【I Love NY】月刊紐育音楽通信 July

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

 アメリカは7月4日独立記念日で大いに賑わいました。
ニューヨークは恒例の花火が、今年は5年ぶりにマンハッタン東岸のイースト・リヴァーに戻ってきました。
つまり、昨年までの4年間はマンハッタン西岸のハドソン・リヴァーで行われていたわけですが、これには方々から批判も上がりました。間単に言えば、ハドソン・リヴァーの対岸はニュージャージー州になるわけで、ニューヨーク市の花火であるはずなのに、何故同じニューヨーク市であるイースト・リヴァー対岸のクイーンズやブルックリンでは花火が見れず、他州のニュージャージーの住民に花火を見せる必要があるのか、というわけです。
私はニューヨーク市の花火をニュージャージー州の人に見せるな、などと了見の狭いことを言うつもりはありませんが(笑)、クイーンズの住民としては確かに寂しい思いも感じてきました。
 それがようやく5年ぶりにイースト・リヴァーに花火が戻ってきたわけですから、クイーンズとブルックリン側の盛り上がりは例年以上でした。実は、これまでイースト・リヴァーの花火は、マンハッタンのミッドタウン周辺に位置する川の上の特設花火台で行われており、現在私が住んでいるロング・アイランド・シティというのは、このちょうど対岸辺りにあるため、私自身も目の前で花火が見れるとワクワクしていたのです。


 ところが蓋を開けてみたら、イースト・リヴァーの花火はミッドタウン周辺ではなく、ダウンタウンのブルックリン・ブリッジの南側でした。ここは、もうほとんど外海となる川幅の広いエリアで、ブルックリン・ブリッジに仕掛けられた鮮やかな打ち上げ花火(見ていてブルックリン・ブリッジが爆破されているみたいでしたが)も合わさって、結果的には例年以上の豪華絢爛な花火となりました。
 しかし、我が家の近所は思いの外静かで、期待を裏切られた私は、家で疲れを癒しながらゴロゴロしてテレビで花火鑑賞という、結局去年までと何も変わらぬ結果となりました(笑)。

トピック:生ける伝説のバンド、シカゴが示唆するレコーディングの未来

 先日、アメリカのポピュラー音楽を代表し、結成47年(レコード・デビューからは45年)の歴史を誇るメガ・バンド、シカゴの現&オリジナル・メンバー達と仕事をする機会を得ました。
シカゴと聴いて、オ〜!と思われる方は私と同様、中高年層の方々であると思いますが(笑)、シカゴというバンドは、確かに60年代末から現在に至るまで、数え切れない程のヒット曲を抱えてきたと共に、オリジナル・メンバー6人中4人が今も在籍しているという、実に希有でスペシャルなバンドであると言えます。それ故、シカゴというバンドは、アメリカの音楽業界の中にあっても、一際大きな尊敬と評価を受けています。

 昨年ビルボードは、最も権威あるヒット・チャートでもあるトップ100の55周年記念に、チャートが始まった1958年から2013年までのヒット曲のランキングを集計して、トップ100のアーティストを発表しましたが、その中でアメリカのバンドとしてはトップの13位にランクされたのが、このシカゴでした。ちなみに、1位はビートルズで、その他バンドとしては、ローリング・ストーンズが10位で、ビージーズが12位、ビーチ・ボーイズが29位、イーグルズが59位でしたので、それだけでも、シカゴの位置づけや人気・評価の高さというものが伺えると思います。
 今年行われた第56回グラミー賞では、グラミー賞の殿堂入りも果たし、同賞のステージでは、ロビン・シックとのコラボレーションも大変話題となりました。

