【I Love NY】月刊紐育音楽通信 October

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

「月刊NY音楽通信 October 2014」

 国連総会が終わっても、マンハッタンの重要ポイントにおける警官の数は減っていないようです。しかも警官だけではなく、最近は特に週末など、銃を装備した州兵や、ヘルメットと機関銃を構えた機動部隊の姿も見かけます。これは、テロの危険性が高まっているためのようです。特にシリア空爆とイスラミック・ステートによる記者殺害といった報復によって、緊張状態は高まり、ニューヨークでは地下鉄テロの情報がかなりキャッチされてきているそうです。よって、マンハッタンの外から入ってくる地下鉄の主要な乗換駅と言えるグランド・セントラル駅やペンシルヴァニア駅、ユニオン・スクエア駅などでは重装備の警備が増えてきています。911テロ以降、警戒警備には慣れっこになっているニューヨーカーですが、やはり銃装備の警備の中を歩くというのは気持ちの良いものではありません。


 こうした陸路に加えて、空路に関しても警戒は強まっています。しかし、こちらの警備の対象はテロではなく、エボラ熱です。感染が深刻なリベリアやギニアなどからの入国者の半数以上が利用すると言われるニューヨークのJFK空港ではエボラ熱の検査が始まりました。続いて今週中にはニュージャージーのニューアーク空港やワシントンDC、シカゴ、アトランタの空港でも検査を始めるそうです。しかし、それで安心なのかと言えばそんなことは決して無く、ヨーロッパを経由してアメリカに入る人もたくさんいますし、心配なのは人による媒介・感染だけではありませんし、このまま感染と検査が増えていくと、一般市民の不安もエスカレートしていき、“アフリカは危険”というヒステリー状態に陥る危険もあるので、非常に心配なところです。

トピック:国連総会でアーティスト達が一般討論演説

 今年も、一年の内で“ニューヨークの交通が最も麻痺する時”である9月後半の国連総会が終わりました。国際間の社会的・政治的な話題は本稿のテーマではありませんので、その内容はニュースなどに譲りますが、今年は音楽業界にとって、非常に興味深い出来事がありました。それは、国連の機関であるWIPOが、初めてアーティストを国連総会の一般討論演説に招待したということです。

 まず、WIPOとはWorld Intellectual Property Organizationの略で、日本では「世界知的所有権機関」と呼ばれていると思います。全世界的な知的財産権の保護を促進することを目的とする国際連合の専門機関で、1970年に設立され、現在加盟国は187カ国。本部はスイスのジュネーヴにあり、事務局長はフランシス・ガリーです。
 WIPOは、「知的財産権保護の国際的な推進」をメインの活動としており、知的財産権に関する条約、国際登録業務の管理・運営も行っています。

 知的財産に関する条約と言えば、1883年に制定された、知的財産権の保護に関する最初の国際条約である「工業所有権の保護に関するパリ条約」、そして1886年に制定された著作権に関する条約である「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」が歴史的にも最も有名ですが、それ以降WIPOは(正確には、その前身であるBIRPI(知的所有権保護合同国際事務局))、知的財産権に関するさまざまな条約の作成や管理を行ってきており、知的財産の保護に関する条約の作成、途上国への技術協力等を通して、知的財産の保護水準の向上や情報化の推進等を図っている、というわけです。

 事務総長のガリー氏によれば、「絶大なるデジタル環境の変化という状況に対して、作家や作曲家達の未来をいかに守っていくかということを話し合うのに、今ほど最適なタイミングはない」ということで、今回国連総会に参加する各国首脳や大使・特使達などに呼びかけることになったそうです。
 協議される議題は、このデジタル時代の中で、“いかにフェアで維持していくことが可能なクリエイティヴな経済システムを作り上げていくか”ということだそうで、要するにクリエイター達の権利に対して敬意を持って今あるあらゆる問題に関して対話の扉を開くことである、ということです。

