【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 May. 2022」
※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています。
「月刊紐育音楽通信 May 2022」
昔、イースト・ビレッジに「キエフ(キーフ)」というダイナー(食堂)があって、私はよく利用していました。真っ赤なボルシチと、ちょっと甘味のある独特のパンが特にお気に入りで、24時間営業していることも、当時は大変有り難かったのです。
ニューヨークに来る前、東京にいた時もロシア料理は大好きで、お気に入りの店が数軒ありました。特にボルシチとピロシキが大好物で、ウォッカを飲み過ぎて足腰が立たなくなったことも何度かありました(笑)。
無知な私は、ボルシチはロシア料理であるとばかり思っていたのが、「キエフ」の店員に「ボルシチはウクライナ料理なんだぞ!」と言われて「へー」と思った次第。
中国人と思われてムッとする日本人がいるように、ロシア人/ロシア料理と言われてムッとするウクライナ系アメリカ人も結構いるようです。
そう言えば、当時も今も、イースト・ビレッジに立ち並ぶロシア料理っぽいレストランは皆ウクライナ料理のレストランだったのです。
ニューヨークのインド料理が圧倒的にパキスタン/バングラデシュ系が多いのと同様に、ニューヨークのロシア料理(と思われているレストラン)は実はウクライナ系が圧倒的です。それは他の人種・民族同様、ニューヨークの移民社会というのは、ほとんどが紛争・戦争を逃れての移住によって成り立ってきたというストーリーを物語っていると言えます。
今回も新たなウクライナ移民達がニューヨークにやってきて、新たなコミュニティを形成することになるのかもしれません。
今では基本的に外食はせずに自炊が基本の私は、冬になるとボルシチも度々作ります。自分のレシピというものも出来上がり、敢えて外食してボルシチを食べることもありません(ヴィーガン・ボルシチが無いというのもその理由)。
ですが時折、あの「キエフ」のボルシチが無性に懐かしく恋しく感じられます。
若い頃は憧れのヒーローの一人でもあったウクライナのアナキスト革命家ネストル・マフノ。ここ数年自分にとってのフェイバリット・メタル・バンドであり、ド迫力のデス・ボイスと可憐な歌声を巧みに操る女性ボーカル、タチアナをフロントに配するウクライナのバンドJinjer。思えば、ウクライナは自分にとって強い繋がりを感じる地でもあり続けました。
幸い、Jinjerのメンバー達は皆元気であるようです。血が流され続ける日々が一日も早く終わることを祈り…。
トピック:NFTは音楽業界に大変革をもたらすのか?
二回に渡ってお話した投資案件化する音楽出版の現状と未来。後半である先月のニュースレターでは、メルク・メルキュリアディスとナイル・ロジャース率いるヒプノシス・ソングス・ファンドにスポットを当てましたが、そのメルキュリアディスが彼の話の中で、音楽におけるブロック・チェーン技術、とりわけNFT(ノン・ファンジャブル・トークン=非代替性トークン)の未来についても、多大なる関心を抱いていることも気になっていました。
ブロック・チェーン?NFT? つまり、データ処理のテクノロジー、結局は金の話であって音楽の話ではないですよね? その通りです。良くも悪くも、メルキュリアディスの話は全て“金の話”であると言えますし、音楽のクリエイティヴィティーとは別次元の話であって、超アナログ人間の私などには本当に超不得意な世界なのです。
しかし、それが音楽と結びつくことによって、既存の音楽業界が完全に崩壊するかもしれない(少々大袈裟だとは思いますが)とも言われているように、我々としても黙って指をくわえて眺めたまま、このトピックやムーブメントを見過ごすわけにはいかなくなってきていると言えます。
NFTについては既にあちこちで話題になっていますので、その仕組み・詳細についてここで説明する必要はないかと思います。
ホイットニー・ヒューストンが17歳の時にレコーディングした未発表のデモ音源が、デジタル音源としてNFTオークションに出品されて約100万ドルで落札したとか、ザ・ウィークェンドが新曲とアート作品をデジタル・データとしてNFTオークションで販売して200万ドル以上で落札したとか、小室哲哉さんがNFT音楽の出品・販売を開始したとか、なぜかテスラのイーロン・マスクが自作のエレクトロニック・ダンス・ミュージック作品をNFTで販売するとか、そういったニュースについては既に幾つかお聞きかではないかと思われます。
上記の話からもおわかりのように、アメリカにおいては、もうこれはほとんど金持ち相手か投資家相手の桁違いの超高額オークションでしかありません。
要は、Sotheby’s(サザビーズ)のオークションがデジタル化したというような話で、データ処理のテクノロジーの話よりも更に音楽自体から程遠く、そもそも我々庶民にとっては縁の無いような話です。
しかし、この「デジタル化」というのが、実はそれだけではない様々な可能性と発展性を持っているとも言えるのです。
ご存じのように、デジタル・データというのは、コピーや改ざんが容易にできてしまうため、テープやディスク時代以上の不正な“海賊もの”が世の中に拡散してしまいました。
なにしろデジタル・データの場合は、実際の“もの(物質)”以上にクリエイター/著作者や所有者を明確にすることが難しく、オリジナルとコピーとの違いも明確ではなくなってしまったわけです。
