【I Love NY】1:アメリカ音楽界で盛り上がるコマーシャル・アピール 2.まだまだ保守的なミュージカル業界

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

1:アメリカ音楽界で盛り上がるコマーシャル・アピール

CDは売れない。ツアーをやろうにもライヴ・ハウスは減る一方。不況も重なり、
小屋もプロモーターも売り上げ重視の堅実路線。一体大物以外のアーティスト達の生き残る道はあるのでしょうか?そんな状況の中で、最近注目を集めているのがコマーシャルでの露出です。
以前、このニュースレターでもお話ししましたが、最新の音楽やアーティストが
次々と登場する日本と違い、アメリカではこれまで、CMにはCM専門の音楽家(音楽制作者)という人達がいて、時代の流行を敏感に取り入れつつも、それぞれの商品の販促・宣伝に則したものに仕上げていくのが主流でした。それが変化を見せ始めたのが、90年代くらいから多くなり始めたクラシック・ロック系などの有名曲の使用です。ただし、これらはあくまでも戦略的な販促・宣伝手段の一つでした。つまり商品の購買ターゲットとなる人達がリアルタイムで聴いていた音楽が採用されていったわけです、その代表的なのは車であったと言えます。
クリーム、レッド・ゼッペリン、ザ・フー、ジミ・ヘンドリクス、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、エアロスミス、ヴァン・ヘイレン、ブルース・スプリングスティーンなどの有名曲が次々と使用され、一時は“車のTV-CMはクラシック・ロック”とまで言われたほどでした。


それが大きな変化を遂げるきっかけとなったのが2000年のジャガーのTV-CMと言われ
ています。これはスティングがアルジェリアの音楽であるライのシンガー、シェブ・マミと共演した「デザート・ローズ」という曲で、CMのための書き下ろし曲ではありませんでしたが、大物アーティストの新曲をTV-CMに使用したことで話題になりました。
「誰もがロック・スターになることを夢見る。それではロック・スターは何を夢見るのだろうか?」というコピーで、スティング・ファンやスティング〜ポリス世代の車願望を巧みにジャガーに向けさせたわけです。ただし、このスティングのTV-CMも大物アーティストのネーム・ヴァリューを利用したものであり、本質的には前述のクラシック・ロック曲の使用とあまり変わらなかったとも言えます。

これに対して今回の話は全く方向性も異なるものと言えます。なぜなら、インディー系としては人気バンドながら、まだ全国的なメジャー・バンドとは言えない若手アーティストの曲を大手メーカーがTV-CM曲として使用し始めたからです。今のところ、その代表と言えるは、これも以前このニュースレターでもご紹介したインディ・ポップの最右翼バンドの一つとも言えるヴァンパイア・ウィークエンド。
彼等の「ホリデイ」という曲をホンダ・シビックのTV-CMに使用し、さらにはトミー・ヒルファイガーも同曲を昨年秋の公式CMソングとして使用しました。ヴァンパイア・ウィークエンドは目下人気急上昇中ですから、「やっぱりな…」という感もありましたが、もっと驚くべきは、LA出身のインディ・フォーク系の大所帯バンド、エドワード・シャープ・アンド・マグネティック・ゼロズの曲(「ジャングリン」)をフォードが2011年の新型フィエスタのTV-CMに使用したことです。フォードの新鮮な先鋭的感覚に先を越されたとでも思ったのか、ホンダは今度はスポーツ・ハイブリッド車CR-ZのTV-CMにニューヨークはブルックリン出身のスレイ・ベルズという新人バンド(2年前にデビュー)の「ライオット・リズム」という曲を持ってきました。

こうなってくると、各メーカーやエージェントなどが、いかに目新しい音を持って
くるかということを競っているようにも見えます。実際にエドワード・シャープ・アンド・マグネティック・ゼロズとスレイ・ベルズのサウンドは一度聴いたら忘れられないほど超ユニーク(というか風変わり)です。しかもCMではボーカルが出てくる前のイントロ/インスト部分だけを使用していて、TV視聴者の気(耳)を引こうという目論見がありありと表れています。

まあ、メーカー側の意図はどうあれ、こうしたインディ系の新しい音を大手メーカーがTV-CMに使用するようになったのは凄いことですし、またアーティスト・サイドにとっても嬉しいことと言えます。昔はCM音楽と言えば“買い取り”または“売り切り”という取引も多く見られましたが、最近はアーティスト・サイドも慎重になり、映画などと同様に単発のライセンス契約が一般的のようです。前述したように、今はCDも売れず、コンサートやツアーでの収入も下がる一方ですから、アーティストにとってCMというのは最も金になる媒体であるという認識が高まっていると言えます。

