【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 January 2019」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ)
1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。
2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。
最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

謹賀新年。

2019年が皆さんにとってより良い年となりますことをお祈り致しております。

 2018年のニューヨーク、そしてアメリカは「ニュース」というものに翻弄された一年であったと言えます。それはトランプという前代未聞の大統領の言動、増え続けるマス・シューティングなどの凶悪犯罪、全米各地で起こる大規模な自然災害、など実に様々な内容でしたが、それぞれの報道内容が”フェイク”であろうと無かろうと、またそれぞれのニュースが人々にどの程度の影響を与えたかは別としても、これほどまでに「ニュース」というものが人々の生活に入り込み、人々の時間を割くことになった年は無かったように思えます。ある意味で近年、ニュース・メディアというものには、かつてのような影響力や権威、また注目度というものは無くなっていたと言えます。それがトランプ新大統領によるニュース・メディアに対する容赦無い執拗な攻撃(口撃?)が炸裂することによって、ニュース・メディアは再び世間の話題の中心、または人々の生活の傍らに舞い戻ってくる結果にもなったと言えます。トランプのように自分自身によるフェイクを棚に上げて、自分の主義主張と合わないマス・メディアに対して闇雲にフェイク・ニュース攻撃を行うのは明らかに問題であると言えますが、それでもマス・メディアの”フェイクぶり”を注視・追求・批判し続けること自体は大切なことであると言えます。  私自身はアメリカの教育を受けたのは高校からですが、アメリカで生まれ育った私の子供達は中学生の時に「ニュース」というものの仕組みや「ニュース」を分析する方法論を学校で学んでいたことに関心しました。つまり、そもそもニュースというものは「ファクト(事実)」と「オピニオン(意見・見解)」で成り立っているので、ニュースの文章のどの部分が「ファクト」でどの部分が「オピニオン」であるかを見極めなければならない、というわけです。 基本的に文字・言葉を操るライター/エディターというのは自らの「オピニオン」を「ファクト」化して”操作”することには極めて巧みですし、最近は「オルタナティヴ・ファクト(代替的事実?)」などという奇異珍妙なる新語まで生み出されている今、その分析は益々容易ではなくなっているわけですが、操作の手法は益々巧妙になり、ゲーム化している中で、受け手ももっとスマートにならなければならない、と痛切に感じます。 私自身はこのニュース・レターを出来る限りフェアな視点で書いてお届けしようと務めてはいますが、そこには当然「オピニオン」という主観が入っていますし、意識的ではなくても”操作”が潜在することも起こり得ると思います。ですから、本ニュース・レターもニューヨークという“現地”から発信された「ファクト」として鵜呑みにせず、あくまでも「ファクト」と「オピニオン」が組み合わされた「ニュース」を取り上げるレターとして読まれ、自分自身で分析・判断していただく、という作業が必要であると思います。  なんだか言い訳的もしくは自責的に聞えるかもしれませんが、「ニュース」というものはみなそういうものである、ということを2019年は更に意識・理解していきたいと思っています。

トピック1:追悼~2018年の音楽界物故者  まずは2019年スタートの前に、2018年に世を去った音楽界の偉大な才能達をリスペクトして追悼したいと思います。 2018年と言えば、やはりアリサ・フランクリン(享年76歳)の死去が最大のニュースとなりましたが、それ以外にも下記の偉大な才能が世を去りました。 オーティス・ラッシュ(84歳):エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、サンタナなど数多くのロック・ギタリスト達に多大な影響を与えたシカゴの伝説的なブルース・ギタリスト。 ロイ・クラーク(83歳):カントリー音楽のテレビ番組のホストとして一世を風靡したカントリー界伝説の巨匠ミュージシャン。 マーティ・バリン(76歳):ジェファーソン・エアーシップの創設メンバーの一人で  ソロ活動においても大ヒット曲を持つ。 ヴィニー・ポール(54歳):メタル界最強ドラマーの一人。コアでアグレッシヴなメタル・バンド、パンテラの創設メンバー。 ピート・シェルビー(63歳):バンク・ロックやニュー・ウェーヴの元祖的なバンドの一つ、バズコックの創設者。 マット“ギター”マーフィー(88歳):「ブルース・ブラザーズ」への参加が有名だ が、マディ・ウォータースやハウリン・ウルフなどと並ぶブルース・ギタリストの巨匠。 シャルル・アズナブール(94歳):シャンソン、フレンチ・ポップ最大のシンガー・ソングライターではアメリカでの人気もダントツに高かった。 ジョン“ジャボ”スタークス(79歳):ジェイムズ・ブラウン黄金時代のメンバーで、「セックス・マシーン」のグルーヴを生み出した名ドラマー。 チャールズ・ネヴィル(79歳):ネヴィル・ブラザーズのメンバーでサックス&ボーカル担当。ツアー/ライヴでは欠かせない存在であった。 D.J.フォンタナ(87歳):エルヴィス・プレスリーのドラマーとして、ロックンロールのドラムを築き上げた巨匠。 ヒュー・マサケラ(78歳):南アフリカ出身のジャズ・ミュージシャン(トランペッター)。アフロ・ジャズの先駆者であり、アパルトヘイト運動の活動家でもあった。1968年の「Grazing in the Grass」はインスト曲ながらビルボードのホット100においてナンバー・ワンとなる快挙。 ノーキー・エドワーズ(82歳):長年に渡るザ・ヴェンチャーズの名ギタリスト。ロックンロールの殿堂受賞。 デニス・エドワーズ(74歳):テンプテーションズの元シンガー。デヴィッド・ラフィンの後釜として「パパ・ワズ・ア・ローリン・ストーン」や「ジャスト・マイ・イ マジネーション(はかない想い)」などの大ヒット曲を歌った。 マック・ミラー(26歳):ケンドリック・ラマーやアリアナ・グランデなどとの共演 でも知られる若き才能豊かなラッパー。 アヴィーチー(28歳):スウェーデン出身の元DJで名プロデューサー。一般的にはハウス・ミュージックの範疇だが、ジャンルを超えた様々なコラボで知られる。    

