【I Love NY】

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

気温が摂氏で10度以上のクリスマス・シーズンというのは、ニューヨークではあまりお目に掛かったことがありませんし、季節感もちょっと狂ってしまいます。この異常な温かさのせいで、今年はクリスマス気分が薄らいでしまうのも事実ですが、それでもニューヨークの観光エリアはどこも人・人・人…。
ニュースでお聞きかもしれませんが、今年はニューヨークを訪れた観光客が史上最大の5000万人以上に達したそうです。ニューヨークのブルームバーグ市長は2012年までに5000万人突破の目標を掲げていましたが、一年早く達成できたと言うことになります。

ブルームバーグ市長は、「ニューヨーク市の生活の質が大きな成功をもたらした」と言っていましたが、これには大きな異論があります。長引く不況と依然高い失業率で、多くのニューヨーカーの生活は決して楽ではありませんし、全体的に質が向上しているとはとても言えません。市長の言葉で言い表すならば、“生活”ではなく、「ニューヨーク市の“観光産業”の質が大きな成功をもたらした」と言うべきでしょう。


ニューヨークにとって5000万人突破は嬉しいニュースかもしれませんが(実際に住んでいる側にとって、観光客増は交通渋滞とイコールなので、必ずしも嬉しいというわけではありませんが)、冷静に見ればドルが弱いということが、海外の観光客誘致の理由の一つにもなりました。最近はヨーロッパも大変な状況を迎えているので観光客はかなり減少しているようですが、一時はドル安ユーロ高でヨーロッパの観光客がかなり増えました。しかし、海外からの観光客という点で言えば、ここ最近のダントツは中国人観光客でしょう。かつての日本人観光客のように、最近のニューヨーク(だけではなく世界中どこでもでしょうが)はどこも中国人ばかり。高級ブランド・ショップに入っても目に付くのは中国人。街中で高級ブランドのショッピング・バッグを持ち歩いているのも圧倒的に中国人です。

ただし、5000万人の内訳を見ると、現実がもう少し見えてきます。5000万人の約8割に当たる約4000万人がアメリカ国内の観光客なのです。テロ以降で見れば観光客は全体で3割以上増えたと言えますが、中身は国内客が圧倒的で、海外客のナンバーワンはイギリスであるとのことです。ではアメリカ国内の観光客がなぜこんなに多いのか?それは、簡単に言えばこの厳しい経済状況があります。お金の掛からない近場に旅行する人が多く、国内客の内訳も東部・中西部・南部が大多数であるようです。
もう一つは、今年はテロ10周年であっということです。これはアメリカ人にとっては極めて大きな意味を持ちます。実際に夏休み以降、ニューヨークを訪れる国内客は格段に増えていきました。
もちろん街の治安の向上も大きな理由です。10年前のテロ以降、警備は強化され、街の再開発も各所でどんどんと進みました。7番街よりも西には立ち入らない方が良いとか、アルファベット・シティ(アヴェニューA〜D)は危険、などというのはもう15年近い昔の話。今や、昔の危険区域が次々とホットで旬なエリアとなっていっているのですから、街の大きな変化には驚くばかりです。恐らく、ニューヨークはアメリカ国内でも最も安全な大都市の一つとなった、と言えるのではないでしょうか。
“となった”と敢えて言いましたが、長引く経済の悪化は、過去形となって折り返していく恐れも充分です。前述したように、“観光”と“生活”とは別次元のものであり、観光や再開発、バブリーな金融ビジネス(今やかなり少なくなってはいますが)から離れたニューヨークの生活圏ではレイプや発砲・射殺などの事件も目立ってきています。
 
こうしたネガティヴ要素に対して、ニューヨークの音楽や文化は、90年代の経済繁栄期からテロを挟んだITや不動産などのバブル期に至る一時の停滞期を超えて活発になってきているというのは実感であり、様々なメディアも伝えているところです。街の治安や経済が悪くなれば、文化は逆に活発になる。これはあまり嬉しい話ではないものの、ニューヨーク史上最悪の70〜80年代が、最も刺激的でクリエイティヴなアート・ムーヴメントが生まれた時期であったことからも確かではあります。その意味で、ニューヨークはこれから様々な新しい文化ムーヴメントが起きてくる期待感も高まっています。長らく続いた時代を物語れるレベルの大スター不在時代も、レディ・ガガなどの登場で変化が起きていますし、ローカル/アンダーグラウンドなシーンを見ても、好景気〜バブル時期に、利潤最優先ゆえに次々と閉店に追いやられたクラブが、ニューヨーク各所の再開発地区(特にブルックリン)において復活の兆しを見せ始めています。長らく時代から取り残されたような感もあった、メタルフュージョンといったジャンルも、かつてのスターや実力者の復活や頑張りもあって、NY音楽シー
ンの一つとして再浮上してきているようです。

