【I Love NY】月刊紐育音楽通信 April

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

  前々回のニュースレターで、1月末久しぶりに帰国した際に、東京の交通システム&手段の変わりように驚いたことを書きましたが、実はそれ以上に驚いたのがベジタリアン/ヴィーガン・レストランが増えたということです。
  
  これまで日本に帰国するのは、実は食事の面で憂鬱だったのですが、今回の帰国でベジタリアン/ヴィーガン・フレンドリーの度合いが前回の2009年の時よりも格段に上がっていることに驚きました!あんなに旨みやコクや肉食を追求しているように思えたのに、この変わり様は一体何なんでしょう(笑)。例えば自分のライブで立ち寄った高円寺でも、入り時間の前に昼を食べようと思ってチェックしたらヴィーガン・カフェが3件くらいあるのです!これはもうニューヨークの上を行ってますね!
  
  ただし、私の場合はヴィーガンであるだけではなく、いわゆる五葷(ごくん)を取らないというオリエンタル・ヴィーガン(というか厳格な仏僧・仏教徒やヨガ・マスターなどと同じですね)なので、これをクリアできるヴィーガン・カフェは結構少なく、メニューも一つあればラッキーという感じでしたが、幸いどこのカフェも小さくて家庭料理のような感じで、どこも快くニンニクやネギ系抜きで作ってくださり感激しました。
  
  アメリカも今、ファースト・フード系が次々とヴィーガン対応を進めていますし、レストランに入っても、ほとんどがベジタリアン/ヴィーガン・メニューに対応しているので大変助かります。

  私はヴィーガンという立場から、食品や生活用品のための殺生は最低限にというスタンスで生活しており、帽子や胸には常にそうしたスローガンのピン・バッジを付けているのですが、最近益々街中で声を掛けられることが多くなってきて励まされています。


  先日もドラッグ・ストアのレジで並んでいたら、レジのおばちゃんが「No Fur(毛皮反対)」と書かれた私の胸のバッジを指差して「Yes!あんたは正しいよ!」と言って賛同してくれたり、地下鉄に乗っていたら隣りに立っているお姉ちゃんが私の顔をジロジロと見ているので何かな?と思って笑顔を返すと、「Meet Is Murder(食肉は殺生)」と書かれた帽子のバッジを指差して「それ完璧に正しいと思う。私もヴィーガンなのよ」と賛同して、彼女自身のヴィーガン・ライフのことなどを話してくれました。また、ストリートを歩いていても、時々若い女の子達がすれ違う時に「Yeah! I loveit!」と叫んでVサイン(VeganのVサイン)をくれて元気をもらっています。
  
  こんな気さくさも私の大好きなニューヨークの一面でもあります。

トピック:ジェイ・Zの野望とストリーミングの今後

  “ストリーミングを制する者は、この先の音楽界を制する”、などとまことしやかに叫ばれる今日この頃ですが、その真偽の程は未だ定かではありませんし、相変わらず賛否両論あるところです。
  
   ストリーミング・サービスは今も混沌とした競合状況の中にありますし、レコードやCDといった音楽ハード・メディア産業のようなプラットフォームやビジネス・モデルが確立されているとは言えない状態ですし、そのため、今もストリーミング・サービス会社(サイト)とレコード会社やアーティストとの対立は続いているわけです。 
  
   昨年も、テイラー・スウィフトがスポティファイからアルバムを削除し、アーティストに対する報酬が高い音楽ストリーミング・サービスへの支持を表明しましたが、この問題はまだまだ解決しそうにありません。

  ユーザー・サイドにおいても、様々なストリーミング・サービスの選択肢の中でユーザーが翻弄されているという状況はかわりませんし、最近はそうした状況を尻目に、ストリーミング離れという現象がヒップスターと呼ばれる最先端志向の若者を中心に見られ始めています。
  
