【I Love NY】月刊紐育音楽通信 May 2017

 4月22日(土)はアース・デイでした。
ワシントンDCに集結して行われたマーチ(行進)を始めとして全米各地では、
我々にとって現在唯一の“宇宙船”である地球に対するケアとエコ・フレンドリーを
キー・ワードに、様々な環境保護、動物保護、食品保護などの団体・組織や個人が
様々なデモやマーチ、イベントを繰り広げ、更に今年は地球温暖化や環境破壊による危機を
訴える科学者達も加わっての大イベントとなりましたが、
予想通り、トランプ大統領と彼の政権は完全に無視・無関心の姿勢を貫いていました。

 そうした中で特に環境保護への関心と意識はアメリカでも
年々急速に高まってはいますが(特に大都市以外の地方自治体の中には、
かなり進歩的なエコ政策を進めているところもあります)
それでもアメリカという国は基本的には、また大多数で言えば、
省エネやエコとは完全に対局にある国であると言えます。
そもそも省エネなどという言葉すらもなく、
電気やガスなどのエネルギーは開発すればするほど、
消費すればするほど雇用や産業も促進されるので大歓迎という発想と言えます。
常に省エネを推進している日本の人達には申し訳ないですが、
アメリカ人にはそもそも“もったいない”といった発想はなく、
節約に対する意識や美徳などもなく、
むしろ開発・消費することにこそ美徳があるとでも言わんばかりです。

 よって、ある意味でトランプと現政権は、
そうしたアメリカの一般的な大多数を代表しているとも言えますし、
その自然破壊も厭わないエネルギー開発や反環境保護政策に関しては
実はかなりの支持を集めていると言っても過言では無いでしょう。
アメリカは人種、宗教、女性、LGBTQといった人権問題には
極めて敏感で意識も高いですが(つまり人権はアメリカの憲法の根幹を成すため)
環境問題に関しては、発展途上国よりも意識は低いと言わざるを得ません。
また、環境政策に関しては利権と支持が一層ストレートに絡むため、
連邦や州、地方自治体を問わずリーダー達には期待できず、
アース・デイのような草の根運動こそが重要であると感じます。
長い時間はかかるでしょうし、アメリカ人やアメリカ政府が本当に環境の大切さに
気付くまで地球が保つのかはわかりませんが、
この後の世界を担う子供達のために課せられた我々の責任・使命は大きいと言えます。

トピック:2017年「レコード店の日」に見るアナログ盤ブームの現状と今後


 アース・デイと同じ4月22日が「レコード店の日」でもあることに気がついたのは
寸前になってでした。
これはアメリカに限らず世界的なイベントでもありますが
(国によって少々開催日が異なりますが、概ね4月3〜4週目の週末のようです)
ここ数年は少しづつではありますが、
アメリカにおける注目度も上がってきているようです。

 CD時代の到来以降、「レコード店の日」というのは
“インディー系レコード店の日”と言い換えることもできるような
マイナーでコアなファン向けのものにしか過ぎず、
一般的な音楽ファンが注目するイベントではなくなっていました。
それが再び注目を集めるようになってきたのは、
最近のアナログ盤ブームであることは言うまでもありません。

 本稿でアメリカのアナログ盤ブームについて紹介したのは2015年のことでしたが、
あれから状況やムーブメントも更に変わってきているようです。

 2015年当時、アナログ盤ブームには「ヒップ」と「レトロ」という二つの側面がありました。
つまり、前者は20代から30代前半のヒップスターという新しもの好きで
人と違った最先端指向の強い若者達が中心で、
後者はアナログ盤リアルタイム世代のオヤジ達(オバサン達もいますが)の
レトロ趣味ということになります。

 私などは正にこの後者に当てはまるわけですが、
そこには単なるレトロ/ノスタルジーだけではなく、
MP3のコンプレッション・テクノロジーに満足できず飽き飽きしている
アナログ盤リアルタイム世代中高年層のこだわりもあると言えます。

 また、それと共にもう一つ、所得つまり経済的な余裕という側面も
絡んでいるのは興味深いかと思います。
つまり、中高年層というのは、一般的に言えば若者層よりは
所得が高く裕福であるわけです(実は資本主義の権化であり、学歴・資格・才能を重視したソフト系ビジネスやポジション偏重のアメリカにおいて、このロジックはほとんど成り立たないのですが)。
よって、今の中高年層がまだ若者であったアナログ盤全盛期の頃には、
経済的なゆとりも無く実現できなかった憧れ&こだわりの再生機器(レコード・プレイヤーやアンプ、スピーカーなど)の入手が可能になってきているというわけです。
    