この時期は、2011年のベストなんたら(またはワーストなんたら)という企画が各メディアでもてはやされますが、音楽シーンでもベストやワーストのアルバムやショーが様々なライター/評論家達によって紹介されています。
例えばアルバムとしては今年大きな話題を呼んだジェイZとカニエ・ウェストの共演作や、アデルやドレイクといった若い新進アーティスト達と並んで、完全復活したスラッシュ・メタルの大ベテラン、アンスラックスの新作がかなり評価されているのが興味深いところです。アンスラックスの最近の話題に関しては以前にもご紹介しましたが、今はLAスラッシュ・メタルのテスタメントと共に全米ツアー中で、2月の地元ニューヨークでのコンサート告知も目立ち始めています。
ジャズ系はニューヨークの観光名物という面もあって手堅く健闘しており、王道系だとジャズ・アット・ザ・リンカーン・センターのディジーズ・クラブでは、ウィントン・マーサリスとディジー・ガレスピー・オーケストラが年末年始に登場し、ブルーノートでは今や現代ジャズ・ボーカルの女王的存在とも言えるカサンドラ・ウィルソンが2012年のスタートを飾り、バードランドではウィントンに続く現代ジャズ・トランペットの巨匠ニコラス・ペイトンが登場します。興味深いのはヴィレッジ・ヴァンガードで、年明け早々に出演するジェリ・アレン、テリ・リン・キャリントン、エスペランザ・スポルディングという世代の異なる女性トリオ。保守的なヴァンガードとしては、注目の共演ライヴと言えます。こうした上記の老舗に対して、今や人気では劣らないイリディウムとジャズ・スタンダートでは、年明け第一弾は前者がマイク・スターン、後者がリチャード・ボナ&ライオネル・ルークというフュージョン系で対抗しているのが注目です。
ここ最近の動きを見ていると、フュージョンというのはもはやジャズから独立したジャンルではなく、ジャズ・ヒストリーの一部として認知され、ジャズの一ジャンルとして多くの聴衆をつかんでいると言えます。

全てにおいてニューヨークには“スタンダード”というものがありませんし、日本のメディアが騒ぎ立てて紹介しているような、“今ニューヨークではこれがブーム”などといったものは実は観光客向けのもの以外は存在しません。つまり、人種・宗教・所得・教育・居住エリアなど、全てにおいて大きな格差や違いがあるニューヨークにおいては、日本のような“猫も杓子も”的なブームというのは存在しないのです。
例えば「セックス&ザ・シティ」という人気テレビ番組のお陰でマグノリア・ベーカリーとカップケーキ屋さんが流行ったと言っても、その存在すら知らないニューヨーカーは山ほ
どいますし、ニューヨーカーは基本的に自分の住む(または働く)エリアの店というのを大切にしますから、そのエリアごとに“旬の店”“一番美味しい店”というのが存在するわけです。
音楽においてもそれは同様で、いくらメディアが何かを仕掛けようと騒ぎ立てても、世間的にはこれがブーム、これはもう終わった、などと言っても、常に変わることなく自分の好きな音楽(しかも様々なバラエティの音楽)を愛し、また自分がどんな音楽が好きであろうと過去の偉大な音楽にもしっかりとリスペクトを寄せる人々が大勢いるのがニューヨークの特色と言えます。マディソン・スクエア・ガーデンで年末最後の4日間行われるフィッシュのコンサート、毎年大晦日にB.B.キングで大なわれるチャック・ベリーのライヴなど、“今は昔”の音楽に今も大勢の聴衆が集うことも、ニューヨークの音楽の多様性を表す一例でしょう。
そうしたスタンダードの無い多種多様なニューヨークの音楽シーンから、2012年はどのようなアーティストやムーヴメントが登場し、脚光を浴びていくのか、益々興味は深まっていくところです。

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