多くの人達から母親的な存在ともされてきましたが、容姿ではなく中からにじみ出る彼女の母性というのは、若いころ幼い妹や弟たちの母親代わりを務めてきたことから来ているとも言われます。

 

 私自身も70年代からドリーのファンでしたが、この人の圧倒的なカリスマ的存在感と、それでいて温かで優しい包容力溢れる隣のお姉さん(当時)的な親しみやすさというのは、膨大な数のスター達の中でも全くもって唯一無二のものであり、極めてユニークであるとも言えます。

 また、彼女はアメリカのスター達の中では珍しく完全なノンポリであり、政治的な発言は決してしない人でもあるので、その意味でも益々左右両極化が進み、中道でさえも引き裂かれつつある今の荒れ果てたアメリカを、音楽によって癒すことのできる”切り札”となるかもしれない、という今回のラジオ番組や記事における意見は中々面白いと感じました。

 もしかするとドリー・パートンが2020年の大統領に?いや、そんなことはあり得ないと思いますが(笑)、トランプが大統領ということ自体があり得ないことでもあるので、今のアメリカであり得ないことは何もない、と言えるのかもしれません。

 なにしろ映画俳優が大統領(ロナルド・レーガン)になる国ですから、そろそろミュージシャンが大統領になってもおかしくはないかもしれませんね(ジェイZやカニエ・ウェストはその座を狙っているとも言われていますが…)。

 

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 October 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

             


 最近、どうにもスマホやiPodで聴く音楽(音質)に飽き飽きして、時代と逆行するのは承知の上でポータブルのCDプレイヤーを購入しました。アメリカでは中高年層や人種・人口的にマイノリティとされる移民を中心に、ポータブルCDプレイヤーの需要というのはまだまだあります。SONYやパナソニックも依然人気ブランドですし、アメリカのオーディオ機器メーカーや家電メーカーの安価ブランドも根強い人気がありますが、それらのほとんどは中国製です。更に最近は、中国ブランドの進出が著しく、高級モデル並みの高音質やスペックを破格の値段で実現しているため、評価・レビューも高く、ダントツの人気とベスト・セラーを誇っています。

 しかし、天邪鬼の私はそうした製品には手を出す気になれず、いろいろと探して日本製日本ブランドのプレイヤーを見つけて手に入れました。ブランドはオンキヨー(オンキョーではありません)で、裏には1992年8月製造というラベルが貼ってあり、「MADE IN JAPAN, NISSHIN-CHO NEYAGAWA-SHI OSAKA」と明記されています。

 発売当時は、カセット・ウォークマンもCDウォークマンも、そのコンパクトさと軽量化に感動したものですが、スマホ時代の今となっては「ポータブル」とも言えないほどデカいし、重いし、すぐに音飛びするし、ディスクや電池の交換も面倒だし、若者には驚きのまなざしで見られるし、という有様。人によってはジャンクとも言われてしまうビンテージ機器をカバンに入れて、ニューヨークの地下鉄やストリートで音楽を聴いている私をアホな物好きと呼ぶ人もいますが、しかしこの音には何故か安心感や心地良さを感じます。状態の良い品に当たったため、27年経っても再生機能はもちろんのこと、全て問題無く作動するのもラッキーでしたが、思えば90年代半ばころまでは、日本はオーディオ機器でも楽器でも車でも、本当にクオリティの高い製品を作っていたと思います。実はアメリカ人の中にもそのことを良く知っている人間は多いですし、今も日本製を愛用している人間にも時折出会うことがあります。

 肝心の音質ですが、ポータブル機器はやはりポータブル機器ですし、最近の高品質指向をこの機器に求めようとは思いませんし、高級なイヤホン/ヘッドホンを組み合わせようとも思いません。そもそも、耳の問題で密閉型ヘッドホンやイヤホンが苦手な私は必然的にノイズ・キャンセリングとは無縁であり、最近流行りのハイレス(ハイレゾ)ヘッドフォンにもそれほど興味がなく、この古びたディバイスとの相性も考えて小さな開放型ヘッドホンを使っています。そもそも、世界一の騒音都市ニューヨークの街中では音質も何もあったものではない、とも言えますが、私自身は街の騒音と音楽の混ざり具合というのが結構好きで、ちょっと違った(変わった?)音楽鑑賞法の一つとして楽しんでいます。
 ですが、この機器の本領発揮となるのは、やはりカフェなどの静かなスペースでゆったりと音楽を聴く時であると言えます。最近はすっかり耳慣れたスマホの音とは違う音の質感を、どう説明すれば良いのでしょうか。そこに90年代当時のCD主流であった音楽制作現場の“息吹”のようなものをも感じるというのは私の妄想でしょうか。今回は、そんなイントロから本題に入っていきたいと思います。

トピック:「ハイレゾ」と「ロスレス」の魅力と罠?
世の音楽ファン、特にオーディオ・マニア系の音楽ファンには、「音質はレコードからCD への移行、更にCD からダウンロードやストリーミング(デジタル・ファイル)への移行によって悪化している」と主張する人が多いと言えますが、この主張に対して皆さんは同意されますでしょうか。または、どのように反論されますでしょうか。音質というのは、可聴範囲というフィジカルな面と、好みや心地よさといったメンタル面や感覚面の両方に関わってきますので、万人にとっての統一見解や回答というのはあり得ないと言えます。

 例えば私自身は以前、耳の病気を患ったときに聴力検査というものを何度となく受けた経験がありますが、その時の検査によって、私の聴力はあるレベルの高周波の音には非常に敏感で、逆にあるレベルの低周波の音には鈍感であるということが分かった(診断された)のですが、こうした可聴範囲の差異というのは誰にでも少なからずあることであると思います。

音質の好みや心地よさといったメンタル・感覚面に関しては、更に人によって千差万別です。特にその人にとっての”良い音”というのは極めて感覚的・主観的なものと言えますし、透き通ったような高域のクリアなサウンドが好きなのか、中域の膨らんだ温かなサウンドが好きなのか、いわゆるドンシャリの音が好きなのか、または、とにかく重低音がブーストしてないと気持ちよくない等々、人によって好みはそれぞれです。「原音再生」や「ライヴ音再現」、また「音の解像度」といった言い方や音のクオリティの基準と言われるものもありますが、これも「原音」やライヴの音を捉える聴覚や感性によって“再生度”・“再生具合”も変わってきますし、音を数値で解像することは可能であっても、実際にそれらをどう知覚し、感じるかによって、「解像度」自体も絶対的な価値を持つとは言えなくなってきます。ですが、そうした中にも音の良し悪しではなく、聴覚や感性でもない、テクノロジーに関する明確な“違い”というものは明らかに存在します。それはつまりアナログ(LP)とデジタル(CD)という音の記録・再生方式の違いと、同じデジタルにおいても圧縮の有(MP3 などのデジタル・ファイル)無(CD)といった音の保存方式の違いです。改めて説明するまでもなく、圧縮というのは言葉通り音を圧縮するわけではなく、聴感上において問題ないと思われる(つまり、人間の可聴範囲を超える音域情報)を間引き(カット)してデータ量を減らすわけです。よって、カットされること自体は音質の低下と言えますが、要はカットされた音を人間は聞き分けられるのか、という問題が残ります。

圧縮率はビットレート(kbps)という単位で表されますが、諸説異論はあるものの、一般的に人間が圧縮音源の音質差を聞き分けられるのは、せいぜい128kbps か160kbps程度までとも言われています。例えばアメリカにおいて最も人気の高いストリーミング・サービスであるSpotify の場合、モバイル向けには96kbps、デスクトップ向けには160kbps、そして有料のプレミ
アム会員は、高音質の320kbps のビットレートとに分けて圧縮して配信しています。Spotify のプレミアムは音質の良さが売りですし、実際に私の周りのプレミアム会員達もそのことを強調しますが、その一方で私の周りのAmazon Music やApple Music(どちらも256kbps)愛用者達の多くは、Spotify プレミアムの高音質というのは聴覚上はAmazon Music やApple Music と変わらないとも主張しています。また、Spotify に続く人気ストリーミング・サイトのTidal は1411kbps という、い
わゆる「ロスレス」を実現させ、Spotify やAmazon、Apple などとは比較にならない高音質を売りにしていますが、ここまで来ると判別・比較は更に難しいと言えるようです。実際にこちらのメディアでは以前、数曲の音源をそれぞれ160kbps、320kbps、1140kbps の3 種類のビットレートで聞かせる比較テストを一般に公表して話題になりましたが、その違いを判別できた人は半数にも満たなかったとのことです。そうした中で、Spotify がTidal 並み、またはそれ以上の高音質を実現するSpotifyHiFi の開発に取り組んでいるというニュースがあったのが2 年以上も前のことでした。しかし、2019 年9 月現在、このSpotify HiFi のサービスはまだ登場してはおらず、どうなったのかと思っていたところに、何とアマゾンが去る9 月にAmazon Music のコンテンツを高音質の「ロスレス」で聴くことのできるストリーミング・サービス、Amazon Music HD をスタートさせました。デジタル・ファイルの圧縮に関しては、これまでほとんどがデータ量を削減するロッシー圧縮(非可逆圧縮)によって行われてきたわけですが、今回のAmazon の新サービス登場によって、時代はいよいよ、データを削減しないロスレス圧縮(可逆圧縮)の時代に突入したと言えるのかもしれません。

