【I Love NY】月刊紐育音楽通信 July 2016

今年も7月4日の独立記念日がやってきました。
独立記念日と言えば、BBQと花火というのが大多数を占める一般的なアメリカ人の連想回路であり、“アメリカの誕生日”としてアメリカの祝日の中では最もお祭り的な盛り上がりを見せるとも言えます。
 しかし、まだまだ少数派ではありますが、この独立記念日こそ、アメリカという国の成り立ち、そしてアメリカという国の基盤となる憲法について考えようという動きも活発になってきています。
 先日のオーランドのゲイ・クラブでの虐殺の衝撃と反動は、今もアメリカ全土を揺るがしていると言えます。
亡くなった人達(ほとんどが20歳代の若者達です…)には本当に申し訳なく気の毒ですが、先日の事件によって、連邦的には認知されているとは言え、州レベルではまだまだ差別の続くLGBTQムーブメントを大きく前進させる起爆剤となったことは間違いありません。
しかし、その一方で銃規制に関しては何も変わらず、何も動かずです。
アメリカ人以外の人達はよく、「何故アメリカは痛ましい銃乱射事件を繰り返しても銃規制ができないのか」と言いますが、それは簡単です。
銃の所持は憲法(修正第二条)で保障されているので、銃規制は憲法違反であり、建国の父達に背く行為、と解釈されるわけです。アメリカはそうやって銃と共に生まれ育ってきた国なわけです。
 しかし、闇雲な護憲ではなく、憲法がいつ生み出され(1789年提案、1791年実施)、当時がどういう状況であったかについて、しっかりとした理解を持つことは益々必要になってきていると言えます。
何故我々は銃を持ち続けるのか。
何故我々には銃が必要なのか。
建国の父達の時代・状況・背景を理解することは、今の時代を理解することでもあります。
アメリカの銃規制はそうした根本的なレベルでの問いかけ無くしては決して成し得ないでしょう。

トピック:イギリスEU離脱の衝撃と音楽界への影響について


 恥ずかしながら、自分の“読み”は見事に外れてしまいました。
自分の理解・考察・判断など当てにならないほど、今の世の中はあまりにダイナミックに動いていることを思い知らされました。
もちろん、問題はこの後も継続していくとしても、今回はイギリスがEUを離脱することはないだろう、と私は思っていたのです。
 ご存じのように、EU残留派のジョー・コックス議員の射殺事件は、離脱派・残留派双方にとってとてつもないインパクトを与えました。
両陣営ともあの事件の後は広報・宣伝活動を控えていましたし、犠牲となったコックス議員に対する“同情票”が増えたことは間違いないと言われています。
 実際に、コックス議員が射殺された6月16日以降、残留派の支持率は上がり、離脱派の支持は落ちていきました。
しかし、23日の投票の結果は離脱派の勝利となったわけで、コックス議員の射殺が世間の“感情”に大きな影響を与えたことは確かですが、既に世論の大勢はその前から離脱支持に大きく傾いていたと言えるようです。

 ニューヨークでも「ブリグジット(Brexit)」という言葉がよく聞かれるように
なってきたのは今年に入ってきてからのことです。
ご存じのように「ブリグジット(Brexit)」というのは、「Brit(Britain)」と「exit」を組み合わせた、イギリスのEU離脱を意味する造語であるわけですが、イギリス内でもEU離脱に関する議論が活発になってきたのは2015年の前半のことでした。
それがたった1年半の間にあれよあれよという間に大きくなって国民投票の実施という形になり、今回このような驚くべき結果となったわけですから、本当に今の世の中の動きはあまりにダイナミックすぎて、理解・考察・判断していく暇もないほどであると言えるでしょう。

 アメリカは例によって、基本的には自国のことしか考えていない個人や企業が大半ですから、イギリスのEU離脱に関してもアメリカ国内ではそれほど大騒ぎとなっているわけではありません。
例えば世間一般で言えば、イギリスに観光に行く料金が少し下がるであろうとか、ニューヨークではここ最近落ち込んでいるヨーロッパからの観光客が、イギリスに関しては盛り返してくるであろう、といった旅行・バケーションに関する楽観論もありますが、市民生活に直接関わる部分ではないため、いたって他人事のような論調が多く見られます。

