【I Love NY】月刊紐育音楽通信 August 2016

 先日、ダラスで予定されていた仕事がキャンセルとなってしまいました。
理由は同地で警官5人が撃ち殺された事件です。仕事がキャンセルとなるのは
大変困った事態ですが、それ以上に困った事態なのは、黒人対警察という対立図式です。
どちらのサイドも事件が起こる度に態度を硬化させる結果となってしまい、
解決どころか対話の糸口すらもいまだ掴めずという状況です。
 
 私自身も、以前白人警官からひどい扱いを受けたことが何度かあります。
白人警官達の中には、法を執行するという立場を越えて、明らかに人種的偏見を持った人間達がいることは明らかですし、アフリカ系の人達が受ける屈辱の度合いは黄色いアジア人の
私の比ではありません。しかし、それは一部の話であって、全ての話ではありません。
悪い黒人もいれば、悪い警官もいる。そんなことは誰でもわかっているはずなのに、
事態はエスカレートする一方で、人種間に潜む疑いと恐怖と敵意は益々助長されていると
言えます。
 
 そうした中、先日マイケル・ジョーダンが黒人対警察の問題に立ち上がりました。
ジョーダンはこれまで政治的な発言や行動はほとんどと言ってよいほど避けてきた人ですので、この人が動いたのは驚きであると共に、事態の深刻さも強く感じます。
 今回、ジョーダンは警察と黒人協会の両サイドに対して多額の寄付をするとのことです。
億万長者のスーパースターであれば寄付は当然とも言えますが、それは金によって解決しよう
ということではなく、金によってそれぞれの組織体制を改善し、お互いの理解を深めるため、
対話を実現させるための“教育的投資”であるとのことです。
 差別・偏見の根っこは“無知”であるとよく言われます。“無知”は敵意と恐怖を生み出します。
実際に、この“無知”によって敵意と恐怖を抱いている人達のいかに多いことか。
そして、この“無知”によって敵意と恐怖を煽り、アメリカの基本理念や憲法の意義までも
崩壊させてしまう大統領候補まで登場してしまうのが、残念ながら今のアメリカの一つの
姿であると言えます。
 ジョーダンの決意と取り組みが、少しでも現状を打開する手助けとなることを
祈るばかりです。 

トピック:“モンスター”プロモーター企業、Live Nation


 アメリカの夏はどこもコンサート・シーズンです。一般的に大物アーティストのツアーは
夏を外しますが、それでも各地で大きなイベントやフェスティバルが行われ、
野外コンサート・ホールはかき入れ時となるため、それに引っかけてのツアーを行う
大物グループも数多くあります。
 実は私も、今年は6月にジャーニーとドゥービー・ブラザースとデイヴ・メイソンの
トリプル・ビル、そして7月はハートとジョーン・ジェットとチープ・トリックの
トリプル・ビルの野外コンサートを家族で楽しんできました。場所はいずれもマンハッタンから東に約1時間〜1時間半ほどにあるジョーンズ・ビーチ。
2002年からはトミー・ヒルフィガー、そして2006年からはニコンがこのシアターを買い取り、冠が付いて「ニコン・ジョー ンズ・ビーチ・シアター」と呼ばれている、
ニューヨークを代表する野外シアターです。
ステージの後方には穏やかな内海が広がり、潮風を受けながら音楽を聴く気分は最高で、
私自身これまで数え切れないほどのコンサートをこのシアターで体験してきましたし、
個人的にも大のお気に入りのシアターでもあります。

