【I Love NY】月刊紐育音楽通信 January

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

さて、2015年はどんな年になるでしょうか…というのはちょうど昨年同月のこの稿でも書いたことでした。
マスメディアと金融業界を中心として一人歩きする“景気好転神話”。
この点では1年前と今は全く変わっていないとも言えます。
 2014年のポジティヴな話としてご紹介した新市長と新市政についても、状況は中々厳しく、話は簡単ではありません。
特に、つい先日ブルックリンで起きたNY市警警官二人が射殺された事件の波紋は極めて大きいと言えます。
特にNY市警は「市長の対応は極めて甘く、警官達にとっては実に危険な状況にある。」
と噛みついています。
 確かに、今回殺害された二人の警官は本当に気の毒で可哀相であったと言えます。
“武器も持たない黒人市民を殺害した白人警官の蛮行に対する報復”と言いつつ、犠牲となった警官はアジア系(結婚して僅か2ヶ月)とヒスパニック系(誕生日を迎えたばかり)ですし、人種対立の範疇を超えた、あまりにも非情で野蛮で許し難い行為であると言えます。
 殺害された二人の警官に対する哀悼の意は表明しつつも、ファーガソンとニューヨークにおける警官による市民殺害事件(“武器も持たない黒人市民を殺害した白人警官の蛮行”)と、それらの警官に対する不当な無罪判決に対するプロテストはエスカレートする一方です。
市民の不満・不安と怒りは、明らかに一年前の今よりも何倍も増していると言えますし、2015年のニューヨーク、そしてアメリカは決して明るい希望に満ちた年には見えないとも言えるでしょう。
ですが、大局ばかりを見据えていては、時代の不満・不安や怒りに翻弄されるだけとも言えます。
身の回りの小さな希望や成果、心温まるような話題にもしっかりと目を向けて、常にポジティヴで行きたいと願っています。


トピック:メディア業界の嫌われ者YouTubeは生き残れるか?

 “YouTubeが世界を変えた”というのは決して大袈裟な言い方ではないと思います。
特に報道伝達・情報収集の点において、このメディアは実に画期的であり、実際に世界各地の紛争や革命にも大きな影響を与えてきましたし、オバマ大統領誕生に際しても、YouTubeはオバマのオフィシャル・チャンネルという形で実に効果的に利用されていました。
 2005年、PayPalの従業員であった3人が、単に映像をみんなで簡単に共有できたら、と思って初めたこのビジネスが、ここまで社会に大きな影響とインパクトを与え、また今も様々な分野で論争や争議を巻き起こし続けているなどということは、彼等には思いも寄らなかったことでしょう。

 しかし、この“動画投稿サイト”というメディアの先進性は、スタートから1年も経た
ないうちに注目され、また批判の対象ともなってきました。
 まず、アメリカの人気テレビ番組「サタデー・ナイト・ライヴ」の映像がアップロードされたことが米テレビ界の神経を逆なでしました。
当然のことながらNBCは著作権侵害を訴え、その結果「サタデー・ナイト・ライヴ」の映像は削除されたわけです。
 これを契機に違法コンテンツの削除とYouTube側の自主規制はどんどんと進んでいきましたが、それから半年もしない内に反YouTubeの急先鋒であったNBCがYouTubeと提携し、自社のテレビ番組のコマーシャル動画まで配信し始めたことに周囲は驚くと共に、メディア業界は新たな時代の流れというものをはっきりと認識したとも言えます。

 このように、みんながYouTubeに注目し始める中、先手を打ったのがGoogleでした。
GoogleはこのYouTubeを2006年10月に買収したわけですが、買収した金額の八分の一以上がYouTubeの巻き起こしている権利侵害訴訟の対策費用に充てられたと言われています。
つまり、Googleは、それだけのリスクを背負い、またYouTubeがメディア業界を震撼させることをわかってYouTubeを手に入れたと言えます。
実際にその年の年末に、
“今年の最注目人物”が表紙になるのが通例であるTime誌で、YouTubeの動画メニュー画
面が表紙となったことは実に象徴的と言えました。

