【I Love NY】月刊紐育音楽通信 February 2014

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

 今シーズンのニューヨークの冬は本当に寒いです…。もう既に摂氏でマイナス10度以下の日が何度もありますし、雪もここ数年の中では多い方だと言えます。
 思えば90年代半ばくらいまでは、もっと雪も降りましたし、ブリザード(猛吹雪)の日もあったり、一面真っ白な、いわゆるホワイト・アウト状態になる日もあったのですが、特にここ数年は暖冬状態が続いたりして、ニューヨークの冬も大分穏やかになったなァ、という思いも抱いていたのですが、それはちょっと甘かったようです。


 アメリカの気温表示は華氏ですから、摂氏で言うところの“マイナス(氷点下)”という意識や感覚はほとんどありません。私はそれでも日本生まれですから、摂氏0度である華氏32度よりも下回ると、「ああ、マイナス(氷点下)かァ〜」という気持ちにもなりますが、これだけ寒いと、摂氏でマイナスになっても驚きもしないどころか、何も感じなくなってしまいます。ニューヨークでは一般的に、華氏で一桁(シングル・デジット)になると、「これは寒いぞ!」という感覚になると言えます。つまり摂氏ではマイナス12度から17度くらいの感じですね。
 さらに、寒さは気温だけではありません。ニューヨークは西海岸ほどは乾燥していませんが、それでも日本に比べればかなり乾燥していますし、気流の関係や、川に挟まれて風が吹き抜けること、さらに高層ビルが多い故にビル風が巻き起こることなどもあって、“体感温度”は気温よりもさらに5〜10度くらい下がる感じになります。私はよく「痛寒い(いたざむい)」と表現するのですが、本当に顔などは“痛い”です。私は冬はウシャンカと呼ばれる、耳当ての付いたロシア帽を愛用しているのですが(素材はアクリルの人口毛で、“毛皮”ではありません!)、さらにマフラーで顔を巻き付けないと、頬や口の周りが痛くてたまりません。ハドソン川も場所によっては凍っていますし、ここまで寒くなってくると、もう一つの冬場の愛用品、ユニクロの「ヒートテック」だけでは追いつかない感じです。

トピック:“フレンチ・サイボーグ”、ダフト・パンクはアメリカ音楽シーンの新たな救
世主となるか?

 厳冬のニューヨークですが、スポーツ好きの人達はこの寒さにも負けていません。冬場はフットボールとバスケットとアイスホッケーのシーズンですから、ある意味では野球しかない夏場よりもスポーツは盛り上がるのです。バスケットとアイスホッケーは基本的に屋内ですが、先日はヤンキー・スタジアム(もちろん野外!)で、ニューヨーク/ニュージャージーのプロ・アイスホッケー(NHL)3チームが集まってのスペシャル・ゲームというのもありました。
 しかし、一般的に多くのスポーツ・ファンにとって冬場の最大の関心事はフットボールです。しかも今年は1967年から始まったスーパーボウルが初めてニューヨーク/ニュージャージー・エリアで開催されるとあって、フットボール・ファンを中心としたニューヨークの盛り上がりは半端ではありません。

 音楽界も、今回のスーパー・ボウルには敏感に反応(便乗?)していて、スーパーボウルに向けて各所で様々なアーティストが集まって、大小様々な規模の“スーパーボウル・コンサート”を繰り広げています。当然、メジャー系コンサートのほとんどは企業の冠コンサートになっていますが、中でもVH1(ジャネリ・モネイ、フォール・アウト・ボーイズ、TLCなど)やタイム・ワーナー・ケーブル(キングス・オブ・レオン、ドレイク、ディディなど)、ESPN(ケンドリック・ラマー、ロビン・シック、ジャーメイン・デュプリなど)、ダイレクトTV(パラモアなど)、FM局のWFAN(レッド・ホット・チリ・ペッパーズなど)といった放送メディア系は、かなり今回のコンサート展開に力を入れており、更にシティバンク(ジョン・レジェンド、ザ・ブラック・キーズ、バンド・オブ・ホーセズなど)やバドワイザー(ザ・ルーツ、イマジン・ドラゴンズ、フー・ファイターズなど)なども注目のコンサートを開催しています。

