【I Love NY】月刊紐育音楽通信 January 2013

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

 2012年はニューヨーク、ニュージャージー、コネティカットという、トライ・ステートと呼ばれるエリアにとっては何とも受難の年となってしまいました。もちろん一年を通して見れば良いこともあり、決して悪い面ばかりではないのですが、なにしろ10月末以降に起こった事件が悪すぎました。先月もお伝えしましたが、ニュージャージーとニューヨークの各所で壊滅的な被害をもたらしたハリケーン・サンディ。そして、トライ・ステートのみならず、全米を震撼させたコネティカットの児童虐殺事件です。特に後者は国家規模による銃規制というアメリカのある意味タブーに触れる大問題となり、アメリカが更に分裂していくことは必至です。


オバマ大統領はバイデン副大統領を筆頭にして、クリントン元大統領が実現したものの、ブッシュ前大統領が撤回してしまった大量殺戮兵器を中心とした部分的な銃規制(実は規制された銃の一つは、ブッシュ家が所有するメーカーでした…)を復活させる意気込みのようですが、国民保険という、これもアメリカの一つのタブーに立ち向かった上に銃規制にも取り組むとなると、大袈裟な話ではなく、命も危うくなるという危険性も高まります。これで仮にオバマ大統領にもしものことが起きてしまったら、暴動や新たな人種闘争にまで発展する危険性もありますし、2013年のアメリカは国内問題で一触即発の状態に向かっているとも言えます。
 とまあ年始から物騒な話題を持ち出しましたが、ダブル・サンディ(ハリケーン・サンディとコネティカットのサンディ・フックの大虐殺)の傷が癒えない中、先日のタイムズ・スクエアのカウントダウンでは、平和を祈願してたくさんの白鳩が飛ばされることになりました。そんな我々の平和への願いが届くのか。いや、何としても届いてほしい。そんな気持ちを強く抱く2013年と言えます。

トピック:サンディ救済コンサートに見る、メディアと資本と基金の動向

 前回も述べましたが、ニューヨークを中心とした2012年の音楽界は、ジェイZに始まりジェイZに終わったという印象を強く持ちます。なにしろ、先日の大統領選でのジェイZの存在感・アピール度は絶大でしたし、自ら共同オーナーとなったバークレイズ・センター(更に同アリーナを本拠地とするNBAブルックリン・ネッツの共同オーナー)という、マジソン・スクエア・ガーデンに対向する新アリーナが完成し、大晦日はコールド・プレイをサポートに付けて自らのライヴで締めをくくったわけですから、誰の目から見てもジェイZの活躍は実に印象的でした。
 しかし、ジェイZの大活躍を否定することはできなくても、結果的にジェイZ以上にアメリカ国民に絶大なインパクトを与えた2012年最大の音楽イベントとなったのが、2012年12月12日に行われた、ハリケーン・サンディの被害者救済イベント「12.12.12.」コンサートと言えるでしょう。日本でも衛生放送やネットでオンエアされ、ご覧になっていた方もかなりいらしゃると思うので、その内容については改めてここではお話ししませんが、これは2001年の9.11テロの追悼&救済コンサートにも匹敵する、歴史的な音楽チャリティ大イベントになったと言えます。
 今回も見ていて強く感じたのは、やはりこの国の助け合い精神の強さ・豊かさ・迅速さです。普段、特にマンハッタン界隈で暮らしていると、人の心の温かさというものを感じることは非常に少なく、常にセカセカ、イライラ、ギスギス、ギクシャクとしたものを感じるのですが、こと不幸や災害などに対しては、すぐにみんなが結集するところだけは関心させられます。音楽界も本当に数多くのアーティスト達が賛同・結集・協力して、常に大小様々な救済・追悼コンサートが行われるところは本当に素晴らしいと思います。

