【I Love NY】月刊紐育音楽通信 February 2013

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

 1月21日はマーティン・ルーサー・キング・ジュニア・デー(実際の誕生日は15日)で、しかもオバマ大統領の二期目の就任式が行われました。アメリカは宗教色・民族色の強い祝祭日が多く、国民全員にとっての祝祭日というのは、実はそれほど多くはありません。
そうした中で、キング牧師の誕生日が国民の祝祭日として制定されたのは素晴らしいことであると思いますが、アメリカ国内には、まだまだこうした動きを無視または反発して、祭日としない州や地方自治体、企業などがたくさんあります。


 キング牧師の公民権運動と暗殺後の公民権法制定というと、黒人の権利のみが強調されがちですが、彼の熱意と献身のおかげで、私のようなアジア系、そしてヒスパニック系やネイティヴ・アメリカンの人々なども含めた白人以外の有色人種を公私の場で差別してはいけないということが、やっと正式に法案化されたわけです(もちろん、差別はまだまだ根深く残っていますが…)。
この日と、前日の日曜日は、私もブロンクスやハーレムのゴスペル教会での礼拝やイベントで大忙しでしたが、私のような黄色人種の新しい移民が、この国でこうしてなんとか生きていけるということに、改めてキング牧師と、彼と共に戦い続けた人々に対する感謝の気持ちを強く持ちました。

トピック:オバマ大統領就任式でのミュージック・パフォーマンスと米音楽界のリップ・シンクの現状について

 今年の大統領就任式は、雪嵐が迫る寒波の中で行われました。と言っても、この時期のワシントンDC(そしてニューヨークやボストンなどのアメリカ北東部)はいつも本当に寒いのです。
毎回、ワシントンDCでの大統領就任式を見る度に、国会議事堂の前の吹きさらしの野外で、暑苦しくもなく見苦しくもない最低限の防寒着のみ(最近はユニクロのヒートテックを着てる人も多いかもしれませんね)で、じっと座り続け、またスピーチを行う人達は本当に大変だなあ、などと思ってしまいます。

 大統領選は11月頭に行われるのに、就任式が年明けというのは時間が掛かりすぎのようにも見えますし、何も酷寒の中で…とも思ってしまいますが、大統領と政権交代の引き継ぎには、かなり時間がかかるのだそうです。
昔は春先に就任式を行っていたそうですが、これだと時間が掛かりすぎということで、現在の1月20日になってもう75年ほど経つそうです。
 それでも寒いことには変わりありません。なんでも、9代目のハリソン大統領は極寒の中でのスピーチが祟って、就任約1ヶ月後に亡くなったそうです…。
私自身は、レーガン大統領の二期目の就任式が、あまりの寒さ故に室内で行ったことを今でも覚えています。

 この寒さは、就任式で演奏を行うシンガーやミュージシャン達にも大きな問題とな
ります。歌を歌われたり、楽器を演奏される方は良くおわかりでしょうが、寒さは喉
を締め付け、楽器のピッチを狂わせます(ピッチが下がります)。これは本当にパフォー
マーにとっては致命傷にもなる過酷な条件なわけです。

 2009年のオバマ大統領初の就任式では、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノによる四重奏が演奏されました。しかも、ヴァイオリンはイツァーク・パールマンで、チェロはヨー・ヨー・マという夢の共演です。しかし、この日の演奏は実際にはあらかじめ録音されたテープで、演奏はリップ・シンクと呼ばれる“口パク”(この場合は“当て振り”)でした。これには、少なからず批判もありました。
しかし、私は器楽演奏者の立場から言わせてもらえば、これは致し方ないことであると思います。なにしろ、木製の弦楽器は、真鍮製の管楽器以上に温度と湿度の影響を受けます。いくらあれだけの巨匠・名手が揃って演奏しても、あの日のあの気温の中でライヴで演奏したら、ピッチはドシャメシャであったと思います。