 今年のスーパーボウルは2月1日日曜日ですが、特に年が明けてからのニューヨークは、どこもかしこもスーパーボウル熱(というか、スーパーボウル“便乗熱”?)で盛り上がっている感じです。
 このスーパーボウルと共に、最近のニューヨークでもう一つの熱気と話題を生み出しているのが、ご存じ地元が生んだアメリカ最大のポップ・シンガーの一人、“ピアノマン”ことビリー・ジョエルのマジソン・スクエア・ガーデン(MSG)9回公演です。しかも、今回は連続公演ではなく、1月27日を最初に9月までの月一公演という、何とも気の長いシリーズです。「ビリーはもう月に一度のステージしか声も体も保たないのだろう」などという悪口も聞かれますが、これを最後に引退するという説(アメリカ人の“引退宣言”は全く信用できませんが…)もある一方で、当初は3回公演だったのが、増え続けて結局9回になったことから、ビリーは死ぬまで(または完全に引退するまで)MSGをホームにした月一公演を定期化させるのでは?などという冗談のような話も出ています(ちなみに、ビリーは2006年にMSGで12回公演のシリーズを行っています)。 
いずれにせよ、ビリー人気は全く衰えることなく、老若男女が「一生に一度は観ておかねば」という感じでチケットは全公演あっと言う間にソールドアウトとなっています。
 実はビリーの今回のMSG公演は、昨年の大晦日、ブルックリンのバークレイズ・センターでの年越しコンサートから繋がっている形にもなっており、まだ1月なのに、既に2014年のニューヨーク音楽界最大のイベントとも言われています。実際に、ニューヨークにある6つの巨大スタジアム(ヤンキー・スタジアム、シェイ・スタジアム(現シティ・フィールド)、MSG、ナッソ−・コロシアム、バークレイズ・センター)全部でコンサートを行ったミュージシャンは、ビリー・ジョエルしかいないのです。このことからも、彼がいかにニューヨーカーに愛され、ニューヨークを代表する看板アーティストであるのかがわかっていただけるかと思います。

 そんなわけで、スーパーボウルとビリー・ジョエルの話題で、関心としては今一つであった今年のグラミー賞でしたが、1月26日の授賞式の評価・評判はなかなかと言えるようです。グラミー賞の授賞式は、過去にニューヨークでも9回行われていますし、MSGでも3回(ラジオ・シティ・ミュージック・ホールでは5回)行われていますが、2003年を最後にニューヨークでの開催はなく、その前後に14回も続いているLAのステイプルズ・センターがすっかり開催場所となっている感があります。
 受賞の内容は、既に多くの皆さんも観ておられると思うので、ここでは改めて紹介しませんが、音楽ファンの盛り上がりと業界関係者の評価は、ここ数年の中ではかなり上位にランクされるほどの高さであったと言っても間違いはないようです。

 私自身の関心に関してもそうですが、今やグラミー賞は、賞そのものの行方よりも、表彰の合間に行われるスペシャル・パフォーマンスの方が目玉になっていると言えますし、フェスティバル的な色合いが益々強くなっているとも言えます。
 特に最近は、思わぬ組み合わせや新旧の組み合わせによるパフォーマンスが大きな魅力と話題にもなっています。今年の場合は、やはりポール・マッカートニーとリング・スターの共演が大きな話題を呼びました。今回、ビートルズのメンバーとして特別功労生涯功績賞を受賞した二人ですが、共演に関しては授賞式の前から二人とも否定しており、“共演は無し”と言われていました。それが賞のプレゼンターでもあるジュリア・ロバーツの粋な紹介(「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・オブ・“ヒズ”・フレンド」)によって、(ビートルズの曲を演奏することはなかったものの)二人の共演が久々に実現したことには中高年のファン達は大喜びでしたし、大きなサプライズとなりました。
 
 パフォーマンスに関しては、その他にもジェイZとビヨンセのオープニング・パフォーマンスや、フィル・ラモーンを追悼するシカゴとロビン・シックの共演、前回以上に圧倒的だったピンクの宙づりパフォーマンス、今年1月から(プレビューは昨年11月から)ブロードウェイで自伝ミュージカルが始まって話題のキャロル・キングとサラ・バレリスの共演といった話題のステージが目白押しでしたが、今回はやはり何と言っても最優秀新人賞を受賞したマックルモアーとライアン・ルイスのコンビが、グラミーで初めてゲイの自由やジェンダーの壁を越えた愛を讃える大パフォーマンスを繰り広げたのが圧巻でした。トロンボーン・ショーティ達のイキの良いホーン・セクションも加わり、しかも冒頭のMCはクイーン・ラティファ、曲の途中からはマドンナが登場して歌うという豪華版でしたが、更に驚かされたのは、マドンナが登場した後、曲の最後で32組のカップル(異性カップルと同性カップル)の結婚式(というか指輪交換)まで組み入れてしまったのですから、これは実に画期的なアピールともなりました。