  先月もご紹介したアナログ・レコード人気はそれを物語る一つの動きですし、最近ニューヨークなどでは特に顕著となっている、イヤホンまたはイン・イヤー・ヘッドホンからオーバーヘッド・ヘッドホンへの移行(回帰・逆行)と共に、音楽メディアの回帰・復活志向は決して大袈裟ではない状況になってきていると言えます。
  
  多様化と言えば多様化でありますし、かつてのように巨大資本・巨大産業が全体のムーヴメントを掌握するような時代ではなくなった、と言うこともできます。ある意味で、すべてがニッチな部分を内包しており、これまで以上に細部にわたるケアが、これからのミュージック・ビジネスには必要になってくると益々感じます。

  そうした中で、注目の新興ストリーミング・サービスとして、昨年の6月にドクター・ドレーのビート・ミュージックのお話を紹介しました、ドクター・ドレーが出てきたら、この人も黙ってはいない、と言われるジェイ・Zがいよいよストリーミング・ビジネスに参入してきました。
  
  先日もお伝えしましたように、何しろアップルがドクター・ドレーのビーツ・エレクトロニクスを買収し、ヘッドフォン・ブランド「ビーツ・バイ・ドクター・ドレー」と共に定額制音楽ストリーミング・サービス、ビーツ・ミュージックもアップルの手に渡り、それによってドクター・ドレーは世界一リッチなミュージシャンとなってアップルの経営陣の仲間入りもしてしまったことは、ジェイ・Zには面白いわけがありません。

  そこで、ドクター・ドレーには絶対”帝王”の座は渡すまいと意気込むジェイ・Zが今回買収したのは、AspiroというスウェーデンのIT企業です。
  Aspiroは北欧やドイツ周辺を中心に人気の高い定額制音楽ストリーミング・サービス「WiMP」と、高音質の音楽ストリーミング・サービス「Tidal」を運営している企業で、簡単に言えば前者はこれまでと同様の普通の音楽ストリーミング・サービスですが、後者はスポティファイを初めとする既存の音楽ストリーミング・サービスよりもはるかに高音質の音楽配信が目玉となっています。
  
  何でも、既存の音楽ストリーミングの約4倍の音質向上ということで、音質の悪さを理由にストリーミングを敬遠していたユーザーを取り込もうというわけです。

  高音質はつまり高額ということでもありまして、月額利用料金は米ドルで約20ドル。これは通常の音楽ストリーミング(「WiMP」も含め)の約2倍の価格帯と言えます。
  
  これによって、著作権などの倫理的側面よりも、単に高い報酬を求めるテイラー・スウィフトのような超メジャー・アーティスト達はこの「Tidal」を次々と歓迎・承認し始めているようです。

  昨年のデータでは、「WiMP」の会員数は50万人以上で、その中で「Tidal」のユーザーでもある人は僅か6%以下の3万人程度しかいなかったと言われていますが、ジェイ・Zは今回の買収でこの二つのサービスのユーザーを逆転させようと目論んでいるそうですし、実際に「Tidal」の方に専念し、「WiMP」の方は廃止するという話が出ています。

  これまでは北欧3ヶ国とドイツ、ポーランドという限定サービスであった「WiMP」と「Tidal」ですが、ジェイ・Zの掛け声で、「Tidal」は一気に20カ国以上、30カ国以上へと増え続けており、既にアメリカでも昨年からサービスが開始され、そしてこの3月30日にはニューヨークで豪華ゲストを交えて本格的な発売しを記念するイベントも行われます。

  気になるのは、長らく“ストリーミングは無料”という認識・習慣の中で育ってきたストリーミング・ユーザーが、例えば「Tidal」が現在行っている7日間の無料試用期間後に、月額約20ドルという料金を払うのだろうか、という点です。
  
  先月のアナログ盤の価格もそうですが、そのクオリティや収支のバランスから考えれば妥当な価格であったとしても、一旦値段が落ちたものが上がると言うのは、
消費者の感覚や意識としては受け入れがたいものがあります。そこにはかなりの付加価値が見出せないと、価格上昇に応じることは極めて難しいと言えます。
  
