【I Love NY】月刊紐育音楽通信 May 2016

プリンス急遽のニュースに打ちのめされ、未だに信じられない状態ですが、その謎を呼ぶ不可解な死は、“鎮痛剤依存症専門医”の登場で、薬物がらみである可能性が高まってきました。
その専門医はプリンスの死の翌日にプリンス邸に飛行機で飛んで治療を行う予定であったとのことですが、死の当日のプリンス邸に向かったのはまだ医学生である専門医の息子で、しかも邸宅内のエレベーターで倒れていたプリンスを発見して救急車を呼んだのもこの息子であったということで、事件は更に様々な憶測を呼んでいると言えます。
更に、シネイド・オコナーが、プリンスの死の直前までプリンスにドラッグを与えていたのはアーセニオ・ホールだと告発し、それを受けてアーセニオがシネイドを告訴するという始末。
プリンスの死の波紋は、何ともグロテスクで醜い展開をも生み出しています。
いずれにせよ、マイケル・ジャクソンもプリンスも、その死の影にはドラッグと“専門医”がいるというのは、いたたまれないと共に、不気味さも感じてしまいます。
マイケル・ジャクソン享年50歳、プリンス享年57歳、共に1958年生まれ。
合掌。


トピック:音楽界に見るアメリカ大統領予備選挙 

 アメリカは今、連日大統領選挙のニュースで話題であると言えますが、今回はヒラリー対トランプというマスメディアや大方の予想する民主党対共和党という図式では決して語れない複雑さが様々にあると言えます。
 まず、ご存知のように民主党も共和党も完全に分裂を起こしており、しかも共和党は分裂どころか下手をすると党崩壊の危機にも面していると言えます。
 共和党大統領候補として圧倒的な人気を誇るドナルド・トランプ。
しかし共和党の上層部や中枢の大半はトランプを望んでいないといういびつなねじれ状態にありますし、民主党もヒラリー・クリントンが圧勝と言われながらバーニー・サンダースがしぶとく食い下がり、党内・候補者間ではお互いを激しく中傷・非難し合う状況が更に増しています。
 政治的な比較・分析は本ニュースレターの目的ではないので避けますが、音楽界・音楽業界においても、今回の大統領選はこれまでとは全く異なる様相を見せていると言えますので、今回はその辺りについてお話していきましょう。

 まず、音楽界として見れば、メジャー系企業やメジャー系アーティストのほぼ大半はヒラリー支持ですし、音楽系企業上層部の中にはトランプ支持者も決して少なくはないと思われますが、アメリカ国内では最もリベラルであるアート&エンタメ業界において、映画界(ハリウッド)と双璧を成すと言われる音楽業界の中では、あえて公言を控えている(または公言できない)状況にあるとも言えます。
 大資本が動くメジャーな音楽業界にとっては、アメリカのキャピタリズムを痛烈に批判し、自ら社会主義者と名乗るバーニーを支持することはまずあり得ませんし、メジャーな音楽業界内に生きる有名アーティスト達もほぼ同様であると言えます。
 しかし、先鋭的・進歩的なミュージシャン達や、その存在やビジネス規模がマイナー、インディーとなっていくと状況は大きく変わっていきますし、少々乱暴に言ってしまうならば、企業もアーティストも、現状に対する不満度が増すほど、バーニー支持に傾いていく傾向は明らかであると言えます。

 現段階においてヒラリー支持を表明している主な有名音楽アーティストには以下の名前が挙げられます。
 カニエ・ウェスト、ビヨンセ、ケイティ・ペリー、ファレル・ウィリアムス、クリスティーナ・アギュレラ、トニー・ベネット、スティング、バーバラ・ストライザント、ジェイムス・テイラー、ジョン・ボン・ジョビ、スティーヴィー・ワンダー、マライア・キャリー、シェール、ケリー・クラークソン、レディ・ガガ、エルトン・ジョン、クインシー・ジョーンズ、ジェニファー・ロペス、リッキー・マーチン、アッシャー、アイスT、スヌープ、50セント、ウィル・アイ・アム、等々。
 まあ、見るからに華やかなラインナップであると言えますし、これにハリウッド系を加えると、ジョージ・クルーニーやロバー・ト・デニーロなどを始めとする錚々たる名前が連ねられることになります。
 しかし、上記の音楽系セレブ達の名前というのは、別に今回だけに限ったことではなく、前回のオバマからビル・クリントンにまで遡るリベラル系民主党主流候補に関しては度々お目見えしたところが大半であるとも言えます。