 しかし、こと今回のグラミー賞に関しては、そうしたパフォーマンスに劣らないくらい、受賞者と受賞自体も強い印象を残したと言えます。先月もちょっと紹介した、音楽ストリーミング配信の申し子とも言えるロードの最優秀楽曲賞、そして前述のマクルモアーとライアン・ルイスの最優秀新人賞、さらにトドメはダフト・パンクの最優秀レコード賞と最優秀アルバム賞でした。
 ダフト・パンクは受賞の前にパフォーマンスも行い、今回最優秀レコード賞を受賞した「ゲット・ラッキー」で共演したファレルとシック(正確には「シーク」と発音します)のナイル・ロジャースがパフォーマンスをリード。プロモ・ビデオではダフト・パンクの二人がベースとドラムをプレイしていましたが、今回のパフォーマンスではオリジナル・トラックを演奏していたネイサン・イーストとオマー・ハキムという“本物”がプレイ、さらには何とスティーヴィー・ワンダーまでが登場・共演を果たし、70年代から現在までの時間軸が見事に結合していました(実際の演奏も「ゲット・ラッキー」からシックの「おしゃれフリーク」へ、そしてスティーヴィーの「アナザー・スター」へと時代を遡るメドレーとなりました)。

 そんな彼等の受賞シーンでは、最優秀アルバム賞を受賞した『ランダム・アクセス・メモリーズ』に一曲のみ参加したポール・ウィリアムスも登場。これには私も驚きました。最近のダフト・パンクと言えば、やはり何と言っても前述のパフォーマンスでも披露された「ゲット・ラッキー」が代表曲ですし、ダフト・パンク=「ゲット・ラッキー」という認識のファンが圧倒的であると言えますが、『ランダム・アクセス・メモリーズ』に収録された楽曲の中でもポール・ウィリアムスが参加した「タッチ」は、隠れグラミー賞とでも言うべき傑作であると思いますし(プロモ・ビデオもなかなかの傑作です)、その曲も含めてグラミー賞(最優秀アルバム賞)という極めて影響力の大きな評価を得たことには、グラミーもまだまだ捨てたものではない、という印象を強くしました。

 それにしても、授賞式に登場してトロフィーを受け取り、スピーチをした“小さなおじいさん”が誰だかわからない若い人達は非常に多かったようです。それは仕方のないことでしょう。私にとってポール・ウィリアムスは、最もお気に入りのポップス・コンポーザーの一人ですし、私のような古い世代の人間にとっては、ポール・ウィリアムスといえば、カーペンターズ(「雨の日と月曜日は」、「愛のプレリュード」)やバーバラ・ストライザンド(「エバーグリーン」)などの名曲を生み出したヒットメーカーであり、セサミ・ストリートに登場する蛙のカーミットの曲「レインボー・コネクション」(アカデミー賞にもノミネート)の作者である他、「オペラ座の怪人」と「ファウスト」がまぜこぜになったようなカルトなロック・オペラ映画「ファントム・オブ・パラダイス」(ブライアン・デ・パルマ監督)の“怪演”でも知られる、超個性派シンガー・ソング・ライターとして、忘れられない存在であると言えます。

 2010年からは、何とASCAP(アメリカ作曲・作詞・出版協会)の会長職に就いているポール・ウィリアムスでもありますが、既に70歳を超える彼が、ダフト・パンクとコラボするというのは、かなり驚きの“事件”であったと言えます。よって、この二者のコラボは様々なメディアでも紹介されるなど、特に最近の音楽業界においては大変話題性の高いネタの一つにもなっていました。
 例えば、これはジャーナリスト達を中心としたアメリカの音楽メディアで何度か取り上げられていましたが、ダフト・パンクの二人が被るヘルメットは、前述の「ファントム・オブ・パラダイス」の主人公ウィンスローが被るマスクと、どことなく通じる点があるという意見や分析があります。顔も声も失って復讐に燃えるウィンスローと、人間になることのできないサイボーグという“設定”のダフト・パンクとには、どこか共通する“悲哀”のようなものが溢れているというわけです(前述のダフト・パンクとポール・ウィリアムスの「タッチ」のプロモは正に“悲哀”に満ちた作品と言えます)。そもそも“悲哀”というのは、シンガー・ソングライター、ポール・ウィリアムスの歌や作品における大きな特色の一つでもありますし、その部分に共鳴するダフト・パンク、または両者の類似点というのは、なかなか興味深い側面でもあると思います。
 それにしても、70年代の大ヒット・メーカーと、現代のダンス&テクノ・ポップの覇者が結びつき、それも含めた作品が今年のグラミーを制したというのは、実に画期的であり、音楽の持つ可能性の豊かさ・多様さをも示唆しているように感じられます。
さらに、今年のグラミー賞が、多くの音楽ファンや音楽業界関係者達によって極めてポジティヴに捉えられていることは、アメリカの音楽シーンにとっても非常に明るい材料であり、今年のミュージック・シーンの動向にも益々目が離せなくなっていくであろうと思われます。