 さて、このシカゴですが、今年何と通算36枚目となる新作「シカゴXXXVI “Now”」を発表しました。企画ものやライヴ・アルバムが続いた彼等としては8年ぶりの全曲新作スタジオ・レコーディングで、更になんと1969年のデビュー・アルバム以来初のセルフ・プロデュース作品ということで、話題性もタップリです。
 内容の方は聴かれた方々個々のご感想に委ねるとして、今回、特にこちらの音楽業界的に話題となっているのは、このアルバムのレコーディング方法です。今回のレコーディングでは、ザ・リグ(The Rig)と呼ばれるシステムが使われたということですが、間単に言えばこのザ・リグは、従来のレコーディング・ツールを組み合わせてカスタマイズした遠隔モバイル・レコーディングで、基本的にはPro ToolsにPCI拡張ボックスであるMAGMA社のExpressBoxを組み合わせたものとなっています。この組み合わせは、既にライヴ・レコーディングの現場で行われているもので、特に画期的なものではありませんが、要は、そのハイエンドなカスタマイズ法と、ライヴ・レコーディングよりも一層モバイラビリティにフォーカスした点に特徴があるわけです。

 このザ・リグのカスタマイズに関しては、オリジナル・メンバーの一人でトランペッターであるリー・ロックネインが先頭に立って開発に関わったそうですが、半分はトラベル用のシステムで、もう半分のシステムは、シカゴの制作拠点である彼等のホーム・スタジオにセッティングされているそうです。
 ちなみに、彼等のホーム・スタジオは、スタジオ音響デザインの巨匠、トム・ヒドレーが作り上げたハリウッドにある有名なウェストレイク・レコーディング・スタジオ(スタジオAは、マイケル・ジャクソン「スリラー」のレコーディングがあまりにも有名です)を復元したものだそうですが、シカゴは彼等の初期のプロデューサーとして有名なジェイムズ・ガルシオのスタジオであったカリブ(Calibou Ranch)で長年レコーディングをしてきており(「シカゴVI」から「シカゴXI」までの5作品)、このカリブもヒドレーのデザインということで、ヒドレーの音響デザインに大してはかなりのこだわりがあるようです。
 余談ですが、このカリブは、エルトン・ジョンの同名アルバム「カリブ」や「キャンプテン・ファンタスティック&ブラウン・ダート・カウボーイ」のレコーディングでも有名ですし、その他にもジョン・レノン、マイケル・ジャクソン、ビリー・ジョエル、アース、ウィンド&ファイア、U2などを始め、100を超える有名アーティスト達の有名アルバムを生み出してきたスタジオとしても知られています。

 話をザ・リグに戻しますが、このシステムはライヴ・レコーディングに限らず、テレビやインターネット、また映画の5.1サラウンドにも対応可能であるとのことですが、実際に、今回のシカゴの新作では、シカゴのホーム・スタジオをベース(拠点)にして、レコーディング自体はツアー中のホテルの中で頻繁に行っていたそうです(ツアー・バスの中でもレコーディングは可能だそうです)。
 シカゴというバンドは、数多くの大ヒット曲を持ちながらも、基本的にはライヴ・バンドであると言えますし、レコード中心で彼等の音楽を親しんできた人達にとっては、彼等のライヴはとてつもなくエネルギッシュで驚きに満ちているとも言えます。
 しかも、結成48年になろうかという現在も、彼等は精力的にツアーで世界中を回り続けていますし、特に2000年代に入ってから二度も行っているアース、ウィンド&ファイアとのジョイント・ツアーは、単なるダブル・ビルのジョイントではなく、本当に豪華な競演を繰り広げたことで、シカゴのライヴ・バンドとしての実力と底力を改めて見せ付けてくれました。

