【I Love NY】月刊紐育音楽通信 April 2017

 最近はどこにいても“どうでもいい話”や“たわいもない話”をする機会が
めっきり少なくなりました。それほど世の中では憂慮すべき様々な事柄が
進行していて、ニューヨークに限らずアメリカは日々そうした不安や危惧に
振り回されている感があります。
 個人的には、日曜日の礼拝におけるゴスペルのクワイアと演奏が
世間の雑音・騒音を忘れられる一時であるとも言えるのですが、それでも
牧師によってはストレートに政権に対するプロテストを語る人もいますし、
礼拝後は誰からともなくトランプ批判が繰り出され、礼拝後の和やかな語らいは
怒りに満ちた批判に様変わりしがちですし、様々なプロテストの拠点とも言える
ニューヨークの中でも、特にハーレムの黒人達の先行きに対する不安と政権への
怒りはかなりのレベルに来ていると感じます。そうした中、数日前のロンドンの
テロの余波を受けて、ニューヨークの交通機関やイギリス・国連関連などの
重要拠点は更に物々しい警戒態勢に入っています。
 そもそも都会の生活とは疲れるものではありますが、テロは神経をすり減らし、
プロテストは穏やかさが失われていく要因にもなってきます
(とは言え、プロテストは継続させなければなりませんが)。
時折日本に帰る方が安全かなと思うこともありますが、トランプ政権の下では、
日本と韓国はこの先何らかの大きな犠牲を払うであろうという認識が
アメリカでは一般化してきている中で、どこが安全という話ではないようにも思います。
 そうした中、やはり音楽というのはいつも人の心を和らげ、持ち上げ、慰め、
奮い立たせてくれます。
私自身はその時々の気分や心理状況に応じて、ゴスペル、カントリー、ジャズ、
ロック、ポップス、クラシックなど様々な音楽を“処方”していますが、
私の周りでも、例えばダンス系ばかり聴いていたような人が、何かもっと心に響く
音楽を求めて幅広い音楽に耳を傾け始めているように思います。
それは受け手だけでなく作り手に関しても同様で、時代は正に新たな音楽文化の
胎動期に入ってきているように感じます。

トピック:SXSWという巨大エンタメ&IT系カルチャー・イベント


今年も3月にテキサス州オースティンにおいて、
SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)が開催されました。残念ながらここ数年
私自身は参加はしていませんが、ニュースや現地情報、そして私の周囲の
参加者達の声など、どれをとっても、このイベントが益々巨大化し、
重要度も増す一方であることは間違い無いと言えます。

 私がSXSWに足を運んでいた90〜00年代は、日系企業の出店や
日本人の参加者はほとんどありませんでしたが(電通、博報堂、ソニー関連の人達は
常に来場していたようですが)、ここ数年は日本での注目度も増していると聞きます。
例えば、今やマツダはSXSWの「スーパー・スポンサー」7社の一つとして
このイベントの最重要オフィシャル・パートナーの一つとなっており、ソニーや
パナソニックやNTTなどもITサイドにおける重要なポジションを担ってきているようです。

 それでもまだまだ日本の音楽業界も含めたエンタメ業界のSXSWに対する意識は
低いと言わざるを得ません。例えば日本から来られるエンタメ関係の人達の中には、
SXSWと言えば新人・新作発掘の音楽(エンタメ)イベント程度の認識であったり、
ご存じないという人達もまだいるという状況です。

 確かにSXSWは当初、新人発掘のミュージック・コンベンションでしたし、
インディーズが基本でした。ですが、今やインディーズがイコール・マイナー
という時代は終わり、インディーズが時代を動かす、またはインディーズとの
ディールにどう対応するかが既存のメジャー系レコード会社の行方を
左右する、とも言われる時代において、SXSWの位置はこれまでとは
大きく異なってきていると言えます。

 SXSWと言えば、ノーラ・ジョーンズやエイミー・ワインハウス、
ジョン・メイヤーやハンソンなどの大スター達を生み出したイベントとしても
知られていますが、今やSXSWは単なる青田買いやプロモーション、
ショーケースではなく、いかに新たな“カルチャー”や“ムーブメント”を
生み出していくかという、より大きなビジョンのための“戦略的な”イベント
でもあるという部分もしっかりと認識する必要があると思います。

 ご存じの方も多いでしょうが、SXSWという名前は、ヒッチコックの名作
「ノース・バイ・ノースウェスト(北北西に進路を取れ)」から来ています。
それまでインディーズの新人・新作発掘の拠点はニューヨーク(中でも
ニューミュージック・セミナーというイベントはその代表格でもありました)
と言えましたが、テキサス州オースティンはアメリカ合州国の
メインランドにおいて南南西に位置するということから、ヒッチコックの名作の
タイトルにひっかけて命名されたと言われています。

