【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 February 2022」
※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています。
今月はニューヨークからなのにこんな話題のイントロで恐縮ですが、NHKの朝ドラ「カムカムエブリバディ」、皆さんも観ておられますか? 普段テレビというものをほとんど観ない私ですが、パートナーが観ているのを横目で眺めていたら、昔同じステージを分けたこともあるフラッシュ金子さん(金子隆博さん)が音楽を担当され、なんと日本が誇る偉大なレジェンド北村英治さんのクラリネットと渡辺貞夫さんのアルト・サックスが劇中で流れ、渡辺貞夫さんや秋吉敏子さんに加えて昨年亡くなられた古谷充さんのお名前なども劇中に登場し、現役の若手ミュージシャン達も出演してプレイもフューチャーされるなど、嬉しさと驚きの連続で、どんどんと引き込まれていきました。
ですが正直言うと、私がこのドラマから抜けられなくなってしまった大きな理由は、安子とるいの別れのシーンでした。特に幼いるいの「I hate you」と、それを受けた母安子の絶望の表情が耳に目に焼き付いて、ほとんどトラウマとなってしまったのです。
「何をテレビ・ドラマごときに…」と仰る声も聞こえますが、実はこの「I hate you」に「大嫌い」という字幕が付けられたことに私は大きな違和感を感じたので、そのことを絡めて、今月はちょっとシリアスな英会話ネタをお届けしたいと思います。
多分「大嫌い」ですと、そう言われただけで母娘は別れてしまうの?と思う日本人も多いかと思いますが、「hate」は憎悪の言葉で、「それを言っちゃあ、おしまいよ!」(古い)というくらいの意味合いがあり、アメリカの真っ当な親や家庭であれば、罵倒言葉であるFワード(「fxxk」)と共に、小さな子供には絶対使わせない2大ワードであると言えます。
私自身は高校生の時分、ホームステイしていたニューヨークのホスト・ファミリー(イタリア系)からそのことを教えられましたし、その後自分がアメリカで二人の子育てをしてそのことを再認識しました。もちろん中高生にもなれば、「hate」やFワードは仲間内での喧嘩や口論、また悪意や罵倒のみならず、反抗期特有の悪態と共に会話の中でも頻繁に出てくるようになります。また、特に音楽の世界ではFワードは会話のみならず、ラップやメタル系を中心に、歌詞にも頻繁に出てきて、それがある種のcoolさにもなってしまっていますが(但しゴスペル音楽の世界では、まず使いません)、「hate」は相手を完全に傷つけるため、ある意味Fワード以上に使い方に気を付けねばならない言葉と言えます。
その私のホームステイ時代のことですが、ある日、学校の課外プログラムでアウシュビッツの生き残りであるというおばあさんのお話し会がありました(今はもう生存者が少なくなりましたが、当時はアメリカの各地で行われていました)。手に残る焼き印(所謂囚人番号)の痕を見せながら、そのおばあさんは「hateというのは自分達がナチスから言われ続けてきた、自分の全てや人間性を否定される最悪の言葉であるから絶対に他人に向かっては言ってはいけません」としみじみ語り、その話の重さにもショックを受けたものでした。
そんなわけで、あの「カムカム」の別れの場面において、あんな幼い子が実の母親に向けて発した「hate」という言葉は、私にはあまりに重く強烈でしたし、思わず背筋が凍るほどにショックであったのです。
確かにドラマの中の話ではありますが、あの別れた二人の関係が修復されることを祈りながら、平日は毎晩(“朝ドラ”ですが、ニューヨークだと夜放映)ストーリーを見守っているという次第です。
トピック:頑固ロックオヤジとSpotifyの対決や如何に
毎年この時期は賞レースの話題で賑わいます。音楽界ではご存じグラミー賞が今もその筆頭に位置すると言えますが、今年は長引くこのコロナ状況を考慮して4月に延期となりました。そのため、音楽業界は恒例の賞レース・シーズンからは少し取り残されたような感もありますが、そうした中で最近音楽界において大きな話題となっているのが、ニール・ヤングとSpotifyの闘いです。ところで、ニール・ヤングって誰? う~ん、確かにそうですよね…。アメリカにおいてさえ、段々とそういう時代になってきているようにも感じます。“反戦と平和の古きミュージック・アイコン”、“ウッドストック世代の生き残り”、“音楽界きっての怒れる頑固ロック・オヤジ”。そういう呼び名にもピンと来ない若い世代は増えているようです。