 昨年、念願叶ってトーレンスのビンテージ・レコード・プレイヤーを
手に入れてしまった私などはまたしてもこれに当てはまるわけですが、
私の周りのアメリカ人でも、日本製のデンオンのダイレクト・ドライブの
ビンテージ・レコード・プレイヤー(これは私のトーレンスなど比較にならないほど高価です)を手に入れている者などもおり、
70年代のオーディオ・ブーム時の名機を未だに(というか改めて)追いかけている人間もいるわけです。

 但し、一般的にアナログ盤ブームをリードしてきたのは、やはり前者であるヒップスター達です。
彼等は私達のようなアナログ盤リアルタイム世代のオヤジ達のような
音質面でのこだわりをあまり持たず、むしろルックスやファッションとしてのレトロを
楽しんでいるようです。
その証拠に、若者達に人気のあるレコード・プレイヤーは、音質はそこそこで、
レトロなルックスの方に重点が置かれているものが多いと言えます。

 また、音質で言えば、アナログ盤そのものに対する考え方・意識も異なると言えます。
例えば我々アナログ盤リアルタイム世代というのは、
当時はアナログ盤のノイズというものに悩まされてきたわけです。
具体的にはアナログ盤の溝に付着するゴミやホコリ、
盤面の傷などが引き起こすノイズをどう回避するかということですが、
ヒップスター世代はあまりそうしたノイズも気にしません。
むしろ、CDやストリーミングなどのデジタル音源からは得られないそうした
ノイズが“クール”であるというわけです。
まあ、例えば私自身も40〜50年代の音源を聴いている時などは、
そうしたノイズがノスタルジーを醸し出してくれることもありますが、
70年代の音源ともなると、やはりノイズは避けたいというのが正直なところで、
未だに盤面のクリーニングに取り組んでいたりします。
よって、ノイズが“クール”であるというのは、
アナログ盤リアルタイム世代の理解を超えた要素であり、新しい感覚でもあると言えます。

 ですが、こうした“クール”な感覚が、今やヒップスター達だけでなく、
普通の若者達にも伝播・浸透してきているというのが、
ここ数年更に顕著になってきている動きであると思います。
また、アナログ盤リアルタイム世代についても、いわゆるこだわり派だけでなく、
一旦は音楽を“卒業”してしまった中高年層が、
自分達の子供達がヒップスター達から広がったアナログ盤ブームに影響されて、
レコード・プレイヤーやアナログ盤を購入し始め、
それを見た彼等の両親であるアナログ盤リアルタイム世代が昔を懐かしんで
手軽・気軽にレコードを再び楽しみ始めている、
という動きもかなり出てきていると分析されています。

 実際に、RIAA(全米レコード協会)の発表では、2016年のアナログ盤の売り上げは、
最も落ち込んだ1988年以来最高の数字を更新し、
売上額約420億円で32%の伸びを記録したとのことでした。
これに対して入り上げが落ち続けるCDは更に16%ダウンということですが、
ちなみにこの約420億円という数字は、YouTubeなどのオンデマンド広告の
サポートによるものや、スポティファイなどのフリー・サービスのものを合わせた
無料ストリーミング・サービスの収益約390億円を上回るとのことです。

 いずれにせよ、アナログ盤が、もはやインディー系レコード店の領域だけではなくなっていることは間違いありません。
これも以前お伝えしたことでもありますが、
レコード店などのいわゆる音楽系以外のリテール・ショップにおけるアナログ盤販売は
益々活発化してきており、以前ご紹介したアパレル・セレクト・ショップとしては
最大規模で全米展開を行い若者に圧倒的な人気のあるアーバン・アウトフィッターズの他に、
アメリカ最大のブック・ストア・チェーンであるバーンズ&ノーブル、
そしてオーガニック・マーケットとして全米で最大の人気を誇るホール・フーズもアナログ盤販売を積極的に手掛けるようになっていることも、ここ数年の目立った動きと言えます。

 但し、相変わらずアナログ盤の価格は高めで、30〜40ドル台。
かつては10ドル台前後であったことを考えると、
この部分の改善が鍵となっているのは間違いありません。
もちろん、アナログ盤全盛期当時と今とでは、アナログ盤の需要が異なりますし、
製造施設も製造ロットも圧倒的に減少していますし、
逆に製造コストは上がっていますから、価格の高騰はある程度致し方ありません。
また、例えば70年代当時の家賃なり食費なりを今と比較しても
貨幣価値というのは大きく変わっていますので、
現状においてはまだアナログ盤を10ドル台前後で販売するのは困難であると言えますが、
ヒップスター世代よりも下の10代の音楽ファンを取り込み、
また生み出すためには価格は極めて重要なファクターとなるでしょう。

