【I Love NY】月刊紐育音楽通信 November 2016

先日、ある友人の紹介で、日本の不動産業の人を今ニューヨークで最も旬な不動産エリアに
案内することになりました。
もちろん私は不動産業に関しては専門外ですがニューヨークに長年暮らす者として、
不動産物件の動きには敏感で常にニュースは得ているのでお受けすることにしました。

 私が案内したのは、マンハッタンではミッドタウンにおける新興の最注目エリアである
ハドソン・ヤード、驚くべき復興によって今やミッドタウンを凌いでマンハッタンの中心に
復活しつつあるダウンタウンの新WTCサイト周辺エリア、そしてブルックリンのダンボ地区とウィリアムズバーグ地区、クイーンズのロング・アイランド・シティの高層建築エリア。
これらを2日間駆け足で回りましたが、上記のエリアに共通する点は、
どれも中流クラスの所得者には全く手が届かない豪華な物件ばかりであるということです。

現在、ミッドタウンの東側にはエンパイア・ステート・ビルを超える高さの新しい駅ビルが建設予定で、更に周辺では100階近いビルの建設が15棟ほど計画されているとのことで、
ニューヨーク市内各所で進められている大掛かりな再開発に投じられる莫大な資本・建設費には驚くばかりです。

 そうした折、ある新聞の記事にマンハッタンの土地を牛耳る
12人の億万長者達の紹介がありました(ビル・ゲイツや、ブルー ムバーグ前ニューヨーク市長、大統領選を含めてアメリカを動かしていると言われるコーク兄弟などが名を連ねています。)興味深いのは、彼等のほとんどが“慈善事業家”としても活動し、
世に知られているということですが、これほどの億万長者の“慈善事業家”達がいても、
格差は益々広がり、ニューヨークのホームレス人口増加には歯止めがかかりません。
聖書にも「持てる者はますます富み、持たざる者は更に失なう」とあります。
さて、ではそれを改善する方 法や如何に?

トピック:ハード・ロック・カフェが世界にもたらしたもの


 去る10月25日に世界規模でロック・カルチャーをキーワード&テーマにした
レストラン展開を行っているハード・ロック・カフェのCEOハミッシュ・ドッズが
2017年で同社を引退することを発表しました。

 2016年10月現在、世界71カ国で168店舗を持ち、更に23のホテルと11のカジノを
運営するこのハード・ロック・カフェはフロリダ州オーランドにある
Seminole Tribe of Florida
という企業が所有・経営していますが、2004年から同社のCEOとして
ハード・ロック・カフェを率いてきたのが、このハミッシュ・ドッズであるわけです。

 ハード・ロック・カフェはアメリカ的なイメージが強いですが
実際に最初に営業をスタートさせたのはロンドン(1971年)でした。
とは言え、ハンバーガーを中心としたアメリカ料理を前面に押し出したため、
“アメリカン”な印象が定着していったと言えます。

 日本への展開は思いのほか早く、ロンドン、トロント、LAに続く4号店として
六本木にオープンしたのが1983年のことでした。
その後日本では計10店舗がオープンしたわけですが、閉店となった店も多いのは
ご存知の通りであると思います。

 この開店・閉店のビジネス展開の早さというのは、ハード・ロック・カフェの
特徴の一つであるとも言え、これまで世界各国で移転・閉店した店舗は、
現在の店舗数の50%を超える約90店舗というのですから、これはかなり驚きです。
少々乱暴に言うならば、行けると思ったらどんどんオープンさせて、
うまくいかなかったらどんどんつぶしてしまうという、
ある意味ではアメリカ的な割り切った経営方針を持っているとも言えます。

 実際に80年代から90年台にかけては、
次々とオープンしては次々とクローズしていくと言う状況が続いていました。
米英、カナダ、オーストラリアといった英語圏以外の展開にも積極的でしたが、
特に中東とアジア展開に関してはあまりうまくいかなかったというのが
一般的な評価であるとも言えます。