 しかし、イギリスとのビジネスを行っている多くの企業では、今後の成り行きを注視・心配・憂慮しているところも多いことは間違いありません。
これはウォール街を中心とする金融関係、そして不動産や建設業界等でしきりに言われていることのようですが、今回のイギリスのEU離脱によってユダヤ、中国、アラブなどの超富裕投資家達は益々ロンドンからニューヨークに投資を移行し、ニューヨークには一層資本が集中して更にバブリーな状況となり、土地・不動産、物価は更に上がっていき、建築ラッシュや再開発は益々進んでいくという期待が高まっているそうです。
もちろんこれは、金融・不動産業の人間達にとってはプラスな話ですが、アメリカ特にニューヨークにおいては益々貧富の格差が広がっていくことは必至であると言えます。

 今回のイギリスのEU離脱は、実は音楽界にとってはとてつもなく大きな影響となることが方々で言われていますし、それは間違いないと言えます。
 興味深いのは、今回のイギリスのEU離脱を憂慮しているのは、アメリカの音楽業界よりもイギリスの音楽業界自身であるという話です。
先日、イギリスの音楽業界誌ミュージック・ウィークがイギリスのレコード産業協会に加盟する各社にアンケートをとったところ、離脱を支持したのは20%にも満たなかったとのことで、残留派と不安を抱いている層を合わせると約8割にもなる、というデータが出ています。
 また、当のイギリス・レコード産業協会自身も、今回のEU離脱によるイギリスの音楽産業への影響について「憂慮する」と発表しています。

 今はどの国においても、自国の音楽だけでは決して音楽ビジネスが回っていくことはないグローバルな状況であると言えますし、イギリスという国も、音楽産業全体における売り上げの25%以上は、ヨーロッパ各国から入って来ているという現状の中で、EU離脱はマイナスにはなってもプラスになることは無いと言われています。
 これは、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、クイーン、エルトン・ジョン等を始め、ドル箱ならぬ“ポンド箱スター”が山ほどいて、音楽は外貨獲得のための有力な産業であるとの認識が強い中で、EU離脱によって発生する関税の復活は、イギリスの音楽産業のヨーロッパ各国での拡売に良い影響をもたらさないことは明らかであると言えます。
なにしろイギリスの音楽業界は、毎年海外の売上で40億ポンド(約5600億円)の売り上げをイギリス政府にもたらしていると言われるわけですから、今回のEU離脱によって売り上げが下がることは、イギリスの音楽産業のみならず、イギリス政府にとっても大きな痛手となることは必至と言えます。
よって、イギリス・レコード産業協会は、イギリスの音楽をヨーロッパでこれまで通り関税なしで流通させる緊急措置を政府に対して求めていくそうですし、同協会の最高責任者であるジェフ・テイラーは、「今回の国民投票の結果が、ビジネスの側面に与える影響や、先行きの経済的不安について憂慮する」と述べ、「政治的には短期間でも、経済的にはマクロな影響が展開することになれば、今回の決定は音楽業界にとって、政府との関わりのなかで新たな優先事項を意味することになる」とも断言しています。

 EU離脱によってイギリスは、それが良い結果をもたらすか悪い結果をもたらすかは別として、自国の主導権を取り戻していくことは間違いありません。
まずは楽曲著作権です。
EUには著作権に関する統一条約があるわけですが、EU離脱によって、自国の著作権法を法令化することになるイギリスは、イギリス国内における海賊行為や著作権法の抜け穴を利用した行為・搾取から自国のアーティストを一層守っていくことになるとも言えますが、イギリス独自の著作権法が、より厳しい規定となっていけば、今後著作権が絡んだワールドワイドまたはグローバルなビジネスの動きにおいて足かせとなっていくことも充分考えられます。

