【I Love NY】月刊紐育音楽通信 March

 アメリカは3月8日から待望のデイライト・セービング・タイム(DST)に入り、
それと同時にニューヨークはようやく長い冬を抜けた感じです。

 日本ではサマータイムと呼びますが、DSTの期間は夏の間だけではありませんし、
デイライト・セービング・タイムと呼ぶのが一般的です。
なにしろ、最近はDSTの期間は7〜8ヶ月。つまりニューヨークですと、冬以外は全てDSTとも言えます。

 このDST、毎年始まりと終わりの日が異なります。昔はDSTと言えば4月から10月までの約6ヶ月間程度でしたが、始まりも終わりも徐々に伸び、その始まりは3月末からになり、3月半ばからになり、ついに今年は3月8日からスタートすることになりました。

 よくこのDSTの始まりと終わりはどうやって決めるのか、という質問を日本から来られた方から受けることがありますが、そもそもは日が長くなった時に日照時間を有効に使おうという意図なのですが、夏至や冬至のように太陽や星の周期としっかりリンクしているわけではなく、今や完全に経済効果の点からと言っても良い状態です。
つまり、ここでもお金の話であるわけですね。


 DSTの開始日には時計の針を1時間進めるわけですので、始まった当初は朝はまだ真っ暗で、朝が来たという感じもせず、思わず寝坊したりもしてしまいます(笑)。
ですが、逆に日が暮れるのは遅くなりますから、人々の動きも活発になり、店舗に集まる人々の数も増えていくわけです。
特にマンハッタンのように経済的には観光客とビジネスマンに支えられているような街では、1時間進めることによって日のある時間が1時間延びることは、レストランでもショップでも、売り上げ的に大変大きな効果があると言われています。

 ワーカホリックの人の多い日本では導入に反対する声が多いようですが、仕事はさっさと終えて、何よりも余暇を大切にするアメリカ人にとっては、このDSTは無くてはならない大変嬉しい制度でもあるわけです。

 それにしても、先週までは雪も降り続いていたので、
「こんな寒いのに、来週からDSTなんてクレイジーじゃないか?」
と多くの人達がぼやいていたのですが、いざDSTが始まるやいなや、見事に冬が去ったような天気となりました。
それを見越して今年のDST開始日を決めていたなんてことはあり得ませんが、あまりにもタイムリーなDSTスタートに、みんなハッピーであることは間違いありません。

トピック:アナログ・レコードの復活について

 先日久しぶりに帰国した際に、何人かのミュージシャン仲間や音楽関係者から、
「今、日本ではアナログ・レコードがメチャクチャ流行っている」という話を聞いたのですが、本当ですか?」

 私の仲間にはいつも言動が大袈裟な人もいますので(笑)
話は60〜75%くらいで聞いていたのですが、ニューヨークに戻ると、こちらでもアナログ・ブームというのは実は無視できないくらいに盛り上がってきている、ということをひしひしと感じます。

 かくいう私も、実は最近アナログ復活派・復古派となりつつあります。と言っても私の場合は主に、CD化されることのない古いゴスペルやR&Bなどのレコードや、昔愛聴したアルバムの中でも特に思い出深く、
ジャケット・デザイン(アート・ワーク)も気に入っている作品の中古レコードをオークション・サイトなどで探して購入するという程度なのですが、
最近のアナログ・ブームはそうした”オヤジの懐古趣味”とは違うレベルにあるようです。
実は昨年の秋に、アナログ・レコードに関してはアメリカの音楽業界でちょっとした話題となる“事件”がありました。

 若者の間でアナログの人気が高まってきているというのは、確かにここ数年アメリカでも話題になってきており、実際に売り上げも伸びているというデータも出ていました。
そうした中で、若者に人気のアパレル関連セレクト・ショップとして既に確固たる地位を築いているUrban Outfitters(以下、UO)という小売チェーンの経営幹部がウォール・ストリートのアナリストに対して、
「現在のアナログ販売の最大手はレコード販売店などではなく、自社である」
との発言をしたのです。

 このUOというのは1970年にフィラデルフィアでオープンしたお店で、それまではこだわりのローカル・ショップであったのが、90年半ば頃から急速に伸び始め、今では北米とヨーロッパで250店舗以上を構える大型チャーンにまで成長し、
やはり人気の高い女性向けアパレル&インテリア系セレクト・ショップであるAnthropologie(こちらは200店舗弱)も同じ系列となっています(ちなみに、同社の掲げるターゲット年齢は、UOが18〜28歳、Anthropologieが29〜45歳と、うまく棲み分けもできています)。