 しかし、例えある一定の営業期間であっても、ハード・ロック・カフェが
ワールドワイド展開を積極的に行っていったことは大変評価すべきことですし、
実際にその地の人々にとっては計り知れない影響とインパクトを与えたことは否定できないでしょう。
ハード・ロック・カフェと言えば、店頭に飾られた巨大なギターのオブジェのサインや
ネオンが目印であり、店内に展示されたメモラビリアと呼ばれる
ロック・スター達の楽器などが目玉でもありますが、
例えばインドのニュー・デリーや、レバノンのベイルートにそうした巨大サインが
突如現れたことや、モスクワ店の店内にボン・ジョビのギターが展示される
といったことは、私達が想像する以上にとてつもないインパクトを持っており、
またロックという音楽やカルチャーの存在感を誇示することに大いに役立ったと言えます。

 そうした中で、2004年に同社のCEOに就任したハミッシュ・ドッズは、
ハード・ロック・カフェの第二期とも言える展開を繰り広げた立役者であったと言えます。
実際に、彼がCEOに就任してからオープンした約120店舗の内、移転・閉店となった店舗は
約10店舗ほどというのですから、これも驚きの数字です。
 しかも彼は、単にレストラン店舗に限らず、ハード・ロック・カフェのホテルや
カジノ経営にも積極的に乗り出して成果を上げていったことも大きく評価されています。
もちろんハード・ロック・カフェはドッズ就任前から
ラスベガスを始めとして幾つかのホテルを所有していましたが、
結果的には他のホテル・グループに売却されていきました。

 それに対してドッズは、例えばオーランドなどのアメリカ国内に加えて、
スペインのマドリード、インドネシアのバリ島やタイのパタヤ・ビーチなどでも
現地のホテル・グループとのベンチャー・ビジネスで
ハード・ロック・ カフェをオープンさせるという方法を取っていきました。
また、メキシコやドミニカ共和国などの中南米〜カリブ海諸国でも
ホテル・リゾート展開を巧みに行い、その発展系として、
カジノとレース(カー・レース)・トラックを合体させた「レイシノ」という造語の
ハード・ロック・ カフェ版となる「ロックシノ」なる施設の運営にも乗り出していきました。

 更に、サウス・カロライナ州にはハード・ロック・カフェのテーマ・パークを設立し、
最終的には巨大コンサート・アリーナと40以上のアトラクションを備える大計画でしたが、
これは僅か1年足らずで破産申告がされて撤退しています(この後、会場自体は「フリースタイル・ミュージック・パーク」として運営されていますが、経営は赤字であるようです。)

 その一方で、今年8月にはNFLのマイアミ・ドルフィンズのスタジアムの
名称権を買い取り、今期からハード・ロック・スタジアムと命名されています。

 このように、ビジネス的には音楽から離れていっているように見える
ハード・ロック・カフェですが、ドッズがCEOに就任してからの約13年間において、
ハード・ロック・カフェが音楽界に与えた影響は絶大であるという評価もあります。

 まず、ハード・ロック・カフェは良くも悪くも、
ハード・ロックまたはロックまたはロックンロールというイメージを
音楽界以外の世間一般に浸透させたという面があります。

 ご存知の方も多いと思いますがハード・ロック・カフェは、
世界各地のどこの店舗に行っても、ほとんど同じコンセプトと内装・デザイン、
そして食事メニュー(各国・各地で多少のバリエーションはありますが)を持っています。
その内装・デザインはアメリカの典型的なダイナー(食堂)のイメージで統一されています。例えば、白黒のチェック模様やブラス (真鍮)の装飾、板張りのフロアが
アメリカの西部・中西部の雰囲気を醸し出しています。
そうした店内で常にロック・ミュージックを流すことで、
“ロック”というイメージを作り出し、ロックの雰囲気に浸ることができるわけです。

 これはある意味では非常にステレオタイプなイメージであり、ハード・ロック・カフェに
対しては、「ロックのディズニーランド化だ」という批判も多々あります。
ですが、ロック・ファン以外の人々(特に音楽ファンでは無い人々や、ロックには全く興味の無かった人々)に対し、
こうした”わかりやすい”コンセプトとイメージを作り上げて
ロック・ミュージックへの理解を促した功績は否定できないと思います。
ロックはアートであり、エンターテインメントであるわけですが、
そうしたロックを限定された人々だけでなく、
ストリート・レベルまたは日常レベルの文化として振興させたことは間違いないでしょう。