 ちなみに、Amazon Music HD のビットレートは最大850kbps とのことで、Tidal には少々及びませんが、それでもこれまでの2.5 倍以上の数値です。更に今回、Amazon はHD の上のULTRA HD という目下最高音質のサービスも開始させ、こちらは何と3730kbp という、これまでの10 倍以上の数値となっています。また、Amazon のHD はビット深度(量子化ビット数)16 ビットにサンプリング周波数44.1kHZ という、通常のCD 仕様(リニアPCM 方式)を実現していますが、その上ULTRA は24 ビットで192kHZ という「ハイレゾ」CD、またはDVD-Audio と同じ規格を実現しています。

 アメリカのメディアは音楽系を中心に今回のAmazon Music HD のニュースを様々な面からかなりポジティヴに捉えていると言えますし、ストリーミングに関して特に若年層ユーザーではSpotify などに遅れ気味であったAmazon が、いよいよストリーミングの最前線におどり出し、物販の世界を制覇したAmazon が今度はデータ販売の世界も制覇するであろう、といった扇動的な論調まで出ています。しかし、Amazon は何かと敵やAmazon 嫌いも多いですし、一般レベルから専門分野に至るまで、Amazon Music HD の高音質、そして「ロスレス」そのものに対しての懐疑的な意見・論調も見受けられます。特に肝心の音質面においては、再生機器がスマホとイヤホン使用が圧倒的な現状においては、ディバイス側の対応や互換性の問題も含め、ユーザーの耳に届く音の段階で、HD やULTRA の優越性というものがどれだけ感じられるのか、という疑問です。また、音質を追求すれば容量が増えていくことになるわけで、益々「データ・ビジネス」の罠にはまっていくことになり、つまりそれこそがAmazon の狙いである、という別の見方もあります。

 そうした状況の中で、イヤホン/ヘッドホンも高級・高品質化がかなり進み、イヤホン/ヘッドホンに100 ドル台(人によっては200~300 ドル台)のお金をかける若い音楽ファンもずいぶんと増えてきているようです(私は地下鉄に乗っている時でも、周囲の人間が使用しているイヤホン/ヘッドホンにどうしても目が行ってしまいます)。そうした機器の中には「ハイレゾ」(英語ではハイレス:Hi-Res)仕様のものも増えてきていますが、これに関してもユーザーとメディアの両サイド(更にはメーカー・サイドにおいても)で賛否両論があると言えます。この問題は冒頭でも述べたように、聴覚というフィジカルな部分と“聴いた感じ”という感性的な部分との両面が関わってくるため、数値のみで立証したり、優劣をはっきりと結論付けるのは難しいのですが、私がこちらで長年一緒に仕事をし、信頼している優れたマスタリング・エンジニア(アメリカ人)の話が私としてはかなり同意・納得できるものと言えました。それは、例えば再生周波数帯域が広い、いわゆる「ハイレゾ」仕様のイヤホン/ヘッドホンで聴いたからといって今まで聴こえなかった音が聴こえるということではなく、“聴こえ方”が違ってくるのだ、というものです。
人間の可聴範囲というのは大体20Hz~20kHz と言われていますので、その範囲をカバーしているイヤホン/ヘッドホンであれば問題はないわけですが、例えば5Hz~40kHzなどといった「ハイレゾ」仕様のイヤホン/ヘッドホンの場合は、可聴範囲外の音が直接聴こえるわけではなく“含まれている”ことによって、音の緻密さや自然さといった“聴こえ方”に影響を及ぼすというわけです。

 しかし、騒音に満ちたニューヨークで、特に地下鉄などで音楽を聴くのであれば、そんなものは何の意味もなく、ノイズ・キャンセリング機能をもったイヤホン/ヘッドホンの方が高音質を求める上でははるかに効果的だ、とも彼は言っていました。
そしてこの“聴こえ方”の問題に関して、このエンジニア氏は再生周波数よりもサンプリング周波数の違いの方が重要であるとも話していました。つまり、サンプリング周波数が44.1kHz に比べて192kHz というのは1 秒間に読み込むデータの細かさが4.5 倍近いわけで、その細かさの方が音の緻密さや自然さに直結するというわけです。実はこれは結果的にレコードの音質に近いものとも言えるようですが、これも再生機次第であることには変わりがありませんので、現在のスマホ自体または対応ディバイス自体が更にグレードアップしていかない限り、現状においてHD やULTRA の優位性をそのまま捉えることには懐疑的である、との意見でした。それよりもこのエンジニア氏が強調していたのは、感性と経験に支えられたマスタリングの意義・重要性でした。これはマスタリング・エンジニアとしてはもっともな意見であると思いますが、レコードの時代からCD を経てデジタル・ファイルに変わり、今回の「ハイレゾ」に至るまで、マスタリングというのはそのフォーマットの特性に合った、そしてその時代や人々(アーティストとリスナー双方)が求める音に仕上げられていったという背景があります。

 このエンジニア氏が音楽の世界、特にミュージシャンからエンジニアの世界に入っていくきっかけとなったのは、ビリー・ジョエルの「ニューヨーク52 番街」であったというのも興味深い話です。ご存じのようにこのアルバムは1992 年に世界で初めて商業CD 化された作品であるわけですが、1978 年の発売直後からレコードで愛聴していたこのエンジニア氏は、CD 版発売後、あるミュージシャンの家でCD 版を聴いてその音の違いに驚愕したそうです。そして彼は、音楽を作曲や演奏という方法で生み出さなくても、エンジニアリングという技術と才能で生み出す方法がある、と確信したのだそうです。実際に、音楽・音源は同じでも、レンジや音質特性の異なるレコード、CD、デジタル・ファイル、そして「ハイレゾ」ではマスタリングは異なるわけですし、そこには単なるテクノロジーや数値だけではない、職人の感性と経験というものがしっかりと介在しているわけです。

 そうして生み出された音楽メディアに接するリスナーは、そこから更に自分の聴覚と感性に応じていろいろな“聴こえ方”を楽しむことができる(事実これまでも楽しんできた)のだと思います。「ハイレゾ」、「ロスレス」の議論はこれからも続くでしょうし、それらに合わせた機器やアプリは次々と登場してくると思います。ですが、そこには常に送り手と受け手の側の知覚と感性という両面が、記録された音楽を感動と共に生き生きとしたものに甦らせてきたことを忘れてはならないと思います。

 つまり、そうした“作業”をAI の手に譲り渡してはならない、というオチで今回のニュースレターの〆(シメ)とさせていただきます。

【I Love NY】月刊紐育音楽通信 September 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

             

 

 私がニューヨークが好きな理由の一つに、大都会でありながらも緑が多いということがあります。マンハッタンを初めとするニューヨーク市内には、本当に公園と木々が数多くあり、それが理由に鳥や小動物達も数多く共存しています。

 更に市外に出れば、あっという間に豊かな自然の中に包まれていくことになりますし、州として見れば、ナイアガラの滝も州内にあるニューヨーク州は全米でも屈指の自然の豊かな州でもあるわけです。

 物価の安さや、人々の優しさ・暖かさ・穏やかさという面も大きな魅力です。東海岸は都心部を離れると圧倒的に白人が多くなり、有色人種にとっては居心地の悪さや問題も無いとは言えませんが、それでも全米50州の中でもニューヨークは自由と平等に対するリベラル感覚がダントツに高いと思うのは少々地元びいきが過ぎるでしょうか。

 音楽に関しても、マンハッタンから車で1時間ほどのエリアでも魅力的なミュージック・ヴェニューが数多くありますが、マンハッタンの東側ロングアイランドのウェストバリーという町にあるシアター・アット・ウェストバリーは、キャパ3000人弱のアリーナ・タイプの中型シアターで、ステージがゆっくりと回転することから、客席のどこに座っても同様に楽しめるという点が特徴です。

 シアター内の飲食物もマンハッタンに比べると圧倒的に安くて量も多くて種類も豊富ということで、観客には嬉しいことばかりであると言えます。しかも、観客は地元の人達がほとんどですので、シアター内は演奏前後の飲食エリアも演奏中の観客席も和気あいあいといった感じで、マンハッタンでは味わえないくつろいだ雰囲気は、ニューヨークの豊かな音楽カルチャーの一面を物語っているとも言えるでしょう、

 

トピック:ニューヨークを代表するコンサート・ヴェニュー

 

