【I Love NY】月刊紐育音楽通信 February 2017
トピック:トランプと音楽界/音楽業界の2017年
「これは悪夢に違いない」、「2017年が来てほしくない」。
どれだけ多くのニューヨーカー達がそう思ったことでしょう。
しかし、悪夢は現実となり2017年はやってきました。
前代未聞の言いたい放題・やりたい放題の大統領が誕生し、
アメリカは分裂と衝突の時代に入っていくことは間違いないでしょう。
その証拠に、デモやプロテストは拡大・激化していく一方ですし、
ブルース・スプリングスティーンやマドンナ、 レディ・ガガやケイティ・ペリーなどを
筆頭に音楽界、特にスター達の行動は予想以上に過激になってきています。
まだ音楽という手段での抗議は目立ってはいませんが、それほどミュージシャン、
アーティスト達も怒り心頭で危機感も頂点に達して切羽詰まってきており、
音楽表現などよりもストレートな行動に出ていると言えます。
ですが、この2017年は音楽界も一層活発になっていく気配がします。
政治や社会が混乱し、不満や対立が激化していくと、音楽を始めとする文化は
パワーを増して、新たなムーヴメントをも生み出していくのは、
これまでのアメリカの歴史が証明しているからです。
そこで今回は、トランプ批判ということではなく、トランプと音楽界/音楽業界、
そしてトランプ大統領&政権が音楽界/音楽業界に及ぼす影響について、
いくつか見ていこうと思います。
まずは、様々な問題を呼び起こした大統領就任式です。
トランプ自身の就任演説内容の特異さと過激さ、就任式に集まった人々の
数を巡る論争など話題は絶えませんが、音楽的見地から言えば、
近年これほど音楽的には見所も話題も無い就任式は無かったと言えます。
もちろん、オバマの就任式における音楽パフォーマンスのゲストの豪華さには
特筆すべきものがあったため、今回は音楽部分の貧弱さが一層目立ってしまったことも
ありますが、それにしてもこれほどアーティスト/ ミュージシャン達から出演を
敬遠・拒否された大統領就任式は無かったと言えます。
そもそも大統領選の頃から、ローリング・ストーンズやエアロスミスを始め、
大御所達が次々とトランプには自分達の音楽を大統領選で使わせない、という立場を
取ってきたわけですが、“まさかの当選”という結果となって、
アーティスト達のトランプ・ボイコットは益々顕著になっていったと言えます。
今回の大統領就任式においては、就任式の前日に行われた就任歓迎コンサートでも
出演依頼を受けたアーティスト達が続々と出演拒否する事態となりましたが、中でも
大きなニュースとなったのは、ブロードウエイ版のオリジナル
「ドリームガールズ」として知られ、トニー賞とグラミー賞の両方を受賞している
ジェニファー・ホリデイでした。
彼女が出演キャンセルを発表したのはコンサートの僅か5日前。
これはもうほとんどドタキャンと言っても良い状況ですが、
その理由は、LGBTQのジェニファー・ファン達からの抗議・批判に対して
ジェニファー自身が“心を打たれた”ため、LGBTQのファンに対する謝罪と共に
出演をキャンセルした、というものでしたが、実は真相はファンではなく、
「ジェニファーが歓迎コンサートに出演したら、彼女と彼女の家族に対して死の制裁を加える」
というLGBTQコミュニティの過激派から送られた脅迫であったことが
彼女自身の口から述べられ、驚愕と共に何とも後味の悪い結末となりました。
LGBTQムー ブメントに関しては、かつてはマイノリティで
差別・脅迫される一方であったのが、最近は反LGBTQ的な言動は徹底的に批判されて
叩かれるという状況になってきていると言えます。
一昔前は、LGBTQであることをカミングアウトするのが大変でしたが、
今や反LGBRTQであることをカミングアウトしたら、それはもう命取りとも言えます。
実は最近も、今話題の映画の一つ「Hidden Figures」のサントラ収録曲を
ファレル・ウィリアムスとデュエットで歌っているゴスペル・シンガーであり牧師である
キム・バレルが、反LGBTQ的なコメントをしたために、「Hidden Figures」の
出演俳優達には批判され、ファレルとの共演は取り下げられ、テレビ出演も下ろされて
徹底的に叩かれるという事態になりました。
南部を中心とした黒人クリスチャン達のLGBTQ差別・批判は今も根強く、長年に渡って
黒人教会に身を置く自分にとっても、それは非常に大きな憂慮・葛藤となってきました。
それが、ここ数年のLGBTQムーブ メントの高まりと世の中の変化によって