 そんな彼らにとって、ライヴ・レコーディングのみならず、ツアー中に“スタジオ・レコーディング”ができてしまうというのは、実に心強いことであると言えます。これまでのようにレコーディング・スタジオを探し、山のようにある自分達の楽器や機材を運び込んでセットアップしなくても、ツアー中に使っている楽器やライヴ機材などを、そのままホテルやバスの中など、どこでも使用できて、しかもスタジオと同様のクオリティーでレコーディングできてしまうわけですから、これはもう願ったり叶ったりと言えるわけです。
 やはりオリジナル・メンバーの一人であるサックスのウォルター・パラゼイダーも、今回のザ・リグを使ったレコーディングは、単に便利であるというだけでなく、いわゆる通常のレコーディング環境とは異なり、いろんな場所でレコーディングするということが、これまでの経験とは全く異なるものだったのでとても楽しかった、と語っていました。ウォルター自身は、最新のテクノロジーというのはあまり得意ではないので、最初はちょっと不安も感じたそうですが、出来上がりを聴いて、そうした心配はまったく不要となったそうですし、逆にホーン・セクションに関してはこれまで以上に生っぽいサウンドが得られたのだそうです。

 トランペットのリー・ロックネインは、自分達は音楽をプレイすることを愛しているし、演奏する度に、そのサウンドが気に入っているので、そうしたサウンドを出来る限りそのままの形でファン達に届けたい、と熱い思いを語っていました。まさに、この思いがザ・リグを開発・カスタマイズした大きな理由でもあり、だからこそ、ザ・リグは常にバンドと一緒に動けるようにモバイル性が高く、ハンディでフレキシブルでありながらもクオリティの高いものに仕上げなければならなかったそうです。
 もう一人のオリジナル・メンバーである、トロンボーンのジェイムズ・パンコウは、テクノロジーを抱き込んだシカゴというバンドの頂点とも言えるものが、このザ・リグなんだ、とまで断言していましたが、ここに、このザ・リグが単なる優れた最新テクノロジーだけではない理由があると言えます。
 
 レコーディング・テクノロジーは年々進化していき、特にコンピュータ上で処理されるようになってからは急速な発展を遂げました。その一つの歴史的な成果または完成形の一つが、今やレコーディング・スタジオには無くてはならないAvidのProToolsであるわけですが、このテクノロジーの“使い方”に関しては、疑問を感じる面も多々あります。つまり、アナログ時代よりも、エディットという編集作業の比重が圧倒的に高まり、例えばピッチやタイミングのズレまでも完璧に補正・修正してしまうことが可能になってしまったわけです。
 現在、ほとんどのメジャーな音楽プロダクションでは、こうしたエディットは当たり前のレコーディング・プロセスとされ、エディットに掛ける時間の方が、レコーディング自体に掛ける時間よりも長いという“いびつな”状況になってしまっていると言えます。確かに出来上がった音楽は“完成度の高い”ものであるとは言えます。しかし、音楽における完成度とは一体何なのでしょう。言い換えれば、完成度というものが音楽にとって一番重要なものなのでしょうか。

 ここに、シカゴの現&オリジナル・メンバー達のレコーディングに対する思いや疑問、そしてポリシーがあり、それが今回のザ・リグというシステムの誕生につながっていると言えます。
 「みんな、巷に溢れるロボットみたいにプログラミングされた“クズ音楽”の山に飽き飽きしてきているはずなんだ」というジェイムズ・パンコウの過激な発言は、実に力強く、説得力のあるものであると私は感じています。
 パンコウのストレートな発言は続きます。「僕等はライヴでもスモークなんて使わないし、ミラー・ボールなんかも使わない。そして、絶対にリップ・シンクなんて使わないよ!」パンコウは、レコーディングだけでなく、今やメジャー・アーティストのライヴ・パフォーマンスでは使用されないことはほとんど無いとも言えるリップ・シンク(クチパク)に関しても一刀両断します。
 ビヨンセは、オバマ大統領二期目の就任式でリップ・シンクを使ったパフォーマンスを行って非難されましたが、その後の記者会見で、自分が完璧主義者であることを理由に、その行為を“正当化”しようとしました。この時は、大統領の就任式という場であったから非難されましたが、今やライヴ・パフォーマンスでリップ・シンクを使っても非難されることはありません。ビヨンセは度々「私はリップ・シンクなんてやる必要はない」と発言しているようですが、彼女が実際にライヴでリップ・シンクを使っていることは関係者の中では周知の事実ですし、それを知っているアレサ・フランクリンが「彼女は“何をやっても”一流よ」と吐き捨てたのは、実に爽快な一言でした(逆にピンクは、絶対にリップ・シンクを使わないことをモットーにしています)。