 とは言え、テイラー・スウィフトが彼女の大ヒット・アルバム「1989」のLPバージョンを
発売したり、ジャスティン・ビーバーが今回の「レコード店の日」に
アナログ盤をリリースするという動きは、
10代の若者達にとって大きなインパクトになってきていると言えます。
その理由の一つを、ある音楽評論家はハードウェア(レコード・プレイヤー)の
ルックスの可愛さやクールさ、そして耳慣れたデジタル音源とは異なる音質面以上に、
アナログ盤自体の“ビジュアル面”であると指摘しています。
つまり、ご存じのようにLP盤というのは12インチ(30センチ)の大きさであるわけで、
これはCDはおろか、ジャケットというものを持たないストリーミングというメディアでは
考えられない程のビジュアル的なインパクトがあるということです。
よって、特にアイドル系などビジュアル面を重視するアーティスト達にとっては、今後充分に利用価値のある、または利用すべき、そして極めて効果的なメディアでもあるというわけです。

 確かに私も昔、子供の頃はアイドル系のLP盤を壁に飾ったりもしていましたし、
それらはポスターやインテリアでもあったと言えます。
また、アイドルではなく、かつてのロックやジャズの名盤には
ゲーターフォールドと呼ばれる見開きジャケットがたくさんありましたし、
これらはレコードというメディアを越えた一つのアート作品でもあったわけです(見開きではなくても、例えばドイツのECMレコードなどはジャケットそのものが全てアート作品でした)。
しかし、メディアがCDに移行することによって、
こうしたコンセプトやファッションは消えていったわけですが、
今またアナログ盤復活のブームに乗って、
そのコンセプトが再注目されてきているというわけです。

 そうした中、去る4月にはアメリカを拠点としたExperience Vinylという
アナログ盤の定期購買サービス会社が、
有名アーティスト達をキュレーターとして起用した新たな定期購買サービスを開始しました。
これは月額30ドルで1枚のLP盤が送られてくるものですが、
そのアルバムを選定するのは
エルトン・ジョン、クインシー・ジョーンズ、ジョージ・クリントン、タリブ・クウェリ、ショーン・レノン等と言った大物有名アーティスト達で、
彼等のフェイバリット・アルバム(彼等自身のアルバムは除く)と共に、
彼等のコメントと、そのアルバム・アーティスト達のお勧めベスト10アルバムなどの情報も付いてくるというものです。

 このアイディアはそもそも、Experience Vinylの創始者であり、
元々はギタリスト&ソングライターあったブラッド・ハモンズ自身のブログとして
好評を得て話題になっていた「デザート・アイランド・アルバム」から来ています。
この「デザート・アイランド・アルバム」というのは
“砂漠に持って行く愛聴盤”というもので、
彼が様々なジャンルのアーティスト達から聞き集めた“砂漠に持って行く10枚のアルバム”をリストとして公表していたものですが、
このコンセプトを利用し、
アナログ盤の定期購買サービスとして立ち上げたというわけです。

 今後、このサービスの大物有名アーティスト・キュレーターは
次々と増える見込みですが、
音楽界に幅広いコネクションを持つブラッド・ハモンズであるとは言え、
これが一つのビジネスとして大物有名アーティスト達から
賛同・承認された大きな要因の一つは、売上金の用途であると言われています。
前述のように、このサービス自体はブログの延長でもありますし、
言ってみればインタビューと同程度の内容であり、
またアーティスト達自身の仕事もアルバムの選定とコメントだけですから
ごく限られています。
よって、これだけの大物有名アーティスト達であれば、
このアナログ盤定期購読サービスから得られる収入というものには
ほとんど期待していない(逆に言えば、こうしたサービスのキュレーターなどという仕事は彼等にとって金銭的にも宣伝的にも魅力は無い)と言えるわけですが、
そこを敢えてアーティスト達には無料でのサービス提供という形にはせず、
売り上げの一部をアーティスト達が取り組んでいる慈善事業の基金への寄付という形で
還元する方法を取っているのです。
欧米の大物有名アーティストには自分自身が設立した慈善事業基金を
持つ人が大勢いますし(例えば今回エルトン・ジョンの場合は、彼が設立したエルトン・ジョン・エイズ基金に売り上げの一部が寄付されることになっています)、
自分自身が持たなくても、ほとんどと言って良い程、
彼等は何らかの基金に寄付を行っています。
つまり、定期購買ビジネスを一つの社会事業としても考えたExperience Vinylの
事業コンセプトとセンスは、今後更に多くのアーティスト達にも支持されていくと思われますし、この事業の今後も大変注目されるところでもあります。

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