明るい希望が見いだせるようになってきたことは確かなのですが、最近はLGBTQ支持派の
先鋭化・過激化が目立ち、先行きに不安を感じる部分も多々あります。
スティーヴィー・ワンダーに見い出されてゴスペル界からポップス界にその名が広まり、
現在のゴスペル界においてはトップ・クラスに君臨する実力を誇る大物女性シンガーである
キム(私自身、彼女の全てのアルバムを持っているほどの大ファンです)に関する
今回の一件は、黒人クリスチャン達のLGBTQ理解を促すというよりは、逆に反発と
対立・分裂を生み起こすのではないかとの不安も感じます。
話はトランプから逸れたように思われるかもしれませんが、 実はLGBTQ問題に関しては、
副大統領のマイク・ペンスを筆頭に反LGBTQ派が名を連ねているトランプ政権ですので、
トランプ政権や閣僚達による反LGBTQ的な言動によって、今後音楽界においては
圧倒的多数のLGBTQ支持派と、ゴスペル界を中心とするLGBTQ反対派との対立・分裂、
そして音楽界におけるねじれ現象のようなものが様々な形で起こっていく危険性が
高いと言えます。
そうした様々な懸念と不安が渦巻く中、トランプの大統領就任後、
トランプと仲良く会談し、トランプ支持を公然と表明している有名アーティストの
筆頭とも言えるのがカニエ・ウェストです。
彼はそもそも大統領選の前半ではヒラリーの支持者でしたが、トランプとは以前から
交友関係にあるとのことで、いつしかトランプ支持に転向し、更には2020年の大統領選に
出馬するとまで言い出したわけですが、トランプとの会談後は、トランプ政権が
8年間続くことを想定してのことか、暗に2024年出馬を表明し始めたと言われています。
これに対して、ある意味でカニエの宿敵とも言えるジェイZは、ビヨンセと共に
オバマ夫妻やブルームバーグ前ニューヨーク市長と親しく、やはり大統領選を
狙っているとも言われていますが、ここにきてのカニエのトランプべったり路線は、
オバマの退任と共に存在感を薄めてきているジェイZに対するカニエの反撃であり、
トランプ旋風の波に乗って音楽界のみならず政界、またはアメリカという
国の頂点に君臨しようと企むカニエの壮大な計画の始まりである、という嘘のような
本当のような話も語られています。
さて、最後は今後の音楽業界とトランプとの関わりについて目を向けてみましょう。
トランプの大統領当選約一ヵ月後の12月半ばに、アメリカの音楽業界は結集して
トランプの大統領就任を祝う公開レターをトランプに届けて発表しています。
これはRIAA(ア メリカ・レコード協会)、ASCAPとBMI、 レコーディング・アカデミー、
アメリカ・ミュージシャン連盟、アメリカ全国音楽出版社協会、ソングライター協会、
ソングライター・ギルド、教会音楽出版社協会、クリスチャン音楽協会、
ゴスペル・ミュージック協会、リズム・アンド・ブルース協会等、
アメリカの全ての音楽ジャンルを網羅する音楽業界の中枢を担う巨大組織が
結集して作成した公開レターでした、
その内容は、アメリカの誇る“知的所有件”の保護と、それ に纏わるビジネスの復興を
トランプに対してストレートに迫ったものでした。ここで言う“知的所有権”とはつまり
音楽著作権のことであり、アメリカ国内の経済に対して年間10兆ドル以上の貢献を果たし、
5千万人以上がそれらのビジネスに従事しているていると言われる音楽&音楽隣接著作権の
重要さを強調しながら、音楽著作権の保護と再編成を強く迫ったものと言えました。
これはいわば、トランプの“アメリカ第一主義”に向けた“共感・理解”と“直訴”であり、
トランプに期待する部分が色濃く出ているものと言えま した。
実はこのレター公開の翌日には、トランプとIT業界のトップ達との
会談が予定されており、このレターはトランプとIT業界の結びつきに対して
ストレートに明言して釘を刺すものでもありました。
そもそもIT業界というのは、そのプラットフォームやマーケットからして
“アメリカ第一主義”に依存するものではありませんし、トランプにとっては
むしろ憂慮すべき業界の一つでもあるわけです。
トランプはそのことを重々理解・承知の上、IT業界のトップ達との会談で
彼等とのコネクションを強化し、IT業界のグローバリズムを基本的には
目を瞑りつつ、アメリカの雇用と国内経済の活性化を最大限迫るというのが
狙いであったと言われています。
とは言え、上記の既存音楽業界は、特にビジネス・モデルや金銭面での
プラットフォームとしてはIT業界とは相容れない部分があるわけで、
トランプに対する上記レターは「私達のことをお忘れなく」という
上記既存音楽業界の強い主張表明であったわけです。
