【I Love NY】月刊紐育音楽通信 May 2013
(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)
ボストンのテロは日本ではどのように報道され、どのように感じられていたのでしょうか。タイムズ・スクエアの爆弾テロ未遂事件もまだ記憶に新しいですし、あのようなテロは、いつかニューヨークで起こるのではないかと、多くのニューヨーカーが恐れていたと思います。それがなんとボストンで、しかもなんとマラソンのゴール地点という“オープンな野外”で起こったという“無差別性”に、空恐ろしさを強く感じます。
事件の直後、ニューヨークでは2001年の9.11テロ以降、久々に機関銃を持った迷彩服の州兵があちこちに登場し、検問が頻繁に行われるなど、物々しさと警戒感が高まりました。9.11もそうでしたが、テロは“まさか”という場所を狙ってくるものですから、今回のテロを教訓に、同様なテロを警戒しても決して安心はできません。
ほぼ同時期に起きたオバマ大統領と上院議員への毒(リシン)入りレターも、単なる精神異常者の単独犯行ではなく、送りつけられた上院議員の元対立候補が裏にいたという、なんとも薄気味悪い事件でしたし、銃規制法案の否決も含めて、アメリカはオバマ政権も市民も、様々な方面から、これまで以上の“揺さぶり”を掛けられていると言えます。
こうした一連の事件と状況に対して、音楽界は極めて慎重に静観していると言えます。やはり、災害救済などと異なり、政治性・思想性があまりに強い事柄であるだけに、スプリングスティーンやボンジョビなどに代表されるリベラルな“音楽活動家”達でさえも、自分達の人気だけでなく、命にまで関わることになりかねないため、目立った動きができないのは理解できます。しかし、アメリカのこれまでの歴史から見れば、このように社会が閉塞&膠着状態になれば、音楽が動き出すのは明らかなことで、この先、どのような形で音楽界が社会に対してアクションやムーヴメントを起こしていくのか、非常に興味深いところであると言えます。
トピック:新たな音楽文化の拠点、ブルックリン
ここ最近は、どうもジェイZの話題が多いようで、自分としても彼の話題はしばらく取り上げなくてもよいだろうと思っているのですが、困ったことに(?)そう思うとまた彼の話題が登場してくるのです。
実はこの4月末、アメリカの一般週刊誌としてはメジャー中のメジャーであるTime誌(1928年発行)の表紙に、またまたジェイZが登場しました。それも、毎年恒例である「世界で最も影響力のある100人」の号の表紙です。
この“世界で最も影響力のある”というのは、良い意味でも悪い意味でも多大な影響力を与えているというもので、100人は「タイタン(大物・巨匠)」、「リーダー」、「アーティスト」、「パイオニア(先駆者・草分け)」、「アイコン」という5つのジャンルに分かれています。
日本でも良く知られた人物で言えば、例えば「リーダー」では、オバマ大統領やバイデン副大統領が名を連ねていますし、韓国初の女性大統領パク・クネや中国大統領のシー・ジンピンなどがいるかと思えば、北朝鮮のキム・ジョンウンやNRA(全米ライフル協会)副会長のウェイン・ラピエールといった悪名高い連中までいるわけです。
「タイタン」では、サムスンのCEOクォン・オヒョン、デザイナーのマイケル・コース、NBAのレブロン・ジェイムズ、フェイスブックのCOOシェリル・サンドバーグなどが名を連ね、100人中唯一の日本人としてユニクロの柳井CEOも選ばれています。
また、「パイオニア」では、YahooのCEOマリッサ・メイヤー、「アイコン」では、サッカーのマリオ・バリテッリ、中国大統領のファースト・レディー(大統領夫人)であるポー・リーユアン、頭部に凶弾を受けながらも奇跡的に復活した元アリゾナ州下院(並びに元上院)議員のガブリエル・ギフォーズ、ミシェル・オバマ大統領夫人、女子テニスのリー・ナなどが選ばれています。
