【I Love NY】月刊紐育音楽通信 July 2013

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

 ニューヨーク市は、5月末のメモリアル・デーから、公共レンタル自転車“シティ・バイク”が登場し、話題と人気を集めています。まずはマンハッタン59丁目以南とブルックリンに、330箇所のバイク・ステーション(駐輪所)と6千台の自転車が導入され、間もなくマンハッタン79丁目以南とクイーンズの一部も加わり、600箇所のバイク・ステーションと1万台以上の自転車に拡大されるようです。
 アメリカには、既にこうした公共レンタル自転車制度(“バイク・シェアリング・システム”と呼ばれています)を取り入れている地方自治体も多数ありますが、当然のことながらニューヨーク市のシティ・バイクは、半月ほどで一日の利用数が北米ナンバーワンを記録したそうです。実際に利用客は増える一方ですし、メディアも好意的に取り上げ、市民も満足している人達はかなり多いようですが、私のように仕事では「車」派、プライベートでは「歩き」派である人間にとっては実に迷惑きわまりなく、また接触事故の危険も極めて高い(実際に、既に「車」対「自転車」、「人」対「自転車」で数多くの接触事故が起きています)と言えます。


 そもそも、人も車も交通マナーが全米最悪なのがニューヨークの特徴(?)です。したがって自転車もご多分に漏れず交通マナーは最悪です。バイク(自転車)・レーンなど守らずに車の車線の間を右往左往すり抜けていく、信号は守らない、一方通行を逆走、右左折で減速・一時停止などしない、夜でも電気は付けない、ヘルメットはかぶらない、などなど。こんな状態では事故が起こらないわけがありません。しかも、車と違って罰則・罰金システムが確立してませんから、バイカーは“やりたい放題”であるわけです。車で自転車をひかないように、歩いていて自転車にひかれないように、毎日ビクビクしている今日この頃です。

トピック:変わらぬ音楽の姿と、変わりゆく音楽の流通(後編)

 6月のニューヨークのメディア業界と音楽業界は、シンディ・ローパーとポール・マッカートニーの話題で持ちきりであった、と言っても過言ではないと思います。
 まず、6月9日に行われた第67回トニー賞では、シンディ・ローパーが音楽を手掛けたミュージカル「キンキー・ブーツ」が大方の予想通りベスト・ミュージカル賞を受賞し、シンディ自身もオリジナル楽曲賞を受賞しました。シンディは受賞スピーチでもかなり大感激していましたが、60歳の誕生日を前に、シンディは益々元気でパワーアップしてきているという感があります。
 実は昨年、私はある仕事で彼女と一緒になる機会を得たのですが、60歳近くになっても、あの“シンディ節”は全く変わっていませんでした。この人は生粋のニューヨーカーでもありますが、実は子供の頃は落ちこぼれの不良家出少女であったわけで、正直言ってその言葉づかいなどはとてもよろしいとは言えません。今も相変わらず会話の中で普通にFワードやSワードを連発してきますし、いよいよ不良おばあちゃんの領域に入ってきたか、という印象も受けました。でも、彼女は様々な職を転々とし、ヒッピー的な野外生活までしていた人で、本当に苦労を知っている人でもあり、思いやりと感受性が飛び抜けている人なので、悪態にも不思議と嫌悪感が感じられないのです。
 シンディはこの夏から始まる彼女のデビュー・アルバム「She’s So Unusual」とファンからのリクエストを組み合わせたワールド・ツアーを開始します。久々の大型ツアーを前に、今回のトニー賞受賞は彼女のプレゼンスを更に大きく持ち上げることになるはずです。

 一方のポールは、前述のトニー賞授賞式を挟んだ6月8日と10日に、ブルックリンのバークレイズ・センターで久々のコンサートと行いました。私は、これも幸運なことに、ある人の好意でアリーナ席のかなり前の方で観ることができたのですが、71歳の誕生日を前に、たっぷり2時間半、38曲(内、ビートルズ曲が26曲!)を歌い、演奏するというのは正に驚愕的であると言えました。その歌声、ステージ・アクションなど、70過ぎのおじいさんにはアリ得ない元気ぶりに会場が大熱狂したことは言うまでもありません。私自身は、ジョン・レノンとジョージ・ハリソンと元妻リンダにそれぞれ捧げた曲が最高にジーンと来ましたが、今回のポールのNYコンサートは歴史に残る、歴史的イベントであったということは間違いないと思います。