 このようなわけで、今年の第54回国連総会では、CISAC(シサック:著作権協会国際連合、International Confederation of Societies of Authors and Composers)がWIPOに招待される形で、今日のクリエイター達が直面する大きな問題に関するパネル・ディスカッションが開催されました。
 CISACは、このニュースレターを読んでおられる皆さんには言うまでも無いと思いますが、世界各国の著作権管理団体が参加する非営利、民間の国際組織です。設立は1926年で、世界120カ国の、230もの作家団体が加盟し、300万人を超える世界のクリエイター達(音楽、ドラマ、視聴覚著作物、文芸、グラフィックアートなど)の権利を代行しています。統計によれば、2012年のCISACによる印税集計額は、99億ドル(約1兆円)を超えると言われています。
 このCISACは、日本ではJASRACが1960年に参加し、日本でも総会や理事会が開催されたりしていますが、特に日本では戦後加算の問題で有名かと思います。JASRACを初めとする日本の著作権団体の呼びかけ・要請で、2007年のCISAC総会では、各国のCISAC加盟団体がCISAC会員に対して戦時加算の権利を行使しないよう働きかけることを要請する決議を全会一致で採択したことは、まだ記憶に新しいと思います。

 さて、今回の国連総会には、CISACを代表して様々な分野のクリエイター達が参加して演説しました。メキシコを題材とした作品で有名なフランスの画家であるエルベ・ディ・ローザ、セネガルの若手女流映画監督&プロデューサーのアンジェール・ディアバン・ブレナー、パット・ベネターのヒット曲の他にアメリカの有名シンガーの作品も手掛けているカナダの有名なソングライターであるエディー・シュワルツ、インドの脚本家&俳優であるヴィノード・ランガナタン、イスラエルの脚本家&映画監督のダフナ・レヴィンなど、世界各国から実にバラエティ豊かなクリエイター達が集まりましたが、音楽界からは、CISACの現プレジデントであるジャン・ミッシェル・ジャールが登場しました。
 ご存じの方も多いと思いますが、ジャン・ミッシェルは映画音楽の巨匠モーリス・ジャール(古くは、アカデミー賞を受賞した『アラビアのロレンス』や『ドクトル・ジバコ』、近年では『インドへの道』や『刑事ジョン・ブック』、『ゴースト』など)の息子というサラブレット。もちろん彼自身もシンセサイザー音楽、または電子音楽、アンビエント音楽、ニューエイジ音楽の大家として知られ、世界各地で大規模なイベント・コンサートを開催して話題となってきた音楽家です。
 ジャン・ミッシェルがCISACのプレジデントに就任したのは去年のことですが、このCISACというのは、アーティストが要職に就くことでも有名で、ジャン・ミッシェルの前には、ビージーズのロビン・ギブが死を迎えるまでプレジデントを務めていました。

 今回の国連総会における演説では、ジャン・ミッシェルは、「クリエイターと政策立案者(政治家も含め)は、制作や方針を形作るために共に手を組む機会を持っていかなければならないし、クリエイティヴな業界の本質的な価値をしっかりと評価して考え、アーティストから販売者に至るまで、クリエイティヴな鎖でつながり、それぞれに利害を受ける人達のために、持続的でダイナミックな成長と、公平な報酬の伸びを確保していかなければならない」と述べ、クリエイティヴな経済を築くために役立つ、力強い法的な枠組みの必要性を説きました。
 また、「我々クリエイターは、テクノロジーの支持者である(あらねばならない)」とも述べ、「私達はテクノロジーを活用し、デジタル・ディバイスやサービスを公共に提供する、より広範囲な文化へのアクセスを歓迎し、一層幅広い聴衆とテクノロジーをクリエイター達にもたらすような機会を生み出していかなければならない。そして、そのためには、全ての団体にとって理にかなうようなビジネス・モデルが必要なのです」とも述べました。