 ハードロックカフェのメニューも実にわかりやく明確なラインナップとなっています。
簡単に言えば、アメリカのダイナーとファースト・フードを合体させたようなもので、
お世辞にもグルメ向けのハイエンド・メニューではありません。
はっきり言えば、カリフォルニアやニューヨークなどを中心とする、
現在のアメリカの健康食志向ブームに逆行している塩分・ 糖分・油分過多で成人病、
特に癌、ハート・アタック(心筋梗塞)、ストローク(脳溢血)を
助長するようなジャンキーな食事内容と言えますが(これも、今のロックスター達の食事に逆行していますね…笑)、
”超アメリカンな食事=ロック”というイメージによって、
ロックへの親近感(?)を増しているという見方もできます。

 ちなみに、ハード・ロック・カフェの団体客用のセット・メニュー名というのがあり、
これも中々笑えるものがあります。
値段の安い方から、「クラシック・ロック」、「レジェンダリー・ロック」、
「オルタナティヴ・ロック」となり、
最も値段が高くてボリュームのあるのが「へヴィ・メタル」となっています。
まあ、わかりやすいと言えばわかりやすいですし、
利用客はそれを喜んで楽しんでいるのですから、
ハード・ロック・カフェの戦略は見事に成功していると言えます。

  マーチャンダイズというのは、
今の世の中においてはあらゆる分野のビジネスにおいて非常に重要なイメージ戦略であり、
また極めて有効な売り上げとなっているわけですが、
ハード・ロック・カフェもこの点に関しては
実に巧妙且つ効果的なビジネス展開を行っています。

  膨大な数にのぼるハード・ロック・カフェのマーチャンダイズの中で、
戦略的に最も効果を上げているのは、やはり各店舗オリジナルのTシャツとピン・バッジ、
つまり“ご当地グッズ”ではないでしょうか。
これは、コンサート会場でしか販売されないツアー・Tシャツなどのマーチャンダイズも
同様ですが、その場所でしか販売していない付加価値が購買意欲をそそり、
また購買者の満足度を高めているわけです。
今は通販というかオンライン販売が主流の世の中であるわけですが、
そうした中でも店舗限定販売という戦略は、
ハード・ロック・カフェ・マーチャンダイズの重要な点であると言えます。
 
  更に重要なのは、この店舗限定販売という戦略が市場または人々にもたらす効果です。
例えば、「Hard Rock Café New York」とか、「Hard Rock Café Hollywood」という
大都市・人気都市のTシャツを着ていることのインパクトや、
それに対するリアクションというのは、地方に行けばそれなりの効果はあります。
「お、ニューヨークに行ってきたんだね」「ハリウッドに行ったのか。いいなあ!」といった羨望の気持ちを生み出し、店舗宣伝と集客の効果的なプロモーションと成り得るわけで、
結果的には前述の“ハード・ロック・カフェのロック・イメージ”を
鼓舞・拡散することにもなるわけです。

  これに対して、ある意味で異なる効果を生み出しているのが、
大都市・人気都市であっても、
ロックのイメージとは合致しない都市の店舗限定マーチャンダイズです。
具体的には、例えば1990年代半ばにオープンした北京店、上海店、香港店などの
中国の店舗が挙げられると思います。
実際には北京や上海、香港においてもロック・ムーブメントはあるはずですが、
欧米人にとってはどう考えてもロックと結びつく都市ではありませんし、
北京などは逆にネガティブ・イメージも強いと言えます。
それ故に「Hard Rock Café Beijin」というTシャツを着ていることには
かなりのインパクトとリアクションがあるわけです。
それはもちろん希少価値という面もありますが(これら3店舗はその後閉店していますので、実際にかなりの希少価値と言えます)、それ以上に、
ある種対立的またはパラドキシカルなロックと都市との組み合わせが、
ロックのイメージを拡大し、安っぽく言えば「ロックは世界だ」というようなイメージ(それが仮想か妄想かは別の問題として)を喚起させることになるわけです。

  これは一見くだらない解釈に思えながらも、心理学的な側面から実際に言及している批評家や学者もいるほどです。

  こうしたロック・ミュージックやロック・カルチャーに関する
有形無形の影響や財産を残してきたハード・ロック・カフェですが、
ドッズが去った後も、更に新たな展開・挑戦に取り組んでいくことと思います。

  肝心のドッズですが、彼自身は今後もハード・ロック・カフェと提携しながら
「ハード・ロック・ヒーリング」という慈善活動の団体を運営していくそうです。
巨万の富を得た彼が、ロックによって世の中をヒーリングしていこうという試みですが、
これも今後の動向が気になるところと言えます。

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