第56回となる今年の授賞式は、現地時間1月26日にロサンゼルスのステイプルズ・センターで行われ、昨年に引き続きLLクールJが司会を担当。注目される主要4部門では最優秀新人賞にマックルモア&ライアン・ルイスが受賞、最優秀楽曲賞はロード「ロイヤルズ」が受賞した。また、ダフト・パンクが「ゲット・ラッキー feat. ファレル」で最優秀レコード賞を、『ランダム・アクセス・メモリーズ』で最優秀アルバム賞を受賞し、主要2部門を制覇。どのタイトルも全米ビルボードチャートを賑わせたものとなった。

 その他、注目すべき受賞として、最優秀ポップ・デュオ/グループパフォーマンスは「Get Lucky」 ダフト・パンク feat. ファレルが受賞。最優秀ロック・ソングはニルヴァーナとポールによる最強のロック・コラボと大絶賛されたポール・マッカートニー、デイヴ・グロール、クリス・ノヴォセリック、パット・スメアによる『カット・ミー・サム・スラック』が受賞となった。最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞はロードが受賞。最優秀ラップ・コラボレーションは「Holy Grail」 ジェイ・Z feat. ジャスティン・ティンバーレイクが受賞している。

 また、賞の行方と同じく毎回注目されるのが、豪華アーティストが出演するスペシャル・パフォーマンス。ビヨンセとジェイ・Zの2人が「ドランク・イン・ラヴ」でオープニングを飾り、昨年からビルボードチャートを席巻しているロードは「ロイヤルズ」を披露。ケイティ・ペリーは「ダーク・ホース」をまさにダークなステージ演出で魅せた。そして、昨年亡くなったフィル・ラモーンの追悼企画ではロビン・シックがシカゴと共にステージに。「サタデイ・イン・ザ・パーク」や「ブラード・ラインズ」をプレイした。テイラー・スウィフトは「オール・トゥー・ウェル」で聴衆を魅了。

 ピンクは圧巻の宙づりパフォーマンスの後に、FUN.のネイト・ルイスとの大ヒットコラボ曲、「ジャスト・ギヴ・ミー・ア・リーズン」を披露。イマジン・ドラゴンズとケンドリック・ラマーによる異色のコラボパフォーマンスでは両者の楽曲を織り交ぜた内容で、ラストはエモーショナルに和太鼓を叩きまくった。ダフト・パンク、ファレル・ウィリアムズ、スティーヴィー・ワンダー、ナイル・ロジャースという超豪華メンツで披露されたのは「ゲット・ラッキー」から「アナザー・スター」のスペシャルメドレー。続いて、キャロル・キングがサラ・バレリスとをデュエット。最優秀新人賞を受賞したマックルモア&ライアン・ルイスはマドンナと共演。ホーン隊に加え、聖歌隊まで参加するゴージャスなステージは中盤、30組を超えるのカップルの結婚式を挟み込み、会場はハッピーな空気で満たされた。そして、ナインインチネイルズ、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ、そしてデイヴ・グロールにリンジー・バッキンガムというこれまた豪華なロック・ステージも。

 生きるビートルズのメンバーが同じ日にグラミー会場に集まるとあって注目された今回。初登場となったリンゴ・スターはブラック・サバスをプレゼンターに登場し、「想い出のフォトグラフ」をにこやかに歌い上げた。ポール・マッカートニーのステージではもちろんスペシャル・ゲストとしてリンゴがドラムで参加し「クイニー・アイ」をプレイ。残念ながらビートルズ・ナンバーの披露はなかったが、久しぶりの共演に往年のロック・ファンたちを喜ばせた。