 これに対して、対立する共和党のトランプだけでなく、同じ党のヒラリーをも厳しく糾弾するバーニーに支持を表明している主な音楽系アーティストには以下の名前が挙げられます。
 ニール・ヤング、デヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュ、ポール・サイモン、アート・ガーファンクル、ビリー・ブラッグ、マイリー・サイラス、ベリンダ・カーライル、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、バンパイア・ウィークエンド、リルB、キラー・マイク、ジョン・フィッシュマン(フィッシュ)、クリス・シフレット(フー・ファイターズ)、サーストン・ムーア(ソニック・ユース)、マイク・ワット(ストゥージーズ、ドノヴァン)、ルー・バーロー(ダイナソーJr)、ビリー・グールド(フェイス・ノー・モア)、ジェロ・ビアフラ(デッド・ケネディーズ)、モーリーン・ハーマン(ベイブス・イン・トイランド)、等々。
 これにハリウッド系を加えると、スパイク・リー、ダニー・デビート、ダニー・グローバー、ウィル・フェレルなどを始めとする、一癖も二癖もあるセレブ達の名前が挙がってきます。
 上記の中には、かつて民主党の主流候補を支持していた人達が今回は異論を唱えているという場合もありますし、また、これまで大統領選などの政治的な場には登場しなかった人達も多くいるのが特徴です。
 これもかなり乱暴な区分けではありますが、上記の名前を見渡すと、メジャー系はヒラリー支持、マイナー&インディー系はバーニー支持、体制派はヒラリー支持、反体制派はバーニー支持という図式も見えてきます。

 私の周りの音楽業界・ミュージシャン界隈でも、そういった区分けはそれほど外れてはいません。
 職場やオフィシャルな場では政治の話はしない、というのはアメリカ社会における一般的な認識やエチケットであることは確かですが、そうした中でも音楽界は非常にフランクな方であると言えます。
それは、カントリー系やゴスペル系といった保守派を別とすれば、音楽界は大勢としては民主党寄りであり、自由を求めるリベラル意識の強さが基本となって、民主党寄りのコンセンサスの中で、比較的オープンな政治談議を可能にしている、とも言えるでしょうか。
 更に、これは以前お話ししたかと思いますが、オバマが大統領候補として登場した際は、極めて保守的なゴスペル界にも大変動が起き、黒人ミュージシャン達が声高にオバマ支持を表明して話題にする機会も増えたことも間違いありません(これは、”人種は党派よりも濃し”ということを証明したとも言えます)。

 ところが今回の場合は、民主党内であまりに激しい攻防・対立が続いているため、音楽界の中においても、上記の支持者リストに見られるような、これまでには無かったほどの分裂が起こり、その結果としてはっきりと物を言いにくい、または腹の探り合い的な状況もよく見られています。
 例えば、先日ニューヨーク州での予備選がありましたが、音楽界特に多くのミュージシャン達がヒラリー派とバーニー派に分かれて集会に参加・演奏するなどしてそれぞれに盛り上がりましたが、彼等を見据え・見守る音楽業界内の反応も微妙で、また、選挙結果を受けての反応も対照的というよりも、何かすっきりとしない重い雰囲気があちこちで感じられました。
 実際には、ブルックリン出身であるバーニーの人気・支持は投票に向けてジワジワと上がっていき(スパイク・リーによるラジオCMは中々インパクトがありました)、これはもしかしたら、という雰囲気もありましたが、結局は投票権は党員のみというクローズド方式を取るニューヨーク予備選挙の事情(つまり、無党派やインデペンデント派は投票権が無く、彼等の支持を基盤とするバーニーは圧倒的に不利)を反映し、結果はヒラリーの圧勝となり、その一方でブルックリンでは投票の不正が発覚するという不祥事も起き、盛り上がった割には後味がすっきりしない重い雰囲気がどこに行っても感じられました。

