【I Love NY】月刊紐育音楽通信 July 2012

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

ニューヨークはこの夏初の猛暑に見舞われました。
摂氏としては30度台半ばですから、ニューヨークの夏としてはまだ序の口とも言えますが、最近は以前よりも湿度が高まっているように感じます。
これは近年北半球においてはよく見られる現象のようですが、やはり地球温暖化による気候の変化は著しいと言えます。
 ニューヨークの真夏の風物詩の一つとして知られているものに、消火栓から吹き出す水と、それを使った水浴び・水遊びがあります。
私が以前住んでいたコロナというヒスパニック居住区や、毎週日曜日に教会で演奏しているブロンクスや、ハーレム、ブルックリンといった黒人居住区では、夏の代表的な光景の一つにもなっています。


 この消火栓ですが、もちろん自然に水が噴き出すわけではなく、誰かが蓋をはずすわけです。
消火栓は頑丈な代物ですが、蓋は意外と簡単に外せるのです。
ただし、法律的に言えば、火事の場合以外に専用の器具を使わずに消火栓を開くことは違法で、ニューヨーク市では最高1000ドルの罰金か、最高30日の実刑(入獄)となっています。
ですが、実際に消火栓を開けてこれを適用された人というのはほとんどいないようです。

 昔は真夏の猛暑となると、本当にこの消火栓がよくあちこちで開いて水が噴き出していましたが、最近は大分少なくなりました。
理由は、以前よりクーラーが更に普及したこと(特に低所得者層)、街の公園に噴水が増えたこと(つまり公園の噴水で水浴び・水遊びができるわけです)、仮に消火栓を開けてもすぐに消防署が来て閉めてしまうこと、などもあります。
まあ、違法と言えば違法なのですから仕方ありませんが、昔を知る者にとってはちょっと寂しい限りです。
以前は猛暑になると、消防士がサービス(?)で消火栓を開くこともよくありましたし、実際に気温が摂氏40度くらいになると、市が消火栓開放を許可することもよくありました。
 今回も上記の貧しいエリア、危険なエリアではまだまだ消火栓を開いている光景をちらほら目にしました。
そこで遊ぶ子供達の数は大分減りましたが、笑えるのは消火栓から吹き出す水を使って洗車をしている車が結構いるということです。
ニューヨークはアパートが圧倒的に多く、一軒家やガレージなどが少ないので、多くの人達はカー・ウォッシュ屋で洗車を行うわけですが、洗車代もタダということで、開いた消火栓の前には車の行列ができているところもありました。

トピック:今も苦戦を続ける“黒人系”ミュージカル

 これまで何回かご紹介もしましたが、ウーピー・ゴールドバーグがプロデュースする人気ミュージカル「シスター・アクト」(日本語タイトルは「天使にラブ・ソングを」)が何と8月末で終了することになってしまいました。
カリフォルニアやアトランタでの期間限定公演の後、ロンドンのウェスト・エンドでヒットした後にニューヨークのブロードウェイに上陸し、昨年4月からオープンとなったわけですが、僅か1年4ヶ月間での終了となってしまったのは何とも寂しい限りです。
 今年の3月には、ウーピーに抜擢され、ウェスト・エンドからのオリジナル・キャストであった主演のパティーナ・ミラーが降板し、子役スターとして有名だったレイヴン・シモーネが新しい主役となり、テレビなどでも宣伝をしていたのですが(実は、テレビなどで宣伝を始めるということは、売れ行きがあまり良くない証拠と言われています)、スタート当時ほどの人気は得られなくなってしまったようです。
 理由の一つは、“お嬢さん”っぽくて可愛いレイヴン・シモーネには、“ヒモ付きのしがないクラブ歌手”というちょっと“不良”な役柄は向いていなかったということも言われていますが、メディアが絶対書かない最大の理由は、やはり“人種問題”であると言えます。
同ミュージカルは昨年のトニー賞でも5部門にノミネートされながら受賞は無し。
この時も意外というか、やはり…という結末でした。

 人種の分け隔ては関係ないと言われるエンタメ業界ですが、やはりハリウッドの映画界とブロードウェイのミュージカル界というのは黒人達にとって今も大きな壁であり、鬼門であると言えます(我々アジア系にとっては更に壁&鬼門なのですが…)。
その理由は人種差別というストレートな問題ではなく(“ない”とは決して言いませんが)、やはりそうした娯楽にお金を出す客層の問題であると言えます。
 随分と値上がりしたとは言え、今も比較的安価で観ることのできる映画は、“ブラック・ムービー”というジャンルが確立していますから、話はちょっと変わってきますが(これも、スパイク・リーやタイラー・ペリーなど、そうした垣根を打ち破ろうとしている優れた監督達もいますが)、ミュージカルとなれば、比較的低価格のオフやオフオフは別として、オン・ブロードウェイものは大体100ドル前後です。
これだけのお金を出してミュージカルを観に行こうという人は、中〜高額所得者となりますし、客層は地方からやってくる観光客を中心とした白人が圧倒的です。
日本人には「ライオン・キング」や「マンマ・ミア」、「オペラ座の怪人」など、英語台詞の少ない作品が人気ですが、今もアメリカ国内では圧倒的な強い人気を保っている「ジャージー・ボーイズ」や「ブック・オブ・モルモン」、「エニシング・ゴーズ」や「ワンス」などといった作品は、内容的にも観客層においても、“白人傾向”が強いと言えます。

