【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 March 2022」
※本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています。
先日、いつも利用している自宅から最寄りの地下鉄駅で、階段を降りて構内に入ろうとしていた年配のアジア系の年配のご婦人が後ろからハンマーで殴られ、蹴り落とされるという事件がありました。このご婦人は今も重症・治療中で、犯人はホームレスの男らしいということだけで、名前も公表されていません。
そんな衝撃的な事件から間もなくして、今度はミッドタウン、ユニオン・スクエア、ウェスト・ヴィレッジ、ノリータといったマンハッタンの中心地で、夜6時半から8時半頃までという僅か2時間程の間にアジア系の女性達が7人、同一の男に次々と襲われるという、これまた衝撃の時間が起こりました。
こちらは犯人も逮捕され、フロリダからやって来てホームレス・シェルターに住んでいた28歳の白人男であることが公表されましたが、男は7万5千ドル(約750万円)の保釈金を支払って間もなく保釈(通常、保釈金は保釈保証会社という“金貸し業者”が代行するので、よほど前科があって危険人物と見なされる人間出ない限り、保釈は容易です)。
幸い被害者は皆軽症であったようですが、この男を弁護するユダヤ人弁護士は、言葉によるアジア系罵倒は無かったのでヘイト・クライムとは言えないし、男は7件の襲撃全てを否定している、というシラを切ったような発言を行いました。
しかもNY市警も調査・事実確認に手間取り、7件の内4件の事件しか立証できていないという有様。
確かにヘイト・クライムを立証することは非常に難しいと言われますし、特にアジア系の人は自己アピールが控えめで、トラブルの公表を嫌がる人も多いため、ウヤムヤとなって闇に消えてしまう事件は山ほどであると言われます。
NY市長とNY市警は今年の初めに、毎日市内の7万カ所以上で調査を行っており、市民の安全のために千人を超える警官を追加派遣して対応している、と発表しましたが、その効果は全く表れていないどころか、状況は益々悪化しています。
実はアジア系に対するヘイトクライムというのは、全米中でNY市内がダントツの伸びを見せています。何とも悲しい話ですが、今アジア系にとって最も危険な街の一つはニューヨークであるということは否定できなくなっているようです。
とまあ、これが今のニューヨークの偽りのない現状の一つであると言えますが、いつまでこんなことが続くのか、許されるのか。。
マスクの着用義務やワクチン接種証明の提示義務は解除されても、コロナによる傷跡は一層深くなっていると感じざるを得ません。
トピック:音楽出版の未来~音楽出版は優良な“投資案件”となっていくのか~<前編>
ボブ・ディランが彼の全楽曲をユニバーサルに売却したのが一昨年の12月。その後昨年1月にはソニーに売却されることとなりました。推定金額は約300億円。
ブルース・スプリングスティーンが彼の全楽曲をソニーに売却したのが昨年の12月。推定金額は大凡600億円。
デヴィッド・ボウイ(正確には彼の遺族)が彼の全楽曲をワーナー・チェペルに売却したのが今年の1月。推定金額は大凡250億円。
その他にもニール・ヤングやスティーヴィー・ニックスなど、自分の楽曲を売却する動きが続く中、今度はティナ・ターナーが彼女の全楽曲をBMGに売却するというニュースも入りました。推定金額は約50億円。
こうした動きはとどまるどころか、益々加熱する勢い。一体音楽業界に何が起こっているのでしょうか?