 このUO、実は人気が高まってきて以来、いろいろな物議もかもし出してきたことでも知られています。
例えば、デザインの盗用疑惑、人種・民族・性別などの差別的な表現をデザインに使ったりなど、常にヒップでありながらも論争の的となるデサインを取り上げてきてもいるわけです。
それはさておき、UOの店内というのは実にお洒落かつハイセンスにできており、
例えば私がよく立ち寄る五番街のグランド・セントラル駅近くのショップなどでは、2階に上がる階段の途中にカフェがあり、2階の男物フロアの一角にTシャツと並んでアナログ・レコード売り場があるのです(オリジナルのポータブル・アナログ・プレイヤーも販売しています)。
レコードというメディアや商品を特価しない、“服を着替えるように音楽を聴く”という普通感覚が、特に流行に敏感な都市部の若者の間では流行ってきていることは間違いないようですし、
こうした感覚というのは最近広がる一方でももあるようで、何とオーガニック・スーパー・マーケットとして全米で大人気のWhole Foodsでも、店内におけるアナログ・レコード販売を着々と進めています。

 さて、このUO発言がウォール・ストリートのアナリストを通して巷に広がると、アナログ・レコードを販売する様々な店舗や業界を中心に異論・反発が起こりました。
 そこで音楽業界誌の”権威”であるビルボード誌が立ちああがり、調査に乗り出したのです。
さすが”権威”だけあって、ビルボードは音楽レーベル、レコード会社、ディストリビューター、問屋などアナログ・レコード販売業界全体の約80%を調べ上げ(とビルボード誌は言っています)、その結果、アナログ・レコード最大の販売数を誇るのはアマゾンであると結論付けたのです。

 具体的には、アマゾンの売り上げは市場シェア率12.3%、UOはそれに続く2位で8.1%という結果でした。
この約4%の差をどう見るかということには、いろいろな意見もあるようですが、アマゾンにせよ、UOにせよ、いずれも音楽メディア専門ではない販売店(サイト)であることには違いがありませんし、実はこのことが現在のアナログ・レコード・セールスの基盤となっていると言えます。

ここで、アメリカにおけるアナログ・レコードの販売状況について見てみますと、
全米レコード協会による2014年上半期のアナログ・レコードの出荷数は、2013年上半期の460万枚から約41%上昇して650万枚となり、
ニールセンによるアナログ・アルバムの出荷登録数でも、2013年上半期の420万枚から約47%上昇して590万枚となっているそうで、
レコード&CDアルバムの売り上げ全体から見ると、アナログのシェア率は10年前の0.2%から3.5%に上昇しているのだそうです。

 例えば、アマゾンのサイトを見ても、アメリカにおけるアナログ・ブームの一端が垣間見れます。
日本のアマゾン(amazon.co.jp <http://amazon.co.jp> )では、カテゴリーの中で音楽分野は「デジタル・ミュージック」、「ミュージック」と「クラシック」となりますが、アメリカのアマゾン(amazon.com <http://amazon.com> )では、
以前は「Digital Music」と「Music」であったのが、「Music」が「CDs & Vinyl」に変わっているのがわかります。

 また、「CD」と「Vinyl」を見比べると、同じアルバムでもジャケット・デザインが異なるものも多く見られます。
これは明らかにターゲットの違いがデザインにも反映されていると言えます。

 肝心の音質・音のクオリティですが、これは再発ものであればリマスタリングが当然で、新譜でもCDとは違ったマスタリングがされているということになっています。
これは逆にステップさんのエンジニアの方々にもご意見を伺いたいところでもあるのですが、一般的な感想・意見としては、
アナログ・レコードはCDよりも「音に臨場感がある」、「音が生々しい」、「目の前で聴いているようなライヴ感がある」、「音の分解度が高い」といった声が良く聞かれます。

 CDとレコードの音質の違いについては、昔からいろいろな意見が言われ、賛否両論が続いていました。
例えば、CDが出始めた頃、その高音質を評価する声は大勢を占めましたし、
「今まで聴いたことのない音質の良さ」「今まで聞こえなかった音が聞こえてくる」
と言った意見は良く聞かれたものでした。
 また逆に、CDによって失われた音質がある、という声もありました。アナログ・レコード派には
「レコードは、CDでは聞こえない音が聞こえる」
と言う人も多くいました。
これらの相違に関しては、メディアに取り込める周波数の問題である、という意見もありました。
例えば、CDはデジタルであるが故に、カバーできる周波数帯域内の分解度においてレコードよりも圧倒的に優位である、という意見がありました。