もちろん2018年に我々が失った偉大な才能は上記にとどまりません。ここ数年は本当に時代の移り変わりを証明するかのごとく音楽界の様々な先駆者達が世を去っています。  2018年はアリサ・フランクリンの存在があまりにも大きすぎたため、その他の物故者については地味な印象を持たれる人もいるかもしれませんが、アメリカの音楽文化全体から見ればそのようなことは決してなく、アメリカの音楽ヒストリーにおける様々な分野の巨匠・巨人達が別れを告げていきました。  そうした中で、特にニューヨーカーにとっては、ナンシー・ウィルソン(81歳)とロイ・ハーグローヴ(49歳)というジャズ界の“スター”の訃報が何とも心寂しく悲しいニュースであったと言えます。ナンシー・ウィルソンはオハイオ州の出身で、最後はカリフォルニア州の自宅で亡くなりましたが、1950年代末にキャノンボール・アダレイに誘われてニューヨークにやってきて以来、ニューヨークのジャズ・シーンを大いに賑わせてくれた歌姫または真のディーヴァの一人であったと言えます。テキサス州出身のロイ・ハーグローヴは、1981年台末にボストンのバークリー音楽院からニューヨークのニュー・スクールに移り、その後90年台以降のニューヨークのジャズ・シーンを代表する真にクリエイティヴなミュージシャンでした。自身の活動に加えて、ジャズの大御所・巨人達との共演歴も膨大でしたが、ディアンジェロ、エリカ・バドゥ、ローリン・ヒル、マックスウェルとの共演など、いわゆる「ネオ・ソウル」の陰の立役者であったことも忘れられません。患っていた腎臓病が悪化し、最後は治療中の心不全という形で49歳の人生を閉じてしまったことは返す返すも残念であったと言えます。合掌。

トピック2:2019年アメリカ音楽業界最大の懸案事項とは?  さて、故人の追悼に続いては2019年のアメリカ音楽界に話題を移していきたいと思いますが、少々大袈裟なタイトルで大風呂敷を広げてしまったかもしれません。しかも、年明けから「懸案事項」というのは明るくありませんが、ここにきてアメリカ音楽界の未来は益々不透明になり、不安感が増してきているという話は業界内のあちこちでされているようです。 ではその「懸案事項」とは何でしょうか。トランプ?まあ、それもあるにはありますが、業界的、特に著作権という側面から見れば、トランプはアメリカ第一(至上)主義の権化ですから、自国の知的所有権・知的財産権の保護には実に熱心で積極的ですし、その点においてはアメリカの音楽アーティストにとっても音楽業界全体にとっても、トランプは力強い味方になるであろうと目されています。但しアメリカ外の国にとっては楽曲使用に関しても、音楽メディア・ソフトの販売に関しても、また興行に関しても益々厳しい状況になっていくと思われますが、アメリカの自国音楽産業としては先行きは決して暗くはないと予想されています。 にも関わらず、先行きの不透明感・不安感を助長させるものは何かと言えば、それはアメリカ国内の音楽産業の現場レベルの動きそのものではなく、それらを支える“資本”という、ある意味、一般の業界人個々や制作の現場サイドではどうにもならない大きな問題であると言われます。ここまでお話すればもうお気付きかもしれませんが、“資本”とはつまり中国資本です。中国による投資の波が、アメリカの音楽界(に限りませんが)にも忍び寄っていることは決して無視できません。 本ニュース・レターでも約1年半前となる2017年6月に「音楽業界においても新時代を迎える米中関係」というトピックを扱いました。そこでのメイン・ニュースは、ユニバーサル・ミュージック・グループ(アメリカ)が、テンセント・ミュージック・グループ(中国)によるディストリビューションによって、中国に大々的に進出することになったというものでした。つまりそれは、「アメリカ音楽業界による中国マーケットへの進出」であったわけです。  その時の文章の最後で、中国音楽業界または中国資本のアメリカ進出に対する今後の可能性についても少々触れましたが、いよいよその動きが現実となる可能性が出てきたことを示したのが、アジア最大のストリーミング・サービスである上記テンセント・ミュージック・エンターテイメントによる2018年12月12日のニューヨーク証券取引所上場のニュースでした。  