上記既存音楽業界にとって、いわゆる“デジタル経済”(音楽業界にとっては
ダウンロードやストリーミングなど)の急激な発展と興隆は、テクノロジーや
マーケット的には歓迎できるものの、ビジネス的(売上的)には非常に憂慮すべき
状況が続いていると言えます。特にスマホなどのディバイスを使用して、
簡単な操作で音楽が何でも自由に手に入るという状況には、課金システムが
追いついていない(または置き去りにされている)ことが依然大きな問題と
なっているわけです。
しかも、ストリーミングに関しては、アメリカ以外の外国企 業や多国籍企業が
次々と登場してシェアを増やしており、アメリカ企業、アメリカ人従業員、
アメリカ人アーティスト達は危機的状況に陥っている、というのが彼等の
主張・論調であると言えます。
そうした彼等にとって、“アメリカ第一主義”のトランプ は、
ある意味「救世主」であるとも言えるわけで、上記の既存音楽業界としては、
トランプに対して現状に対する危機感を煽りながらラヴ・ コールを
送り続けていると言えます。
そうした動きを受けて、先日のトランプ新大統領就任以降、 音楽著作権
再編成の動きは活発になってきているようです。具体的には、ダウンロードや
ストリーミングなど、デジタル・ミュージックの課金システムの見直しや規制、
そしてPD該当曲の見直しや新たな規定などに関するアイディアが浮上していると
巷では言われています。
1月末現在、具体的 にどのような措置が取られるのかはまだ不明ですが、
いずれにせよ、“アメリカ第一主義”のもと、アメリカの音楽企業や音楽出版、
そしてアメリカ人アーティストにとって有利な音楽著作権法再編が行われていくことは
必至であると言えます。(後述しますが、アメリカ人アーティストにとっても
有利であるかは極めて疑問視されています)
もう一つ、別の分野で音楽業界を揺るがしていくであろうと言われているのが
アメリカ以外の海外アーティストによる興行やアメリカ国内での制作プロダクションです。
これはブリグジット(イギリスのEU離脱)とも似た要素や状況がありますが、
入国審査の強化と就労ビザ発給の規制強化を受けて、今後アメリカ以外の
海外アーティストのアメリカ入国と演奏活動は確実に厳しくなると言われています。
実はこの部分は私の仕事とストレートに結びつく部分が多く、
非常に頭を悩ましているのですが、これまでアメリカ以外のアーティストや
プロダクションによる小規模なライブやプロダクションなどであれば、
ほとんどが就労ビザを申請することなく、比較的自由に行えていた状況でした。
しかし、“アメリカ第一主義”のもと、米ドルの海外流出を防ぐ発想・立場のもとでは、
アメリカ以外の海外アーティストや企業に対する支払いは、更なる課税と規制の
対象となってくことが予想されます。
そもそも海外アーティストのアメリカ国内興行に関しては、他国よりも
厳しい課税(30% 以上)と規制がかけられて問題になっていました。
ただでさえ、海外アーティストにとってアメリカ公演やツアーは収支的にも
容易でない状況であったわけですが、それが更に課税・規制の強化となれば、
大物アーティストは別として、新人・若手の海外アーティスト達や、
大物ではなくても手堅いファンを掴んでいる海外アーティスト達、
そしてインディー系の海外アーティスト達はアメリカ公演・ツアーは
益々困難なものとなります。
それよりも、アメリカ人アーティストの保護と収入が、
“アメリカ第一主義”にとっては最重要課題となりますので、トランプ政権は
海外アーティストの活動などには目もくれないでしょう。
ですが、そもそも音楽自体がグローバルなものであり、
アー ティストという存在自体が潜在的にグローバルなマーケットを基盤とする
ポテンシャルを有しているわけですので、結果的にアメリカ人アーティストにとって、
“アメリカ第一主義”による恩恵があるのかは極めて疑問です。
このような状況の中、業界はトランプ政権に擦り寄り、アーティスト達は
トランプ政権に反駁するという流れは既に顕著になってきています。
冒頭でも述べたように、アーティスト達は今、あまりの危機感故に直接行動に出て抗議を
繰り広げていますが、この後、アーティスト達は自分達のフィールドにおいて、
抗議も込めたアーティスト活動・制作活動を繰り広げていくのは間違いありませんし、
そこに反トランプというよりもポスト・トランプと言うべき、来るべきこの先の社会の
ビジョンやアイディア、そして真の意味でグローバルな音楽インダストリーの健全で
クリエイティヴな姿が表出してくるのではないかと大きく期待しています。