 さてこの「12.12.12.」のサンディ救済コンサートですが、これに先立つ11月2日、つまりハリケーン・サンディによる大被害から僅か4日後に、ニュージャージー出身のブルース・スプリングスティーンとジョン・ボン・ジョヴィ、ニューヨーク出身のビリー・ジョエルらが中心となった救済コンサートが行われました。これはコンサートと言ってもマジソン・スクエア・ガーデンで行われた「12.12.12.」とは異なり、マンハッタンのロックフェラー・センター内にあるNBCのスタジオで行われたテレビ放映のためのコンサートで、上記アーティストの他にはメアリー・J・ブライジ、スティング、クリスティーナ・アギュレラなどが集まり、NBCの人気テレビ番組のホストであるジミー・ファロンやアンカーのマーク・ロウアーがホスト(&歌も!)を務め、ウーピー・ゴールドバーグやティナ・フェイ等が番組内で寄付を呼びかけ、たった1時間の急場作りのコンサートでありながらも、内容的には密度の濃いものと言えました。
 音楽的には準備の時間もなかったこともあってアンプラグドが多いと言えましたが、ジョン・ボン・ジョヴィの「リヴィング・オン・ア・プレイヤー」、ビリー・ジョエルの「マイアミ2017」、メアリー・Jの「リヴィング・プルーフ」、クリスティーナ・アギュレラの「ビューティフル」、スティングの「メッセージ・イン・ア・ボトル」、スティーヴン・タイラーの「ドリーム・オン」、そしてスプリングスティーンとスティーヴン・タイラーとビリー・ジョエルの夢の共演となった昔のドリフターズのヒット曲「アンダー・ザ・ボードウォーク」と、どれもあまりにタイムリーな歌詞と力強いパフォーマンスで、絶望の真っ直中でも希望を捨てないで!というメッセージが強く発信されて感動を呼びました。しかも、この日はまだマンハッタン内も交通はほとんどストップして、数ブロック南からは停電状態という都市機能が完全に麻痺した中で行われたことは特筆に値するとも言えます。

 しかし、こうした取り組みと意気込みに対してメディア業界の醜い部分も露呈しました。約2300万ドル(およそ18.5億円)という寄付金が集まったものの、その寄付先は放送業界との癒着も指摘され、お金の流れの“不透明さ”では悪名高いアメリカン・レッド・クロス(アメリカ赤十字)のみであったこと、NBCは他局ネットワークにも共同放映などの協力・協賛を仰いだものの、どの局も拒否したということ(これには他局サイドからするとNBCの放映料請求が膨大過ぎたとの批判もあるようです)、しかもCBSやABCなども独自に寄付を集めたものの、結果的に寄付金は全てアメリカン・レッド・クロスに流れてしまったこと、などがあげられます。
 実は、こうした問題はニューオーリンズなどを壊滅状態に陥れた2005年のハリケーン・カトリーナの時にも起きたことでしたし(この時もNBCは真っ先に救済コンサート番組をオンエアしましたが、お騒がせ男カニエ・ウェストによる「(当時の)ブッシュ大統領は黒人のことなんか何も考えていない」というコンサート内での過激発言が全国放映され、大論議を巻き起こすというオマケまで付きました)、放送業界の醜い勢力・利権争いというのはいつまでたっても変わらないのだと失望させられました。
 ところが、今回の「12.12.12.」コンサートは“34のチャンネルでオンエア”という“連帯ぶり”が(特に業界内で)大きな話題を呼びました。しかも中身を見ると、これまでの4大ネットワーク主導ではなく、4大ネットワーク以外の“独立系ネットワークと単独局による連帯型”という新たなフォーマットを実現したとも言えます。
 具体的にオンエアに関しては、AMCやIFCやサンダンス・チャンネル(AMCネットワーク)、MTVやVH1(ヴァイアコム)、HBO(タイムワーナー)、デスティネーション・アメリカやディスカヴァリー・フィット&ヘルス(ディスカヴァリー・コミュニケーションズ)、フード・チャンネル(スクリップス・ネットワーク)、そして全米各地の地元PBS(公共放送局)などといったところが結集しました。
 これに対して4大ネットワークは、ほとんど無視の状態。CBSが傘下の有料チャンネルであるShowtimeや一部ローカル・チェンネルでオンエアした以外は、NBCもABCもFoxも自局の人気番組で対向していましたが、結果は惨憺たるものであったようです。しかも「12.12.12.」コンサートに関して、ABCは「あまりに放映局が多すぎて、自分達の入り込む余地が無かった」、Foxは「放映権に関して正式な招待(オファー)も受けなかったし、我々は拒否されたようだ」などと負け惜しみのような言い訳を発表していました。