 さて、今回は前回に引きつづく、「変わらぬ音楽の姿と、変わりゆく音楽の流通」の後編となりますが、上記の話題から、まずはコンサートの話に入っていきたいと思います。

 今の世の中は“並ぶ(行列)”という機会が少なくなりました。これはある意味効率的・生産的で良いことであるとも言えますが、昔は、本当に何をするにも、並ばなければならなかったと言えます。特にライヴ・ハウスとコンサートは常に行列覚悟でした。ライヴ・ハウスは、今もニューヨークでも並ぶことはよくありますが、ほとんどが予約制(と言っても席は確保できず早い者順の所がほとんど)となっているので、状況は格段に改善されました。しかも昔は、人気ミュージシャンのライヴでは、散々並んで待ったあげく、入れずじまいということも多々ありました。
 並ぶことに関しては、ライヴ・ハウス以上に大変だったのがコンサートです。今の若い人達には信じられないでしょうが、70年代は人気アーティストのコンサート・チケットを購入するために、徹夜で並ぶということがよくありましたし、私もよく徹夜で並んだものです。
 当時は今のようなコンピュータ・システムによって管理されるチケット販売システムというものがありませんでしたから、コンサート会場やレコード店、直営の販売窓口などといったチケット売り場にチケットが分散・分配されて販売されていました。ですから、ここは良いチケットを置いているとか、並ぶ人も少ない、といった行列するための目安や情報などがあったわけです。70年代当時の大物外タレ・コンサートと言えば、東京では新宿厚生年金、渋谷公会堂、中野サンプラザが3大ホールで、それらの頂点に日本武道館があるという図式でしたが、私個人は、中野サンプラザと渋谷ヤマハのチケット売り場に何度となく徹夜で並んだものでした。

 アメリカでは、こうした場においてもコミュニティというかコネクションが生まれてしまうのがおもしろい所でした。日本ではさすがにあまり無かったと思いますが、当時アメリカではチケット購入のために徹夜で並ぶ時に、小さなテントを構え、BBQ台を持ち込んで飲み食いし、ラジカセでチケット購入するミュージシャンの音楽を大音量で鳴らし、夜通しパーティ状態のまま、朝のチケット販売開始を待つということがよくありました。
 日本では中学生の頃から、よく徹夜で並んでチケットを購入していた私ですが、アメリカではそういったことは安全上、法律的にも絶対に許されません。ですから、当時ニューヨークで高校生だった私は、大学生や大人の人達に混ざって徹夜で並び、乱痴気騒ぎをしながらチケットを買ったことも、今や懐かしい楽しい思い出でとなっています。

 ですが、こんなことはもう今は昔の話ですし、今でもチケット購入のために徹夜で並ぶと言ったら、ニューヨークではヤンキースやジャイアンツといった人気スポーツ・チームのプレイオフや、ワールド・シリーズまたはスーパー・ボウルの前売りくらいでしょうか。
 前述のように、コンサート・チケットはコンピュータ・システム管理によって大きく変化しましたが、アメリカでは最近は更に大きな変化が見られます。
 全てはインターネットで購入するのが主流ですが(まだ電話で購入する人もいますが)、昔からあったファン・クラブ優先のチケット販売に加え、協賛するクレジット・カード会社の優先販売が非常に多く見られます(つまり、その会社のクレジット・カードを持っている人達は、一般の販売日よりも前に購入できるわけです)。

 さらに最近多く見られるのは、購入者が殺到するチケット販売開始日には、敢えて何もせず、コンサート間近になって購入するというパターンです。昔もそういうパターンはありました。それはつまり、ダフ屋(つまり非公認で不法)で買うという方法です。それが今は、“公認”で“不法ではない”、“市民のダフ屋(?)”から買うという方法が一般化しています。その代表が、以前にもご紹介した「Stubhub(スタブハブ)」です。
 「Stubhub(スタブハブ)」を始めとする“公認・一般ダフ屋サイト”というのは、簡単に言えば「チケット転売サイト」または「“中古”チケット販売サイト」です。アメリカで言えば「eBay」、日本では「ヤフオク!」のチケット専門売買サイトとも言えます。
 ただしオークションではなく価格は確定していますので、高額に吊り上がることはありませんし、そもそもの価格設定も、基本的には何倍・何十倍もしないものが一般的です。
 また、サイト運営業者の手数料は当然発生しますが、基本的に売り手も買い手も業者ではなく一般人(中には、一般人を装った業者もいるようですが)ですから、安心感と値安感もあります。さらに、コンサート直前になってもチケットが売れない場合は、売り手が値段を下げてくることが多いので、それを狙って直前まで引っ張って購入する人もいます。