 逆にアナログ・レコードは周波数帯域自体が広いという意見もありました。
具体的には、CDでは欠損してしまうと言われる20kHz以上の高周波数を、アナログ・レコード
はカバーできる、という意見です。
しかし、これは再生装置によって状況は異なってきますし、人によっても可聴範囲の違いは出てきます。
また、アナログ・レコードは、そのメディア形態や再生方法の点からノイズや歪みが発生しやすいわけで、つまりこうした原音とは異なる再生時の付加的な雑音が周波数帯域の広さと感じてしまうという、単なる“勘違い”や“思い込み”であるという意見もあったりするわけです。

 例えば私自身も、最近はデジタル・データの音源をヘッドホンで聴く機会・時間が圧倒的に多いわけですが、家で同じ音源をCDを聴くとホッとしますし、
更に同じ音源をアナログ・レコードで聴くとその臨場感に圧倒されたりもします。
ですが、これらは再生システムや再生環境も異なるわけですから、簡単な比較はできませんし、“慣れ”の部分も関わってくると思います(CDやデータに慣れた耳にには、アナログは逆に“新鮮”ではあります)。

 こうした“音質”に関わると言われ、最近のアナログ・レコード商品の中でも目立ってきているのは、「180 G Audiophile Vinyl」というものです。
この「G」とはグラムのことで、つまりレコード盤の重みと厚みの話というわけです。
アナログ・レコードというのは、昔はかなり重みと厚みがありましたし、LPの場合は大体140グラムほどとも言われていました。
例えば、私の両親が持っていたアナログ・レコードというのは、ずっしりとした重みと厚みがあったのですが、それが1970年代の半ば程から、
つまり私が小遣いのほとんどをアナログ・レコード購入に費やしていた頃から、薄くて軽い、約125グラムのダイナフレックスというアナログ盤が出回るようになったのです。
この新素材の薄い盤は、手に持っていても軽く歪みましたし、それ故に不良品も多く、盤が歪んでいて針が飛んでしまう商品も多々ありました。
薄くなった分、原価コストは下がり、値段も下がったのは嬉しいことでしたが、うまく再生できず、盤を交換してもらった経験は数え切れないほどありました。

 これに対して、最近のアナログ・レコードは180グラムというヘヴィー級の盤に付加価値を付けてスペシャリティ化して売り出しています。
確かに分厚い分、盤の歪みや音飛びはなくレコード針のトレースも安定していますので、音質も断然向上していると言われています。
前述のダイナフレックスのように再生プラスチックを利用した合成ではなく、純粋な未使用ビニール(Vinyl)100%で作られているというのも高級感と高品質感を味わせてくれますが、
この盤の重さと分厚さ自体が高音質に影響していると言われる部分については疑問視する声もあります。
やはりレコードのクオリティというのは、レコーディングとマスタリングとプレスにかかっているわけですから、全ての180グラム盤が昔の125グラム盤よりも勝っているということは言えないと思います(その点では、45回転盤の方が音質は勝るという意見の方が説得力もあります)。

 もう一つ、現在のアナログ・レコードの特徴、というか不満の声が出ているのが、
その値段の高さです。現在アメリカでは新譜のアナログ・レコードは安くて$15くらい。
中心となる価格帯は$20〜35で、高いものだと$40-50するレコードも少なくありません。
CDが1枚$10前後にまで下がったこのご時世で、高額なアナログ・レコードを買う人はどのくらいいるのか、という疑問も出てきます。
 したがって当然の結果として、現在の高額アナログ・レコードの購買層というのは、
コレクター・アイテムとして購入する中高年層と、主に新譜アルバムに付加価値を付けたいヒップスター(ヒップなもの、つまり流行の先端を行こうとする若者達)達という所得の高い層のご用達商品になっているとも言えます。

 私が中高生の頃、LPレコードは2500円前後でした。
これは当時の中高生にとっては決して安い買い物ではありませんでしたし、それが故に友人がレコードを買うと、よくその友人の家に聴きに行ったものでした。
それに対して輸入盤(アメリカ盤)は2000円以下。
この差も大きかったですが、高校生時代にアメリカに渡り、1枚$10前後のLPに出会った時は本当に感動したものでした。
 それを考えると、現在アメリカで販売されている新譜アナログ・レコードというのはやはり高価で、スペシャリティ・レコードであるのは間違いありません。
 この10年ほどで、アメリカのアナログ・レコード出荷数・販売数はぐんぐんと伸びてきましたが、この後も順調に伸び続けるのかどうかは、原価コストの削減とアメリカ経済の復興にかかっていると言っても良いのではないでしょうか。

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