日本でも既に様々な報道がされていると思いますが、今回はアメリカ国内で最も多く取り上げられ、指摘されている以下4つのポイントに絞ってお話してみたいと思います。
①大物アーティスト達の老齢化
②ストリーミングにおける音楽(特に楽曲)著作権の印税率/印税金額の下落
③バイデン大統領による税制改革の影響
④投資(ファンド)会社による音楽著作権ビジネス進出
まず①というのは非常にわかりやすい話です。60~80年代に時代をリードした大物アーティスト達の多くは既に老齢の域に達し(または故人となり)、今後の楽曲著作権の印税収入がどれほど見込めるのだろうか、という話になってきています。
別の言い方をするならば、老齢化している大物アーティスト達が、今後の自分達の収入や、遺産の取り扱い・相続について、具体的に対応し始めている、ということでもあると思います。
ボブ・ディラン80歳、ブルース・スプリングスティーン72歳、ニール・ヤング76歳、スティーヴィー・ニックス73歳、ティナ・ターナー82歳。
つまり、楽曲の権利を売却してしまうことで、この先生きている間に得られる印税収入を、買い取り金額としてアドバンス的に得る方が確実であり、且つ安全であるという考え方になってきていると指摘されます。
これを日本で言えば、早期定年退職に対する手当のようなもの、と言うのは少々乱暴な例えかと思いますが、近づく退職(活動終了)の時を前にして、残る人生を経済的にいかに潤すか、という発想には変わりはありません。
さて、一連の「全曲売却」という大胆な考え方を支えている大きな背景には、「音楽著作権」ならではの性質というものも存在します。
つまり、これは不動産でも、美術品などの物品に関する所有権とは異なる「著作権」、つまり「知的財産」であるという点です。
皆さんには改めてお話するまでもないことではありますが、「音楽著作権」というのは大きく言えば、「著作者人格権」と「著作財産権」と「著作隣接権」の3つに分けられます。この内、「著作財産権」は第三者に譲渡可能であり、各国によって規定・分類は異なりますが、大きく言えば録音・録画による複製権と、いわゆる二次使用となる出版権というものが大きな位置を占めてくるわけです。
この楽曲の「著作財産権」に関してはこれまで、自分の著作権を音楽出版社という専門会社に委託・譲渡する形が取られ、更にJASRACのような管理団体に管理委託されるという形が取られてきました。
つまり、こうしたシステムの上で、「著作財産権」というのは既に、そしてほぼ常に譲渡・売却されてきたわけです。
よって、今回の「全楽曲売却」の動きというのは、一時収入のみで将来の収入は無くなるわけではありますが、基本的にはパブリッシング・ライツと呼ばれる楽曲の出版権(ネット/オンライン、テレビ、ラジオ、映画、企業広告などで二次使用する権利)のみが売買の対象となっており、しかも「著作者人格権」は第三者には譲渡不可能なため引き続き残りますので、著作者(楽曲の作者)であるということには変化はなく、また著作者自身が今後も自分の楽曲を演奏する上では支障は起きない、という理解になります。
そうは言っても、著作者が将来の収入を手放して著作物を売買してしまうということには大きな決心が必要になってくると思います。
そして、そのことを後押ししていているのが、現在のストリーミング時代における状況であると言われています。
これは簡単に言えば、②の著作物(楽曲)に関して発生する印税率と印税金額の下落ということになります。
ストリーミング配信は、その場のみの1曲配信が基本となりますから、従来のLPやCD時代のアルバム販売的な発想とは大きく異なり、掛かる費用も入ってくる収入も大きく異なります。
因みに現在、ストリーミング配信では1M(Mはミリオン、つまり100万回)配信につき、Tidalは約1万2千ドル、Apple MusicとAmazon Musicは約5千ドル、Spotifyは約4千ドルの印税収入と言われています。
これはLP/CDのアルバム収入からは大きく下回ることはもちろんですし、かつてアメリカ音楽を支えていたラジオにおいては、オンエアによる印税売り上げの半分が収入となる、というのが一般的でしたから、ラジオ時代を生き抜いてきたアーティスト達には、ストリーミングというのは全く理解・許容できない“搾取”でしかないとも言えます。
そうは言っても、ストリーミング配信を拒否してしまっては、現状において楽曲著作権の印税収入の道は断たれてしまいますし、時代の波には逆らえません。
そこで、この先を見越した買い取りによる前払いが可能となれば、特にラジオやLP/CD時代のアーティスト達にとっては充分価値のあるディールということになってきます。
そのようなわけで、①の考えを支える根底には、②という状況が大きく横たわっていることは一つの事実と言えるわけです。
ましてや、コロナによるパンデミックによって、従来の音楽ビジネスは計り知れない打撃を受けたわけです。