しかし、ニール・ヤングという人はそういった呼び名から思い浮かぶ有りがちなイメージとは異なり、またインテリ/エスタブリッシュ臭さなども皆無で、常に社会的に弱者の側に立たされる人達の視点や論理を忘れない(例えば農業従事者や障害者達への支援など)強烈な“土臭さ”を表出しながら、豪快さと繊細さとの表裏一体を音楽で体現している稀有なミュージシャンです。その点では、最近益々分断化が顕著になっているアメリカにおいても、簡単に割り振れない・括れないユニークな立ち位置にあり、カナダ出身でありながら、世代を超えた“アメリカの良心”を担っている部分さえあるとも言えます。
さて、そのニール・ヤングとSpotifyの“対決”ですが、既にご存じの方も多いと思いますが、Spotifyで一番人気のポッドキャスト番組のホストが、コロナやワクチンに関する誤情報・偽情報や陰謀論などを展開するゲストを次々と招き入れ、結果として、そうした誤情報・偽情報や陰謀論を拡散させることなっている状況にニール・ヤングが不快感を示したことが始まりでした。
「そんなクソ番組と俺の音楽を一緒にオンエアするな!Spotifyはジョー・ローガン(当該ポッドキャスト番組のホスト)か俺かどっちかを選べ!」とヤングは啖呵を切ったものの、Spotify側は言い訳のみで対応しなかったため、ヤングは「だったら俺がSpotifyから撤退する」と言って、Spotifyから自分の全楽曲カタログを引き揚げ、「Spotifyのクソみたいな去勢された音質と縁を切ることができて清々したぜ!」と捨て台詞を吐いて話題となった、という事件でした。
ヤングの物言いや態度というのは昔から常に極めてストレートなので、これには大きな異論・反論も巻き起こり、「ストリーミングにまでキャンセル・カルチャーを持ち込むな」とか、「言論・表現の自由を否定するとんでもない発言・態度だ」という声も決して少なくはありませんでした。しかし、その後のヤングの発言などからもわかるように、ヤングとしては決してキャンセル・カルチャーを持ち込んだわけでも、言論・表現の自由を踏みにじったわけでもなく、ましてやオンエアする番組を検閲するよう求めたわけでもありませんでした。
「俺は常に言論の自由を主張し、検閲に反対してきた。今回だって、ローガンのポッドキャスト番組を検閲しろなんてことは言ってない。そもそも、Spotifyは一つの私的な企業として、何で儲けようかを選ぶ権利があるわけで、同様に俺にだって、有害な誤情報・偽情報や陰謀論を拡散するメディア(Spotify)を俺の音楽でサポートしないと選ぶ権利があるってだけのことさ」と言い切っています。
ヤングの撤退劇に続き、同じカナダ出身であり、同じウッドストック世代でもあるジョニ・ミッチェルがSpotifyからの撤退を発表しましたが、今のところ彼等に続く大きな動きはまだ出てきていません。例えば、ヤングのバンドであるクレイジー・ホースと、ブルース・スプリングスティーンのバンドであるEストリート・バンドの両方に参加しているギタリストのニルス・ロフグレンなどは、他のミュージシャン/アーティストそして音楽ファンに対して、今回のヤングの動きへの同調を促していますが、反応は極めて鈍いと言わざるを得ません。
これは、特に大物アーティスト達にとって、現在最も信頼できる収入源となるストリーミング、しかもそのトップに君臨するSpotifyが相手ですから、アーティスト・サイドも及び腰であるという点が一つ。
そして前述のように、今回のヤングの行動は、ローガンのポッドキャスト番組に対する批判ではあるにせよ、そのアクション自体はボイコットのようなストレートな反対運動とは少々異なり、“自らの撤退”といった、人によっては自分のクビを締めかねないかなりリスキーな方法であるという点もあるようです。
自分の収入源まで棒に振って、ヤングのようなウッドストック世代に賛同して付いていくアーティストなど、今の世の中にはもういない、というシニカルな意見もありますが、確かに減収覚悟で信念を貫くというヤングの姿勢は、特に今の若い世代のアーティスト達には荷が重いようです。
さて、そもそもの問題の原因・批判の矛先であるポッドキャスト番組のホスト、ジョー・ローガンという人物ですが、彼自身は誤情報・偽情報を正面切って支持したり、また陰謀論者であるというわけでもありません。彼自身がワクチンを接種しているかは不明ですし、ワクチンの義務化自体には反対していますが、反ワクチン派ではないと自ら語っていますし、ワクチン接種の推薦もしてはいました。