 今年の夏は、私自身としては例年以上にライヴ・パフォーマンスに足を運んだ感がありますが、ニューヨークのコンサート事情が大分変化してきていることも実感します。私が始めてニューヨークでコンサートに足を運んだのは1977年2月、マジソン・スクエア・ガーデン(以下MSG)におけるKISSの全米ツアー(その約1ヵ月半後に日本初来日公演を果たします)でしたが、思えばそれ以降、数々のコンサートに足を運びつつも、数々の名演を残してきたホール/シアターが生まれては消え、消えては生まれていきました。

 以前、私よりもちょっと世代が上の人達からは「フィルモア・イーストはもう無いんですよね?」と尋ねられたこともよくありましたが、1968年から1971年までの約3年ちょっとの間に、当時“ロックの教会”とまで言われて多くの名盤も残した、イーストヴィレッジにあったこの歴史的なコンサート・ホールなどはその代表的な存在と言えるでしょう。このホールはその後ゲイ・バーにもなりましたが、その入り口は今は銀行となっており、当時を偲ばせるものはありません。

 

 いわゆるスタジアムやアリーナ、また大ホールを除くと、ニューヨークのホールというのは昔、様々な人種や民族の移民達の集会所的な劇場や、かつては富裕層が集まって賑わったいわゆるボールルームと呼ばれる“舞踏場”であったケースが多いと言えます。  

 従って、改装は何度か行っていても、元々が古い建物ですし、内装も昔の雰囲気を残しているホールが非常に多いと言えます(それが“ニューヨークのホールはボロい”とよく言われる所以でもあります)。

 例えば、フィルモア・イーストというのは、そもそもはユダヤ人達の居住エリアにあったこともあって、ユダヤ人達の劇場の一つだったわけです。

 更にこのフィルモア・イーストは、70年代末から80年代にかけてパンクやニュー・ウェーヴの拠点的なホールであったアーヴィング・プラザ(約1000人収容)にその名前を付け加えて、2000年代には「フィルモア・ニューヨーク・アット・アーヴィング・プラザ」と名付けられていましたが(その後、フィルモアの部分は取り除かれて、現在は以前のアーヴィング・プラザの名称に戻っています)、このホールもそもそもはポーランド系移民のコミュニティ・センターでした。

 

 そんなわけで、今回はニューヨーク(ニューヨーク市内中心)を代表する現在運営中のミュージック・ホール/シアター/アリーナについて少しお話しようと思います。と言っても全てをご紹介できるわけではありませんし、いわゆるクラブと呼ばれるライヴハウスに関しては今回は除外しました。

 

 まず規模の大きさから話を始めるとなれば、ニューヨーク最大級のアリーナは旧名ジャイアンツ・スタジアムのメットライフ・スタジアム(約8万人収容)です(厳密に言えば、ここはニュージャージー州、つまり他州となるわけですが)。例えばローリング・ストーンズやブルース・スプリングスティーンといった超大物のコンサートとなれば、まずはこことなります。

 他にはヤンキー・スタジアム(約5万人収容)とシティ・フィールド(約4万5千人収容)もありますが、前者はヤンキース、後者はメッツというニューヨークの大リーグ(MLB)・チームの球場で、春から秋までがシーズンとなるため、音楽イベントとして使用できる回数はそれほど多くはありません。それに対してメットライフ・スタジアムはニューヨークのアメフト(NFL)・チーム、ジャイアンツとジェッツの本拠地で、フットボールは秋から冬にかけての寒い時期に行われますので、NFLのシーズン・オフとなる春夏のコンサート・シーズンにはうってつけとなるわけです。

 ちなみに、ビートルズのニューヨーク公演でも有名なシェイ・スタジアム(約6万人収容)は上記メッツの本拠地でしたが、隣接した当時の駐車場部分に新たにできたのが上記シティ・フィールドであり、シェイ・スタジアムの跡地は現在シティ・フィールドの駐車場となっています。

 

 規模の大きさで言えば、これまで何度も歴史に残る野外コンサートが行われたセントラル・パーク(サイモン&ガーファンクルのコンサートで50万人以上収容)もありますが、ここは特設の音楽イベント・エリアとなりますので、今回はそれ以上は触れません。

 

 スタジアムに続く、いわゆるコロシアムやアリーナとも呼ばれるクラスが前述のMSG(約2万人収容)、ブルックリンのバークレーズ・センター(約1万7千人収容)、そしてNY市外・郊外のロングアイランドにあるナッソ-・コロシアム(約1万7千人収容)となり、スタジアムは別格として、通常はこれらがメジャー・アーティストの最大級コンサート会場となります。

 これらのコロシアムは基本的にはスポーツ・アリーナであり、MSGはバスケ(NBA)のニックスとホッケー(NHL)のレンジャースの本拠地であり、バークレーズはバスケ(NBA)のネッツ、そしてナッソーはホッケー(NHL)のアイランダーズの本拠地となります。

 

 これらに近いキャパシティー規模ですが、マンハッタンを離れた野外アリーナとして夏を中心に人気の高い音楽ヴェニューが、ニューヨーク郊外ロングアイランドの海に面したジョーンズ・ビーチ・シアター(約1万5千人収容)と、昔のUSオープン・テニスの会場であったニューヨーク市クイーンズ区のフォレスト・ヒルズ・スタジアム(約1万4千人収容)です。

 ジョーンズ・ビーチは、セントラル・パークの無料野外コンサートであるサマー・ステージと共に、ニューヨークの夏の音楽風物詩を物語る人気ヴェニューで、潮風を受けながら飲み物を片手に音楽を楽しめるのが魅力ですが、意外とニューヨーカーでもあまり知らない人がいて、行ったことがない人も多いのがフォレスト・ヒルズ・スタジアムです。

 それもそのはず、全米初のテニス・スタジアムであるこのスタジアムは、USオープン・テニスのメイン・コートとして1923年にオープンしましたが、1978年にUSオープン・テニスの会場が現在のフラッシング(同じくニューヨーク市クイーンズ区でメッツのシティ・フィールドの隣り)に移ってからは、90年代まではまだコンサートも行われていましたが、それ以降は半ば廃墟と化していきました。それが2013年からは野外コンサート・ホールとして復活したのですが、閑静な高級住宅街の中にあるため、近隣住民との騒音問題でコンサート自体はそれほど頻繁に行っていません。

 しかし、このスタジアムは特に1960年代から70年代にかけてはニューヨークを代表する音楽ヴェニューとして知られ、ビートルズ、フランク・シナトラ、ジュディ・ガーランド、ダイアナ・ロスとスプリームス、ジミ・ヘンドリクス、ローリング・ストーンズ、バーバラ・ストライザンド、ドナ・サマーなどといった様々な音楽ジャンルの錚々たるアーティスト達が名演を繰り広げてきた、“忘れ去られたコンサート会場”でもあるわけです(かつて、日本のアルフィーもここでコンサートを行いました)。

 

 次に1万人以下ながら大ホールとして代表的なのがラジオ・シティ・ミュージック・ホール(約6千人収容)です。1932年オープンという歴史のあるホールで、既に85年も続いているニューヨークを代表するクリスマス・ショー「クリスマス・スペクタキュラー」の会場として知られています。

 建設当時の流行でもあったアール・デコ調のデザイン(1930年には同じくアール・デコ調のクライスラー・ビルがオープン)が特徴的なこのラジオ・シティは、元々メトロポリタン歌劇場のオペラ・ハウスとして計画されたのですが、ロックフェラー・センターの建設で劇場はその一部となり、結果的に複合メディアの大シアターに計画変更されたといういきさつがあります。名前も当時最大のメディアであったラジオにちなんでいるわけですが、オープン当時は世界最大のオーデトリアムと言われ、2つの劇場がありましたが、その後、改築・増築、破産・再建といった紆余曲折の長い歴史を経て、現在の姿となったのが1980年のことです。

 今も大物アーティストの公演が行われていますが、どちらかというとイベントやスペシャル・プログラムといった傾向が強く、これまでトニー賞、エミー賞、グラミー賞の受賞式、MTVビデオ・ミュージック・アワードの受賞式、またアメフトのNFLのドラフトなども行われています。

 

 メトロポリタン歌劇場のオペラ・ハウスは1880年代からありましたが、その後上記ロックフェラー・センターによる計画断念を経て、現在のオペラ・ハウス(約3800人収容。アメリカン・バレエ・シアターの本拠地でもある)がリンカーン・センターにできたのは1966年です。

 このリンカーン・センターには他に2つの大劇場があり、ニューヨーク・フィルの本拠地であるデヴィッド・ゲフィン・ホール(約2700人収容)とニューヨーク・シティ・バレエの本拠地であるデヴィッド・コーク・シアター(約2500人収容)が隣接して建ち並び、これらに加えて、ミッドタウンにあるカーネギー・ホール(約3000人収容)がクラシック音楽における代表的な大ホールとなります。

 