 全米が同番組に注目したと言える今回の「12.12.12.」コンサートですが、世界190カ国で約20億人という視聴者をつかんだ要因の一つが、グローヴァル展開に力を入れるMTVとVH1でしょう。
 さらに、それ以上に今回大躍進して注目を集めたのがデジタル・プラットフォーム、つまりライヴ・ウェブキャストというネット配信です。結果的にYouTube、MTV、マイスペース、ヤフー、AOLなどを始めとする30のウェブサイトがネット配信を行いましたが、Twitterなどのソーシャル・ネットワーキングを活用したインタラクティヴな楽しみ方が、業界としてだけでなくメディアとしても既に旧態依然とした閉塞状態にあると言えるテレビよりも、若者には圧倒的な支持を受けたようです。

 今回の「12.12.12.」コンサート自体は、大手銀行のチェイスが”presented by”という形で行われましたが、コンサートのプロデュースは、会場となったマジソン・スクエア・ガーデンの最高責任者であるジェイムズ・ドーランと、前述の9.11テロの追悼&救済コンサートの共同プロデュースとしても名を連ねたアメリカの大手映画会社ワインスタイン・カンパニーの共同設立者&チェアマンであるハーヴィー・ワインスタインと共に、昨年の初めに大手メディア・グループ、クリア・チャンネルの総合エンターテインメント会社の社長に就任したジョン・サイクスの名前が加わったのが注目されました。この人はMTVの発足メンバーから社長に就任し、その後VH1の社長にも就任した人で、正にアメリカでは音楽メディア&エンターテインメント王の一人とも言われており、今回がクリア・チャンネル移籍後としては、あまりに華麗な初デビューの大仕事となったわけです。
 
 大手銀行のチェイスは、“プレゼンティング・パートナー”(あくまでも呼び名は“パートナー”です)として出資者の筆頭に立ち、それに続いて出資金額でランク分けされたパートナー達が続きました。ちなみに2番目のランクは、アメリカのみならず世界最大の複合企業であるGE(ゼネラル・エレクトリック)。そして3番目のランクには、保険会社のステート・ファームと、ニューヨークに本拠地を置く世界最大のインベストメント・マネージメント(資産運用)会社であるブラックロックという2社と共に、韓国のサムソンが名を連ねたのが大躍進と言えました(韓国系は6番目ランクにもヒュンダイが加わっており、日系企業は末席である“アディショナル・パートナーズ”の一つにソニー・メディア・アプリケーションが入っている以外は一つもありませんでした)。
 興味深いのは、今回は前述の4大ネットワークといった大手テレビ業界の名前はほとんど見られず、4番目のランクにケーブルテレビのタイム・ワーナー、そして末席にスポーツ・チャンネルのESPNが入っていたくらいです。
 これらに変わって、今回“デジタル・パートナーズ”として名を連ねていたのが、グーグル、フェイスブック、Twitterを始めとする13社で、前述のように、今回のコンサート・イベントがいかにデジタルつまりネットを重要視したかが感じられます。
 もう一つ、今回注目すべき動きと言えたのが、基金に関してです。基金と言えば、これも前述しましたアメリカン・レッド・クロス(アメリカ赤十字)の存在がこれまで圧倒的でした。しかし、アメリカン・レッド・クロスには様々な問題があり、常に論争や非難の対象にもなっています。
 これに変わって今回登場したのが、ニューヨークを中心に独立系では最大の貧困救済基金であるロビン・フッド基金です。この基金は、南部出身で、現在はコネティカット州グリニッジでチューダー・グループというヘッジファンド運用会社を率いているポール・チューダー・ジョーンズという人が設立したもので、ここ5年くらいの間にメキメキと頭角を現してきた基金です。特に3年半ほど前に、“ヘッジファンド王”として世界で最も有名な投資家の一人でもあり、また反ジョージ・ブッシュ政権ムーヴメントの旗頭の一人でもあったジョージ・ソロス(もっともソロスは一昨年、投資家引退を表明しましたので、現在は慈善事業運動家と言うべきでしょうか)から5000万ドル(約40億円)の寄付を受けて以来、急速に躍進し、注目を集めるようになりました。

