【I Love NY】月刊紐育音楽通信 September 2012

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

先月マンハッタンがすっかり安全になっていくのに対して、ブロンクスやブルックリンの一部では治安が悪化していくような話をしましたが、驚いたことに、その後マンハッタンも決して安全とは言えないような事件が続きました。タイムズ・スクエアでは不振な人物やホームレスをかばった犬が警官に射殺されたり、先日はエンパイア・ステート・ビルディングの真ん前のストリートで、会社を首になった男が元上司を射殺し、警官と撃ち合いになって、周りにいた市民が巻き添えになって9名も撃たれ(幸い全員怪我ですみ、犯人は警官によって射殺)という信じられない事件が起きました。


 私は現在、マンハッタンからイースト・リヴァーを渡ってすぐのところにあるクイーンズのロング・アイランド・シティというところに住んでいますが、ここは最近再開発が進んでホットなスポットとなってきています。それでもまだ近くには昔から悪名高い低所得者向けのハウジング・プロジェクトがあって、その周辺は治安もあまり良くはないのですが、実は先日、自宅(アパート)の入り口で妻が銃で脅されて金銭を奪われるという事件が起きました。幸い怪我もなかったのですが、やはりニューヨークはいつ何が起こってもおかしくない、または常に事件は起こりえる、という状況は変わらないようです。
 マンハッタンを観光したり、ビジネスで動いていると、溢れかえる人の波やひしめき合う店舗などで活気があって景気も良さそうに見えるのですが、一部の富裕層を除くと、市民生活(特に中流層)は一向に良くなる気配はなく、実に厳しい状況が続いています。確かに失業率の上昇は止まって回復傾向が見えるとは言えますが、まだまだ雇用は増えているとは言えない状態ですし、ホームレスや職もなくブラブラしている若者も増え、人々のストレスも一層高まっているようです。今回のエンパイア・ステート・ビルディングの事件も、そうした失業問題がストレートに現れているだけに、単に狂った人間の犯行ということでは片付けられない深刻さがあると思います。

トピック:大統領選に見るアメリカ音楽界の動向

 共和党大会が始まり、民主党大会もこれに続き、アメリカの大統領選挙は約2ヶ月先となっていよいよ大詰めに向かいつつあります。今回は現職の民主党オバマ大統領と、前マサチューセッツ州知事の共和党ロムニー候補の一騎打ち。現状ではオバマが僅かにリードという予想ですが、ロムニーがリードという見方もあり、全く予断を許さないほぼ拮抗した状況にあります。
 現在の憂慮すべき現状で言えば、長引く不況と銃規制にどう立ち向かうのか、というのが最大のテーマのように思われますが、後者の銃規制に関しては大統領選の争点にもならないばかりか、アメリカ人一般としての関心も極めて低いと言えます(銃規制は自主防衛権の侵害と憲法改正につながる大問題でもあるのです)。これだけ毎日のように銃による事件と犠牲者が続出しているのに、半数以上のアメリカ人は銃規制を真剣には考えていないようです。
 
 そういった問題はいろいろとありますが、大統領選に対する音楽界の関心は、これまで以上に極めて高いと言えます。正確には大統領選というよりも、オバマ大統領に対する音楽界の関心・反応が更に加熱していると言うべきでしょう。
 もともと音楽界は民主党寄りの人が多いと言えます。それがリベラルで(オバマ大統領本人は決してリベラルという言葉は使いませんが、保守派にとって彼は充分にリベラルと言えるでしょう)初の黒人大統領の誕生となったのですから、黒人ミュージシャンを始め、音楽界の大物達のリアクションはアメリカ史上稀に見るレベルと言えます。
 現段階でオバマ支持を表明している大物ミュージシャンの名前をざっと挙げると、ブルース・スプリングスティーン、ジョン・ボン・ジョヴィ、レディ・ガガ、ビヨンセとジェイZ夫妻、ミック・ジャガー、ジェフ・ベック、B.B.キング、バディ・ガイ、アル・グリーン、ハービー・ハンコック、クインシー・ジョーンズ、バーバラ・ストライザンド、シェール、マライア・キャリー、ジェイムズ・テイラー、キャロル・キング、グロリア・エステファン、デヴィッド・バーン、アリシア・キーズ、ウィル・アイ・アム、50セント、ザ・ルーツ、グウェン・ステファニー(ノー・ダウト)、アダム・レヴィン(マルーン5)、ジョナス・ブラザーズ、バンパイア・ウィークエンドなど、アメリカ音楽界のあらゆるジャンルの新旧大物一覧表のような豪華さです。
 映画(ハリウッド)界は更に凄く、ロバート・デニーロ、アル・パチーノ、アレック・ボールドウィン、ウィル・スミス、ジョージ・クルーニー、マット・デイモン、レオナルド・ディカプリオ、メリル・ストリープ、ジュリア・ロバーツ、シャロン・ストーン、スカーレット・ヨハンソン、サラ・ジェシカ・パーカー、ウーピー・ゴールドバーグ、エディ・マーフィー、ベン・スティラー、サミュエル・ジャクソン、トビー・マグアイア、ショーン・ペン、マイケル・ダグラス、トム・ハンクス、アントニオ・バンデラス、ジャック・ブラック、スティーヴン・スピルバーグ、スパイク・リー他、ほとんどの大スター達の名前が続きます。
 スポーツ界はやはり、マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、モハメド・アリ、レブロン・ジェイムズなどの名前が輝いています。
 これに対してロムニーを指示するのは、音楽界だとキッスのジーン・シモンズ、テッド・ニュージェント、キッド・ロック、ダニー・オズモンド、等と言った実に地味なラインナップ。映画界だとクリント・イーストウッド、ロバート・デュバル、ジョン・ボイトといったところで、エンタメ界では圧倒的にオバマが優位です。しかし、これほどまでのエンタメ界の支持パワーをもってしても、中西部や南部など強固な保守層の投票はなかなか動かないところがアメリカの保守勢力の強さ・恐ろしさであると思います。