 カーネギー・ホールは1891年オープンという、ニューヨークで現存する最古のミュージック・ホールとなりますが(実は1886年オープンのウェブスター・ホールという現クラブがありますが、場所と建築はそのままながら、中身はすっかり改装されています)、アコースティック音響は今も本当に素晴らしく、時折通りの騒音が聞えてくるという驚くべき欠点もありますが、実は上記のデヴィッド・ゲフィン・ホールの音響の悪さはニューヨークでも有名ですし、いまや地元の名門ニューヨーク・フィルの演奏をこの名門ホールであるカーネギーで聴けないというのは何とも残念でなりません(1962年までは、このカーネギーがニューヨーク・フィルの本拠地でした)。

 ちなみに、カーネギーは今や完全な貸ホールとなっており、基本的にはレンタル料さえ払えば借りることは可能となっています。

 

 クラシック音楽においては3000人前後の規模は大ホールと言えますが、ロック/ポップスなどのポピュラー音楽系ですと、ニューヨークではこのキャパ・クラスは中規模または小ぶりの大ホールといった括りになります。代表的なホールとしては、どちらも歴史のあるハマースタイン・ボールルーム(約3500人収容)とビーコン・シアター(約3000人収容)が挙げられます。

 1906年オープンのハマースタインは、メトロポリタンとは別のオペラ団の本拠地としてスタートし、スポーツ、受賞式、テレビ番組収録、大会議などにも対応できる構造・設備となっていることから、これまで音源のみならず映像としても様々な名作品を世に送り出してきました。昔はフリー・メーソンの集会場としても使用され、70年代には統一教会に買い取られもしましたが、かなり老朽していながらもアコースティック音響は中々素晴らしいと言えます。

 もう一つのビーコンは1929年にオープンした映画館でしたが、70年代以降はコンサート会場としてニューヨーカーに愛されてきたシアターで、様々な有名バンドが定期的なコンサートを行っていることでもよく知られています。中でも1992年から2014年の解散まで、ほぼ毎年10回以上の連続公演を行ってきたオールマン・ブラザーズ・バンドは、このビーコンをニューヨークの本拠地にしてきたと言えます。

 

 この3000人キャパ・クラスのホール/シアターは、音楽興業ビジネスにおいては最もディマンドや利用率も集客数も高い、ニューヨークのコンサート・カルチャーの中心とも言えます。もちろん、ニューヨークの音楽シーンは多数のクラブ(ライヴ・ハウス)によっても支えられているわけですが、コンサート形式となれば、2000~3000人規模のヴェニューが、運営サイドとしても最も魅力的且つリスクの少ないビジネスであるとも言えますし、今も新たなヴェニューが次々と登場しています。

 

 タイムズ・スクエアのど真ん中にあるプレイステーション・シアター(約2100人収容)は、2005年オープンですので、もう14年が経ちますが、巨大スクリーンや無数のテレビ・モニター、最新型の電光掲示板などのマルチ・メディア機能を備えた新しいタイプのシアターとして登場し、その後のシアター作りにも大きな影響を与えました。ですが、残念なことに今年12月にはクローズと発表されています。

 

 このプレイステーション・シアターを運営するイベント会社のザ・バワリー・プレゼンツ(現在はAEG Liveが株式取得)は、ここ数年特に注目の存在で、マンハッタンとブルックリンに斬新なコンセプトのホール/シアターを次々とオープンさせています(前述のフォレスト・ヒルズ・スタジアムやウェブスター・ホールも運営)。

 その中でも特に、以前麻薬取り締まりによってクローズした有名なナイトクラブを改築・改装し、2007年に改装オープンしたターミナル5(約3000人収容)と、鉄工所をそのまま利用したライヴ・スペースである2017年オープンのブルックリン・スティール(約1800人収容)は、今最も注目度の高いミュージック・ヴェニューであると言えます。

 また、ハリケーンによる壊滅的な損害から復興したサウス・ストリート・シーポートにあるピア17のルーフトップに昨年2018年にオープンしたルーフトップ・アット・ピア17(約3000人収容)は、特にニューヨーカーには人気の高いスポットであるルーフトップそのものをコンサート会場に仕上げるという新しいコンセプトのヴェニューと言えます。

 

 その他にも小規模のシアター/ホール、クラブとホールの中間的なヴェニューなど、ご紹介したいニューヨークの音楽ヴェニューはまだまだたくさんありますが、それらはまた機会がありましたらご紹介したいと思います。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 August 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

 

 

 

 

 

 

 先日、既に独立した私の子供達がそれぞれの高校時代の友人と共に私のアパートでちょっとした再会パーティを立て続けに行うという機会がありました。彼らは皆、高校時代はよく我が家に出入りしていて一緒に食事をしたりしていましたし、私にとってはみんな自分の娘、息子同然の連中なのであれからそれぞれ10年、15年以上が経ち、皆それぞれ様々な仕事に就いて活躍していることは私にとって本当に嬉しい限りです。

 彼らの世代はアメリカでは「ミレニアルズ」または、「ジェネレーションY」などとも呼ばれますが、一般的には1980年代前半から90年代中頃までに生まれた世代とされています。その由来は、21世紀のミレニアムに社会進出するという意味から来ていますが、戦後生まれの親達の元で育ち、思春期または成人前に9/11のテロを経験したこの世代は、テレビ・ゲーム世代・インターネット世代とも言われます。一般的には社会意識や社会変革意識が強いと言われ、実際にオバマ大統領誕生の原動力となり、トランプの後の時代を切り開いていく世代とも言われています。例えば、最近アメリカ(特にニューヨーク)では、史上最年少の女性下院議員となり、早くも2024年大統選の有力候補と目される”AOC”ことアレクサンドリア・オカシオ=コルテス(29歳)の話題が絶えませんが、彼女などはその代表的存在と言えます。

 私の”子供達”が今後どのように社会で活躍していくかはさておき、彼等と久しぶりに話して興味深かったのは、彼らの所謂「所有欲の低さ」でした。これはこの世代の特徴の一つとも言われていますが、例えば家、車、衣服/ファッションなどに関してはブランド志向や高級志向、そして所有欲自体も低く、例えば音楽や書物、美術や写真など、コンピュータやスマホによって獲得できる“モノ”は形の無い、ヴァーチャルで電子的なものが中心となります。よって、自宅にはステレオや本棚、CD/レコード、本もほとんど無く、それらは手に取れる固体ではなく電脳空間上の“データ”となるわけです。

 モノが無い/少ない、またはモノに対する執着心が弱いということ自体は素晴らしいことであるかも知れませんが、外的な対象よりも自分自身という内的な部分に一層フォーカスするというスタンスは、現代の物質文明、または飽くなき物欲の世界においては一種の意識変革・改革であるとも言えます。物質主義に支えられたこれまでの世代とは異なるマインドを持った世代の台頭は、単に政治や社会意識といった表面的な部分だけでなく、倫理観や宗教観などといった内面的な思考部分に大きな影響を及ぼすのではないでしょうか。そんな思いを持ちながら、私自身はこのアメリカ(だけではありませんが)における意識・モラルのどん底状況の先は決して暗くはない、と思わず感じてしまうのです。

 

トピック:iTunesとダウンロード時代の終焉

 皆さんの中にまだiPodを使っている方はいますでしょうか?実は、私は周囲の人(特に若者)からは“化石”と呼ばれてもまだ使っています(笑)。自宅ではCDやレコードを聴いている私でも、さすがに外にCDを持ち出すことはありません。長らくiTunes上のダウンロード音源が自分の主要音楽ライブラリーとなってきた自分にとって、iPodは車での移動時や出張時などでは今も使いやすいディヴァイスとして重宝しているのです。

 これが今の若い人達であれば、SpotifyやTidal、Apple MusicやGoogle Play Music、Amazon Musicといったストリーミング・サービスとなるので、すべてスマホ1台でOK。彼らは私のように所謂TPO(Time=時間、Place=場所、Occasion=場合。 ※実はこれは和声英語です)によって音楽メディアを変えることは好みません。ストリーミングで事足りてしまう訳です。

 因みに、私自身はストリーミングとしてはAmazon Musicを中心に(Amazonのプライム・メンバーには無料特典も多いので最も使用頻度が高い) Apple MusicやGoogle Play Musicも時折使っています。これらは若い世代に言わると中高年向けのストリーミング・サービスで、若い世代はやはりSpotifyが圧倒的に人気であり、プラットフォームは異なりますがSiriusやPandoraなどのインターネット・ラジオも高い人気を誇っています。

 そうした中で、音楽のリスニング・スタイルに大変革をもたらし、18年に渡って膨大多岐に渡るダウンロード・サービスを提供してきたiTunesが遂に終了するとのニュースが入りました。