 さて、2014年はどんな年になるでしょうか。先日、昨年(2013年)のニューヨークの観光客数が発表されましたが、史上最高を記録した2012年を更に上回る5430万人。日本人観光客の数も2012年はテロ以降としては最高の32万8千人を記録し、2013年はそれを更に上回ったと言われています。しかし、みんなの目がそれほどアメリカに向いているのかと言えば、決してそうではないと思いますし、アメリカ自体の景気も良くなっているのかと言えば、これも景気が良いのは富裕層や金融業、一流企業のみで、中流以下の一般大多数のレベルで言えば、生活は依然厳しい(と言うよりも益々厳しい)という状況だと思います。
 そうした中で、2014年のポジティヴな話は、新市長と新市政の誕生です。長らく続いた共和党市政から、久々に民主党市政に戻りますし(実際には前任のブルームバーグは当選後無所属に切り替えましたが)、街はいろいろな意味で変わっていくはずです。
 一般的に、自治体でも国政レベルでも、民主党が政権を取ると自由でオープンになる反面、治安は悪化し、戦争が始まる(仕掛ける)と言われています。また、自由でオープンなイメージはあるものの、民主党というのは基本的にブルー・カラーが基盤ですから、国内の労働者優先またはより一層の自国民中心主義となり、これまでは移民や外国にとっては厳しい締め付けを行うことも多かったと言えます。
 しかし、今や白人対非白人(中でもヒスパニック系が急増)の比率がほぼ同数に迫るアメリカですし、ましてや人種・宗教のサラダボウルであるニューヨークです。新市長のデブラシオは、元左翼活動家という根っからのリベラル派。しかも奥さんは元同性愛者だった黒人、娘は元アルコール&ドラッグ依存症ということで、全米の大多数を占める保守派とは真っ向から対立する(というか受け入れられない)ユニークな存在と言えます。でも、これがニューヨークなのだと私は思いますし、いつの時代も、ニューヨークの新しい感覚・価値観や先鋭的な部分が、他の街・他の州、そして国政にカンフル剤的効果を与えているのだと思います。
 とにかく2014年のニューヨークは、久々に楽しみです!

トピック:2014年の音楽業界は大変動の年となるのか?

 さてさて、本題のトピックはニューヨーク市政よりも一層衝撃的で扇動的(?)です。題して「アップルの終焉と、デジタル音楽配信業界の混迷」です。

 まず先月のニュースレターでお話したアップルの衰退は日に日に進んでいます。あれほど“猫も杓子も”状態であったiPhoneは、Android搭載のGalaxyやNexusなどといったスマホの前に、完全に守勢(と言うかピンチ)に立たされています。実際に私の身の回りの若者達を見ても、ほぼ完全にAndroid派で、もうiPhoneには見向きもしません。
 iPodは既に時代から取り残され(私はまだ使っていますが)、あれほど大騒ぎとなり、ビジネスでの普及も躍進的だったiPadも、今や、当初から指摘されていた“中途半端さ”を見事に付かれ、最近地下鉄の全面広告などで話題のMicrosoftのSurfaceなどに追い詰められて苦境に立たされ始めています。
 かつてはアップルの屋台骨を支えたデスクトップやラップトップは、マイナー・チェンジばかりでろくな新作も発表されず、若者世代を中心とした新規顧客層には全くと言って良いほどアピールできず、マーケットの奪回は、ほぼ絶望的な状態です。
 音楽系・アート系は圧倒的にマック(アップル)と言われた時代も終わりました。ソフトウェアは次々とマック/ウィンドウズのコンパチ開発を進めてきましたが、最近は、若者を中心とした自宅音楽制作派は値段も安いウィンドウズ・ユーザーが圧倒的に増えていますし、音楽スタジオなどでもウィンドウズ利用率は高まっています。

 やはり、スティーヴ・ジョブスの死は、アップルに壊滅的な打撃を与えたと言っても過言ではないでしょう。彼の存在はそれほど大きく、偉大であったと思います。
 ただし、アップルにはジョブスの時代を作った天才的頭脳、そして、逆にジョブスの時代には日の目を見なかった天才的頭脳がまだまだたくさんいる、とも言われています。アップルは死んでも(まだ死んでませんが)、アップル(iOS)が携帯機器のユーザー・インターフェイスとして普及させたタッチ・パネル(スクリーン)方式は、今や世界のスタンダードとなっていますし(元々はIBMが初めて開発し、日本国内ではパイオニアがアップルに先駆けて開発)、iPhone 4Sから登場した言語音声処理機能Siri(シリ)は、次代を担うインターフェイスであることは間違いありません(実際には、Siriは2010年にアップルに買収されたベンチャー企業であり、アップル買収前はAndroidやBlackberryに搭載される可能性もあったそうです)。
 つまり、アップルの革命的な功績を否定することはできませんし、そした功績を生み出した(また、生み出せる)天才的頭脳達による開発の余地はまだまだたくさん残っているというわけです。

