【I Love NY】月刊紐育音楽通信 December 2015
奇跡は三度訪れませんでした(笑)。
いや、奇跡は来年か、またはまだもう少し先のことなのかもしれません。
ワールド・シリーズでのニューヨーク・メッツの惨敗はニューヨーカーを
消沈させましたが、それもつかの間、ニューヨークのスポーツ・ファンは
フットボール(NFL)にバスケ(NBA)にホッケー(NHL)にと、
1年で最高に盛りだくさんのスポーツ・シーズンを迎えています。
本当にこの街はちょっとのことではへこたれませんし、新しい楽しみや熱気、
そして希望に満ちた話題が次々と生まれてきます。
なにしろ、あの911のテロを乗り越え、廃墟となったエリアも見事に復活して、
かつて無いほどの盛り上がりを見せているのですから、ニューヨークは
“眠らない街”だけでなく、“へこたれない街”であると言えます。
先日はパリに続くISISの次なる標的はニューヨークとのアナウンスもありましたが、
はっきり言って街の様子は何も変わっていませんし、テロに対する一層の緊張感や
恐怖感なども特には感じられません。
さすがにISISの発表の当日・翌日はかなりの警備体制が敷かれましたが、
その後は普段通りです(と言っても今やニューヨークの“普段”は、どの国の
どの街よりもセキュリティが厳しい状況ですが)。
それは、いい加減であるのではなく、ここまでテロを未然に防ぎ、テロの芽を
潰してきた“自信”でもあると言えます。考えてみれば、911のテロからもう14年。
その間、いろいろな疑惑や未遂はありましたが、その後今日まで
目立ったテロ行為を防いできたことは、NY市警だけでなく、市民の自信にも
つながっていると言えます。
先日も日本大使館でパリのテロを受けての説明会がありましたが、
「私達がテロに屈することは決して無いし、今や世界一警備のしっかりした
ニューヨークとワシントンDCは世界一安全な都市です」という自信に満ちた言葉も
ありましたし、私自身もそう思います。
それよりも問題・気がかりなのはホームレスではないでしょうか。
アメリカはサンクスギヴィングからいよいよ本格的なホリデイ・シーズンとなり、
街はどこも賑わっていますが、それに合わせてストリートのホームレスの数も更に増え、
今やNYは“ホームレス・クライシス”とも言われています。
特にここ数年は若者のホームレスが非常に多いのが懸念すべき点です。
我々は社会的弱者、そして未来を担う若者達に対しては常に手を差し伸べねば
なりませんし、それを怠っては我々には未来はありません。
そうした中、デブラジオNY市長は1万5千ユニットの住宅サポート計画を
スタートさせました(15年計画ではありますが)。恐らくニューヨーク州も
これに続くプランをスタートさせるでしょう。あちこちでようやく本格化し始めた
弱者と若者に対する救済によって、ニューヨークは更に力強い街となれるはずです。
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トピック:アメリカ各地の音楽シーン<中西部・南西部>
さて、先月に引き続き、今月は先日久々の北米ツアーで回って肌で感じた
最近のアメリカ各地の音楽シーンの現状<中西部・南西部>編です。
イギリスのピルグリム・ファーザーズ達が上陸した歴史ある東部、
ゴールド・ラッシュという一攫千金時代を頂点にアメリカの
フロンティア・スピリットを代表する西部、そしてアフリカやカリブ、メキシコ、
フランスからの大きな影響など、アメリカの他の都市やエリアとは異なる文化と
歴史を持つ南部に比べ、ミッドウエストと呼ばれる中西部やサウス・ウエスト
と呼ばれる南西部というのはアメリカでは関心や注目度も低く、ニューヨークや
ロサンジェルスなどの都市部の人達からはよく見下されたり
バカにされたりされがちなエリアであるとも言えます。
しかし、このエリアは別の言い方をするならばアメリカの“核”であるとも言え、
実に多種多様でユニークな文化を生み出し、またある意味ではアメリカの
“素朴な姿”や“良心”がここにあると言うこともできます。
今回は先日行ったDJ KRUSHの北米ツアーの公演場所を中心している関係上、
中西部・南西部としてご紹介する街はわずか3カ所ほどですが、特に中西部の
シカゴとデトロイトは音楽的にもアメリカ文化の中心・発信地の一つであることは
間違いありません。
シカゴ(日本の姉妹都市:大阪)
ニューヨーク、ロサンジェルスに次ぎ、アメリカ3番目の大都市であるシカゴと言えば、
誰でも思い浮かべるのはブルースであると思います。
また、この都市はジャズ(ルイ・アームストロングから前衛派まで)や