 ご存知の方も多いと思いますが、これは去る6月に行われたアップル社の開発者向けカンファレンスであるWWDC 2019での発表でした。このニュースは、私のようなiTunes愛用者(特に中高年層)にとっては衝撃的でした。自分の膨大な音楽ライブラリーが消失してしまうのか…いや、事実は決してそうではなく、正確に言えば、次期macOSとなる「macOS Catalina」にはiTunesが搭載されなくなるということで、iTunesの存在自体が無くなるわけではなかったのです。それでも現在のストリーミング主体の音楽カルチャーからは既に取り残されているという引け目や劣等感を感じている世代にとっては事は深刻に思えます。

 思えばiTunesの登場は、2001年9月11日の同時多発テロの記憶と重なっています。その年の1月に開催されたMacworld Expoで、今は亡きスティーヴ・ジョブスはPCの“第3の時代”としてデジタル・ライフスタイルを提唱し、それを実現するための象徴的なソフトウェアとして音楽再生&管理ソフトであるiTunesを発表しました。

 当時はまだMP3やダウンロードというものは、それほど普及しておらず、1999年からスタートしたNapsterが巻き起こした大旋風と裁判沙汰によって音楽業界は翻弄され、その革新的なテクノロジーやニュー・メディアとしての可能性や展望よりも、不正コピー(ダウンロード)や海賊版、そして著作権の問題の方が大きく横たわっていました。それがジョブスの扇動によってMP3ダウンロードという手法が表舞台に登場し、まだテロの衝撃に打ちひしがれ、後遺症に苛まされていた10月にソフト(iTunes)を活用するディヴァイスであるiPodが発売されたわけです。

 そしてこのiPodはみるみるとバージョンアップされ、ついに2003年4月にはiTunes Music Storeがサービスを開始。翌2004年にはヨーロッパでサービス開始。2005年には日本でもサービスを開始し、それから間もなくして動画の販売も行うようになったのは皆さん良くご存知かと思います。

 そんなiTunesの大躍進に歯止めがかかり始めたのは、皮肉なことにアップル自身が2007年からスタートさせたiPhoneであったと言えます。このiPhoneの登場によって、iPhoneユーザーはiPodなどのMP3プレイヤーと携帯電話を別々に持つ必要が無くなり、またパソコン無しでも楽曲購入が容易になった訳です。

 そして翌2008年から始まったSpotifyによるストリーミング・サービスの大躍進によって不正コピーや海賊版が消滅していく結果となりました。また、不正コピーだけでなくPCやスマホにセーヴできないというストリーミングの特性に安心感を持った大手レコード会社を始めとするレコード業界も、結果的にストリーミングを後押ししていくことになります。

 もう一つ印象的であったのは、2013年にiTunes自体がストリーミング・ラジオ(iTunes Radio)にも対応しはじめたことです。今思えば、これはある意味で象徴的な出来事でもありました。その翌年2015年にはアップル自身がApple Musicを、その他にはGoogle Play Music、Amazon Primeといった大手IT企業によるストリーミング参入が立て続けに起こり、ダウンロードからストリーミングへの移行は予想以上のスピードで進められていくことになります。

 また、iTunesでは動画ファイルの再生&管理も可能になり、音楽以上に大容量のデータを扱う上でもストリーミングはダウンロードよりも圧倒的なアドバンテージがあると言えます。

 そうした経緯・推移があり、結果的に2018年末時点においては、アメリカ音楽業界におけるストリーミングの売上シェアが75%に達したという調査結果から見ても、ダウンロードからストリーミングへの移行はほぼ達成されたと言えるのは間違いなく、そうした背景や根拠をもとに、アップルが従来のiTunesサービスを終了させるという判断・決定は当然の結果であるかも知れません。

 LP~CD時代からダウンロードへの移行においては、手に取る“モノ”(LPやCD)から目に見えないデータ(MP3ファイル)への転換という点が最も大きな変革であったと言えます。ストリーミングになると更にモバイルつまり携帯(スマホ)をディヴァイスとした配信のためのプラットフォームが必要となり、このことがまた大きな変革をもたらすことになります。

 ケーブル・テレビが主体であるアメリカの家庭に於いては、テレビとWiFi(インターネット)を組み合わせたケーブル・ネットワークが一般的でスムーズなダウンロードを可能にするインフラとなっていたわけですが、ストリーミングの場合は、スマホの圧倒的な普及によりストリーミング配信自体は自宅のみならず、外出先でも頻繁に行われています。

 この“いつでもどこでも”という手軽さと簡便性は、スマホの大きな魅力で、その結果として自宅電話やデスクトップ・コンピュータのみならず、最近はラップトップまでも所有しない若い層が増えてきているという現象ももたらしています。特にスマホとストリーミングは、最強タッグとも言える相性の良さで、大きなアドバンテージを持っています。しかし、その簡便性・アドバンテージを滞ることなく、また煩わされることなく実現するためには、スマホでのデータ使用がアンリミテッド(無制限)であることが重要になってきます。

 また、ストリーミングであっても自分のプレイリストやライブラリーを作る場合は、ストリーミング配信されるそれらのデータが仮想スペース、つまり“電脳ストレージ”であるクラウド上にセーヴされることになり、そのため楽曲が増えれば増える程、クラウドのストレージ容量が更に必要になります。

 そのため、スマホでのデータ使用「アンリミテッド(無制限)」と「クラウド」のストレージ容量アップの需要が一気に高まり、その供給部分がビジネスとしても大きな位置を占めるようになってきています。つまり、「データ販売」と「仮想スペース(クラウド)販売」という、正にヴァーチャルな“物販商売”と言えるでしょう。

 私のようにソーシャル・メディア・サービスの世界からは距離を置き、スマホもできるだけ使わないという仙人のような人間、または前時代的な偏屈な人間というのは今や希少で特にアメリカの若者たちにとって、スマホでのデータ使用「アンリミテッド(無制限)」と、「クラウド」の大容量というのはマストであり、彼らにとってのデジタル・ライフに於けるある種の生命線ともなり、よってそこにお金をかけるのは当然となる訳です。

 そうした状況の中で、アップルはiTunesに安らかな死を与えたとも言えますが、前述のように、それはダウンロード配信をやめるという意味ではありません。
完全な消滅ではなく、分割による新たなシステムへの“組み入れ”または“合体”と言えます。

 具体的には次期macOSに於いてiTunesはコンテンツのジャンルごとに、「Apple Music」、「Apple Podcast」、「Apple TV」の3つのアプリに分割されるそうです。また、新たにリリースされるミュージック・アプリでは、楽曲の個別購入やスマホとの同期機能などといったiTunesのコア機能を引き継ぐことになるそうです。(ちなみに、「iTunes for Windows」は引き続き同じサービスが提供されるとのこと)。

 ですが、もはやiTunes自体の存在意義は無くなり(少なくなり)、表舞台から消え去ることは一つの事実であり、いよいよ名実ともにストリーミング主流の時代を迎えることになったのは間違いないでしょう。

 もちろん、アーティストのなかには、ダウンロード販売はOKだが、ストリーミング配信はNGという人も依然多く、ダウンロード販売全体を停止させることは現状に於いてはまだ不可能です。しかし、時代の波はもう誰にも止められないところまで来ています。今後、更なる妥協や転換が起こることは必至であると言えるのではないでしょうか。

 そしてここでも手に取れる“モノ”に対する価値感や所有欲は益々無くなっていくと思われます。それによって、世の中が更に変化し、人々が本当に大切なものを見いだしていくことができるかもしれない。そんな希望的観測も持っている今日この頃です。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 July 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

                                         

今年の日本の梅雨は長雨と聞いていますが、ニューヨークは一足お先に本格的な夏到来です…というのも変な話で、これまで梅雨というもののなかったニューヨークは、5月末のメモリアル・デーの後に海開きとなって夏に入っていくのが通常のパターンでした。それがここ数年、5~6月は雨が多く、突発的な豪雨や雷など、天候が安定せず、ずるずると7月になってようやく夏という感じになっています。

 7月4日の独立記念日に大雨とはならなかったのは良かったですが、これから先、天候は更に変わっていくでしょうか、どうなるかはわかりません。

 カリフォルニア南部の地震も心配ですが、アラスカで摂氏30度以上の異常な暑さというのも驚きです。先日はグリーンランドで氷の上を走る犬ぞりが、氷の溶けた海の上を走る画像と、インドでは熱波による死者が100人を超え、このままでは人間が生存できる限界気温を超える、というニュースにも驚愕しましたが、アメリカもどこもかしこも、“前例のない”、“観測史上最高(または初)の”異常な気候ばかりです。

 温暖化による水位の上昇で、マイアミのビーチは沈み(5~15年以内と諸説あり)、それに続いてマンハッタンのダウンタウンも2012年のハリケーン・サンディの時のように海に沈む(15~30年と諸説あり)とも言われておりますが、先日はある科学者が「地球温暖化はこのまま止まることなく進むわけではなく、温暖化による異常気象で地球の地磁気が逆転(ポール・シフト)して氷河期を迎える」という恐ろしい説を述べていました。実はこれはかなり前から言われていた説であり、実際に地球は過去360万年の間に11回も地磁気逆転している(最後の逆転や約77万年前)ということで、そのことを発見した一人は京都大学の教授ですから、日本でも知られている説であると思います(最近の各国の宇宙開発は、実は軍事目的よりも地球脱出・他惑星移住計画がメインであるという説も…?)。