 ご存じのように、音楽業界においてもYouTubeに関しては様々な動きがありました。
YouTube対レコード会社、YouTube対アーティストという図式は今も続いてはいますが、前述のNBCのアクションから程なくして、大手レコード会社も自社が権利を所有するコンテンツの削除を求めながらもYouTubeと次々と提携してライセンス契約を交わし、2008年には世界四大レコード会社(ワーナー、ユニヴァーサル、ソニーBMG、EMI)が表面的にはYouTuneと提携する形となり、EMIを除く三社はYouTubeの株主にまでなるに至ったわけです。
 
 それから更に年月は流れましたが、YouTubeと、YouTubeとの付かず離れずの日和見的関係を維持する(つまり、アーティストの後押しでYouTubeを批判しつつ、YouTubeからも利益を得ている)レコード業界、そしてYouTubeに真っ向から反対するアーティストという三者のイビツで曖昧な関係は今も続いたままです。
 そうした中で、2014年11月に、Googleは「YouTube Music Key」という新しい音楽提供サービスを発表し、そのベータ版をスタートさせました。
実際のサービスは2015年早々からということになりますが、Spotifyに対向する勢力として、このYouTube Music Kayはアメリカ国内では大変注目されていますし、実はGoogle Play Musicが思った程の効果・実績を上げていないという状況の中にあって、GoogleはこのMusic Kayを起死回生&王座奪回のカギとなるサービスと捉えているようです。

 多くの業界関係者や一般ユーザ達も語っていることですが、正直言ってこのMusic Kayのサービスには、それほどの革新性やインパクトは感じられません。
例えばMusic Keyに登録すればGoogle Playの全てのサービスが受けられますし、既にGoogle Playに登録している人にはMusic Keyを無料で利用できるというわけで、明らかにGoogle Playのマーケット戦略という要素は非常に強いと言えます。
 ただし、最近益々広告を避けては見ることができなくなってきているYouTubeの実用性という点では、このMusic Kayは非常に有効です。
つまり、Music Kayにおいては、YouTube上の広告を見ずに鑑賞することができるということですが、これについてはまだ1月の本格的なスタートを待つ必要がありそうです。
広告カットに関しては、一部の動画のみであるとか、ミュージック・ビデオでは引き続き広告が表示されるとも言われているからです。

 むしろ機能的に一番大きいのは、Music Kayはこれまで以上にスマートフォン対応が成されているという点のようです。
これまでスマートフォンでは、アプリを閉じると再生も止まってしまいましたが、今回Music Kayにおいては、通常のデスクトップ/ラップトップ・コンピュータと同様、別のアプリ移っても再生し続けるという、いわゆるバックグラウンド再生機能が実現しているということです。
今のスマートフォン世代にとっては、この機能は非常に嬉しいものであると言えるようです。

 YouTubeというのは、そもそもは“動画投稿・共有サイト”であり、そうしたスペース&コミュニティを形成していったわけですが、現在では、それに加えて音楽や映像の提供サイト、つまり音楽・映像提供プラットフォームとしての利用が圧倒的に増えています。
その点では今回のMusic Kayは、音楽・映像提供プラットフォームとしての機能や利便性を追求し、実現した利用価値の高いものである、ということは言えます。

 しかし、そのコンテンツに関しては、冒頭から述べているように依然グレーな部分が多く、Music Kayのマーケット拡大に関しては疑問視する向きも多いようです。

 そのような中で2014年も暮れの押し迫った先日、新たな著作権団体として最近注目を集めているグローバル・ミュージック・ライツがYouTubeに対して法的な行動に出るというニュースがありました。
YouTubeとしては、今回のMusic Kayはライセンス契約を徹底化し、これまで悩みのタネであった著作権(侵害)に関する法的な問題をクリアにするための試金石となる大きなステップでもあるわけですが、グローバル・ミュージック・ライツの方は、YouTuneはもちろんのこと、今回のMusic Kayに関しても、そのライセンス契約は不透明で、“存在しない”と言っても良いようなレベルであると噛みついています。

