【I Love NY】月刊紐育音楽通信 April 2016

 ここ最近、雑誌やテレビなど日本のメディアでは“ニューヨークの最新人気エリアはブルックリン”
というような言われ方をしていると聞きます。ブルックリンに関しては、私自身もこれまで何度か
取り上げてきましたし、昨年は「ブルックリン」という映画もヒットするなど全米的に注目を
集めてきていますので、それはある意味では正しいのですが、実際には様々な要素や現状があって、
一言で言い切ってしまうには危険があります。
 
 まず、一般的にブルックリンが注目されているというのは、ウィリアムズバーグやダンボ、ボコカ
(ボアダム・ヒル、コブル・ヒル、キャロル・ガーデンズという3つのエリアを組み合わせた略語)
などといったごく限られたエリアのみであって、その他ダウンタウン周辺やブッシュウィックなどの
エリアで注目されているのは、その中の一部のエリアであって全体では無く、
まだまだ治安の悪い“ゲットー・エリア”は多く存在します。
 最近は、ブルックリンで最も治安の悪いエリアの一つであったベッドフォード・スタイヴサント
(通称、ベッドスタイ)なども大きく変わってきており、昨年までは私の娘も住んでいましたが、
これを最先端の動きを追おうと“流行”のように捉えるのは大変危険です。
(その大きな責任の一端は、ニューヨークの“最新”を無責任に発信し続けているメディアと、
現場の情報提供を行うライター、ブロガーといった連中であると私は感じています。)
 
 現在ニューヨーク市では、アフォーダブル・ハウス(アパート)と呼ばれる新しい形の
ハウジング・プロジェクトの開発が急ピッチで進められていますが、その中には、これまで治安が悪くて
敬遠されていたエリアも数多くあります。ニューヨーク市とデベロッパーとしては、こうしたプロジェクトを
進めることによって、これまで治安の悪かった場所を再開発していきたい(不動産・物価を高騰させたい)
狙いがあるのですが、その過程においては様々なリスクがつきまといます。
 
 昔、ウォー(War)というバンドの「世界はゲットーだ」というヒット曲がありましたが、
アメリカという国は恐ろしいほどの貧富の差が存在するため、
どこの都市・町にもゲットーが少なからず存在します。そのため、特に都市部では
貧富が背中合わせで共生し、常に犯罪が潜在化しているとも言えます。
  また、アメリカ人と日本人は歴史的な背景や住環境が全く異なりますので、治安の善し悪しに対する
感覚にも大きな開きがありますし、更にアメリカ人の中でも所得や環境の違いによって
認識に差が生じてきます。
 
 最近私の周りで、日本から仕事や休暇で来られた方でインターネットで見つけた安いホテルや
アパート(しかも「最近注目のブルックリンの人気エリアで治安も良い」などと紹介されている)などに
滞在されたものの、不安を感じられたりトラブルに遭遇されたりする機会を何度か立て続けに
見聞きしてきました。一歩間違えれば命にも関わるそうした問題を避けるためにも、
この国は人気と流行だけでは絶対に語れないということを多くの人たちにわかっていただきたいと
望むばかりです。

トピック1:ロック界の超セレブ・バンド、ハリウッド・ヴァンパイアがツアー発表


  前回お伝えしたグラミー賞授賞式に関するトピックは、その問題点に関することでしたので
敢えて触れませんでしたが、不当な扱いを受けたモーリス・ホワイトはもちろんのこと、
デヴィッド・ボウイやグレン・フライに対する追悼パフォーマンス以上に華やかで
大きな注目を集めて話題になったのは、受賞式の終盤に行われた、
モーターヘッドのリーダー/シンガー/ベーシストであったレミーこと
イアン・フレイザー・キルミスターへのトリビュートでした。
 パフォーマーは“ハリウッド・ロック・バンド”とか“セレブ・ロック・バンド” などとも
言われているハリウッド・ヴァンパイア。ご存じのようにこのバンドはアリス・クーパーと
エアロスミスのジョー・ペリー、そして ジョニー・デップという超セレブな
トリオ・ユニットですが、そこにガンズのダフ・マッケイガンとマット・ソーラム(元ガンズ)が
ボトムを 支えるという豪華なラインナップで、「これって本当にグラミー賞の授賞式?」と
驚き目を疑うような怒濤のロック・パフォーマンスを繰り広げ、それまでの受賞式の
セレブ的な華やかさを粉砕するほどに強烈かつ圧巻でした。パフォーマンスは2曲のみでしたが、
後半のモーターヘッドの名曲「エース・オブ・スペーズ」では、レミーを心底敬愛していたベースのダフが
モーターヘッドのTシャツを身に付けてマイクを前にレミーのごとく仁王立ちし、アリス・クーパーと
二人で熱唱しながら気合いの入ったパフォーマンスを繰り広げてくれました。
 