 別に黒人主演作品はヒットしない、とまでは言いませんが、やはり問題となるのは観客のほとんどである白人層に万人受けする題材と親近感です。
ディズニーとリバイバル物が強いというのは、そうした理由ですが、黒人主演でも、アメリカを代表する偉大な作曲家ガーシュインの音楽による「ポギーとベス」や、黒人の出演者が中心でもディズニーの「ライオン・キング」などは根強い大ヒットとなっています。
 こうした観客の人種偏向を打破しようと、ジェイZとウィル・スミスが結託してフェラ・クティの激動の人生をテーマにした「フェラ」(2009年公開。トニー賞3部門受賞)という作品を手掛けましたが、僅か1年2ヶ月間で終了ということで、彼等のパワー(財力)を持ってしても、黒人客を大挙動員することは不可能でした。
 「フェラ」以前にも、オプラ・ウィンフリーとクインシー・ジョーンズという最強コンビが手掛けたアリス・ウォーカーの名作「カラー・パープル」(2005年公開。トニー賞1部門受賞)は、映画は大ヒットしましたが、ミュージカルは2年3ヶ月間しか続きませんでしたし、天才ダンサー、セヴィアン・グローヴァーの名を世に知らしめた「ブリング・ダ・ノイズ、ブリング・ダ・ファンク」(1996年公開。トニー賞4部門受賞))も結局2年8ヶ月間。デューク・エリントンの音楽をテーマに、グレゴリー・ハインズ、ヒルトン・バトル、フィリス・ハイマンといった大スター・ダンサー&シンガー達をフューチャーして、トニー賞も2部門受賞した「ソフィスティケイテッド・レイディーズ」(1981年公開。トニー賞2部門受賞)でさえも2年10ヶ月間。
やはり黒人系ミュージカルにとっては、3年間以上というロングランは一つの壁になっているようです。
 
 そうした中で、3年以上のロングランを記録した黒人系ミュージカルと言えば、ファッツ・ウォーラーを題材にした「エイント・ミスビヘイヴン」(1978年から3年9ヶ月間。トニー賞3部門受賞)と、黒人版「オズの魔法使い」である「ウィズ」(1975年から4年間。トニー賞7部門受賞!)が挙げられます。
特に「ウィズ」はその後、ダイアナ・ロスとマイケル・ジャクソンなどが出演した映画版にも後押しされ、ミュージカルもロングランとなりました(ちなみに、子供の頃からダイアナ・ロスに憧れていた大ファンの私ではありますが、それでもミュージカル版のドロシー役、ステファニー・ミルズはダイアナよりも遙かに素晴らしいパフォーマンスでした!)。
また、そのダイアナ・ロスとスプリームスをモデルにした「ドリームガールズ」(1981年から3年8ヶ月間。トニー賞6部門受賞!)も忘れてはなりませんし、2006年のビヨンセ主演の同作品映画版もまだ記憶に新しいところです。
 このようにオン・ブロードウェイでのロングラン作品は数少ないながらも、黒人系ミュージカルは、映画やクラブ、コンサートといった世界では広く認知され、人気を得ていると言えます。
つい先日も、ニューヨークのブルーノートにセヴィアン・グローヴァがたった一日のみ出演し(しかも、今や“生ける伝説”とも言われる名ドラマー、ロイ・ヘインズとの共演)、この不世出の天才ダンサーを一目見ようと大勢の観客が集まりました。
またタイムズ・スクエアにある人気クラブ、B.B.King’sには先日ステファニー・ミルズが出演し、「ウィズ」の大ヒット曲「Home」を披露して聴衆は大喜びでした。
 確かに黒人系ミュージカルの道はまだまだ険しいですが、止まることのないチャレンジが、音楽界・エンタメ界の様々な分野に波及し、ミュージカル界における地位や評価を僅かずつでも向上させていることは間違いないと言えます。
 さて、次はどんな黒人系ミュージカルが登場してくるのか。「シスター・アクト」の終了は残念ではありますが、次作への期待は益々高まるばかりです。

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