【I Love NY】スティーヴ・ジョブスが音楽界に残したもの
(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)
スティーヴ・ジョブスが音楽界に残したもの
去る10月5日、iPodやiTunesなど、音楽界にも多大な影響を与えたスティーヴ・ジョブスが
56歳という若さで亡くなりました。アメリカではメディアでの扱いもトップで、連日様々な視点からの報道がされましたし、マンハッタン五番街のアップル・ストアにはアップル製品を愛するユーザー/ファンからの献花も見られました。
また、世界中の各界著名人の追悼コメントに加え、オバマ大統領の弔意も表明されました。
アメリカのコンピュータ市場というのは、一般的にマックよりもPCが大多数を占めています。企業はもちろん学校でも大多数はPCです。子供の頃からPCでコンピュータに親しんできた人がほとんどで、子供の頃からマックで育ってきた人というのは、よほど裕福な家庭か、一部の限られた職種に限られると言っても過言ではないと思います。
ところが、子供達は高校〜大学と進むにつれて、PCから値段の高いマックへと移っていく人が徐々に増えていきます。それはイメージや見た目の格好良さも大きいと思いますが、実用性・便利性・発展性、そしてパーソナナライズという意味でとても魅力的であるのが大きいようです。
そして、ここで忘れてはならないのは、マックへ移行していくきっかけとなるのがiPod、iTouch、iPhoneという“携帯”ディバイス、そしてそれらのソフトとなるiTunesであると私は感じています。厳密には、iTunesこそがその出発点と言っても良いかもしれません。
なぜならiTunesはマック・ユーザーに限らないからです。
音楽面から言えば、私はこのiTunesにこそジョブスの偉大さがあると思うのです。例えば携帯音楽プレイヤーというのはiPodが最初ではありません。音楽配信をリンクさせた携帯音楽プレイヤーというアイディア自体も、“今は亡き”三洋電機(大変残念なことに、今年完全にパナソニックの子会社となり、一部事業が中国企業に売却されてしまいました)の黒崎正彦氏であったというのも有名な話です。
ですが、ジョブスのすごいところは、それを実行に移したところであり、しかもiTuneに関しては大体数のアーティスト達を権利問題で説き伏せてしまったところであると思います。
もちろんiPodはデザイン的にも画期的です。私自身、最初はオン・オフ・スイッチの無い、このちっぽけなディバイスを手にしたときはどうやって使うのかさっぱりわかりませんでした(笑)。しかし、一度これらのツールを利用できるようになると、音楽に関するライフスタイル自体が変わってしまうのです。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それは見た目に限っても間違いないことです。私自身、なにしろ自宅からCDや従来のオーディオ・プレイヤー、オーディオ・ラックなどが消えてしまい、自分が持っている大量の音楽コレクションと共に街に繰り出せるようになったのですから。
私が最初に手にしたコンピュータは、90年に発売されたマッキントッシュ・クラシックでした。当時数千ドルもしたマックのパソコンが何と1000ドル以下で買えるようになったことは画期的でした。そして、何よりもその愛らしいデザインに一目惚れしてしまいました。思えば、この時点でコンピュータは“機械”ではなくなり、大切な“ツール”、“ディバイス”となっていったのだと感じます。
その後も私は仕事柄もあって、Performa、PowerPC搭載後のPower Mac、PowerBook、iMac、iBook、Mac Bookとマックを使い続け、マック以外のコンピュータに触れたのは、実は数年前からなのです。そんな自分ではありますが、アメリカでよく見かける、“ジョブス崇拝”の“マック信者”の仲間入りをすることは決してありませんでした。正直言って、ジョブスのことはそんなに凄い人だとも思ってなかったのです。
私はマックで凄いのはジョブスではなく、もう一人のスティーヴである、“ウォズ”こと