 ではなぜオースティンなのか。ここが実は重要な点なのですが、
まずオースティン(&近郊)出身またはオースティンを拠点としていた
ミュージシャンやバンドの名前を知れば、その重要さがおわかり頂けるかと思います。
 ジャニス・ジョプリン、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、ウィリー・ネルソン、
テディ・ウィルソン、パイントップ・パーキンス、カルヴィン・ラッセル、
ピー・ウィー・クレイトン、タウンズ・ヴァン・ザント、ファビュラス・サンダーバード、
マーシャ・ボール、クリストファー・クロス、チャーリー・セクストン、
アレハンドロ・エスコヴェド、ルシンダ・ウィリアムズ、エリック・ジョンソン、
ディキシー・チックス、スプーン、ブラック・エンジェルズ、
ゴーストランド・オブザベートリー、エクスプロージョン・イン・ザ・スカイ、
13thフロア・エレベーターズ、等々。

 アメリカ国内では比較的一般的な知名度の高いミュージシャンやバンドを
列挙しましたが、これ以外にも現在アメリカで全国的に人気の高い
オルタナ/インディー系のロック、ポップ、カントリー、R&B系のバンドがひしめいています。
 日本の方々にとってはちょっと馴染みの薄い名前も多いかもしれませんが、
アメリカにおいて、特に音楽関係者やミュージシャン、コアな音楽ファンにとって
これらの名前はどれも、単なる人気・知名度だけでなく、その強烈な個性と存在感に
思わず頷いたり唸ったりしてしまう“くせ者”達ばかりと言えますし、例え有名な
大物であってもメインストリームとは外れた、一風も二風も変わった
唯一無二の存在ばかりです。
 そうしたこともあって、「オースティン、テキサス(テキサス州オースティン)」には
ある種特別な響きというものもあります。例えば、アメリカではバンドの
メンバー紹介の時には出身地も付けるのが一般的ですが、
「フロム・オースティン、テキサス!」と言うと、観客は「おおー!」というような
リスペクトのようなものもあると言えます(もしかしたら、日本だと一昔前の
「ハカタ」のようなイメージでしょうか)。

 余談ですが、そんなオースティンという土地柄を表すスローガンに
「キープ・オースティン・ウィアード(オースティンを変な所にし続けよう)」
というのがあって、看板や車のバンパー、またはTシャツや帽子やマグカップといった
お土産品などでもよく見かけることができます。この“変さ”は
実は余談ではなく、オースティンの本質の一つを表し、更にSXSWの本質の
一つをも表しているようにも思えます。

 SXSWは、当初音楽イベント(SXSW Music)でしたが、その後、
映画(SXSW Film)と、いわゆるマルチメディアとも呼ばれる
インタラクティヴ系メディア(SXSW Interactive)も加わり、3つのメディアが
集結したエンタメ&IT系のカンファレンス&フェスティバル・イベントとなりました。
 ちなみに、最近はSXSW MusicやSXSW Filmよりも、IT系・マルチメディア系企業の
勢いに乗ってSXSW Interactiveの方が話題になることが多くなっていますし、
例えばソーシャル・メディア革命の一つと言われるツイッター(但し、最近は大統領も含めて
その利用・活用方法における品位・倫理観の無さが問題となり、そのメディア自体も
批判を浴びていますが)も、実はSXSW Interactiveによって世に広まったと言えます。

 現在このSXSW Interactiveは、「ブランド&マーケティング」、「デザイン」、
「開発」、「スタイル」、「行政(との関わり)」、「ヘルス(とヘルスケア)」、
「テック業界」、「職場環境」、「未来の知性」といった9つの分野に分かれており、
単にマルチメディアのテクノロジー面だけではなく、マルチメディアが一般社会の
中において特に密接な関わりを持つサブジェクト(「行政(との関わり)」や
「ヘルス(とヘルスケア)」)や、業界内の問題(「テック業界」)、業界で働く人達の
ケア(「職場環境」)、そして業界の未来に向けてのエシカルでインテリジェントな
提言(「未来の知性」)といった極めて広範囲なテーマを取り扱っているので、
益々世間の注目度も上がってきているというわけです。
 
 更に最近は上記3つのメイン・イベントと同時期に開催されるSXSW Eco(エコ/環境)、
メイン・イベント期間直前に開催されるSXSWedu(edu=エデュケーション/教育)、
SXSW Eco(エコ/環境)、ラスヴェガスで開催されるSXSW V2V
(V2V=ヴィジョン・トゥー・ヴェンチャー、つまりこちらではスタートアップと呼ばれる
ベンチャー・ビジネスに関するイベント)、そしてメイン・イベント期間直後に
開催されるSXSW Gaming(ゲーム)という4つのカンファレンス&
フェスティバル・イベントも加わっています。