 リップ・シンクにしろ、レコーディング時のエディットにしろ、こうした最先端のテクノロジーはもっと有効に、あくまでもプロフェッショナルなツール(=Pro Tools)として使用・利用すべきではないか、という思いが、基本的にはPro ToolとExpressBoxの組み合わせであるザ・リグのコンセプトや思想にもなっていると言えます。テクノロジーは“使用・利用すべきもの”であって、“支配されるもの”ではないという姿勢が、シカゴの現&オリジナル・メンバー達には溢れていると感じました。

 もう一つ興味深い点は、シカゴはこのシステムと方法論を使って、レコード(CD)またはアルバムというメディア自体やディストリビューション自体に関しても新たな方向性を示唆・提示しているということです。
 実際に、今回のシカゴの新作「XXXVI “Now”」の収録曲は、およそ1年ほど前から、このザ・リグを使って彼等のウェブサイト上で断片的に公開されてきました。つまり、ファンはシカゴの新しい音源を、“ありのままに近いサウンド”でストリーミングすることによって聴き重ねていくことができ、それを集約したものが“アルバム”であるというスタイルです。
 これはある意味で、これまでアルバムからシングル・カットがされてきたこと(ファースト・シングルは、アルバム発売よりも先行されてはきましたが)、または、シングル・カットの寄せ集めプラス、シングルには成り得なかった余り曲を組み合わせてアルバムが作られてきたこと、というこれまでのポピュラー音楽の流れとは全く異なる発想とも言えます。再びパンコウの言葉を借りるならば、「僕等は、新しいレコードの作り方だけでなく、新しいレコードの露出方法をも視野にいれているんだよ」というわけです。
 さらに、彼等はフェイスブックを初めとするSNSまたはソーシャル・メディアに対しても積極的ですし、そろそろ70歳に手が届こうかという初老(失礼!)のミュージシャン達のクリエティヴティとフレキシビリティには本当に頭が下がる思いがします。

 今回の彼等との仕事がきっかけで、私は久々に彼等の昔のライヴ・パフォーマンスをYouTube(権利的な問題はあっても、やはりこれも感謝すべきテクノロジーであり、メディアの一つであると言えます)で鑑賞しました。昔のジャズ的なアヴァンギャルドさやサイケ的な色合いは今ではかなり影を潜めましたし、昔と今ではサウンドの“テイスト”も大分異なります。それでも彼等のライヴ・パフォーマンスにおける音の質感や勢い、パワーやエネルギー、躍動感やグルーヴ感といった彼等の音の真髄は、“ウインド・シティ(シカゴという街の愛称)のブラス・ロック・バンド”と呼ばれた70年代初頭も、前述した近年のアース・ウィンド&ファイアとのツアーや今年のグラミー賞でのパフォーマンスでも全く変わらないと感じました。

 そう言えば、ウォルター・パラゼイダーが面白い話をしてくれました。彼の父親は、ウディ・ハーマンのビッグバンドでもプレイしていたトランペット奏者だったそうですが、90歳近くなった時に自分のトランペットを手にして、「いつかこの楽器をマスターするぞ」と言っていたそうです(笑)。
 「ミュージシャンというのは、常に毎日自分の楽器から学べることが何かあるから、完全にマスターすることができないのかもしれないし、もしかしたら、マスターすること自体が重要なわけではないのかもしれない」というウォルターの言葉は、マスターした“完成度”ではなく、マスターしようとする“過程”の大切さを改めて教えてくれるように思います。

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