【I Love NY】“クロスオーバー”するNYのクラシック界と、それを支える“資本”

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

“クロスオーバー”するNYのクラシック界と、それを支える“資本”

何度かお伝えしたようにアラン・ギルバートがニューヨーク・フィルの音楽監督に就任して以来、NYのクラシック界はいろいろと話題も多く、様々なムーヴメントが誘発されてきているようです。
10月末は映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムスがニューヨーク・フィルを振るという大衆向けイベントもありましたが、11月頭に二日間のみ、ニューヨーク・フィルの拠点エイヴリー・フィッシャー・ホールで、カルト・ムーヴィーの金字塔の一つとも言われる
「コヤニスカッティ」が再演されました。この作品は82年に作られ、日本でも84年に公開されて話題になりました。ドキュメンタリーともインスタレーションとも言える音楽と映像のみの作品で、アメリカの都市と自然の風景を低速度撮影でとらえたものでした。
タイトルの「コヤニスカッツィ」とは、ネイティヴ・インディアンのホピ族の言葉で「常軌を逸して混乱した生活。平衡を失った世界」という意味で、作品自体が現代人への警句となっているとも言えました(ちなみに、その後「ポワカッティ」、「ナコイカッティ」という続編が制作されましたが、それらは「コヤニスカッティ」ほどの話題にはなりませんでした)。


この「カヤニスカッティ」を作曲した現代音楽の巨匠フィリップ・グラスと彼のアンサンブルも加わったニューヨーク・フィルの生演奏で、ビデオ・アートの巨匠ゴッドフリー・レッジオの映像を巨大スクリーンに映し出すという、“映画を生で再現”したのが今回の目玉でした。音楽はグラスならではのミニマル・ミュージックで、レッジオ(撮影はロン・フリッケ)による非現実的なスピードの映像とのミクスチュアによって、ある種のトリップ感覚または覚醒作用を起こすような効果があります。
公開からもう30年近くが経ち、衝撃の作品を再び(初めての人も多かったはず)目の当たりにしたニューヨーカー達は、人類が破壊し続けてきた自然の神秘&神聖さや、現代文明の狂気さを改めて感じたのではないでしょうか。

これに対して、もう一つのNYクラシック音楽の拠点カーネギー・ホールでは、名門フィラデルフィア管弦楽団がやってきて、クラシック・ピアノの貴公子とも言われる中国出身のラン・ランとの共演を披露しました。フィラデルフィア管弦楽団と言えば、レオポルド・ストコフスキーやユージン・オーマンディに率いられて幾多の名演を残してきた名門中の名門オーケストラ。その後、リッカリド・ムーティが音楽監督に就任しましたが、90年代半ば以降は今一つ精彩に欠け、経営も破綻して今年の4月には破産申請をするに至ってしまいました。この名門オケを復活させようと熱心に取り組んできたのが日本でもお馴染みのシャルル・デュトワです。同オケは来年のシーズンから、デュトワの愛弟子とも言えるカナダ出身で弱冠35歳の若き天才指揮者ヤニック・ネゼ・セガンが音楽監督に就任することになっていますので、デュトワにとっては今年が同楽団との最後の年。デュトワが再生させたとも言われる“フィラデルフィアの弦の魔力”にニューヨーカー達は酔いしれました。

上記のコンサートほどの話題はありませんでしたが、メディアなどでもかなり注目されたのが、ルーファス・ウェインライトの曲をニューヨーク・シティ・オペラのオペラ歌手達が再現するというもので、11月の半ばにリンカーン・センターのローズ・ホールでコンサートが行われました。ルーファスは、その初期の活動などからもカナダ(モントリオール)出身のシンガー・ソング・ライターというイメージがありますが、正確には彼はニューヨーク出身です。ゲイとしても知られる彼は、子供の時からオペラも大好きであったそうで、自分自身の音楽にもそれが強く影響している、とインタビューでも語っていましたし、今回の企画はルーファス自身にとってはそれほど意外なことではないそうです。確かに彼の音楽は、ドラマ性を持った独特なポップス・センスにクラシックやオペラやシアトリカルな要素が絶妙に絡み合ったものとも言えますし、ポップスとオペラをくっつけて“ポペラ”などという珍妙な造語で評論されたりもしました。ですから、そうした側面を具体化した試みとして、またルーファスのファンとオペラ・ファンを結びつけた試みとしてもなかなか画期的なものであったと言えます。

今回はクラシック系の注目コンサートをいくつかご紹介しましたが、改めて感じることは、ニューヨークというのは本当に“アートの強い街”であるということです。
日本も大震災があって本当に大変だと思いますが、アメリカ、そしてニューヨークも経済的には本当に大変な状況です。長引く不況、来るべき二番底の不景気、改善されない失業率(失業率約9%というのは平均であって、15%以上の州がたくさんあります)、冷え切った雇用(大卒やMBAを取っても就職先がないという状況)、ジワジワと増え始めたホームレスと悪質な犯罪、地下鉄・バスの路線・本数カットなどなど、観光で訪れる人には見えにくいニューヨークのダーク・サイドの拡がりは非常に深刻です。
ですから、最近強制撤去を余儀なくされたウォール街占拠のプロテスター達の気持ちは、“普通の”ニューヨーカー達の声を代弁したものとも言えるでしょう。
ですが、そうしたアゲンストな状況の中でもアートは動いていますし、むしろアゲンストな状況の方が活発に動いているとも言えます。それはアーティスト本人達の意識やパワーというものもありますが、彼等を支援する“パトロン”とも言うべき出資者・投資家達の底知れぬマネー・パワーというのも大きな要因と言えます。

アメリカ、特にニューヨークは経済格差(貧富)の激しい都市ですし、金持ちの度合いは半端ではありません。何しろ一般市民がユニクロやH&M、ホリスターやForever21などで少しでも値段の安い商品を探している裏では、平気で一度に150万円以上の買い物をしていく大金持ち達がゴロゴロいるのです。そして、彼等の中にはアートに対してスポンサードしていく連中がこれまたたくさんいるわけです。過去においても、チャーリー・パーカーやセロニアス・モンクなどジャズの巨匠達を支えロスチャイルド家のニカ夫人、エルンストやデュシャン、ダリなどヨーロッパの巨匠アーティスト達と付き合いながらアメリカ(ニューヨーク)でジャクソン・ポロックを見出したペギー・グッゲンハイムなど、アメリカの近代・現代アートは、こうしたパトロン達を抜きにしては語れませんし、その精神やシステムは今もしっかり生き続けています。
スローダウンしているマンハッタンの再開発ムーヴメントの中にあって、今最もホットなエリアと言われるミート・パッキング・ディストリクト(MPD)の真っ直中に、この度現代アートのホイットニー美術館が移転してくることになり、現在大規模な工事も始まっています。
ここにも“強大な資本”に支えられた“アートの強さ”が見えてきます。
それは、金持ちの道楽である場合もありますし、金銭欲にまみれた投資という場合もあります。しかし、形はどうあってもそうした“資本”のお陰でアーティスト達が活動でき、世に出てくることができる、ということもある意味では事実ですし、否定できない現実であると思います。
個人的には、ウォール街のプロテスター達の主張は大変もっともだと思いますし、気持ち的にはほぼ全面賛同してもいます。しかし、資本主義の権化とも言えるこのアメリカで、我々が享受しているアートを見渡してみると、我々は99%だと主張するプロテスター達が目の敵にしている1%の富裕層が与える影響力と支援力は決して無視できないとも思うのです。

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