 それにしても、熱波・水没と氷河期とどちらが良いか(ましか)などという恐ろしい二者択一はしたくありませんが、各国が環境問題に対してまじめに取り組み気がない以上、これからの人類をふくめた生物は、更なる暑さ・寒さにももっと強くならなければ生き残れないことは確かのようです。

 

トピック:“ウッドストック”のスピリットを伝えるニューヨーク最大の音楽&キャンピング・イベント「マウンテン・ジャム」

 

 先月お伝えした騒動の後、予定開催地からも拒否されて変更を余儀なくされ、いまだチケットも発売されないゴールデン・アニバーサリーの「ウッドストック50」ですが、実は先日、オリジナル・ウッドストックの開催地であったベセルで行われたニューヨーク最大の音楽&キャンピング・イベントである「マウンテン・ジャム」に行ってきましたので、今回はそちらのイベントについて紹介したいと思います。

 

 このマウンテン・ジャムは、2005年からスタートし、今年で14年目を迎えます。マンハッタンから車で3時間ほどのハンター・マウンテンというニューヨーカーには人気のスキー場があり、ここに特設ステージを作り、キャンピングと音楽フェスティバルで3日間を過ごすということで、多分にウッドストックのコンセプトや伝統が受け継がれているとも言えます(スキー場なので周辺にはホテル施設もあり、キャンピングをしない人たちも大勢います)。

 

 そもそもマウンテン・ジャムは、ウッドストックのラジオ局の25周年イベントとして開催されたのですが、運営組織としても非常によくオーガナイズされ、これまでオールマン・ブラザーズ・バンド、グレイトフル・デッドのメンバー達、トム・ペティ、スティーヴ・ウインウッド、ロバート・プラント、レボン・ヘルム、スティーヴ・ミラー、ザ・ルーツ、メイヴィス・ステイプル、リッチー・ヘイヴンス、プライマスなどといったバラエティ豊かな多岐にわたる大物達が出演してきました。同時にこのフェスティバルの特徴は、地元ミュージシャンや新進・若手ミュージシャンの起用にも積極的である点で、敷地内に大中小3つのステージを設けて演奏を繰り広げ、観客が自由に楽しめるプログラムになっています。

 

 このフェスティバルの最多出演アーティストは、「ガバーメント・ミュール」のウォーレン・ヘインズです。ヘインズは90年からオールマン・ブラザーズ・バンドに参加したことで知られていますが、彼自身のバンドもアメリカでは非常に根強い人気を誇っています。

 実はこのヘインズは、マウンテン・ジャムの看板アーティストであるのみならず、このフェスティバルの共同創始者/オーガナイザー/プロデュ-サーでもあります。

 オールマン・ブラザーズ・バンドのファンの方であればすぐにおわかりでしょうが、実は「マウンテン・ジャム」の名前は、“山でのジャム演奏”に加えて、前述のウォーレン・ヘインズが在籍したオールマン・ブラザーズ・バンドの曲目にも由来しており、その二つを掛け合わせているわけです。

 

 マウンテン・ジャムというと、ヘインズとオールマン・ブラザーズ・バンド、そしてヘインズが長年交流を続けてきたグレイトフル・デッドの元メンバー達の音楽といったジャム・バンド的なカラーまたはイメージが強いとも言え、集まる客層もヒッピー系/アウトドア系が多いと言えますが、それでも上記のようにジャンル的には全く偏っていませんし、ファミリーや他州からやってくる観客も多く、世代を超えた実にピースフルなイベントと言えます。

 ヘインズ自身はノース・キャロライナ州アッシュヴィルの出身ですが、マウンテン・ジャムの前(1998年)から地元でクリスマス・ジャムというミュージック・マラソンを開催しており、組織・運営といったオーガナイザーとしての才能にも長けた珍しいミュージシャンであるとも言えます。

 

 そんなマウンテン・ジャムですが、これまで天候にはあまり恵まれてきたというわけではありませんでした。3日間のフェスティバルで雨が降り続いた年もありましたし、出演者も観客も、マウンテン・ジャムに行くには天候に対してある程度“覚悟”して臨まなければならないという状況でもありました。

 そうした中でマウンテン・ジャムは今年2019年から場所を移して開催することになったのですが、何とその移転先が前回のニュースレターのトピックとしてお話した、オリジナル・ウッドストックの開催場所ベセルとなったのです。

 「オリジナル・ウッドストックの開催場所」と言っても、ベセルは当時とはすっかり変わっています。約3.2キロ平方メートルという広大な敷地内には、「Bethel Woods Center for the Arts」という1万5千人収容の一部屋根付き大野外コンサート・ホールが2006年にオープンし(オープニングを飾るこけら落としは、ニューヨーク・フィルと、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの2本立て)、オリジナル・ウッドストックの歴史を伝えるミュージアムも2008年にオープンしています。

 

 そのため、マウンテン・ジャムのベセル移転開催には賛否両論がわき起こりました。賛成派の意見としては、オリジナル・ウッドストックが開催された“聖地”こそマウンテン・ジャムの開催地にふさわしい、というものが主流で、逆に反対派の意見としては、ベセルの地は既に巨大ホールとミュージアムという“商業施設”や観光地となり、山(マウンテン)の中のスキー場で演奏(ジャム)が行われてきたマウンテン・ジャムにはふさわしくない、ということが多く言われました。

 確かに、マウンテン派と言いますかキャンピング派には現在のベセルはあまりにきれいで人工的で、スキー場でのキャンピング&野外ミュージック・フェスからは離れたイメージとなることはもっともであると言えます。

 ですが、これまで何度もあった悪天候による困難な状況(演奏と鑑賞という点だけでなく、上水・下水の水回りや食料品の管理・販売といった衛生上の問題もありました)から大きく抜け出すことができたのは大きな前進であると言えますし、特に女性や子供にとっては衛生環境的な悩みの種が解消されたことは大切であると思います。また、キャンピング派以外にも足を伸ばしやすい状況となったことは、フェスティバルの今後にとって決して悪いことではないと言えるでしょう、

 

 人工的と言えばその通りですが、一大アート・センター・エリアとなったベセルには、パビリオンと呼ばれる前述の大野外コンサート・ホールとミュージアムの他に、1000人程度収容可能な小さな野外ステージと、ミュージアムの中に450人程度収容可能なイベント・スペースや小劇場などもあり、施設としては大変充実しています。

 更に今回は野外に中規模の特設ステージも作り、これまでと同様、大中小の3ステージにおいてパフォーマンスが行われ、規模としてはこれまでの数倍アップグレードしたと言えます。

 また、各ステージ間の通路にはマーチャンダイズ販売コーナーの他に、このイベントらしい出店、例えば手作りのアクセサリーや楽器、動物愛護運動の広報宣伝、マリファナ関連グッズなどの出店が建ち並び、普通この手のフェスティバルだとバーガーやホットドッグ、フレンチ・フライやチップス程度しかない飲食に関しても、ヴィーガン・カフェ、移動式のブリック・オーブンを持ち込んだ本格的なピッツア、タイ/ベトナム系のアジア料理、オーガニックのジュースやスムージーなど、実にバラエティ豊かなラインナップでした。

 

 それでもハードコアなキャンパー達の中には施設のきれいさと商業的な面に不満を述べる人達もいるようですが、やはりこれだけの会場施設の充実ぶりにはほとんどの来場者が大満足でポジティヴなフィードバックが圧倒的で、セールス的にも好調であったようです。

 実は今回は私の娘のバンドも同イベントに出演していたので娘に招待してもらい、娘のバンドが親しくしているウィリー・ネルソンと息子のルーカス・ネルソンにも紹介してもらうという大きなおまけまでついたのですが、都会の喧噪を離れた大自然と充実した施設を兼ね備える同フェスティバルは、何か心を洗われるような3日間になったとも言えました。

 

 このマウンテン・ジャムは来年も同地ベセルで行われる予定のようですが、ニューヨーク最大の音楽&キャンピング・イベントから、音楽イベントのみとしてもニューヨーク最大のイベントとなり、更に全米最大規模の音楽イベントの一つに成長していくことは間違いないように思われます。 

 マウンテン・ジャム自体には政治色はありませんが、それでもヒッピー思想やピース&ラブのコンセプトを継承し、ウッドストックとも繋がる部分の多いフェスティバルですので(出演アーティストの多くが、オリジナル・ウッドストックで演奏された曲のカバーも取り上げていたのが印象的でしたし、観客も一層の声援を送っていました)、会場に集まった観客・参加者の中には現状に対してかなりアグレッシヴで力強いメッセージとプロテストを表明している人達も多く見られました。