 何しろ現在のハリウッドを代表する超大物セレブ俳優となったジョニー・デップと、
今もツアーをメインに精力的な活動を続けるエアロ(ジョー・ペリー)のスケジュールを
調整しなければならないわけですから(この3人の中では、アリス・クーパーのスケジュールは
一番フレキシブルでしょう)、誰もが単なる一回限りか、グラミー賞受賞式のように特別な
ショー・イベントやフェスティヴァル向けの顔見せバンドであると思っていたようですが、
何と驚くことに今年は5月から7月にかけて9カ所で11本のツアーを行うことを発表しました。
もちろん2ヶ月間でたった11本というのは非常に少ないわけですが、このメンバーを考えると、
よくスケジュールを確保したものだと関心せざるを得ません。
 ツアーはまずヨーロッパ4カ国(ポルトガル、デンマーク、スウェーデン、ルーマニア)を回って
アメリカに戻り、アメリカでは主にロック・フェスやカジノに出演することになっています。
 ガンズのダフは当初からサポートとしてこのバンドに加わっていましたが、今回のツアーでは
ほぼメンバーとして名を連ねています。それは前述のグラミー賞授賞式での
レミー追悼パフォーマンスでの“本気度”が大きな評価を受けたと言えるようですし、
実際に“永遠のパンク小僧”であるダフが加入すると、 サウンドが明らかに変わることは、
私自身ガンズ全盛期のコンサートを観たり、またダフとマットとスラッシュの3人と仕事をした時にも
痛感したことでもありました。よって、正にダフの存在が、セレブ・ ロッカーとセレブ俳優による
夢のバンドを本物のロック・バンドに仕立て上げる起爆剤となっていることは間違いないようです。
 
 ロック界は特にガレージ・バ ンドやインディー・バンドの登場以降、
良くも悪くも規模がコンパクトになり、70〜80年代のような巨大ロック・ビジネスというものが
ほとんど消え去ってしまいましたが、それでもここ数年は当時の大物達の多くが元気に頑張っていて、
“ロック・エンターテインメント”とでも言うべき形で音楽シーンを盛り上げていると言えます。
そうした中で、ハリウッド・ヴァンパイアの活動は、セレブ的過ぎるという批判もありますが、
久々にビッグ・マネーの動くロック・ビジネスというものを再現・復活させてくれているとも言えます。

トピック2:「アメリカン・ア イドル」遂に終了
 2002年からFOXテレビで放映され、数々の有名シンガーを輩出した人気オーディション番組
「アメリカン・アイドル」が、この4月で遂に幕を閉じます。
 ご存知の方も多いように、この番組出身の“アイドル”には、ケリー・クラークソン、
キャリー・アンダーウッド、ファンテイジア、ジェニファー・ハドソン、ルーベン・ スタッダード、
ジョーダン・スパークス、アダム・ランバートなどがおり、その他にも多数の素晴らしい才能を
世に知らせることになりましたが、最近は視聴率も下がり、マンネリ化も指摘され、有名スター達の
審査員起用で話題性を保とうとしていましたが、やはりかつてのオーラ的なパワーは
すっかり弱まってしまっていたと言えます。
 
 思えば、オリジナル審査員3人体制の頃の「アメリカン・アイドル」は本当に見ごたえがあり、
楽しく、心踊らされるものがありました。辛口のサイモン・コーウェル、優しい思いやりの
ポーラ・アブドゥル、励ましのランディ・ジャクソンという3人のキャラクターが
実にバランス良く保たれており、視聴者の共感を呼んでいただけでなく、
出演者達の心もつかんでいたことがテレビを通しても感じられたものでした。
 しかし、ポーラが去り、サイモンが去ったシーズン9で、オーディション自体の魅力が大きく減少し、
それをシーズン10から参加した新審査員のスティーヴン・タイラーとジェニファー・ロペスが
取り戻すかに見えましたが、ポーラの思いやりはジェニファー・ロペスが継ぐことはできても、
サイモンの厳しさは消え去ってしまい、オーディションとしてのスリルや緊張感といったものが
希薄になってしまったと言えます。
更に、スティーヴンとジェニファーが去って、マライア・キャリー、 ニッキー・ミナージ、
キース・アーバンに代わってからは、単なるセレブによる審査という色合いが強まってしまい、
番組として、また審査員の立場から本当に優れたスター(シンガー)を世に送り出そう、
という意欲・気概が無くなってしまった感は否めません(マライアとニッキーの対立といった別の面での
面白さはありましたが)。
 とは言え、この「アメリカ ン・アイドル」は、審査員が決めるオーディションではなく、
視聴者参加型のオーディションでした。特にセミ・ファイナルからは視聴者の電話投票という形で
絞られていくわけです。ここで一つ面白い話があるのですが、アメリカ全土で大人気であった
同番組ではありますが、実は圧倒的な視聴率を誇っていたのは南部地方であったと言われています。
そのためと言い切ることはできませんが、実はファイナリストも南部出身者が非常に多かったのは
事実です。もちろん前述のように黒人のファイナリスト達の活躍も目立っていましたが、
ファイナリスト全体として は、南部出身の“グッド・ルッキングな白人兄ちゃん”が圧倒的に多い、
ということは方々から指摘されていました。また、「アメリカン・ア イドル」は
視聴者投票ということもあって、単なる歌唱力だけでなく、人間性・人柄も大きな要素として
問われることにも特徴がありましたが、その意味では南部的な明るく人の好い従順なキャラというものも
好かれたことは間違いなかったようです。
 