 ジャン・ミシェルの演説は、大きな評価と賛同を得たようですし、非常に立派で価値ある発言であるとは言えますが、現状・実情や生来の展望はそれほど容易ではありません。
 その大きな理由の一つは、デジタル配信側内の競争・対立と、デジタル配信側と従来のレコード会社&音楽出版との対立であると思います。 
 まず、前者に関しては、以前にもお話したiTunesに挑戦するGoogle Play Musicなどといったダウンロード配信業界内の争い、そしてスポティファイやパンドラ、iTunes、YouTubeなどといった有料・無料のストリーミング配信業界内の争いがあげられます。
これも以前お話しましたが、昨年末にスポティファイはレッド・ゼッペリンの楽曲配信と、携帯電話などのモバイル・ディヴァイスからの無料アクセス開始を発表しました。スポティファイは、ワーナー、ソニー、ユニヴァーサル、EMIという4大レコード会社と契約し、ストリーミング配信業界の頂点のように見られていますが、これは別の見方をすると、どのストリーミング配信を選ぶかによって、入手できる音楽の“量”が変わってくるということです。昔はラジオを付ければ誰でも同じ音楽を聞くことができました。その後もレコードやCDを買えば、つまり店頭(またはオンライン)で購入すれば、誰でも同じ音楽を手に入れることができました。しかし、今はどのストリーミング配信を選ぶかによって、消費者が手に入れる音楽の量や種類が変わってくるわけです。つまり音楽の視聴・購入に関する自由・平等というものは無くなってしまったわけです。よってある意味、ダウンロード配信業界内やストリーミング配信業界内の抗争というのは、消費者・視聴者を無視した、または手の届かない領域になってしまっているということです。この消費者・視聴者そっちのけの業界内の争いというのは、今後も消費者・視聴者のストレスとして続いていくことは間違いないと思われます。

 次に、デジタル配信側と従来のレコード会社&音楽出版との対立に関してですが、これも前述のレッド・ゼッペリンの例のように、デジタル配信側に、レコード会社や音楽出版が権利を与えるのかどうか、ということになってきます。更に、これにメタリカやゼップなどのようにアーティスト側もこの争いに参戦してくることになります。
 古くはナップスター、今やYouTubeが、自分達の権利を守ろうとするアーティストやレコード会社&音楽出版から縦断されてきたことはご存じの通りですが、実はナップスターやYouTubeの一番の援護者・味方は視聴者であるわけです。つまり、ここにアーティストやレコード会社&音楽出版と、視聴者との“隠れた対立”という図式も存在すると言えるわけです。

 もう一つ言えば、近年アメリカ国内では特に批判の的となってきている、「ハッピー・バースデー」の楽曲に代表される音楽出版の利権の問題があります。この問題は話すと長くなるので、またの機会に譲りたいと思いますが、このように各業界・各方面・各側で様々な問題が入り乱れている現在のデジタル音楽状況の中で、ジャン・ミシェルが述べた「デジタル・ディバイスやサービスを公共に提供する、より広範囲な文化へのアクセスを歓迎する」ことと、「全ての団体にとって理にかなうようなビジネス・モデル」を作り上げることが共存し得るのか、ということには疑問を持たざるを得ません。ここでジャン・ミシェルのビジョンを批判したり、異を唱えたりするつもりは毛頭ありませんし、彼の述べたことは全く持って尤もであると思いますが、この無法地帯のようなカオス状況の中での交通整理というのは至難の業であるという思いを抱いているだけです。

 かつて音楽がデジタル化していった時に、音楽は興業と電波(ラジオ)に帰っていくと思う、と語っていた、あるアメリカのレコード会社の重役の言葉を時折私は思い出します。デジタル音源がダウンロード中心であったころは、それも確かかもしれないと思っていました。しかし、今やストリーミング中心となり、ラジオというメディアも昔の電波時代とは全く様相が変わってしまいましたし、興業もチケット・マスターとライヴ・ネイションが独占体制を築き上げ、その合併をGoogle、Yahoo、eBayといった所謂コンピュータ&コミュニケーション業協会の代表企業と下院議員達が阻止・糾弾しているという状況で、全くもって歪な状況になってしまっていると言わざるを得ません。

 音楽業界の中に生きる私達は、今後益々自分達自身の舵取りをしっかり取っていかないと、荒波にもまれて遭難する危険性が高まっていると益々強く感じる今日この頃です。

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