R&B(映画「ブルース・ブラザーズ」の舞台にもなりました)においても
有名なミュージシャン達を多数輩出し、様々なムーブメントを生み出し、
ブラック・ミュージックの聖地的存在でもあります。
またシカゴ交響楽団に代表されるように、アメリカのクラシック音楽においても
大きな位置を占めており、更にはハウス・ミュージック発祥の地とも言われるように、
ダンス系ミュージックの世界でもシカゴは世界の中心地の一つであると言えます。
加えてインダストリアル系と言われるエクスペリメンタルなシーンも活発で、
シカゴ音響派と呼ばれるポスト・ロック的なミクスチュア音楽も注目されています。
実際に今回のDJ KRUSHの シカゴ公演でも、オープニングに
ヒップホップ・ダンス・コンテストがあったり、フロント・ライナーである
DJ KRUSHの後には朝までディープ・ハウスのDJが入ったりと、そのミクスチュア具合は、
他の都市では見られない(ニューヨークでも見られない)ものと言えました。
そもそもクラブというのは大音響と大騒ぎ故に街の中心地ではなく
倉庫エリアなどにあることが多いわけですが、このシカゴもニューヨークや
サンフランシスコなどと同様、食肉産業の倉庫跡地をクラブ・エリアとして
再開発しています。
シカゴの治安は全体的に見れば2000年以降かなり良くなっていると言えますが、
良いエリアは一層良くなり、悪いエリアは更に悪くなっているという、
エリアによって状況が大きく 異なる分断化現象を起こしています。
特にブルース音楽の中心としてブルース・クラブも多いサウス・サイドなどは
ストリート・ギャング達の抗争によって足を運ぶこともできなくなってしまっているのは
とても残念なことです。また、ニューヨークのジャズと同様、シカゴのブルースも
ほとんどが観光客相手の音楽エンターテイメントになってしまっている印象が
強いと言えます。
シカゴ出身の代表的なミュージシャンやバンドと言えば、マディ・ウォータース、
ウィリー・ディクソン、リトル・ウォルター、ベニー・グッ ドマン、
ジーン・クルーパ、ハービー・ハンコック、アニタ・オデイ、メル・トーメ、
アンソニー・ブラクストン、サム・クック、ジェリー・ バトラー、
メイヴィス・ステイプルズ、ドニー・ハザウェイ、バディ・マイルス、
アース・ウィンド&ファイア、ルーファス&チャカ・カー ン、
シカゴ、サバイバー、リチャード・マークス、スマッシング・パンプキンズ、
R.ケリー、カニエ・ウェスト、コモン、ディスターブド、ウィルコ等々
あらゆるジャンルに渡り、挙げていけばキリがありませんが、南部から北部の
都心部へと北上していったブルースやジャズの歴史とリンクするように、
都会の洗練さの中にも南部の泥臭さやファンキーさをしっかりと残している
アーティスト達が多いと言えます。
デトロイト(日本の姉妹都市:豊田)
デトロイトの人口の80% 以上が黒人であるということに驚かれる人も
おられるのではないでしょうか。実際にデトロイトは音楽的にも黒人の街である
と言っても過言で はありませんし、ある意味ではシカゴ以上に
ブラック・ミュージックの聖地的存在であるとも言えます。
私は以前デトロイト出身の映画俳優スティーヴン・セガールの自宅(ハリウッド)を
訪れて、彼にインタビューをしたことがありましたが、流暢な大阪弁を話す
仏教徒の彼は、子供の頃は黒人の乳母さんに育てられ、その乳母さんの
ファミリーであるミュージシャン達(といっても仕事も無く毎日酒を飲んでは
ブルースを歌いプレイしていた人達であったそうですが)のブルースを
子守歌として育ったと話してくれました。
デトロイトという所は、昔からとにかくライヴ・サーキットが盛んでしたが、
レコード産業も盛んになったのはご存じモータウンの登場によってと言えます。
モータウンとは、モーター・シティまたはモーター・タウンと呼ばれる
自動車産業の町であるデトロイトの通称から来ているわけですが、
それまではブルースやローカルなR&Bやジャズが中心であったこの町が、
新しいポップなR&B音楽の街として、一気にその名が世界的に知られることに
なったわけです。
そのようなわけで、デトロイト出身の代表的なミュージシャンやバンドと言えば、
ジョン・リー・フッカー、ジュニア・ウォーカーといったブルース系、
リトル・ウィリー・ジョン、ザ・ファルコンズとウィルソン・ピケット、
そしてアレサ・フランクリンといったモータウン以前のR&B系がまず挙げられます。
また、60年代後半はドゥーワップ・グループであったパーラメントを
率いていたジョージ・クリントンもデトロイト出身で、ご存知のように