ライヴ・コンサートができず、演奏の機会が無くなったことによって、パフォーマンスに関する楽曲の著作権収入が大きく減ったことはもちろん、レストランやバーその他、人の集まる施設での集客が不可能・困難になったことで、放送・放映等のパブリッシング・ライツに関する楽曲の著作権収入も激減しました。
それに替わってストリーミング需要が更に急増していったわけですから、旧世代の大物アーティスト達にとっては、歓迎できないとは言え、ストリーミング配信による収入にどう対応するかということは、非常に大きな問題となっていると言えます。
そうした状況の中、アメリカはバイデン政権に変わって、様々な税制改革が進んでいます。これが上記の③に該当する部分です。
特に大物アーティスト達の間で懸念されているのが、自作自演の音楽アーティストに対する優遇措置の撤廃です。
アメリカにおいては、美術作品や映画などの場合は、著作権売却による著作権料の所得に対しては、40%近い所得税が発生するのですが、これが自作自演の音楽に関しては大幅にカットされるという優遇措置があります。
しかし、これはバイデン率いる民主党が目指す、高額所得者の租税優遇措置の撤廃・廃止にも関わってくると言われ、優遇措置の撤廃は避けられない、と目されています。
よって、それが多くの大物(高額所得)アーティスト達が次々と楽曲の売却に動いている要員の一つとなっているとの指摘も良く聞かれます。
また、相続財産として楽曲著作権を考えた場合にも、このことは該当してきます。
楽曲も著作財産として立派な相続の対象となりますので、特に自作自演の大物アーティスト達にとっては、この部分が大きな負担となり、大きな危惧を抱くことになっています。
実際にプリンスなどは、2016年に亡くなって以降、その相続財産の価値はうなぎ登りに上がっていると言われており、プリンスの遺族に対して多額の追徴課税が発生したことで遺族側が訴訟を起こすという事態にもなっています。
つまり、多額の相続財産となる楽曲の著作権などは、死ぬ前に早めに売ってしまわないと、後で自分自身や残された家族が厳しい状況に追い込まれる、という懸念があるというわけです。
こうした状況をしっかりと見渡し、見極め、大きなビジネス・チャンス(儲け)にしようと虎視眈々と狙っているのが最後の④、つまり、投資(ファンド)会社達ということになります。
米欧の音楽業界では今、コロナによってコンサート・ビジネスが一時的にストップし、ストリーミング需要が更に急増していることによって、楽曲著作権がもたらす利益に企業や投資家の注目が集まり、音楽出版マーケットが活気づいていると言われています。
それが冒頭の大物アーティストの楽曲に関する“争奪戦”とも言える状況であるわけですが、それはユニバーサル、ソニー、ワーナーといった3大レコード会社にとどまらず、スティーヴィー・ニックスの楽曲の過半数の権利を取得(推定金額約100億円)したPrimary Wave Music Publishingといった新興の大手音楽出版社も加わり、更にはコロナ状況下における音楽配信サービス市場の拡大と、それによる金の動きに目を付けた投資ファンドの参戦(④)、という状況になってきています。
実は楽曲売却の動きというのは10年程前から既に活発になっていると言われています。
その要因は明らかにストリーミング市場の急激な拡大です。CDの売り上げ低下とストリーミング配信の急増によって、印税収入の低下に対する著作者の不安は高まり、全てまたは一部の楽曲の権利を売却して当面の収入を確保したい、という考えに傾いていったとの分析がよく聞かれます。
一方、ストリーミング配信する側にとってはコンテンツ、つまり楽曲ラインナップの充実が必要不可欠となります。
そしてこれは、著作者側にとっても都合の良いこととなっていきます。つまり、余程のヒットメーカーでない限り、実際には印税収入を期待できる自分の楽曲というのはある程度限られてきます。全ての楽曲に稼ぎが生まれるわけではありませんし、言葉は悪いですが“捨て曲”というものも当然出てきます。
しかし、ストリーミング時代においてはコンテンツのボリュームを求める買収サイドのニーズによって、そうした“捨て曲”も含めた多くの楽曲を一気に売却できる状況が生まれ、そのことが著作者にとっても魅力・好都合となっていったと言われます。
こうした関係や動きに目を付けた投資ファンドが、今後一層の拡大を見込めるストリーミング配信市場において、“音楽出版は安定した収入を得られる優良な投資案件である”との認識を持つに至り、多くの投資家達もその考えに同調するようになっている、と言われています。
中でも、ロンドンを拠点にするHipgnosis Songs Fund(ヒプノシス・ソングズ・ファンド)は、楽曲の著作権を専門に投資するファンド会社として実績を上げ、大きな話題と注目を集めています。
さて来月の次号では、このHipgnosis Songs Fundの躍進ぶりを見ながら、音楽出版ビジネスに目を付けた投資ファンドの動きと、それに伴う音楽業界の益々の変化と問題点などを探っていきたいと思います。