とにかく、こうした動きがどんどんと活発になれば、若手・新進アーティストの活
動・発表の場も今よりは広がっていくことになると思われますし、ある意味閉塞状況にあると言える今の音楽界にとっても、歓迎すべき動きであるとも言えるのではないでしょうか。そうした中、現在はまだサイト準備中ではありますが、アーティストとメディアとをつなぐThe Tap(www:thetapmusic.com)というコミュニティ・サイトも作られているというのも、なかなか興味深い動きであると言えます。

2:まだまだ保守的なミュージカル業界

これまで何度かお話ししてきた、ジェイJとウィル・スミス夫妻がスポンサーとなっている“アフロ・ビート・ミュージカル”「フェラ」が、この1月の頭に終演となりました。2008年にオフ・ブロードウェイで公演されていたのを観たジェイZとウィル・スミス夫妻が観て感動し、スポンサーに名乗り出るという、久々に鳴り物入り的なブラック・ミュージカルとして話題を集めていましたし、公演中は多くのセレブが観劇したことも話題となっていましたし、昨年の9月からはパティ・ラベルが参加したりもしましたが、残念ながら2009年11月の公式公開から僅か1年ちょっとで終了となってしまいました。

正直言って、これはちょっと意外な結果と言えましたが、期待されたトニー賞でもノミネートは11部門であったものの、結局受賞したのは「振付」、「コスチュー
ム・デザイン」、「サウンド・デザイン」の3賞のみで、主要部門の受賞はなかったこともあり、評価としてはなかなか厳しいものがあったようです。
それでは「フェラ!」は本当に今一つの作品であったのかというと、決してそんなことはないと思います。人気がなかなか上がらず、ロングランとならなかったことにはいろいろな理由がありますが、一つにはミュージカル業界の保守的な傾向も間違いなくあります。これは非常にセンシティヴで差別問題に発展しかねないのでメディアでは決して触れられませんが、音楽界と違って、ミュージカル界ではまだまだ黒人ミュージカルの地位は決して高いとは言えません。
最近だと、アリス・ウォーカー原作でスピルバーグ監督の映画「カラー・パープル」に出演していたオプラ・ウィンフリーと、クインシー・ジョーンズがプロデュースを手掛けたミュージカル版「カラー・パープル」も素晴らしい作品で、最後はチャカ・カーンも出演するなど話題を集めましたが、これも結果的には僅か2年ちょっとで1000回足らずの公演に終わってしまいましたし、今も“ブラック・ヒストリーに根ざした最高のダンス・パフォーマンス”として名高い「ブリング・イン・ダ・ノイズ、ブリング・イン・ダ・ファンク」も3年足らずで1000回ちょっとの公演でした。

ちなみに、いわゆるオール・ブラック(黒人)・キャストのミュージカルというのは、長い長いブロードウェイの歴史の中でもこれまでに30本くらいしかありません。その中でロングランのヒット作となった作品というのはほとんど無く、最高でも4年ほど続いた黒人版オズの魔法使いである「ウィズ」(後の映画版はダイアナ・ロスとマイケル・ジャクソン主演)とファッツ・ウァーラーの音楽を題材にした「エイント・ミスヘイヴィン」くらい。実はロングランの記録というのが手元にあるのでそれを見てみると、1位は88年から続いている「オペラ座の怪人」、2位は82年から2000年まで続いた「キャッツ」、そして3位は87年から2003年まで続いた「レ。ミゼラブル」、4位は75年から90年まで続いた「コーラス・ライン」となっていて、「ウィズ」は41位、「エイント・ミスヘイヴィン」は44位となっています(「ブリング〜」は87位で、「カラー・パープル」は100位にも入らず)。

そんなわけで、オール・ブラック・キャストの大ヒット・ミュージカルを生み出す
というのは、エンターテイメント業界の黒人達には一つの夢であり大きなチャレンジでもあるわけですが、オプラやクインシーでもダメ、ジェイZやウィル・スミスでもダメとあっては、まだまだ厳しいな状況であると言えるようです。

そうした中で、今年4月から強力なブラック・ミュージカルがまた一つ名乗りを上げ
ます。邦題「天使にラヴ・ソングを」で知られる「シスター・アクト」です。しかもプロデューサーは、同映画の主役としてもお馴染みのウーピー・ゴールドバーグ。映画の大ヒットの影響もあって、2008年以降カリフォルニア、アトランタ、ロンドン、ハンブルグで次々と成功を収め、いよいよニューヨーク上陸となります。しかもウーピーによれば、ニューヨークと平行してロンドンでも再開させる予定だとか。既に興味深い新作が目白押しの今年のブロードウェイの中で旋風を巻き起こすことが出来るか。興味は尽きないところです。

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