彼は後にバンドをファンカデリックと改名し、Pファンク・ムーブメントを
デトロイトから発信していくわけです。
そしてそれに続くモータウンと言えば、マーヴィン・ゲイ、ダイアナ・ロス、
スモーキー・ロビンソンとミラクルズ、スティーヴィー・ワンダー、
テンプテーションズ、フォー・トップス、スピナーズ、マーサ・リーヴス、
エドウィン・スターといったスター達が次々とデトロイトから登場してきました。
更にポスト・モータウン世代として、フリーダ・ペイン、レイ・パーカーJr.、
アニタ・ベーカーなども挙げられます。
デトロイトがブラック・ミュージックの聖地と言えるもう一つの理由は
ゴスペ ルです。まずはデラ・リースを筆頭に、マッティー・モス・クラーク、
クラレンス・フランクリンといったゴスペルの大御所と前述の
アレサ・ フランクリンがおり、彼らに続いて、マッティー・モスの娘達である
クラーク・シスターズ、ランス・アレン、ヴァネッサ・ベル・アームスト ロング、
フレッド・ハモンド、ワイナンズ(CeCeとBeBe他)といったゴスペル界の
スーパースター達が次々とデトロイトから登場してきまし た。
デトロイトの音楽文化はブラック・ミュージックだけに留まりません。
デトロイトはロックやポップスの分野でもスター達を生み出し、その中には
MC5、ボブ・ シーガー、ストゥージーズ(イギー・ポップ)、テッド・ヌージェント、
ミッチ・ライダー、アリス・クーパー、グレン・フライ、スージー・ クアトロ、
キッド・ロック、エミネム、ジャック・ホワイト、ソニー・ボノ、
マドンナ、アーリヤといった強烈な個性を持ったスター達がいま す。
また、80年代の初期に登場し、今やデトロイトの代表的な音楽ムーヴメントの
一つとなっているエレクトリック・ダンス・ミュージックの一派、
テクノも忘れることはできません。
このように、デトロイトはシカゴの洗練さと異なり、好き嫌いは別として
どのアーティストにも“アクの強さ”が溢れていると言えます。
デトロイトは一般的に犯罪と貧困と失業に溢れた街と言われますし、
2013年にはデトロイト市が“破産”を宣言したことは記憶に新しく、
財政破綻した自治体としても知られています。しかし、そうしたネガティヴ面が、
音楽面でもこの街のパワーを生み出しているように思います。
上記の有名アーティスト達も、その多くが犯罪と貧困と失業の中で生まれ育ち、
そこから抜け出すべく強靭な個性とパワーを生み出していったとも
言えるのではないでしょうか。
ソルト・レイク・シティ(日本の姉妹都市:松本)
南西部というくくりは非常に曖昧で、前回お伝えしたデンバーも西部よりは
南西部と捉える場合もあります。南西部にはユニークで特徴的な街も
いろいろとあるのですが、今回は実際に回った都市として、これも非常に
アメリカの中ではユニークな存在として位置付けられるソルト・レイク・シティのみを
紹介させていただきます。
今回のツアーでは、空港〜ホテル〜会場間の移動に関しては
プロモーターが手配している以外は全て、タクシーに変わる新しい時代の
カー・サービスとして今話題のUber(ウーバー)を利用しましたが、
ソルト・レイク・シティでは女性でしかもDJのドライバーに出会ったのが印象的でした。
ソルト・レイク・シティはモルモン教徒が築いた“宗教都市”であり、
2002年に冬季オリンピックが行われたことくらいしか、一般的には話題性の無い
人口20万人にも満たない都市ですが、若者の数が多いこともあり、
実はクラブ・シーンを始め、若者文化は充実していると言えます。
余談ですが、ソルト・レイク・シティは第二次大戦中に強制収容所に
入れられていた日系人を多く受け入れたことから、現在でも日系人の数は多く、
毎年「ニホン・マツリ」が行われてもいます。
ソルト・レイク・シティ出身のミュージシャンには、特に世界的に有名で
メジャーな人は見当たりませんが、音楽シーン自体は非常に活発です。
中でもヒップホップやハードコア系、デスメタル系、そしてパンク系のシーンは
盛んであると言えます。実際に今回のDJ KRUSHの北米ツアーの公演の中でも、
パフォーマンスに合わせて最も楽しく激しく踊りまくって盛り上がっていた
若者達が多かったのが、このソルト・レイク・シティでした。
今回のツアーでは上記以外にカナダのトロントでも公演を行いましたし、
このトロントというのも非常に特徴的で、アメリカとは微妙に異なるカラーを
持っているのですが、それについては、またアメリカと密接な関係を持つ
カナダの音楽シーンとして、機会を見てご紹介したいと思っています。