さて、音楽界からは、「アーティスト」としてクリスティーナ・アギュレラ、ミゲル、フランク・オーシャンが選ばれ、「アイコン」としてジャスティン・ティンバーブレイクとビヨンセが選ばれていますが、なんと「タイタン」として選ばれているのがジェイZなのです。
この「世界で最も影響力のある100人」が更に面白いのは、選ばれた100人の評(称賛)を、これまた“影響力のある”有名人達が自ら書いていることです。
例えば、オバマ大統領のことをヒラリー・クリントンが、パク・クネ韓国大統領のことをタイ初の女性首相インラック・シナワトラが、シー・ジンピン中国大統領のことをキッシンジャーが書き、変わったところ(というか実は“いかにも”な選択なのですが)ではウェイン・ラピエールNRA副会長のことを差別主義者の“保守派ロッカー”テッド・ニュージェントが書いています。
音楽関係の方もなかなか面白い人選で、クリスティーナ・アギュレラのことをセリーヌ・ディオンが、フランク・オーシャンのことをジョン・レジェンドが、ジャスティン・ティンバーブレイクのことをスティーヴィー・ワンダーが、ビヨンセのことを映画監督のバズ・ラーマンが書いているのですが、ジェイZのことを書いているのが、なんとニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグなのです。何でもジェイZとブルームバーグ市長はかなり仲が良いそうで、ブルームバーグ市長は「彼(ジェイZ)は自分が取り組むものを、ほとんど成功に導く」、「彼はアメリカン・ドリームが今も生きていることの証明である」と大絶賛です。ちなみにジェイZは、この1年間で7回もTime誌の表紙を飾っているのですから、いかに注目度が高いかということも理解できます。
そうした中で先日、アメリカの音楽アワード・イベントとしては、今やグラミー賞にも匹敵する注目度と権威を得ていると言える、MTV主催のビデオ・ミュージック・アワード(以下VMA)の開催地の発表がありました。
VMAは毎年ニューヨークかロサンゼルスで行われることがほとんどで、開催数もほとんど半々でした(二箇所で同時開催という年もありました)。今年(8月25日)はロサンゼルスで3年間連続行った後ですから、ニューヨーク開催が有力視されていましたし、これまでのニューヨーク開催同様、ラジオ・ミュージック・ホールであろうと思われていたのですが、それがなんとブルックリンのバークレイズ・センターで行われることになったのです。
このバークレイズ・センターは、これまでにも何度かお伝えしたように、ジェイZが共同オーナーを務めるNBAのブルックリン・ネッツの本拠地である新アリーナです。しかもVMAは、今年で30周年を迎えるという記念イベントをブルックリンで行うというわけですから、ニューヨークの中でもブルックリンの注目度が更に高まることは間違いありません。
主催するMTV社長のステファン・フリードマンも、「(大リーグのブルックリン・ドジャーズから)約60年の歳月を経て、ブルックリンにプロ・スポーツ・チームが戻り(NBAのブルックリン・ネッツのこと)、活気溢れる音楽シーンと今日の大スター達によるコンサートが日々、このバークレイズ・センターで行われることによって、ブルックリンは音楽とスポーツとエンターテインメントの中心地として再び姿を現した」と興奮気味にコメントしていました。
これには地元ブルックリンも様々な方面で盛り上がりを見せています。前述のブルームバーグ市長も、「ブルックリンは、ブルックリン橋やコニー・アイランドのジェットコースター、サイクロンで有名だったが、今、バークレイズ・センターでのVMAがそれに加わることになった。これによって、ブルックリンの雇用も増え、経済が活性化されることは間違いない」と語り、ブルックリン市長のマーティ・マルコヴィッツも、「ヒップホップからヒップスター(ヒップな連中、つまり常に時代の先端を行こうとする若者達)まで、ジェイZからMGMT(人気のサイケ・ロック・バンド)まで、ブルックリンのミュージシャン達は、MTVのスポットライトを支配するほどの長い歴史を持っており、今やブルックリンは全米の若者たちにとって最もヒップでクールなカルチャーのメッカとなっている」と自信満々に語っています。確かに、今や音楽文化も含めて、若者の新しいカルチャーは、マンハッタンからブルックリンに移動してきていることを実感します。