 また、新たな関税が、レコードやCDといった形あるメディア、輸入・輸出の対象となるメディアにとっても大きな影響を与えることは間違いありません。
世の中はストリーミングの時代と言われても、実際にCDは今も有力な音楽メディアの一つとして存続し続けていますし、ここ最近のレコード・リバイバルは、これまでのDJユースを越えて、特に若年層を中心にリスナーを増やし続けていますので、こうしたメディアの輸入盤・輸出盤相場が、イギリスによる新たな関税によって高額となっていくことは間違いないとも言えます。
 また、その逆の形として、EU加盟国でないとCDやレコードなどのメディアには関税が発生するため、このことも結果的に売り上げに影響していくことになります。
実際にイギリスのアーティスト達というのは自国だけで無く、EUつまりヨーロッパ諸国での売り上げに頼っているわけで、上記の関税によってイギリスとEU諸国との間に壁が作られることは、アーティスト達にとって致命傷ともなってしまうわけです。
よって、イギリスを拠点とするレコード会社・レーベルの過半数以上はEU残留派であったとされています。

 音楽業界におけるもう一つの大きな問題はツアーです。
EU発足後は、イギリスのアーティスト達がヨーロッパツアーを行う場合、EU国内での移動であれば基本的にビザの問題は発生しませんでした。
しかし、EU離脱となれば、イギリスのアーティスト達にはEU諸国でのビザの発行が必要となり、これまでのように簡単にヨーロッパ・ツアーを行うことができなくなるわけです。
 また、今後イギリスを含めたヨーロッパをツアーするアメリカのアーティストや非ヨーロッパのアーティスト達にとってもビザの問題、具体的にはビザの申請・発給・取得が煩雑になるという事態は、そうしたアーティスト達のツアー活動の停滞を引き起こすことも充分に考えられます。
 公演に関する問題はアーティスト・サイドに限られたことではありません、陸続きのヨーロッパにおいて(イギリスは島国ではありますが)、列車での移動が可能なヨーロッパにおいては、動くのはアーティスト達だけではありません。
つまり観客もヨーロッパ内を動いていくわけで、実際にイギリスで行われている音楽フェスティバルの観客の半数以上は、イギリス国外からやってきているというデータもあります。
 このように、ツアーや公演、フェスティバルがこれまでのように容易に行えなくなり、観客も自由に動けなくなってしまうことは、イギリスのアーティストや音楽産業のみならず、世界中の音楽産業にとって同様に致命傷となってしまうことにもつながります。

 前述のジェフ・テイラーは、「我々は今回のEU離脱を受けて、音楽メディアやツアーに関して、今後もアーティスト達がEU市場に対してスムーズにアクセスができるよう、そのための貿易交渉を迅速に行うよう政府に圧力をかけていく」とも言っています。
その意気込み・意識は立派だと思いますが、今回のEU離脱によって山ほどの懸案事項が目の前に積み上げられてしまったイギリス政府にとって、音楽産業からのアクションに迅速に応えていくのは、決して容易なことではないと思われます。
少なくとも、しばらくの期間イギリスの音楽産業が停滞することは充分に考えられます。

 今回のイギリスのEU離脱に関する世論の声は、これまでの様々な改革の時とはかなり事情・様相が異なると言えます。
つまり、社会にしろ政治にしろ、また音楽メディアやハードといった物質的な面においても、改革を推進していったのは、次の時代をリードしていく世代であり、それに対して旧世代が反発するという形が通常のパターンでした。
しかし、今回に関しては、60歳以上の人々の70%近くが離脱を支持し、18歳から24歳までの約75%が残留を支持したということが、この問題の特殊性、そして今後の不安を物語っていると言えます。
 イギリスのEU離脱は、今後更にEUからの離脱、そしてスコットランドや北アイルランドなどのイギリス(正式名:大英帝国グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)からの離脱を助長することになると言われています。
 世の中はグローバル化へと向かい、様々な統合・統一を生み出してきていますが、反グローバル化と言ってしまっては短絡的すぎるものの、今回のような新たな分離・分裂化が音楽に与える影響は極めて大きいと言えるでしょう。そもそも、音楽というのはグローバルなものであるわけですから。

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