実は彼は昨年夏に一度コロナに感染しており、トランプも感染時に使用したとされる治療薬で治癒させたと言われています。彼自身に関しても確かに賛否両論ありますが、やはり論議を呼ぶのは彼が毎回迎えるゲスト達と言えます。怪しげな陰謀論者や、ワクチンの普及方法をナチスによるマインド・コントロールになぞらえて批判する怪しげな科学者など、話としてはおもしろく聞こえるトピックで聴衆を刺激して楽しませるので、彼の番組はSpotifyのみならず、全米で最も高い人気を誇るポッドキャスト番組と言われています。
これに対して、ローガンの番組による影響力を懸念した様々な分野の科学者や医療専門家達ら270人が、連名でローガンを批判する公開書簡を既に今年の初めに送っていました。ローガンの番組から発信される情報は、不快なだけでなく、医学的および文化的に危険であり、その虚偽の主張が科学研究に対する国民の信頼を傷つけ、医疑問を投げかける結果になっている、として、専門家によって提供されるデータの信頼性も失墜させている、と強い懸念を示していました。
しかしSpotifyはこの時も、「我々はポッドキャストの個別の内容にまでは責任を負っていない」と言って相手にもしませんでした。実はSpotifyは、一作年このローガンと1億ドルの番組独占配信契約を交わしたことが既に報じられていました。何でもローガン自身によれば、毎月2億人近い人間が彼の番組を楽しんでいるとのことですが、この数字は大袈裟であるにしても、Spotifyによればローガンの番組は平均で1100万人のリスナーがいるとされています。これに対してSpotifyにおけるニール・ヤングのフォロワーは約600万人とされていますので、数字だけで言えば、Spotifyがヤングを尊重してローガンの番組を中止させることはまず考えられません。
もう一点、実はこちらの方がヤングにとっては深刻な問題であったという説もありますが、現状ほとんどのストリーミング・サービスが、ハイレゾやCDロスレスといったハイクオリティ配信の対応を行っているのに対して、実はSpotifyは未だ対応せずという状況でした。実はSpotifyは昨年、CDロスレス音質でのストリーミングを部分的にはスタートさせるとアナウンスしてはいましたが、その後のアップデート情報は途絶えたままでした。
ヤングの不満・怒りは、実はこの部分が大きく、前述の「Spotifyのクソみたいな去勢された音質」という発言はそれが理由と言われています。ヤングという人は、前述した“土臭さ”からくるアナログ・イメージに対し、実は人一番音楽ダウンロードやストリーミングの音質にこだわりを持っているアーティスト委でもありました。
そもそもヤングは、90年代にMP3が登場して以来、特に不可逆圧縮された音楽データというものに大きな不満を感じていました。それが具体的なアクションとなったのは2015年のことで、彼は当時の音楽ストリーミング・サービスから自分の全楽曲を撤退させ、彼自らハイレゾ音源のダウンロード・サービスをスタートさせたのです。しかし、これはビジネス的にはうまくいかず、僅か2年ほどで撤退することになりました。
そうした伏線や背景があったことが、今回ヤングの“堪忍袋の緒が遂に切れてしまった”結果になったと見る向きは非常に多いと言えます。つまり、ヤングは旧世代の単なる懐古趣味や時代遅れな感覚などとは逆で、常にその時代に即した形で、自分の音楽を可能な限り良質の音でリスナーに届けたいというミュージシャンの願いを強く持ち続けてきたわけです。言い換えれば、リスナーに一層満足してもらえる音質を実現すべく取り組んできたわけで、今回の事件が単にコロナとワクチン絡みの騒動としてだけでは語れないことは間違い無いと言えます。
コロナとワクチンに関しても、ヤングは小児麻痺の後遺症を今も抱えている人ですし、その後も糖尿病を患ったり、癲癇に悩まされてもきました。そうした自分自身の健康上の問題があるが故に、ヤングとしては命を危険にさらす恐れのあるような誤情報・偽情報、陰謀論に関しては、経験的にも我慢がならなかったと言えると思われます。
今回の騒動がこの先どう進展・発展していくのかはまだわかりませんが、先月ご紹介したアメリカの音響機器会社副社長C氏の話に加え、2021年は2020年に比べ、テイラー・スウィフトやアデル、BTSといった人気大物アーティスト達を中心に、CDの売り上げが17年ぶりに伸びに転じた、というニュースも報じられ、音楽試聴メディアに関する動きはいろいろな意味で一層目が話せなくなっていると言えます。
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