 中でも面白かったのは、トランプの掲げる「Make America Great Again」(アメリカを再び偉大な国に)というスローガンを逆手に取って、「Make America Not Embarrassing Again」(アメリカを再び恥ずかしくない国に)というTシャツや帽子を付けたり、キャンピング・カーに掲げているのを良く目にしたことです。

 観客もオリジナル・ウッドストック世代のおじいちゃん・おばあちゃんから小さな子供まで。3世代で音楽フェスを楽しんでいる姿は実に微笑ましいと言えましたし、これこそがアメリカの“グレート”なところであると改めて感じました。

【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信 June 2019

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

 Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

                                             

 ニューヨークの再開発は各地でとどまることを知りませんが、最近は単なる高層ビルではなく、周囲の景観を変えてしまうような奇怪・奇抜な建築が増えています。その中でも代表的なのは、新ワールド・トレード・センター・エリアのトランスポーテーション・ハブの外郭建築として建てられて「オキュラス」です。恐竜の骨を思わせるデザインは、9/11テロの残骸をイメージしたものであるとのことですが、建築アートというよりは単なる悪趣味なオブジェ、“メモリアル”というよりはまるで万博のテーマ館かテーマ・パークのランドマークのようです。

 次に目下マンハッタンの最新人気スポットとなりつつあるハドソン・ヤードにできた展望台「ヴェッセル」。その名の通り血管を思わせるデザインには趣味の悪さ、センスの無さを感じますが、そもそも既に他の高層ビルに囲まれ、更に今後高層建築が増えていく中で、僅か46メートルの奇怪なインスタレーションに登ってどこが絶景と言えるなのでしょうか。このハドソン・ヤードには更に「ザ・シェッド」と呼ばれる新しいイベント・スペースができましたが、ビル群の中に巨大なマットレスが立てかけられたような、このバランス感覚の無さは一体何なのでしょうか。

 そもそもハドソン・ヤードは「ハイライン」というチェルシー/ミート・パッキング・ディストリクトから北に延びる、廃線となった高架線を再利用したニューヨークらしい遊歩道の最終地点とつながることになるわけですが、このハドソン・ヤード自体が、「ハイライン」のコンセプトとは相容れない、いびつな人口都市スポット空間と言えます。

 このような辛辣な意見は、最近の再開発や新建築物に浮かれはしゃぐ巷の観光ガイドや観光ブログなどでの紹介記事とは正反対のものであると思いますが、敢えて言うなら、これらは古き良きニューヨークを愛する住人(本当の意味でのニューヨーカー)の“目”でもあると思います。

 そうした中、テロの記憶を刻む「9/11メモリアル」(「グラウンド・ゼロ」という呼び名は、テロ直後の凄惨な姿を言い表すもので、復興した今はもう使われるべきものではありません)に5月の末、打ち壊された大きな6つの石が置かれた「メモリアル・グレード」と呼ばれるエリア(グレードは「空き地」の意味)ができました。これは{ファースト・レスポンダーズ}と呼ばれる、テロ直後、最初に現場に飛び込んで救助活動を行いながらも、有害物質を吸い込んで病気になったり亡くなった人達を称えるもので、隣接するメモリアル建築のみならず、周囲の景観とも調和した、静かなメッセージを持った威厳のあるデザイン/コンセプトであると言えます。そしてこの“調和”こそが、今のニューヨーク、そしてアメリカに最も欠けているものに思えてなりません。

 

トピック:ウッドストックと新たな日本叩きの影

 

 マンハッタンから車で約3時間のところにウッドストックという町があります。ニューヨーク州北部のアルスター郡にある人口5~6千人程の小さな町で、キャツキルという山岳地帯・公園の麓に位置しています。避暑地・リゾート地として知られるウッドストックは、19世紀末の「ハドソン・リバー派」の画家たちの拠点となり、その後も様々なアーティスト達が集まり、移り住み、ミュージシャンではジミ・ヘンドリクスやボブ・ディランが住んでいたことでも知られています。

 このウッドストックという名前自体は「ウッドストック・フェスティバル」によって知らぬ人はいないほど有名になりましたが、実は「ウッドストック・フェスティバル」はウッドストックでは開催されていません。そもそもはウッドストックに暮らすアーティスト/ミュージシャン達が自分達のスタジオなどを建設するための資金集めとして同フェスティバルは計画されましたが、結局このウッドストックにはフェスティバルに適した場所が見つからず、ウッドストックの町自体も開催を断ったため、アルスター郡の西隣の郡であり、ウッドストックからは車で約1時間半程離れたサリヴァン郡のべセルという町で伝説のフェスティヴァルは開催されたわけです。

 よって、ウッドストックという名称は、既に一地方名を遥かに越えて、当時のヒッピー・ムーヴメントやサイケデリック・カルチャーの集大成、更には愛と平和の象徴として、単なるコンサート・イベントやフェスティバルではなく、アメリカの精神性やカルチャー(カウンター・カルチャーと言われてきましたが、もはや“カウンター”という言葉も必要ないかもしれません)を物語る偉大な“伝説”として、アメリカ人の心にしっかりと刻まれることになったわけです。

 このフェスティバルの共同プロモーターであったのがマイケル・ラングという人物です。ブルックリン出身の彼は1967年、22歳の時にフロリダに移り、翌68年には僅か23歳で「マイアミ・ポップ・フェスティヴァル」という2日間で延べ5万人規模の大コンサートを行い、ジミ・ヘンドリクスやフランク・ザッパ達を出演させましたが、2日目は大雨のため途中で中止となりました(ここからラングの波乱のプロモーター人生が始まっているとも言えます)。

 マイアミで大コンサートの実績を得たラングはニューヨークに戻り、時代を象徴する社会ムーヴメントと成り得る大コンサートの企画を更に推し進め、ウッドストックに着目します。しかし、前述のようにウッドストックでは開催不可となったため、隣の郡のベセルにある大牧場を借り受け、結果的にアーティー・コーンフェルド、ジョエル・ローゼンマン、ジョン・ロバーツを加えた4人による共同運営として世紀の大イベントを実現させます(この4人のオーガナイザーと牧場主の全員がユダヤ人であるというのも、この国の音楽事情を物語る興味深い点でもあります)。

 その辺りのいきさつは様々な形で本となっていますし、ここでは詳しく紹介しませんが、その中でも当時ニューヨーク州知事で後にフォード政権の副大統領となるネルソン・ロックフェラーがこのイベントの安全性を危惧して1万人の州兵を出動させようとしたのを説き伏せて回避させたこと(これに関してはロバーツの手腕)は一つの象徴的な出来事であったと言えますし、結果的にこのイベントを理由に郡が非常事態宣言を出した中でも大きな事件も起こらず、様々な面で大混乱のイベント(特に会場運営や天候の問題)となったにも関わらず、正に“愛と平和のイベント”を実現したことは“奇跡”として物語られているわけです。

 そうした中で、諸説・異論はありますが、イベントのメイン・コンセプト、つまり“愛と平和”という部分を推し進め、貫いたのはラングであったとされ、他の3人はもっとヴェンチャー・ビジネス的な視点を持っていたとされています(それによる4人の対立も様々な本に残されています)。

 お気楽なヒッピーでありながら独創性に満ちた起業家であり、実にタフなネゴシエーターであるラングは、このイベントの成果によって、アメリカでは(世界でも)知らぬ者はいないほどの豪腕・辣腕プロモーターとなりました。前述の“奇跡”も彼の“売り物”と言えますが、ウッドストック・フェスティヴァルもイベント自体は赤字となったものの、その記録を残したレコードと映画によって結果的には黒字に転じさせるというタフさ・強運さも彼の底力であると言えます。

 ウッドストック・フェスティヴァル自体はその後10周年の79年、20周年の89年にも行われましたが、ラングはオリジナルのコンセプトを継承した大規模なフェスティヴァルを、25周年の94年と30周年の99年に行うことになります。しかし、音楽的には評価されながらも、特に99年は69年以上に会場運営と天候に大きな問題が生じて観客が暴徒化し、暴行・レイプ・略奪・放火などが起きて軍が出動するという忌まわしい悲惨な結果となったことは、まだ記憶に新しいと思います。ラングもそれによって多大な損害を被ったと言われますし、何より「愛と平和の象徴たる(オリジナル)ウッドストックの時代は終わったと」いう評価・レッテルは否定できない結果となってしまったわけです。

 しかし、オリジナルから50年の時を経て、ウッドストックは不死鳥のように蘇りました…と見えました。アメリカ史上屈指の独裁強圧路線を走るトランプの時代を迎え、対立と憎悪ですさみ、疲れ果てつつあるアメリカを癒やし、人々の心に再び“愛と平和”を取り戻すべくあのウッドストックが50年のゴールデン・アニバーサリーとなる「ウッドストック50」として帰ってきた…と多くの人々は期待しました。しかし、その試みは資金提供者の撤退とそれに続くイベント制作会社の撤退で暗礁に乗り上げてしまったのです。常に問題が問題を呼ぶいわく付きのイベント、ウッドストックですが、今回は一体何が起こったのでしょうか。