  「Tidal」の場合は高音質がその付加価値となり、その結果として高額になっているというのが“彼等の論理”ですが、今のところそれを受け入れて歓迎しているのはあくまでもレコード会社やアーティスト・サイドであり、消費者・ユーザーがそれを受け入れるかどうかは、今後のユーザー数(会員数)が証明してくれることになるのだと思います。

  ジェイ・Zの「Tidal」にはもう一つの戦略が見られます。ジェイ・Zは2013年に韓国のメーカー、サムソンとパートナーシップを組み、アルバム「Magna Carta Holly Grail」をサムソンのスマホ・ユーザー限定で、ギャラクシーのアプリ経由で配信するという試みを行いました。
  
  サムソンは今やアップルの倍近い市場占有率を誇る世界最大のスマホ・メーカーですが、イメージ的にはやはりアップルに及ばない部分があり、それをジェイ・Zとのパートナーシップによって補おうという意図が見えます。
  
  一方ジェイ・Zの方は、サムソンと組むことによって、アップルと組むドクター・ドレーに対向しようという意図も見えますが、それ以上に上記のスマホ・ユーザー限定の専用アプリ経由配信で、他のストリーミング・サービスを寄せ付けない独占販売が可能になるという部分に重点を置いているようです。
  しかも、今回のAspiro買収によって音楽ストリーミング・サービスを手中に収めたわけですから、ジェイ・Z自身の作品だけでなく、ジェイ・Z主導の様々なコラボ作品を独占ストリーミング販売していくことも可能になる、というわけです。
  
  昔も今も、独占は利益も効率も高い、“旨みのある”ビジネスではありますが、アメリカという国はこの独占に関しての規制が厳しいことでも知られています(と言いつつ、クレジット・カードを始め、アメリカには無数の独占が溢れていますが)。よって、ジェイ・Zの独占指向と野望は、実は足下をすくわれかねないリスクの高いものであるとも言えます。
  
  アメリカという国は署名と寄付というのが非常に盛んな国でもあります。実際に、署名と寄付がこの国の制度や法律を動かしてきた事実は無数にありますし、小さな声の集積が大きなパワーとなる、ということは民主主義本来の根幹を成す重要な要素であり、アメリカという国の重要な理念の一つと言えます。
  
  実は最近、スポティファイの不公平で不透明な料金規定や、著作権保護に関する意識の低さに対する糾弾の署名というのが出回り始めています。これも、場合によってはスポティファイにとって命取りとなるムーヴメントに発展することも起こり得ます。そして、同様にジェイ・Zの独占的なビジネス指向もこの先糾弾される可能性は充分にあると思います。
  
  ジェイ・Zは、そもそも彼自身のエンタメ会社、ロック・ネイション(Roc Nation)を立ち上げることによって、レーベルのみならず、音楽出版やアーティスト・マネージメント業にも進出しており、しかも現在コンサート・プロモーションとしては最大規模を誇るライヴ・ネイションともパートナーシップ契約を結んでいるわけで、音楽業界のあらゆる面に進出し、それらをリンクさせて一大ジェイ・Z帝国またはジェイ・Zネイション(国家)を築き上げようとしていることは誰の目から見ても明らかです。
  よって現在、メジャーどころのアーティストでジェイ・Zに反旗を翻す者は生き残れない、というまでの状況が生まれつつあります。

  冒頭で紹介したテイラー・スウィフトも最新作を含む全ての作品を「Tidal」での配信を始めました。
  しかし、多様化と反巨大資本&産業、反独占の波が、今後ジェイ・Zの目論見に立ちはだかっていく可能性は否定できませんし、スポティファイの衰退と「Tidal」の躍進が、ストリーミング・ビジネスの安定期・成熟期に入ったことの証であるとは、まだまだ言えない状況であると思います。

  個人的にも、ジェイ・Zとビヨンセの独占&頂点志向にはそろそろ辟易としているところではありますが、しかしこの二人が、どこまで上り詰めるのか(やはり合衆国大統領夫妻まで?)は、この国の音楽ビジネスに身を置く私としては決して無視はできない問題であると言えます。

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