月刊紐育音楽通信 September 2016
連日様々なドラマを繰り広げているオリンピックですが、一般的にアメリカ人はオリンピックには興味が無いなどとも言われますが、正確にはアメリカ人は”アメリカ人の出場しないオリンピックには興味が無い“のであって、自国選手のオリンピックでの活躍には日々盛り上がっていると言えます。
水泳、陸上、体操などオリンピック開始前から話題であった種目はもちろんですが、そうした中で非常に印象的で話題となったのが、ヒジャブを着用した“アメリカ最初のオリンピック代表”のフェンシング選手でした。実は彼女はオリンピック前からテレビのトーク・ショーに出演したり、オバマ大統領からも激励されたりで、話題になっていた人でもありました。
結果は銅メダルではありましたが、試合後のインタビューがこれまた非常に立派で、話も明快・明晰で、最近益々偏見が強まるイスラム教徒への理解に大きな役割を果たしたことは多くのメディアも認めています。
偏見に悩み苦しむ同胞達への彼女からの励ましの言葉は中々感動的でしたが、実は以前のテレビ・ショー出演では、彼女の“超アメリカ的”な愛すべきキャラクターも一部では非常に受けていました。
彼女はイスラム教徒の アメリカ人であると共に、アメリカという国を愛する紛れもないアメリカ人であり、彼女の存在は、人種・宗教・性別に対する偏見を許さないアメリカという国の基本理念の証であるとも言えます。
トピック:音楽コンサートにおけるシティバンクとアメリカン・エクスプレスの闘い
いよいよ夏も終盤に近づいていますが、ニューヨークではビーチがクローズとなって夏休みの終わりを告げるレイバー・デイ(今年は9月5日)までは、コンサートやフェスティバルも終盤に近づいて益々盛り上がっています。
先月、「アメリカの夏はどこもコンサート・シーズンです。一般的に大物アー ティストのツアーは夏を外しますが」と言いましたが、終盤になると大物達も続々と動き出し、夏の終わりは一層盛り上がっていく感じがします。
マジソン・スクエア・ガーデンでの毎月のコンサートが定例となっているビリー・ジョエルは別ですが、8月末はブルース・スプリングスティーン、マーク・アンソニー、シカゴ、TOTO、ボズ・スキャッグス、UB40、プロフェッツ・オブ・レイジ(パブリック・エネミーとサイプレス・ヒル、そしてレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンの一部メンバー達による スペシャル・プロジェクト)など目白押しで、更にビヨンセのコンサートも控えています。
夏休みは大物系もみんな夏休みで、音楽コンサートはフェスティバル系ばかり、 というのは一昔前の話で、今や大物系でも夏休みはしっかり働いて稼いでいるアーティストが更に増えてきていると言えます。その理由の一つは、これも先月お伝えしたように、中高年層を狙ったVIPチケットがよく売れてい るからと言えますが、更にそれを狙った冠企業の出資・主催が益々活発化してきていることもあります。
代表的な冠企業は、ほとんど銀行やクレジット・カードといった金融系ですが、 その中でもシティバンクとアメリカン・エクスプレス(以下アメックス)のアーティスト争奪戦は中々激しいものがあり、更に言えば、どちら も銀行と信販の2番手であることも興味深いところです。
シティバンクはもちろんアメリカの5大銀行の一つではありますが、トップのチェイス(正確にはJPモルガン・チェイス) には及ばず、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーをリードしてはいるものの、バンク・オブ・アメリカの追い上げは激しく、また サブプライム危機によって政府の出資を受けたという過去も負のイメージとなっています。
アメックスは、やはりビザとマスターという2大巨頭にはかなわず、常にあれやこれやと様々な手を使って2大巨頭に迫ろうと奮闘している信販会社であると言えます。
そのどちらもナンバー2的な存在・企業がコンサート・ビジネスにおいては熾烈な争いを展開しているというのは、中々面白い状況であると共に、現在様々な面において 批判の的となっている巨大銀行と信販会社が、今後のビジネス展開をどう捉えているかの一端を垣間見ることもできると言えます(特に、証券 や通貨の先物取引というデリベティブ取引を根幹とする巨大銀行において、シティバンクの戦略はやはり興味深いものがあります)。
シティバンクは、その前身(1812年 設立のシティバンク・オブ・ニューヨーク)は1800年代においてアメリカ最大の銀行であり、1920年代には世界最大の銀行でもありました。
しかし、それよりも 歴史の長いバンク・オブ・マンハッタン(1799年設立)がチェイス・ナショナル・バンクを買収してチェイス・マンハッタン・バンクとなり(1955年)、2000年になってJPモルガンと 経営統合してJPモルガン・チェイスとなり、2011年にはバンク・オブ・アメリカを抜いてアメリカ最大の銀行となったのは記憶に新しいところです。
ちなみに、バンク・オブ・アメリカが発案したクレジット・カードがVISAカー ドとなり、それに対抗してチェイス・マンハッタン・バンクが発案したクレジット・カードがMASTERカー ドとなったことは、今回の話のテーマとも重なって興味深いところでもあります。
