【I Love NY】月刊紐育音楽通信 March

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

 ここ最近、ニューヨークはスペシャリティ・コーヒー・ブームと言えます。何がスペシャリティなのかと言えば、つまりは“フェア・トレード”による“オーガニック”な豆の仕入れと“自家焙煎”です。“自家焙煎”などは、日本では随分昔から当たり前であったわけですが、アメリカは、アメリカン・コーヒーによる第一次コーヒー・ブーム、そしてスターバックスによる第二次コーヒー・ブームに続いて、第三次コーヒー・ブームの到来でようやく“自家焙煎”が普及してきました。


 実際にアメリカのコーヒーも随分と変わりました。特にニューヨークではこのスペシャリティ・コーヒー・ブームの前からエスプレッソ・バーが流行りだし、あの味も素っ気も無い“水増し煮込み”コーヒーが“アメリカン・コーヒー”と呼ばれてアメリカのコーヒーを代表する時代はようやく終わりを迎えたと言えます。
 それにしても、最近のスペシャリティ・コーヒーの流行ぶりには凄まじいものがあります。地元ニューヨークの店に加えて、ポートランドやサンフランシスコやシカゴからも話題の人気店が押し寄せ、週末は通りにまで行列ができる店もあります。以前はコーヒー一杯に1ドル以上出すなんてあり得なかったわけですが、こうしたお店はお値段も結構しますし、コーヒーに高い値段を出すことに抵抗のない人が激増したことは間違いありません。
 コーヒーのフレイヴァーの形容の仕方もワイン並です。私などは、スパイシーだとか、シトラスっぽいとかぐらいはわかりますが、ラベンダーだ、ブラックベリーだ、フィグ(いちじく)だ、アップルだ、ピーチだ、プラムだ、パイナップルだ、などと言われるともう訳がわからなくなってしまいます…。まあ、言ったモン勝ちみたいなところもありますし、そう言われると「ああ、そうね…」という感じもありますが、何はともあれ、美味しいコーヒーを飲めるようになったのは良いことであると思います(それにしても値段が高いですが…)。

トピック:「カープレイ」に沸き上がるラジオ業界と車業界

 車とラジオは、アメリカの社会と文化を代表するものの一つ(二つ)と言えますし、この二つが合体したカー・ラジオというのは、アメリカの音楽文化を代表するメディアの一つであると言えます。
 ラジオ自体は形を変えて進化してきましたが、基本的には”車で音楽を聴く”という行為は、アメリカではある意味でiTunesやAndroid(Google Play)を搭載したモバイル・ディバイスよりもメジャーで大衆的な、そして廃れることのない音楽鑑賞方法であるとも言えます。

 古い話で恐縮ですが、私が70年代にアメリカに来た頃は、この車とラジオが若者のマスト・アイテムでもありました。50年代から60年代にかけてのアメリカのスポーツ・カー全盛時代は、まだまだ70年代に入っても続いていましたし、高校生になったら車を手に入れるのが一つの夢でもあり、その車にはカー・ラジオが必須であったわけです。
 当時はFM全盛期でもありましたし、今のサテライトやケーブルのFMほどではありませんが、局数も膨大にありました。様々な音楽ジャンルの局があり、人気DJ達がセレクトするバラエティ豊かな曲やプログラムが山ほどありました。

 カー・ラジオというメディア自体はカセット、CD、MP3プレイヤー、また外部入力機能によるオーディオ・ディバイスとの接続など、様々に進化していきましたが、ソフトとハードの両面で操作が必要となるそうしたメディアよりも、いわゆる”垂れ流し状態”のラジオというメディアは、特に車またはドライブにおいては根強く生き残り、車社会のアメリカにおいては今でも巨大な市場を持っていると言えます。

 そうした中で去る3月3日に、アップルが久々に革新的なシステムを発表しました。日本でも既に話題になっているかと思いますが、簡単に言えば、カー・ラジオをiPhoneやiPadと合体させた、車搭載型のいわゆる“インフォテイメント”と呼ばれる娯楽情報システム、「カープレイ」です。

 実はiPhoneやiPadなどのiOSディバイスをカー・オーディオ・と合体させるという新システム発表の噂は、既にいろいろなところからチラホラと聞かれていました。しかし、正直言って私自身はその新システムがそれほど革新的なものには思えなかったのです。同感の方は皆さんの中にも多くいらっしゃるかと思いますが、つまり、iOSディバイスを車と合体(接続)させることは、外部入力機能によって既に可能ではあったわけです。実際にアップルのカー・ラジオ(というかカー・オーディオ)戦略は、単にiOSディバイスをカー・オーディオと接続・再生することに集中していたとも言えますし、「別に今更」という感もあったことは確かです。

