【I Love NY】月刊紐育音楽通信 August 2013

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

 よく人に笑われたりもするのですが、私は実はカセット・テープ派でもあります(子供の頃はオープン・リール派でしたが)。
さすがにもうラジカセで音楽を聴くようなことはありませんが、リハーサルでの演奏や、インタビュー取材などの記録には、今もポータブルのカセット・レコーダーを使っているのです。
 それが先日、購入して3年ほどのソニーのポータブル・カセット・レコーダーが壊れてしまったのです。


ある取材仕事を二日後に控えていたので、オンライン販売での購入では間に合いません。仕方なく、マンハッタンの電気屋を訪ね歩いて探し回りましたが、ソニー・ショップはもちろん、大型店舗ではどこももうカセット(テープでさえも)など売っていません。
結局、観光客相手の家電商品を中心にしたボッタクリ土産屋で見つけたのですが、なんと価格が市価の2〜3倍もします。交渉で少しはディスカウントさせましたが、購入しなければ仕事ができないので、仕方なく購入しました。同じソニー商品ですが、壊れたものと同じく中国製です。取材は無事終了しましたが、クオリティと金額には納得がいかず、「もっと納得&信頼できるカセット・レコーダーはないだろうか…」と思ってオークション・サイトのeBayで検索したら、昔懐かしい日本製のソニーのポータブル・カセット・レコーダーを見つけました。何と子供の頃に使っていたのと全く同じ、1972年製のTC-40 というビンテージ・モデルです。納得のいく金額で落札して早速手に入れましたが、これがクオリティの高いなかなかの優れものなのです。今のポータブル商品よりも大きくて重いですが、個性と機能性を重視したデザインは美しく、パーツやメカニズム、コンポーネント等全て、クオリティは中国製とは比較になりませんし、何より「TOKYO JAPAN」という表示が嬉しいです。
本当に昔の日本は素晴らしいオーディオ商品(だけではありませんが)を作っていたのだと改めて実感します。

トピック:ターゲットにすべき購買層とは?

 先日、昔からいろいろとお世話になってきた、あるアメリカの最大手レコード会社の重役の人と久々に昼食を取る機会がありました。彼は60代前半ですから、アメリカではいわゆるベビーブーマーの世代にあたる人です。
この世代は、ベトナム戦争を経験しており、一般的に、反戦・平和そしてヒッピー・ムーブメントに影響されている世代とも言われています。また、アメリカでは既にネガティヴ・イメージが先行するようになってしまった“リベラル”感覚を持ち合わせた人が多いというのも、一つの特徴と言えるようです。

 話は世間の一般的な話題から始まり、当然のことながら今の音楽業界の現状や変化・問題点といった内容に進んでいきました。相手は超メジャーなレコード会社の重役さんですが、長年の付き合いで忌憚のない意見をぶつけ合える間柄なので、私はレコード(CD)・メディアの衰退ぶりと、今や音楽業界においては大手レコード会社のイニシアティヴは益々下がっていることなどを果敢に攻めていきました。
 レコード会社はSP〜LP〜CDと、昔から形あるメディアにこだわり続け、音楽データ化という時代の波に完全に遅れを取り、いまだにMP3/iTunes世代の音楽鑑賞スタイルの変化に対応できていないことなど、私は自分の持論を次々とぶつけていったのですが、彼はそんな私の“攻撃”にもひるむことなく、笑顔を浮かべてこう切り返してきたのです。
 「サム、キミの言っていることは正しいと思うよ。この国のレコード業界の体質の古さは今に始まったことではないし、その弊害は山ほどある。でも、キミはこの国の年齢別の人口比率というものを考えたことはあるかい?例えば、10代から20代にかけての若者と、30代から私のような60代までの中高年層との比率はどの程度だと思う?」と。
 答えに窮した私に、彼は以下のようなデータとそれに基づく解釈を展開していきました。
  
 アメリカの人口は、現在約3億1千万人と言われています。その中で、10〜20代の若者は、約8千万人ほどだそうです。この世代は、いわゆるMP3/iTunes世代で、一般的にはCDなどの“形ある音楽ソフト”を購入しない層と言えます。
 これに対して、30〜60代の“形ある音楽ソフト”で育ってきた中高年層は、約1億6千万と、10〜20代の若者層の約2倍となっています。
 アメリカのベビーブーマーは、一般的に1940年代半ばから50年代末までと言われ、出生率としては58〜60年生まれが最大のピークとなっています。ベビーブーマーの先頭を切るのは46年生まれと言われ、現在は67歳で既にリタイアしている人がほとんどです。別の言い方をすれば、ベビーブーマー達はこれから次々とリタイアしていくわけです。

 アメリカは長引く経済不況のために、景気はまだ回復しているとは言えません。広いアメリカ故に地域格差は非常に大きく、ニューヨークのような大都市と、中西部や南部の小中規模の町とでは、雇用や消費にも大きな隔たりがあります。
 一部では景気は回復している(または“回復した”)などという報道や意見も見られますが、その根拠とも言われる株価の上昇は、一般市民の生活にはほとんど関係の無い世界であり、また関係するほどのレベルにも至っていません。車の販売台数の増加というのも、主にミドル・クラスよりも上の富裕層や中高年層を中心とした話であり、全体的に見て個人の消費が高まっているとはとても言えない状態なのです。
 こうした状況故に、特に若者層の消費は極めて低くなっています。中でも、奨学金やファイナンシャル・エイド、スクール・ローンなどの枠がどんどんと下がっていることもあって、今の、そしてこれからのアメリカの大学生の経済状況は史上最悪というレベルにあります。要するに、若者はお金を出さないし、使えない、という現実があるのです。