 これに対して、アレサ・フランクリンは「MY COUNTRY ‘TIS OF THEE」を“ライヴ”で熱唱しましたが、声は割れ、ピッチも時折外れ、失望と厳しい批評にさらされることにもなってしまいました。
確かに、全盛期のアレサを知る者にとっては、この時の彼女の歌は辛いものがありましたが、私は彼女の“心意気”を買いたいと思います。
アレサにとっては、夢にまで見た、というか生きている間は実現しないだろう、とまで思っていた黒人大統領の就任式です。いくら寒かろうが、寒さで声が出なくなって声が割れたりピッチが外れたりしようが、「私は歌う」という意気込みが伝わってくる堂々としたパフォーマンスであったと思います。
アレサ自身も、自分の歌に対する論争を受けて、「私は次回も多分同じようにライヴで歌う」と言い切っていました。

 そんな経緯があった前回ですが、今回の就任式でのミュージック・パフォーマンスは、ジェイムズ・テイラーとケリー・クラークソンとビヨンセという、歌のみでした。
ジェイムズ・テイラーはギターを持っての弾き語り(「AMERICA THE BEAUTIFUL)でしたが、木製のギターと言えども伴奏・共演者もなく、ピッチは自分とギターとの間の問題だけですから、今や“アメリカの国民的シンガー”と言われる、あの心温まる独特の“味”が損なわれることは全くありませんでした。

 結果的に今回の目玉となり、圧巻だったのはケリー・クラークソンです。
彼女は前回の就任式でアレサ・フランクリンが歌った「MY COUNTRY ‘TIS OF THEE」を歌いましたが、気負ったり意気込みすぎることなく、実に自然に、しかも彼女ならではの個性を目一杯出し切っての熱唱となりました。私も聴いていて、最後の声を張り上げていく部分には鳥肌が立ちました。
その後、ネットなどでは前回のアレサの歌と比べての論争が巻き起こっていましたが、どちらの方が良かったとか、歌手としての才能・実力・格の比較であるとか、人種の違い(白人が「ケリーはアレサより凄かった」と言えば、黒人は「白人は黒人のようには歌えない」などといった類の話)など、いつものごとくナンセンスで低次元の誹謗・中傷・人種差別的な主張や意見ばかりで、取るに足らないものばかりでした。
とにもかくにも、今回の“ライヴ”・パフォーマンスで彼女の実力が“本物”であることを一層アピールしたと思いますし、それに対して、歌の前後の仕草やリアクションなどからもわかるように、相変わらずの明るく気さくな“普通のお姉ちゃん”ぶりも、高い好感度をもたらしたと言えます。

 ジェイムズ・テイラーとケリー・クラークソンという、素朴さやナチュラルさを売りとする二人に続いて、今回の就任式の大トリを務めたのは、彼等の対極にあるかのような豪華絢爛でゴージャスなビヨンセでした。
彼女の国歌斉唱はこれまでにも何度か聴いてきてはいますが、今回はそれらを更に上回る迫力と貫禄で、これまた鳥肌ものの感動的パフォーマンスでした。
 ところが、当然メディアも絶賛し、ビヨンセの評価は更に上がっていくであろう…と思われたところに、思わぬハプニングが起きました。
この日、ビヨンセのバックを務めた海兵隊バンドの代表が、今回のビヨンセの国歌斉唱は、あらかじめ録音された音源(彼女の歌)を使ったリップ・シンク(口パク)であったと暴露したのです。
 これまた当然のごとく、メディアはこの話題に飛びつき、更に大きな論争を巻き起こしました。
現代最高峰のスーパー・スターであるビヨンセが、こともあろうに大統領の就任式で、しかも、大統領選では夫のジェイZと共に熱心に支持・支援していたオバマ大統領の目の前で、リップ・シンク・パフォーマンスを行うというのは、あまりに失礼ではないか!というわけです。
 確かに、前述のアレサやケリーの熱唱があった後のビヨンセのリップ・シンクですから、私自身も非常に失望しましたし、方々で様々な意見が聞かれました。
例えば“ライヴ主義”のアレサ・フランクリンは、「彼女(ビヨンセ)は、あらかじめ録音されたものと一緒に、とても良い仕事をしたわよ」という賞賛とも皮肉とも取れるコメントを出し、エアロスミスのスティーヴン・タイラーは、「彼女は最高にホットだぜ!彼女は何でもできるんだからな!」というこれまたどう取っていのかわからないコメント(笑)。
ホワイト・ハウスの報道官は、「(ビヨンセのリップ・シンク・パフォーマンスに関する)真偽の程や、ここで起こったことについては、正直よくわかっておりません」とコメントし、少なくとも、これはホワイト・ハウス・サイドの問題ではないことを弁明して責任逃れ(?)もしていました。