 既にこれまでの報道でいきさつをご存じの人も多いでしょうが、今回の問題に関しては、その矛先が日本(正確には日本が母体の企業)に向けられている部分も大きく、大変センシティヴな問題もはらんでいるため、ここでは私見はできるだけ避け、アメリカのメディアにおける報道やアメリカ一般大衆のセンチメントという部分にフォーカスして話を進めたいと思います。

 まず、事の起こりは去る4月22日。予定されていたチケット販売が延期となり、しかも同イベントは、ニューヨーク州保険局からの開催許可もまだ得られていない、と報じられたことでした。ここでまず、フェスティバルの中止が危惧されたわけですが、主催者側はそれを否定。

 しかし、その後のアナウンスが待たれる中で、今度は一週間後の4月29日に、今回のウッドストック50に資金を提供する主要投資会社の一つである電通イージス・ネットワーク(以下DANに略)が突如、イベントの中止を発表しました。その声明には「我々はこのフェスティバルがウッドストックのブランド名に見合うイベントではなく、出演アーティスト達、パートナー達、観客の健康と安全を確保できないと判断しました」と記され、その理由の詳細に関するそれ以上のコメントは出ませんした。

 更にその2日後の5月1日には、今回のフェスティバルの制作を手がけるイベント制作会社のスーパーフライが撤退を表明。フェスティバルの最も有力な資金源が絶たれた現在、自分達の仕事を継続することは不可能になった、というのがその理由でした。

 金も人も失ったとあっては、ウッドストック50の開催はもう絶望的、と見るのは当然です。しかし、ラングはそれでも「新しい資金源も制作プロダクションも既に探しているし、直に見つかる」と豪語し、実際に5日後の5月6日はイベント会社のCIEエンターテインメントがウッドストック50のプロデュースを行うことが発表されました。

 更にラングは前述したオリジナルの69年の“奇跡”を例に、希望と努力を力強くアピールしましたが、立て続けの撤退には怒り心頭で、DANへの訴訟に踏み切りました。控訴内容はDANが今回のウッドストック50の銀行口座から約1700万ドルを不当に引き出したこと、4月22日のチケット発売を妨害したこと、そして了解同意なくイベントのキャンセルを企てたこと、となっていますが、更には既に出演者達へのギャラを全額支払ってきたDANは出演者達にウッドストック50への出演も断念させ、その穴埋めとして2020年の東京オリンピックへの出演を打診している、と言うのです。

 これらはあくまでも訴状内容ですから、真偽の程はまだわかりません。DANも契約違反やラングの虚偽を理由にフェスティバルを引き継ぐ権利やキャンセルする権利を出張して逆控訴を行いましたが、アメリカのメディア・サイドによる報道内容、そして音楽業界や音楽ファンまたは一般市民の感情面から言えば、DANの方が明らかに不利な状況にあります。

 その理由の一つは、DANがアメリカの会社ではなく日本の会社であるという点です。厳密に言えばDANはロンドンにヘッドクォーターがある国際メディア会社でCEOも日本人ではありません。元々は1966年にフランスで設立されたCARATというメディア・エージェンシーで、その後買収・分裂を経てイージス(Aegis)社となり、2013年に電通が買収して電通イージス・ネットワークとなり、その後もニューヨーク、ロンドン、マイアミ、シンガポールのメディア会社を次々と買収して巨大な多国籍メディア&デジタル・マーケティング・コミュニケーション会社となっています。

 しかし、アメリカでの報道においては常に「ジャパニーズ・カンパニー」、または「ジャパニーズ・デンツー」です。「デンツー」と言う名前はアメリカの一般社会においてはまだまだ浸透しておらず、音楽業界においても日本とのビジネスを行う人間か、ある程度の役職者以上でないと知りませんが、いずれにせよ常に“ジャパニーズ”として報道されるのですから、アメリカ人にとっての印象は極めてよろしくありませんし、しかも単にアメリカ音楽という面のみではなく、アメリカ人の魂・スピリットと密接につながるウッドストックとなれば尚更です。しかも、「その穴埋めとして2020年の東京オリンピックへの出演を打診」という部分が事実であったり、何らかの証拠が発覚でもしたら、ウッドストックの名によってアーティストを集めてアメリカ国外でのイベントに利用すると解釈され、ウッドストック、引いてはアメリカの音楽文化の名誉に関わることにもなりかねません。

 そうした危惧が高まる中、5月15日のニューヨーク最高裁の判決は形の上ではラング、つまりウッドストック50側の勝訴となり、DANにはウッドストック50をキャンセルする権利は無いとの判決が出ましたが、1700万ドルに関してはDANに返済義務は無し、とされました。これはラング側にとっては依然資金の調達が見込めないわけで、勝訴とは言え、現実的には引き続き困難な状況となるわけですが、何と2日後の17日にはアメリカの名門投資銀行であるオッペンハイマー・ホールディングスが新たな財務支援者となることがアナウンスされました。

 これで一応形の上ではウッドストック50のための金と人の目当てはついたわけですが、ラングとDANの間の訴訟は更に泥沼化する可能性が高まっています。

 実は今回の訴訟でラングが雇ったのが、マーク・コソヴィッツといういわく付きの弁護士です。彼はトランプ大統領の個人弁護士であった人物で、今もトランプ罷免の鍵を握る2016年大統領選におけるロシア介入疑惑に関する調査に当たってもトランプ側を代表し、ロシアのプーチン大統領と密接な関係を持つ人物やロシアの銀行の弁護人も務めているということで、これまで反トランプ側の人間からは脅迫状も送られてきているほどです。

 そんなコソヴィッツは、ニューヨーク最高裁の判決を受けて、DANに対して「非道な」「ゲリラ的」などという言葉を使って強く批判し、控訴による仲裁・調停を目指すことを発表しました。やはりラング側としては1700万ドルをDANが横領したとする認識は変えておらず、今後のフェスティバル運営のためにもDANによる返済にこだわっていると言えます。それに対してDANはニューヨーク最高裁の判決によってラング側の主張は既に退けられていることから、コソヴィッツの主張に真っ向から反対する声明を出しましたが、問題は金銭面に絞られてきたことから、どう決着するのかが気になるところです。

 そんな法廷闘争が行われる中、フェスティバル自体はまだチケット発売の目処も立っていませんし、ほとんどの出演アーティスト達は沈黙を守ったままです。そうした中、ウッドストック50とほぼ時を同じくして、オリジナル・ウッドストックが行われたベセルでは、リンゴ・スターのオールスター・バンド、サンタナ&ドゥービー・ブラザース、ジョン・フォガティといった有名アーティストを集めて50周年のゴールデン・アニバーサリー・イベントが行われることになっています。

 常に“難産”を経験してきたウッドストックではありますが、今回のように開催約3ヶ月前で法廷闘争にまでもつれ込んだドタバタ劇というのは異例というよりも異常と言わざるを得ませんし、それ以上に、今回の事件とその報道が日米関係に何らかの傷跡を残さないか、また、日本に対する風当たりが強くならないかも気になります。

 全ては今後の法廷闘争の結果次第ではありますが、今のアメリカにおける報道ぶりだと、判決に関わらず日本に対する印象が悪くなることは避けられないようにも感じられます。

 実は先日、私の恩師でもあり、長年のお付き合いである米3大レコード会社の元重役二人に今回の件についても話をする機会がありましたので、最後にその時の話も紹介して締めくくりたいと思います。

 二人とも大の親日派であり(一人は夫人が日系アメリカ人)、音楽業界の中でも際だったリベラル派と言え、既に一線を退いたことからも以前よりもストレートな意見を述べてくれるようになっていますが、一人は「ラングは興行界のトランプのような男だ。百戦錬磨の手強い男だし、財界・政界にまで強力なコネクションを持っている。今回雇った弁護士もそのいい例だ。その一方でウッドストックというのはアメリカ人にとって一つの“ソウル”なんだ。ラングとウッドストックを敵に回してしまったのはまずい。デンツーには気の毒だが、相手が悪すぎる」と同情し、もう一人は「デンツーの撤退時のアナウンスは良くなかった。ウッドストックというのはアメリカでも屈指の“問題児”なんだ。99年の悪夢もあるし、今回の50周年が問題だらけであることもみんなわかっていた。だからこそ対応はもっと慎重にならなければならないんだ」と辛口の意見を述べました。

 もちろん、冷静且つ客観的に見ればDANの判断・決定は充分理解できるし、それ自体は責められるべきでは無いが、ポピュリズムとアメリカ第一主義が大勢を占める今のアメリカの世相が、そうした冷静で客観的な視点を持ち得るかということには、二人共大きな疑問を呈し、今後のDANそして日本への風当たりを心配していました。

 この問題はまた追ってお伝えする機会を持ちたいと思います。