 そうした重苦しさを感じる雰囲気の中で、音楽界の大多数が結集できているのが”反トランプ”というスタンスです。
 正直言って、これほど音楽界(特にセレブ系ミュージシャン)からの支持を受けられない共和党大統領候補というのはいなかったと思われますし、音楽界における反トランプの勢いは益々増すばかりです。
 なにしろ、トランプ支持を表明している音楽系有名アーティストと言えば、カントリー界の大御所ロレッタ・リンとロック界のテッド・ヌージェントが代表という状況です。この内、テッド・ヌージェントは誰が候補であっても共和党支持のような人ですし、ニューヨークやカリフォルニアなど、民主党が圧倒的に強いエリアではギャグ化というかお笑いの種にもなってしまっている人ですので、少々別格(?)であると言えますが(他のセレブではハルク・ホーガンも同様に有名・別格です)が、なにしろ今回はこれまで共和党にとっては音楽界の基盤でもあったカントリー界やゴスペル界から起きたトランプに対する反旗や不支持が非常に多く目に付きます。
 これも別格と言えますが、ラップ界ではハーレム出身のアゼリア・バンクスがトランプ支持を表明していますが、彼女は「ヒラリーもバーニーも私達マイノリティに対して良い事ばかり言ってるけど、(口先ばかりで)何の意味も無い。それよりも私は、このクソだらけのアメリカ、そのクソの一部のホワイトハウスというありのままの現実の姿を信頼するし、アメリカは悪魔であるのと同じくトランプも悪魔であるから、アメリカがアメリカであり続けるためにはトランプが必要」という何とも凄まじい逆説的なロジックでトランプ支持(結果的には不支持?)を公言しています(これは実は、ハーレムやブロンクスなどのヒップホップ・コミュニティでは結構受けているようです)。

 そうした中、更に反トランプの動きに拍車をかけているのが、有名アーティスト達による、自分の曲の不使用、つまり曲使用ボイコット声明です。目立ったところではアデル、ローリング・ストーンズ、エアロスミス、REMといったところが、トランプが自分の選挙戦で彼等の音楽を使用することに強く反対を表明していますが、今のところ民主党支持やヒラリー支持やバーニー支持といった具体的な表明をしていない有名アーティスト達が、とにかくトランプはダメ、という立場を表明しているのは、今回の大統領選における目立ったリアクションの一つであると言えます。

 というわけで、これだけ音楽界でも反トランプの動きが激化しているにもかかわらず、トランプ人気はとどまるところを知らず、大統領への道はもはや冗談とは言えない状況になってきているようです(本ニュースレターを書いている今日、トランプ以外の共和党大統領候補は全員撤退・脱落し、トランプの独壇場という図式になりました)。
巷の大きな関心は、”誰がトランプを止められるのか”ですが、現時点においては誰も彼を止めることはできない、というのが実情のようです。
 トランプ大統領が誕生したら、アメリカの音楽界はどう反応し、どう変化するのでしょうか。
ミュージシャンは音を生み出し、業界はそれを世に送り出す。
その図式は何も変わりませんし、大統領が誰であろうが変わらない、と言う意見もある意味では正しいでしょう。
 また、アメリカは大統領や政府への反発・反動が強まる時にこそ、新しい音楽や音楽ムーブメントを生み出してきた、という意見も確かに正しいと言えます。
 アメリカは基本的に州単位の“合州国”ですが、連邦政府(国政)が変われば、市民生活にも当然大きな影響は生じてくるので悠長なことは言ってられないのですが、それでも音楽文化の活性化という意味では、“トランプ大統領”が良くも悪くもある種の起爆剤となることは確かであるように思えます。

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