 そんなドタバタ騒ぎがあった後の、就任式から10日後、ビヨンセはついに弁明(?)記者会見を行いました。
しかも、今年彼女が出演することになったスーパー・ボウル・ハーフタイム・ショーについてのプレス・カンファレンス(スーパー・ボウルの3日前)の席上です。
 この時のビヨンセの態度・パフォーマンスは、強気な彼女ならではの、なかなか大したものでした。ビヨンセは席上に現れるなり、「皆さん、お立ちいただけます?」と言って、いきなり国歌を伴奏も無くソロで(もちろんリップ・シンクではなく“ライヴ”です!)歌い始めたのです。
そして歌い終わると、不敵とも言える笑顔を見せて「何かご質問は?」と言い放ちました。
 これには記者達も視聴者もみんなが度肝を抜かれました。もう、ここまで開き直った態度で臨まれては、言葉もありません(苦笑)。
もちろん、記者達はそれで引き下がったわけではないので、質疑応答も行われ、ビヨンセも言葉での弁明も行いました。
それらをかいつまんで言えば、「私は完璧主義者なので、スーパー・ボウルのハーフタイム・ショーの準備に追われている中、海兵隊バンドとのリハーサルもできないまま、就任式でのライヴ・パフォーマンスを行うわけにはいかなかったので、やむなくあらかじめ録音することになった」というわけです。
そして、心配されたスーパーボウルのハーフ・タイム・ショーでのリップ・シンクの可能性や、近年懸念されているリップ・シンク・ブーム(?)には、「私は常にライヴで歌います。私は生まれつきのライヴ・シンガーなんです。ですから、ハーフタイム・ショーでは絶対にライヴで歌います」と明言し、自ら釘も刺していました。
  
 今回のビヨンセの決断と態度に関しては、それでもまだなお一部で批判はありますが、その後のファンや業界の反応を見れば、ほぼ理解は得られたと言っても良いようです。
しかし、近年のリップ・シンク処理の乱用には、方々から批判も出ています。
特に今回の騒動の中、ジェニファー・ロペスがあるテレビ番組で、「(私に限らず)ある特定の場所、特別のイベントの場合は、あらかじめ録音をしておくんです。みんながいろんな理由で、それをしなければならないことになっているんです」と発言したことには、かなりのインパクトがありました。
それは、既に業界内の常識でもあり、視聴者もある程度わかっているとは言え、彼女のようなスーパースターがはっきりと明言した(しかも、彼女自身はそうした状況を憂慮しているような口ぶりでした)ということには、事の深刻さも感じられました。
事実、最近業界内からはリップ・シンクに対する反省・見直しの声も少なからず出てきているようです。
 
 アメリカ音楽界におけるリップ・シンクの歴史というのは、実は非常に長いと言えます。
例えばテレビの音楽番組というのは、長い間ほとんどの場合リップ・シンクで行われてきました(「ソウル・トレイン」などはその代表的な番組の一つですね)。
特にやり直しのきかない生番組や、観客を前にしたライヴ形式の収録番組などでは、リップ・シンクは失敗のない安全策と言えますし、限られた時間の中での収録、経費の削減、という意味でも、リップ・シンクは歓迎されてきたわけです(最近は“ライヴ”を売り物にした「サタデイ・ナイト・ライヴ」のような番組でもリップ・シンクを行うアーティストがいるそうです)。
また、音楽界の興隆以前から映画界・テレビ界では、リップ・シンク(正確にはアフレコ)がごく当たり前の制作手段として採用されてきたことが、音楽界にも影響を与えたとも言われています。