上記2017年6月のニュース・レターでも触れましたが、ニューヨークにおけるIPO(新規株式公開)に関しては既にEコマースの覇者であり、小売流通企業としては世界最大であるアリババが2014年にニューヨーク証券取引所上場を果たしていますが、2018年12月のIPOによってテンセント・ミュージックの企業価値は229億ドルに達したということで、アリババに続く最大規模のIPOとなったそうです。  テンセント・ミュージックのコンテンツは引き続き中国市場向けということで、真っ先に上場を歓迎しているのは、テンセント・ミュージックに出資しているアメリカ(というよりも世界)の3大音楽レーベルであるユニヴァーサル、ソニー、ワーナーであると言えるでしょうが、実はテンセントは2017年の株式交換によってスポティファイと株式を持ち合っているため、スポティファイとしてもテンセント・ミュージックの上場に期待を寄せているようです。 しかし、ことはそうした米→中という“一方通行”だけにとどまるとは思えません。しかもストリーミングは小売流通と違って売り物はデジタル音源で販売はデジタル配信という全てが実体(モノ)の無い世界ですから、そのビジネス展開の可能性は小売流通以上であるとも解釈できます。仮にそうした可能性を除外したとしても、テンセント・ミュージックがアリババに続いてニューヨーク証券取引所上場を果たしたということは、アメリカの金融業界そして音楽業界における確固たる“足場作り”が成されたということでもあります。 そうした中で、テンセント・ミュージック上場の約2週間前に、前述のアリババのカリスマ経営者と言われる創設者のジャック・マー(会長)が、中国共産党員であることが確認されたというニュースが伝わってきました。当然のことながら中国において同国の共産党員は党利(言い換えれば“国益”)というものを最優先とすることが求められますし、党員は個人収入の2%を党費(国費)として治める義務があると言います。つまり、アリババに出資し、提携関係を持ち、ビジネスを行い、アリババのサービスを購入するアメリカの企業や個人のマネーが、結果的に中国共産党つまり中国という国家に流れるということが確かになったという訳です。これはアメリカの国家レベルや企業レベルとしては放置したり見過ごすことのできない問題となるのは間違いありません。アメリカの当局レベルでは今後中国における企業と共産党(国家)との結びつきを警戒していくことになると言われていますし、場合によっては司法の介入の可能性も無視できなくなっています。 上記アリババのマー会長の共産党員確認が発覚したのは、同党の機関誌「人民日報」における「中国経済の発展に貢献した100人」という紹介文においてのことですが、この100人リストには当然のことながらテンセントのCEOであるポニー・マーも名を連ねており、シー・チンピン(習近平)体制以後、党が益々民間企業の統制を強化している状況の中で、テンセントと中国共産党の結び付きについても疑惑は生まれてきます。 このトピックに関してはここまでできる限りここ2~3ヶ月に起きた「ファクト」にフォーカスして紹介してみたつもりですが、アメリカのニュース・メディアにおいてもそれは同様で、まだ「オピニオン」ともいうべき、今後の予測・予想や危惧・問題点などについてはまだ積極的に語られてはいないようです。  なにしろこの問題は、米中の政治レベルでの駆け引きにも絡んできますし、センシティヴ且つ複雑な要素が数多く存在するため、「オピニオン」も慎重にならざるを得ませんが、やはりこれは以前のニュース・レターでも述べたように、投資や株の売買、買収といった中国資本のアメリカ進出によって、アメリカの音楽ビジネス全体、ひいてはそれらに携わる人々の生活そのものにも関わる大きな問題であり、更には単に産業や経済といった側面だけでなく、アメリカの文化や教育に大きく関わることにもなり得るわけです。    

今回は本トピック・タイトルのほんのイントロダクションとしてお話しましたが、今後の推移・状況を見つめ、タイミングを見計らいながら、このトピックについては随時検証・紹介していきたいと思っています。 音楽業界も2019年は2018年以上の激動の年になることは必至と言えます。シート・ベルトを締めて、しっかりとハンドルを握って前に進んでいきたいと思います。

 

 

 

 

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