 音楽界はもともと民主党寄り、と言いましたが、こうした中で、共和党寄りなのがカントリー界とゴスペル界です。どちらも南部のキリスト教系保守層(ゴスペル界は中西部も強大)をバックグラウンドとしていますし、ブッシュ元大統領がホワイトハウスで毎年超豪華な大ゴスペル・コンサートを開いたていたことは有名です。
 しかし、そうした傾向に大きな変化が起きたのが、ブッシュからオバマ政権への移行期であったと言えます。まずは、ご記憶の方も多いと思いますが、人気女性カントリー・グループ、ディキシー・チックスのブッシュ批判というのがありました。地元の(しかも南部、テキサス)現職大統領を批判する発言は、命取りになること間違いなしですし、全国レベルでのCD不買&焼却運動も起きましたが、私は彼女達がよく撃たれなかったものだと今でも感じます。そんな彼女達の勇気にポピュラー/ロック界はもちろん、保守的なカントリー界でも若い世代を中心に支持・サポートの機運が高まり、2007年のグラミー賞が彼女達に最高の栄誉を与えたのは、まだ記憶に新しいところです。この反ブッシュというムーヴメントは、音楽界にジャンルを超えた連帯感と、様々な形のジョイントやイベントを生み出しましたし、翌2008年のオバマ大統領誕生にも少なからぬ影響を与えたことは間違いありません。
 オバマ大統領誕生によってゴスペル界にも大きな変化が起き始めました。ゴスペル界は基本的には保守派で心情的には共和党寄りですが、黒人同胞の大統領となれば話は別です。同性婚を始め、大多数の黒人達には倫理的に受け入れにくい進歩的な考え方をオバマ大統領は次々と切り出してきますが、それでも私がチャーチ・ミュージシャンを務めているゴスペル教会でも、オバマ・サポートの呼び声は週ごとに高まる一方です。
ゴスペル音楽に関しても、異なるジャンルやアーティストとの交流が益々盛んになり、信者でなくても共感できる歌詞が増えてきていると言えます。

 このようにオバマ効果は音楽界においては絶大で、音楽自体やミュージシャン達が今までよりも一層社会や文化の前面に出てきていることは間違いないと言えます。何しろ大統領夫妻はスティーヴィー・ワンダーの大ファンで、大統領本人がスティーヴィーに直接「あなたがいなかったら私達夫婦の出会いも大統領実現もなかった」とまで言い放ち、大統領自身が、公けのスピーチなどの場でアル・グリーンの歌まで口ずさんでしまうくらいですから、音楽に携わる人間にとっては、これほど音楽に深い理解を示してくれる大統領は他にはいないと言えるでしょう(サックス吹きのビル・クリントン元大統領も大きな話題となりましたが)。
 民主党のケリー候補が共和党のブッシュ元大統領に敗れた前々回。ブッシュ任期満了後、民主党のオバマ候補が共和党のマッケイン候補を破った前回と、数多くのミュージシャン達が”プロテスト”という立場で大統領選を盛り上げていきました。選挙の結果とその後の成果については別にしても、一連の動きの中で音楽界が活発になっていったことは間違いありません。今回は守勢というか共和党のロムニー候補からの挑戦を受ける立場に変わったわけですが、ミュージシャン達、そして音楽界がどのように今回の選挙に関わり、その結果にどう反応・対応し、どのようなムーヴメントを起こしていくのか、興味は尽きないと言えるでしょう。

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