 これに対して、コンサートなどでのライヴ・パフォーマンスは、当然のことながら“ライヴ”で行われてきました。しかし、テクノロジーの発展によって、“その場で演奏されていない音”や、“その場で歌われていない歌”が、純粋なライヴ・パフォーマンスとミックスされて届けられることが容易になってきたわけです。
 そうしたテクノロジーの代表的なものがデジタル音楽機器、つまりシーケンサーであり、MIDIであり、コンピュータであるわけですが、こうしたテクノロジーの発展によって、“同期(シンクロ)”させる技術が容易になり、その概念が一般化されていくことになっていきました。
 さらには、マシーンと人間とのシンクロにおいて媒介となる“ドンカマ”またはクリックといった正確なビート信号によって、ライヴ・パフォーマンスで起こりえる“リズムの揺れ”または“走ったり、もたったり”する現象もなくなるわけですから、完璧さを求める上では一石二鳥なわけです。
 その意味では今回のビヨンセの場合は、機械またはテクノロジーを使ったシンクではなく、デジタルとは無縁の“アナログな”海兵隊バンドを伴奏にした歌とのシンクですから、いくら自分が歌った歌とは言え、完全なシンクはそれほど容易ではないはずです。
完璧主義者のビヨンセであれば、録音した歌と完全にシンクさせて歌う(口パクする)には、それなりに練習もしたはずですし、それならば海兵隊バンドと一度くらいリハーサルを行う余裕はなかったのか、という意地悪な疑問も出てきています。

 コンサートでのリップ・シンクが浸透していった背景には、テクノロジーの発展という技術的な面以外に、音楽メディアの形態や音楽ムーヴメントの変化といった点も指摘されています。
 例えば、昔は音楽メディアはSP、EPといった短時間録音が主流だったのが、40年代末に開発された長時間録音可能なLPが、60年代の半ばから70年代の末にかけて巨大な市場を獲得したことにより、ポピュラー音楽の世界でも組曲や大作、コンセプト・アルバムといった方向性が注目されていきました(それは、80年代半ばからLPがCDへと移行していった後も引き継がれていきました)。
ところが、コンサートにおいてこうした作品を再現するにあたっては、“ライヴ”しか手段のない時代においては、とてつもない努力が成されていたわけです。そうした中での前述のテクノロジーの登場というのは、まさに待ちに待った革命的な出来事でもあったと言えます。
つまり、前述のテクノロジーの登場を待望するという背景が既にできあがっていたという解釈も可能です。
 また、アルバムの再現とは別に、コンサート自体の大型化やエンターテインメント化、ショー化といったムーヴメントは、確実性や経済性といった点において前述のテクノロジーを歓迎することになったとも言えます。
そして、80年代以降のディスコやニュー・ウェーヴといった音楽ムーヴメントやデジタル・サウンド化したロックやポップスの興隆は、まさにその結実であるとも言えます。
こういった時代の変化に伴って、リップ・シンクは、もはや“ライヴ”の現場では欠かすことのできない手段の一つとなってきたわけです。
 
 こうした動きに対して、90年代以降“アンプラグド”というムーヴメントが注目されていったことは、テクノロジーに対するアンチテーゼ、または原点回帰という側面も否定できません。
 しかし、時代は音楽メディアが“データ化”していくことになって、特にメジャーな音楽産業においては、益々手作りの“ライヴ感”というものが失われているようです。
作られた音楽はもちろんのこと、コンサートというライヴの場も、音楽データを“ショーアップ”し、マルチ・エンターテインメントとして体感して楽しむ場となり、そのためにはリップ・シンクは様々な面において大変都合の良い手段であると言えるわけです。
 音楽が音楽であった時代は終わった、などとも言われる今日この頃ですが、今回のビヨンセのリップ・シンク事件は、単なる“セレブのお騒がせ事件”ということでは終わらない、様々な示唆と反省と可能性を秘めていると言えるでしょう。

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