ちなみに、シティバンクは巨大金融多国籍企業シティグループ傘下の一企業であり、シティグループは今や商業銀行よりも投資銀行事業に比重を置いているため、シティバンクの事業自体にも様々な要素が絡んでくるのです が、今回はシティバンクとシティバンクが発行するクレジット・カードが話の中心となります。
さて、冒頭で述べたシティバンクとアメックスのアーティスト争奪戦ですが、これは特に最近、大物系のコンサート・イベントやフェスティバルなどは、ほとんどこのどちらかの企業が冠になりつつある状況からも明らかです。
ちなみに、先月ご紹介しました私が足を運んだニューヨーク郊外の野外シアター、ジョーンズ・ビーチにおけるジャーニー、ドゥービー・ブラザース、デイブ・メイソンのトリプル・ビルも、ハート、チープ・トリック、ジョーン・ジェットのトリプル・ビルはどちらもシティバンクが冠でした。他にも最近ではガンズ&ローゼズやコールド・プレイ、フー・ ファイターズ、レディ・ガガ、ケイティ・ペリーなどを筆頭に、膨大な数のコンサートのスポンサーとなっており、例えばマンハッタンでもシ ティバンクの支店内や、シティバンクのウェブサイトやシティバンクから送られるニュースレターなどでも、コンサート情報は以前よりもかなり目立ってきています。
一方のアメックスは、ビヨンセやジェイZ、 テイラー・スウィフト、サム・スミスなど、数ではシティバンクに後れを取っているようにも思えますが、アーティストの知名度・人気度ではシティバンクを上回っているとも言えます。
この「冠」という点ですが、これはこれまでの主催者・スポンサーといったシンプルな意味合いではなく、直接収入・売り上げに直結する販売戦略を武器とする“冠”と言えます。
簡単に言えば、それぞれのカード利用者に有利となるチケット販売を行っているわけで、具体的には、それぞれのカード利用者に優先購入の権利を与えるものであるわけです。
つまり、 シティバンクの冠コンサートにおいては、シティバンクの銀行カードやシティバンクの発行するクレジットカードであるシティカードを持っている人は、一般前売りに先駆けて(通常は1〜2週間前)の限定前売りでチケットを購入することができるわけで(一般的に、アメリカの銀行カードは、Debitという銀行口座からの即時引き落としによって物品を購入できるカード・システムと、VISAやMASTERによるクレジット・カード支払いも併用できるようになっています)、アメックスの冠コンサートも同様です。
これは、現在のオンライン・チケット販売システム(それを牛耳っているのが、先月お話したLive Nationでもあります)においては、ファンにとって大きな魅力となります。
しかも、先月お話ししたVIPチケットの優先権が加味される ことも多いので、お金のあるファンにとっては益々魅力となります。
話は少々逸れますが、この“お金のあるファン”を対象とするチケット販売戦略は最近益々顕著になってきていると言えますが、スポーツ観戦は音楽コンサートよりも先駆けて、この“VIP戦略”を推進してきたと言えます。
例えば、どちらも2009年に建設された大リーグ、ニューヨーク・メッツの新球場Citi Field(これもシティグループが20年間4億ドルの命名権を取得しました)や、ニューヨーク・ヤンキースの新球場(こちらは今も冠無し)が、豪華なスイート・ルームやクラブ・エリアといったVIP対応を大々的に取り入れたことが、その先駆ともなりました。
よって、今や野球はかつてのような家族が手頃な値段で楽しめる“ボールパーク”で はなくなり、エグゼクティヴ達の社交場・娯楽場所となったとの批判を受け続けています。
さて、話は戻ってシティバンクやアメックスの冠ですが、これも最近は命名権で はなく、“独占プリセール・チケット販売権“という非常にはっきりとしたわかりやすい呼び名となっています。
そして、この販売権争いは確実にカード利用者の拡大につながっているようで、最近のビルボード誌が発表したデーターによると、シティのカード利用者は全米で5500万人、アメックスのカード利用者は全米で5350万 人に達しているとのことです。
私自身はこれまで仕事の関係上、幸運にもバックステージ・パスをもらってコン サートに行くことが多いのですが、ここ最近はバックステージにおいて、関係者ではなく、ごく普通のファンが溢れている光景を良く目にするようになりました。
ファンとしては非常に嬉しいことではありますが、関係者、特にステージの現場スタッフや出演者当人達にとってはあまり 喜ばしくない面もあると言えます。
よって、以前はバックステージでは出演者達を見かけることも多々ありましたが、最近は全く目にしないようになってしまい、バックステージのそのまたバックステージがあるというおかしな状況にもなってきいると言えます。
本来は出演者・関係者 のみのバックステージが、最近は冠となっている銀行やカード会社の“関係者達”、そしてそれらのカード利用者の“VIP達”のためのスペースとなってきていることに、私は何とも違和感を感じてしまいます。