 例えば、タッチパネルと言語音声処理の開発と普及が進むコンピュータ業界における、次の“革命”は、キーボードのいらないディスプレイ(スクリーン)のみのコンピュータであるとも言われています。これは昔、SF映画やテレビ番組などにもよく出てきましたが、手(タッチ)と言語音声で操作するコンピュータで、アップルがこれを実現・普及すれば、再びアップル王国の時代はやってくるでしょうし、それがアップルとなるかは別としても、実際にその新テクノロジーが一般市場に普及する日は近いとも言われているようです。
 
 まあ、そうした開発に関しては、我々はただ黙って待っているしかありませんが、黙って待っていられないのが音楽業界の動向です。
 これも先月のニュースレターでお話ししましたが、起死回生を狙ったGoogle Play Musicの大広告作戦は、早くも失敗に終わったという声が多く聞かれています。しかしこれは、Googleの広告戦略そのものに欠点があったというのではなく、デジタル音楽配信ビジネス自体が混迷している、という認識・見解から起こっているものと言えます。

 昨年(2013年)2月末のことですが、国際レコード産業連盟が、2012年の世界の音楽売
り上げが、1999年以来初めて前年比を上回ったと発表しました。別の言い方をすれば、音楽売り上げは1999年まで上がり続け、1999年をピークとして、それ以降は13年間も下降の一途を辿っていたわけです。そうした衰退にストップが掛かったのが2012年というわけですが、問題なのは以下の発言です。「デジタルが音楽を救っている。これが世界的な成長の始まりになると期待している」これは当時のソニー・ミュージック・エンターテインメントのお偉いさんのコメントですが、果たしてそうなのでしょうか?

 業界の幹部としては、業界を活性化し、喚起を促すためにもポジティヴな発言をしないわけにはいかなかったという事情もあるでしょうが、実際にはデジタル音楽配信は、ダウンロード配信の“売り上げ”が伸び悩んで冷え込む一方でした。
 売り上げに“”を付けましたが、ここにデジタル音楽ダウンロード配信の問題があると思います。つまり、デジタル音楽ダウンロード配信“数”は増え続けていっても、デジタル音楽ダウンロード配信“売り上げ”が飛躍的には上がらないのです。一つには、音楽業界はレコード・CDの普及で巨大産業に成長しましたが、過去の栄光と比較したり、また成長を維持・発展させていくためには、“飛躍的”な上昇がなくてはならず、目標値が高すぎるということもありますが、それを別にしても、デジタル音楽ダウンロード配信は、LPやCDに比べて単価が安すぎるのが決定的な要因・問題となっています。 

 そうした中、昨年12月初めのこと、デジタル音楽配信サービス会社のスポティファイが、レッド・ゼッペリンの楽曲配信と、携帯電話などのモバイル・ディヴァイスからの無料アクセスを開始すると発表し、業界はにわかに沸き上がりました。
 ご存じのように、このスポティファイはダウンロード配信ではなく、ストリーミング配信を行うスウェーデン(現在はイギリスが本拠地)の配信サービス会社で、2006年に設立して2008年からサービスを開始し、2010年にはアメリカに上陸して、現在では世界55カ国で約2400万人以上のユーザー(これはスポティファイの公式発表ではなく、あくまでも推測)を抱えるまでに急成長し、同業種としては最大手と言われています。

 確かにスポティファイは、ここ最近の音楽業界では“台風の目”と言われ、4大大手レコード会社のワーナー、ソニー、ユニヴァーサル、EMIと次々に契約し、その後も主要なレコード会社を押さえて、ストリーミング配信ビジネスの寵児、または音楽業界の救世主のようにも取り上げられていました。
 そして、またここに再登場するのが、先程のソニー・ミュージック・エンターテインメントのお偉いさんのコメントです。「音楽ファンの購入方法は変化している。実際のLPやCDを買うのではなく、さらにはダウンロードで購入するのでもなく、音楽ファンはオン・ディマンドのストリーミング配信で音楽を購入するようになっているのだ」これも果たして本当なのでしょうか?