 一体どちらを信用すべきなのかわかりませんが、このグローバル・ミュージック・ライツに関しては10月にもいろいろとニュースで報道され、その存在が一躍脚光を浴びることになりました。
簡単に言えば、グローバル・ミュージック・ライツはASCAPやBMIなどに代わる新興の著作権団体で、ジョン・レノン、スモーキー・ロビンソン、イーグルス、メガデス、ブルーノ・マーズ、ファレル・ウィリアムスなどといった超大物アーティスト達が次々とASCAPやBMIを離れてグローバル・ミュージック・ライツと契約を交わしたことが報道されていました。
しかも、このグローバル・ミュージック・ライツというベンチャー系の著作権団体を率いているのが、現在の音楽業界で最も影響力を持った人物と言われ、実際にビルボード誌が選ぶ「音楽業界で最も権威のある人物100」のトップに選ばれているアーヴィン・エイゾフというわけなのです。

 このエイゾフは、敏腕マネージャーとして、アメリカの音楽ビジネスにおいては知らぬ者はいないほどの人物です。1970年にロサンジェルスに進出して間もなく、ダン・フォーゲルバーグやジョー・ウォルシュといったアーティスト達のマネージャーとして成功したエイゾフは自らのマネージメント会社を設立し、イーグルス、ジャーニー、シカゴ、スティーリー・ダンなどといった超ビッグネームを次々とマネージメントしていくことになります。

 80年代に入ってエイゾフはマネージメント業を離れ、MCAレコードの社長に就任してモータウンのディストリビューションなども獲得しますが、MCAを離れた後はワーナーと提携して再び自分のマネージメント会社とレーベルを設立し、MCA時代に他の人間に任せていた自分のマネージメント会社とも合体させて、更に巨大なマネージメント会社を作っていくことになるわけです。

 エイゾフの快進撃はとどまるところを知らず、2008年には最大手(というかほとんど独占状態)のチケット販売会社チケットマスターのCEO、そして2011年にはこれも最大手(というか大物系に関してはこれもほぼ独占状態)のプロモート(興行)会社ライヴ・ネイションのCEOに就任し、2013年にはマジソン・スクエア・ガーデンと新たなベンチャー企業を設立してそのCEOにも就任します。

 エイゾフと言えば、アーティストの権利のために戦う闘士、というイメージで語られることも多く、レコード業界にとっては最も恐るべき交渉相手(つまり、アーティストの権利や利益をレコード会社から次々と獲得していったという理由で)でもあるわけですが、上記かいつまんでご紹介したごく一部の彼の経歴からも、エイゾフがアーティストのために生涯を捧げている、などといったきれい事だけでは語ることができないのは明らかであると言えます。

 これまでにも何度かお話してきましたが、現在のチケッティングやプロモート(興行)がほぼ独占状態にあって、チケットの異常な高騰という結果を引き起こしている張本人はチケットマスターとライヴ・ネイションであり、その権化(“悪の”とまでは言いませんが)がエイゾフであるということは否めない事実です。
 
 そのエイゾフ(率いるグローバル・ミュージック・ライツ)が、今度は音楽と映像の提供プラットフォームとして一つの革命を引き起こし、一般ユーザーからは絶大な支持と信頼を集めるYouTubeに噛みついたことには、「YouTubeからは巨額の利益・収入を獲得できる(巻き上げられる)」というエイゾフの読みが見えるようにも思えます。
そもそも、ジョン・レノン、スモーキー・ロビンソン、イーグルス、メガデス、ブルーノ・マーズ、ファレル・ウィリアムスなどといった超大物アーティスト達というのは既に巨万の富を得ているわけで、彼等よりも新進・中堅のまだ収入も安定しないアーティスト達こそがもっと権利的に守られるべきであるはずなのに、エイゾフの“アーティストの権利保護”というのは、そうしたアーティスト達にとっては“雲の上の話”でしかないと言えます。
 
音楽業界は、今後のYouTubeとエイゾフ(グローバル・ミュージック・ライツ)の闘いを“固唾を呑んで見守っている”という感じですが、一般ユーザー達は「自分達にはメガ・マネーのゲームは関係ない。勝手にやれば」といったシニカルな態度であると思います。

 随分と前の話にはなりますが、私の信頼するレコード業界の重鎮(既に引退されましたが)の方に教えられた言葉が、今一層の重みを持って思い出されます。
「テクノロジーやプラットフォームの進化は誰にも止められない。それを止めようとすることは逆行であり、制裁となり、独占をも生み出す。逆行と制裁と独占は文化的な行為ではなく、結果的に文化を破壊する」
 私はこの言葉を信じたいと思います。

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