スティーヴ・ウォズアニックであると感じていました。アメリカ人の中にはジョブスがマックのプロダクツを全て作ったように思っている人もかなりいますが、皆さんもご存じようにジョブスはエンジニアではありませんし、マックの真のエンジニアはウォズであるわけです(もちろん、偉大なのは彼一人ではありませんが)。自分にとってジョブスという人は、彼にとっては長年のライバルとも言うべきビル・ゲイツと同様な金亡者のビジネスマンのように見えましたし、特に一度アップルを去って、ジョージ・ルーカスの映像制作会社の一部門を買収してPixerを設立し、その後ディズニーに買収された(買収させた?)辺りの動きには少々うんざりもしていました。
今風に言うならば、現在ニューヨークのみならず世界中に飛び火しているウォール・スト
リート占拠デモ運動がターゲットにしている、「1%の超富裕層」の中にジョブスはいたわけです。
しかし、「人生は短い。他人の人生を生きるな」、「ハングリーに、クレイジーに」という有名なスタンフォード大学での卒業スピーチや、アップルに復帰してCEOに就任して以降は、年間1ドルの給与しかもらわなかったというエピソード(よってジョブスは世界で最も低給与のCEOと言われています。ちなみに世界で最も低給与の市長は月間1ドルしかもらっていないと言われる現NY市長のブルンバーグだそうです)もあって、ある種のリスペクトもあったことは確かでした。
彼の死後、改めて自分の周りを見渡してみると、いかにジョブスの影響というのは絶大なものであったのかを強く感じます。それはアメリカのテレビ局のインタビューでも言われていたように、クリックやドラッグという動作、ゴミ箱のようなアイコンと“捨てる”といった動作、マウス(これはかなり存在価値が薄れてきてはいますが)、そして最近のタッチパネルなど、私達が最初は戸惑いつつも、今や普通に何気なく使っているたくさんのものが、実はジョブスのアイディアと実行力のお陰とも言えるからです。
特に彼の“実行力”に関しては、ここまでやる人というのは他にはほとんどいないと言えるかもしれません。なにしろ、マックのパソコンを学校に配布するために、法律まで変えてしまった人なのですから。
PC市場が大多数のアメリカ、特にニューヨークにおいて、ここ数年のiPod、iTouch、iPhoneの購買者数はかなり伸びてきていると思います。それは実売数だけでなく、私が日々ニューヨークの地下鉄やバスに乗って周りを見ていて率直に感じることでもありますし、それは特に若い世代において一層顕著です。彼等の多くは、そうしたスモール・ディバイスを通じて、マック・ワールドへと導かれ、マックのコンピュータ・ユーザーへと移っていくことでしょうし、既にマック・コンピュータを所有している人も大勢いるでしょう。逆にディバイスとしてはiPodを使っていなくて、iTunesは確実に使用しているわけです。発売当初より今も頻繁に続いている、街中でのiPodやiPhoneのひったくりや恐喝・強盗事件は、全く容認できない負の局面ながら、いかにこれらのディバイスの価値が高いかを表しているとも言えます。
最後に、ジョブスのことを思って一つ感じることがあります。それは“無駄を省く”という発想です。前述のように、オン・オフ・スイッチやキー・パッドの撤廃といった驚くべき大胆なカットというのも、ジョブスのアイディアと実行力の凄さではないでしょうか。そう言えば以前、ノートブック・コンピュータからフロッピーやCDディスクのスロットルが無くなったときもかなり戸惑ったものです。ですが、一旦それに慣れてしまうと「これでいいのだ」と感じ、納得してしまうのです。
これはいろんなことに適用・応用できることであると思います(間違ってもそれは、短絡的な人員削減や経費削減ということではありません!爆)。特に今の世界的な経済的苦境や天災、自然環境破壊といったネガティヴな状況に対して、大きな知恵を与えてくれるものと言えるのではないでしょうか。
やはり、ジョブスは本当に多くのことを私達に残してくれました。改めて追悼と共に大きな感謝の意を彼に表したいと思います。