【I Love NY】1.再び注目を集める“シングル”リリース

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)この記事は地震前のものです。

1.再び注目を集める“シングル”リリース

現在、音楽メディアの主流と言えるCDが発明されたのは1965年。その後70年代の開
発時期を経て、82年からCDソフトとプレイヤーが次々と発売され、86年、たった4年ほどでCDの販売枚数はレコードを抜くことになりました。その後DJブームやアナログ・リバイバル・ブームなどもあってレコードが再生産される機会も増えていきましたが、時代の主流はやはりデジタル。CD世代の若者の中にはレコードという存在すらも知らない人が数多くいるのも事実です。


さて、このレコード。主流は直径30センチで一分間に33回転(正確には33 1/3回転)のLPと呼ばれる盤と、直径17センチで一分間に45回転のシングル盤でした。LPというのはロング・プレイの略で、それ以前のスタンダードであったのが、スタンダード・プレイの略である直径30センチで一分間に78回転のSP盤。これが後にシングル盤に形を変えることになるわけですが、なんと言ってもロング・プレイ(LP)盤の登場は、音楽産業の構造をも変えてしまう大革命でした。なにしろ、それまでSP盤がわずか片面3〜5分程度しか収録できなかったのが、LP盤の登場で片面約30分もの収録が可能になったわけですから、クラシックなどの長時間の作品が1枚に収められるようになっただけでなく、“アルバム作品”というメディア&制作スタイルが一般化していくことになったわけです。もちろんラジオのオンエアを中心に、ポピュラー音楽のヒット曲などはその後もシングル盤が主流ではありましたが、単にシングルの拡張版としてアルバムが制作されただけでなく、アルバム発売先行で“アルバムからのシングル・カット”という形でもヒット曲が生み出されていったのはとても大きな変化であったと言えます。

LPがCDに移行されても、“シングル”と“アルバム”の共存関係は引き継がれていましたが、それがここにきてある意味SP時代に逆行するかのような動きが起き始めています。つまり、特にポピュラー系のアーティストやレコード会社がアルバムを作らず、シングルのみを制作・発売するという動きが増えてきているのです。

これは先月もお話ししたダウンロードが音楽メディアの主流となり、CDの時代が終
焉を迎えたことが一番大きな理由と言えます。音楽ダウンロードの発展は、CDというメディアはもちろんのこと、アルバム制作というコンセプトやスタイル自体にも多大な影響を与えることになりました。端的に言うならば、今のマスな音楽市場はアルバムというメディアや作品を必要としていないのです。好きな音楽だけを聴きたい、聴きたい曲だけを購入したいというリスナーの指向が、シングル単位で音楽をゲットするという結果になっていったのは、ある意味当然の結果と言えるかもしれません。
ご存じのように、ここでいう“シングル”というのはもはや“お皿(ディスク)”という形の存在しない“ヴァーチャル・シングル”とも言えるデジタル・メディアです。価格はシングル盤(アナログ)やシングルCDよりも更に安い$0.99から$1.29ほど。リスナーには大変嬉しい価格ですが、音楽産業的には特に製造業にとってはダンピングや業務再編成・再構築という結果をもたらしたことは言うまでもありません。

しかし、音楽業界全体として見れば、こうした動きは“死に体”のレコード産業(というか音楽産業)を復活させる救世主と捉えられていることも確かです。
例えば先日、今話題のレディ・ガガがシングルをリリースしましたが、ダウンロー
ド配信開始後わずか3時間でiTunesのシングル販売数の最多・最短記録を生み出したそうです。更に配信スタート後一週間のダウンロード回数が44万8千回という、女性アーティストとしては最多記録も更新したそうです。ちなみに、それまでの配信スタート第一週のダウンロード最多回数は、ガガの前月にシングル配信されたプリトニー・スピアーズの新曲(41万1千回)でした。つまり、“デジタル・シングル”販売はここにきて急激に数を増やしてきているというわけです。
例えばニールセンのデータによれば、2010年には11億7千万のシングルがダウンロー
ドされたそうですが、これに対してアルバム単位でのダウンロードは8千6百万枚だそうです。これはつまり、シングルが10曲以上ダウンロードされて、やっと1枚のアルバムがダウンロードされるという程度ですから、いかにシングルのダウンロードが圧倒的かということです。

この“シングル”の再ブームに関しては、今後アーティスト・サイド、業界サイド共に、制作方法にも変化が生まれると指摘する人達も数多くいます。例えば、これまでのポピュラー音楽系アルバムというのは、シングル・カットされたヒット曲が数曲あり、それ以外はアーティストの意向などを反映した“ヒット対象外の曲”(悪く言えば“捨て曲”)と言うものも収録されていました。しかし、今後はアルバムがベスト盤、オムニバス盤のような形態を取る機会が増え、“アルバム・コンセプト”というもの自体が変化するとも言われています。
LPからCD時代を通して、アルバムというのは“カヴァー・アート”と呼ばれるジャケット・デザインがあり、インナー・スリーヴやブックレットなどがあったり、聴覚のみならず視覚にも訴えるマルチ・メディア的な即縁も有していました。収録される音楽に関しても、映画や文学のようなストーリーやドラマや起承転結があったり、コンセプトや主張があったり、シングルだけでは聴けないヴァラエティの豊かさやアーティストの意外性などもあって、それらがシングルとは違うアルバムの楽しさでもあったわけですが、音のデジタル信号以外は何も存在しない“デジタル・シングル”つまり“シングル・ダウンロード”を主流とすることによって、これまでのアルバムというメディア・概念は大きく変化していく可能性は大です。

ただし、これらはあくまでも予想される大勢であって、それらに反旗を翻すという
か、我が道を行くアーティストも数多く存在することは確かです。前々回でもお話ししたプリンスなどはダウンロードのみならずデジタル・ダウンロードのみならず、インターネットやコンピュータにも反駁・無視していますし、ラジオヘッドなどは独自のアルバム制作に取り組み、シングルには専念しないスタンスを取ると公言しています。
こうしたアプローチの多様化は豊かな音楽文化を育む上でむしろ歓迎すべきことで
あり、これまでラジオ業界やレコード業界といった巨大産業主導で歩んできた音楽の世界が、もっとアーティストや中小規模の組織が自由に活発に活動できる場に変化していければ、これは本当に素晴らしいことであると言えるのではないでしょうか。

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