 そんな「アメリカン・アイドル」でしたが、今回終了となった後は、21世紀フォックス社と、
音楽教育プログラムのサポートを行っている「ギヴ・ア・ノート基金」という非営利団体が手を組み、
アメリカ全土の学校に「アメリカン・アイドル助成金」なるシステムを導入していくことに
なるのだそうです。
 アメリカという国は、特に自国の音楽を自国の誇るべき文化として大切にする意識が
非常に強いといえますが、このように一つの時代・ムーヴメントを作り上げた大人気テレビ番組の
コンセプトや成果が、学校教育の現場に導入されて新たな展開を切り開いていくというのは
素晴らしいことであると言えます。

トピック3:全米レコード協会がデジタル著作権法再編を求める声明を発表
 以前お伝えしましたように、 昨年の3月にジェイZが57ミリオン(5700万ドル)で
その姉妹会社Aspiroと共に買い取った北欧のストリーミング会社Tidalですが、
その後のビジネスは非常に好調のようで、サービス開始からわずか1年ほどで300万人の
有料サブスクライバーを得た、と公表してるようですが、購入したジェイZがその著作権料を巡って
Tidalの元オーナーに対して訴訟を起こす事態になっているそうです。
賠償金額はおよそ1500万ドルとのことで、これに勝訴すれば、ジェイZはさらなるミリオンネアー、
いやビリオンネアーとして音楽界に君臨し、ビヨンセを傍らに“ジェイZ帝国”を益々拡大していくと
思われます。
 
 Spotifyを始め、訴訟騒動の絶えないデジタル音楽界ですが、そのストリーミングを中心とする
デジタル著作権に関して、現行の著作権法(Digital Millennium Copyright Act。以下DMCA)の
見直し・再編を図るよう、スティーヴン・タイラーやライオネル・リッチー、ケイティ・ペリーなどが
中心となって署名運動を行い、アーティストやソングラ イター、そして他の音楽業界人達が
ワシントンDCにある連邦政府の米国著作権局にアクションを起こし始めたことが、
アメリカ・レコード協会による声明発表によって明らかになりました。
 このDMCAは1998年に当時のクリントン大統領によって認可されたものですが、
既に18年という歳月が経って時代遅れで有名無実なものになっているとの批判が
特にアーティスト・サイドからは高まっています。
 
 今回の声明では、「今やDMCAは、メジャーなテックカンパニー達がこれまでの歴史の中で
レコーディングされてきたほとんどの音源を簡単に手に入れられるテクノロジーを使って大きく成長し、
膨大な利益を得ることを許しているのみである。その利益は消費者のスマートフォンから彼等の
ポケットへと入っていくのに対し、アーティストやソングライター達の収入は減り続ける一方である」、
「音楽の消費は、かつて無いほどウナギ登りに上がっているにもかかわらず、
その消費を発生させる源であるアーティストやソングライター達が得られるマネーは急落している」と、
現状に対する不満・批判が厳しく盛り込まれており、これを機に、アーティストやソングライター達の
アクションは一層活発になっていくことは間違いありません。
 これに対して、“メジャーなテック・カンパニー”であるインターネット協会のFacebook、Google、
Netflixなど は、今回の全米レコード協会の声明に先駆けて、「DMCAは意図された通りに効果的に
機能している」と発表し、DMCAによっていかに消費者がインターネット・プラットフォームを
有効に活用できるようになっているかという消費者の便利性と経済性のアドバンテージを味方に付けて
アーティスト・サイドを牽制しており、今後“デジタル著作権戦争”が益々激化していくのは
必至であると言えます。

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