 この基金と連帯・連携している音楽アーティストには、レディ・ガガ、ブラック・アイド・ピーズ、シャキーラ、ローリング・ストーンズ、ザ・フーなどがおり、毎年行われているこの基金のガラ・コンサートには、こうした超大物達も出演しており、音楽界とのコネクションがいかに強大であるかを見せつけています。
 この基金の特徴は、やはり何と言ってもヘッジファンドのメソッドを貧困救済基金に取り入れていることで、前述のソロスが自分の後継者としてチューダー・ジョーンズを熱烈に支持している理由も、その思想・アイディアと手腕にあると思われます。
 アメリカン・レッド・クロスのような旧タイプの巨大基金は、お金の出入り口も確立・限定されてしまって柔軟性に欠け、不正や癒着といった様々な問題も引き起こしていますが、ロビン・フッド基金の場合は、そもそもヘッジファンドが公募による公的資金集め&投資とは異なり、私募による私的資金集め&投資であるため、柔軟さとフットワークが不可欠となりますし、あくまでも“代替投資”を仲介的に行うために、レッド・クロスのような“大きな政府”ではなく、“小さな政府”としてパワーとマネーを結集させていくところが大きな違いであり、新しさでもあると思います。

 こうした方法論を実現させている背景には、この基金の取締役会(理事会)の顔ぶれの多彩さがあると言えます。一般的に知名度のある目立ったところでは、ABC(元CBC)のメイン・ニュースのアンカーであるダイアン・ソイヤーや、女優のグウィニス・パルトロウ、公民権運動を経て子供のための権利運動で著名な黒人女性活動家マリアン・ライト・エデルマン、前述した大手映画会社ワインスタイン・カンパニーのハーヴィー・ワインスタインなどが名を連ねていますが、何と言ってもお金を動かす実際のキー・パーソンと思われるのは、前述したGEのCEO&議長であるジェフリー・イメルト、世界最大の投資銀行の一つゴールドマン・サックスのCEOであるロイド・フランクファイン、“リーマン・ショック”で知られるリーマン・ブラザースの元CEOで“ゴリラ”とも“金融危機のA級戦犯”とも呼ばれるリチャード・ファルド・ジュニアといった連中です。
 こういった名前が出てくると、なんとも胡散臭さがプンプンと漂ってきますし、やはり世の中はユダヤ・マネーで動いていることを痛感させられますが、例え胡散臭くはあっても、実際にお金の出先がこれまでとは違い、実に柔軟で幅広く、実際的で有効であるのは大きく評価できる点でしょう。今回のコンサートでは5000万ドル(約40億円)という寄付が集まったとされていますが、それらが全て、160以上という大小様々なサービス&ボランティア機関や教会などの組織に送られることになり、寄付金額だけでなく、寄付の対象がこれまでよりも数段拡散しているのは素晴らしいことであると思います。
 このロビン・フッド基金は、2013年の音楽シーンにおいても益々重要な存在となっていくことは必至ですし、こうした形態の基金が後に続いていくことも間違いないはずで、今後の動向が大変注目されます。

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