 しかし、このスポティファイはアーティストには受けが悪いのでも有名です。アンチ・スポティファイの急先鋒はご存じメタリカ。メタリカはナップスターとの論争・裁判でも有名ですが、特にデジタル音楽配信に関しては以前から批判的で、今や音楽業界(特にデジタル音楽業界)の“ご意見番”という感じでもあります。
 メタリカの主張は非常にわかりやすく、納得もできます。つまり、スポティファイの月額定額支払い($4.99と$9.99の2段階)によるストリーム配信サービスは、アーティストの収入減につながる、というわけです。メタリカのジェイムズ・ヘットフィールドは、スポティファイに楽曲を提供してから、アルバムの売上が35パーセント落ちた、と発言していますが、メタリカのような有名なマンモス・バンド&アーティスト達は、LP〜CD次代からダウンロード配信次代に掛けても既に莫大な収入を得ていますが、もっと深刻なのは中小やインディーズのレーベルや、デジタル音楽配信時代に登場した新人アーティスト達です。特にツアーとCDの天売が今も基本であるアメリカの新人/中堅/ローカル・バンド&アーティスト達にとっては、スポティファイのサービスは死活問題になりかねないわけです。

 実はレッド・ゼッペリンも当初はスポティファイに対して批判的で、楽曲提供を拒否していました。しかし、昨年12月に一転し、スポティファイもゼップの楽曲提供を前面に打ちだして販促展開をし始めたのですから、業界は驚きました。まあ、これも既に莫大な儲けを上げて引退し、“過去のバンド”であるゼップですから、これまでの対立も単に契約料を上げるための出来レースだろう、という批判・中傷もかなり聞かれていましたところ、スポティファイの発表から1週間くらい経って、NYタイムス紙に超タイムリーな記事が載りました。

 投稿したのはNYタイムス紙の音楽・文化欄の記者であるベン・シザリオです。彼は、ローリング・ストーン誌やスピン誌、また地元NYのヴィレッジ・ヴォイスなどにも投稿している非常に鋭い視点を持った信頼できるライター/ジャーナリストと言えます。

 彼はまず、スポティファイのユーザー数に疑問を投げかけました。年間45億時間(すごいのかどうか、よくわかりませんね…)というストリーミング時間と、1億円のロイヤリティ印税支払い(これも算定基礎が無いのでよくわかりません…)という数字以外、スポティファイは特にみんなが知りたがっているユーザー数と売り上げ数に関しては伏せたままである、というわけです。
 それでは以下に、彼の記事の要点を箇条書きにして紹介してみましょう。

*スポティファイやパンドラ、アップルの新しいiTunesラジオなどのようなサービスは、窮地に立ち続ける音楽ビジネスにおける最も新しい“希望”となっている。特に、ダウンロード配信の落ち込み後、曲を聴く(購入する)ごとに著作権が発生するCDやダウンロード配信とは異なり、聴くという行為にチャージをするストリーミング配信は、業界の新たな財務モデルとなるポテンシャルがあるだろう。

*ニュージーランドのシンガー・ソングライターであるロードや、アメリカのオルタナ系ロック・バンドであるイマジン・ドラゴンズ、ハーレム・シェイクの仕掛け人バウアーなど、ストリーミング配信によって曲がヒットした若いアーティストもいて、ストリーミング配信が人気流行や次代の推進力のプラットフォームにもなってきている。

*しかし、ストリーミング配信会社は、音楽ファンが無料で音楽を消費するのが圧倒的となっている現状において、月額有料購入で収入を得るのが非常に困難なのは明らかである。

*パンドラは数字を公表している唯一の会社だが、彼等は月に15億時間配信し、7000万人のユーザーがいると発表しているが、有料ユーザーは、その内僅か300万人であり、会社はいまだに黒字になっていない。ちなみに、スポティファイの約2400万人以上と言われるユーザーの中で、有料ユーザーは600万人ほどであると言われている。

*ニールセンの発表によれば、若いリスナー達の間では現在、YouTube(無料視聴)が最も人気の高い視聴プラットフォームである。

*2014年1月には、ヘッドフォンが大人気のBeats by Dr. Dre(3ヶ月前の本ニュースレターでも紹介)がBeat Musicというストリーミングの定期購入サービルを開始する。これは無料配信ではないため、消費者が有料の定期購入サービスにお金を支払うのかという点が注目される。Beat Musicのサービスは、むしろ無料配信によるロイヤリティ印税が低すぎることに不満を述べるアーティストには歓迎されるかもしれない。ちなみに、有料配信によるロイヤリティ印税率は、より一層の上昇傾向にある。