 こうした現状から、約8千万人のお金の無い若者と、約1億6千万人の比較的お金に余裕の出てきている中高年層とのどちらをターゲットにすべきか、それは購買・消費に関しては火を見るよりも明らかである、というわけです。
 そして、この点からも、近年の大物ミュージシャンの復帰・再活動や大物バンドの再結成、そしてそれらに伴うコンサートやCDの新譜発売や旧譜再発売といったものは、全てこれらの状況を反映したもの、またはこれらの状況に即した“戦略”である、というわけなのです。

 上記の、約8千万人(“形ある音楽ソフト”を購入しない、お金の無いMP3/iTunes世代の若者)と約1億6千万人(“形ある音楽ソフト”で育ってきた比較的お金に余裕の出てきている中高年層)の1:2という比率が均等になり、逆転していくには、まだ後10年はかかります。ですから、後10年は後者をターゲットにした後者中心の販売戦略が有効であり、現実的に手堅い商売となる、というわけです。
 もちろん、来るべき10年後以降の戦略をないがしろにしては、またしても変化に対応できず、時代の波に乗り遅れることになるので、ポスト10年後に向けての戦略も大変重要です。
 厳しい見方をするならば、経済的には今の若者達よりも数倍豊かであったベビーブーマー達と異なり、消費を絞り続けてきた今の若者層が社会の中心となり、リタイアしていく時に、今と同じような消費が望めるのか、ということも言えますが、次の10年(現実的には3〜4年)でアメリカの経済は完全に復活するという自信があり、そうなれば逆に今よりも経済状況は良くなるので、消費が増えることも間違いない、ということのようです。

 このような解釈・論法に、私は反論する余地を失いそうになりましたが、私は日本の現状を引き合いに出し、アメリカの“日本化”(長期低迷)の可能性も指摘したのですが、それに対しては、日本に見られる政治・経済(特に金融・銀行)システムはアメリカとは大きく異なるものであるし、需要と供給のバランスを左右する少子化・高齢化社会という日本の構成基盤とはアメリカは異なる、というのです。
 日本は30歳代後半から少子化が進んでいると言われます。少子化はすなわち人口減少につながりますし、人口減少は需要の低下につながり、それによってデフレが起きやすくなるわけです。しかし、アメリカには現在まだ少子化の動きは見られません。
この経済不況が続く現在においても出生率は下がっていないわけで、今後の経済再建によって出生率が再び上がっていくことは必至であるというわけです。

 というわけで、話は大きく全般的なレベルになってしまいましたが、音楽、特にCD産業という面にだけフォーカスしても、最近は再発レーベルまたは再発レコード会社の台頭が目立ってきているというのは、彼の主張を裏付けるものの一つとも言えるようです。
 採算が合わなかったり、権利面で問題があることなどによってお蔵入りした作品の再発に関しては、アメリカは極めて後進国と言えました(まだ“過去形”にはできない状況ですが)。そうした作品が、本国ではなく日本やヨーロッパで再発されてきたことは周知の事実ですし、自国のコレクターの目は海外に向けられ、日本盤やヨーロッパ盤が高価で取引されることも少なくありませんでした。
 しかし、ここに来て自国での再発システムに変化が見られるようになってきていることは一つの事実であると言えます。さすがにポップスやロックなどの巨大マーケットにおける再発はオリジナルのレコード会社が手を放しませんが、ロットの少ないジャズやブルース、また比較的メジャーなR&Bやブラック・コンテンポラリーといった70〜80年代の作品群が、第三者の再発レコード会社によって販売されるパターンがよく見られるようになっているのです。
 この場合、ライセンスはオリジナルのレコード会社が持ち続けているケースがほとんどですが、「コンピレーション」という解釈・表記で、再発レコード会社のマルP表示がされているのが特徴です。しかも、カヴァー・アート(ジャケット)とインナー・スリーヴはオリジナル重視というのも魅力で、この辺りは日本の“完全復刻”指向の影響もあると言えるでしょう。

 これまでにも何度かお話ししたように、今ではマンハッタンには大型CD店舗というのは存在しなくなりましたし、日本やヨーロッパに比べればアメリカのCDメディアの衰退は明らかであると言えますが、それは特にニューヨークという大都市においてのことで、地方ではまだまだCD店舗は数多く存在します。また、国土の広大なアメリカという土地柄故に、需要の高かったカタログ販売が今やオンライン販売に転換して、これまで以上に主流になってきているという面もあります。

 音楽文化というのは確かにその時代その時代の若者達によって作られていくのは間違いないと思いますが、音楽の一般消費というレベルにおいては、今回お話ししてきた状況やムーヴメント、またはモデルといったものが複合的に存在していると言えますし、それは現代の音楽マーケットの大きさを表すものでもあると言えます。

記事一覧
これはサイドバーです。