【I Love NY】CDは市場から消え去るのか

(ここではSTEPのNYスタッフから届く、現地の最新音楽情報の一部をご紹介しています!)

今回の日本の某オーディオ雑誌の原稿で、私は「マンハッタンにはもう大型CDチェーン店は一件もない」という少々驚くべき事実から切り出しました。これはマンハッタンだけに限ったことではなく、クイーンズ、ブルックリン、ブロンクス、スタテン・アイランドを含めたニューヨーク市全域に広がっている事実であると言えます。郊外でも、一昔前までは大型ショッピング・モールには大型CDチェーン店が入っていたものでしたが、今ではそうした店舗を見つけることはほとんどできないという状態です。


思えば90年代、大型CDチェーン店の躍進には目を見張るものがありました。
タワー・レコードはリンカーン・センター、五番街のトランプ・タワー、ブロードウェイのノーホー地区など最高のロケーションを確保していましたし、HMVも五番街、タイムズ・スクエア、ヘラルド・スクエア、アッパー・イースト、アッパー・ウェスト、ハーレムなど数ではタワー・レコードを上回り(一時は私の家の近くでもあるニューヨーク・メッツのホームタウン、フラッシングにもありました)、ヴァージン・メガ・ストアは数こそ少なかったものの、タイムズ・スクエアとユニオン・スクエアに文字通りの“メガ・ストア”を持っていました。

こうした動きにかげりが見え始めたのは、2000年のこと。それまでアメリカのレコード売り上げは、そのスタートからメディアがCDに移行した後も常に上昇し続けていました。しかし、コンピュータやインターネットのテクノロジーが進化し、ゲームやダンスの流行が勢いづき、音楽ムーヴメント自体もインディーズ・ブームなどによって多岐化し、結果的に大手レコード会社は低迷していき、2000年にはCD売り上げが初めて前年比を下回ったわけです(この後、レコード会社は吸収・合併といった再編を繰り返していきましたが、CD売り上げは毎年落ち続け、今では2000年時の50%程度の売り上げにしか達していないと言われています)。
これに呼応するように、まずは04年にタワー・レコードが倒産し、翌05年にはHMVが
マンハッタンから撤退しました。そして昨年、マンハッタン最後の大型CDチェーン店となったヴァージン・メガ・ストアの二店舗も姿を消すことになりました。

余談ですが、閉店した上記の店舗は、トイザラスやディズニー・ストアといった
玩具・キャラクター商品の店舗、フォーエバー21などの低価格アパレル店などへと変わっているのも時代を象徴していると言えます。今はちょっと値段が高めのアパレル店はどこも売れ行きが悪く苦戦しており(日本でも人気のアバクロは三年連続赤字だそうです)、ユニクロやホリスター、H&M、フォーエバー21などの低価格のアパレル店が人気ですし、子供のおもちゃとディズニーは、いつの時代も繁盛しているようです。
 
04年に倒産したタワー・レコードは、その後も他社が介入してブランドと店舗だけ
は残って販売を続けていました。その一つ、ブロードウェイのノーホー地区にあった店舗の通りの向かい側に、アザー・ミュージックという小さなCDショップがあります。私も開店当初からよく足を運んでいましたが、タワーのようなメジャー系音楽に対して、アザー・ミュージックは完全マイナー、アングラ、インディーズ系。日本のフリー・ジャズやインディーズ系ロックなども結構揃っています。そもそも商品体系や規模が違うので安易な比較はできませんが、売り上げや客足の落ちていくタワーに対して、アザー・ミュージックはマニアックな音楽ファンに根強い人気を保っていました。

このアザー・ミュージックは時代の流れにも敏感でした。CDの売り上げが凋落の一
途をたどっていった2007年、アザー・ミュージックは独自のダウンロード・ビジネスを開始しました。偶然にも、倒産後も店舗はオープンしていたタワー・レコードが完全に閉店となったのが、これと同じ時期だったというのはなんとも皮肉な結果と言えます。大型チェーン店ながらダウンロード・ビジネスを相手にしなかった(できなかった)タワー・レコードと、マイナーな弱小店舗ながらダウンロード・ビジネスを積極的に取り入れていったアザー・ミュージック。その運命にはっきりと明暗が現れた結果となったわけです。