 今回の上記コンサートは、こちらアメリカで言えば“クラシック・ロック”、日本的に言えば
懐メロ的なアーティスト&コンサートですが、どちらも満員ソールドアウトで大いに
盛り上がりました。世代的には70年代から80年代にかけてティーン・エイジャーであった
私のような中高年層が中心ですが、今は興業(コンサート)もこの層を狙ったイベントが
一番儲かる、と言われています。基本的に若者はお金を持っていないわけなので、
高い値段のコンサートには足を運びません。しかも今はストリーミング時代で、 アーティストをアルバム単位で聴く指向が薄れていますので、音楽はストリーミングで充分ですし、
高いお金を払ってコンサートまで行こうというファンは昔よりも圧倒的に減っているわけです。
 これに対して中高年は、若者よりはお金に余裕がありますし、LP世代ですから
この時代のアーティストの音楽をしっかりと聴いてきているわけで、アーティストに対する
思い入れやファン度/マニア度が今の若者とは全然違います。
 そうした層に対して、プロモーター・サイドが巧みにアプローチしているのが、
いわゆるVIPチケットです。会場に近い、またはアクセスが容易なVIPパーキングに始まり、
VIP席が用意され、更に特典としてアーティストとの写真撮影や限定マーチャンダイズの進呈
など、ファン心理をくすぐる様々なアイディアが盛り込まれます。値段は大体数百ドルという
ものですが、これがほとんど常にあっという間に完売してしまうのです。
 お金が動くのはVIPチケットだけではありません。通常のチケットは値段自体は抑えめですが、施設費だの、チケット発券手数料だの、サービス料だの、その定義も不明瞭なチャージが
加算され、気がついたらチケット料金の2〜3割増しになってしまうのが現状ですし、
なにしろ会場内に入ってからの出費がかかります。ボトル水は5ドル、ビールは一杯
10ドル以上、ワインは15ドル近く、食べ物はジャンク・フード・レベルのハンバーガーや
ホットドッグでも10ドル近く、更にマーチャンダイズは上がり続け、Tシャツ40〜50ドル
という有様です。
しかし、これらが飛ぶように売れていくのですから驚きです。

 音楽メディアがCDか らデータ・ファイルへと移行していき、音楽ビジネスの危機が
騒がれ始めた頃、「これからは興業の時代が再びやってくる。音楽メディアがいくら
変わろうと、興業は常に存在するのだから」と予測した音楽業界人が何人もいましたが、
まさしく時代は再び興業の時代に入ってきているようです。
 それを見事に裏付けるかのごとく、年度の第二四半期(4〜6月)の決算結果が発表される
7月末に、世界最大のイベント・プロモーターであるLive Nationの第二四半期の純収益が、
2015年の同時期に比 べて倍額以上となったとの発表がありました。総収入としては、2015年
第二四半期の約17.7億ドルから2016年第二四半期は約21.8億ドルですので約23%増ですが、
純利が倍以上(2015年の第二四半期約1500万ドルから2016年第二 四半期約3770百万ドル
というのは尋常ではありません。

 Live Nationは、2005年に設立されたイベント・プロモーターですが、レコード契約のような形でアーティストと興業契約を交わすスタイルで話題を呼び、U2やマドンナ、ジェイZや
シャキーラなどと次々と契約を交わし、大きな注目を集めました。
 その後、Live Nationはアメリカ全土に10店舗以上ある人気・名門クラブ(ライヴ・ハウス)
であるHouse of Bluesを始め、全米で100以 上の有名ホール/シアターを買い取ったり、
スーパー・ボウルのハーフタイム・ショーの興業権をつかんだり、音楽以外の人気イベントの
興業権を手中に収めるなど、破竹の勢いでのし上がっていきましたが、更に音楽界を震撼
させたのが、2010年全米最大いや世界最大と言えるチケット販売会社Ticketmasterとの
合併です。
 文字通り興業産業の独占化と言って良いこの合併は、大変大きな話題というか問題となり、
ブルース・スプリングスティーンを始めとするアーティストが反対を表明し、
Ticketmaster以外のチケット会社はもちろんのこと、マイクロソフト、グーグル、ヤフー、
eBayといったマルチ・テクノロジー企業が次々と反対表明&運動を繰り広げ、下院議会では
憂慮すべき問題として取り上げられましたが、Live Nationの強力なロビー活動によって
これを阻止することは現状できていませ ん。
 
 実は最初に触れましたニコン・ジョーンズ・ビーチ・シアターも、
Live Nationが所有/リース/興業権を手にしており、形としてはニコンに対して冠を付ける
権利を与えているということになり、前述のコンサート自体も全てLive Nationによるものであるわけです。
 アメリカは資本主義の国ですし、弱肉強食は常ではありますが、独占に関しては禁止法も
しっかりとあります。しかし、実際には合併の繰り返しによって独占状態となり、
企業も独占を目指すというのが実情であると言えま す。これは音楽産業に限らず、
映画産業などのエンタメ産業全般、食品や製造業、ホテルなどのレクリエーション産業、
航空・貨物などの運輸産業など、どこの業界を見ても平然と行われているわけです。
 大統領選を11月に迎えるアメリカは、今、富の分配という点も大きな論議となっていますが、その矛先となるのは金融業に限ったことではなく、あらゆる業種・職種・方面において
富の集中が行われているのは紛れもない事実と言えるでしょう。

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