というわけで、今月はブルックリンのどこが旬でヒップなのか、代表的なエリアをご紹介してみたいと思います。
ウィリアムズバーグ:
もともとは工場と倉庫街でしたが、90年台半ばころから若いアーティストやミュージシャン達がマンハッタンより移住してきました。
倉庫を改造したライヴハウスやアートスペースが多く、小ホールもあって、インディ・ミュージック・シーンの発信地でもあります。
しかし、今や観光地として賑わい、家賃も高騰して、マンハッタンのアッパーサイド並みの値段になっています。
グリーンポイント:
もともとはポーランド系移民が多く住む工場地帯でしたが、ウィリアムズバーグの北側に位置することから、人とカルチャーが流れてきて、ユニークでおしゃれな店も多くなっています。
ブッシュウィック:
ここももともとは工場・倉庫街が中心でしたたが、以前から既に廃墟となっている場所も多く、治安は悪かったのです。
それがウィリアムズバーグの地価高騰によって、マンハッタンからウィリアムズバーグに移ってきたアーティスト達が更に東に移動し、このブッシュウィックで新たなアート・カルチャーを形成しています。
まだ家賃も安めで、まさに今の若者アート・カルチャーの発信地の一つと言えます。
ボコカ(サウス・ブルックリン):
ボーラム・ヒル、コブル・ヒル、キャロル・ガーデンズの頭文字2文字を取って、ボコカ(BoCoCa)と呼ばれています。
店は小さいですが、バラエティ豊かなクオリティの高いレストランが並ぶ閑静な住宅地です。
レッド・フック(サウス・ブルックリン):
ボコカよりもさらに南に下ったレッド・フックは、昔、港として栄えた工業地帯です。以前は極めて治安の悪い危険地帯でしたが(ハーレムの住人でも行きたがらなかった)、家賃が安いこともあってアーティスト達が移り住み、シーフード系レストランやこだわりのカフェなども増え、有名マーケットや大型店舗なども進出してきて、ブルックリンで今最もホットに”なりつつある”エリアと言えます。
パーク・スロープ:
プロスペクト・パークの西側に広がる、高級住宅地です。
そこを通る“五番街”を中心にして、おしゃれな店舗が並び、歴史ある古い建物とともに落ち着いた街並みを作り出しています。
その北側のプロスペクト・ハイツは、以前は治安の良いエリアではなかったのですが、家賃が安いこともあって、ここにもアーティスト系の若者が移り住んで、人気のエリアになっています。
アトランティック・ターミナル周辺:
ジェイZが共同オーナーを務めるNBAのブルックリン・ネッツの本拠地である話題の新アリーナ、バークレイズ・センターがあるのが、アトランティック・ターミナルで、バークレイズ・センターの北側にはBAMとして親しまれるブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージックがあります。
BAMには大ホールと映画館、オペラハウスなどがあり、アート色の強いコンサートや映画、ダンス・イベント等の他、インディ系のコンサートも行われます。
つまり、エンターテインメント色の強いバークレイズとアート色の強いBAMが並ぶことによって、このエリアがブルックリンの音楽文化の中心地にもなっています。
ダンボ:
今やブルックリンで一番の観光地となっている人気エリアです。
マンハッタンからブルックリン・ブリッジまたはマンハッタン・ブリッジを渡ってすぐのところにあるため、アクセスも便利です。
ダンボ(Dumbo)という名前はDown Under the Manhattan Bridge Overpassの頭文字を取ったもので、もともとは倉庫街なので、倉庫をそのまま利用したショップやレストランが並び、ギャラリーも多く、ウィリアムスバーグから移転したガラパゴス・アート・スペースは、アート・カルチャーの拠点ともなっています。