そういえば、タワー・レコードが完全に閉店してしまった当時、モーグ・シンセサ
イザーの生みの親である、今は無きボブ・モーグ博士がこんなことを言っていたのが印象的でした。「HMVやタワーといったメジャーなレコード店がニューヨークから消えてしまったことは残念だけれど、彼等のようなメガ・ストアが出てきた当時、小さなレコード店が次々と消えていったことも私は忘れられない」そうなのです。大型CDチェーン店の出現はレコード販売業界を大きく揺るがしましたし、街の小さなレコード店は壊滅的な状況に陥っていったわけです。しかし大型CDチェーン店が消え去った後、時代の動きを読み取れた小さな店舗には、またチャンスがめぐってきたとも言えるでしょう。実際に、アザー・ミュージックと同様にダウンロード・ビジネスを開始した弱小店舗はニューヨークにもいくつかあり、どこも手堅く確かな客層をつかんでいるようです。

さて、CDに代わって頭角を現したダウンロード・ビジネスですが、メジャーな音楽
の世界で言えば、アメリカで音楽配信の約80%を占めているのがiTunesです。その他アマゾンなども人気が高いようですが、大体は一曲99セントで、アルバム単位で購入すると10ドル前後になります。その一方で、今もイリーガルの海賊サイトは多く、特に若者達はそうした中から自分の欲しい音楽を探し出して、タダでダウンロードしているようです。
大型CDチェーン店がすっかり消え去ってしまった後、今もCDを買いたいという人々
はどこでCDを買うのかという疑問がありますが、ニューヨーク市内で今もCDを売っているのは、バーンズ&ノーブルやボーダーズといった大型書籍チェーン店や、ベスト・バイなどの大型家電チェーン店です。しかし、こうした店舗でのCD販売というのは、客足をとどめるための一手段でもあり、あくまでも付加的なものであって主戦力となるものではありません。
CDの購入手段は今やCD購アマゾンなどのネット通販が主流です。ネット通販は人件
費や店舗の家賃などを大幅に削減できるため、店頭販売よりも安いのが通常ですが、アマゾンなどの場合はマーケット・プレイスと呼ばれる中古売買も仲介し、数ドル(ものによっては1ドル以下)で中古CDが手軽に購入できます。実際に私も普段購入するのはこの方法です。ですから、5ドル以上するCDは“高い”という感覚になってしまっています。こうしたネット中古市場によって、CDの価格破壊が更に進み、やはり新品CDに関しては売り上げも益々落ち込んでいるようです。

とはいえ、アメリカでのCD販売は未来のない壊滅的な状態というわけではありませ
ん。衰退していくCDの代わりに勢いを増しているのは、もちろんダウンロードによる音楽配信ですが、アメリカではまだCDの売り上げが音楽配信を少し上回っているそうです(来年か再来年にはそれが逆転すると言われていますが)。
CDがまだ根強い理由としては、アメリカでは音楽メディアや市場に関してもニュー
ヨークのような都市部と地方とではかなりの格差があるということ、そして子供や50歳以上の人達には音楽配信よりもCDの方がまだ圧倒的に強いメディアであることなどがあげられます。実際にアメリカのCD市場では、子供向けの企画と50歳以上の人達をターゲットにしたリイッシュー(再発)ものに支えられていると言っても過言ではないとも言われています。
日本ではウォークマンが流行り始めた70年代後半、ニューヨークではまだ大きなラ
ジカセを肩に担いで歩いている人の姿がよく見られました。MDはアメリカでは全く成功しませんでしたし、未だにCDウォークマンを使っている人達もいます。日本よりも家電関連のテクノロジーが遅れ、新しいメディアにすぐには飛びつかないアメリカで、今後CDが市場から消えていくにはまだまだ時間がかかるように感じます。

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