 というわけで、チケット購入の手間と時間(特にチケット販売開始当日は手間と時間が掛かり、徒労に終わることもしばしばです)を差し引けば、多少高めでも希望する席を安心して購入できるということで、こうしたサービスを利用してチケットを購入する人は急激に増えてきているわけです。
 この「Stubhub」などのチケット転売サイトの普及よって、素人でもこれを商売ないしは小遣い稼ぎに使う人が増え、単なる手持ちチケットの転売だけでなく、最初から転売サイトで売ることを目的として予めチケットを買い占めるパターンも増えています。そのため、正規のチケット購入よりも、チケット転売サイトの方が良い席が数多くあるという現象にまでなってしまっているのです。
 そのこともあって、正規チケット販売業者は一回の購入枚数に制限を設けていますが、オンライン販売の世界ですから、時間差を付けたり、複数の人間が手を組んで購入したりと、抜け穴が様々にあって効力を発揮していないのが現状です。
 また、コンサートなどのイベント当日までチケットが転売できず、その結果、チケットはソールド・アウトのはずなのに空席が目立つというケースも実際に起こっているのです。
 いずれにせよ、コンサートのチケット販売の現状は、ここ最近特に大きく変化していることは間違いありませんし、今後も修正・改正の動きは次々と出てくると思われます。

 最後に、楽器購入においても状況は大きく変わりました。現在、アメリカにおける楽器購入は、インターネット販売を利用するケースが圧倒的であり、街の楽器屋さんで購入するケースはどんどんと少なくなっています(そもそも、楽器店が圧倒的に減少してしまいました)。
 これは、ある意味でレコードやCD販売以上に大きな変化であるといえます。なぜなら、楽器の命とも言えるその楽器固有の“生音”を聴き、感じることなしに購入してしまうからです。最近は、サイト上で楽器のサンプル音を収録したサウンド・ファイルが増えて、購入の前に楽器の音を確認することもできます。
 しかし、楽器というのは、演奏者によって生み出されるサウンドが異なりますし、サンプルというのは、あくまでもサンプルでしかありません。また、自分で演奏した“感触”というものを味わうことはできませんし、あくまでも“ヴァーチャル”なものであると言えます。つまり、ここでも“自主性”や“主体性”といったものが完全に損なわれているわけです。

 もう一つ、かつての楽器屋において重要であったことは、楽器店自体が1つのコミュニティーを形成していたということです。 
 楽器店には“アニキ的”な従業員がいて、様々な情報やノウハウを伝えてくれました。時にはそれだけでなく、レッスン的な部分までフォローしてくれる従業員もいたわけです。また、楽器店には横のつながりもありました。従業員や掲示板などを通じて知り合った音楽仲間が拡がっていく、ということが以前は容易に起こり得たわけです。
 しかし、インターネットを使ったオンライン販売では、こうしたリアルでフェイス・トゥ・フェイスなコミュニケーションというものは存在し得ません。縦でも横でも、コネクション(つながり)というものはどんどんと希薄になっていき、音楽も益々自分一人の世界だけで完結してしまいがちです。
 ただし、かつての楽器店を通じたコミュニティに代わるのが、ブログやフォーラム・サイト、ファン・サイト、SN(ソーシャル・ネットワーク)といったヴァーチャルなコミュニケーションであると言えます。しかも、こうしたサイバー・スペース(電脳空間)は自分の顔も相手の顔も見えず、匿名性が高いので、貴重な情報(その反面、いかがわしい情報や危険な情報、いい加減な情報や信憑性の無いガセネタなども増える危険性もあります)がアップされやすく、情報やノウハウを求める動きは、以前よりも活発に効率的になっていると言える部分もあります。

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