 ところが、アップルは密かに“革新的な”“夢の”新開発を進めていました。正確に言えば、既に手にしている技術を新分野で実用化させるべく動いていたのです。
 この新たな実用化を推進する原動力、または後押しするパワーとなったのが、今日スマホを中心とした携帯ディバイスが抱えている深刻な社会問題であったと言われています。
 今アメリカで、特にiPhoneやAndroid系携帯ディバイスの大きな問題点となっているのが、実は“事故率の多さ”であると言われています。つまり、携帯ディバイス(特にスマホ)を使用していることによる事故が本当に多いのです。
 例えば、歩きながらスマホを使用している歩行者が車に引かれるとか、車や自転車などを運転中に電話やメールやテキスト、ナビゲーション、音楽鑑賞などの操作を行っていたことによる事故が激増していることなどから、スマホを中心とした携帯ディバイスを悪者化・危険視する見方や風潮も台頭してきていると言えます。

 ですから今、こうしたスマホを中心とする携帯ディバイスに関連する様々な業界で、安全対策というものが、非常に大きな比重を占めてきています。
 実際に携帯電話会社では運転中は携帯使用をしないという宣誓書を交わすことによってディスカウントを付けたり、陸運局の運転免許発行機関や車の教習所などでは安全性を高めるための教習や法令化を徹底させたり、各自治体でも違反金や違反ポイントを厳しくしたり、警察がそれらの取り締まりを一層強化させたり、と様々な動きが次々と進んでいると言えるのです。

 そして、この安全性の話は、アップルの新システム開発にも非常に大きな影響を与えていたようです。つまり、いくらiOSディバイスをカー・オーディオ・システムと連動させたところで、タッチ・パネルの操作が原因で事故が起きてしまっては、アップルとしては意味がないどころか、更に窮地に立たされることになってしまうわけです。
 そこで、今回の新システムの目玉、もしくは“救世主”として持ち上げられることになったのが、言語音声処理システムSiri(シリ)です。

 SiriはiPhone 4Sから登場した機能ですが、元々は独立したベンチャー企業であったのが2010年にアップルに買収されたわけです。一時はAndroidやBlackberryに搭載される可能性もあったSiriを、アップルが買収したということは、今回の新システムにおいても、そして今後の情報システムやテクノロジー、つまりIT市場において、とてつもなく大きな意味と可能性を持つとも言えます。
 これは前々回の本稿でも触れましたが、次のIT革命はキーボードの無いディスプレイ(スクリーン)のみのコンピュータであるとも言われています。そして、その操作の基本となるのがタッチ・パネルと言語音声処理システム、つまりSiriであるというわけです。

 と言うわけで、今回の「カープレイ」はアップルの先鋭部隊とも言えるSiriを連動可能にしたことが、結果的に“革新的な”“夢の”新開発を実現させたとも言えます。
 このSiriの連動が可能な「カープレイ」は次世代ITを予感させる大きな一歩であることは間違いありませんが、現実面で言えば、やはり前述の安全性に関して極めて大きな貢献を成し得ている点が大きく評価されます。なにしろ、ハンドルに内蔵されたボタンによってSiriを起動させて、運転中にハンドルから手を離したり、前方から視線がそれることなく、電話、メールやテキストの送受信、カーナビ、交通情報、天気予報などを音声で指示したり、音読してくれたりできるのですから、これは安全面の効果は絶大です。
 
 音楽鑑賞に関しても、ラジオ局を探したり、CDを入れ替えたり、携帯ディバイスでiTunesやその他の音楽アプリを操作する必要はありませんし、ドライバーは音声で操作が可能なのですから、これも素晴らしいことであると思います。
 また、Siri連動により、サテライトはもとより、従来のFMやAMに関しても「カープレイ」に向けた新たなコンテンツやプログラムも考えられる、とラジオ業界も色めき立っているようです。
 確かにハードの操作性が向上すれば、ソフトの販売数は高まりますし、「カープレイ」が音楽業界に与える影響も大きいはずです。

 さて、この「カープレイ」ですが、3月6日から10日間ジュネーブで行われるオート・ショーでお目見えし、まずはメルセデス・ベンツとフェラーリとボルボが「カープレイ」搭載モデルを発表するとのことです。アップルによれば、GMやホンダも「カープレイ」搭載モデルを計画中であるとのことですが、当のGMやホンダはこれを否定しています。と言うのも今年の年明け早々、グーグルはAndroidoを採用した「オープン・オートモーティヴアライアンス」という新たな提携グループ構想を持ち上げたばかりで、それにはGMやホンダ、そしてアウディや現代も参加しているため、すぐに「カープレイ」に寝返る(?)わけにはいかない状況のようです。しかし、フォード、トヨタ、日産、三菱、BMWなども「カープレイ」搭載計画を進めていると言われ、車業界においてもアップル対グーグル、iOS対アンドロイドの熾烈な戦いは益々激化していきそうです。
 
 ところでこの「カープレイ」と連動させるには、システムはiOS7でなければならず、iPhoneも5か5Sまたは5Cに限定されているそうです。これでまたiPhone5の売り上げも上向くことは間違いないでしょう。

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