 ゲームやベンチャーというのはわかりますが、何故教育やエコがエンタメ&IT系の
イベントに?と思われる方もおられると思いますが、これもSXSWのテーマ、ポリシー、
哲学を物語る要素であると思います。
 つまり、例えばエンタメに関しても、音楽というのは単なる娯楽だけではなく、
カルチャーでありライフであり、我々が生きている社会と密接どころか切っても切れない
関係にあるということ。中でも教育と環境は人間が生きていく上での基盤であり、
これらが壊れたら音楽も成り立たないわけですし、人間が生きていく上で、そして音楽に
取り組んでいく上でも、教育とエコは必要不可欠なものであるというわけです。

 ちなみに、今年のSXSWでは、「プランド・ペアレントフッド」についての集会が
一番人気でチケットも最高値となったというニュースが話題になっていました
 この、「プランド・ペアレントフッド」というのは、避妊用具や避妊薬、
婦人科系の検診、妊娠中絶に関するサポートを行っている非営利団体で、
これまでは国も補助していたのですが、保守派からの反発は強く、
更にトランプ政権になって補助を廃止するという動きになって、これまた国を
二分する大問題・論争となっています。
 この問題を取り上げたというところにもSXSWの社会意識の高さというか
先進性・先見性が表れていますし、先日1月21日に行われた女性の権利運動デモ
「ウィメンズ・マ−チ」という世界的なプロテスト・イベントと、
SXSWの開催直前であった3月8日の国際女性デーに呼応したSXSWからの
問題提起であるとも言えるでしょう。

 昨年2016年のSXSWは10日間に渡る全イベントで約23万人が参加したと
言われていますし、その出展規模も年々拡張しています。よって、全てのイベントは
もちろんのこと、音楽分野だけでも全てを見るなどということは絶対に不可能ですし、
また例えば“6日間周遊コース”などといったツアー的なものはSXSWの趣旨にマッチしません。
 つまり、そこに自主性というか自分自身の“アンテナ”が必要になってくるわけで、
膨大な数の展示、講演・対談・ディスカッション・シンポジウムなどの
セッション/ワークショップ(ちなみに昨年のカンファレンスでは、オバマ前大統領による
講演もありましたし、今年はジョー・バイデン前副大統領によるセッションも行われました)、
パーティやその他様々な参加型イベント、ライヴ・パフォーマンス、といった中から
興味あるものを選んでいかなければなりません。
 もちろん当たり外れもありますので、自分にとって有意義なものではなかったり、
期待外れであった場合には、すぐに次のオプションに移動するという判断力と
情報収集力も必要になってくるわけです。

 SXSWはビジネス・チャンスのためのエンタメ&IT業界最大のイベントと
言うこともできますが、そこには常に自主性と独自性が問われてきますし、
SXSWをどう利用・活用するかはその人・その企業次第です。
 とは言え、単なる売り込みやプロモーションだけに重点を置いたセールス指向は
あまり関心を持たれませんし、売り買いの関係においても、そこには個人や企業を問わず、
“売り手”(クリエイター)と“買い手”(投資家)の双方がお互いに自分の主張や思想・
ビジョンを持った上で共通のビジョンを見いだして“パートナーシップ”を築く、といった
インタラクティヴな関係が一層強いとも言えます。
 そうした点においても、SXSWには本当に良い意味でのアメリカの個人主義・
個性尊重主義が溢れていると感じます。

 ちなみに、前述のマツダを含む7つの「スーパー・スポンサー」というのは、
SXSW全体のスポンサーとなりますが、SXSW Musicのイベントにおける
メジャー・スポンサーは、ストリーミングのパンドラと、アーティストや
音楽業界人のためのEPK(エレクトリック・プレス・キット)などのツールキットを
提供し、ミュージシャンとギグ(ライヴ、、ツアー、フェスティバルなど)情報としては
世界最大と言われるデータベースを有するソニックビッズの2社となっています。
 2社だけ?という意見もありますし、確かにSXSWのスポンサーの数は、
これだけの規模のイベントとしては少ないとも言えます。
 SXSWのスポンサーシップの金額や条件・基準自体については詳しいことは
わかりませんが、スポンサーシップだけに依存せず、出展者や参加者も含めて、
全ての個人や企業からそれぞれに見合った程度の金額を徴収する(実際に参加のための
「バッジ料」は、ほぼ1000ドルを超えますので決して安くはありません)というところは、
ある種コミュニティ的なところもあり、それもこのイベントのテーマ、
ポリシーを表しているようにも思います。

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