このことは、音楽以上にアートやアニメ、ゲームなどにおいて一層深刻な状況となり、クリエイター/著作者の権利が保護できないのみならず、不正・不公平な富があちこちで出現する結果となりました。
しかし、このNFTというのは非代替、つまり他に取り替えの効かない唯一無二のトークン(ブロック・チェーンの技術を使用して生み出される暗号データの資産)ということになりますから(一方、仮想通貨は代替性トークンということでNの無いFTとも呼ばれます)、クリエイター/著作者の権利がしっかりと保護され、NFTによって作品の“唯一無二性”が証明され、自分だけがその作品の所有者となれるという希少価値も上がり、資産・投資としての価値も高まることになるわけです。
NFTによって売却されたデータ作品は、これまでのオークション商品同様、市場での転売も可能です。
よって、作品の著作アーティストの人気・評価が高まると、入手した作品の所有権も値上がりしていくことになるので、特に投資家達は将来的に所有権が上がりそうなアーティストの作品を見つけて投資するという、いわゆる青田買いも積極的に行われる可能性が強まります。
つまり、大物アーティストだけでなく、新人・中堅アーティスト達にも様々なチャンスが生まれてくる可能性があるとも言えるわけです。
とは言え、投資する対象は人(アーティスト)ではなく、デジタル化が可能な作品ということになります。この辺はデジタル・アートのみならず、従来・旧来の絵画の買い付け・売買にも通じるところがあると思います。
このような状況故、今はまだ高額所得者のための高額オークションという形で注目されていますが、今後様々な形で著作権保護や不正コピー対策に大いに役立つことは間違いないと言えます。
更に、作品に関しては「唯一無二」ゆえ、複数のコピーは不可ですが、内容を部分的に変えた形の「バージョン」を複数作成して、同じ作品でもシリアル・ナンバーを付けたような完全限定販売も可能です。これは一人の陶芸家や彫刻家が同じデザイン・コンセプトで複数制作した同テーマ作品のような“手作り感”を生み出してくれるとも言えます。
一般的に、データ化されたデジタル社会の弊害、またはアーティストやクリエイター達にとっての問題は、上記のような著作権の侵害と共に、データ化・デジタル化による単価や価値の低減という点が大きいと言えます。
例えば音楽においては、現在のストリーミングによるアーティスト収入は、かつてのLPやCD時代からは激減しました。
しかも、リスナー/消費者との間に、レコード会社やマネージメント会社、音楽出版会社、ストリーミング供給会社などが入ることによって、中間マージンだけは依然引き続き発生し、最終的にアーティストに残る金は更に僅かなものとなってしまっているわけです。
これに対してNFTでの販売に関しては、結果として特定の誰かのために唯一無二の音楽を直接販売することで(もちろん、特定の誰かのために唯一無二の音楽を制作するというパターンもあります)、間には一切の中間業者や中間マージンが発生しない、という形になります(但し、NFTの発行、NFTマーケットでの販売・決済手数料などは発生しますが)。
これがアーティスト/クリエイター・サイドにとって大きなメリットや魅力となるかは、まだこれからの話になると思われます。
例えばNFTで購入すると、作品の権利の一部を所有するということになりますから、その作品の一部などが後にストリーミングでも販売された場合、NFT音楽の購入者はそうしたストリーミング収益の一部を得ることもできるわけですが、こうしたケースに関しては解釈も異なり、まだプラットフォームも定まっていません。
現在はまだ、NFT音楽の販売はどこもトライアル的な状況で、プラットフォーム自体にも選択の余地があります。
まだまだビジネス・モデルができあがっているとは言えない状態ですので、今後も様々なアーティスト/クリエイター達の試みで、いろいろな面が見えてくるはずです。
NFTマーケットでのオークション・スタイルゆえ、音楽制作などの業界向けではないということも言われますが、それも今後従来の発想や既存の取引方法を打ち破る試みが出てくるかもしれません。
ちなみに、現段階においてもNFTの問題点というのは、既にいくつか指摘されているようです。
まずは法整備がまだ整っていないため、詐欺や悪徳商法が先手を打つような形で出てくる不安もあります。
また、上記のNFTマーケットでの販売・決済手数料に関しても、適正な数字はまだ出ていません。
更に、唯一無二の作品と言えども、やはりデジタル・データゆえに、その作品が正真正銘のオリジナルであるかの証明・判断が難しい点が残ります。
また、これも先程触れましたが、内容を部分的に変えた形の「バージョン」を複数作成するという方法を悪用し、オリジナルに似せた作品が出てくることも考えられますし、それらをどれだけ取り締まり、規制することができるのかもまだ未知数です。
最後に、前述のザ・ウィークエンドは、「NFTによって、アーティスト/クリエイター達の作品が自分たちの願う条件で視聴されるようになるはずだ」とかなり肯定的・積極的です。
これに対して、ロキシー・ミュージックのオリジナル・メンバー、アンビエント・ミュージックの第一人者、デヴィッド・ボウイやU2のプロデューサー、そしてマイクロソフトのWindows 95の起動音の作曲者でもあるブライアン・イーノは、「NFTはアーティストもグローバル資本主義から僅かな恩恵を受けられて、ちっぽけな資本家になれるための一つのツールであり、ファイナンシャル化されてる世の中のミニチュア版みたいなもんさ」と痛烈な皮肉を投げかけています。
いずれにせよ、NFTは今後益々、音楽業界における大きな話題となっていくことは間違い無いと思われます。
記事一覧