*ストリーミング市場は現在、Rdio、ラプソディ、Googleのオール・アクセス、MicrosoftのXbox Music、ソニーのミュージック・アンリミテッドなどがあるが、Beat Musicと共に、YouTubeやフランスのDeezerなども参入予定とのこと。

*スポティファイの戦略は、まず広告サポート付きの無料配信で消費者を引きつけておいて、徐々に広告無しでサウンドのクオリティも高い有料配信に切り替えさせるというもの。また、スポティファイのユーザー対象は、自宅やオフィスなどでのデスクトップよりも、携帯電話&タブレットの使用時間の長い消費者であり、実際にスポティファイの新ユーザーの半数は携帯ディヴァイスから登録・購入していると言う。

*ストリーミング・マーケットはまだ若い分、多くのポテンシャルを持っている、というのがストリーミング業界における支配的な意見となっている。
アメリカ・レコード業協会の発表によれば、2012年のアメリカにおけるストリーミング・サービスと衛星ラジオ・サービスは、レコード業界全体の売り上げに10億ドル以上貢献しているとされ、前年比で59%増であるとのこと。これは、56億ドルというダウンロード配信やCDの売り上げに比べると小さいが、2014年には更なる成長が期待される、と言う。

*2010年からストリーミング配信を開始したRdioのCEアンソニー・ベイによれば、デジタル・ダウンロードがCDと同格のメインストリームになるまでは何年もかかった。よって、時が経てばストリーミング配信の定期購入も第三のオプションとして広く普及されるだろう、とのこと。しかし、Rdioは自社の定期購入者数を公表していない。

*ほとんどのストリーミング配信会社は業績を発表していないが、音楽業界の重役幹部やアナリスト達は、アメリカにおける有料ストリーミング配信サービスの定期購入者のトータル数は、500万人以上くらいだろうと見積もっている。これは、動画ストリーミング配信サービスのNetflixの定期購入者が3100万人、サテライト・ラジオのSirius XM Radioの定期購入者が2500万人であることに比べるとまだまだ低い。

*何人かのアナリスト達は、ストリーミング配信会社が録音された音楽のみで有料購入する消費者を引きつけられると思っていることには懐疑的で、それがこの10年の音楽売り上げの減少と、オンライン上の膨大な無料音楽を生み出すことにつながった、と指摘している。また、もはや広告売り上げのみによるストリーング配信会社が生き残ることは難しい、とも言っている。
それよりも、“サブサイド・モデル”として、音楽配信の売り上げがもっと利幅の大きい別のビジネスをサポートすることによって成功の可能性があるのではないか、とも指摘する。例えば、アップルにおいては、利幅の小さな音楽配信の売り上げが、iPodやiPhoneやコンピュータなどの売り上げを誘発させている(させていた)。

*Forrester Researchのアナリスト、ジェイムズ・L・マクイーヴェイが言うには、音楽はジョギングや仕事日(つまり通勤)やキッチンの付け合わせであり、金を払わなくても済むのなら、金を払いたいと思うようなものではない、とのこと。

 いかがでしょうか?いろいろな見方や意見があり、行方を占うことはなかなか難しいですが、2014年の音楽ストリーミング配信ビジネスが益々複雑化・混迷化することは必至であると言えます。
 私もここで予言などするつもりはありませんし、しても意味がありませんが、少なくとも私達音楽業界に携わる人間は、一番下(ジェイムズ・L・マクイーヴェイ)の考えがこれ以上蔓延することのないように努力する必要があると思います。
 とは言え、次代の流れは既にその方向に流れているのは間違いありません。よって、最後から二番目のアイディアなどは、非常に建設的で、かつ可能性・実現性も高いようにも思います。

 私が知る、あるレコード業界の重役も、何年も前から「音楽にお金を支払わない時代が来る」と明言していました。良くも悪くも、ナップスターやYouTubeなどといった無料サービスが、音楽に対する金銭的価値観を破壊してしまったことは確かですし、それを元に戻すのは不可能です。
 アーティストにとっては益々厳しい時代が到来するでしょうし、業界にとっても先行きは決して楽観的ではありませんが、それだからこそ、オープンで柔軟な考え、異なる視点や機転といったものが、この先の混迷期を切り開くカギとなるように思います。
 ということを自分に言い聞かせて、今年一年も邁進していきたいと思います。
皆さん、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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